豊田四郎「せきれいの曲」有馬稲子轟夕起子山村聡斎藤達雄

 渋谷・映画美学校試写室にて。「Kiss My Stella Dallas Vol.2」上映会。51年、東宝。
 日本映画写真データベースというサブタイトルを持つキネマ写真館★作品詳細「せきれいの曲」日本映画写真のキネマ写真館★には、多数の本作写真が掲載されている。
 同HPによれば「まだ宝塚歌劇団に在籍中だった有馬稲子の実質的な映画デビュー作(東宝専属は1953年から)。このとき彼女は17歳で、先に宝塚から映画界に転身し、大スタアになった轟夕起子との共演作となった」とある。
 下記HPによれば、「スクリーンデビュー間もない有馬稲子」と、ある。「実質的な」「デビュー間もない」と、いささか奥歯に物が挟まったような言い方だが、本作の前にちょい役的に顔を見せた映画があったのだろうか。
 Movie Walkerによれば、本作の四ヶ月前公開の小田基義「宝塚夫人」がデヴュー作のようだ。春日野八千代、月丘夢路、有馬稲子、八千草薫共演の同作も、また、見てみたいもの。

 なお、日本映画のスチール写真を多数展示しているキネマ写真館については、昔から気になっていたのだが、そのうちひまなときに、直接飛べるようにしたいと思っているが。まあ、今も、暇か(笑)。

 完成した大人顔美人の有馬稲子のこと、ついハタチ過ぎて女子高生の役か、と思っていたら、なんと現役(笑)17歳だったのね。彼女の明るい魅力炸裂の本作だが、実は本作には、彼女より、さらにさらに魅力的なヒロインが登場する。

『せきれいの曲』(1951年/東宝/白黒/スタンダード/99分) <映画美学校HPより>
※東京国立近代美術館フィルムセンター所蔵作品
監督:豊田四郎 脚本:水木洋子 撮影:三浦光雄 照明:石川緑郎 美術:北川恵司 音楽:大木正夫
出演:轟夕起子、有馬稲子、山村聡、立花満枝、斎藤達雄(C)TOHO CO.,LTD.
Kiss My Stella Dallas Vol.2 に登場するのは、今年に入ってからもラピュタ阿佐ヶ谷を拠点に『風ふたゝび』、『波影』でチケットをSOLD OUTさせてきた“グルーヴの鬼”こと豊田四郎!!!
1951年に発表された『せきれいの曲』は、水木洋子(Scenario)、三浦光雄(Camera)と錚々たるレジェンズを従えて放った爆走系プリミティブメロドラマ。見る者を震え上がらせる冒頭20分の暴力的な展開を経て、スクリーンデビュー間もない有馬稲子の躍動感と、それを威風堂々と受けて立つ轟夕起子のアルカイック顔面力が激しく火花を散らす!!! さらにクライマックスのコスミックなアンサンブルが映画の時空すらも歪めるとき、あなたは世紀を超えた“ロマンそのもの”に出会うこととなるだろう。
e0178641_1241042.jpg

e0178641_1245517.jpg


 轟夕起子。素晴らしい。彼女の映画を見たなかで、最高の輝きを放つ。その表情のいちいちが、美しい。
 戦前の超ほっそり美少女顔から、戦後は急速におばさん顔でっぷりカンロク豪快ガハハの母系になった彼女の、美しさが、この映画を支配する。その圧倒的な表情の愛らしさ。

 そして、本作の肝は、上記でも触れられてはいる、王道的?な、あるいはプリミティブというか初期外道的(笑)な、あまりに荒々しすぎる音楽が、特に前半に集中して現れているところか。大木正夫という、音楽監督には詳しくないぼくにとっては、はじめて?聞く名前だが、新婚旅行中の轟夕起子、山村聡が比較的静かに諍うシーンに、過激な劇伴を流す。
 過剰に昂揚的なメロドロマチックな音楽であり、それは王道の過剰さでそうなったのか、王道の逸脱なのか。
 メロドラマ音楽の通俗の範囲内で、過剰にバロックに走ったのか、あるいは現代音楽に近づいたのか。
 ぼくには、音楽の素養がないので、なんとも言いようがないのだが、要するに通俗音楽の範囲内で、その過剰さのあまり、なんちゃって現代音楽に通底してしまった、というところだろうか。
 それを平然と流すトヨシロのメロドラマパワー。この過剰な音楽に力負けしていないところは、さすがで。

 轟夕起子演じるヒロインは、不器用な、あまりに不器用な芸術原理主義者。
 山村總との結婚に失敗し、女学校の音楽教師としても「時局」に乗れず、「歌唱勤労隊」としても、特高に目をつけられ、拘禁され、拷問を受ける。
 なお、関係ないが、今「特高」と書いたが、「特高」警察と、「特攻」神風とは、同じ「とっこう」だが、その後の評価は、真逆になった。非常に面白い。
 轟の、その原理主義者振りの「潔さ」は、いささかイラッと、来るものがある、民主党岡田の、あるいは鳩山の、あるいは菅の、あるいは枝野の、なんだか固陋な性格の悪さも、感じる(笑)。
 いや、戦時時局にやむを得ず「同期」「同調」する山村總を評価するのではないが(笑)戦時高揚歌を歌う轟に、酒を飲みながら「愛嬌がない」と批判する斎藤達雄らに、「(あたしは芸術家で)芸者じゃありません」と、公然と言い放つ轟。
 しかし、ぼくの理解では、アーティスト/パフォーマーは、「時には娼婦のよう」に、時には芸者のように、観客に「媚びる」というか「愛嬌を振りまく」のも、また、パフォーマンスの一部だと思う。
 孤高を貫く、というのは、立派だが、しかし、それは、少なくとも「人前に立つ」パフォーマーとしては、いささか、ずれているのでは、ないか。時局に媚びろ、というわけでは毛頭ないが、少なくとも「人前に立つ」パフォーマーとしては、孤高原理主義で、あっては、相矛盾するのでは、ないか。
 同じことは、民主党政治家に多く見られる原理主義者、及びイスラム原理主義者にも、言える。原理主義者は、「人前に立ってはいけない」というのが、ぼくの立場だ。
 洞窟か、閉鎖された密教空間に、とどまりなさい。アーミッシュのように。
 オウムもアーミッシュのようであれば、何の問題も、ないと考える。わかったかね、民主党諸君(笑)。閑話休題。

 話を映画に戻すと、その性格の固陋、芸術原理主義ゆえに、どんどん負のスパイラルに陥る轟。救いは、母に似ぬ、天真爛漫さで人生を泳いでいく娘の有馬。あまりに天真爛漫で、「自分を捨てた」父・山村にも、無邪気だ(実は、固陋な性格から、山村を「捨てた」のは、むしろ母の轟の趣きなのだが)

 冒頭卒業式で有馬稲子が歌う。やや口パク気味。
 そのあとの回想シーンで、轟が歌うと、完全にリップシンクロしているので、口パクでないとわかる。
 轟はその後ピアノを弾くが、自前とわかる。有馬のピアノは、手だけ別人の別撮りと、わかる。
 ここは、17歳の研究生の、限界か。
 なお、時局に乗って、轟を退職に導く新任音楽教師に、南美江。彼女もピアノを実際に弾きつつ、リップシンクロした歌声を披露。あまりに地味なオバサン顔で、その後歌と無縁な地味オバサン脇役に徹した南美江も、確か、少女歌劇の出身と聞く。
 歌う女を、歌わない女として起用し続ける日本映画の、非エンターティメント性は、批判されてしかるべきだろう。
 そういう目で見ると、地味なオバサン?地味なおじさん?たちに、堂々と歌わせた鈴木清順「オペレッタ狸御殿」の、反時代性、非時局迎合性に、改めて目が行く。鈴木清順の独自性。

 さて、あまりに強度の高いトヨシロのメロドラマ作劇。
 感想駄文済みの千葉泰樹「女の鬪ひ(闘い)」49年でも、そうだったが、新郎の元カノが、新婚旅行先のホテルに同宿して、ひと悶着を起こし、新婚夫婦を修復不能においこむ、というのは、何か、元カノもとい元ネタがあるのだろうか。
 無茶な設定なわりに、わりとメロドラマでは、ありがち?
 その後時代が下ると、新婚旅行帯同では、生ぬるい、とばかりに、結婚式場に押しかけ、みなの前で悶着を起こす、という形式?に変わる?メロドラマの流行? いや、よくは知りませんが(笑)。

 ふたたび、さて。
 轟が特高に拘引され、一日ぶりに帰宅すると、自宅は家宅捜査のあまり乱雑に乱れっぱなし。
 拷問にも合った轟は娘の有馬に、「螺鈿の箱を取って頂戴」という。
 美しい化粧箱を即座に枕元に持ってきた有馬は、開けて、父山村から、かつて母に送られた「せきれいの曲」の楽譜を取り出して、感激する。
 この曲を卒業式で有馬が歌い、父、母、娘の、想いは、完結する因縁の曲なのだか。
 オイ、ちょっと、待てぇー(笑)。

 簡単に取り出せる場所にある、美しい化粧箱。しかも、そのなかには時局に合わない、西洋に「媚びた」軟弱な曲の楽譜があり、山村と轟の昔からの因縁をも思わせる楽譜がある。
 こんなのが、なぜ警察の家宅捜査から、逃れられ、押収もされずに、手付かずで、残っているのか(笑)。
 父、母、娘をつなぐ絆となる、因縁の曲だから、むしろ警察の目を逃れたのだ、というメロドラマ主義(笑)。
 ご都合主義と、笑ってはいけぬ。
 映画のみに許される楽天主義、メロドラマ主義というべきだ。

 駄文は、まだまだ続く(笑)。われながら、しつこい(笑)。
 本作では、若き山村が轟に送った名曲「せきれいの曲」と、のちに戦時時局に作った「すめらみ(=天皇)の曲」?が登場する。
 後者を轟は「あなたらしくない、心がこもっていない、小手先だけの曲」と、批判する。
 のだか、しかし、どちらも、映画音楽家が、脚本設定の要請に応じて作った曲に変わりがないので、前者が格別いいとも、後者が格別につまらないとも、音楽音痴のぼくには、わからない(笑)。

 同様なことは、画家が主人公の映画でもいえて、劇中で傑作と称される絵も、凡作と称される絵も、出てきても、まったく判別が難しい(笑)。それもそのはずで、おそらく、傑作も駄作もどちらも、「そういう絵を、よろしく」と発注された、美術部が、描いた、「消えモノ」だからだ。
 傑作そうに見える絵・音楽を作ってね。
 凡作そうに見える絵・音楽を作ってね。
 どちらであっても、作り手のモチベーションは、駄々さがりになるような、制作依頼であろう。
 「本物」であっても、そうだ。
 感想駄文済みの千葉泰樹「裸の重役」で、東野英治郎社長から新築祝いに送られた「武者小路実篤の色紙」。映画キャメラに写された絵は、直筆か、模写模造印刷か、にわかには、判別しがたい。
 東野は「模写複製じゃないよ。直筆だよ」と「保証」するが、映写されたそれは、なんとも真贋判別しがたい(笑)。
 同様なことは、「絶世の美女」に配役された女優が、そう見えないのも、「醜い娘」に配役された女優も、また、そう見えないのも、同様で。
 映画は、メロドラマは、偽者の世界であり、フェイクの世界。
 「本物」は「偽者」と、区別が、つかない。「名曲」と「小手先の曲」の区別が、つかない。
 芹明香のように、どう見てもブスな女優が、美人女優に窯変する「偽りの世界」。
 「偽りの真実」こそが、むしろ「珍重」される映画にあって、偽者と、本物の違いなど、ナニほどのものか。
 それこそが、メロドラマの強度、ないし弱点というべきものだろう。

 なお、本上映チラシのイラストの山村總は、どうみても、山形勲にしか、見えない(笑)。おそらく映画美学校の若い生徒が描いたと思しきこのイラスト、山村と山形の違いなど、とんとご存知がないに違いない。
 これも、偽りの真実を希求するメロドラマ=映画のチラシとしては、やや(ほぼ)正解だったりして(笑)。

 さらに蛇足。
 公爵・斎藤達雄の、軽薄さ。ああ、愛らしい。
 帽子をクロークに渡され、「あ、違う」といったんは言いつつ、「あ、やっぱり僕のだ」という、小芝居はアドリブだろうか(笑)。
 自由な時代に描いた「傑作」と、戦時「時局に迎合した小手先の作曲」が、違いのわからない本作への皮肉だろうか。むろん、そんな事態では、なかったと思うが(笑)。

その家令に御橋公。主人とは正反対の慇懃さが、いかにも御橋公。
 音楽教師の轟をチクチクいぢめる校長に大山健二、慇懃教頭の石黒達也も、ベストコンビ。
 小芝居にかける脇役たちもグッド。

★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。

★新・今、そこにある映画★日本映画・外国映画の、新作感想兄弟ブログ。
★映画流れ者★当ブログへの感想・質問・指導・いちゃ問はこちらへ

★人気ブログランキング・日本映画★
にほんブログ村 映画ブログ 名作・なつかし映画へ
★にほんブログ村・名作なつかし映画★
[PR]

by mukashinoeiga | 2015-04-26 12:33 | 珍品・怪作の谷 | Trackback(4) | Comments(10)

トラックバックURL : https://mukasieiga.exblog.jp/tb/23010784
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Tracked from spain golden.. at 2018-07-17 00:40
タイトル : golden visa spain
豊田四郎「せきれいの曲」有馬稲子轟夕起子山村聡斎藤達雄 : 昔の映画を見ています... more
Tracked from 性病検査はこちら at 2018-07-19 05:30
タイトル : 性病検査はこちら
豊田四郎「せきれいの曲」有馬稲子轟夕起子山村聡斎藤達雄 : 昔の映画を見ています... more
Tracked from 性病検査なら at 2018-07-22 23:33
タイトル : 性病検査の情報
豊田四郎「せきれいの曲」有馬稲子轟夕起子山村聡斎藤達雄 : 昔の映画を見ています... more
Tracked from 性病検査の情報 at 2018-07-26 10:42
タイトル : 性病検査を解説
豊田四郎「せきれいの曲」有馬稲子轟夕起子山村聡斎藤達雄 : 昔の映画を見ています... more
Commented by お邪魔ビンラディン at 2015-04-28 01:15 x
大木正夫というと、山本薩夫や今井正の映画音楽を担当した人という印象が強い方ですね。たしか映画音楽デビュー作は戦前の亀井文夫の「信濃風土記より小林一茶」で、あんまりサヨクがかってないものとしては、市川崑の「こころ」あたりでしょうか。
YouTubeあたりでも、「交響曲第五番ヒロシマ」(佐村河内守ぢゃないよ)とかカンタータ「人間をかえせ」あたりが確認できますが、廉価版のナクソスのCDで出ている大木正夫集は、傑作「日本狂詩曲」に加え、たしか片山杜秀の充実したライナーノーツがついていたはずで、新作の駄作映画1本よりは安上がりなので、なにかのついでの折に買っても損はしないと思います。
Commented by mukashinoeiga at 2015-04-30 02:49
豊田四郎「せきれいの曲」へのコメント、 お邪魔ビンラディンさん、ども。
おお、山本薩夫や今井正系でしたか。そうすると、やたら盛り上げ系な?ワケですな。納得です。
新作の駄作映画1本よりは安上がり、という表現には、おもわず、わらってしまいました。  昔の映画
Commented by sasurai2015 at 2015-05-03 09:48
ここで山村が演じた役は、山田耕筰だと言われています。男は時代に従って流されてしまったと言う。水木洋子の男たちへの批判だと言えるでしょう。
豊田四郎の立場、彼も戦時中に『若き日』のような戦意高揚映画を作っていたことへの思いも感じることができると思います。さらに映画『雁』の、自立しようとしてできない高峰秀子は、何を意味しているのでしょうか。
Commented by mukashinoeiga at 2015-05-03 21:45
豊田四郎「せきれいの曲」へのコメント、sasurai2015さん、ども。
>男は時代に従って流されてしまったと言う。水木洋子の男たちへの批判だと言えるでしょう。

 では、女は「時代に従って流されてしま」わなかったのでしょうか。水木洋子に、「批判」する資格が、あるのでしょうか。
「凡庸は罪」だが、それを誰が「批判」できるのか。

>豊田四郎の立場、彼も戦時中に『若き日』のような戦意高揚映画を作っていたことへの思いも感じることができると思います。

 「時代と寝る」ことから、回避できる方法があるのなら、ぜひぜひ教えてほしいものです。

>さらに映画『雁』の、自立しようとしてできない高峰秀子は、何を意味しているのでしょうか。

 「時代」から「自立しようとしてできない」のに、何か「意味」があるのですか。
 ぜひ「自立しようとしてできない高峰秀子は、何を意味しているの」か、その意味を、教えてほしいものです。
 本作における轟は、悪く言えば空気が読めない、アスペルガー障碍者? あるいは、超性格の悪い「めんどくさい女」。よくいえば「世間」から自立した真の個性派。もちろん、山村總よりは、芸術家に、向いている。本作は「時代と寝る」芸能者と、「時代から屹立する」例外的芸術家を、描いた、まれなドラマ。
 轟が、時代から「取り残される」には、ちゃんと理由があり、そして、それは、「正しい」。そして、不幸だ。
 sasurai2015さん、もっと「寛容」になりましょうよ(笑)。
昔の映画
Commented by sasurai2015 at 2015-05-05 09:37
時代に流される人たちを批難したことはありません。いつも寛容なつもりです。それは神しかできないことです。
しかし、人類発生以来、流れに逆らう人は常にいたわけで、少数の彼らが人間の進化を作りだしてきました。世界は常に進歩しており、その証拠にソ連は崩壊し、アメリカでは黒人大統領が誕生しました。
映画『雁』の高峰秀子の淡い恋には、直前の東宝争議で、一時的に撮影所を支配したかに見えたが、すぐに鎮圧されたことが反映されているように見えます。
黒澤明もそうでしたが、豊田四郎も、組合支持派でしたから。
Commented by mukashinoeiga at 2015-05-05 20:53
豊田四郎「せきれいの曲」へのコメント、sasurai2015さん、ども。
>時代に流される人たちを批難したことはありません。

 まずsasurai2015さんは「男は時代に従って流されてしまったと言う。水木洋子の男たちへの批判だと言えるでしょう」と。→それに対し、ぼくが「水木洋子に、「批判」する資格が、あるのでしょうか」と。→それに対し「時代に流される人たちを批難したことはありません」と。
 ぼくは「水木洋子が批判した」と「いうのであれば」、そういう資格が彼女にあるのか、と書きましたが、なぜかsasurai2015さんは「自分が非難した」と、ぼくに言われた、と「誤解」なすってますね。しかも「批判」という言葉から一段格上げ?した「非難」という言葉に変更。二重に言葉のすり替えではないですか。

>しかし、人類発生以来、流れに逆らう人は常にいたわけで、少数の彼らが人間の進化を作りだしてきました。

 しかし同時にそういった人たちが「人類の退歩」も促してきた事実も、認めなければなりません。
>世界は常に進歩しており、その証拠にソ連は崩壊し、アメリカでは黒人大統領が誕生しました。

 しかし同時に、イスラム国やボコハラムなどの「中世回帰志向」はますます強度を増し、アメリカでは白人警察官により黒人が不当に殺され続けています。

>映画『雁』の高峰秀子の淡い恋には、直前の東宝争議で、一時的に撮影所を支配したかに見えたが、すぐに鎮圧されたことが反映されているように見えます。

 「淡い恋」と組合争議にいったいどんな関連性があり、「雁」に、いったいどんな組合運動の反映があるのか、ゼヒ具体的にお聞かせくださるよう、強く強く強く求めます。 昔の映画
Commented by mukashinoeiga at 2015-05-05 21:11
豊田四郎「せきれいの曲」へのコメント、sasurai2015さん、ども。追記です。

>世界は常に進歩しており、その証拠にソ連は崩壊し

たしかにソ連は崩壊しましたが、プーチンのロシアは、いまだに社会主義で帝国主義で軍国主義で、かつての夢を後追いしているではありませんか。より強化しているといっていい。
 同様なのは中国も。
 まったくサヨク共産党のやつらは。そう、お思いになりませんか(笑)。 昔の映画
Commented by sasurai2015 at 2015-05-05 23:19
私の頭が悪いせいか、書かれている意味が良く分かりませんので、これ以上コメントしません。

ただ、一つだけ、皆さんが大好きな明治維新でも、時代は相当にジグザグだったではないですか。
歴史は常にそうしたもので、個々の事象を捉えても意味はありません。
要は、中長期的に言えばです。
Commented by mukashinoeiga at 2015-05-06 02:50
豊田四郎「せきれいの曲」へのコメント、sasurai2015さん、ども。
>私の頭が悪いせいか、書かれている意味が良く分かりませんので、これ以上コメントしません。

 何か、相当「誤解」があるようなので、私のコメントは「必要以上」に明快に書いたつもりです。意味不明のコメントをしているのは、むしろsasurai2015さんのほうなので、これ以上のコメントを控えるというのは、賢明なお考えと存じます。

>ただ、一つだけ、皆さんが大好きな明治維新でも

 ほら、また、何の関係もない明治維新が、唐突にでてくる。

>歴史は常にそうしたもので、個々の事象を捉えても意味はありません。要は、中長期的に言えばです。

 こんな意味不明な文を読まされるのは、相当な「苦痛」であることは、ゼヒ御理解いただきたいものです。 昔の映画
Commented by mukashinoeiga at 2015-05-06 04:43
言わずもがなの訂正。
「非難」と「批難」を誤変換してしまいました。失礼しました。
名前
URL
削除用パスワード