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木村恵吾「再会」森雅之久我美子三津田健清川玉枝木村三津子入江たか子柳永二郎三國連太郎伊藤雄之助

モリマ久我コンビのビミョーなメロドラマ。出色の悪役に三国連太郎だが、いささか甘いのは三国のせいでもないが。しかし善玉悪玉両方演じられる三国に比べ、その息子は善玉一方なのは、ちと幅が狭いか。
 渋谷にて「シネマヴェーラ渋谷的大映男優祭 坪内祐三とシネマヴェーラ渋谷によるセレクション」特集。53年、大映東京。

e0178641_17541953.png再会(1953) (Movie Walker HPより)
直木賞作家久生十蘭の原作を「煙突の見える場所」の小国英雄が脚色、「乾杯!東京娘」の木村恵吾が監督にあたった。撮影は「チャタレー夫人は日本にもいた」の高橋通夫、音楽は「雨月物語」の早坂文雄。「妖精は花の匂いがする」の森雅之、久我美子、木村三津子のトリオに、「愛情について」の三國連太郎、「日本の悲劇」の柳永二郎、「プーサン」の伊藤雄之助、文学座の三津田健などが主なキャストである。
戦争のさ中、修は兄夫婦の勧める気の進まない見合いに行く途中、日比谷公園の音楽堂で隣席の秋子と知合って心をひかれ、見合の相手田鶴子との縁談を断った。秋子は田鶴子と親しい友達で、二人は期せずして同じ男性を恋したのだが、秋子だけがこれを知った。田鶴子も修も気がつかなかった。孤児の秋子は叔父高島少将の家に育てられ、その子憲兵少尉忠雄は秋子を手に入れるため、土曜日ごとに音楽堂で会う修との間を、都下浅沼伍長に命じて邪魔させた。が、彼女の心が修を離れないと知るや、手を廻して彼を北海道の部隊に召集する。凡てを知った田鶴子は秋子を助けて、ようやく途中の駅で二人を会わせた。
出演 森雅之 三津田健 清川玉枝 木村三津子 入江たか子 久我美子 柳永二郎 三國連太郎 伊藤雄之助


 借金のかたに菅井一郎に体を汚されたからといって、やっと再会したモリマを目前に、久我美子も死ぬことはなかろう、というのは現代のぼくたちの感想だが、戦後8年、貪欲にがむしゃらに戦後を生きていた人々が、もはや残像に過ぎないあらまほしき戦前日本の、清らかな理念に殉じるものが、一人くらいは、フィクションのなかにいてもよかろう、ということか。
 パンパンたちがたくましく、あさましく米兵に抱き着くなかで、そういう大和なでしこが一人くらいいてもいいだろう、という物語的願望か。
 それが物語の効用か。

 本作の第二ヒロイン木村三津子が、チョーかわいい(笑)。というか普通にかわいい。ヒロイン女優としてオーラがある。
 これは、相当の驚きで(笑)。
 というのもこの当時の大映で、第二ヒロインは、あるいは下手したら第一ヒロインすら、華がないオーラがない地味地味女優ばかり、という印象がある。東宝や松竹日活など他社では到底主演・準主演クラスにいられないような、オーラなしの素人同然が多すぎた。この、普通にかわいい華がある女優さんは、ホントーにめずらしい。
 この木村三津子が、大映女優として「長生き」出来なかったのは、悲しいなあ。

 モリマが、いじめられる初年兵になったり、金持ちのお坊ちゃんになったり、イマイチ、似合わず。

 ★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。


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by mukashinoeiga | 2018-03-28 17:55 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

斎藤武市「白い悪魔」森雅之野添ひとみ小林旭渡辺美佐子

面白い。58年、日活。神保町にて「吉屋信子と林芙美子 女流作家の時代」特集。
 某ツイッターで、映画の出来も悪いは、デジタル素材の上映が家庭用ヴィデオ以下の画質だと、散々だったのだが、モリマフォロワーとしては、この格好の題材に、見に行かないわけには、いかぬ(笑)。
 確かに画質は最低。ブラウン管テレビに必ずある、いわゆる「走査線」が画面を、上から下まで横に走っている。
 これは、どうしたことか。初期キネコ技術の素材を、そのまま使ったのか。いずれにしても、ひどさもひどし、の日活技術陣ではある。
 で、映画自体ではあるが。

e0178641_929536.jpg(以下、ネタバレあり)
14. 白い悪魔 (神保町シアターHPより)
S33('58)/日活/白黒/シネスコ/1時間38分
■監督:斎藤武市■原作:原田康子『夜の出帆』■脚本:植草圭之助■撮影:横山実■音楽:牧野由多可■美術:坂口武玄■出演:森雅之、野添ひとみ、小林旭、渡辺美佐子、清水将夫、稲垣美穂子
年頃を迎えた美しい娘(野添)は、いつしか義父(森)への恋心を抱き始め…。『挽歌』の原作者・原田康子の短篇を脚色し映画化。野添の穢れなき瞳が切なさを加速させる禁断のメロドラマ。*デジタル上映
*本作は原版の状態の関係で、画質が大変悪くなっておりますことを予めご了承ください。


 若きモリマは、優柔不断な性格ゆえ、相思相愛の恋人(従妹か)を、不幸な結婚に追いやった。その遺児・野添ひとみは、祖父(老け作りの新劇演技オーヴァーアクトの清水将夫)の元ですくすく育っていたが、その祖父も急死。
 祖父の遺言で、ひとみは、モリマの元へ。養女という形になるのか。
 かつて自分の優柔不断さから、恋人を不幸な結婚に追いやった。
 その恋人と瓜二つな(いかにも映画的な一人二役の親子)娘を、養女にして、心中穏やかならぬ義父モリマ。娘に、心乱れる。
 くるくる表情と感情が変わる、小悪魔的美少女に、野添ひとみも、絶品で。
 野添ひとみも、極度のファザコンゆえ、義父モリマにお熱。それも当たり前か。ザ・ダンディそのものの、モリマの美中年ぶりに、クラクラしない女子は、おるまい。
 つまりこの映画、ダンディな義父と、その娘という物語の少女漫画的要請に、絶対絶好のキャストなんだよなあ。
 これ、日活がちゃんとしたネガを持っているなら、ニュープリ焼いて、ある程度名画座で商売になりうる素材だと思うよ。女子の好きそうな、うれし恥ずかしお耽美映画として、いまでも通用すると、思う。
 やりようによっては、かつて渋谷で大ヒットしたレイト市川崑「黒い十人の女」の、四人分には、なるかもしれない。と、いうのも。

e0178641_9295153.jpg

 いろいろ曲折があって、最後はモリマが、泣きじゃくる野添ひとみを、お姫様抱っこで、互いに抱擁して、ハッピーエンド(笑)。
 義父が娘を。やや公序良俗に反する、ハッピーエンド。
 それが、本作が「残らなかった」理由か。
 考えてみれば、当時50年代は、ハリウッドでも、美少女オードリー・ヘップバーンと、渋親父ハンフリー・ボガードなんて組み合わせは、ざらで。今ほど、若さが幅を利かせていなかった時代ということもあった。
e0178641_9393438.jpg しかし、やはり、義父が娘を。
 禁断の恋の究極と申すべきで。それを堂々と、やっちまった。
 しかも、モリマの美中年ぶり。野添の美少女ぶり。禁断の恋という、完璧なメロドラマ

 義父への当てつけのように、急造のボーイフレンド小林旭を自慢する娘。
「ジェームス・ディーンにそっくりなの。(自分のおでこを指さし)こっから、上が」
 まるで小津映画の杉村春子みたいなセリフの、野添ひとみ。
 考えてみるまでもなく、日活に移籍する前の斎藤武市は、松竹で、小津組助監督。
 父娘の疑似恋愛めいた小津安「晩春」への、まああれは実の親子で、こっちは義理の親子だが、そんなに好きならやっちゃいなよ、という若い世代の武市から、小津への、からかいであった、とみるのは、まあ、完全にうがちすぎでしょうが。

 なお下記Movie Walkerの、キャストは間違いだらけ。特にモリマの友人たちは、リストにない下元勉などとっ散らかり。テキトーに予備キャスティングしているのが、まるわかり。
 当時の日活は、五者協定の絡みで、専属俳優が少なく、だから大映イメージの強い野添ひとみが日活へ出ている貴重版でもあり、野添をのぞいては、新劇俳優ばっかり。
 なお助監督は、当時斎藤武市の専属だった神代辰巳。のち、森雅之の遺児だった中島葵を、女優として演出した。

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by mukashinoeiga | 2016-10-30 09:37 | 傑作・快作の森 | Trackback | Comments(2)

溝口健二「楊貴妃」京マチ森雅之山村聰進藤英太郎小澤榮杉村春子南田洋子見明凡太朗石黒達也信欣三

 京橋にて。「日本の初期カラー映画」特集。55年、大映東京。
 溝口健二の、例によって、嫌がらせに近い凡庸なメロドラマ。
e0178641_121958.jpg 中国・唐朝の皇帝(森雅之)の楊貴妃(京マチ)への愛のメロドラマと、楊一族がホンロウされる政治メロドラマの、2本立て。
 なのだが、もとより政治メロドラマなどという<大きな話>自体が、ミゾケンの能力を超えており、陶秦(ショウ・ブラザーズ側の脚本家)脚本を、川口松太郎、依田義賢、成澤昌茂など、溝口映画のテダレの脚本家たちが、よってたかって再構成するも、せいぜいが市井の男女の機微を得意とするミゾケンの手に余ったことは、明らか。
 ダレだミゾケンに大河ドラマやらせたヤツは、という結果に。
 せめて政治メロドラマ部分は、「職人」ミゾケンより、本作の助監督・増村保造に任せても、よかったのでは(笑)。少なくともミゾケンより「インテリ」の増村なら、政治メロの「上部構造」(笑)は、了解済みだったろうし。

e0178641_1213737.jpg楊貴妃 (91分・35mm・カラー) <フィルムセンターHPより>
溝口健二の初カラー作品。国際映画祭での受賞が相次いだ1950年代、日本映画は海外市場へ積極的に進出したが、そこにはカラー映画の莫大な製作費を回収する意味もあった。皇帝の寵愛を受けながら宮廷政治の犠牲となった楊貴妃が、悲劇のヒロインとして美しく描かれる。
'55(大映東京=ショウ・ブラザーズ)(監)溝口健二(脚)陶秦、川口松太郎、依田義賢、成澤昌茂(撮)杉山公平(美)水谷浩(音)早坂文雄(出)京マチ子、森雅之、山村聰、進藤英太郎、小澤榮、杉村春子、南田洋子、見明凡太朗、石黒達也、信欣三
◆イーストマンカラー
米イーストマン・コダック社は、1935年に世界初の多層式カラーフィルム「コダクローム」(外型反転)を発表。主に8mmや16mm映画で用いられた。1950年には35mm映画用で内型ネガ・ポジ方式の「イーストマンカラー」を発表し、以後テクニカラーに取って代わりカラー映画市場の中心を占めていく。日本では大映が意欲的に研究・採用し、これに合わせて東洋現像所(現IMAGICA)が1953年、イーストマンカラーの現像処理工場を完成させる。

 さて、楊貴妃に対するぼくたちのパブリック・イメージは、「絶世の美女」ということになっておるが、本作で、京マチが皇帝モリマに見初められるのは、なんと、先に亡くなった、皇帝寵愛の先妃の、面影がありあり、という、いわば「代用品」からの出世。ここらへんの、モリマ、京マチ双方の「葛藤」も、もの足りず、ミゾケンは、ひたすらお得意の「幽玄」方向に。
 おそらく下女上がりの妃、という点にミゾケンの萌えポイントはあったのかもしれないが、発揮できず。
 さらに本来は、より派手な、絢爛豪華な中国王朝絵巻のカラー映画が期待されていたろうに、やはりミゾケンは「日本の職人」であり、これに「質実剛健」「重厚」の大映美術陣が強力サポート、絢爛豪華な中国王朝美学は、いささか和風の味付けに。これはこれで残念。
 いっそ、(たぶん)中国大好き、政治メロ大得意、でも出身は成瀬組助監督の、「左巻き」ヤマサツに、撮らせればよかったんじゃねーの、と。ヤマサツと、助監督にマスマスムラムラ、こりゃー、合うんじゃねーか(笑)。
 閨閥政治の楊一族なんて、おちょくりまくりの映画になって、楊貴妃、かすんじゃうかー。
 閨閥政治の象徴(結局いとしの京マチが殺されるのだって、皇帝モリマが重臣、取り巻きに、成り上がりの楊一族を重用したせいなのに、モリマ、一切の反省なし、なのは、やはり中国クオリティーなのだが)の、三バカ姉に、霧立のぼるがいたことは、認識できず。だって村田知英子の、印象強すぎ(笑)。阿井美千子とも、区別つきがたし。
 京マチの侍女に、南田洋子。若い頃の彼女は、ほんとに可愛い。
 張ったり野心家・山村聰など、男優陣もグッド。
 ただし、皇帝モリマは、出ずっぱりなわりに、印象弱し。皇帝似あわないよモリマ(笑)

★楊貴妃|Movie Walker★
 下記でタイトル検索すると、フィルムセンターがデンシティ16ミリから35まで数本のジェネレーション違いの「楊貴妃」を所有しているのがわかる。また上記より詳細なスタッフ・キャスト評あり。
★所蔵映画フィルム検索システム★
◎追記◎
MIZOGUCHI IMPERATRICE Yang Kwei Fei 楊貴妃 Yōkihi St Français


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by mukashinoeiga | 2014-05-04 11:01 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(30)

斎藤武市「愛は降る星のかなたに」森雅之浅丘ルリ子高田敏江

 京橋にて。「よみがえる日本映画-映画保存のための特別事業費によるvol.5日活篇」特集。56年、日活。あと2回の上映。
 戦前の東京。ドイツ人なのに(もちろんドイツとロシアは当時敵国同士)在日ロシア・コミンテルンの一員として、スパイ活動の、リヒャルト・ゾルゲ。日本では熱心なナチス党員幹部を偽装。
 日本側アセットとして、スパイ・リクルートの対象となったのは、朝日新聞記者・尾崎秀実(森雅之)。
 終映後、1・2名が拍手、ロビーに出たら、老人観客が受付女性に「いやあ、いい映画だったねー」と、挨拶。
 こんなボンクラな凡作を、いい映画だと言い切る馬鹿は、この期に及んで民主党支持のボンクラ左翼か、はたまたボンクラ朝日関係者か。同じか。
 左翼は、基本的に、映画の出来ではなくて、映画のテーマで映画を評価するからなあ。どんなに出来が悪くても、テーマがリベラルなら、左翼は、傑作認定する。
 ただし、主演・森雅之は、やはり絶美のいい男。森雅之当社比80パーセントも、ほほがこけていて、いやミッキーナルセ「浮雲」では、敗戦直後の設定ゆえ、高峰秀子ともども、節食して、やせ細ったというが、その「浮雲」以上に、ほほがこけていて、ぼくの記憶上、もっともやつれた顔のモリマで。渋くていい男が、苦悩の表情で、やつれているのは、凄絶なまでの、美。
 こんなつまらない凡作(笑)で、もっとも美しい森雅之(ほほコケ・ヴァージョンにて)。うーん(笑)。美の無駄遣い(笑)。
 以下、ネタバレあり。
 近衛内閣嘱託でもあった、政治評論家の尾崎(映画では、坂崎という仮名)は、日本の国家機密を、信念を持って、ロシア側に流し続ける。
 尾崎は日本人左翼インテリの常として、「理想」で世界を見ている。日本の「戦争志向」を止められるなら「世界」は、平和になるのだと。だから、日本の動向という最高の国家機密を、へいちゃらで、ロシアに流す。
 ゾルゲらは、冷徹なリアリストとして、「現実の世界」を見ている。いかに日本、アメリカ、ヨーロッパの動向を、リアルに防諜活動して、最大の利益をコミンテルンにもたらすか、画策する。
 これは今の日本人左翼にも通じる、「理想」の「実現」の「夢想」。世界中が「信義に満ちた世界」なんだという、寝ぼけた理想主義。
 一方の、日本をのぞく世界は、「現実」の世界政治は、あくまでも「現実」であって、「夢想」でも「理想世界」でもない、というリアリズム。
 「食うか食われるか」の世界に、「霞を食って生きていこう」という日本の左翼諸君が、場違いであり、「食い物」にされるのは、昔も今もかわりゃしない。「食い物にされる」代表が、尾崎秀実で、あるわけで。
 そういう尾崎秀実を、理想主義者として描くこの映画が、精神の凡庸と堕落そのものであることは、灯を見る夜明らか。もとい、火を見るより明らか。「愛は降る星のかなたに」なんて、生ぬるいタイトル(いかにも日本的な「愛と青春の旅立ち」みたいな通俗タイトル)こそが、こそばゆくも、恥ずかしい。

 なお、本作は、ゾルゲ=尾崎秀実事件の初映画化ということだが、その後の珍作イヴ・シャンピ「スパイ・ゾルゲ 真珠湾前夜」61、篠田正浩「スパイ・ゾルゲ」03(いつもどおりの篠田の駄作)には、出てこない描写がある。それは、尾崎秀実の弟の存在である。
1 「国賊のスパイ」である兄の分まで、お国につくすべく、出征する。みなに祝福されるべき出征式の宴は、尾崎の妻(義姉=山根寿子)娘(姪=子役→浅丘ルリ子)尾崎夫妻の仲人である、尾崎の弁護士(浜村純)娘の小学校教師(香月美奈子)のみの、さびしいもの。
2 足が義足となる負傷兵として、帰還。
3 姪の小学校教師(香月美奈子)との、祝言も、1のメンバーに、仲人・浜村純の妻が加わっただけの、うちうちの、つつましやかな家庭内結婚式。出征式も、結婚式も「国賊」の兄のせいで、さびしいものに。 
4 結婚式後、弟夫婦は、兄・尾崎の勧めもあり、満州に旅立つ。出立直後、尾崎の妻は、浜村純弁護士から、けさ尾崎は処刑されたと聞かされ、失神する。
5 なぜ弟夫婦が満州に行ったかというと、日本では「国賊」の弟として、差別されるだろう→外地の満州なら大丈夫だろう→妻「でも、満州は、危なくないのかしら」→尾崎「ぼくが、信義を守らない国に協力すると思うかい。満州なら安全だよ」→終戦直前に、ロシアは満州に侵略→ほかの日本人は逃げた/逃げようとしたのに、弟夫婦は、「兄が信じたロシアは侵略なんかしない信義を守る立派な国」と信じて、とどまり→ロシア軍に虐殺された・・・・
 このようにお花畑な能天気左翼理想主義者、通名イマジン野郎の兄のせいで、とことん悪い札を引く弟。
◎追記◎こう書いたあと、ネットで篠田正浩「スパイ・ゾルゲ」を調べてみたら、篠田のバカ(笑)本当に映画のラストで「イマジン」流したらしい(ぼくの記憶にはなかった)。お花畑はどこまで行ってもお花畑だ。
 なお、ウィキペディアあたりで、ちゃらっと尾崎秀実を検索したら、この尾崎の実弟の顛末は、なかった。あるいはお涙頂戴の、映画の「創作」かもしれないが、もし事実なら、こういうネガティヴ・ファクターを隠した左翼お花畑のシャンピや篠田の罪は重い。

 そして戦後、尾崎の妻子は、尾崎の自分たちへの書簡を書籍化、その名も「愛は降る星のかなたに」としてベストセラーとなる。本映画の底本でもあろう。そうして、売国スパイ尾崎が、甘ったるい家族愛、スパイの汚名を着せられた「真の愛国平和主義者」としての象徴として美化され、世に伝わっても、尾崎の妻の心は、曇り勝ちである。
 なぜなら、
A 尾崎のとことんお花畑な世迷いごと(日本を除く、世界、なかんずくロシア・コミンテルンの政治リアリズムとは、真逆な)を、誠実に信じた義弟(尾崎の実弟)の、重ね重ねの不幸
B 実は尾崎と情を通じていた、尾崎の若き秘書(高田敏江)が、尾崎処刑の夜、晴れ着の振袖を着て、薄化粧を施し、服毒自殺をした。家族との交流(文通や面会や差し入れ)を唯一の慰めとして処刑されていたはずの、夫が若い秘書とひそかに情を通じていて、しかもその秘書が、本妻の自分を差し置いて?夫に「殉死」していたという。
 (妻の山根寿子から見て)何だ、尾崎、ぜんぜん、ダメじゃん、と。
 (肉体上の)祖国を裏切ってまで、つくした精神上の祖国ロシア(コミンテルン)が弟夫婦を殺し、北方領土を奪取し(尾崎にとっての超理想国家ロシアは、尾崎思うところの「悪逆国家・大日本帝国」みたいな、武力侵略は、しない国、という、左翼お花畑以外の人間からみれば、甘ったるい幻想があった)、しかも誠実な夫の振りして、若い秘書と・・・・。
 この実弟の不遇(尾崎由来)と、女性秘書の不倫・殉死は、この映画の創作なのか、実話なのか。少なくとも軽くネットをあさった結果では、判別できなかった。「創作」なら大笑いだし、「実話」で、篠田らが口をぬぐっていたなら、いつもどおりの左翼捏造癖として、これまた大笑いだが。
 さて、話を映画に戻す。
 中年男の哀愁ある美貌で絶美の、森雅之だが。死後、上記ABのようにボロは出るものの、理想に燃えた主義者って、モリマに合うのかなあ、と。もっとぐだぐだのダメ男こそ、森雅之の真骨頂では。
 浜村純。ごく普通の顧問弁護士、という常識人の役柄なのに、顔こわばり、メジカラ半端なし。いつもの、発狂直前のジャンキーじゃないんだからさあ(笑)。高田敏江、かわいい。いつも若いころの高田敏江を見ていると、こんなにかわいいのに、なぜもっとブレイクしなかったのか、不思議なのだが。見るからに薄幸顔、幸薄そうな地味さが、彼女のかわいらしさを、殺しているのか。
 モリマの娘役の、女学生浅丘ルリ子はかわいらしいのだが、そういう映画ではないので、単なる一脇役扱いは不幸だった。
 モリマを追及する刑事に、二本柳寛。この二本柳の顔が、見たこともないごっついかおの異相で。この特集で見て感想駄文した同年の同じ日活古川卓巳「逆光線」では、いつもの顔だったのに。なんだろう。不思議なくらい。さては、モリマに付き合って、顔面ダイエット????
 こうした、国家反逆罪のスパイを扱いつつ、家族愛のホームドラマに収斂・矮小化・美化させた、斎藤武市の罪も、また、重い。しかも、凡作だし。
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by mukashinoeiga | 2013-02-17 02:28 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(2)

今泉善珠「燃える上海」山村聡川路龍子森雅之中原早苗

 阿佐ヶ谷にて。「現代文学栄華館 昭和の流行作家たち2」特集。54年、現代ぷろだくしょん。16ミリによる上映。
 「第一次」日中戦争の「準備期」に咲いた仇花というべき、清朝末期の皇女にして、日本人軍属の養女、「男装の麗人」川島芳子が、主人公。
 映画によれば、何とか日中戦争を回避すべく、いろいろ工作しているようだが、客観的に見たら、日中間でキャッチボールされているような存在。
 文字通りの仇花。
 彼女を、もと松竹少女歌劇の男役スタア・川路龍子が演じている。のだが、オトコ顔の甘さゼロの顔だちで、たびたびヨヨヨ、と泣き崩れられても。明らかに方向性を、間違えている。監督は新人らしいが、脚本は、吉村公三郎。だめな脚本、だめな演出。
 旧式定番のメロドラマ手法が通用しないキャラなのにね。
 もっと、りりしくあるべきキャラなのに。
 吉村映画が良かったのは、新藤兼人脚本の力が大だったということ、まるわかりの、不出来な脚本。
 演出も、ひどすぎる。まったくメリハリのない演出で、一応スパイ映画の、そこそこの演出でも、最低限はあるような緊張感すら、徹底的に欠いている。
 それなりに刺激的かつ映画的な素材(戦争間近かの、二つの国の間で苦悩するスパイ、祖国、裏切り、謀略、戦争)にもかかわらず、どんな愚鈍な映画ですら、最低限は観客に担保している、緊張感を、徹底的に、欠いている。驚くべき、情動の欠如。
 教科書に載せたいような、ダメ映画。すべてのショットが、せりふが、流れが、緊張を欠いた、凡庸さ。

 クレジットは、山村聡、川路龍子、森雅之と、三枚看板で。
 モリマ、準主役のような、クレジットだが、実は短い2シークエンスのみの出演。映っているのは、全部で2分とないのでは。しかも、最後のシークエンスでは、殺されちゃうし。弱小プロダクションの、典型的いんちき。
 役柄は、中国の作家。日本の作家・山村聡と連動して、日中開戦を、回避しようとする工作員。山村は、原作・村松梢風そのものか。
 ただし、見所は、こんな映画にも、ある。おそらく予算のない中で、戦前上海を再現、その美術力は、賞賛に値する。背景は、おそらく拡大写真の書割が多いと思うが、画質の悪い当時の白黒画面(しかも経年劣化した16ミリ・プリントでの上映だから、細かいテクスチャーは、はっきりいって、飛んでいる)で見ると、なんとも、リアルでさえある。
 さらに、きちんとした屋外セット、エキストラ。本当に素晴らしい。
 まじめな中国人活動家に、原保美。ナイス・キャスティング。川路龍子の侍女的キャラに、若い中原早苗。かわいい。

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by mukashinoeiga | 2013-02-02 21:32 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

島耕二「東京のヒロイン」森雅之轟夕起子香川京子

 京橋にて。「映画女優 香川京子」特集。50年、新東宝。
e0178641_218497.jpg 香川京子デヴュー作「窓から飛び出せ」、「君と行くアメリカ航路」の同年作。監督は島耕二、美術は河野鷹思は同じ、製作が野口久光、野口も映画ポスターで鳴らしたデザイナー、やはり戦前松竹の映画ポスター・デザインの河野を美術に起用とは、面白い。
 「窓から飛び出せ」で四人の子持ちを演じた、轟夕起子が、本作では、まだまだオールドミスには間がある独身娘、というのは、ちと、きつい(笑)。さらに、カノジョは、かなりデブっていて、劇中でも、森雅之が書くカリカチュアは、かなりのおでぶちゃん。でも、そのハンデを乗り越えて?その、エンタティナーぶりは、素晴らしい。
 つられて相手役、森雅之も、かなり無理して?ショーアップしてのはしゃぎぶり。ちょと無理がありつつ(笑)、三枚目路線のアウェイで(笑)、健闘しております。いや、よく、やっておる(笑)。

e0178641_2185223.jpg そして、のちには文芸路線一筋の島耕二も、ジョン・ランディスか、というくらいのおバカ路線を邁進。
「君と行くアメリカ航路」でも、チンピラ役で出演の、潮万次郎が、本作では、ジョン・ベルーシ並みの珍演・暴演。のちの、渋い大映専属脇役ぶりからは、信じられない暴発ぶりで(笑)。
 勘違いから、轟・森がそろって吸い寄せられていく、バー「ランボー」。アルチュール・ランボー好きゆえに命名された、伊達里子がマダムのバー。しかし、伊達マダムは、アル中。常連の笑い上戸・潮万次郎もアル中。アル中乱暴。ダジャレか。
 潮万次郎、モリマとトドロキが、いい雰囲気になるたびに、ことごとく邪魔をする。「君と行くアメリカ航路」に続く、斎藤達雄の珍演も、お上品に見えるほどの、暴走ぶり。
 港の水辺で浮かれる潮万次郎、そうなると、当然、お約束で、水にはまってしまうのだが。
ふつう「助けてー! おぼれるー!」
 と、言うところ、で・・・・。


「助けてー! 酔いがさめちまうー!」
 アル中の鑑や(笑)。 

 「窓から飛び出せ」「君と行くアメリカ航路」どうよう、ちいさな人形を使った、ほのぼのギャグも、健在。香川京子も、可愛らしい。トドロキとのガーリーな姉妹シーンの親和性、愛らしさ。このセンスは、このトリオのセンスは大林宣彦「時をかける少女」に、受け継がれるものか。あの映画でも、ちいさな人形のクローズアップがありました。
この三本、島耕二・香川京子・河野鷹思トリオの三部作と、呼びたい。
 この日の次の回、成瀬巳喜男「銀座化粧」も、美術・河野鷹思、気になりつつ、何回も見ているので、パス。
 なお、この特集、始まったばかりということもあってか、平日昼の回は、満席に近い。土日のレアもの・人気作は、ことによったら、札止めもありか。
●追記●たいへんな間違いを犯してしまいました(笑)。
 上記・潮万次郎は、すべて、「潮万太郎」の誤りでした。こんなこと、間違えるなんて。ボケもそうとう進行しておるな。
 たぶん、このミスの経緯は、きわめて簡単です。文中、ジョン・ランディス、ジョン・ベルーシと、ジョンを連呼していたため、潮・万・万・・・・、という脳内検索のときに、ふと、ジョン万次郎の名が、飛び込んできたのです! かくして、潮万次郎。ああ、お粗末。すべての潮万太郎ファン、ならびに弓恵子ファンの皆様に、お詫び申し上げます。
●再追記●上記「伊達里子がマダムのバー。しかし、伊達マダムは、アル中。」の、バーのマダムは、入江たか子の間違いでしたね。上映中は、あ、入江たか子だ、とわかってはいたのですが、駄文を書く頃になると、ころっと、忘れてしまう(笑)。かつての可憐な美人女優も、アルコールが入った躁状態を珍演するも、痛々しさが、先に立つ、不徹底ぶり。
 ちなみに、この際、書きもらしたことを、付け加えると、香川京子、かわいいんだけど、そして本作では、通常以上に、異常に、可愛いんだけれど、お鼻が、やや、大きい。そして轟夕起子は、ガタイも、ひとみも大きいが、お鼻も大きいのね、森雅之が、おふたりは姉妹と、最初からわかりましたよ、というもむべなるかな。
 映画におけるベスト・シスターの一組。
●再々追記●ぴくちゃあ氏の「ぴくちゃあ通信」を勝手に引用すれば、

>神保町シアターにて『東京のヒロイン』(新東宝1950:島耕二)を見る。「男優・森雅之」特集の1本。1200円。
 轟夕起子が雑誌編集者に扮して、東京の街を颯爽と闊歩するお話。しかし、もうかなり太ってしまった彼女をヒロインとするにはちょいと苦しい。妹役の香川京子のほうが適役である。
 森雅之との典型的なボーイミーツガール映画ではあるが、話の展開がモタモタしている。オリジナル94分から30分もカットされた63分という短縮版にもかかわらずである。
 おもしろいなと思ったのが、酔っぱらいに扮した潮万太郎。笑い上戸でその笑いがわざとらしく感じられた。しかし、何度も登場し、森雅之と轟夕起子との喧嘩シーンまでつきまとう徹底ぶりを見せられては、大笑いするほかない。
 潮万太郎の快演ぶりと、島耕二のラブコメディ演出手腕に拍手!(「ぴくちゃあ通信」2009年、引用終わり)
 
 うーん、太宰治の遺作を原作にした島耕二「グッドバイ」を、短縮版「女性操縦法」としてしか残していない、ずさんな新東宝である。平気で30分短縮したヴァージョンを、作ってしまう。しかし、オリジナル版を楽しんだぼくも、これが30分短縮された版を想像することが出来ない。 それでも、面白いのか、それは、すばらしいことだろう。見比べてみたい。


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by mukashinoeiga | 2011-11-11 23:38 | 島耕二と行くメロドラ航路 | Trackback | Comments(0)

千葉泰樹「悪の愉しさ」森雅之久我美子伊藤久哉杉葉子千石規子

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.2 東映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。54年、東映東京。
 本作の東映カンパニー・ロゴは、大理石?風の石壁に、東映の△マークと社名が刻印されたもの。会社の玄関辺りにありそうな感じ。同じ日に、次に見た千葉泰樹「女給」は翌年の作ながら、後に定着した、波間に漂う東映△マーク。
 冒頭クレジットには、<森雅之 久我美子 伊藤久哉>と、主役人三人が、出るが、モリマは、油ギッシュなやり手ブローカー役の、脇役。実質主演は、伊藤久哉。ただ、伊藤にはネームヴァリューがないので、モリマが名前を貸した、というところか。
 いっしゅのサギなのだが、小ずるく人をだます男の映画だから、まあ、この程度はやむをえまい(笑)。
 伊藤久哉。東映で初主演して、でも藤本プロに拾われて、後に東宝系の脇役陣に、ということか。数々の東宝系映画で、怪しげなキャバレーのマネージャーとか、殺し屋とか、ちょこまか、出てくる。ほんとに、よく出てくる。やはり、主役としては、オーラなく、華もなく、主役失格だったのね。
 伊藤久哉は、同僚の久我美子をだまし、伊豆肇をだまし、伊豆肇の細君・千石規子をだまし、大家の未亡人・東郷晴子をだまし、とにかく久我美子はともかく、千石規子まで、コマしてしまう。理由は、もったいないから(笑)。東郷晴子も、家を追い出されないために、モノにする。
 でも、これ、悪、って言うより、悪ぶっているというか、せいぜい小悪だよね。楽しそうにも見えない。
 話はそこそこ面白いのだが、伊藤が人をだますサマを見ていても、面白くもなんともない。比較が極端だが、これが、モリシゲとか、鴈治郎とか、浪花千栄子が人をだます様子は、見ていて楽しいよね。いや、こんな重量級と比べること自体が、間違いだが。
 東映出張の東宝系女優たちを見て、びっくり。久我美子が、むしろこちらのほうが悪ぶった魅力満開。セクシーで、いい女。こんな役、東宝でも、松竹でも、絶対出さしてもらえなかった、久我美子のセクシーさ。
 同じく杉葉子。しどけないシュミーズ姿で、夫・伊藤に見せる、開きなおった、ふてぶてしさ。清純さをかなぐり捨てた、捨てがたいセクシーさ。
 ま、東郷晴子は、せっかくいつもの東宝映画らしからぬ、悶える未亡人の役を振られても、ワンパターンの演技力だけれども。
 千石規子、何か、着物の着こなしがヘン。で、これまた、何かパターン演技に終始して、はじけない。
 久我も杉も、もう少し東映に出演すれば、もっと違った展開があったのかも。いやいや、東映は女優をたいせつにしないからなあ。やはり、千葉泰樹の演出のゆえか。もう一回上映があるので、久我美子や、杉葉子の素晴らしさだけで、必見。
 モリマは(笑)。脇役ならではの、主役では決して見せない、いささかのクサさを堪能(笑)。いや、でも、脇役でも、うまいよね(笑)。
 千葉泰樹演出のさりげない厚みを体感しました。ま、映画自体は、それほどの面白さではないにしろ。でも、見た直後より、いまのほうが、より鮮明に、久我、杉のよさが、濃くなっている。

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by mukashinoeiga | 2011-05-15 23:08 | 千葉泰樹 ヤスキ節の愉しさ | Trackback | Comments(2)

成瀬る3   二人の娘、成瀬の女性性

 『女の座』(1962・脚本井出俊郎・松山善三)で、二人の娘(司葉子、星由里子)が、ともに関心を持つ男(夏木陽介)について、歩きながら語り合うシーンがある。
 その二人が歩く背後の塀に映画の宣伝ポスターが張ってある。
 千葉泰樹『二人の息子』。思わずにやにやしてしまう。
 宝田明と加山雄三が兄弟を演じる傑作であるが、『女の座』とプロデューサーも脚本家もおなじ、主要な人物が、踏切事故で死ぬのもおなじ。家族間でお金で争うのもおなじ。
 しかし、それ以上に、ああ、成瀬映画って「二人の息子」じゃなくて、「二人の娘」なんだなあ、という連想に行き着く。もちろん例外はあるが、成瀬映画では基本的に、二人の女がひとりの男を争う映画ではないか、と。
 『女の座』にしても、ともに夏木陽介を好きな「二人の娘」もそうだし、さらに一方的な草笛光子の思い込みなのだが、草笛と高峰秀子が宝田明を張り合い、草笛が高峰のほほを張り飛ばす。
 『妻として女として』では、二重の意味で高峰と淡島千景が男を張り合う。森雅之と、そして息子・大沢健三郎を。『妻よ薔薇のやうに』は、本当はメインタイトルが『二人妻』、これもひとりの男をやり取りする二人の妻の話が基本で。『くちづけ/女同士』も、一方的にだけど男を取り合う二人の女の話だから「女同士」というのは、なんか仲よさそうでヘンだ。『雪崩』も『まごころ』も『銀座化粧』も『めし』も『浮雲』も『ひき逃げ』も『夜の流れ』も『妻』も『山の音』も『あらくれ』も『放浪記』も『女の中にいる他人』も基本的に「二人の女がひとりの男を争う映画」なんだとおもう。
 成瀬映画ずいいちの二枚目・森雅之は女好きだから女に次々手を出すわけではないのだ。女のあいだに対立をもたらすためにモリマは存在している。モリマ・サッカーボール説、蹴られるために必要な存在。

 ここで少し話を変えて、成瀬が、その出身であるにもかかわらず、おそらくは、絶対になじめなかっただろう、戦前松竹メロドラマというのは、一言でまとめちゃうと、「色々な男がヒロインを狙ってくるけど、でも私は純情一筋よ」てことだと思う(複数の男が一人の女を争う、逆成瀬パターン)。清水宏『銀河』は、ヒロインが想う男すら、ヒロインのからだを狙ってくるという点で、典型にしてハイパー松竹メロだった。しかし成瀬映画は「色々な男がヒロインを狙ってくるけど」というパターンは好まない。
 「夫がいて、好きな男もいる」系の成瀬パターンでは、夫はたいてい死んでいて、未亡人である(『まごころ』『銀座化粧』『お国と五平』『おかあさん』『妻として女として』『乱れる』『乱れ雲』)し、あるいは一方の男が身を引くし(『君と行く路』『鶴八鶴次郎』)、結局は元サヤに納まったり(『鶴八鶴次郎』『舞姫』『めし』『妻の心』)、三国連太郎がおねえだったり?(『夫婦』)などなど。
 なにが言いたいのかというと、ひとつは成瀬映画は「女が男を選ぶ」のであり、男はその女の選択に従うほかはないということである。男をめぐる女の争いを描くという点で、成瀬映画は常に女性の側に立っているといえよう。
 もうひとつ成瀬は、女同士の争いは、ビンタになったりキャットファイトになったりと、かなり派手なのだが(女性の複数性)、男同士の争いは極力回避するということだ。
 夫はすでに亡かったり、一方または両方が身を引いたり、男同士の女をめぐる争いというのが、なぜか、顕在化しないようしないように、回避している。アンチ戦前松竹メロ。 旧松竹三羽烏の中で、上原謙、佐野周二と違って、なぜか佐分利信が成瀬映画にお呼びでないのもはっきり分かる。佐分利は「結婚は生活の方便だから」と「ぼくの妻なんてものはこの程度だろう」という理由で、複数の女の中から一人の女を選ぶ男、そういう男目線のキャラだから(いわゆる戦前松竹メロドラマのなかで、上原・佐野と違い、佐分利はそういう役をいくつか演じたように思う)。上原や佐野は、傲慢にも女を選ぶ、というキャラでは比較的なかったように思える。たとえば清水宏『歌女覚え書』の上原のように、こうと決めたらその人一筋という役に、佐分利は似合わない。
 成瀬映画は、親和性あふれるユーモアがある種の女性性の上に成り立つと同時に、基本的に女たちが男を争う、女性優位の世界なのだ。

 『コタンの口笛』という、成瀬にしてはいろいろな意味で異色な映画がある(1959・原作石森延男・脚色橋本忍)。橋本忍映画としては、生ぬるい部類だろうが、成瀬としては例外といっていいほどドラマチックで社会派。らしくない成瀬映画。
 基本は『おかあさん』『秋立ちぬ』と同じ、子供という力のない立場で、自分にはどうしようもない状態で、家族や周囲の親しい人たちが、自分の前からどんどん消えていく、それを淡々と描いていく、まあいつもの成瀬調と思わせて。
 この映画がほかの成瀬映画と違うのは、アイヌ人と和人という、民族間対立の問題が導入されていることで、このことにより、子供たちがつらい目にあうのは「差別」によるものであり、だから、子供たちはいつもの成瀬映画のように運命を従順には受け入れない。「差別」に、立ち向かおうとする。そこらへんはいつもの成瀬映画との違いで、調子の狂うところだろう。こういう社会派的「テーマ主義」にはまったくなじまない成瀬なのだ。
 ただし、子供たちは最後には、同じアイヌ人の伯父・山茶花究に食い物にされるのだから(冷酷な山茶花が例によってグッド)それまでの民族間差別云々が無化されてしまうのが面白い。
 森雅之はじめアイヌの大人の男たちは、差別されることに慣れすぎて、徹底して卑屈きわまる。こういうところが成瀬ごのみなのかな。
 ちょっと笑えるのは。そして、これこそいかにも成瀬なのだが。
 アイヌ人と和人の女生徒同士は、ビンタしたり取っ組み合ったりのキャットファイトが、具体的に描かれる。対して、同様の男子生徒同士は、成瀬映画としては珍しく二度も争う。特に二度目は夜の校庭で決闘をして、一方に重傷を負わせる。ところが、画面上では、描写を省略して、なんと男の子たちが相手に指一本触れるシーンすらないのだ。女の子たちの喧嘩はちゃんと描くのに。
この映画の男の子は、(画面上)相手に接触することなしに、けんかで重傷を負わせてしまうのである!
 う~ん、ここでも成瀬は男同士の争いを回避しているなあ。よっぽど男同士の闘争が嫌いな成瀬なのである。『稲妻』の高峰秀子の兄は、男たちが立ち回りの喧嘩をすると、遠巻きにしてビビっているだけ。その喧嘩の描写も、成瀬演出は驚くくらいシマラナイのだ。
 『あらくれ』の高峰秀子と三浦光子の文字通りのキャットファイト、『ひき逃げ』の高峰秀子と司葉子の神経戦、『妻』の高峰三枝子と丹阿見谷津子の言葉の応酬、そういう女と女の争いは喜んで(?)描くのに。とことん女の子(笑)なミッキーなのである。 
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by mukashinoeiga | 2009-07-19 11:34 | 成瀬巳喜男映画の正体成瀬る | Trackback | Comments(0)

丸山誠冶「女ごころ」

 神保町にて。「東宝文芸映画の世界」特集。59年・東宝。
 モリマと原節の夫婦。
 モリマが団令子と浮気。原節子供を連れて家を出る。モリマ、主婦なき家に団を連れ込みずるずると生活する。う~ん、原節覚悟が足りないな。モリマと結婚する以上、浮気は当然ではないか(笑)。というようなことしか、思い浮かばない。
 しかし、丸山の映画に関しては、雑な感想しか浮かばないなあ。
 ほかに本特集では、筧正典「女房族は訴える」(56年・東宝)「大安吉日」(57年・東宝)も凡作で。この特集でも快作はあるのだが、大体既見でパスで。
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by mukashinoeiga | 2009-07-15 00:11 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

谷口千吉「カモとネギ」

 「男優・森雅之」特集、神保町にて。68年、東宝。
 なかなか肩の力が抜けて面白いプログラム・ピクチャア的コメディ。モリマが詐欺師団のボスという設定で、ダサダサのよれよれ税務署職員、かっこいい紳士の教育委員会委員長、引き締まった自衛隊員、などコスプレ三昧。新劇俳優であった彼にとって、こういう扮装はまことに板についた感じで、モリマ・ファンとしてはただただ、ニヤニヤしながら見ていればいい。紳士にうっとりして、手もなく丸め込まれた教育ママ・山岡久乃が、教育映画と信じてピンク映画を見せられ、だんだん興奮していくさまで、笑いを取る。
 なお、この特集では、大部分が既見なのでパスしたが、数少ない未見作「東京のヒロイン」(50年新東宝)を見逃す。外れのない島耕二なのに。彼と相性がよい轟夕起子なのに。残念。
 井上梅次「女房学校」(61年大映東京)は見た。コミカルな金魚研究家のモリマはよいが、全体につまらない。井上の映画に必ず出てくる月丘夢路も出てくるが、実人生で夫婦であっても、映画的相性があるわけではないのが、惜しいところ。
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by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:31 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)