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中川信夫「虞美人草」

 京橋にて。「よみがえる日本映画-映画保存のための特別事業費によるvol.6東宝篇」特集。41年、東宝東京。
 素晴らしい。
 夏目漱石原作を、品のいい青春恋愛映画の佳作に仕立てた中川信夫らしい端正さが、見事に現れている。
 鑑賞後、ネットで二三のブログを見たが、意外と評価は低い。ぼくの映画の見方は、やはり、おかしいのか(笑)。
 なかには、B級怪談映画の中川には、文豪原作の文芸映画は、荷が重すぎた、というような意見があったが、いやいや、初期中川信夫文芸映画のなかでも、本作は、突出して、すばらしいと感じたは、やはりぼくの映画を見る目のなさかしらん(笑)。
 しかし、感想駄文済みの野村芳太郎「素敵な今晩わ」、森一生「ほんだら捕物帖」も、ぼくは楽しかったが、ネットであたった感想は、否定的なほうだった。お邪魔ビンラディンさんの高評価が、ぼくにはうれしかった(泣)。
 おそらく、品のいい、低刺激な、端正な映画は、今の人たちの好みに合わないのだろう。そう思うことにした。

 さて、本作を見始めたら、初見なのに、なんとストーリーや登場人物に既視感ありまくり。
 それもそのはず、今年5月の渋谷シネマヴェーラでの溝口特集で、見たばかりの溝口健二「虞美人草」(35年、第一映画)の6年後のリメイク。 当然同じ原作、同じ話。
 そして、この溝口版に対しては、当ブログの感想を、一切書いていない。自分の見た映画は、なるべく百パー目指して感想駄文するつもりではいるのだが、溝口版は、なんとも、感想を書く気にならなかった。何のフックも、感じなかったからだ。
◎注◎自分の見た映画は、なるべく百パー目指して感想駄文するつもりではいるのだが・・・・とは、言うものの、新作の邦画・洋画に関しては、それ専門の「新・今、そこにある映画」というブログを作っておきながら、見た映画の十本中一本くらいしか、感想を書いていない(笑)。駄目ですねー。

 ぼくにとっての溝口映画は、尊敬すれど、愛せない。どの映画を見ても、端正であり、長まわし・クレーン撮影など、素晴らしいし、 「雨月物語」の霧の湖水描写もすばらしいのだが、愛せない。
 溝口映画は、ぼくの心に何の情動も、喚起しない。ぼくは、溝口映画に関しては、不感症なのだ
 溝口の名作とされるどの映画を見ても見ても、いや不感症なのは、ぼくのほうじゃない。溝口こそ、冷感症なのだ、という映画ばかりなのだ(もちろん少数の例外はありますが)。やはりぼくの映画を見る目のなさかしらん(笑)。

 本作中川版は、映画版自体も素晴らしいし、キャストも充実。言うまでもないことだが、溝口版に、圧勝。
 哲学者・高田稔(その妹に霧立のぼる=霧立ち登る、宝塚女優らしい駄洒落芸名、大地真央=抱いちまお、黒木瞳=黒き瞳、有馬稲子=有馬のいい猫=有馬猫騒動の猫は怖い猫だったけど、こっちは、いい猫よ)、
 外交官試験浪人・江川宇禮雄(その妹に、超絶キュートな花柳小菊)、
 銀時計の秀才にして、博士論文執筆中の北沢彪(その許婚に花井蘭子)。皆々素晴らしい適役ぶり。ナイス。
 そして、博覧会の圧倒的大セット。大群衆。ああ、いいなあ。
 実際に「明治」を、身をもって体験しているスタッフたちが、昭和の御世に再現した、映画的明治の楽しさ。
 博覧会(いかにも開国期明治らしい西洋「風」イヴェント)、なぜか人の口の端に上るのが「台湾館」一番人気だ。
 大学卒業後、二年しても何の職業にもつかない書斎人・高田稔、その友人で外交官試験に落ちて一浪中のお気楽江川、成績一番で大学を卒業して、その記念品の銀時計をもらって博士論文執筆中の北沢、
それらに感化された妹たち、霧立のぼる、花柳小菊らの、インテリ男女による恋愛・結婚談義、人生談義を、品よく清潔に描いていく中川信夫版を見た後で、溝口版を回顧すると、職人・溝口が、これらの青年男女の知的会話に、まるきり乗れなかった、興味も理解もなかったのが、よくわかる。
 だから、一向に興味が湧かなかったろう知的会話は考慮せず、ひたすらそのメロドラマ展開を性急に追っていたのも、あるいは、やむをえない。インテリ同士の知的会話なんて、そうでない溝口には、何の感興もないことだったろう。
 中川版ストーリーのキモが、メロドラマ展開にあるわけではなく、その知的会話の応酬にあることは、明らか。そういう意味で、溝口版が、よくわからない、味も素っ気もないメロドラマに堕していたのに比べ、中川版の知的明朗さ、その映画的楽しさに満ちていることは、見ていて明らか。ホントに、楽しい。
 原作と違って、主役男性の中でもっともいい加減な「外交官浪人生」を主役に、主役女性の中でもっとも古風な日本女性(昔の教養はあるが西洋的近代知は、ほとんどない)を主役に、「改変」した溝口健二の、わかり安すぎるホンネ。原作とは真逆な、インテリ忌避。
 ミゾケン、わかりやす過ぎるぞ(笑)。
 しかし、そういうインテリ談義とは別に、本作の花柳小菊愛らしすぎ、花井蘭子可憐過ぎ、ちょい悪役な霧立も、西洋のお人形さんみたい、女優は、全員絶美。高田、江川、北沢、彼ら共通の友人・嵯峨善兵も、みなグッド。
 オトナシメの箱入り娘と思われた、花柳小菊が、ラスト、高田・霧立兄妹の母・伊藤智子に、大逆転の自己主張、ちょっとキャラが違う気もしたが、かわいいので許す
 花井蘭子の父・勝見庸太郎が、いつものガハハ系と違う静かな演技。この端正さも中川ならではか。
 中川信夫の代表作、その一本だ。

★日本映画データベース/溝口版虞美人草★

★日本映画データベース/中川版虞美人草★

溝口健二 - 虞美人草/Kenji Mizoguchi - Poppy(1935)

 参考までに。なお、記憶によれば渋谷上映版は、こんなに雨が大降りの、薄汚い映像ではなかったような?

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by mukashinoeiga | 2013-11-15 02:05 | 傑作・快作の森 | Comments(2)

Commented by お邪魔ビンラディン at 2013-11-17 02:18 x

 中川信夫の「虞美人草」は、公開当時、当時東大を卒業した前後ぐらいの福永武彦が、かなり辛辣な批評を寄せています。 うろ覚えで書くと、漱石の文学の映画化にしては、ダイジェストとして表面をさらりと流しただけであって、とくに霧立のぼるの演技がどうにもよろしくないといった内容であったように思います。(記憶の中で歪曲されているかもしれません。)
 しかし、思うに福永武彦という人、文学や絵画はよく分かった人であったけれども、音楽や映画をよく分かった人ではなかった。原作と個々の役者の演技との乖離の方にばかり気を取られて、映画それ自体の評価としてではなく、評点が辛くなってしまった。ネット上の低評価も、それと同じパターンを踏襲しているのではないか知らん?
 戦後に撮った「夏目漱石の三四郎」は、中川信夫崇拝者の川部修詩による評価はあまり高くないけれど(明治という時代の雰囲気がうまく再現できていないというのがその理由)、小生には両方とも好きな映画で、数年に一度は繰り返してみる機会があればいいなと思う作品です。
Commented by mukashinoeiga at 2013-11-17 08:54
中川信夫「虞美人草」へのコメント、お邪魔ビンラディン さん、ども。まあ、原作の映画化で、ダイジェスト批判は、どの映画にもついて回りますからね。
 霧立のぼるも、映画の単純化のなかで、悪役な部分が強調されたのも、欠点といえばそうでしょう。しかし、そういうカキンも含みつつ、実によく出来ていたし、面白かったですね。
 だいぶ前に見た「三四郎」もよかった記憶があり。やはり中川信夫の文芸モノはいいなあ。          昔の映画
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