成瀬巳喜男「なつかしの顔」花井蘭子小高たかし

 京橋にて。「(再映)よみがえる日本映画~映画保存のための特別事業費による」特集。41年、東宝京都。
 たった34分の快作短編。
 後年は、脚本は専門家に任せることの多かった成瀬(でも相当手を入れた添削をしたらしい)が、自らのオリジナル脚本を監督した。
 で、短編ということは、ワン・アィディア・ストーリーにならざるを得ない。
 あまり枝葉は広げられないわけで、そうなると、成瀬の<手>が、透けて見えるのではないか。

e0178641_2251758.jpg お話はこうだ。
 ある田舎町のある一家。母(馬野都留子)、長男とその嫁(花井蘭子)、小学生の二男(小高たかし)、長男夫婦には、赤ん坊がある。
 長男は、いま戦地にいる。銃後を守って、母と嫁が畑を耕す。
 近在の町に住む伯父さんが、一報をもたらす。きのう、町の映画館に行ったら、戦地ニュース映画に、一家の長男が写っていると言う。一家で、今夜にも、見に行ったらいい、と勧める。
 ここで、一家がそろって、映画を見に行ったら、めでたしめでたし、それで終わってしまう、いかにも曲がない、と成瀬は、考えるだろう。
 いかに、この一家に、映画を見せないか、成瀬はそう考える。
 そう、この映画は、ある一家にいかに映画を見せないか、映画を忌避させるかを描いた映画なのだ!
 まず、小学生の二男が足に怪我、町に行けない。この子を看病するために、母と嫁も同時に家を留守に出来ない。
 で、まず、母が町に映画を見に行く。バス代を節約して、歩く。知り合いの馬車に乗せてもらう。木造のしもた屋の雑貨屋で、店先の飛行機おもちゃに眼をやる。二男へのお土産にと考えるが、値段を聞いてやめる。映画館に入り、いくつかの短編ニュース映画が何本も何本も上映される。期待感で、母は、息子の映像を見るはるか前から、涙ぐみ、荷物から涙をぬぐう手ぬぐいを取り出そうと、うつむく。
 結果的に、このうつむいた瞬間、母は息子の写ったショットを、見逃してしまう。
 母は、息子が写っていると言う映画を、遠い町にわざわざ見に行って、画面から目をそらした瞬間に、見逃してしまう。果たして彼女は、この映画を見たことになるのか。
 翌日は、嫁の花井蘭子が映画を町に見に行く。母が見たおもちゃ屋も見る。映画館の前に行く。迷った末、彼女は映画館にすら、入らない。結局、義理の弟のために、飛行機のおもちゃを、買って帰る。
 母も義理の姉も、小高たかしには、「映画見たよ。兄さん、写ってたよ」と、嘘をつく。
 嫁が映画をスルーした理由は、義弟に対して語られるが、まあ、いいわけみたいなものだ。その裏に、幼い弟に理解しがたい<女の情念>があることを、かろうじて示唆することで、成瀬もスルーしてしまう。察してくれよ、の<サッスペンス>こそが、成瀬で。(子供にはワカラナイだろうから、テキトーな言い訳を語るのだが、おそらくダブル・ミーニングで、緊張した戦時下の言論統制の中で、本音を言っちゃあ、官憲に睨まれるよ、という部分もあったのかもしれない)

 ショットを見逃した母と、
 映画そのものをスルーした嫁。
 すぐれて、映画(観客論)そのものに言及した映画ではないか(バカ)。
 そもそも成瀬映画の登場人物が映画を見に行くと、観客は不意打ちに会う。「おかあさん」でのいきなりのエンドマーク、「あらくれ」でのフィルム・トラブル、映画館でなく家庭での8ミリ上映だが「娘・妻・母」での、素朴なフィルム編集の魔術で露呈する、ハラセツと仲代の恋模様。
 キメのショットを見逃したり、スルーしたりの、映画評論家の、あやふやな感想文に怒りを感じた職業映画作家が、怒りの表明か。いやいや、そんなセコいことではあるまい。いやいやいや、あんがい、セコいことなのかもしれない(笑)。<ついに映画を見ない>映画の観客に対しての?

 そして、最後には、あっけなく、一家は映画を見ることになるだろう。
 村の青年が、誉れの出征、その様子が一瞬とはいえニュース映画に写っている、これこそ村民こぞって見るべきではないか、ということで、町の映画館と交渉、村にフィルムを借りてきて、上映会、というところで、期待に満ちた描写で、エンドマーク。
 言わずもがなのことだが、プリントを貸した出張上映も、配給会社には内緒の映画館のアルバイトだろうが、当時としては。いや、配給会社の地方周り営業に何がしかの接待すれば、オーケーだろう。
 ほんの数十年前ですら、地方回りの営業が、当時は映画館から現金で貰ったフィルム料金を、旅先で「紛失」すると、次の営業先の館主さんたちが、よってたかって「寄付」したという類のエピソードは、映画全盛期には、数限りなくある世界だからのう。
 しかし、見方によっては、映画を見ることの期待に満ちて終わるということは、映画のなかでは、ついに一家は、いまだ映画を見ていないということではないか。
 映画から遠ざけられた映画の登場人物たち。いやー、深い(笑)。いや、そんなおバカな見方をしなくても、いつもの成瀬映画、お気楽に楽しいんだけれども。
 しかしなかなか可愛くて好演の花井蘭子、以後の成瀬映画に出ている記憶がないんだけど、なぜなんだ、惜しいぞ。
 戦前戦後を通して活躍する脇役女優・馬野都留子。クレジットではよく見るが、顔と名前が一致していなかった。やっと、本作で確認。やはり、よく見ていた顔でした。
●追記●やはり夫の出征姿を確認しない「理由の説明」は、とってつけたようで、ちと、苦しい。<成瀬巳喜男映画の正体>で書いたように、成瀬は<男同士の暴力は徹底的に忌避する>から、そのヒロインも、母の証言によれば戦闘中の夫(実際は母は息子のショットを見ていないので、でたらめ)ゆえ、そういう夫の姿は見たくないのだ、という成瀬ヒロイン・スピリット?をつらぬいたのだろうか。

★成瀬巳喜男映画の正体★


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by mukashinoeiga | 2011-10-23 00:44 | 成瀬巳喜男映画の正体成瀬る | Trackback | Comments(0)

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