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久松静児「裸の町」

 阿佐ヶ谷にて。「風のように 映画俳優・池部良」特集。57年、東宝。
 本特集の数少ない未見作と、わざわざ阿佐ヶ谷へ。でも、既視感ありあり(笑)。しかし、それでも新作同様に楽しめる、ぼくのボンクラ脳。って、何度同じハメに(笑)。
 そもそもこんなことをしない防止策として、このブログを書いているのに、まったく役に立たない(笑)。

 お人好しで、ボンクラ、すぐ人にだまされてしまう危機管理能力のなさ、ザ・日本人な、池部良は、そういう役。まるでぼくみたいだが、ぼくみたいな半端モノではなく、池部の役は、徹頭徹尾の男の柳腰
 あんな男はダメだ、という親の反対を押し切って、駆け落ち結婚の淡島千景、結婚してみれば、親の言うとおりのダメンズ。
 後悔先に立たず。さっさと別れたい、とは思うものの、土砂降りの雨のなかに濡れっぱなしの子犬のような風情の池部に、なかなか決断も出来ず。

 このふたりを徹底的にむしゃぶりつくす大高利貸しに志村喬、中高利貸しにモリシゲ、小高利貸しに田中春男などなど。
 騙されつくす者たちと、だまし尽くす者たち。
 この構図はいつの時代にもあり、現代でも、息を吐くように嘘をつくだまし討ちの名人・韓国と、何度だまされても、まだまだ騙されるお人よしのボンクラ・日本の、対立など、まさにそのとおりの展開。

e0178641_1130234.jpg裸の町 1957年(S32)/東京映画/白黒/113分 <ラピュタ阿佐ヶ谷HPより>
■監督:久松静児/原作:真船豊/脚本:八住利雄/撮影:玉井正夫/美術:小島基司/音楽:池野成
■出演:淡島千景、森繁久彌、杉村春子、志村喬、浪花千栄子、淡路恵子、山茶花究、左卜全
お人好しのレコード店の主人(池部)が狡猾な高利貸(森繁)に騙されてしまう。だが、その高利貸もまた…。お金をめぐる庶民の狂騒を赤裸々に描いた作品で、池部良は浮世離れした優男を演じる。夫に翻弄される妻たちのドラマも興を添える一篇。

 なぜ、志村やモリシゲや韓国は、人を騙すか。真っ当に物を作って、ささやかに日銭を稼ぐより、金や物件のやり取り(それは、地道な生産活動のまどろっこしさが、まったくない)でボロイ金儲けが出来るとわかっており、それが体質に合うからである。
 こういうナチュラルボーン詐欺師にかかっては、池部や日本は、まるで、歯がたたない。

 この池部の、あまりのボンクラ、お人よしぶりにドンビキして、とうとう別れ話の淡島。しかし55年、豊田四郎「夫婦善哉」も、こちらはダメンズがモリシゲ、その腐れ縁を淡島はなかなか断ち切れない、それと同様なことが本作でも再演される。

 おなじことは、モリシゲと、その妻・杉村春子のあいだにも、言える。杉村も、兄・織田政雄のアドヴァイスに従ったあまり、全財産を失う。日本映画最強(つまりは、最弱な)ダメンズ・織田政雄の、言うことなど、聞くべきではなかった(笑)。

 ほかの役者が池部の役を演じたら、あまりのボンクラぶりに、スクリーンに向かって、モノを投げつけるような不快感があったかもしれないが、池部のさわやかさと天然ぶりで、かろうじて成立している。
 モリシゲも、いけ好かない小悪党をコミカルに演じているが、中途半端。これが久松ではなく、モリシゲと相性がいい?トヨシロだったら、あるいは、傑作または怪作になっていたかもしれない。
 まじめな久松にしては、これが精一杯、というところか。

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by mukashinoeiga | 2015-07-07 11:30 | 面白メロドラ日記 久松静児 | Trackback | Comments(0)

佐分利信「心に花の咲く日まで」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。55年、文学座、配給・松竹。
 本作では、サブリンは出演せず、監督に専念。主演の三十代には若すぎ、かといって年配者らのなかに、重要な役もない、ということでの、監督専念か。あるいは文学座主体のユニット製作で、「ぼくが出なくても、役者は、そろっている」ということかな。
 自分の優柔不断から失業した夫・芥川比呂志と、づけづけいう妻・淡島千景の物語。
 強い妻と、柔わな夫の、物語。
 いかにも、自虐サブリンならでは、のメロドラマだ。

『心に花の咲く日まで(35mm)』(35mm) <渋谷シネマヴェーラHPより>
公開:1955年
監督:佐分利信
主演:淡島千景、芥川比呂志、丹阿弥谷津子、杉村春子、仲谷昇
都営住宅で暮らす三吉と妻・すず子と赤ん坊。失業した三吉の代わりにミシンで生活を支えるすず子だったが…。貧乏ゆえのケンカもするが、小さな楽しみと前向きな明るさで苦労を乗り越える夫婦の姿を、愛情込めて描いた一作。美青年と駆け落ちしたものの、情緒不安定で毎日愚痴をこぼしにやってくる森下さんを演じる杉村春子が笑えます

 上記青字には、疑問。笑えないよスギハル。こんなこと書いたやつは、頭おかしい、と思うレヴェル。
 むしろ、杉村春子を、その泣いてる姿を、美しい、とか、色っぽいと、芥川・淡島夫婦の、意見にドンビキ。
 役者仲間内でのウチワぼめ、というか、特定業界・特定団体文学座(笑)にのみ通じるローカルルール(笑)を、一般に押し付けているかのようで。そういうキャラを、スギハルにやらせる、というのも、ドンビキで(笑)。
「あなた森下さんが泣いていたのに、グッときたでしょう」「確かに、それは否定できないな」(大意)、には、わが耳を、疑うほど。盛りすぎだろ。
 逆にぼくは、美青年駆け落ち夫・仲谷昇のほうにこそ、心の中で爆笑。
「ぼくは天才だ」「ぼくは芸術家だ」と、何のテライもなく高らかに宣言。
 淡島千景にも、超クサい口説き文句で、粉をかけるのを、忘れない(笑)。
 さらには、「ぼくはいま、小説を書いています。長編だ。芥川賞に出すつもりだ。そうだ、あなたのご主人(芥川比呂志)にも、読んでもらいましょう」
 には、ひそかに心の中で大爆笑。でも、場内は、シーン。ここで、笑わなくて、どーする(笑)。
 ここがフィルムセンターならば、面白くもなんともないシーンで、鼻から抜けた間抜けな笑い声を出す御仁がいて、この御仁がいたら、脱力するような笑い声を、発するはずで、いつもは軽くイラッとするのだが、今回、この御仁には、いてほしかったぜ渋谷(笑)。
 別シーンでは、芥川比呂志のいる場で、芥川賞、芥川賞、連呼するんですぜ仲谷昇(笑)。
 ちなみに「芥川賞に出すつもりだ」って、アレは応募制の新人賞ではないでしょう(笑)。

 突如、スローモーションで踊りだす淡島千景。主婦らしくシャツをたたみつつダンス。まぢめなホームドラマに、突如挿入されるヴァラエティ。サブリン、こういうのを必ず挿入する。なんだろう。サーヴィスか。シリアスなドラマに突如風穴を開ける異次元。説明不能の意欲による鈴木清順ゼーション。
 いや、サブリンとしては、ふにゃふにゃした夫への、心理的抵抗ダンスと、いうべきだろうか。
 東宝、新東宝、東映、松竹で撮ったサブリンは、日活作品はないのか。同じく俳優出身の山村總監督「黒い潮」のチーフ助監督は、鈴木清太郎だった。ありえたかもしれない、サブリン/清順のコラボすら、夢想する。

 淡島の実姉・文野朋子の、「気持ち悪さ」。自分でさっさと、人の迷惑顧みず決めてしまう女。その快、ないしは不愉快。文野朋子って、円谷プロの怪獣そっくりの顔で、見るたびに、楽しい(笑)。ガラモン?
 淡島の実弟の、ガールフレンドに加藤治子。
 最初はボーイッシュな、職工風の男装。二度目は振袖。三度目は洋装か。まだ若い彼女の、年齢に不釣合いな「大人」志向。危うい(笑)。のちの加藤治子をセルフパロディにしたような、危うさ。
 この女優の資質を、さすがサブリン、見抜いてらっしゃる。
 しかし、こうしてみると、加藤治子、丹阿弥谷津子、賀原夏子と、文学座には、女優としても女としても、やや、ヘンな人しかいないかの印象で、スギハル以来の伝統か。第一主演女優に淡島千景を持ってくるあたり、スタア女優不足は明らか。

 傑作とかそういうレヴェルではないが、気楽に見られる娯楽作。というか、わざわざ文学座の、いわばアルバイトなんだから、なぜ、もっと「意欲作」にしなかったのか、そこは疑問。

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by mukashinoeiga | 2014-10-29 07:34 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(2)

成瀬る7 非・成瀬的?な傑作『鰯雲』

 昔、ぼろぼろのフィルムで見た時はさして印象に残っていななかった作品だが、改めて見たら、実にすばらしい。ぼく的には、成瀬ベストテンに入るクラス。この映画はすばらしい。成瀬映画の中でも、あまり評価されないのが不思議なくらいだ。それとも例によってぼくの映画の見方がおかしいのか。
e0178641_23112524.jpg 『鰯雲』 (1958・原作和田伝・脚色橋本忍)は、いくつかの意味で、いつもの成瀬映画とは違う。
 いつもの町場のごみごみした路地ではなく、田畑が広がる農村部を舞台としている。場所は違っても、やはりさくさくと進行していく快調成瀬ドラマ。
 ヒロイン淡島千景は、新聞記者・木村功の取材に自らの主張を堂々と述べる非成瀬ヒロイン。そして、映画早々からその新聞記者と情事を重ねる。これも成瀬パターンとしては珍しい、未亡人の恋。
 幾組かの男女の恋の成立、というのも成瀬としては異例ではないか。淡島・木村、小林桂樹・司葉子、太刀川寛・水野久美、新珠三千代・見明凡太郎、のそれそれの恋。元夫婦の杉村春子・中村鴈次郎の和解。かくも多くの恋が成就する、異色の成瀬映画。淡島を除いては、すべてハッピーエンド。
 家庭、路地、町内、と、ある意味「密室」ドラマの成瀬としては、珍しい「空間移動」ドラマだ。二つの田舎と街(小田原?)をめぐる三都?物語。田舎では不自由な暮らしを強いられている恋人たちも、都会では自由な独身同士の付き合いが享楽できるだろう。その享受された自由は、やがて田舎にもフィードバックされるだろう。成瀬としてはなんというハッピーエンド。
 脚色・橋本忍としては『コタンの口笛』同様、もっとも低刺激なお話だろうが、成瀬映画としては、なかなかあなどれない。ある意味、かなりモダンな展開となっている。
 この映画では、あまりに多くの登場人物が出て来るのだが、それを成瀬は天才的に裁いて、さくさくと流れるように進行させていく、呆然とするほど見事だ。いま、二時間程度の上映時間で、これだけの人物数・家族数の登場人物を、さばききれる映画作家は世界中探しても、あまりいないのではないか。
 その代わり、細かい登場人物は消える。たとえば、淡島千景のひとり息子は、物語の整合性を最低限保証するだけしか出てこないし、姑・飯田蝶子は途中で消えてしまう。この姑が消えたおかげで、登場人物は、ほぼ善人のみとなる。あるいは、小林桂樹の実母・杉村春子の二度目の夫は、出てこない。この辺の省略の仕方は本当に天才的だ。
 よく映画が長大な原作のダイジェスト版に過ぎなくて、単にあらすじを追うだけの味気ないもの、という批判があるが、成瀬や三隅剣次、違った、三隅研次などの真の映画的天才とも言うべき物語作家はどんなに長い複雑な話でも、すっきりさくさくと魅せ切ってしまうという好例だろう。無論、もうひとりの天才橋本忍の構成もあるだろうが。
 そうして描かれるのは、田舎では実現不可能な、カップル単位の自由な生き方が、都会では簡単に実現してしまう、という「戦後民主主義」の勝利だ。田舎では、みんなから非難される行為(年配の女性たちが若い女を注視して、「ありゃー(もう)男を知り尽くしているからだじゃー」と噂し合う)が、都会では、みんなから温かく見守られることになるだろう(いまみたいに、まるきり没交渉の都会になる、その前段階の街場的都会)。
 そこでは、大げさに言えば人情と友愛的モダニズムの、理想的な都市空間が称揚されている。戦前成瀬のモダニズムと違い、戦後成瀬のこの種のモダニズムは無理なくドラマに接ぎ木されていると思う。 『石中先生行状記』とともに、ここでの成瀬は、おおらかでコミカルな世界を楽しんでいる。
 唯一非成瀬的なヒロイン淡島千景を除いては。さすが意地悪ミッキーだけのことはある。

 以上、1~7と、小津とともに日本映画黄金期のONコンビともいえる成瀬について、くだらない感想を書いてきたが、成瀬に関しては、生誕100年の成瀬特集を京橋フィルムセンターで見た際に書いたもので、その特集で見た映画に限ったメモ書きである。未見作中心に見に行き、同日ならついでに既見作も見た。特集上映のすべてに行ける訳ではないので、見逃した作品、既見ゆえに見送った作品も当然あった。それらについては、書いていない。だから代表作ともいうべき『流れる』や『浮雲』がラインナップされていない、奇妙な成瀬感想文になってしまった。以下で若干の補足をしていきたい。
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by mukashinoeiga | 2009-07-19 11:23 | 成瀬巳喜男映画の正体成瀬る | Trackback | Comments(4)

川島雄三「昨日と明日の間」

 池袋にて。「芸能生活70年 淡島千景の歩み」特集。54年・松竹。
 未見の川島だ、わーいわーい、と駆けつけたら、本当に未見だった(笑)。
 新文芸坐のチラシに「60年代鈴木清順作品に先駆けたユニークなセットも見所」とあるが、その通り。
 映画館のスクリーンの後ろにある部屋とか、やはり映像の映るスクリーンの前に立つ人物とか、洋風のバーにある畳の小上がりとか、淡島千景が寝起きでホテル風のベッドルームから階下に降りると、しょぼい事務所だったりとか。
 清順の場合、それははっきり異質感を打ち出しているのだが、川島の本作では多少風変わりな趣向というにとどまる。しかし、より清順的なのはセットよりも、東京と大阪と三宮が、それぞれすぐ隣のブロックであるかのように、まったく遠近感を欠いて存在している点だろう。
 メロドラマには時間や物理的距離や心理上の<遠近感>によって生じる齟齬が必要不可欠なのではあるが、意図的にか無意識にか、それらを無効にする清順への、先駆的試みではあるだろう。
 小津、成瀬、渋谷、川島、岩間、清順など、つながらないものを強引につないでしまう<松竹ヘン監の系譜>の一本ともいえる。

 なお、本作がめちゃくちゃ珍品なのは、いろいろテクニックを使ってぱきぱきテンポがいいにもかかわらず、映画全体を通して、実に停滞していることだろう。
 トリッキーな映像とテンポでさくさく進むのに、話は間延びして、退屈。
 その理由は簡単。本作のストーリーは二本立て。一本は、青年実業家鶴田浩二が資本家進藤英太郎の資金協力の元、航空会社を立ち上げる話。もうひとつが進藤の妻、月丘夢路が、鶴田によろめく話。この、よろめき話がドラマに停滞をもたらすもと。くよくよさめざめと、一歩前進二歩後退。よろめきというよりは、よたよた。増村が千羽鶴なら、これは千鳥足。ますますムラムラの増村がもし本作を見たら、あまりの停滞ぶりに憤怒して脳卒中になるレヴェルだ。
 ただ、この月丘のよろめき妻は、おそらく月丘史上最高の美しさを引き出している。よろめき役を得意とする月丘の中でも、堂に入ったよろめきぶり。好青年鶴田にもだえる妻を見て、進藤「何であんな男に惚れるのか、わしにはどうにもわからん」と、本気で不審がるのが笑わせる。「金はないし、自分が作った会社を乗っ取られるやつだぞ!?」というのだが(乗っ取られたのではなく、鶴田は会社を立ち上げるのは好きだが、出来た会社はすぐ手放す創業フェチなのだ! 強欲な進藤には理解のほかの行為だ)。
 なお、これはひそかな内輪受けギャグだと思うが。鶴田の航空会社は、当初多摩川沿いの広大な空き地を飛行場にする計画だったが、結局羽田空港の敷地を借りることに落着する。もし多摩川飛行場ということになれば、実際に多摩川近辺に飛行場のオープンセットをつくる必要がある。そんなことは松竹映画では大作でも許されないことだ。おそらく原作は気宇壮大に多摩川に作る設定だったのだろう(未読のうえでの推測)。羽田なら空港を借りて撮影すれば簡単だ。で、鶴田の部下が聞く「多摩川のほうはどうなりました?」鶴田答えていわく「映画会社が先に買って、撮影所を作った」。本作を最後に松竹を去り、新築なった日活調布撮影所に移籍する、伏線とも思えるギャグと考えるのは考えすぎか。
 これで思い起こすのは、やはり戦前、成瀬が松竹蒲田最後の作品「限りなき舗道」、日守新一の仕事先は自由ヶ丘撮影所だ。これも砧にあるPCL(のち東宝)に移籍する伏線の<ギャグ>とも取れる。ある意味、追い出されるように逃げ出す監督にも松竹は寛容だった、ということだろうか。
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by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:27 | 珍品・怪作の谷 | Trackback | Comments(2)

清水宏「母のおもかげ」

 池袋にて。「芸能生活70年 淡島千景の歩み」特集。59年・大映。
 清水宏の遺作。未見の清水宏だ、わーいわーい、と駆けつけたら、すでに見ていた作品だった(笑)。ぼくのお粗末な記憶力のせいだが、しかしこのお粗末な記憶力のせいで初見同様楽しめるのだから、災い転じて眼福となる、のはいつもどおり。
 ああ、いいなあ。戦前の華やかな人気監督も、戦後は不遇のままだった、というのがこれまでの映画史における清水の扱いであるが、実際に見てみると戦後の清水も外れのない佳作ばかりだということがわかる。確かに大ヒットでもないし、目立つわけでもないお決まりのプログラム・ピクチャアの枠内の映画ばかりではあるが、小学生の息子を残して妻に死なれた根上淳が、同じく女の子の連れ子がある淡島千景と、コブツキ同士再婚するという、つつましい物語とは裏腹に(いや、しかし、その物語も誠実に語られる)狭いはずの日本家屋の室内や、給食のまかない場などを、急速に横移動するシーンの鮮やかさ。いくらセットとはいえ、和室の急速横移動なんて、清水のはるかあとの後輩鈴木清順くらいしかそんな酔狂はしないのではないか(違っていたら、ごめん)。清水は縦移動のみ多く語られるが、そういえば戦前作でも華やか鮮やかな横移動も得意だったなあ。
 男の子と、まだ小学生にならない幼い女の子、この二人がめっぽううまくて、泣かせる。さすが子供好きの清水だ。女の子が、わからないなりに大人の会話に、じっと目を注ぐ、その目の注ぎ方が、いかにも子供の立ち位置で。今のように大型船化する前の、ぽんぽん蒸気並みの浅草の水上バスの風情も泣かせる。
 二人の仲人、見明凡太郎と村田知栄子ももちろんいい。

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by mukashinoeiga | 2009-07-12 21:24 | しぃみず学園清水宏おぼえ書 | Trackback | Comments(6)