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木村恵吾「花嫁のため息」「新妻の寝ごと」

 新宿3丁目にて。「若尾文子映画祭 青春 アンコール上映」特集。56年、大映東京。
 53分と43分の、添え物中篇シリーズ。下記Movie Walkerによれば、遅いお正月気分のために、さながらTVドラマのノリで、公開されたようだ。添え物だから、尺を短くして回転を高めようというわけで、おそらく俳優のギャラなども、2本で1本分の計算なのだろう。

 今年のシネ初めは、若尾文子中篇4本立て。この上映は初見参だが、初デジタル化などと、なんだかデジタル化がえらいかのような、角川の態度には、ややむかついて、今まで来なかった。今回も、あややデヴュー作、小石栄一「死の街を逃れて」は、見れない。残念。
 なお、いきなり行ったので当日券1600円を払うつもりだったのに、受付のお兄さんが、今すぐ作れる角川シネマ、テアトル系列の会員カードで、入会金千円、ただし招待券1枚付きで、なんやかんやで1番組あたり千円強で見れることになった。閑話休題。

『若尾文子映画祭 青春』予告編 Ayako Wakao Film Festival Trailer


e0178641_1015971.png花嫁のため息 1956年1月9日公開 <Movie WalkerHPより>
「娘の縁談」の木村恵吾が脚本と監督を兼ね、「ブルーバ」の共同撮影者の一人、高橋通夫が撮影を担当した。主なる出演者は「七人の兄いもうと」の根上淳、若尾文子、船橋英二、市川和子、「生きものの記録」の藤原釜足、「浅草の鬼」の伏見和子、「市川馬五郎一座顛末記 浮草日記」の東野英治郎など。
六畳と四畳半だけの船山家では今しも敬太の結婚式というので、世話好きな隣家の女房おらくが先に立ち、近所のおかみさん連中や高校生お美代ちゃんまでが応援に駈けつけての大騒動だ。やがて式も終り、やっと二人きりになった悦びに新郎の敬太が花嫁芳子の手をとったとき、表戸を叩いたのは久しく音信不通の悪友大山である。(以下略)

 現代では、およそありえないだろう自宅での結婚式。宴席用の料理は、すべて狭い庭で、近所の主婦総出で煮炊き。突然の雨で、煮物の鍋も、焼き魚も、お銚子もすべて雨びたし。
 花嫁も、花嫁衣裳のすそをからげて、料理を雨から守る(ただし、顔は、映さない)。後日、貸衣装の花嫁衣装がずぶぬれだったので、割増料金を請求され、大赤字、という落ち。
 なお、尾頭付きの鯛を、出前してきたのは、若き魚屋・中条静夫。一尾30円の最低ランクの鯛なので、小魚のごとく小さい(笑)。「こんなんでも、せめて35円じゃなきゃ割が合わない」と中条。「ダメダメ。30円」と、岡村文子オバサン。「ついでに、あんた、その鯛、焼いていって」と、七輪を指差す。
「かなわねエな」と、七輪で鯛を焼く中条。
 ああ、ザ昭和だなあ(笑)。なんだか楽しそう。
e0178641_10155589.png なお、ここまでと、その後しばらく、中篇なのに最初の10分くらいは、ヒロインの花嫁の顔を、出さない。じらしにじらしたあと、新進女優・若尾文子が、暖簾をくぐって、顔を、やっと出す。
 冒頭の出番のなさに、かえって、この新進女優への愛を感じる。
 で、いったん出てきたら、若尾の愛らしさ全開で。
 うれしはずかし新婚初夜に、新郎・根上淳の悪友・船越英二がいきなり、上京して来て、今夜は、泊めてくれ、と自分勝手に。
 翌夜も、根上の故郷の老人連が、無神経に宿代節約のため、泊り込む大騒動。
 この「意図」は、明白。うれしはずかし新婚初夜の、あれもこれをも、描きたい。いや、描くのが本作の主テーマだ。しかし、時代の制約ゆえ、新婚夫婦のキスシーンでさえ、直接描写は、ダメ。そこで、映画は、その、うれしはずかしが、いかに、ミッションインポッシブルなのか、という描写に精勤する。
 「本来の主テーマ」を、いかに、映さないか、に特化した、それゆえのコメディ性を追求する、せざるをえない? いや、それが、かえって職人の楽しみ(笑)。
 本末転倒か苦肉の策か、マゾヒズムか隠微な?細部の工夫が、かくて倒錯的な?快作コメディを生む。
 冒頭、ヒロインの顔を隠し続けたように、ついに53分間、うれしはずかしを、先延ばしにする。
 ラスト、新郎新婦は、はれて二人きりになり、初?キス。
 しかし、そのキスも、鴨居にかけた額縁の絵がずれて、見えない。
 この新築ながら安普請の、家は、近くに鉄道があり、列車が通るたびに大振動大音響で、そのたびに絵が、ずれる、というルーティン・ギャグを何度か繰り返し、その繰り返しで、最後の落ち。
 これだけでなく、短い中篇に凝縮された、濃密な脚本・演出の妙が、随所で味わえる。プログラムピクチャアとして、グッド。

e0178641_10161645.jpg新妻の寝ごと 1956年1月15日公開 <Movie WalkerHPより>
前号「花嫁のため息」につぐ同スタッフ、キャストによるものにつき省略。
新婚の敬太、芳子夫婦の家に芳子の友人ふみ子が夫婦喧嘩のあげく家出をして来た。困った二人はふみ子に里心を起させるために芝居をした。ふみ子は当てられて帰って行ったが、敬太も芳子をつれて熱海に行くことになってしまった。車中で敬太は芳子の父の儀左衛門に会った。儀左衛門は組合の寄合だといって女房の牧江をだまし、芸者の千代菊をつれて熱海に遊びに行くところであった。(以下略)

 前作とはまったく真逆に、冒頭会社から帰って来た根上と、若尾は、キスキスキスと、キス連発(笑)。タイトルも「花嫁」から「新妻」へ。
 この落差こそ、長編一本から、中篇二本に分けたのは、実は、営業上の理由からではない、ということを思わせる。
 このヒロインの、恥じらいから、羞恥心ゼロ?で、キス三昧では、あまりに、ヒロインが変わり過ぎて、一本の映画としては、持たない、という、純粋に、作劇上の判断だったのだ(笑)。
 なんとなんと(笑)。商売上、安く上げて、一本で二本分をでっち上げちゃおう、というのが、日本映画のお作法であったろうに、本シリーズに関しては、この配慮(笑)。うーん。
 なお、夫の浮気から、若尾家に居候して、ふたりの新婚気分を著しく阻害する、若尾の旧友に、岸田今日子。
 のちに増村保造「卍」で、まんじりねっちりと若尾と絡む岸田、因縁の出演か。
 なお、このふたり、夫婦そろって熱海にいくと、どちらも夫の希望で丸髷を結う。まあ、明らかにカツラだが。
 昭和戦前までは、普通に見られた、新妻の必須ヘアスタイルとして知られる丸髷が、1956年時点でも、生きているとは。
 夫たちも普通に自分の新妻が丸髷を結うことを望み、新妻たちも、それにうれしそうに、応える。
 演じるのがあややだけならともかく、かの岸田今日子まで。新劇女優だよ新劇女優。新派じゃないんだからさあ。

 なお、義父・藤原釜足の愛人芸者の後始末を押し付けられ、根上の愛人扱いに、若尾激おこ。ところが、さすがに良心がとがめて、釜足告白。「いや、実は、わしの愛人じゃ」。
 これを聞いた妻・市川春代、わが夫をののしるどころか、「いや、お父さんに愛人を作る勇気があるなんて、かえって見直しましたよ」と、微笑む。それに一家で、大笑いで幕。
 いや、これ、女性蔑視じゃあ、ありませんよ。ここで、脇役の市川が怒り爆発で夫を責めたら、43分で、映画は、ハッピーエンドには、ならない。
 何から何まで聡明に、しゃきしゃき展開する。グッド。

★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。
 Movie Walker的にはまったく意味不明な「前号」というワードが、キネ旬のバックナンバーの丸写しであることを、堂々露呈する(笑)。 

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by mukashinoeiga | 2016-01-09 10:17 | 傑作・快作の森 | Trackback | Comments(0)

増村保造「この子の七つのお祝いに」岩下志麻畑中葉子中原ひとみ芦田伸介岸田今日子

 京橋にて。「映画監督 増村保造」特集。82年、松竹=角川春樹事務所。
 ロードショー公開時以来の再見。当時は、ダルダルの凡作と断じたが、たぶん、いや絶対に、マスマスムラムラのことなど無知の頃で。
 では、マスマスムラムラについては、大体見当がついてるはず(笑)の現在では、見方が変わるかどうか(笑)。という意味での再見でおます。

e0178641_14173626.jpgこの子の七つのお祝いに (111分・35mm・カラー)<フィルムセンターHPより>
角川春樹の製作で斉藤澪の第1回横溝正史賞受賞作を映画化。これが増村の遺作となった。夫への復讐の念を娘に託し自らの命を絶った母。時は流れ、政界を操る女占い師の周辺で起こる連続殺人。血塗られた2つの事件に、戦後日本の深い傷跡が浮かび上がる。真相が明かされるラストの夕日が観客の脳裏に焼き付く。
'82(松竹=角川春樹事務所)(監)(脚)増村保造(原)斉藤澪(脚)松木ひろし(撮)小林節雄(美)間野重雄(音)大野雄二(出)岩下志麻、杉浦直樹、根津甚八、辺見マリ、畑中葉子、中原ひとみ、室田日出男、名古屋章、神山繁、村井国夫、芦田伸介、岸田今日子

 そもそもは角川春樹が大鉱脈を掘り当てた市川崑「犬神家の一族」以来の過去の因縁が現代に惨事を引き起こす「おどろおどろしい土着的怨念ミステリ」その何匹目かのドジョウである本作。
 それが増村に依頼されたのは、なにゆえか。
 そもそも、市川崑は、増村の映画論(最近文庫になった。ちびちび読んでいる)では、溝口、黒沢に並ぶ重大監督扱い。ただ、実際は市川の大映作品を、ほぼ、ぼろぼろにくさし、またその「偏狭」な性格も証言しているのが、たいへん楽しい読み物だ。
e0178641_14203018.jpg 独善的な天才肌、とも言う。人格に問題のある(笑)独裁者は、人民に必ず嫌われるという典型のような人物だったらしい、市川崑は。清水宏の小型版のような、嫌われ者だったよう。
 映画ファンとしては、よく見ている監督のゴシップは、大変に好物だ(笑)。

 ちなみにぼくの好きなマスマスムラムラのゴシップは、地方ロケに行くと、夜は旅館の大広間での夕食になり、各お膳(宴会仕様)に、お銚子が一本つく。まあ、スタアさんがいるかどうかは別にして、スタッフも大所帯だから、一見宴会風の夕食。
 酒飲みのスタッフは、あてがいぶちの夕食はそそくさと済ませ、夜の巷に繰り出す。まあ、監督が増村で、いちおう上座だろうから、そんな宴会に、長く居たいとは、誰も思わないだろう(笑)。
 で、当然お銚子には手をつけない、下戸もいるだろう。
 宴たけなわの頃になると(実際は打ち上げではない、日々の夕食なのだが)増村は、下戸の手付かずの銚子、いなくなった酒飲みの飲み残しの銚子を集めて、酒盃を重ねたという。
 さすが、超合理主義にして、地味地味な増村らしい(笑)。
 カツシンや裕次郎、監督でも川島などの豪遊伝説は数あれど、こんなしみったれた(笑)映画全盛期の監督も珍しい。
 確かに銚子には誰も口を付けてはいないのだから、合理主義者の酒飲みにしてみれば、もったいないし、しかし監督としてはみっともない。合理で地味な増村らしいエピソードで、ぼくは好きだな(笑)。

 何の話だっけ。そうそう「この子の七つのお祝いに」の話だった。
 結論から先に言うと、土井たかこ。「駄目なものは駄目」。
 まず、111分の上映時間が長過ぎ。
 全盛期マスマスムラムラなら、確実に90分は切っていただろうタイトな物語に、半時間の「贅肉」。「贅沢」なランニングタイムの使用などではない、単なる「贅肉」な映像の数々。
 体脂肪をほぼ絞りに絞った大映時代の、「90分の男」に比べて、この「贅肉」過剰が、この映画からサスペンスを奪った要因のひとつだ。
 しかしこの映画のストーリーは、111分の上映時間をかけるようなタマでは、ない。その結果、増村は、どうしたか。
 杉浦直樹、根津甚八のふたりは、ルポ・ライターと新聞記者で、二人は事件の真相を探るべく、多彩ないろいろなところに取材に出かける。そのたびに、すべての場所で、看板なり表札なりエンエン映す。律儀に固定ショットで、各五秒ほど? 杉浦のマンションの看板など何度も映す。
 こんな律儀かつ凡庸な映画って、たぶん、はじめて見たよ。まあ、この種のわかりやすい場所説明は、大映プログラム・ピクチャアの基本であったのかもしれないが。しかしそれにしても過剰。
 贅肉その2。本作の象徴の童謡「通りゃんせ」を。岸田今日子が二度も、そして岩下志麻も歌う。しかも、すべてフルヴァージョン(笑)。
 そのほか、すべて描写において「余裕」。ゆったりした描写なんて、マスマスムラムラには、これほど似つかわしくないものはない。合理主義がなくってもんだぜ。

 次に、本作が駄目な理由その二。あるいは、コレはぼくの個人的理由だけかもしれないが。
 ぼくは、根津甚八が駄目。どの映画どの映画を見ても、彼のよさがわからない。主演作が多いということは人気があるんだろうが、ぼくにとって根津甚八は、砂。彼の出番は、毎度砂をかむような思い。根津甚八不感症(笑)。
 次に杉浦直樹も微妙。このひと、若いころは一応二の線。でも、妙なゆるさが、二枚目になりきれず。
年をとったら、味のある人情派?に転換するも、今度は、そのゆるさを、妙な硬さが、ジャマをする。
 どう対応していいのかわからない、ハンパ感といいますか。
 このひと、はしゃいでいるときはカラ元気にしか見えなくて、しょんぼりしているときは、仮病感(笑)が、漂うのよ。なんだ、単なる大根か。
 そしてヒロイン岩下志麻。究極の不感症女優。ごく若いころの時期をのぞいて、この人の出番を楽しめたことが一度としてない。演技も下手だし。クライマックス「通りゃんせ」をフルで歌う演技の稚拙さったら、目を覆う。ま、罰ゲームだから、目を覆ったら負けだから、実際は、覆ってないけどね。
 つまりこの映画、砂、微妙、罰ゲームが主演トリオだから、ぼく的には、うんざりキャストで。

 大映全盛期マスマスムラムラで、確実に90分は切っていて、岩下が若尾あややで、根津が川口浩、杉浦が船越英二、だったら、あるいは本作は傑作になっていたかもしれない。
 本作でも、キーパーソンのふたりに増村保造「卍」岸田今日子、増村保造「赤い天使」芦田伸介を使っているが、こちらはグッド。なので大映全盛期マスマスムラムラ版でも、オーケー。
 とくに岸田今日子は、出色。彼女以外に、この役は、考えられない。

 次に、本作が駄目な理由その三。ホラー寄りのサスペンス描写が、徹底して下手。増村保造は、人間関係サスペンス?や情痴サスペンスは得意でも、ホラー劣等生?であることが、わかる。ホラー描写では、安っぽいTV2時間ドラマの域で。映画なのに、TVドラマに、毒されすぎだぞ、増村。
◎追記◎感想駄文済みの増村保造「恋にいのちを」江波杏子どうよう、本作の岩下もベッドシーンで機械的に仰向けに倒れる。さすがに新人・江波ほど機械的ではないが、いかにも増村保造的な、味も素っ気もない「合理的」な、倒れ方。
 おそらく増村とは「演技的」相性が良かった若尾なら、きわめて官能的にふわふわと倒れるところを、新人江波、不感症岩下には、単なる器械体操だったのだろう。今回まだ再見していない増村保造「セックス・チェック 第二の性」安田道代も、また、機械的にベッドに倒れるのだろうか。

余談1 って本駄文のすべてが余談そのものだが。ネットで見ると、本作をTV放映で見た当時の小学生たちが、トラウマになるほどの恐怖を味わったという。増村ホラー演出はヘタ以外の何者でもないが、たぶん、
 タイトルがタイトルなので子供向けと誤解されて、多くの子供が見た→コドモには初体験なホラーモノにショック→暗い和室の市松人形の、恐怖→岸田今日子のふるふる震える声にやられ→ヤキゴテでの児童虐待や、赤ん坊の拉致、ねずみに食い殺された赤ん坊、朝起きたら母親が血まみれで死んでいる、母親に裏切られた、などなど、大人よりもむしろ子供にとっての恐怖感満載な展開。
 タイトルが子供向け風でなければ、ここまでのトラウマには、そもそもならなかったであろう。

e0178641_14404248.jpg余談2 コレもネットで話題は「岩下志麻セーラー服写真」の異様(笑)。髪型もアフロ風で異様だし、コスプレ感満載。若い時期の岩下セーラー服なんて、松竹の過去スチール探せば、いっぱいあるはずなのに、そういうスチール写真では、増村は、満足できなかったのだろう。「過剰さ」が足りない!ということか。
 なお、岩下のセーラー服は写真の衝撃度で話題になるが、まったく無視されているのが、中原ひとみの、洋裁学校時代回想シーンでのカーディガン姿か。もちろんはたちとしては、ありえない老け顔なのだが、童顔だからぎりぎりオーケー(では、ないが、かろうじて、問題?とはならない)。
 しかしなぜ野添でなく中原なのか。たまには、違うひとみを使ってみようということか。もっとも、中原ひとみ好きとしては、この年でもかわいい中原を、コスプレ付きで見られて、オーケー(笑)。

余談3 書いているうちに思い出したが、ロードショー時は深作欣二「蒲田行進曲」との2本立て。このときぼくは、地方の映画館に勤めていたのだが、当初は「この子」のほうがA面だったはず。
 ところが、幕をあけてみたら、「蒲田」の大圧勝。爆笑に次ぐ爆笑。エンエン長期上映化し、最後の頃はさすがに客席もまばらになるのだが、「蒲田」のすごいところは、空席のほうが多い末期になっても、場内は爆笑の渦となること。いっぽう「この子」上映時は、セキとして声なし。
 上映中は、映画館従業員は暇になるので、「蒲田」上映時はたびたび館内で入り浸っておりました。映画の勢いもさることながら、必ずそして常に場内大爆笑の連波というのは、映画好きにして映画館好きの小生には応えられないものでしたので。
 いっぽうの「この子」のほうは、一回見たっきりかな(笑)。ホラーモノとしては、特に初期の特報、暗がりの市松人形はよかったのですがね。アノ特報は何回も見ました(笑)。たぶん下のとは違うほう。
しかし2本立てなら、最初から上映時間短くして、増村本来の味を出せばよかったのに。残念。人はないものねだりするものか。

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この子の七つのお祝いに(昭和57)メイン・テーマ

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by mukashinoeiga | 2014-08-23 15:21 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback | Comments(12)

今井正「あれが港の灯だ」

 京橋にて。「生誕百年 映画監督 今井正」特集。61年、東映東京。あと1回の上映。
 いかにも今井映画らしい<政治と青春>快作。原作・脚本は水木洋子。
 タイトルが、超有名映画のパクリというところから、わかる通り?、テーマ?は、かの<捏造ひとすじ半万年>の国だ。韓国のでっち上げ数あるうちの、もっとも悪質なもののひとつ、かの初代大統領時代、勝手にでっち上げた、いわゆる李承晩ライン
 海に勝手に線を引き、このラインを越えて、韓国側で漁をしているものを密猟者扱いし、日本人漁民船に、勝手に銃撃、勝手に船没収、勝手に漁民を拉致して、数年に及ぶ裁判沙汰。その過程で拷問虐待、数年後日本に返されても、半病人の有様。もちろん、丸腰の舟を銃撃されて、死者多数。 
 さらに、韓国は自分ででっち上げた<ゲームの規則>(それ自体が国際法違反、人道に対する罪なのに)を、守ることすらできない。ラインの日本側にも勝手に<越境>して、日本船を銃撃、殺傷、拿捕。拉致。元々でっち上げのラインだから、それを守るべき正当性すらないといわんばかりに。
 この公海上の、いわば国立海賊船、彼らがバンバン銃撃してくるのに、日本側カウンター・パートナーの海上保安庁は、銃撃なし。韓国側の銃撃に、その側面を見せつつ、韓国国立海賊船の前を横切って、身を挺して、日本船を守るしかないのだ。
 韓国側ははっきり、戦争を仕掛けているのも同然。戦う事を禁じられた戦後日本が、手も足も出せないことを承知の上で。なんという卑劣か。

 という状況(政治・戦争)で、僚船・第二日乃丸、その乗組員を韓国に取られ、死者も出しながら、また再編して、出漁する第一日乃丸(船名が、ナイス)。船長が山村總というのが、にんまり。
 山村は趣味の釣りが高じて、釣りドキュメント映画(フィルムは行方不明らしいが、ぜひ見たいもの)まで監督・製作してしまった。「本職」の漁民を演じる、興奮?も推測される好演。
 その船に乗り込む若い衆(青春)に江原真二郎。彼は実は、在日で、日本人に擬態している。擬態しつつ、日本人・外国人のボクシング戦TV中継では、ごく自然に日本人ボクサーを応援。対韓国国立海賊船との戦いでは、素晴らしい働きをする。
 でも、女相手の(だから、私的な、非公式な)会話では、ひそかに韓国側を擁護。優秀な日本船・日本人漁民に、ボロ舟・粗末な漁猟技術の韓国は、そのままでは、太刀打ちできない。だから、李承晩ラインなるものを捏造してまで、日本船を殺傷、略奪拿捕、拉致するのだ、と。盗人にも、一分の利か。そういいつつ、それでも高みの側の日本に擬態している矛盾。
 その矛盾も含めての、政治と青春像を、今井正は、ぐいぐい描いていく。

 友達に誘われるがまま、夜の街に繰り出した江原は、成り行きで女を買う。その女・岸田今日子は、最初から「あなた、北、南、とっち?」と直球勝負。「日本人たませても、同胞なら、すぐわかるよ」
 この岸田今日子が、また不思議な女優で、本作でもどの映画でも、日常会話・しぐさは、きわめて独特なセクシーさ。ところがことを及ぶシーンとか、ベッドシーンになると、とたんにフェロモンがウサン霧消。日本一のやらずぼったくり女優だ。

 彼らが目撃する、北朝鮮帰国事業で、帰国する一家の、送別行進。これも<北は地上の楽園>と、でっち上げ捏造で、同胞と世界を欺いたもの。北も南も、どっちもどっちの、さすが<捏造ひとすじ半万年>だ。

 新人とクレジットされる、幼馴染・高津住男、船友・岡本四郎、江原を慕う果物屋の娘・安田千永子が、実に好演。高津以外は、その後、見かけないが、安定した今井演出の好演技。
 江原が在日と知れたあとも、日本人船友たちは、難なく受け入れる。ここら辺も、何だかなあの、日本的あいまいさ。
 もちろん、当然(笑)、朴訥すぎる差別主義者・山本麟一、つるっぱげの小笠原章二郎あたりは、けちをつけるのだが。
◎追記◎今年刊行された「今井正映画読本」本作紹介の項に、「当時の日本には韓国を思いやる感覚はなかった」。なに、この現在の視点から、過去を断罪するような上から目線は。
もちろんこの言葉は、当時日本の漁業技術が優秀すぎて、韓国漁民は、力負けしていた、という文に続くものだが、だからといって、韓国国立海賊船の、殺傷テロをしていい、といういいわけには、ならんだろう。当時、韓国は貧しかった、かもしれんが、日本人も、日本の漁民も貧しかったのだ。
 そんなに思いやりが大事なら、韓国の日本人漁民への、銃撃、殺傷、虎の子の漁船没収拿捕、拉致拷問の、どこに思いやりが、あるのか。
 日本の優秀な漁猟技術は、悪い弱肉強食で、丸腰の日本人漁民への、銃撃、殺傷、虎の子の漁船没収拿捕、拉致拷問は、いい弱肉強食なのか。左翼人権派の典型的ダブル・スタンダードでは、ないか。
 韓国への思いやりがない!という理由で、殺傷テロの被害者を貶め、殺傷テロの加害者を擁護する。今に至る、左翼脳内お花畑のいつもの手口だ。
◎再追記◎当時の日本には韓国を思いやる感覚はなかった」と、わざわざ、当時は、と限定しているということは、「現在の日本には韓国を思いやる感覚はある」ということか(笑)。韓国・北朝鮮に、日本人が犠牲を払ってでも、さまざまなサーヴィスをしている、という「感覚」はあるのね、左翼には。もう、笑うしかないよね。
 今井正自身は、右・左に対して、可能な限り公正であろうとした「感覚」があるかに思うが、今井ファンの左翼諸君の中には、どうしようもないのが、いるんだなあ。

◎追記◎2013/02/02に公開 予告篇:「あれが港の灯だ」キネ旬ベストテン(1961年)7位監督:今井正

 なぜ、中国・台湾人、その他は、出自を隠さずにいたのに、朝鮮人のみが出自を隠したのか。そこらへんが「不思議」でならない。


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by mukashinoeiga | 2012-07-05 02:49 | 今井正 青い左傾山脈 | Trackback | Comments(0)