島津保次郎「兄とその妹」
京橋にて。「フィルム・コレクションに見るNFCの40年」特集。39年、松竹大船。
ヴィデオ、DVDで見たことはあるが、フィルムでは初めてかもしれない。
朴訥佐分利信の兄、はつらつ桑野通子の妹、の魅力が炸裂、の快作なのだが、今回は、そのあいだにはさまった、兄嫁・三宅邦子にも、目が行く。
義妹・桑野通子が、難しい言葉を使う。いや、大して難しくはないんだけどね。
三宅は「それって、なんのこと?」と、佐分利に、聞く。佐分利は、やさしく、解説する。
インテリの兄妹の間に挟まる、兄嫁。
桑野通子は、外資系貿易会社の、支配人(菅井一郎)秘書。菅井が日本語で手紙の文面を口述すると、瞬時に英文でタイピングするほどの才女だ。おそらく給料は、兄より高いかもしれない。
桑野通子が、女学校(あるいは女子大か)時代の同窓生たちと、歌を唱和する。その麗しき交流を、一歩引いた位置から、眺めている三宅邦子。穏やかな目ではあるが、しかし、笑っている目でもない。
その兄嫁と、仲のよい妹・桑野は、家の中では、<ごくごくふつうの娘>と<近代的インテリ女性>を使い分ける。
戦前日本の<あらまほしきやまとなでしこ>と<西洋化された近代インテリ女性>を、ともに具現し、理想化した女性を、おそらく戦前日本映画界で唯一演じられる女優・桑野道子が、完璧に、しかも愛らしく、演じている。
しかも、朝のあわただしさの中で、火鉢に網を乗せて焼いたトースト(!)を食べながら、両手をぶんぶん回して、「急がなくちゃ急がなくちゃ」という、そのたどたどしい愛らしさ。
桑野通子は、やたらとお堅いインテリ語を平然と口にすると同時に、信じられないくらい、たどたどしい台詞回しになるのを、特徴とする女優だが(!)、それにしても、これは桑野通子史上最高度のたどたどしさでは、ないか。
あまりにたどたどしいので、失笑しつつ、しかし、愛らしい。
同じく佐分利信。戦前日本の<あらまほしきやまとおのこ>と<西洋化された近代インテリ男性>を、ともに具現し、理想化した男性を、おそらく戦前日本映画界で最高度に演じられる俳優・佐分利信が、完璧に、しかも愛らしく、演じている。
そして、この最高の、キャラふたりの間に挟まれた、三宅邦子の、凡庸ならざる凡庸さ。
うーん。
この三人の関係性、細部の楽しさ、やはり、島津保次郎一代の傑作ですな。
なお、島津の後輩、小津安二郎「麦秋」が、島津の死後、この「兄とその妹」をリ・クリエートしたものであることは、当ブログ<小津安二郎映画の正体>「麦秋」の項に、書いた通り。
ああ、そうそう、桑野通子が、銀座から、アイスクリームを買って来て、兄嫁・三宅と食べるシーンは、「麦秋」で、桑野通子戦後系女優・原節子がホール・ケーキを買ってきて、兄嫁・三宅と食べるシーンに、つながっていたのね。桑野のアイスクリームの箱に入っているドライアイスを、三宅がおはしでていねいに取り去るシーン、ドライアイスという新規なものに対する興味が、伺われる。
by mukashinoeiga | 2010-09-06 23:10 | 傑作・快作の森 | Comments(4)
おお、同じ回に見ていましたか。同志、ですね(笑)。
ホントに、この映画は、時代を超えて、今見ても新鮮ですよね。70年もたって、いま見ても、新鮮なんて、本当に奇跡です。
でも、こわいなんて、新鮮な発想です、どこら辺が怖いのか、教えていただければ、とても、幸せです。
>なんとも説明し難いのですが、全体の感じがなんかいい。
まさしく、そのとおりだと、感じていました(笑)。マイフェイバリット映画の一本です。
>最後の不穏なのか何だかわからない終わり方
たしかに言いえて妙な、この映画のラスト評ですね。
でも、それは75年後から見た「戦前偏見」かもしれません。「あの当時」としては、これは立派な「ハッピーエンド」だったのかもしれません。
とはいいつつ、ビミョーな感じがあるのも事実。しかしその違和感は、時代のせいなのか? 日本映画(あるいは日本人の)独特のアイマイさなのか。うーん。
いずれにしても、傑作でした。 昔の映画