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奇遇なり森雅之の命日の吞み会から帰宅後「俳優 森雅之bot【非公式】」なんてのを見つけてしまう

FJMOVIEのOLD部屋の何人かと、リーさんに誘われて、飲んだわけだが。いや、昔の映画好きだから、が多すぎる(笑)。
e0178641_22501968.jpg そこでリーさんが、当ブログの一個前の記事「外は雨だし映画でも観とくか。」なるブログがなかなか面白いを見て、そのブログ主にツイッターなどで連絡を取り、すっかり仲良しになったと(笑)。そこでリーさんは今夜の飲み会にブログ主さんをゴーインに誘ったと(笑)。ゴーイン過ぎる(笑)。
 物理的距離ゆえに参加できないが、そこで知ったのが当月当日がモリマの祥月命日だと。
 飲み会ではその話で花が咲きました。
 で、帰宅後、そうか命日かあ、ということで軽く検索したら、俳優 森雅之bot【非公式】なんてものが、引っかかっちゃった(笑)。

昭和の名優・雅之(1911-1973)の幼少期〜晩年の発言を集めた非公式bot。ソースは本人の文章、インタビューや対談記事、関係者の回想、有島武郎パパの著書等。関係者のモリマ評も少々。
との、こと。URLも@morima_botって、またもモリマか(笑)。相当のファンやな。
 そもそも雅之という端正かつ二枚目感満載の名前を、半分にぶった切ってカタカナ化すると、おまぬけ感百倍増ということで、二枚目なのにダメ男感満点のモリマの二重性がいいなあ、ということでネーミングしたのだが(笑)。
 以下数例を、例によって無断引用すると。

俳優 森雅之bot【非公式】
黒澤(明)さんは同じものを二度撮って、悪い方を予告編に廻したりしてくれるからとってもやりやすいですよ、気分的に。

若いお嬢さんなんか見てると、いいもんだなと思うようになってきたです。年のせいかな?若い女の人とたよりない話をしていても、楽しいという気がしますよ。

女に対して悪い男をやるという時に、自分の中にある醜い心を、過去においてそういうことは実際にはなくても、それを呼び覚ますものがあるというのが俳優のあれだと思う。


そういうことは実際にはなくても???

(父・有島武郎について)夏目漱石に比べたら足の裏の米つぶとしか私には思えません。
なぜわざわざ漱石と比べる(笑)。

(美人の女優について)そういう人達たちにちっとも色気を感じなくなっちゃうのね、本当に俳優は裸にされちゃいますからね。いい顔作ってやっても、君はそれウソだ、少しも気持ちが入ってない、いい顔してるだけだと監督に言われたりするでしょう?それがよくわかっちゃうんです。

俺はテニスが出来ねえのは嫌だなあ。


これは、テニスがで出来ねえシチュのことなのか、テニスが出来ねえやつのことか。後者かな。
しかしそんな些細なことで嫌って(笑)。人のセンサーはわからん(笑)。

早坂(文雄)さん、一度木下恵介さんと組んだらいいぜ。僕は全幅的に木下さんが好きだ。

(久我美子とベッドで横になりながら『なんだかとっても近しい関係みたいになるから不思議ね』と言われて)そりゃそうだろ。

(山口淑子に「フランスで一緒になったら遊びましょう」と言われて)いやですよ。ぼくはあちらの人と遊ぶんだ。

僕は生まれた時にパントマイムだったらしいんだ。オギャアとも泣けない弱々しい子だったんだね。


ぼくもそうだったらしいです(笑)。

ぼくは独りなんだ。

いやいや、これを言うのは、ギャグでしょ。

こんなに優しくて、親切で、その上奥様のなさる事を少しも束縛しないで…ぼくみたいな主人を持った奥さんは幸せだと思わなければいけないね。

女の人の方がワリが悪いということを、ぼくは48年間生きて感じましたね。だから、非常に大雑把ですけどもう少しよくならなくちゃいかんということを考えますね。実際にね、男の方がワリがいいですよ、7割くらい…

ただしイケメンに限る。

残酷ですよ全く。自分で悲しくて泣いている…泣いているうちに、うん俺はこうやって泣くんだなと、自分を客観的に見ていたりして…

父親(有島武郎)の悲劇的な死によって、人々から同情されるのがたまらなくいやだった。

僕は1月生まれという事に誇り…というと大げさかも知れないけど、そういったプライドみたいなものを持っているんだけどね、みんなはどう?貴方は何月生まれですかって人に聞かれた時に1月ですって言うの、気持ちよくない?

いや、なに、その変なプライド(笑)。

(この頃背広を作ってこぎれいになったと新聞に書かれて)僕はね、貧乏していた時は背広があってもそれに合った靴や帽子がなければ着ないでいたのですよ。その方がその時は自分の気持に合っていたのですよ。それをすぐそういう書き方をする。そういうことが僕いやなんだ。

ぼくたちも自己をより生かすべき良い脚本が欲しいし、それに余裕が欲しい。日本の現状は、脚本が出来た、明後日までに台詞を暗記してきて下さい。そうしていよいよ現場にのぞむと、もうその台詞が変わっているといったぐあいなのだ。

世の中の亭主よ、女を甘くみるな。

うーん、愛人に子を産ませた実感ですかな。

ぼくもやっぱり稽古興味ありますね。ぼくは手品好きだから、作っていく過程が見たいしね、それから作ったものを、今度はいかにだます技術を練っていくかという、それはすごく見たいですね。結局だますためにどうしたらいいか、そこにものすごい苦労があるわけですよ。

モリマの手品見てみたい。

(「安城家の舞踏会」で津島恵子を抱いた時)カメラからは見えないように首にヒモを掛けてね、それを津島(恵子)君の身体にしばりつけたよ。それでも相当参ったね。何しろその頃の津島君ときたら、今の津島君みたいじゃなかったからね。こう、マルマルと太っていてね。

 ひもじゃ首痛いじゃない。幅広い帯みたいなもの? 「白い悪魔」のひとみちゃんのお姫様抱っこは、どうだったのかな。

(久我美子から『「あにいもうと」の兄役を演らせてくれって名乗りをあげてちょうだい』と言われて)あ、そう?じゃ、オレいってくるわ。

軽い(笑)。

(築地小劇場にエキストラで出た時)劇団が宣伝に使ったわけね。有島(武郎)の息子がうちの劇団に来てるというようなことを言ったもんだから、新聞社が来ていろいろ聞いたり、写真を撮ったりしたんですよ。それでもう、学校にはバレる家にはバレる(笑)

僕らはね、いわゆる美人という人を見飽きてるんですよ。美人を見てもね、あ、これは美人だぞというふうには思わないですね。

(久我美子の顔について、本人の前で)久我ちゃんにすれば、何も考えずにボーッとしている時でも、ファンが見れば、深く思い悩んでいるように見えるんだね。これは大変な徳ですよ。いわゆるモツ顔をしているんだね。

映画っていうのは黒く塗るんですね、大体ね。ですからもう、夏なんかメーキャップしないんです。これでも少し黒過ぎるってカメラマンに言われるんです。結局あれは光を強く当てるために、白いと平面的になるから黒く塗るわけですよ、ですから黒けりゃ塗らなくていいってことですよ。

(森さんもどこかの国の血が混ざってるんじゃない?と言われて)とんでもない、純粋の大和ナデシコですよ

(笑)。

(お父さん(有島武郎)を主役にしたドラマなんてどうですか?)興行的には当たりませんよ。

子供はなんて可愛いんだろう。その子どもを三人も残して死ぬなんて。


精神的実害があったから、父親への恨みつらみは仕方がない。ただ、自身も、愛人に産ませた娘に面会謝絶だったわけで。因果は巡る。
有島武郎なんてパブリックイメージがないから、確かに当たらない。しかし同じ心中作家(笑)として太宰役のモリマは、見てみたかった。
 東京映画で川島、大映で成瀬、主演はモリマ、夢の競作ですな。

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by mukashinoeiga | 2018-10-08 22:52 | 業務連絡 | Trackback | Comments(0)

木村恵吾「再会」森雅之久我美子三津田健清川玉枝木村三津子入江たか子柳永二郎三國連太郎伊藤雄之助

モリマ久我コンビのビミョーなメロドラマ。出色の悪役に三国連太郎だが、いささか甘いのは三国のせいでもないが。しかし善玉悪玉両方演じられる三国に比べ、その息子は善玉一方なのは、ちと幅が狭いか。
 渋谷にて「シネマヴェーラ渋谷的大映男優祭 坪内祐三とシネマヴェーラ渋谷によるセレクション」特集。53年、大映東京。

e0178641_17541953.png再会(1953) (Movie Walker HPより)
直木賞作家久生十蘭の原作を「煙突の見える場所」の小国英雄が脚色、「乾杯!東京娘」の木村恵吾が監督にあたった。撮影は「チャタレー夫人は日本にもいた」の高橋通夫、音楽は「雨月物語」の早坂文雄。「妖精は花の匂いがする」の森雅之、久我美子、木村三津子のトリオに、「愛情について」の三國連太郎、「日本の悲劇」の柳永二郎、「プーサン」の伊藤雄之助、文学座の三津田健などが主なキャストである。
戦争のさ中、修は兄夫婦の勧める気の進まない見合いに行く途中、日比谷公園の音楽堂で隣席の秋子と知合って心をひかれ、見合の相手田鶴子との縁談を断った。秋子は田鶴子と親しい友達で、二人は期せずして同じ男性を恋したのだが、秋子だけがこれを知った。田鶴子も修も気がつかなかった。孤児の秋子は叔父高島少将の家に育てられ、その子憲兵少尉忠雄は秋子を手に入れるため、土曜日ごとに音楽堂で会う修との間を、都下浅沼伍長に命じて邪魔させた。が、彼女の心が修を離れないと知るや、手を廻して彼を北海道の部隊に召集する。凡てを知った田鶴子は秋子を助けて、ようやく途中の駅で二人を会わせた。
出演 森雅之 三津田健 清川玉枝 木村三津子 入江たか子 久我美子 柳永二郎 三國連太郎 伊藤雄之助


 借金のかたに菅井一郎に体を汚されたからといって、やっと再会したモリマを目前に、久我美子も死ぬことはなかろう、というのは現代のぼくたちの感想だが、戦後8年、貪欲にがむしゃらに戦後を生きていた人々が、もはや残像に過ぎないあらまほしき戦前日本の、清らかな理念に殉じるものが、一人くらいは、フィクションのなかにいてもよかろう、ということか。
 パンパンたちがたくましく、あさましく米兵に抱き着くなかで、そういう大和なでしこが一人くらいいてもいいだろう、という物語的願望か。
 それが物語の効用か。

 本作の第二ヒロイン木村三津子が、チョーかわいい(笑)。というか普通にかわいい。ヒロイン女優としてオーラがある。
 これは、相当の驚きで(笑)。
 というのもこの当時の大映で、第二ヒロインは、あるいは下手したら第一ヒロインすら、華がないオーラがない地味地味女優ばかり、という印象がある。東宝や松竹日活など他社では到底主演・準主演クラスにいられないような、オーラなしの素人同然が多すぎた。この、普通にかわいい華がある女優さんは、ホントーにめずらしい。
 この木村三津子が、大映女優として「長生き」出来なかったのは、悲しいなあ。

 モリマが、いじめられる初年兵になったり、金持ちのお坊ちゃんになったり、イマイチ、似合わず。

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by mukashinoeiga | 2018-03-28 17:55 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

千葉泰樹「悪の愉しさ」森雅之久我美子伊藤久哉杉葉子千石規子

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.2 東映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。54年、東映東京。
 本作の東映カンパニー・ロゴは、大理石?風の石壁に、東映の△マークと社名が刻印されたもの。会社の玄関辺りにありそうな感じ。同じ日に、次に見た千葉泰樹「女給」は翌年の作ながら、後に定着した、波間に漂う東映△マーク。
 冒頭クレジットには、<森雅之 久我美子 伊藤久哉>と、主役人三人が、出るが、モリマは、油ギッシュなやり手ブローカー役の、脇役。実質主演は、伊藤久哉。ただ、伊藤にはネームヴァリューがないので、モリマが名前を貸した、というところか。
 いっしゅのサギなのだが、小ずるく人をだます男の映画だから、まあ、この程度はやむをえまい(笑)。
 伊藤久哉。東映で初主演して、でも藤本プロに拾われて、後に東宝系の脇役陣に、ということか。数々の東宝系映画で、怪しげなキャバレーのマネージャーとか、殺し屋とか、ちょこまか、出てくる。ほんとに、よく出てくる。やはり、主役としては、オーラなく、華もなく、主役失格だったのね。
 伊藤久哉は、同僚の久我美子をだまし、伊豆肇をだまし、伊豆肇の細君・千石規子をだまし、大家の未亡人・東郷晴子をだまし、とにかく久我美子はともかく、千石規子まで、コマしてしまう。理由は、もったいないから(笑)。東郷晴子も、家を追い出されないために、モノにする。
 でも、これ、悪、って言うより、悪ぶっているというか、せいぜい小悪だよね。楽しそうにも見えない。
 話はそこそこ面白いのだが、伊藤が人をだますサマを見ていても、面白くもなんともない。比較が極端だが、これが、モリシゲとか、鴈治郎とか、浪花千栄子が人をだます様子は、見ていて楽しいよね。いや、こんな重量級と比べること自体が、間違いだが。
 東映出張の東宝系女優たちを見て、びっくり。久我美子が、むしろこちらのほうが悪ぶった魅力満開。セクシーで、いい女。こんな役、東宝でも、松竹でも、絶対出さしてもらえなかった、久我美子のセクシーさ。
 同じく杉葉子。しどけないシュミーズ姿で、夫・伊藤に見せる、開きなおった、ふてぶてしさ。清純さをかなぐり捨てた、捨てがたいセクシーさ。
 ま、東郷晴子は、せっかくいつもの東宝映画らしからぬ、悶える未亡人の役を振られても、ワンパターンの演技力だけれども。
 千石規子、何か、着物の着こなしがヘン。で、これまた、何かパターン演技に終始して、はじけない。
 久我も杉も、もう少し東映に出演すれば、もっと違った展開があったのかも。いやいや、東映は女優をたいせつにしないからなあ。やはり、千葉泰樹の演出のゆえか。もう一回上映があるので、久我美子や、杉葉子の素晴らしさだけで、必見。
 モリマは(笑)。脇役ならではの、主役では決して見せない、いささかのクサさを堪能(笑)。いや、でも、脇役でも、うまいよね(笑)。
 千葉泰樹演出のさりげない厚みを体感しました。ま、映画自体は、それほどの面白さではないにしろ。でも、見た直後より、いまのほうが、より鮮明に、久我、杉のよさが、濃くなっている。

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by mukashinoeiga | 2011-05-15 23:08 | 千葉泰樹 ヤスキ節の愉しさ | Trackback | Comments(2)

小津漬の味8 『お早よう』あるいは小津は犬派か猫派か 

 子供は主張する。大人はなぜ「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」という、無駄な口を利くのか。
e0178641_212363.jpg そう批判する子供は、しかし、「下の口」から無駄なおならを連発。「上の口」からの無駄なコミュニケーションは許せなくて、「下の口」の無駄口は、いいのか。
 また、主婦たちは、それぞれ得た情報に、ちょっぴりの悪意を加えて、少しずつ違うヴァージョンの「噂」を流し合う。時候の挨拶や、おならコミュニケーションにはない、負の意思伝達。
 さらに主婦たちは泉京子・大泉滉夫婦への、あからさまな差別表示、忌避行為により、彼らに引越しを余儀なくさせる。子供たちが、気づいていれば、時候の挨拶などより、こちらのほうを非難すべきだったろう。「お早よう」は上部構造コミュニケーションと下部構造コミュニケーションの相克なのだろうか。それは、オーバーよぅ。

 そして、だ。
 今回改めてフィルムアート社刊「小津安二郎を読む」を読み返してみたら実に間違いが多い。食物の項で、昼に食べに行くうなぎ屋にほかに客がいないとか(すくなくとも一組はいる)、酒の項『秋刀魚の味』でテーブルに一本しかないビール瓶がショットごとに移動するとか(ちゃんと二本ある)。
 なかでも犬の項の、小津は犬型・猫型で言えば犬型という断定がおかしい。
 「小津の映画に猫が登場したのは『宗方姉妹』のみであろう」と言うが、『早春』で淡島千景が、『お早よう』で東野英治郎が猫を抱いている。『めし』でも、ハラセツがネコを飼っている。
 しかも単に抱いているだけではなくて、ちゃんと話に合わせて登場している。
 前者では猫の妊娠が淡島の妊娠可能性に遡及する元になっているし、後者ではケチ扱いされている三宅邦子宅から干物を頂戴した猫の行状が、それぞれ会話を転がしていく。しかも三宅は、減りが早い軽石に猫いらずを塗ろうかとまで言う(軽石を食べてる子供が危ないが、それ以前に身体に使うものに毒を塗るとは!)
 犬に関しても『東京暮色』の超絶演技を無視しているし。
e0178641_2124329.jpg 山田五十鈴が原節子宅を訪ねる際の、あの奇跡的な(笑)ワン・アクトを。
 今回見直した小津映画で積極的に犬を出しているのは、むしろこれくらいかなあ(『早春』高橋貞二も犬を飼っている)。犬の遠吠えは、時計のカチカチ音と同じ扱いで、(深)夜であることを表現するサウンドエフェクト、姿は見せない。まあ、もっともヴィデオがなかった時代に記憶に頼って書かれた本なので、後出しじゃんけん的に言うのは卑怯な気もするが。
  『お早よう』は、小津映画としては珍しく、引っ掛かりがなく、つるつる進む。もろもろのマスターピースに比べ、軽く作られた、まるで小野津(おやつ)のような映画だ。おかげで、小野津(おのづ)と細部に目がいってしまう。
 実と勇の兄弟が「秋刀魚と豚汁」でご飯を食べている。そこへ叔母の久我美子が帰ってきて、奥の部屋に引っ込む。
  実「おばちゃん」
  節子「なぁに」
 ご飯を食べながら「おばちゃん」と言う実の口は、ご飯をパクつくだけで、映画館DVDも含め何回見直しても、発語している形跡がない。
 「おばちゃん」とは、口を動かしていないのだ。もちろんほとんど口を動かさず発語することは、現実でもありえるが、小津の子役たちは、おおむねハキハキと喋っているではないか。「おばちゃん」と言う発語は別撮りされていて、それを編集するとタイミング、もしくは絵柄が悪いので強引に、別録の声のみ被せた、と言うことも考えられる?
 まさか撮影し忘れた、ということではないだろう? 作品名は忘れたが、ほかの監督たちの映画で、口が動いていないのに別録音の発語がある、と言うのを数回見た記憶がある。小津もこういうB級テクを、ま、いいだろう、とやっていたのかと思うと、「ちょいと」微笑ましい。

 その久我美子が佐田啓「二」のアパート「2」号棟を訪ねる。
椅子に座っている佐田は、久我が帰ると、傍らの全集本の上に載せてある早川ポケミスを手にとって、立ち上がり、机の上にポケミスを投げ出す。
 の、だが、佐田が座っているときには、全集本の上には、ポケミスは載っていないように見える。小さなDVDの画面だからか、大画面でははっきり写っているのか。もし載っていないとすると、座っているところを撮ったときは、本を持って立ち上がることを想定していなかったのか、あるいは全集本の一冊を手に取ることになっていたのか。机の上に投げ出すには全集本では重過ぎて、そぐわない。ポケミスなら、投げ出しても音もそんなにはしない。
 以上は、もし正しいならば、小津は撮影を必ずしも完璧には行わない例になるのではないか。
 ちなみに佐田は早川ポケミスが好きだ。机の傍らにも、らしき本が一冊あるし(これが、その後画面で確認できない>笑)本棚にも五、六冊並んでいる。『秋刀魚の味』の佐田も、畳に寝転んだ傍らに一冊投げ出してあった。さらに言わずもがなだが、ぼくもポケミスが好きだ。ポケミス愛がなかったら、こんなことは発見できない(笑)。
 小津自身は読んだことがあるのだろうか。単にこじゃれた外装(装画・勝呂誉)やポケットサイズによる登用なのだろうか。でも、小津がポケミスを読んでいたなら、なんだかうれしい。
 早川ポケミスといえば、小津の数少ない都会派ミステリ風『非常線の女』昼はオフィスレディー、夜はギャング情婦の洋装派を演じた、和装派アイドル田中絹代がミスキャストとされている。
 特に彼女が拳銃を構えるシーンは誰もが失笑した。しかし、今にして思えば、『セーラー服と機関銃』『風の谷のナウシカ』『セーラームーン』『キューティハニー』その他数限りなく生産される<戦う美少女>ものの、はるかな先駆とは言えまいか。日本のポップカルチャーのいまや主流のひとつであり、狙いとしては正しかったのではないか。まあ、余りに早過ぎたんだけど。
 ただしやはり絹代には目力と言うものがない。言うても詮無いことながら、同年デヴュー高峰三枝子、翌年デヴュー桑野通子、翌々年他社デヴュー原節子が数年早くデヴューしていれば、というところ。もっとも絹代だって、和服で銃を構えれば、興奮する男は少なくとも一人はいたものを。



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by mukashinoeiga | 2009-07-19 10:52 | 小津安二郎映画の正体小津漬の味 | Trackback | Comments(0)