ペーター・デルプト「フェリーチェさん」

 京橋にて。「日本オランダ年 2008-2009 オランダ映画祭2009」特集。98年。
 幕末から明治にかけて来日した、イタリア系イギリス人写真師フェリーチェ・ベアトをモデルにした、ほぼ日本オールロケのオランダ映画。主演俳優はナレーションのほかは、ほぼ日本語で通し、トシエ・オグラ、リナ・ヤシマ、ノリコ・ササキ、ヨシ・オイダなどの日本人俳優も好演を見せる。監督が日本通なのか、ついた日本人スタッフが優秀なのか、外国人による日本描写としてはほとんど違和感がない。映画自体の出来は、まあ並だが、その違和感ない日本描写には驚く。
 もっとも低予算映画で明治を再現するのは不可能なので、旅する主人公の描写は、ほとんど室内の旅籠から旅籠の連続。セットなのか、おそらくロケ・セットの室内描写の連発は、やや息苦しい。日本人弟子の庭先を尋ねるシーンも、彼もまた写真師なので、庭に大きく撮影用の背景幕を張り巡らして、外景を隠す周到ぶり。風景は、数々の古い明治写真を利用して、写真師という職業ならではの苦肉ぶり。
 なお、彼が捜し求めてさまようヒロインは、彼を呼ぶとき、やわらかく、続けて名前を呼ぶのが(「フェリーチェフェリーチェ」)印象的。きわめて日本的な<カワイイ>響きを持つ。
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# by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:32 | 旧作外国映画感想文 | Trackback | Comments(0)

谷口千吉「カモとネギ」

 「男優・森雅之」特集、神保町にて。68年、東宝。
 なかなか肩の力が抜けて面白いプログラム・ピクチャア的コメディ。モリマが詐欺師団のボスという設定で、ダサダサのよれよれ税務署職員、かっこいい紳士の教育委員会委員長、引き締まった自衛隊員、などコスプレ三昧。新劇俳優であった彼にとって、こういう扮装はまことに板についた感じで、モリマ・ファンとしてはただただ、ニヤニヤしながら見ていればいい。紳士にうっとりして、手もなく丸め込まれた教育ママ・山岡久乃が、教育映画と信じてピンク映画を見せられ、だんだん興奮していくさまで、笑いを取る。
 なお、この特集では、大部分が既見なのでパスしたが、数少ない未見作「東京のヒロイン」(50年新東宝)を見逃す。外れのない島耕二なのに。彼と相性がよい轟夕起子なのに。残念。
 井上梅次「女房学校」(61年大映東京)は見た。コミカルな金魚研究家のモリマはよいが、全体につまらない。井上の映画に必ず出てくる月丘夢路も出てくるが、実人生で夫婦であっても、映画的相性があるわけではないのが、惜しいところ。
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# by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:31 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

西河克己「帰郷」

 「男優・森雅之」特集、神保町にて。64年、日活。
 小百合主演日活青春映画のはずが、冒頭10分くらいは、キューバが舞台で、完全にモリマ主演、小百合はサの字もない。そのキューバ革命前夜描写は、西河らしからぬ(日活的ではあるのだが)スタイリッシュさ。佐分利信版「帰郷」の重厚さには及ばないが、かるみの森雅之も面白い。妻子を捨てたことに対する反省が微塵もないのがモリマ、外国にも日本にも身の置き所がなさそう感濃厚のサブリンに対し、どこでもすぐ居場所(と女)を見つけてしまいそうな感じで。実娘の小百合と京都の古寺で再会しても、なんだか若い娘をユーワクしそうな風情で。
 この時代の日活で、なぜか、本当になぜか、いい女風悪女を一手に演じていた渡辺美佐子が本作でも、悪女(彼女が演じると、じと~っとした、やな女)を柄に合って演じている。
 永遠の優等生、終生学級委員長の小百合は、こういうニュアンスのというか、陰影のある役は演じきれないけれど、このころは雰囲気を邪魔しないさわやかさがあった。彼女と義父母の家庭描写は、明るくさわやかな日活調。

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# by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:30 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

森永健次郎「花のゆくえ」

 神保町にて。「観光バスの行かない町」特集。55年・日活。
 典型的女の悲運メロドラマ。というか、日活はこの手のメロが苦手で、出来損ない、まるでメロドラマのパロディーめいてくるのが珍。
 ヒロイン津島恵子が、行く先々で悲運に恵まれ(!)、それを逃れるべく、また流れていくのだが、そのいちいちがせこすぎて、彼女がもっと機転が利くタイプだったら回避出来得るレヴェル。まあ、機転が利くようではメロドラマは成立しないのだが。また、彼女を一方的に?恋することで、毎度毎度彼女を泥沼に引きずり込むのが好青年タイプの若原雅夫。松竹の「適齢三人娘」(川島)の名コンビも、形無しで、こいつももっと機転を利かせれば、津島もクロウしないものを。
 最後、銚子に旧友を頼っていくが不在、またしてもの悲運に海に飛び込まんとする津島、そこを通りかかったのが岡田英次、彼が出てきたとたん好青年とわかる絵に描いたキャスティング。また、新珠の結婚相手として出てくる金子信雄、出だしから顔をゆがませて、ああこいつすくに浮気するなと思ったら案の定。一方岡田は早速彼女に見とれて自転車ごと壁に激突、ひっくり返るドジっ子ぶりだ。ああ、これで彼女も救われるはず・・・・と、顔を見せるだけでわかるのだから、さすが岡田英次だ。相変わらず演技は下手であるが・・・・わざとらしく咳をする岡田英次、こんな下手な咳の仕方、それでも役者か岡田英次。まあ、永遠のアイドル役者ということで。
 なお本作の好青年といえば、もう一人。いささかトウの立った好青年だが、伊藤雄之助。なんと、珍しく、嫁取りをする好人物役。津島のそろばん塾の生徒、食品店の跡取りなのだが、津島や親友・新珠の同窓生を嫁に迎えるのだから、立派な好青年だ。その嫁が<十九歳(の時)で十九貫>のおでぶちゃん。「じゃ、三十歳なら三十貫かい」と伊藤、同窓ながら津島の楚々とした美女ぶりと見比べ複雑な表情だが、婚約時代から尻に敷かれていく。この彼女(矢吹寿子が明るく好演)が、津島らと同窓生というのも、偶然会った人物も実は因縁がある、というメロドラマのお約束だが、津島が「あら、エレちゃんじゃないの!」と再会を喜ぶと、雄之助「エレちゃんて?」、矢吹悪びれず「学校時代のあたしのあだ名よ。エレファントのエレ」。おそらく肥満系女子のあだ名としては、最高に愛らしい。この愛らしさと度胸とパワーが津島にあったら、メロドラマ系悲運の女にはならなかったものを。津島の悲運を矢吹は「美人は損ねえ」と笑い飛ばす。
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# by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:29 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(5)

山村總「鹿島灘の女」

 神保町にて。「観光バスの行かない町」特集。59年・東映。
 山村總としても力のこもった傑作である。
 茨城県鹿島灘の魚村民たちが、その内陸部、霞ヶ浦周辺農村に、季節労働の出稼ぎ、稲刈りに行く。これに主人公たちが行く千葉県銚子を含め、もはや根絶した日本の原風景がカラー・ワイドスコープでこれでもかと映し出される、資料的価値は絶大である。それは郷愁を誘う映像というよりは、まるで異国(戦後イタリア映画が強烈にイメージされる)の風景のように見える。ドキュメンタリスト山村の資質であろうか。
 そして、これは交通のメロドラマとして、すばらしい。小さな路線バス、貸し切りバス、汽車、そして水郷の村を網のように張り巡らされた小さな用水路を行く、漕ぎ舟、モーター船、の数々。最後は、主人公たち男女が銚子港沖で、外洋マグロ船と連絡船とに分かれて、交差しあう船のメロドラマとして幕を閉じる。鹿島に帰る連絡船の女は男に気づくが、マグロ船で初の外洋に出る男は興奮していて、ついに連絡船の女には気づかない。しかし、分かれであっても、いずれ男は自分の元に戻ってくるだろうという喜びのなか、女は花の笑顔で男を見送る。交差するメロドラマのなかで、一方の男は女に気づかない、なのに笑顔で男を送り出す女、むっつり顔の男山村總にして、信じられないくらいすばらしいハッピーエンドだ。
 特にすばらしいのは、用水路の水辺で語り合う男女のすぐ脇を漕ぎ舟が通り、舟の中から二人を冷やかす。舟と舟が小さな用水路で交差する一瞬に会話を交わす人々。そのたたずまいを、叙情に走らず描いて見せる楽しさ。すべてのプロ監督も嫉妬するのではないか。
 主役グループで有名なのは新人・江原真二郎くらいか。援農隊はおなじみの面々、花沢徳衛、中村是好、織本順吉、そしていつも家庭婦人の役専門の三宅邦子が珍しく肉体労働に従事する。しかしもともとお上品な奥様らしく、貧血で倒れたりする。やはり松竹の吉川満子、この人は顔が変わって、神保町シアターが配るスタッフ&キャスト表を見るまで気が付かなかった。村の地主・山村總の母に杉村春子。杉村の娘に、ちらりとしか出ないが沢村貞子。この二人が似ていて、子供のころはなかなか二人の違いに気づかなかった。キャラがかぶる二人が共演することはまれで、まして親子役というのは、わが意を得たり。さすが山村總。
 ヒロインをはじめ若い女性たちもいい。特に山村の娘役が、まるで戦後イタリア映画のヒロインみたいに大胆系。
 この集団劇を彩る無名の出演者たちは新劇系が多いのだろうか。それを山村は巧妙にさばいている。
 いつか山村總監督特集もやってもらいたいもの。もちろん佐分利信、望月優子、田中絹代、菅井一郎、斎藤達雄らの監督作も加えて。小津の助監督からはとうとう優れた監督は出なかったが(日活へ行った今村、斎藤武市は別)その俳優陣は実は多士斉々な監督ぞろいなのだ。その際には、山村製作・監督の釣りドキュメンタリーもぜひ発掘してほしいもの。
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# by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:28 | 傑作・快作の森 | Trackback | Comments(0)

川島雄三「昨日と明日の間」鶴田浩二月丘夢路淡島千景進藤英太郎大木実野添ひとみ

 池袋にて。「芸能生活70年 淡島千景の歩み」特集。54年・松竹。
e0178641_12235683.png 未見の川島だ、わーいわーい、と駆けつけたら、本当に未見だった(笑)。
 新文芸坐のチラシに「60年代鈴木清順作品に先駆けたユニークなセットも見所」とあるが、その通り。
 映画館のスクリーンの後ろにある部屋とか、やはり映像の映るスクリーンの前に立つ人物とか、洋風のバーにある畳の小上がりとか、淡島千景が寝起きでホテル風のベッドルームから階下に降りると、しょぼい事務所だったりとか。
 清順の場合、それははっきり異質感を打ち出しているのだが、川島の本作では多少風変わりな趣向というにとどまる。しかし、より清順的なのはセットよりも、東京と大阪と三宮が、それぞれすぐ隣のブロックであるかのように、まったく遠近感を欠いて存在している点だろう。
 メロドラマには時間や物理的距離や心理上の<遠近感>によって生じる齟齬が必要不可欠なのではあるが、意図的にか無意識にか、それらを無効にする清順への、先駆的試みではあるだろう。
 小津、成瀬、渋谷、川島、岩間、清順など、つながらないものを強引につないでしまう<松竹ヘン監の系譜>の一本ともいえる。
 なお、本作がめちゃくちゃ珍品なのは、いろいろテクニックを使ってぱきぱきテンポがいいにもかかわらず、映画全体を通して、実に停滞していることだろう。
 トリッキーな映像とテンポでさくさく進むのに、話は間延びして、退屈。
 その理由は簡単。本作のストーリーは二本立て。一本は、青年実業家鶴田浩二が資本家進藤英太郎の資金協力の元、航空会社を立ち上げる話。もうひとつが進藤の妻、月丘夢路が、鶴田によろめく話。この、よろめき話がドラマに停滞をもたらすもと。くよくよさめざめと、一歩前進二歩後退。よろめきというよりは、よたよた。増村が千羽鶴なら、これは千鳥足。ますますムラムラの増村がもし本作を見たら、あまりの停滞ぶりに憤怒して脳卒中になるレヴェルだ。
 ただ、この月丘のよろめき妻は、おそらく月丘史上最高の美しさを引き出している。よろめき役を得意とする月丘の中でも、堂に入ったよろめきぶり。好青年鶴田にもだえる妻を見て、進藤「何であんな男に惚れるのか、わしにはどうにもわからん」と、本気で不審がるのが笑わせる。「金はないし、自分が作った会社を乗っ取られるやつだぞ!?」というのだが(乗っ取られたのではなく、鶴田は会社を立ち上げるのは好きだが、出来た会社はすぐ手放す創業フェチなのだ! 強欲な進藤には理解のほかの行為だ)。
 なお、これはひそかな内輪受けギャグだと思うが。鶴田の航空会社は、当初多摩川沿いの広大な空き地を飛行場にする計画だったが、結局羽田空港の敷地を借りることに落着する。もし多摩川飛行場ということになれば、実際に多摩川近辺に飛行場のオープンセットをつくる必要がある。そんなことは松竹映画では大作でも許されないことだ。おそらく原作は気宇壮大に多摩川に作る設定だったのだろう(未読のうえでの推測)。羽田なら空港を借りて撮影すれば簡単だ。で、鶴田の部下が聞く「多摩川のほうはどうなりました?」鶴田答えていわく「映画会社が先に買って、撮影所を作った」。本作を最後に松竹を去り、新築なった日活調布撮影所に移籍する、伏線とも思えるギャグと考えるのは考えすぎか。
 これで思い起こすのは、やはり戦前、成瀬が松竹蒲田最後の作品「限りなき舗道」、日守新一の仕事先は自由ヶ丘撮影所だ。これも砧にあるPCL(のち東宝)に移籍する伏線の<ギャグ>とも取れる。ある意味、追い出されるように逃げ出す監督にも松竹は寛容だった、ということだろうか。

 ★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。

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# by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:27 | 珍品・怪作の谷 | Trackback | Comments(2)

川島雄三「明日は月給日」

 神保町にて。「昭和の原風景~太田和彦『シネマ大吟醸』より」特集。
 52年、松竹。
 未見の川島だ、わーいわーい、と駆けつけたら、既見作だった(笑)。以下同文。
 日守新一を家長とする大家族が忙しく出入りする、いかにも川島な快作。ヒモリンの独特なエロキューションがさらに濃厚さを増して、いい塩梅だ(?)。松竹時代の川島は不調であった、というのは、実際に見てみると、丸きりの嘘でもあるという。日本でいかにコメディが評価されないか、のお手本。
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# by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:26 | 傑作・快作の森 | Trackback | Comments(0)

川島雄三「適齢三人娘」

 神保町にて。「昭和の原風景~太田和彦『シネマ大吟醸』より」特集。
 51年、松竹。
 未見の川島だ、わーいわーい、と駆けつけたら、既見作だった(笑)。
ぼくのお粗末な記憶力のせいだが、しかしこのお粗末な記憶力のせいで初見同様楽しめるのだから、災い転じて眼福となる、のはいつもどおり。
 妹・津島恵子向けの見合いの代役に姉・幾島道子。その見合いの相手・細川俊夫は友人・若原雅夫に見合いの代役を頼む。代役同士の見合いは、お互い好印象。津島も若原に偶然出会い好印象。これに若原に一方的にほれている小林トシ子が絡み、さらに小林には若原の助手・大坂志郎が片思い。一方的にほれる猛烈女というのは「昨日と明日の間」の淡島千景も同じ(このタイプを洗練させたのが「貸間あり」の淡島)。忙しい人物の出入り、場の出入りというのが川島の好みみたいだ。
 津島恵子のキュートさが際立つ。斜陽族の津島を取材する、「ローマの休日」のグレゴリー・ペックばりの雑誌記者若原もグッド。
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# by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:25 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

清水宏「母のおもかげ」

 池袋にて。「芸能生活70年 淡島千景の歩み」特集。59年・大映。
 清水宏の遺作。未見の清水宏だ、わーいわーい、と駆けつけたら、すでに見ていた作品だった(笑)。ぼくのお粗末な記憶力のせいだが、しかしこのお粗末な記憶力のせいで初見同様楽しめるのだから、災い転じて眼福となる、のはいつもどおり。
 ああ、いいなあ。戦前の華やかな人気監督も、戦後は不遇のままだった、というのがこれまでの映画史における清水の扱いであるが、実際に見てみると戦後の清水も外れのない佳作ばかりだということがわかる。確かに大ヒットでもないし、目立つわけでもないお決まりのプログラム・ピクチャアの枠内の映画ばかりではあるが、小学生の息子を残して妻に死なれた根上淳が、同じく女の子の連れ子がある淡島千景と、コブツキ同士再婚するという、つつましい物語とは裏腹に(いや、しかし、その物語も誠実に語られる)狭いはずの日本家屋の室内や、給食のまかない場などを、急速に横移動するシーンの鮮やかさ。いくらセットとはいえ、和室の急速横移動なんて、清水のはるかあとの後輩鈴木清順くらいしかそんな酔狂はしないのではないか(違っていたら、ごめん)。清水は縦移動のみ多く語られるが、そういえば戦前作でも華やか鮮やかな横移動も得意だったなあ。
 男の子と、まだ小学生にならない幼い女の子、この二人がめっぽううまくて、泣かせる。さすが子供好きの清水だ。女の子が、わからないなりに大人の会話に、じっと目を注ぐ、その目の注ぎ方が、いかにも子供の立ち位置で。今のように大型船化する前の、ぽんぽん蒸気並みの浅草の水上バスの風情も泣かせる。
 二人の仲人、見明凡太郎と村田知栄子ももちろんいい。

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# by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:24 | しぃみず学園清水宏おぼえ書 | Trackback | Comments(6)

佐藤武「ママの新婚旅行」

 京橋にて。「発掘された映画たち2009」より。
 54年、永和プロ/新東宝・94分
 母山田五十鈴・父山村總のホームドラマ。劣化16ミリプリントからの復刻だが、画面が揺れる揺れる。一こま一こまのデジタル修正ならそうはならないのだが、まあそういう手間をかける映画ではない、ということだろう。その判断は正しい、ありきたりのホームドラマ。ただ、娘サガミチと違って、母五十鈴は、何てことない堅気の主婦役でも違和感がない。子供たちがおこずかいを出し合って、親たちをいけなかった新婚旅行に送り出す。親の片割れが山村總なのはちょっと皮肉。
 ちょっと笑うのは、山村總が三井弘次を連れて釣りに行くところ。山村の釣竿の扱いが極めてユニークで、かつ<決まり過ぎ>。これは、釣りに一家言もち、とうとう釣りに関する映画を製作・監督した山村らしいところで、監督としての手腕も並ではない山村の、釣りドキュメント映画もぜひ探し出してもらって、見てみたいもの。
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# by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:23 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)