小津漬の味5『早春』あるいは金魚の味 池部良淡島千景岸恵子高橋貞二山本和子

 池部良の通勤仲間・岸恵子が「金魚」と呼ばれるのは、目玉が大きくて、煮ても焼いても喰えないズベ公だからだという。
e0178641_1941184.png 目玉の大きさなら同じ仲間の山本和子のほうがかなり大きいと思うが、問題は煮ても焼いても喰えないという、加熱効果の否定にあるのではないだろうか。もっとも煮ても焼いても喰えないはずの金魚を喰ってしまう池部良のほうにも、問題があるのだが。
 池部良が岸恵子と浮気したり、「ちょいちょい帰りが遅くなる」のはなぜか。間違いなく妻・淡島千景が怖いからであろう。
 映画冒頭の寝姿からして淡島は怖い。普通ひとの寝姿というものは映画では横から写されることが多いのだが、この映画ではなぜか足元のほうから写される。かなり異常な姿形だ。池部も病気の友・増田順二も足元から写されるのに、そんなに怖くない。淡島だけが断然怖い。カットが変わって、横から写しても、淡島の寝顔だけが怖い。そのそばに添い寝するかのような池部が胎児のごとく身体を丸めて寝ているのに、淡島の寝顔のみが、凶暴なまでに、怖い。
 寝ていてさえ怖い淡島は、起きるとこれまた怖い。池部を起こすときも怖い。浮気という弱みのある池部を攻めるときも怖い。弱みがなくても攻める、これも怖い。画面中央にバストショットで単体の人物が正面を向いて写る、あの小津特有のショットの中でも、淡島は怖い。怖さが増幅していく感じだ。これでは金魚を食べたり「ちょいちょい帰りが遅くなる」のも道理だ。池部、悪くない、ぼくが許す。
e0178641_1973710.jpg 同じ仲間の高橋貞二の奥さんは「今日から早番」などというところを見ると、水商売関係なのだろうか。だとすれば貞二は日本石油に勤めているので、まさに水と油の夫婦なのだが(小津的には絶対奥さんは水商売でなきゃならんでしょ)、奥さんがいつもは遅番が多い?とすれば、会社から定時に帰る貞二は、家に帰っても奥さんがいないことが多いだろう。そういう貞二が仲間たちとアパートで麻雀をするのはわかる。しかし専業主婦の淡島を家に置いて、仲間のアパートに麻雀をしにいく池部は、明らかに淡島より仲間たちのほうを好ましいと思っているのだ。

 映画の始まりで、明け方近く、夫婦は蒲田の家でガラス戸を開けて寝ている。映画の最後、岡山県三石の事務所では座って事務を執っているだけで汗をかくほどだ。映画の季節は終始、暑い夏で、男は半そで、開襟シャツ、女はノースリーブ、浴衣が多い。なのになぜ『早春』というタイトルなのか。正しいとすれば『盛夏』ではないのか。
 かくも映画の季節とタイトルが乖離していて、いわば題名に偽りありなのに、なぜ誰も突っ込まないのだろう。しょうがないから、不肖わたくしが突っ込む。誤爆だろうけど。
 ここで食べ物が問題になってくるだろう。
 映画に登場する食べ物は、淡島の実家のおでんだったり、客同士が自ら鉄板で焼くお好み焼きだったり、ラーメン屋で(おそらくラーメンの後に)中華まんだったり、狭いアパートで大勢がすし詰めになって食べる湯気を立てたうどんだったり、何もわざわざ、夜に戸を開けて寝るような夏に食べるよりは、冬にふさわしいものばかりだ。小津の食の季節感はどうなっているの、というくらいのものである。
 さらに、小津ギャク的には、ミルクスタンドで食するホットドッグもあり、みんな湯気が出ているホットな食べ物ばかりだ。本当に夏なのか。夏の熱気を、熱のある冬向きの食べ物をもって制しているのではないか。
 アパートの麻雀・うどんシーンで部屋に、すごく目立つ三ヶ月カレンダーが掛けてある、これが4・5・6月のもの。単なる独身ものの更新忘れというのはたやすいが、タイトルと同様、夏の熱気のクールダウンを狙って意図的にそうしていると見たほうが良いのではないか。
 小津ギャグ的避暑。
 冬と春の季節アイテムを混在させることによる、熱さまし。 
 みんなが涼しげな服を着て、汗を拭いている者も多い夏の映画なのに(しかし汗をかいているものは絶無である)なぜ夏らしからぬ描写が散見されるのか。偽りの夏の映画
 夏真っ盛りの季節にあっても、主人公・池部良の心は早春ほどにも冷えている、ということなのだろうか。いや、まだ真冬なのだが、かろうじて、つかの間の情事と友との交流によって、早春程度にはあったまっている、ということか。
 あるいは。
 淡島千景は怖い。怖いは怪談映画。怪談は夏に限る。ということで、映画は「構造上」夏でなければならぬ。しかし、小津は夏の描写が苦手だ。みんながこざっぱりした白い服ばかり着ているのは良い。しかしヒートアップは困る。黒沢お得意の汗ぎらぎらで、手ぬぐいでごしごし顔をこする開襟シャツの三船敏郎なんて図は、もっとも小津が忌避するところだ。かくて夏を裏切る描写が続く、と。
 あるいは、淡島千景は怖い。怖いは怪談映画。その怖さが熱を奪う、と。煮ても焼いても喰えないのは、実は淡島千景のほうだったのだ。夕暮れ時、手にうちわ、浴衣で静かにたたずむ淡島、あれは怪談描写ふうだよね。
 ラスト、三石に独居する池部良の元に、淡島が来る。仲間たちと一緒のときはあれだけ笑顔を振りまく池部が、妻がやっと来ても、笑顔一つ見せるどころか、ほっとすることさえない。むしろその無表情は、困惑、あきらめ、といったところか。「会社から帰っても、家にいて本ばかり読んでいたそうね。変わったのね」と喜ぶ淡島。家にいるのは、おめーが家にいねーからだよ。
 窓の外を汽車が通る。「あれに乗れば明日は東京ね」、そのとき池部は淡島をちらりと見る。一緒に帰りたい、という目ではなく、お前がひとりで帰れよ、というような目で。
 「女は三界に家なしだよ」という諦念の母の元に育った、勝ち気な娘はその母を反面教師として夫に睨みを利かせる。かくて、池部は三石に家なし、か。「耐火」煉瓦の会社から帰ると、家には「耐火」煉瓦みたいなカミさんで。こわいなあ。「ぞうっ」として「シュン」とするわけですよ(三島雅夫の口調でね)。
 小津安「二」郎映画では、「二」階が「娘たちの聖域」として特権化されていた、ということになっているが、この『早春』ではそうはいかない。「二」階に泊まるのが、笠智衆、加東大介と三井弘次、そして淡島とけんかした池部良、すべて男たちの仮の宿となっているからだ。
 通常の安「二」郎映画では、聖域と化した「二」階の住人にネグレクトされるのは、笠智衆などの父親だが、ここではヒロインが拒まれているのだ。
 淡島は「二」階には顔を出す程度で、台所と夫婦の寝室がある一階が彼女の領域である。で、あるから、三石に行って、間借りした「二」階の池部の「仮の宿」に淡島が入っていくことの不幸性というのが直ちに了解されよう。淡島は「二」階に家なし、なのである。
 三石に家なしの池部と、二階に家なしの淡島、なんと不幸そのもののラストシーンではないか。

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by mukashinoeiga | 2009-07-19 10:58 | 小津安二郎映画の正体小津漬の味 | Trackback(8) | Comments(0)

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