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山田洋次「東京家族」について2

★この駄文の前文★
 というわけで、山田版「東京家族」では、当ブログで問題にした、「東京物語」突っ込みどころも、本当にきれいに、解消させている。
 で、さらにいえば、小津「東京物語」の聖女・原節子を、前半と後半で、ふたりの人物に分けたのが、「東京家族」最大の、「工夫」だろう。
 前半パートでは、「東京物語」不在の二男・昌二を、山田洋次風にカスタマイズした次男・昌次として、登場させ、紀子=ハラセツの代役としている。
 後半パートでは、昌次(妻夫木)と紀子(蒼井優)のカップルふたりがかりで、「東京物語」紀子(ハラセツ)の代役。
 しかも昌次(妻夫木)には、部分的に「東京物語」三男(大坂志郎)と次女(香川京子)の役割も担わせている。
 さらにいえば、香川的役割を、隣に住む女子中学生と、その母親にも、担わせ、物語に含みを持たせる。
 名作の脚色として、これは、完璧な素晴らしさと、いえる。

 なぜ、こんな複雑な再構成が必要かというと、理由は2点あると思う。
1 現代を生きる女優に、「東京物語」原節子の「聖女」ぶりは、はっきり言って再現不可。
 「ふがいない長男」(山村聡→西村雅彦)「ガラッパチな長女」(杉村春子→中島朋子)優しい夫(中村伸郎→林家正蔵)優しい家庭婦人(三宅邦子→夏川結衣)は、現在でも、リアリティを持って描けるが、「聖女」原節子だけは、再現不可能。
 あれは、あの時代の、原節子と小津安二郎のコラボが生んだ、「奇跡」なのだから。
 ハラセツ的役割に、蒼井優を持ってきた。これを最初に聞いたとき、うーん、山田洋次慧眼と、うなったものだ。ベストではないものの(そんなもの、現代女優では、いない。当時だって、原節子しかいなかったのだし)次善の選択として、原節子とはぜんぜんキャラが違う、蒼井優を持ってきたのは、すばらしい。
 しかし、その蒼井優だって、全編出ずっぱりでは、「めっきがはげてしまう」のは必然。そういう時代なんだから。だから、ためにためて、後半まで、出さない。これは、正しい。

2 山田洋次としては、映画には、やはり「ずっこけオトコ」は、ほしいところ。寅さんとまでは言わないが、少々は「はみ出し男」がほしい。
 「東京物語」で言えば、大坂志郎がそれに近いが、しかし、妙に感慨にふける大坂志郎では、山田洋次のお眼鏡違い。山田的ずっこけオトコには、程遠い。小津さんも、突貫小僧などで、ずいぶん飛ばしてるではないか。
 ということで「山田洋次映画」には欠かせない、ずっこけオトコでもって、「聖女」原節子を代行させよう、という決断を、おそらくにんまりしつつ、思いついたはずだ山田洋次(笑)。
 「聖女」へのかなわぬ恋心(現代の映画では、とうてい原節子を再現できないという絶対的失恋)、現代に生きる映画作家である俺は、永遠に原節子に小津安二郎に、失恋し続けなければならないのだ、という断念。で、ある、ならば、「聖女」の役割を、「永遠の失恋男」=寅さんの、現代青年版、ただしイケメン妻夫木に代行させる。いかにも山田洋次的で、しかも素晴らしい。

 そういう「東京物語」にはない、新しいキャラを創造するとき、「まだ、戦争から帰ってこない/帰ってこれない不在の二男」という「遊休施設」その再活性化とは、にくいことを思いついたものだ。「原節子の不在の夫」に「原節子の役割」を負担させる。すばらしい。

 さて、前文で触れた、「東京物語」の突っ込みどころ
 あんなにやさしい、まるで「生き神様」(笑)みたいな美老人・笠智衆は、なぜ子供たちに、嫌われているのか、特に、なぜ長女・杉村春子は、激しくきつく笠智衆を罵倒するのか。
 さらに言えば、山村聡を激しく罵倒する中学生息子の怒りの強度。なじみの常連客・東野を、その友人の前で罵倒する居酒屋おかみ・桜むつ子の、しゃれや冗談でない執拗さ。どう見ても、接客業の規律から、完全に逸脱している。
 小津映画は、一般的には「静かな退屈な(低刺激の)ドラマ」といわれるが、登場人物が、いったん怒り出すと、しゃれや冗談でない強度の怒髪となる、いつでもそうだ。喜怒哀楽のほかの部分では、さまざまなグラデーションを穏やかに描写する小津映画が、こと「怒」に関しては、常にマックスに振り切った「一本調子」。
 「戸田家の兄妹」の佐分利信、「秋刀魚の味」の岩下志麻、「早春」の淡島千景、「東京物語」「お早よう」の子供たち。
いつも小津映画をみるたびに思う。不思議なことだと思う。
 それを、「東京物語」の一般評、「親を粗略に扱う子供たちの不人情」「世の無常」と、安易に言い切ってしまうのは、いつもぼくにとっては、不自然だった。
 で、そういう「東京物語」の不自然、説明不足を、すべて丁寧かつ合理的に解消したのが、「東京家族」の脚色だろう。
 この脚本は、何度も言うように、素晴らしい。
 だが、結果として出来た映画「東京家族」は。
 丁寧かつ合理的な説明が、映画に豊穣をもたらすかというと、そうでもないのね(笑)。
 むしろ潔いまでに説明省略、不自然、非合理のきわみの小津映画が、光り輝くのは、なぜか。
 結果的に、「東京物語」を秀才が頭でお勉強して、リクリエートしてしまいましたの、図。
 しかし、山田洋次は、よく「負け戦」を戦った。それは、ほめて、あげたい。
 俳優については、蒼井優、夏川結衣、妻夫木、吉行和子はグッド。西村雅彦、中島朋子、橋爪功は、「ちょいと」微妙。「わが母の記」の出演陣に、見劣りする。 

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by mukashinoeiga | 2013-02-05 10:47 | 小津安二郎映画の正体小津漬の味 | Trackback | Comments(2)

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Commented by サセレシア at 2014-07-09 13:56 x
「ちょいと」...この言葉がなんかいいですよね。
いつのころからか姿を消していきましたが(東京の下町ではまだ生きているかわかりませんが)。
少なくともネイティブに(意識せずに)このセリフが出て来る人ってもうほとんどいらっしゃらないのでは無いでしょうか。
私も初めてこの言葉を受けた時は妙に嬉しかったです。

昔ピンクレディーの歌に「ちょいとお兄さん馴れ馴れしいわ」という歌詞があったのですが、あの当時「今の娘が言うわきゃねーだろ」と勝手に思っていましたが、そのミスマッチ感を阿久悠は狙っていたんだろうなーと思ったのは随分時代が経ってからでした。

淡島さんあたりに言われたらもう思い残す事はありません(笑)。
Commented by mukashinoeiga at 2014-07-09 20:56
山田洋次「東京家族」について2へのコメント、サセレシアさん、ども。
「ちょいと」...たぶん、完全に消えましたね。「お兄さん」は、まだクラシカルな女性(笑)が、まれに使うようで。
 「お姉さん」のほうが使用頻度は高いかな。
淡島さんあたりに「ちょいと」、いいですねえ。色気抜きなら杉村春子かな。思い残す事がないかどうかはわかりませんが、日本酒が進みますね(笑)。   昔の映画
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