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野村芳太郎「五瓣の椿」岩下志麻加藤剛左幸子西村晃加藤嘉小沢昭一田村高廣岡田英次伊藤雄之助

楽しいのかこの映画。誰得な大作で。
 阿佐ヶ谷にて「『石上三登志スクラップブック 日本映画ミステリ劇場』刊行記念 ミステリ劇場へ、ようこそ。2018 」特集。64年、松竹大船。
◎追記◎と、何の気なしにデータをコピペして松竹大船と書いたけれど、これって松竹京都撮影所じゃないの。それとも京撮を使った大船作品って意味なの?

e0178641_231996.png五瓣の椿 1964年(S39)/松竹大船/カラー/163分(ラピュタ阿佐ヶ谷HPより)
■監督:野村芳太郎/原作:山本周五郎/脚本:井手雅人/撮影:川又昻/美術:松山崇、梅田千代夫/音楽:芥川也寸志
■出演:岩下志麻、加藤剛、左幸子、西村晃、加藤嘉、小沢昭一、田村高廣、岡田英次、伊藤雄之助
最愛の父を失い自らの出生の秘密を知った娘は、淫蕩な母と相手の男たちを次々と殺害していく──。山本周五郎の同名小説を映画化した壮絶な復讐譚。岩下志麻が異常な決意に燃えるヒロインを、妖艶さを漂わせて熱演している。

e0178641_24810.png 超ファザコンの岩下志麻が、自分の父を落としめた、実母やその浮気相手をつぎつぎに殺めるという復讐譚。
 しかし、しかしだよ。
 父親加藤嘉は彼らから肉体的被害を受けたわけではない。財産を盗み取られたわけではない。むしろ養子の分際で多額の隠し財産まで作っているほどだ。持病のせいで肉体的苦痛は甚だしいが、それなりの生活。
 これのどこに、娘が実母左幸子や、その浮気相手を殺す理由が、あるのか。
 病弱な夫に満足できず、というかその以前から淫乱なたちだった実母を、娘が憎むのは、わかる。
 しかしその浮気相手たちを次々殺めるのは、筋違いでは、ないか。単なる火遊びの代償として殺害されるのは、恐ろしく筋違いではないのか。
 繰り返すが父加藤嘉は、肉体的暴力を彼らから受けたわけでは、ない。財産を奪われるなどの生存権を脅かされたわけでもない。単なるコキュ(寝取られ夫)に過ぎない。
 加藤嘉本人が、妻の浮気相手に何らかの復讐するのは、わかる。しかし、その娘が、復讐、しかも究極の殺人とは、理屈が通らない。
 ジェネレーションが違いすぎる。まるで朝鮮人の発想だ。理屈が通らない。
 岩下志麻は、情念の復讐魔として適任の怖さ(笑)。しかし彼女を垣間見て、こんなおとなしそうなお嬢さんが人殺しなどするはずがない、と真顔で語る加藤剛には、爆笑。
 この映画がなければ、美女岩下と絡む機会がなかったはずの、伊藤雄之助、西村晃らが嬉々として濡れ場を演じるが、よくよく考えれば、復讐する相手に、それなりに身を任せて嬌態を振りまく岩下って、そりゃ矛盾していないか(笑)。
 一種のエロ映画として売って、実態は違いますねん、という一種の野合では、ないのか(笑)。
 なおこの時期の松竹の復讐好きに関しては、この一個前の感想駄文市村泰一「この声なき叫び」を参照のこと。



全然別物(笑)。ただし加藤剛にアベちゃんというのは正解(笑)。

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by mukashinoeiga | 2018-03-22 02:04 | 旧作外国映画感想文 | Trackback | Comments(2)

川頭義郎「あねといもうと」岩下志麻倍賞千恵子

きわめて「面白い」。65年、松竹大船。
e0178641_338218.jpg 阿佐ヶ谷にて「宮崎祐治・著→キネマ旬報誌・刊→より 東京映画地図2」特集。
 川頭義郎といえば、もちろん木下恵介の弟子筋にあたるわけだが、むしろ本作には、小津や成瀬を、感じる。
 なんでかなー、と考える。
 木下恵介といえば、数多くのヒット作をものして、松竹の名を高らしめ、しかし、今現在さほど、評価は、高くない。
 いや、それなりにリスペクトされてはいるが、小津や成瀬ほどではない。
 おセンチすぎる、とかお花畑過ぎる、ということもあるかもしれないが、ずぶずぶのメロドラマ作家でありながら、恋愛系メロドラマに弱い、恋愛系ホームドラマがなっていない、要するに男女間の葛藤メロドラマがほとんどない、という、木下固有の特殊事情のせいか、と思われる。
 男女間の成り行きに、なぜか(笑)関心がいかない、いうのは、メロドラマ作家としては、かなり致命的かと、思われる。
 その木下の弟子の川頭が、本作のような恋愛系ホームドラマを撮る際に、参照するのは木下ではなく、小津や、なかんずく成瀬であるというのも、道理で、本作は、かなり成瀬ティストを感じてしまった。

e0178641_3385540.jpgあねといもうと (ラピュタ阿佐ヶ谷HPより)
1965年(S40)/松竹大船/カラー/90分
■監督:川頭義郎/原作:佐多稲子/脚本:楠田芳子/撮影:荒野諒一/美術:梅田千代夫/音楽:木下忠司
■出演:岩下志麻、倍賞千恵子、中村晃子、久我美子、早川保、山村聰、轟夕起子、大辻伺郎、北林谷栄
田園調布の父子家庭の物語。長女・岩下志麻、次女・倍賞千恵子、三女・中村晃子という適齢期の三人と、娘たちの結婚問題に揺れる父。ここに亡き長男の嫁も加わって、それぞれの姉妹の新たな出発が描かれる。


 感想駄文済みの成瀬「おかあさん」が、ありえないくらいのエピソードてんこ盛りのジェットコースタームーヴィーであった。本作の、サクサク進む展開の速さに、それを感じる。そういう意味で、この映画の「流れる」速度は、成瀬並みで、くいくい展開していく快感がある。
 メロドラマでありながら、師匠の木下の、粘着性から、脱しているような。女々しいねばねば感がない、爽快さがある。
 まあ、木下的女々しいねばねばさも、好きなのではあるけれど(笑)。成瀬的、小津的な、さっぱり系?メロも、好きなんだよなあ。

 田園調布に住まう、中の上クラスの「部長さん」山村總、その娘たち、長女・岩下、次女・倍賞、三女・中村。
 父親の思惑、この家を維持していくに足る、それなりの収入の男に娘を嫁がせたい、と思うのに、倍賞は同僚の安サラリーマン早川保に惚れて、岩下も安月給の小学校教師・大辻司郎(ロンパリ気味の、老成したいかつい顔ながら、誠実な青年を好演)に思いを寄せ、思うようにならない。
 これに「事故で亡くなった長男の嫁」(きわめて成瀬的な設定)久我美子が加わると、義父・山村總の久我への親切が、山村が長男の嫁・ハラセツに懸想していた成瀬「山の音」も想起され、なにやら妖しい。
 まあ、健全な松竹メロだから、その懸念は、全く杞憂なのだが。しかし精力的な「四十八歳の抵抗」親父・山村總なので、全く油断ならない(笑)。
 三女・中村晃子のみ、恋愛エピソードがないのは、この手の四姉妹物としては瑕瑾だが、そのエピソードも入れると、とても90分には、収まらない。
 しかも彼女には、亡兄の未亡人・久我を、なにげに、ねちねちいびる小姑的役割があるので、存在感はオーケー。

 この時代の、松竹メロは、つまらない作品が数多くうんざりすることしばしばなのだが、チョット小津、割りと成瀬を意識した本作は、なかなかに合格点。
 と、相変わらずの上から目線で、どーもすいません。三平です。

 ちなみに、上記引用の、きわめて微温的ポスターも、味わい深い。
 もっともキャリアが長い久我美子が和装で座布団付き正座。もっとも正統的。
 倍賞千恵子は、横座りで、崩している。
 中村晃子は、倍賞の陰に隠れて見えないが、アグラまで行かないにしても、足を伸ばして崩している。
 岩下志麻のみ、立っていて、他の三姉妹と比べ、ヒロイン性を示す。
 でも本当は、まだ姐さんキャラ以前なので、本作では、他の女優さんに比べて、存在感は、ないんだけれども。
 凡庸なポスターながら、味わいは深い(笑)。 

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by mukashinoeiga | 2016-11-25 03:39 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(4)

篠田正浩「夕陽に赤い俺の顔」

 京橋にて。「特集・逝ける映画人を偲んで 2013-2014」特集。撮影・小杉正雄の追悼による上映。
 ひどい(笑)。ひどすぎる(笑)。
 最初の1分で駄作を確信し、それは揺らぐことなく、終始一貫駄作ぶりを維持し、最後まで続く。
 一瞬たりとも、輝くシーン、輝くセリフも、ない。
 いくら生涯駄作率9割強の篠田映画とはいえ、これは篠田映画史上最凶の駄作振りではないか(笑)。
 脚本寺山としても、これは黒歴史というべき、汚点だろう(笑)。ちっとも面白くもセンスもないんだもの。

e0178641_23192327.jpg夕陽に赤い俺の顔(82分, 35mm, カラー) <フィルムセンターHPより>
1961 (松竹大船) (撮)小杉正雄 (監)篠田正浩 (脚)寺山修司 (美)梅田千代夫 (音)山本直純 (出)炎加代子、岩下志麻、川津祐介、渡辺文雄、小坂一也、三井弘次、諸角啓二郎、内田良平、水島弘、平尾昌章、菅井一郎、柏木優子、神山繁、西村晃
建設業界の黒幕が、自らの不正の秘密を握る女性記者を襲うため8人の殺し屋を雇うが、そこへ1人のガンマニアの青年が現れる。篠田正浩=寺山修司のコンビによるパロディ精神にあふれたアクション・コメディ。1940年に松竹大船に入社した小杉正雄は、篠田の松竹時代の作品をすべて手がけ、本作では篠田自ら「日本映画のポップアートのはしり」と呼ぶ画面を実現した。

 ポスターもイモだねー(笑)。
 実際の川津は映画では、もっとカッコイイのだが、まるでダサい。
 おそらく、本作の発想の原点は、先輩同僚助監督・鈴木清順らが日活に行き、その日活アクションの活躍ぶりを見て、いや、もちろんインテリ篠田としては、監督になったからには、いろいろ映画をお勉強しただろう。
 古臭いメロドラマを引きずる松竹も、日活みたいに、若者に受けねばいかん、と日活アクション風を、目指したのだろうが。
 そもそもタイトルからクルットル(笑)。
 日活無国籍アクションのパロディを目指し、「夕陽に赤い」まではともかく、「俺の顔」って、なんだ、「俺の顔」って(笑)。
 「無意識過剰」の日活アクションを、インテリ篠田がパロディ化、しかし「夕陽に赤い俺の顔」とは、三等インテリの自意識過剰が露呈してませんかい、えー篠田のダンナ(笑)。
 つまり当時は、そのかっこよさが、アンちゃんたちに受けていた日活無国籍アクションを、パロディ化するとしたら、ダサい映画にしなければなるまい、なんてフクザツなことはもちろん考えていなかっただろうから、日活風を松竹が真似っ子したから、ダサくなった、清順風を篠田がカーボンコピー(死語なのに、いまだにロートルの政治記事に出てくるのは、解せない)したから、ダサくなった、ということかな。
 殺し屋は、人を殺していればいいのであって、延々殺しの美学?を語り続ける、その非アクション性、三等インテリの語るに落ちるダサさは、まるで翌年作大島渚「天草四郎時貞」(感想駄文済み)の一年前のパロディみたいだ。松竹ヌーベルバーグの、非映画性も、ここにきわまれりか。清順フォロワー第一号?のダメさ、というところかしらん。
 ただまあ、センスのよい無駄話であるならば、タランティーノに、受け継がれて入るのだけれども。

 俳優はみんないいのに、映画はダメダメ。美術もそこそここいいのに、映画はダメダメ。
 殺し屋では、三井弘次、古典的殺し屋衣装・諸角啓二郎、ドクター水島弘、センチ平尾昌章がグッド。女優も炎加代子、岩下志麻、ダンサー兼殺し屋兼西村晃愛人の柏木優子、みんないい。でも柏木優子、西村晃の口や胸にキスなんて、うーん(笑)。
 諸角啓二郎の出ずっぱりなんて、のも、珍しい。
 個人的には、殺し屋コーディネーター神山繁の、ニヤケ顔が生理的レヴェルで不快で不快で仕方なかったのだが、意味不明にも殺されて、以後登場せず。本作の数少ない美点で(笑)。
 唯一笑ったのは、女殺し屋がナギサという役名で、「どうした、ナギサ」「がんばれ、ナギサ」「裏切ったな、ナギサ」と罵倒されるところか。ちなみに演じた炎加代子は、大島渚映画にも、出ている。
 こういう日本映画が誇る(笑)ダメ監督が、のちに大学教授になって、学生に映画を教えるなんてえのも、信じられないが、まあ現役選手時代には芽が出なかったものが、指導者になって、勝利監督になるというのも、スポーツ界では、ありがちか。

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by mukashinoeiga | 2015-08-05 23:20 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(2)

増村保造「この子の七つのお祝いに」岩下志麻畑中葉子中原ひとみ芦田伸介岸田今日子

 京橋にて。「映画監督 増村保造」特集。82年、松竹=角川春樹事務所。
 ロードショー公開時以来の再見。当時は、ダルダルの凡作と断じたが、たぶん、いや絶対に、マスマスムラムラのことなど無知の頃で。
 では、マスマスムラムラについては、大体見当がついてるはず(笑)の現在では、見方が変わるかどうか(笑)。という意味での再見でおます。

e0178641_14173626.jpgこの子の七つのお祝いに (111分・35mm・カラー)<フィルムセンターHPより>
角川春樹の製作で斉藤澪の第1回横溝正史賞受賞作を映画化。これが増村の遺作となった。夫への復讐の念を娘に託し自らの命を絶った母。時は流れ、政界を操る女占い師の周辺で起こる連続殺人。血塗られた2つの事件に、戦後日本の深い傷跡が浮かび上がる。真相が明かされるラストの夕日が観客の脳裏に焼き付く。
'82(松竹=角川春樹事務所)(監)(脚)増村保造(原)斉藤澪(脚)松木ひろし(撮)小林節雄(美)間野重雄(音)大野雄二(出)岩下志麻、杉浦直樹、根津甚八、辺見マリ、畑中葉子、中原ひとみ、室田日出男、名古屋章、神山繁、村井国夫、芦田伸介、岸田今日子

 そもそもは角川春樹が大鉱脈を掘り当てた市川崑「犬神家の一族」以来の過去の因縁が現代に惨事を引き起こす「おどろおどろしい土着的怨念ミステリ」その何匹目かのドジョウである本作。
 それが増村に依頼されたのは、なにゆえか。
 そもそも、市川崑は、増村の映画論(最近文庫になった。ちびちび読んでいる)では、溝口、黒沢に並ぶ重大監督扱い。ただ、実際は市川の大映作品を、ほぼ、ぼろぼろにくさし、またその「偏狭」な性格も証言しているのが、たいへん楽しい読み物だ。
e0178641_14203018.jpg 独善的な天才肌、とも言う。人格に問題のある(笑)独裁者は、人民に必ず嫌われるという典型のような人物だったらしい、市川崑は。清水宏の小型版のような、嫌われ者だったよう。
 映画ファンとしては、よく見ている監督のゴシップは、大変に好物だ(笑)。

 ちなみにぼくの好きなマスマスムラムラのゴシップは、地方ロケに行くと、夜は旅館の大広間での夕食になり、各お膳(宴会仕様)に、お銚子が一本つく。まあ、スタアさんがいるかどうかは別にして、スタッフも大所帯だから、一見宴会風の夕食。
 酒飲みのスタッフは、あてがいぶちの夕食はそそくさと済ませ、夜の巷に繰り出す。まあ、監督が増村で、いちおう上座だろうから、そんな宴会に、長く居たいとは、誰も思わないだろう(笑)。
 で、当然お銚子には手をつけない、下戸もいるだろう。
 宴たけなわの頃になると(実際は打ち上げではない、日々の夕食なのだが)増村は、下戸の手付かずの銚子、いなくなった酒飲みの飲み残しの銚子を集めて、酒盃を重ねたという。
 さすが、超合理主義にして、地味地味な増村らしい(笑)。
 カツシンや裕次郎、監督でも川島などの豪遊伝説は数あれど、こんなしみったれた(笑)映画全盛期の監督も珍しい。
 確かに銚子には誰も口を付けてはいないのだから、合理主義者の酒飲みにしてみれば、もったいないし、しかし監督としてはみっともない。合理で地味な増村らしいエピソードで、ぼくは好きだな(笑)。

 何の話だっけ。そうそう「この子の七つのお祝いに」の話だった。
 結論から先に言うと、土井たかこ。「駄目なものは駄目」。
 まず、111分の上映時間が長過ぎ。
 全盛期マスマスムラムラなら、確実に90分は切っていただろうタイトな物語に、半時間の「贅肉」。「贅沢」なランニングタイムの使用などではない、単なる「贅肉」な映像の数々。
 体脂肪をほぼ絞りに絞った大映時代の、「90分の男」に比べて、この「贅肉」過剰が、この映画からサスペンスを奪った要因のひとつだ。
 しかしこの映画のストーリーは、111分の上映時間をかけるようなタマでは、ない。その結果、増村は、どうしたか。
 杉浦直樹、根津甚八のふたりは、ルポ・ライターと新聞記者で、二人は事件の真相を探るべく、多彩ないろいろなところに取材に出かける。そのたびに、すべての場所で、看板なり表札なりエンエン映す。律儀に固定ショットで、各五秒ほど? 杉浦のマンションの看板など何度も映す。
 こんな律儀かつ凡庸な映画って、たぶん、はじめて見たよ。まあ、この種のわかりやすい場所説明は、大映プログラム・ピクチャアの基本であったのかもしれないが。しかしそれにしても過剰。
 贅肉その2。本作の象徴の童謡「通りゃんせ」を。岸田今日子が二度も、そして岩下志麻も歌う。しかも、すべてフルヴァージョン(笑)。
 そのほか、すべて描写において「余裕」。ゆったりした描写なんて、マスマスムラムラには、これほど似つかわしくないものはない。合理主義がなくってもんだぜ。

 次に、本作が駄目な理由その二。あるいは、コレはぼくの個人的理由だけかもしれないが。
 ぼくは、根津甚八が駄目。どの映画どの映画を見ても、彼のよさがわからない。主演作が多いということは人気があるんだろうが、ぼくにとって根津甚八は、砂。彼の出番は、毎度砂をかむような思い。根津甚八不感症(笑)。
 次に杉浦直樹も微妙。このひと、若いころは一応二の線。でも、妙なゆるさが、二枚目になりきれず。
年をとったら、味のある人情派?に転換するも、今度は、そのゆるさを、妙な硬さが、ジャマをする。
 どう対応していいのかわからない、ハンパ感といいますか。
 このひと、はしゃいでいるときはカラ元気にしか見えなくて、しょんぼりしているときは、仮病感(笑)が、漂うのよ。なんだ、単なる大根か。
 そしてヒロイン岩下志麻。究極の不感症女優。ごく若いころの時期をのぞいて、この人の出番を楽しめたことが一度としてない。演技も下手だし。クライマックス「通りゃんせ」をフルで歌う演技の稚拙さったら、目を覆う。ま、罰ゲームだから、目を覆ったら負けだから、実際は、覆ってないけどね。
 つまりこの映画、砂、微妙、罰ゲームが主演トリオだから、ぼく的には、うんざりキャストで。

 大映全盛期マスマスムラムラで、確実に90分は切っていて、岩下が若尾あややで、根津が川口浩、杉浦が船越英二、だったら、あるいは本作は傑作になっていたかもしれない。
 本作でも、キーパーソンのふたりに増村保造「卍」岸田今日子、増村保造「赤い天使」芦田伸介を使っているが、こちらはグッド。なので大映全盛期マスマスムラムラ版でも、オーケー。
 とくに岸田今日子は、出色。彼女以外に、この役は、考えられない。

 次に、本作が駄目な理由その三。ホラー寄りのサスペンス描写が、徹底して下手。増村保造は、人間関係サスペンス?や情痴サスペンスは得意でも、ホラー劣等生?であることが、わかる。ホラー描写では、安っぽいTV2時間ドラマの域で。映画なのに、TVドラマに、毒されすぎだぞ、増村。
◎追記◎感想駄文済みの増村保造「恋にいのちを」江波杏子どうよう、本作の岩下もベッドシーンで機械的に仰向けに倒れる。さすがに新人・江波ほど機械的ではないが、いかにも増村保造的な、味も素っ気もない「合理的」な、倒れ方。
 おそらく増村とは「演技的」相性が良かった若尾なら、きわめて官能的にふわふわと倒れるところを、新人江波、不感症岩下には、単なる器械体操だったのだろう。今回まだ再見していない増村保造「セックス・チェック 第二の性」安田道代も、また、機械的にベッドに倒れるのだろうか。

余談1 って本駄文のすべてが余談そのものだが。ネットで見ると、本作をTV放映で見た当時の小学生たちが、トラウマになるほどの恐怖を味わったという。増村ホラー演出はヘタ以外の何者でもないが、たぶん、
 タイトルがタイトルなので子供向けと誤解されて、多くの子供が見た→コドモには初体験なホラーモノにショック→暗い和室の市松人形の、恐怖→岸田今日子のふるふる震える声にやられ→ヤキゴテでの児童虐待や、赤ん坊の拉致、ねずみに食い殺された赤ん坊、朝起きたら母親が血まみれで死んでいる、母親に裏切られた、などなど、大人よりもむしろ子供にとっての恐怖感満載な展開。
 タイトルが子供向け風でなければ、ここまでのトラウマには、そもそもならなかったであろう。

e0178641_14404248.jpg余談2 コレもネットで話題は「岩下志麻セーラー服写真」の異様(笑)。髪型もアフロ風で異様だし、コスプレ感満載。若い時期の岩下セーラー服なんて、松竹の過去スチール探せば、いっぱいあるはずなのに、そういうスチール写真では、増村は、満足できなかったのだろう。「過剰さ」が足りない!ということか。
 なお、岩下のセーラー服は写真の衝撃度で話題になるが、まったく無視されているのが、中原ひとみの、洋裁学校時代回想シーンでのカーディガン姿か。もちろんはたちとしては、ありえない老け顔なのだが、童顔だからぎりぎりオーケー(では、ないが、かろうじて、問題?とはならない)。
 しかしなぜ野添でなく中原なのか。たまには、違うひとみを使ってみようということか。もっとも、中原ひとみ好きとしては、この年でもかわいい中原を、コスプレ付きで見られて、オーケー(笑)。

余談3 書いているうちに思い出したが、ロードショー時は深作欣二「蒲田行進曲」との2本立て。このときぼくは、地方の映画館に勤めていたのだが、当初は「この子」のほうがA面だったはず。
 ところが、幕をあけてみたら、「蒲田」の大圧勝。爆笑に次ぐ爆笑。エンエン長期上映化し、最後の頃はさすがに客席もまばらになるのだが、「蒲田」のすごいところは、空席のほうが多い末期になっても、場内は爆笑の渦となること。いっぽう「この子」上映時は、セキとして声なし。
 上映中は、映画館従業員は暇になるので、「蒲田」上映時はたびたび館内で入り浸っておりました。映画の勢いもさることながら、必ずそして常に場内大爆笑の連波というのは、映画好きにして映画館好きの小生には応えられないものでしたので。
 いっぽうの「この子」のほうは、一回見たっきりかな(笑)。ホラーモノとしては、特に初期の特報、暗がりの市松人形はよかったのですがね。アノ特報は何回も見ました(笑)。たぶん下のとは違うほう。
しかし2本立てなら、最初から上映時間短くして、増村本来の味を出せばよかったのに。残念。人はないものねだりするものか。

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この子の七つのお祝いに(昭和57)メイン・テーマ

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by mukashinoeiga | 2014-08-23 15:21 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback | Comments(12)

番匠義彰「浮気のすすめ 女の裏窓」超珍作!

 神保町にて。《エロスのある風景》特集。60年、松竹大船。6/27(金)まで上映中。
 なんとも、アッと驚くア然呆然の珍作で。
 通常B級プログラム・ピクチャアながら、次の展開が、次々の展開が、まったく読めない、あれよあれよの逸脱振り(笑)。
「幻の湖」同然の珍作ぶりは、プロデュースの手腕によっては、場内大爆笑のカルト珍作に「成長」する可能性も(笑)。

e0178641_9155276.jpg「浮気のすすめ 女の裏窓」 <神保町シアターHPより>
S35('60)/松竹大船/カラー/スタンダード/1時間28分
■監督:番匠義彰■原作:吉行淳之介■脚本:椎名利夫■撮影:太田喜晴■音楽:牧野由多可■美術:川村芳久■出演:伴淳三郎、瑳峨三智子、山下洵一郎、岩下志麻、高峰三枝子、大泉滉、トニー谷
吉行淳之介の随筆を原作に、人々の性行動の可笑しみを描く。社長から逆恨みされ職を追われた男(伴淳)が、詐欺紛いの結婚相談所で働く羽目に。売春斡旋を生業とする女(高峰)と、そこに集う人々の色と欲とが絡み合う、皮肉とユーモアたっぷりの群像喜劇。

 なんと、主人公・伴淳三郎が、しどけないネグリジェの高峰三枝子にセマられ、同じくしどけないネグリジェの清川玉枝(笑)にセマられ、喪服姿も色っぽい瑳峨三智子に押し倒され、ダンゼン色っぽい人妻・杉田弘子に(金ゆえとはいえ)セマられ、さらに、当時清純派アイドル女優というべき岩下志麻に、年の差倍以上の結婚さえ、迫られる!
 これを不条理といわずして、何が不条理か!という、艶笑コメディだ。
 原作は吉行淳之介、おそらく「男女の機微」をテーマにした、週刊誌連載のエッセイと推察される。その、吉行がさまざまに見聞したり体験したりした事実が、伴淳三郎・山下洵一郎父子のドラマに集約されたため、あまりに濃密なエピソードつるべ打ちが、次々の展開が読めない珍ドラマに、発展してしまったのだと、推察するが(笑)。
 詳細は、あとでゆるゆると追記することにして(笑)傑作でも快作でもないが、まずは絶対のオススメ(笑)。
 個人的には、日本映画史を横断する奇作だとも、思う(笑)。
◎追記◎この伴淳三郎が、超カタブツで、次々襲い掛かる(笑)「女難」をすべて拒否。これは、どうなの。
 東宝喜劇などで、スケベ好色オヤジを演じているときは、あんまりもてず、今回の超カタブツではモテモテ。なかなか、うまいこといかしまへんなあ、というところだが、主人公がすべからく、女性からのアタックを拒否という構造は、いわゆる艶笑コメディとしては、いかがなものか、という。
 コメディとしてはともかく、艶笑コメディとしては、袋小路というか、隘路に陥りすぎてはいないか。
 なお、きわめて年若い岩下志麻が、初老・伴淳に、果敢にアタックの件。
 つい最近見た井田探「天使が俺を追い駈ける」(感想駄文済み)も、吉永小百合が三木のり平に恋して、アタック。
 つまり、これは、あるアイドルが「好きな男性のタイプは?」という、ありがちな質問をされて「笠智衆」と答えるようなもの(笠智衆存命時のエピソード)。
 同年代の男子アイドルの名を上げたら、生々しすぎて、しゃれにならない。さらには、その男子アイドルの女性ファンから、逆恨みも受けよう。さらに、当アイドルの、男の子ファンも、ドン引きか。
 50才の差の笠智衆、という、現実にはありえない、ファンタジー性ある回答こそ、アイドルとして浮世離れした、ふわふわ感あふれる無難な受け答えというものであろう。
 同様なことが、吉永小百合が三木のり平を、岩下志麻が伴淳を、という、非現実的であるがゆえのコメディ感というところなのだろう。
 しかし「天使が俺を追い駈ける」のような軽コメディでは、それはゆるされるとして、本作のような艶笑コメディとしては、どうなのか。やはり、「やばい感じ」があるべきであろう艶笑コメディとしては、それは場違いなのではなかろうか。
どうでもいいが、上記神保町シアターHPではスタンダードとなっているが、正しくはシネスコサイズ。
◎再追記◎ああ、大事なことを書き漏らしていた(笑)。
 最近、女性都議塩村文夏への都議会でのセクハラ発言が話題になっているが、本作の清川玉枝は「全国初の、そして現在ただひとりの女性市長」という設定。その彼女が、首都出張のお楽しみ、男性を買春するという設定は、いかがなものか(笑)。「全国初の、女性市長」なんて、ネット検索すれば、一発でわかる実在人物だろう。まあ、そんなヒマなネット検索なんてしないけどさ(笑)。
 まあ、この映画の制作当時は、セクハラなんて言葉も「実在」も、なかったということですからね。いい時代でした(笑)。いや、これは、反語的皮肉表現ですからね(笑)。
◎再々追記◎オヤジ・伴淳が、エロフィルムに「出演」したことに激怒した山下洵一郎、後年に自身、ピンク映画に出演したことを思い合わせ、大爆笑。ああ、人生は、すべからくブーメランだなあ、と。

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by mukashinoeiga | 2014-06-23 21:43 | 珍品・怪作の谷 | Trackback | Comments(4)

野村芳太郎「暖流」

 渋谷にて。「野村芳太郎監督特集」。66年、松竹。
 39年吉村公三郎版、57年増村保造版に続く、三度目の岸田国士原作リメイク。

★暖流(1966)|Movie Walker★
★暖流(1957)|Movie Walker★
 戦前映画はほとんどMovie Walkerにのっていないので、39年吉村公三郎版は、以下をタイトル検索(増村保造版もあり)
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 私見を述べれば、吉村版は面白い。これは、怜悧な(しかし人情もある)再建屋という役に、佐分利信がベストフィットしているからというのが、大きい。最後に、水戸光子を選ぶ理由が、ふるっている。
「どうせぼく程度の男には、彼女が似合いだ」そういうせりふが、佐分利信ほど似合う俳優は、ほかにはいまい。
 増村保造版は、印象が薄い。 「壊し屋」増村としては、「駄目になった老舗」再建なんて、てんで眼中にないはずの素材だったろうし、マスマスムラムラな、増村ベクトルも空回りか、という印象だ。
 では、野村版の本作は、どうか。
 うーん、吉村ハムさん、マスマスムラムラに比べれば、穏当な個性ゆえ、売り家と唐様で書く三代目というところか(意味不明)。でも、それほどは、悪くないんだが。特に倍賞千恵子は、歴代ベスト?
 ここでは三作の出演者吟味と行こう。

     吉村公三郎版  増村保造版  野村芳太郎
日疋祐三 佐分利信    根上淳     平幹二朗
石渡ぎん 水戸光子    左幸子(日活)  倍賞千恵子
笹島    徳大寺伸    品川隆二    細川俊之
志摩啓子 高峰三枝子  野添ひとみ   岩下志麻
父泰英  藤野秀夫    小川虎之助   笠智衆
母滝子  葛城文子    村田知英子   夏川静江
兄泰彦  斎藤達雄    船越英二    仲谷昇
妹三喜枝 森川まさみ   清水谷薫    岸田今日子
堤ひで子 槙芙沙子    下平れい子   小川真由美

 まず再建屋・日疋祐三は、サブリン圧勝。ヒラミキは、あまりに怜悧すぎて、最終的には、やはり再度倍賞を捨て岩下志麻に取り入りそう。シマ臆測ですが(笑)。
 庶民派看護婦・石渡ぎんは、倍賞か。水戸光子は、なんか裏がありそうだし(そういう顔している)、左は元気がよすぎて、ニュアンスがない。「ニュアンスがありそう」な女の役に、こういう女優、こういう演出は、増村保造暴走だろう。
 お嬢さん・志摩啓子については、家付きお嬢様に、野添ひとみは、ムリ(笑)。大映なら、石渡ぎんに若尾文子(あるいは藤村志保)、志摩啓子に山本富士子ならベストだったのに。
 志摩啓子両親については、吉村版が優勢か。ただ、野村版の夏川静江、夫危篤の報に駆けつける医師の一人に夏川大二郎。貴重な姉弟競演。野村版は岸田国士原作に、岸田今日子を特別出演、という粋な計らいも。岸田国士の著作権継承者が、岸田今日子だった可能性も。原作料・許諾はどうだったのだろう。
 なら、笹島か兄泰彦に、岸田森はどうだったか。当時は、ネームヴァリューが低すぎて、やりすぎだったか。
 打算医・笹島は、細川か。徳大寺伸は、軽薄は合ってるが、人の良さがでちゃうんだよなあ。品川隆二は、暗すぎて、打算的世渡りはかえって苦手そう(笑)。
 兄泰彦は、いい加減で軽薄な兄、という役に仲谷昇のみ、無理があり。あとの二人は、グッド。仲谷昇は、原作者の娘・岸田今日子と結婚していたということで、この夫婦役になった(他の映画で妹三喜枝と兄泰彦が夫婦であったか?)かと思えるが、ちと無理がありすぎ(笑)。妹三喜枝が、兄嫁三喜枝に、変奏されたか。
 笹島の愛人看護婦・堤ひで子は、「植物属乙女科」系槙芙沙子から、肉食系小川真由美まで。この役なら文句なしに小川だが、槙芙沙子についてはまるきり記憶にないので、あとで確認してみたい。

 松竹戦後メロドラマがぎりぎり賞味期限内だった頃の本作、美しい岩下志麻と、ケナゲかつ底力の倍賞、ダブルヒロイン映画として、面白かった。

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by mukashinoeiga | 2014-06-08 23:45 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

野村芳太郎「素敵な今晩わ」犬塚弘岩下志麻中村晃子

 池袋にて。「犬塚弘ワンマンショー」特集。65年、松竹。
 カラー映画のニュープリント上映のはずなのに、妙に画面がくすんでいる。ネガ原版が脱色しているのか。
e0178641_5385888.jpg と、見ているうちにわかってきたのは、主人公のさえない日常、現実を描くシークエンスは、セピア調、主人公が夜毎見る夢のシークエンスは、フルカラー、と、一応色分けしているようだ。そんなの、わかんねーよ(笑)。
 一応、冒頭クレジットのアニメパートは、後から思い起こしてみると確かにカラーだが、実写のシーンで最初にフルカラーでかまして、それからさえない現実のセピア調に移行しないと、単なるフィルムの劣化としか思えないじゃないか(笑)。
 内容もビミョー。
 いや、つまらないとか、駄作とかでは、まったくないのだ。
 日本映画がもっとも苦手とする、しゃれたコメディー、エスプリの効いたコントを目指すという「暴挙」。それに半ば成功して、でもやはり撃沈気味で、しかし大いに健闘している、いわば負け戦に勝っている状態? いや、自分でも、何を言っているのかわからんが(笑)。
 そもそも本作は犬塚弘の主演作である。ハナ肇、桜井センリ、石橋エータローが助演している。
 つまり、クレージーキャッツの2トップ、植木等、谷啓抜き、三番目の男ハナも出番は少ない、という、興行的には、最初から負け戦。
 しかも、犬塚弘本人には、ハナから華はない、地味キャラ。とても、明るくはじけるコメディーは、期待できない。
 
 そこで野村らがとった戦術は、ハナからハッチャケた爆笑ずっこけコメディーではない、日本ではなかなか根付かない大人向けの、粋なセンスの、しゃれた、洋画風の、くすくすコメディーを目指そうと。その狙いは正しい。本作のタイトルも、当時のありがちな洋画タイトル風なのが、妙に可笑しい。
 そして、一見個性がないかに見える犬塚弘の意外な側面が明らかになる。まじめで地味。でも、ほのかに、しかし十分な、華がある。
 その結果、なんと、ヒロイン岩下志麻とのラヴシーンが、ぜんぜんサマになっているのだ!
 考えてもみたまえ。植木等やハナ肇、谷啓や桜井センリ、石橋エータロー、安田伸太郎が、バリバリの美人女優と堂々のラヴシーンをして、失笑を逃れることが出来るか。いや、セクハラ失礼。
 犬塚弘には出来るのだ!
 当時の松竹の絶対的美人女優・岩下志麻との堂々のラヴシーンが!なんと。
 <よく見れば二枚目>な植木等も、一見まじめにラヴシーンが出来そうだが、どんなにまじめな顔をしても、どこかでゆるさが、オカシミが、根拠のない(笑)明るさが、にじみ出てしまう特異キャラ。声も同様。あまりにつやがありすぎるために、その過剰さが、オカシミを生む明るさ。やはり植木等には、まじめなラヴシーンは、出来まい。
 
 犬塚弘は、月給2万とんでゼロゼロセヴン、つまり月給2万7円の、しがないサラリーマン。自動車教習所の教官。上司・ 田武謙三にはことあるごと叱咤され、要領がいい同僚・穂積隆信には、いつも、侮られて、憧れのセクシー事務員・楠侑子には、いいように扱われている。
 仕事帰りに安居酒屋で安酒を飲むのが、唯一の息抜き。そんな彼の日常が、セピア調の脱色映像で描かれているのは、前に記したとおり。
 冒頭から野良のテーマで登場する塚弘は、帰宅途中、野良を拾う。犬を飼うなら、千円家賃値上げだよ、と大家・武智豊子に言われて、クサるが、野良犬を抱いて眠ると、なんと、夜毎夢の中で美女・岩下志麻とデート三昧。
 まさに夢のような展開に、犬塚は狂喜。このあたりがフルカラー。
 そこから展開する夢と現実が、楽しい。
 意外に主役が合う犬塚もいいし、岩下志麻は絶美。<夢の女>を、余裕で演じきる。素晴らしい。
 セクシー事務員・楠侑子も素晴らしいし、ハチャメチャ運転の教習生・村田知栄子も、普段のまじめなドラマのオバサマ役から一転しての、コミカル演技が楽しい。武智豊子も毎度、あのしわい声と、しわしわの顔がいい。夫・渡辺篤に緊縛?されるシーンは、ちと、勘弁だが(笑)。
 毎度見ていて楽しい、田武謙三、修理工・江幡高志なんてのも、うれしいやね。
 そして、とってもお得感あふれるのが、下宿の娘・メガネっ子の中村晃子が超キュート。渡辺篤・武智豊子の両親から、どうやったら、こんなにかわいい中村晃子が(笑)。
 犬塚弘という地味カードが、きわめてよい方向に行ってしまった、良作。うーん、なんだかだんだん快作に思えてきたぞ(笑)。
◎追記◎本作の同時上映★森一生「ほんだら捕物帖」★も、ニュープリント上映。大映カラーのくっきりはっきり映像なら、メリハリがあって、「ほんだら捕物帖」並みの映像クオリティーなら、「素敵な今晩わ」の、現実シーンを色落ちにわざとした趣向も、すぐに感知したに違いない。
 しかし松竹のカラーて、昔っから、他社に比べてやや軟調というか、よく言えばやわらかい色調、悪く言えば、寝ぼけた色調、安いフィルムを使っているのではないか、松竹は、という疑惑が、ぼくには、昔からある(笑)。小津が、通常松竹では使っていないアグファのフィルムを使ったのも、実は通常の松竹カラーより、良かったからでは、ないか。

映画、素敵な今晩わ OP,ED曲、演奏平岡精二とクインテット

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by mukashinoeiga | 2013-11-11 23:43 | 傑作・快作の森 | Trackback | Comments(2)

今井正「婉という女」

 京橋にて。「生誕百年 映画監督 今井正」特集。71年、ほるぷ映画。
e0178641_22221764.jpg 岩下志麻が、凛とした女を演じる。江戸時代の土佐藩。
 前の家老が非情に有能かつ、謹厳な藩政を行った。灌漑事業などが成功し、藩財政は豊かになったが、反対派や、その有能ゆえの妬みも多かった。
 その家老の死後、遺族は、その反対派たちによって、人里離れた山中の、一つ屋に、一家全員が軟禁、幽閉されて、40年。家老未亡人、家老の妾、このふたりと家老の間に生まれた男女の子供たちは、八人か。
 ここら辺がほとんど説明紹介もなく、ドラマが展開して、ちょっと人物関係がつかみにくい。若い男女にかんしては、家老の遺児だとわかるのだが、年配の女性は、本妻なんだか、妾なんだか、下女なんだか、早い展開についていけず、だれだかよくわからないまま、ドラマに目を凝らすしかない。
 また、子供たちも、本妻の子なんだか、妾の子なんだか、ほぼ同等の描写なので、区別がつかず。これに輪をかけて、母娘もお互い相手を「~様」と敬語で呼び合い、姉妹も同様。言葉使いでの区別も出来ない。
 不親切なんだろうが、市川崑の横溝ミステリなら、だれが誰だか紹介する必要はあろうが、まあ、人間ドラマとしては、仕方ないことか。今井正演出は、人物整理が下手、ないしは、関心がない。

e0178641_22231750.jpg というのも、ドラマの中心は、だんだん、三女・岩下志麻に、絞られていくからだ。
 不当にも、40年間幽閉された一家のドラマなのではない。まだ幼児のときに家族とともに囚われ、四十女として、初めて、世に出て行く女のドラマに、収束していく。

 40年間の幽閉。考えるまでもなく、これはアウンサン・スーチーの場合より、ひどい。というのも、申し訳ない話だが。しかし、若い男女は、家から一歩も出られず、青年期になると、性欲の旺盛な時期になるも、対象は、目の前の、兄と妹、あるいは生みの母しか、いないことになる。
 長女は、婚家から、引き連れだされ、夫や乳飲み子と生き別れのまま、幽閉され、数年で自害。ある兄(河原崎長一郎)は、次女・楠侑子や、妾だった母・佐々木すみ江にまで、手を出す。他人がいない、出合えないのだから、仕方がないといえば仕方がない。しかし、まさか、犯されて、身悶える佐々木すみ江を見るとは、思わなかった(笑)。
 妹・志麻に迫られて、それでも、堅く操を守る兄に、緒方拳(笑)って。のちの鬼畜系俳優・緒方なら、真っ先に美形の妹に喰らいつくだろうに。ま、あだしごとはさておき。

 岩下志麻は、たいへん、美しい。上から目線で、もと家老の娘として、はした侍を一喝する、凛とした役には最適。
 ただ、緒方拳や、まだ若さでギンギンの北大路欣也などを想って、妄想夢にふけるシーン。身もだえ、あえぎ顔になるのだが、木で鼻をくくったような、義務感?丸出しのあえぎ顔とでも言いますか。エロいシーンに挑戦しても、で岩下はそういうシーンによく挑戦しがちなのだが、いつもコントみたいなあえぎ顔なんだよねー。あえぎ顔、下手すぎや。

 余談。今回ぼくの見た席から、同列で数席はなれたところに、サラリーマン風の男。上映開始ぎりぎりに、その男の隣に、ばあちゃんが駆け込み着席。するととたんに、ばあちゃん、男を罵倒し始める。
「あんた、あんたのとなりだったのね」「やめてよ、あんたのせいで、映画の気が散るんだから」「やめてね。ホントに」と、しつこく罵倒する。男は反論せず、静かに、耐えるのみ。
 特にうるさいようには、見えないが?
 結局、さんざん男を罵倒したあげく、ばあちゃんは、一つ後ろの列に移動。後ろの列の隣客には、ぎりぎりの移動をわびている。
 で、上映が始まったら、男はちいさなメモ帳を取り出し、筆記にかかる。ああ、ばあちゃんの言ってたのは、これかあ! 上映中のメモがき、ペンの音、ページをめくる音、ノートの白い光沢、となりでこれをやられたら、そりゃあー、映画には集中できないわナー。
 フイルムセンターでは飲食禁止。上映前にペットボトルを飲んでいたら、警備員に注意された。前に、やはり今井正の映画を見る前に、ペットボトルを飲んでいたら、いかにも左翼臭の強そうな(笑)観客から注意された。
 上映前の水分補給に、何の問題があるのか、ぼくにはよく理解できない。
 であるならば、上映中のメモ行為は、もっと、いかんだろう。数は少ないけど、タマにいる。目障り、耳障りだ。
 なに? フィルムセンターには、研究者も来る? 研究者なら、頭に叩き込め。ま、いまどきの映画研究者は、DVDで見て、映画館には、来ないらしいが。
 男は、メモがきは最初だけで、後は放棄の模様。そりゃ、そうだろう。暗闇で、映画の展開を目や耳で追いつつメモなんて、プロの速記者じゃなきゃ無理。今まで見たメモ書き野郎も、大体、途中放棄が多かった。
 「ふつうの字」しか書けない野郎には、はなから無理。そもそも普通に見ているだけでも、前述のように、情報量が多くて、追いつけないのを、それを速記文字でなくメモする、しかも暗闇でなんて、完全に無理、シロウトには。

 さらに余談。結局メモ書き男は、途中放棄いたって、静か。その男を罵倒して、席替えババアは、映画の後半は、手に持っていたビニール買い物袋をがさがさ、ごそごそ、てめえのほうが、五月蝿いだろ(笑)。コントや。
 おまけに、きれいなプリントなのだが、フィルムセンターの上映ピントが、最初と最後に、甘い。その甘さに、フィルムセンター映写技師は、気付かず。いや、ピント自体は合っているのだが、フィルムに潤滑油を過剰塗布なのか、あるいはレンズに曇りか。
 こういうときは、受付スタッフにいちばん近い席の客が注意しに行くしかないのだが(フィルムセンターの場合は最後列)誰も行かない。みんな、ボケてるなあ、と思って、黙って、見ている。
◎追記◎2015年にも、レンズ焼けと思われるピンボケ映写が多発した。フィルムセンターは、レンズ劣化にまったく無痛覚なのだろうか。

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by mukashinoeiga | 2012-08-26 10:49 | 今井正 青い左傾山脈 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「あかね雲」岩下志麻山崎勉小川真由美佐藤慶

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。67年、表現社(配給松竹=冒頭松竹マーク)。
 水上勉原作の、越前輪島とか能登とか金沢とかの北陸モノ。貧しいがゆえに、身を落とす女。時には女衒の真似事をしつつ、警察や憲兵に追われる男。
e0178641_0392383.jpg 岩下志麻の<女のメロドラマ>と、山崎勉の<男のサスペンス社会派>が、交差したのか、すれ違ったのか。あまりに<水準的な凡庸さ>であるために、挨拶に困る作品。
 岩下志麻はいまだ可憐で、いつもたいていどこがいいのかわからない山崎努がなかなか精悍で、好演。岩下を妹のように可愛がる芸者・小川真由美も、珍しく演技を抑えていて、好感が。って、演技を多少抑えたくらいで、好感度アップの小川真由美、ドンだけ普段はくさい芝居ばっかりなんだか(笑)。といいつつ、押さえても、ふつうの女優俳優だったら、充分くさいレヴェルなのが、さすが小川真由美。
 しょうもないのは映画のほう。戦時中の北陸の話だし、独立プロの制作費圧縮のためか、映画は白黒。しかし、肝心の、夕焼けに染められたあかね雲は、白黒では表現不能。ということで、主役の男女が何回も何回も見上げるあかね雲のシーンだけ、パート・カラー。ふつう、白黒映画にインサートされるパート・カラーは、特に意図的に挿入されるため(特に「私が・棄てた・女」とかの、鮮やかなインサートは、まさにパッと明るくなる、パット・カラーだった!)、映画作家は工夫に工夫を重ねるもので。しかしこの映画のパート・カラーは、まさしく、あかね雲だから、と、なんの工夫もなくパート・カラー。篠田、あまりに芸がない。曲が、ない。
 もっともこの頃は、芸がないといっても、まだいいほうで、80年代以降の「瀬戸内少年野球団」「鑓の権三」「舞姫」「少年時代」「写楽」「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」「梟の城」「スパイ・ゾルゲ」の、死屍累々たるや。
 憲兵・佐藤慶(いつもながら、冷徹な小役人がグッド)とともに、山崎・岩下らを追い詰める刑事に、岩下実父の野々村潔。娘に似合わずね気の弱そうな顔。所轄の人情派刑事にぴったり。
 なお、この映画で、この種の、あいまいな温泉旅館での、女中と仲居に違いがあることをはじめて知る。仲居とは、芸者同様に白塗りおしろいで化粧し、芸者同様の華美な和服を着て、お酌をし、時には客に所望され、寝る。芸者同様の掛かりが必要とされ、見入りは芸者より少ない。客も、あまり、選べないという。まだ、いやな客を断る自由は芸者の方があるという。女中さんは、もちろん白塗りにはしないし、服も地味なもの。
 仲居さんて、女中さんの別名程度に思っていたら、違うのですね。
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by mukashinoeiga | 2010-03-09 22:47 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「沈黙」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。71年、表現社=マコ・インターナショナル。
e0178641_022442.jpg 来日したポルトガル人神父たちが全員英語をしゃべるとか、そのポルトガル人の一人が丹波哲郎だとか、突っ込みどころは満載ながら、まあ、なかなかの力作。
 先の大島特集で見た「天草四郎時貞」と同じく、長崎のキリシタン弾圧を描く。かつての民衆抑圧・宗教弾圧・外国人排斥の典型的事件?に、共通したナニカを見出す松竹ヌーヴェルバーグ上がりたち。脳内お花畑連中の考えることは、60・70年代から、今の民主党政権に至るまで、ちっとも変わらないなあ。
 頭の中にお花畑のある連中には、長崎のキリシタン弾圧は、ナニカとてつもない魅力があるのだろう。
 つまり、思うに、このキリシタン弾圧には、あまりにインパクト大にして、魅惑のアイテムがあるからだろう。
 もちろん<踏み絵>だ。アイコンを踏めば(クリック)、それは転びバテレンとして無罪放免、踏まねばご禁制のキリシタン認定、即処刑、あまりにわかりやすく、ヴィジュアル的にも演劇的にも一発オーケーの魅力的弾圧システム。この板っ切れ一枚への一歩があるかないかで、<現世天国・心は地獄>か<現世地獄・心は晴れ晴れ?>か、あまりに複雑な心理描写が、即決まってしまうんだから。
 踏み絵を前にして、転ぶか、キリシタンとして己れの節を守るのか、解放か死か、たかが一歩足を踏み出すかとどまるか、その<小さな一歩>がことごとく<大きな一歩>になってしまう、必要最小限、簡にして単な必殺アイテム。
 転向、つまりおのれの信念を裏切って社会的生命的平穏を得るか、おのれの節を守って自己を犠牲にするか、なんてなかなか哲学的な問題は、映画では凡才には簡単には描写できないのよ、ふつう。神への忠誠か、現世利益か、なんてこともなかなか描写としては、キマるようなもんじゃないのよ。
 それが、ちっぽけな、凹凸のある銅版一枚で、解決できて、なおかつ、わかりやすく、強烈。こんな最強アイテム、他の弾圧・抑圧・虐殺事件の数々で、そうめったにはないでしょう。たいていの弾圧システムってのは、大掛かりな装置・制度を必要とするゆえに、なにがしかの説明的描写が必要なのに。それが、踏み絵は、ヴィジュアル一発即理解。
 ああ、凡庸な映画作家なら、舌なめずりして、飛びつくに決まってるよねー。いや、別に篠田や大島や渋谷がそうだ、というわけではないんですけどね。
 本作でも、長崎奉行配下・戸浦六宏が「なあに、たいしたことないんだよ。軽くちょちょっと踏めば、すぐ家に帰れるんだよ」みたいなことを、笑顔で言うのね。あ、もちろん、ちょちょっと、なんて言わないけれど、真面目な映画だから。まるで宴会で、酒が飲めない人に、「まあ、最初の乾杯だけだから。杯にちょちょっと、気持ち、口をつければいいことだから」と同じで、「気持ち、踏むだけでいいから」と。この「気持ち。○○するだけでいいことだから」というのも不思議かつ便利な日本語で。厳密かつ厳正な西洋宗教とは、まったく相容れないことだろうし。
 ちょっと、笑ったのは。
 隠れキリシタンたちが、密入国してきたポルトガル人布教者たちに、長崎奉行所の宗教弾圧を報告する際、盛んに「異教徒たちは」こういう弾圧をする「異教徒たちは」こういう悪魔の振る舞いをする、と<同じ日本人>を冷静かつ客観的に説明する。彼らは同じ宗教であるがゆえに、同国人を切り離し、外国人たちの側に就いている。
 ああ、これって、今と同じ構図じゃないの。俺たちは<日本人>じゃない、<世界市民>なんだ、と。<世界と連帯して、邪悪な日本人を倒す>と。<邪悪な日本人>としては、まあ、弾圧するほかないわな、封建社会では。
 つっこみどころとしては、マコ岩松は、踏み絵を踏めといわれて踏み、踏み絵につばを吐けといわれてつばを吐き、転向して、放免される。しかし、キリシタンとしてはこれがトラウマになり、仲間を売って得た報奨金で、女郎屋に居続け。しかし苦悩の果てに、女郎・三田佳子に「俺の顔につばを吐いて!」と頼み込み、三田がぺぺっと顔面につばっ、てSM世界?に乱入。いや、絶対「俺の顔も踏んで」とも頼んだに違いないよ。東映エログロ時代劇で見たかった(笑)。リメイクするスコセッシには、ぜひ、描いてもらいたい(笑)。

◎追記◎キリスト教布教者を弾圧したせいで、そのあと、そろってついてくる、ビートたけしいうところのおしゃれ小鉢、西洋キリスト教国帝国主義者たちの侵略を日本が防いだ、という点では、このキリシタン弾圧は、もっと評価していい快挙という視点も、大事だろう。

◎追加◎Silence (Chinmoku) 1971 - Apostatize Sequance

Тишина (Молчание)/ Chinmoku / Silence

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by mukashinoeiga | 2010-02-28 08:07 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)