久松静児「怒りの孤島」二木てるみ織田政雄岸旗江稲葉義男岸輝子御橋公左卜全原保美
新橋東京シネセンターTCC試写室にて。「シネマ△トライアングル上映会」。58年、日映、配給松竹。16ミリ上映。
少年俳優たちの最高度のパフォーマンスと、緊密な構成・演出が素晴らしい傑作。
少年ながら遠藤憲一似の、いや遠藤以上の怪=快なるマスクの鈴木一夫、対するに甘いマスクの少年、金網の箱に閉じ込められて餓死する少年、耳の遠い少年、皆々素晴らしく、これらの素人少年に、これだけの演技をさせたのは、久松静児一代の傑作と言っても、いい足りないほど。
そしてもちろん久松静児「警察日記」で注目された、幼女俳優・二木てるみ。あの年で、立派に<主演女優>のオーラ。素晴らしすぎる。
ただし彼女の場合、はたちを超えると、そのオーラは消えてしまうのだが。
1958年 日映株式会社製作 松竹配給 <シネマ△トライアングルHPより>カラー 日映スコープ (16mm上映)
製作:曽我正史 監督:久松静児 原作/脚本:水木洋子 撮影:木塚誠一
音楽:芥川也寸志 美術:平川透徹 録音:安恵重遠 照明:平田光治
出演:鈴木和夫/手塚茂夫/土屋靖雄/佐藤紘/織田正雄/岸旗江/二木てるみ/中村栄二/稲葉義男/岸輝子/御橋公/左卜全/原保美
瀬戸内海に浮かぶ孤島「愛島」、この島は鯛の一本釣りをする漁師の親方によって支配されている。漁の折り、船の操舵を担うのは舵子といわれる少年たちで、彼らは過酷な労働と虐待に暗い日々を送っていた。少年たちは、激しい労働に耐えられずついに島を脱出しようと計画する....。
戦後間もない頃、瀬戸内の孤島で実際に起きた事件に材を採ったこの作品は、封切り当時には大きな反響を呼び、文部省推薦作として各地の学校でも上映され、多くの人に感銘を与えながらも、製作した日映が僅か二作品を製作しただけで解散してしまうなど諸事情でその後劇場で再映されることもなく今日に至り、また、今後ソフト化等も望めない作品として、幻の映画となっていたもの。
シネマ△トライアングルでは4年半前、2010年4月に脚本家水木洋子生誕百年記念としてこの作品を発掘上映、お陰様で大変な好評を頂き、また、上映終了後も多数の方々から再上映を望むリクエストを頂きました。
シネマ△トライアングルとしましても早々にリクエストにお応えすべく再上映の企画を予定しておりましたが、フィルムレンタル会社が前回の上映の後、プリントを処分してしまったという驚くべき事実が判明、やむなく再上映を断念せざるを得ませんでした。
しかし、その後も探求を続けていたところ、今回遂に別の16mmプリントの所在が突き止めました。
今回のプリントも前回同様経年のため退色が進んでおり、傷みもかなりありますが、原版の所在も不明な貴重な作品、是非この機会をお見逃しなく!(引用終わり)
かくもパワフルなパフォーマンスが、製作会社が弱小、かつ消滅してしまったことで、歴史の闇に消えていく。まことに残念。
なお、今回上映のプリントは、16ミリ・フィルムレンタル会社から、廃棄寸前のものを、文字通り捨て値で買った、渋谷シネマヴェーラが、修復作業をおこなったものだという。しかし、いくら修復しても限度があり、おそらくシネマヴェーラ自体での有料上映は断念、その上でシネマ△トライアングルの上映会に提供したものだと思う。
一私企業の、こういう貢献をうれしく思う。ありがたい。
なおシネマ△トライアングルには、日映のもう一作、佐分利信「悪徳」も、ぜひ発掘してほしいものだ。伏してお願いするね、シモケンさん!
とはいえ、今回上映プリントは劣悪の一語(笑)。退色したカラー映画ほど、目に悪いものはない(笑)。しかも今回のプリントは、その最悪クラス。カラー退色し、赤色一色になっている。確実に目に悪いプリントで(笑)。
しかし、欠落は、おそらく、ほとんどない。大切に上映され、しかもある時期以降ほとんど需要がないゆえ残ったものかと。
さて、ここでようやく映画の中身に言及せねばならない(笑)。
まず、本作は実話の映画化とされる。
貧しい愛島の漁民たちは、広島の漁民に搾取されている。広島漁民は、愛島沖に出張ってきて、ダイナマイトでドカンドカン、魚を大量に瞬殺して収穫する。文字通りのブロックバスター級。
これには、愛島漁民の、一本釣りシステムは、まるで無力。超ローテク。
で、愛島漁民は「徳川以来三百年の伝統」で、人買いから3000円(で10年間無給)の「舵子」少年たちを買って、酷使、虐待、奴隷として、搾取する。
流れが急な愛島沖で、一箇所にとどまる一本釣り。少年たちは「船を進める」ためではなく、「船を流されないよう一箇所にとどまる」ために、朝から晩まで舟をこぐ。
まさに「賽の河原の石積み」クラスの、哲学的苦行というべきか。
貧しいものがさらに貧しいものを奴隷として扱う。漁民の子らは、こうして買われた奴隷である少年たちに、石を投げて罵倒しつつ、小学校に通う。
島全体の悪事が、ばれて、警察や役人が乗り込んでくる。
虐待、殺人、違法労働強制のゆえに、島民が裁かれていく。
貧しいがゆえの違法行為を、本土の上から目線の役人たちが、裁いていく。労働基準局・原保美の、つるりとした顔のご清潔感が、貧しい漁民たちを、「善導」しようとする。
島から逃げ帰ってきた少年を、これまた貧しい「おじさん」(血縁でもなんでもない)左卜全は、諭す。一所懸命がんばるのだ、いくらきつい仕事だからといって、逃げてくるような軟弱者ではイカン。
あまりにひどい奴隷労働を強いられているとは気づかない、それなりにいい「おじさん」なのだが、島に帰してしまう。善意ゆえに、少年に、犠牲を強いる。
行き場のない少年は島に戻り、一所懸命やりますから、また、いさせてくださいと頭を下げるのだが、警察役所に乗り込まれて、全漁民取調べの最中、「舵子」には、もうこりごりだ。
「帰れ、出て行け」と罵倒されても、その間の事情に疎い少年は、ただただ土下座して置いてください、と言うしかない。
事情が急激に変化している(しかも、本土にこの島の惨状が知られたのは、自分たちが脱走したため)、その情報に疎いために、迷走する悲劇。
本土の役人たちは、「これからは、お前たちも小学校、中学校に通いつつ、月給も得て、労働できるのだ」と言うが、貧しい漁民に、そんなことが出来るはずもなく、だいいち小学校はあるのだが(赴任してきた良心派インテリ教師に織田政雄、グッド)こんな貧島に中学があるのか。
本土や別の大きな隣島にしかないのではないか。そこに通学してまで、島で労働が出来るのか。
だいいち、漁民の子ですら、中学に進学するものが幾人いると言うのだ。
何とかハッピーエンドに持っていくための苦し紛れの戯言としか、思えない。
確かに漁民たちの行為は、虐待、殺人、違法労働強制以外の何者でもない。
しかし、この島には、電気もラジオもなく、満足に白い米も食べられない僻地だ。
それを水木洋子は、NHKラジオでドラマ化。その「好評」を受け、当時最大の情報産業でもあった映画に。
日本の片隅で、このような違法行為がある、それでいいのか、と世に知らしめることは確かに、必要であり、大切ではあろう。しかし、三日に一度の郵便船が、「メディア」のすべてであるこの島に、当時最大のメディア、ラジオ、映画、新聞が、一斉に襲い掛かってきた、一種の「メディア・スクラム」であったのも、紛れもない事実では、あろう。しかも、役所、警察、労働基準局とともに、いっせいに。
シネマ△トライアングルHPには、この件で島民が逆差別を受ける事態にもなった、と書いてあるが、それはそうだろう。
と、60年以上経った平和なこんにち、メディアにも島民にも、ともに上から目線で「感想駄文」するぼくも、いったい何様(笑)。
ついでだから、何様の「感想駄文」を続ける。
当駄文冒頭で、本作を傑作と、書いた。緊密な脚本と演出が、多彩な人間たちと事件を、重層的に描いていく。
まぎれもなくそうなのだが、同時に、緊密であればあるほど、重層的であればあるほど、映画はだんだん知的に、なって行くのね(笑)。
観客(ぼく)は、多重的多層的な「人間ドラマ」の「キャラクターの出し入れ」に「酩酊」して、画面を、見つめていくようになる。あの最悪の上映プリントの赤一色を(笑)目薬差しつつ見つめていく(笑)。
確かにドラマは極上。しかし、願わくは、そういう状態は、純粋なフィクションで、やっていただきたかった、と罪悪感にも、かられる。
漁民たちは加害者であり、被害者でもある。貧しさゆえの、どうにも行き場のない犯罪実話の映画化を、極上のエンターティンメントにしていいのか、と言う罪悪感。
そして水木洋子は、久松静児は、ある意味しかたがないことだが、「上から目線の知的ドラマ」にすら、いくつかの「お涙頂戴」の別れの場面を入れる。「知的ドラマ」に「痴」(=情)を輸血しても、泣けないんだよね、こりゃ。「涙を流して浄化する」には、逆に、重層的ドラマが、邪魔になった。そういうことだ。
★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。
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by mukashinoeiga | 2014-11-25 06:11 | 面白メロドラ日記 久松静児 | Comments(0)

