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前田満州夫「駆けだし刑事」長門裕之伊藤雄之助長谷百合高品格深江章喜

 阿佐ヶ谷にて。「世紀の大怪優 FANTASTIC伊藤雄之助」特集。64年、日活。
 ほんとは、これの前の回、野崎正郎「広い天」も見たかったのだが、ぐずぐずして、見逃した。
 巡査勤務をへて、新米刑事になった長門裕之。ある署に配属されて、ヴェテラン刑事・伊藤雄之助のもと、刑事修行。初の大事件は、高利貸し殺人事件。
 この高利貸しが、生前かなりあくどくて、何で、あんなヤツを殺した犯人なんか、捜す必要があるんだ、殺されてせいせいしているくらいだ、とみんなから罵倒されるなか、地道に、捜査。
 ただし、偶然知り合った者たちが、たまたま犯人というのは、ずっこける。地道な捜査から犯人を割り出すのではなく、刑事の私生活つながりというのは、人情ものじゃないか。
 新米の、空回り熱意、ヴェテランの落ち着き、という、ありがちな設定。落ち着いている伊藤雄之助、というのも、まあ、ふつうの中堅脇役の役回りで、まあ、ふつうだし。
 ただし、地道な足で稼ぐ聞き込み捜査が、長門刑事は、伊藤刑事と別れて、本庁の刑事・高品格と組む、というのが、この当時としては、珍しい?か。この種の聞き込みでは、所轄と本庁のふたりが組むという理解が少ない昔は、平気で所轄同士の伊藤と長門を組ませたりするものだから。
 ヒロインに当たる長谷百合が、暗いキャラという役割を引いても、地味で。
ついこの間読んだ奥田英朗「オリンピックの身代金」も、同じ1964年東京オリンピックを題材にした警察小説だが、この秀作群像劇の主人公の一人が、「これからはTVの時代」と、TV局に就職してADになった男だが、そのガールフレンドが<日活新人女優だったが、同期の吉永小百合人気にはじき出されて、日活を辞め、キャバレーづとめをしながら、「シャボン玉ホリデー」のオーデションを狙う、女優としてはイマイチだが、一般人から見れば、超美人>という設定だった。キャバレーといっても、今のとは違い、かの力道山が殺された、ニューラテンクォーター。
 つまり長谷百合、<吉永小百合人気にはじき出されそうな、女優としてはイマイチだが、一般人から見れば、超美人>そのままの感じで。
 そういえば、同じ1964年東京オリンピックの年なのに、オリンピックのオの字もない、地味な映画だ。特に出だしのドキュメンタリー調が好ましい。
 現場から採取した指紋を、過去の犯罪者の莫大な指紋カードと、つき合わせて、同じ指紋がないか調べる、今ならコンピューター・ソフトを使って、自動検索するものを、当時は十人程度の、女性を含む事務職が、すばやい指の動きで、さっさっさっと、指紋カードを、まるで銀行員が紙幣を数えるように、瞬時に見分けていくさまの、職人仕事のリアル感。結局、この映画で一番面白かったショットだ。
 とは言うものの、ラストの決意を秘めた長谷百合、きりりとして、なかなかいいのだが。
e0178641_1594329.jpg◎追記◎今回の「東京映画地図」特集にて。
駈けだし刑事 1964年(S39)/日活/白黒/83分 <ラピュタ阿佐ヶ谷HPより>
■監督:前田満州夫/原作:藤原審爾/脚本:山田信夫/撮影:藤岡粂信/美術:佐谷晃能/音楽:伊部晴美■出演:長門裕之、長谷百合、伊藤雄之助、高品格、陶隆、河上信夫、木浦佑三、深江章喜
新宿署の新米刑事・長門裕之が、いろいろな失敗や体験を積みながら成長していく様を、ある殺人事件を通して描いたもの。原作は藤原審爾の『若い刑事』。伊藤雄之助と高品格が老練刑事を味わい深く演じる。


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by mukashinoeiga | 2011-11-04 18:23 | 傑作・快作の森 | Trackback(3) | Comments(5)

蔵原惟繕「われらの時代」長門裕之渡辺美佐子吉行和子小高雄二小泉静夫弘村良子金子信雄

 阿佐ヶ谷にて。「日活青春グラフィティ・泣いて、笑って、突っ走れ!」特集。59年、日活。
 大江健三郎の問題作を、俊英・白坂依志夫の脚本、これまた俊英監督の蔵原で。
 つまり、当時の俊英三人の揃い踏み。日活のプログラム・ピクチャア娯楽映画の枠内で、いかに問題意識を際立たせるか、俊英の腕の見せ所だ。
e0178641_22583479.png 結果的には……良く、健闘したというべきか。
 左翼脳内お花畑の偽善的(あるいは偽悪的)限界というべきか。
 日本の左翼運動が生み出した<最新の成果>が、結局、鳩山由紀夫であり、菅直人であり、福島みずほであり、辻本清美である、ということからも明らかなのだが(笑)、お花畑はどこまでいってもお花畑であるという、残酷な現実。そのお花畑に咲く花は、偽りの、クリシェ。安っぽい妄想。
 映画は、B級娯楽映画の定番をなぞりつつ(メロドラマ、青春映画、犯罪アクション)、あるいは偽装しつつ、それなりに面白い。そう、安っぽい妄想という一点で、左翼脳内お花畑と、定食娯楽映画が、野合する。この野合は必然だろう。
 若くしてすでに人生に疲れている大学生・長門裕之は、年上の娼婦(アメリカ人専門の、いわゆる洋パン)渡辺美佐子の世話を心身チンともに受けつつ、同棲している。美佐子が、中年のアメリカ人に抱かれたあと、同じベッドで長門は、美佐子に愛される。絵に描いた、日米関係の縮図。笑っちゃうくらい、こっけいで、紋切りだ。
 そう、渡辺美佐子。
 日活映画の、ウザい女専門女優。今で言えば、満島ひかりの先行タイプ。こっちの神経に触る役ばっかり演じて、好演した。渡辺美佐子以外の女優が演じれば、特に気にならない役でも、いったん彼女が演じると、こちらの神経をささくれたたせる、まあ、そういう意味では、地を生かした、名演なのだろう。
 そういう女に愛されて、囲われて、長門が、すさむのも、無理はない。長門、許す。
 その長門の弟が、長門とまったく別なタイプの、いかにもチンピラなバンドマン。チャラくて、純情、というチャラピュアくんを好演しているのは、小泉静夫という青年俳優か。
 彼のバンドトリオには高(小高雄二)という在日朝鮮人がいて、例によってさんざん日本人に差別されたと、おなじみの恨み節。朝鮮戦争時に、アメリカ軍の軍属として、朝鮮に行き、そこでさんざん米兵に男の味を仕込まれて、今では一途に、小泉静夫イノチ。「お前のためには、オレは何でもするよ」というのが高(小高)の口癖。
 日本人を盛大に恨みつつ、アメリカ人には、喜んでケツを掘られる男。
 このラブラブぶなふたり(しかし小泉は天然過ぎて、高の愛情を、友情としか、感じていない。この天然ぶりをゆるぎなく演じる小泉のピュアぶりは、すごすぎる)に、そのドンくささから、置いてけぼりを食う<バンド三人目の男>の、コモノっぷりもすごい。
 総じて、俳優陣は、長門以下、好演している。いつでも、どこでも、生硬な小高雄二以外は。
 ぺらっぺらの左翼運動家を演じる神山繁も、絵に描いたぺらっぺらぶりが、ああ、鳩山や菅の若いころはこうなんだろうなあ、というリアル感。あ、菅・鳩山は、今でも、ぺらっぺらか。
 長門と出来てしまう、吉行和子の、例によっての可憐さ。ホントにかわいいんだよ。可憐だけれど、新劇上がりだから、アイドル女優は絶対しないような、連れ込み宿の女のリアルさは、見せるぜ、と。見ようによっては、芦川いづみのB品並みの清純さはじゅうぶん見せれるんだけど、その一重まぶたの剣呑さが、油断ならないぜ、というような。
 そして、いかにも大江的な、ねずみみたいな女の子。自分も十分幸うすいのに、薄汚れた野良ネコの世話を、ついついしてしまう女の子。キャバレー・マネージャー金子信雄に、そんな薄汚い野良猫は、水洗に流しちまえ、と怒鳴られつつ、こっそり猫を世話する。オレはネコが嫌いなんだ、とネコさん(笑)。
 この、幸うすそうな女の子が、なかなか、いいんだが。いや、そのたたずまいが。ぼくは、これ、顔の感じや演技のうまさから、緑魔子、か、と思ったら、どうやら弘村良子という女優さんらしい。ネットで調べても、よくわからない。でも、やはりネットで探したら、緑魔子の本名は、石橋良子(旧姓:小島)というらしい。
 緑魔子が弘村良子なのかともかく、魔子の本名が良子なんて、ギャグか。
 なお、緑魔子は、よく朝鮮人役を演じるので、てっきりそっち系かと思っていたら、台湾生まれというのを、今回知る。
 左翼らしく?本筋は間違っているが、細部は面白い映画。

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by mukashinoeiga | 2011-05-11 01:20 | 旧作日本映画感想文 | Trackback(6) | Comments(0)

松尾昭典「人間狩り」

 阿佐ヶ谷にて。「昭和警察物語・銀幕に吠えろ」特集。62年・日活。
 まだ、犯罪関係の人権といえば、加害者のそれのみ優先され、被害者のそれには一顧だにされなかったころのお話。主人公・長門裕之刑事は常習犯罪者・小沢栄太郎に「異常」な憎しみを持つ。小沢は殺しの容疑で事情聴取を受けるが、早速代理人が自首してくる。お前がやったんだろ、と小沢に暴力を振るう長門。同僚刑事も、なぜ長門が犯罪者に「異常」な憎しみを抱くのか理解できない。実は長門は、幼いころ、通りすがりの犯人に理不尽にも母を殺された過去を持つ。ここで提示されるのは、「罪を憎んで人を憎まず」なる理想論に心から毒された側にとっては、犯罪者を憎むのは、「特殊」なやつらに限ることだ、という<戦後民主主義レジーム>の徹底である。
 ここで、代理人自首>自分無罪、の流れに余裕ぶっこいた小沢は、十数年前にある男と実行した強盗の自慢。夜、ある雑貨屋に侵入したが、家人に見つかり、相方が殺しちまった、という話だ。長門は記録を調べ、この殺人の時効があと数日だということを突き止める。「相方が殺した」はうそで、実は小沢が殺したに違いない、とにらみ、数日後の時効デッドラインを突破すべく捜査を開始する。品川、赤羽、熱海、京成青砥と、長門はめまぐるしく立ち回る。地味なりに、好もしい展開。
 そして、とうとう、青砥で地味に暮らしている大坂志郎が相方であることを突き止める。時効数分前、深夜の京成青砥駅のホームで、大坂を追い詰める長門。大坂は涙ながらに、わたしが殺しました、この十数年間、悔やみに悔やんできました。手錠をてに、これで肝心の小沢は逮捕できない、強盗自体の罪はすでに時効だし、しかも、この苦しみぬいてきた大坂(その日常はすでに映画で丁寧に描かれている)を、いまさら逮捕してどうなるのか、大坂の家族も苦しむだろう、と逮捕をあきらめて、恋人・渡辺美佐子と去っていく。
 「罪を憎んで人を憎まず」第二のテーゼは、「反省し、犯行を悔いているものは、情状酌量の余地あり」。だが、考えてほしい。<事後の反省>は、<犯行現場>に存在しているか。<犯罪>の有無はあくまでも<犯行現場・犯行当時>に存在している証拠・事情によって<裁く>べきではないのか。被害者の無念の死は、犯罪者の<反省の肥やし>に、過ぎないのか。
 よく出来た映画ではあるが、そういう戦後民主主義レジームに毒されきったところが、今見ると、痛々しい。さきに、犯罪関係の人権といえば、加害者のそれのみ優先され、被害者のそれには一顧だにされなかったころのお話、と書いたが、その事情は今も変わらない。つい数年前まで、「時効警察」なる、殺人を犯して、逃げ切った時効犯を、オダギリジョーや麻生久美子が、よくがんばったね、と頭いい子いい子するTVドラマが好評を博していたくらいだ。
 なお、本作でもこの時期の日活で、わけあり風いい女を一手に引き受けていた感のある渡辺美佐子が、じとじとねめねめと活躍。いや、うっとおしい。

by mukashinoeiga | 2009-07-30 21:41 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

マキノ真三「暗黒街の天使」

 京橋にて。「発掘された映画たち2009」の「マキノ映画とマキノ真三」より。
 48年、マキノ映画・83分
 マキノ雅弘の弟・真三が妻・宮城千賀子を主演にした、婦人警官と少年たちの交流、この二者の協力で劣悪ウィスキー密造事件を解決に導く。兄にくらぶべくもない出来だが、それなりに手堅くまとまっている。面白いのは、子供グループのガキ大将を演じているのが、マキノ兄弟の甥っ子・長門裕之(当時は本名の澤村アキヲ)。これが中学生ぐらいで、顔も演技も大人時代と変わらず。ガキ大将だから、チンピラ風にのし歩くのだが、子役演技と大人演技は普通同じにならないはずが(特に男の子の場合)同じといっていいのだから、達者というか、なんというか。
 同時上映、荒井良平「ゴムまり」(47年・マキノ映画・15分)は、当時激増する自動車事故への啓蒙を目的とした教育映画。都会の商店街の狭い通りをびゅんびゅん走る自家用車・トラック。それをものともせず道路を公園代わりに遊ぶ子供たち。宮城千賀子たち母親は井戸端会議に夢中で子供に注意すらしない。いささか素人っぽい作りなのは、それまで劇映画しかも時代劇の作り手たちが、直球ど真ん中の教育映画に手をつけようとしたからだろうか。子供たちの中に、澤村アキヲだけでなく、澤村マサヒコ(津川雅彦)もいる。
 ちなみに最近、長門裕之が痴呆の妻を勝手に公開して、一部で顰蹙を買っているが、ご覧の通り、子供時分からずーっと、人前に己をさらけ出してきた(子供のころは、もちろん自発的ではないだろうが)のだから、一般のぼくたちのプライバシー感覚からは、相当ずれちゃった人ではあるだろう。近代日本最大の芸能一家である、マキノ/澤村一族の公私感覚をぼくたち一般人の<常識>で裁くのはどうかと思う。その一族のヨメ・南田洋子も<理解>していることだと思う。
 後日、快楽亭ブラックのコラムを読んだら、少年グループに藤田まことを発見の由。そういえば、馬面のにやけた少年がいた。あれが藤田か。

by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:21 | マキノ残侠伝 雅弘仁義 | Trackback | Comments(0)