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安達伸生「火山脈」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。50年、大映京都。
 チャラ男な森雅之主演の野口英世偉人伝というから、そのデキを危惧?しだが、あんがいまともな扱いで、これはこれで快作ではないか。
 映像の一部に、奇妙な遊びというべき斬新さ(森雅之がドイツ語を暗誦しながら逍遥する、その森を写したキャメラが不思議に上下する、この当時の映画ではあまりお目にかかれないような)もあり、それ以外の全体の撮影も躍動感あり。制作年度を少々逸脱したかのような、フレッシュな青春映画としても、素晴らしい。
 野口英世の伝記としても、ぼくたちが教えられた偉人伝・野口と、違和感がない。あるいは、劇作家の北條秀司の原作・脚色ということだが、逆にこの原作こそが、野口英世の偉人伝的パブリック・イメージを作り上げたものかも知れない?
 ある人物の伝記が、世間公認のパプリック・イメージを持つためには、どの時点かで、だれかが年表的事実とゴシップの類を<編集>(いわゆる、講談師、見てきたような嘘をいい、だ)しなければならない。それが成功すると、<誰もが知っている人物の、誰もが知っているエピソードの連なり>が、公認される。野口英世のそれが、北條の戯曲なのか、本映画なのか、それとも別のものなのか。面白い。

 子役が演じる、少年時代の野口は、きりりと目力あふれる、向上心・向学心に燃えた、明るい好少年(?)。ところが、思春期/青年期とて、森雅之が演じるようになると、とたんに軽佻浮薄な若者に変貌(笑)。女学生を見ては、ニヤニヤ、明治の描写といえば定番の、牛ナベ屋での馬鹿騒ぎ。で。もちろん明治期の女学生は「ハイカラさんが通る」のようなはかまスタイル。
 いつも、憂いを秘めた後期青年やら、哀愁の中年を演じることの多いモリマが、かくはしゃぎまわる好青年を演じているのは、珍しい。そして、その若さゆえのはしゃぎっぷりにも違和感なく、いかにも、ナウな明治期ヤングを好演する。すばらしい。
 もっとも、モリマの親友書生が、当時のベストセラー、坪内逍遥「当世書生気質」を愛読する、宇野重吉とは。ウノジュウ、どう見ても書生さんには、見えんぞ。
 ちなみに好青年とはいうが、好少年、好中年、好老年という言葉は、ない。いかにも、恋愛対象期が青年期に限られるかの、言葉の選択というべきか。
 さして裕福でもないのに、トコトン野口英世を金銭的にも精神的にも援助する、血脇守之助夫妻を誠実に演じた、笠智衆&小夜福子も、絶品。青年期の森、そして笠&小夜の、代表作とも、いうべきで。このふたりの誠実さ演技の、素晴らしさ。
 後半のアメリカでの研究生活は、いささか、はしょり気味の駆け足だが(まあ、現地ロケもできないせいだろうが)全体はグッド。
 ただし、<母もの映画>で鳴らした大映としては、最後にはオハコの泣かせで盛り上げたかったろうが、母・田村秋子も、子・森雅之も、演出も、いまいちクールで、三益愛子とは行かなかった。

 なお、最後の京都旅行シークエンスになると、ピントが甘くなり、画面がぼけて、最後まで修正されず。一時期のフィルムセンターは、映写技師の質が悪く、ピント甘甘の時代があった、それは改善され、ここしばらくは、ぼくが見ている限り、悪質映写はなかった。今回はニュープリということで油断したのか、原版自体がぼけていたのか、いや、映写が、ニュープリということで、つい油断したんだと思うが。
 とにかく、はしゃぐ青年モリマが新鮮。新しい面を見た感じで。実際は、かなり年がいってたはずだが、さすが。この映画の森、笠、小夜、田村秋子、河野秋武、みんないい。
◎追記◎アメリカ留学に際して、血脇(笠)は忠告する。「野口君、君には大いなる才能がある。しかし、欠点も多い。君はずうずうしい。他人に(金銭面で)甘えすぎる。このクセは、アメリカに行ったら、直さねばいかん」
 しかし、ずうずうしさは、アメリカに行けば、ふつうである。だから、野口は、アメリカで成功し、アメリカ人の妻・同僚ともうまくやっている。アメリカや中国の、これがグローバル・スタンダードである。
 またもや(笑)與那覇潤「中国化する日本/日中「文明の衝突」一千年史」を引用すれば、分をわきまえよ、出る杭になるなという笠は「江戸時代化」された発想しかできず、一方どんな手を使っても(自己責任の自由経済)とにかく出世してやるんだという野口は、「西洋化(実は中国化でもある)された明治」の象徴である。
 江戸時代であってみれば、貧農小作人の子は生涯小作人、そこを努力と才能と天性の借金能力で、ノーベル賞候補にまで上り詰めるのは、「中国化された明治」、中国・宋の地代に開発され、やがて西洋にも普及した、グローバル・スタンダード(脱身分制の、自己責任の自由競争社会)の申し子・野口英世。
 野口(森)は、女学校出身で、女医を目指すみね子(日高澄子)に恋している。日高は、「あなたは世界に羽ばたく、大きいお方。わたしがあなたと結婚すれば、あなたの邪魔になるでしょう。わたしは、わたしにふさわしい、平凡な男と結婚を決めました」と、森をフる。
 分をわきまえる、身分相応という発想。まさしく江戸時代的発想。「江戸時代化」された日高が「中国化された明治」森を、フッタのである。
 そして、野口のアメリカ留学のために、高利貸しから500円もの大金を借金し(何せ明治時代の500円だから、今の時価にしたら?)、毎月返財しなければならない血脇(笠)、本人は野口を好きでやっているのだが、いわば赤の他人(精神的養子? 同胞?)に莫大な金を貸し(返ってくる見込みは、ない)、しかもそれは高利貸しからの借金である。
 「江戸時代化」された心性しか持たぬ笠は、「中国化された明治」=グローバル・スタンダードの野口に、多少の苦言と、大いなる微笑みをもって、自己犠牲的大金を払う。
 まるで、中国やアメリカにいいように金をむしりとられ続けている日本みたいではないか(笑)。「江戸時代化」された日本=笠は、「中国化/西洋化された明治」野口に、いいように金を吸い取られ、しかも、それが、とってもうれしいことなのだ。中国様にヘコヘコしながらの、小沢一郎の満面の笑み(笑)と、同じとは、笠のアルカイック・スマイルに、対していうべきではないのかもしれんが(笑)。

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by mukashinoeiga | 2012-04-28 23:39 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

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