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弓削太郎「黒の商標(トレードマーク)」

 阿佐ヶ谷にて。「ミステリ劇場へ、ようこそ。【2014】」特集。63年、大映東京。
 大映「黒」シリーズを、見にいくことは、きわめて危険だ(笑)。
 既見作であるか未見作であるかが、タイトル、スタッフ・キャスト、あらすじからは、判別しがたいからだ。むろん、それは、第一に、ぼくの記憶力がきわめてずさんだからだが。
 他の各社にましての、大映の<無名の定食屋ぶり>が、際立つゆえんで。
 今回は、幸いなことに?見ていないものだった。
 ある特定の原作によるシリーズとは違って、ミステリ系の原作なんでも有りの雑食系ごった煮シリーズだから、特に「定食屋」感はハンパないにしても。
以下、ネタバレ有り。

『黒の商標(トレードマーク)』1963年(S38)/大映東京/白黒/79分 <ラピュタ阿佐ヶ谷HPより>
■監督:弓削太郎/原作:邦光史郎/脚本:長谷川公之/撮影:石田博/美術:後藤岱二郎/音楽:池野成
■出演:宇津井健、藤由紀子、高松英郎、江波杏子、三島雅夫、浜村純、早川雄三、夏木章、谷謙一、南方伸夫、伊東光一
邦光史郎の『仮面の商標』を映画化した大映“黒”シリーズの一本。トレードマークに仕組まれた巧妙なからくり──。宇津井健扮する企業マンが、スーパーマーケットでの安売りの罠とそこで起こった殺人事件の究明に挑む。

 一流衣料会社の国際レーヨンのロゴKOKUSAIを、国産レーヨンなるバッタモンがそっくりKOKUSANとロゴをまねて、ニセブランドを大量販売させた。
 国際レーヨンの調査員・夏木章は、バッタモンの出先を調べるために、関西出張。
 日ごろは、大映専属の地味な脇役である夏木章(もっさりとした顔、もっさりとした口調でたいへん味のある)が、フィーチャーされているが、果たして冒頭五分も立たないうちに、殺されてしまい、再調査を宇津井健が、命じられる。

 この宇津井健も、不思議なスタアで、新東宝から流れてきて、地味な大映東京の社風にあったのか、いかにも大映ライクな主演者になりおおせた。
 一番似合うのが、堅実な若手サラリーマン役、というどうにもスタアになりにくい代物だが、妙に正義感の情熱を感じさせ、なりは平凡だが熱血漢な役を得意とし、本来ありえないはず?の、妙な華がある。
 刑事役より、検事、弁護士が似合う。
 今回の事件は、関西発のスーパーエースというスーパーが舞台。
 上記にせブランドの影の黒幕が、社長・三島雅夫だ。にせブランド偽造だけでなく、邪魔者を次々殺していく。手先には、腹違いの弟・高松英郎を使う。
 にせブランド多発だけでもモンダイだが、人殺しまで。関西発の新興勢力への、首都からの上から目線が目立つ発想で。ちなみに、関東初進出の川崎店へ、川崎駅前から公衆電話をかける宇津井のバックに、デカデカと「岡田屋」の屋上看板が(笑)。
 奇妙な情報ブローカーに浜村純というのは、ほとんど、出落ちに、近い。
 なじみの定食屋の日替りB定食。まあ、こんなもんだろ、の満腹感。

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by mukashinoeiga | 2014-10-30 01:25 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

佐分利信「心に花の咲く日まで」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。55年、文学座、配給・松竹。
 本作では、サブリンは出演せず、監督に専念。主演の三十代には若すぎ、かといって年配者らのなかに、重要な役もない、ということでの、監督専念か。あるいは文学座主体のユニット製作で、「ぼくが出なくても、役者は、そろっている」ということかな。
 自分の優柔不断から失業した夫・芥川比呂志と、づけづけいう妻・淡島千景の物語。
 強い妻と、柔わな夫の、物語。
 いかにも、自虐サブリンならでは、のメロドラマだ。

『心に花の咲く日まで(35mm)』(35mm) <渋谷シネマヴェーラHPより>
公開:1955年
監督:佐分利信
主演:淡島千景、芥川比呂志、丹阿弥谷津子、杉村春子、仲谷昇
都営住宅で暮らす三吉と妻・すず子と赤ん坊。失業した三吉の代わりにミシンで生活を支えるすず子だったが…。貧乏ゆえのケンカもするが、小さな楽しみと前向きな明るさで苦労を乗り越える夫婦の姿を、愛情込めて描いた一作。美青年と駆け落ちしたものの、情緒不安定で毎日愚痴をこぼしにやってくる森下さんを演じる杉村春子が笑えます

 上記青字には、疑問。笑えないよスギハル。こんなこと書いたやつは、頭おかしい、と思うレヴェル。
 むしろ、杉村春子を、その泣いてる姿を、美しい、とか、色っぽいと、芥川・淡島夫婦の、意見にドンビキ。
 役者仲間内でのウチワぼめ、というか、特定業界・特定団体文学座(笑)にのみ通じるローカルルール(笑)を、一般に押し付けているかのようで。そういうキャラを、スギハルにやらせる、というのも、ドンビキで(笑)。
「あなた森下さんが泣いていたのに、グッときたでしょう」「確かに、それは否定できないな」(大意)、には、わが耳を、疑うほど。盛りすぎだろ。
 逆にぼくは、美青年駆け落ち夫・仲谷昇のほうにこそ、心の中で爆笑。
「ぼくは天才だ」「ぼくは芸術家だ」と、何のテライもなく高らかに宣言。
 淡島千景にも、超クサい口説き文句で、粉をかけるのを、忘れない(笑)。
 さらには、「ぼくはいま、小説を書いています。長編だ。芥川賞に出すつもりだ。そうだ、あなたのご主人(芥川比呂志)にも、読んでもらいましょう」
 には、ひそかに心の中で大爆笑。でも、場内は、シーン。ここで、笑わなくて、どーする(笑)。
 ここがフィルムセンターならば、面白くもなんともないシーンで、鼻から抜けた間抜けな笑い声を出す御仁がいて、この御仁がいたら、脱力するような笑い声を、発するはずで、いつもは軽くイラッとするのだが、今回、この御仁には、いてほしかったぜ渋谷(笑)。
 別シーンでは、芥川比呂志のいる場で、芥川賞、芥川賞、連呼するんですぜ仲谷昇(笑)。
 ちなみに「芥川賞に出すつもりだ」って、アレは応募制の新人賞ではないでしょう(笑)。

 突如、スローモーションで踊りだす淡島千景。主婦らしくシャツをたたみつつダンス。まぢめなホームドラマに、突如挿入されるヴァラエティ。サブリン、こういうのを必ず挿入する。なんだろう。サーヴィスか。シリアスなドラマに突如風穴を開ける異次元。説明不能の意欲による鈴木清順ゼーション。
 いや、サブリンとしては、ふにゃふにゃした夫への、心理的抵抗ダンスと、いうべきだろうか。
 東宝、新東宝、東映、松竹で撮ったサブリンは、日活作品はないのか。同じく俳優出身の山村總監督「黒い潮」のチーフ助監督は、鈴木清太郎だった。ありえたかもしれない、サブリン/清順のコラボすら、夢想する。

 淡島の実姉・文野朋子の、「気持ち悪さ」。自分でさっさと、人の迷惑顧みず決めてしまう女。その快、ないしは不愉快。文野朋子って、円谷プロの怪獣そっくりの顔で、見るたびに、楽しい(笑)。ガラモン?
 淡島の実弟の、ガールフレンドに加藤治子。
 最初はボーイッシュな、職工風の男装。二度目は振袖。三度目は洋装か。まだ若い彼女の、年齢に不釣合いな「大人」志向。危うい(笑)。のちの加藤治子をセルフパロディにしたような、危うさ。
 この女優の資質を、さすがサブリン、見抜いてらっしゃる。
 しかし、こうしてみると、加藤治子、丹阿弥谷津子、賀原夏子と、文学座には、女優としても女としても、やや、ヘンな人しかいないかの印象で、スギハル以来の伝統か。第一主演女優に淡島千景を持ってくるあたり、スタア女優不足は明らか。

 傑作とかそういうレヴェルではないが、気楽に見られる娯楽作。というか、わざわざ文学座の、いわばアルバイトなんだから、なぜ、もっと「意欲作」にしなかったのか、そこは疑問。

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by mukashinoeiga | 2014-10-29 07:34 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(2)

佐分利信「人生劇場 第二部 残侠風雲篇」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。53年、東映東京。
 感想駄文済みの★佐分利信「人生劇場 第一部 青春愛欲篇」★★続・佐分利信「人生劇場 第一部 青春愛欲篇」★の、続編。
 なお、本作のフィルム上のタイトルは、「人生劇場 第二部」という。決して「残侠風雲篇」というのは、ありませんでした。
 そして本作は、まさに史上最強最多のすれ違い&袖(そで)振り合いメロドラマだ。
 「袖振り合うも多生の縁」とばかり、あらゆる登場人物たちが、すれ違い、すり違い、そでを振り合うように邂逅する。
 主人公・青成瓢吉の、歴代彼女、高峰三枝子、島崎雪子、 轟夕起子が、そうとは知らず、互いに出会いあう。
 瓢吉の、中学時代の恩師・笠智衆は、そうとは知らず、瓢吉のあらゆる知り合いと、街で互いに出会いあう。
 飛車角・片岡千恵蔵も、そうとは知らず、瓢吉のあらゆる知り合いと、互いに出会いあう。
 すべての関係者が、すべての偶然で、知り合う。
 まさに戦前松竹メロドラマ(サブリンの俳優的出自)の鉄則のごとき、出会いと別れとすれ違いとそで振り合いを繰り返す。これぞメロドラマ。
 これぞ人生劇場。
 と佐分利信は、嘯くのだ。本作こそ、まさしく、キング・オブ・メロドラマ!
 すべてのメロドラマは、本作に、ひざまずくべき(笑)なのだ。

『人生劇場 第二部 残侠風雲篇(35mm)』公開:1953年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:佐分利信 主演:舟橋元、佐分利信、北林谷栄、高峰三枝子、月形龍之介、片岡千恵蔵、島崎雪子、内田良平、笠智衆
大学を飛び出し作家になった瓢吉、入獄した飛車角、芸者になったおりん、兵士とともに大陸へ向かうお袖、そして吉良常の死。戦争の足音が聞こえる動乱の日本で、瓢吉と彼をめぐる人々の運命もまた翻弄されていく。人々の流転の人生を佐分利が見事に演出し、名作の呼び声高い文芸巨篇第二部。フィルムセンター所蔵作品。

 で、あまりに偶然の出会いがありすぎ、あまりに偶然のすれ違いがありすぎるために、ほとんどギャグの様相を呈し、コント状態、もう笑うしかないのだが。
 まるで、巨大水槽の中でうごめく魚たちが、接触したり離れたりを繰り返す、あるいは原子や素子などの接触反発の繰り返しのように、出会いと別れを繰り返す人間たち。
 さよならだけが人生だ。しかり。
 偶然の邂逅とすれ違いこそ人生だ。しかり。
 なんという、楽しい、悲しい、タッチ&ゴー。
 今で言う左翼、無産党から選挙に立候補した加東大介の立会い演説会に、ヤクザ侠客・片岡千恵蔵が、応援弁士に立つ!(しかも、同じく任侠道一筋の吉良常・月形龍之介の代読という形で! 龍之介の選挙演説というのも、激しく(笑)聞きたかった!)
 古風な侠客・月形の危篤の枕頭に、左翼の加東も、侠客仲間の片岡千恵蔵も、等しく、皆々はせ参じる。
 これこそ、満映帰りの製作マキノ光雄の、「いい映画(=ヒットする映画)に、右も左もない」という理想郷そのものの図では、なかろうか。
 佐分利信監督作品を、総合的に論評した、数少ない貴重な講演録★木全公彦講演「佐分利信を再見する――第3回 アナクロニズムの会」★(必読)によれば、赤軍監督(笑)足立正生は、佐分利信監督は、ぼくたちの政治的アイドルで、新左翼だ、と語ったという(大意)。後年、まさに右翼の大物ばかり演じたサブリンは、右からも左からも愛された形か。

 その意味では、おそらく、なんらかのソ連映画を参照したのだろうか。主人公・青成瓢吉(舟橋元)と、その幼なじみ・高峰三枝子との海岸での逢瀬が、常に石ころの河原や樹木と二重写しの、長々トリッキーさ。これだけ長いと、通常の東映娯楽映画の矩を、やすやすと越えている。
 そして、これもたぶんソ連映画由来かと邪推する、笠智衆が公園で酔余の乱痴気騒ぎを銅像(西郷さん?)が笑うクレイ・アニメーションがインサート。
 いったい、この映画製作当時のスクエアな文芸映画製作状況の下、まぢめな?人生ドラマに、粘土アニメの挿入などという酔狂は、サブリン以外になしえるか(笑)。
 あの仏頂面で、この酔狂。
 おそらく原作に「(笠智衆の)酔態に、銅像も苦笑いしたかのようだった」というような一文があったとして(原作未読のまま推測)普通は映画からは削除されよう描写を、クレイアニメを繰り出してまでの、再現。
 サブリン、やるなあ(笑)。
 これは、感想駄文済みの前年作、同じく佐分利信「慟哭」の一シーンで、文字が画面を乱舞する、まるでCG使用ばりの、1950年代の日本映画では見たことのないようなショットを混ぜ込ませていたサブリンの「意志」を感じる場面だ。その意味でサブリンは、おそらくは、数十年かは早すぎた演出センスの持ち主なのだ。
 さらに、吉良常・月形龍之介の、葬列が、笠智衆をはじめとして、ことごとくスローモーションの葬列というのも、おそらく、日本映画の時代の最先端というべき。
 橋の上を笠智衆ら葬列が通る。スローモーション。
 その橋の下の道を、出征兵士を送る「祝賀」行列が通る。スローモーション。
 二つの長い、練り歩く行列が、上下で交差する。スローモーション。
 この描写も、1950年代の日本映画では見たことのないような斬新さがある。
 70年代以降の「斬新な映画」では、当たり前のクリシェとなった技法では、あるが。
 さらにいえば、盧溝橋事件を知らせる号外を、街行く人々が次々受け取っていく場面で、一人の不機嫌そうな男(エキストラか)が、もらったとたん、不機嫌そうに破り捨てて、去っていく。
 こんな描写も、何らかの前例はあるのかもしれないが、昔の日本映画では、見た記憶がない。
 また冒頭の三流紙「極楽新聞」(編集長が杉狂児で、主人公の同窓生・内田良平らが記者)のくだりで、おそらく当時としては、一般観客にはフクザツな、時制戻しがあり、このいまではまったく当たり前な手法で、そっけない編集でつなげているのも、当時としては、斬新だったはずだ。同様な手法を佐分利信「愛情の決算」では、全篇にわたって採用している。
 常に、紋切型の描写を廃したい、サブリン監督の意思と、見る。

 この映画の、一番の欠点は、主演・青成瓢吉の舟橋元に、まったくスタアオーラがない点か。
 歴代彼女につらく当たるシーンの数々は、まったくのドン引き。見ていて、まったく快では、ない。
 おそらく不機嫌顔でもサマになる俳優サブリンが、演じたら、こういうドン引きには、まったく、ならなかったろう。1930年代の青年サブリンだったら、女につらく当たるシーンでも、にこにこ楽しく見られただろう(笑)。
 感想駄文済みの佐分利信「広場の孤独」の菅佐原英一もそうだが、サブリン映画の不幸は、主演に、青年サブリンを得ることの出来なかった不幸であることに、ほかならない。
 サブリンもまた、自分と同じタイプの武骨青年を、新人で次々試して、失敗している。やはり、女に愛想がない究極のツンデレ青年を演じて、サブリンの右に出るものはいない、そもそも女に冷酷無愛想な青年を演じて、なおかつ愛嬌がある、という資質が、きわめてサブリンのみに突出した美点ということに、ついぞ気づかなかったのは、本人ゆえの不幸か。

 なお、舟橋元は、自分の女には、しゃれにならないくらいつらく当たり、故郷の母親・北林谷栄には、長年のご無沙汰だが、親友たち、侠客・月形や片岡には極めて、愛想がよい、にこにこ顔。
 頑固オヤジ・サブリン由来の血か、父親、月形ら、年上の男性には弱いのか、ホモソーシャルな、ブラザーフッド世界では、猫をかぶりつつ、自分の女には超強気な典型的内弁慶タイプか。
 いずれにせよ、舟橋元では、見ていて、楽しくは、ない。 

 そしてこの映画の数ある美点のひとつは、主人公の歴代彼女を演じた女優の素晴らしさ。
 前作同様の島崎雪子の愛らしさ。自分のほほをつつくことによって、タバコの煙を調節する愛らしさ。
 現カノ・轟夕起子と、元カノの島崎が、一緒に露天風呂。もっと裸体を見たかった(笑)。
 そして、轟夕起子がインテリ女流小説家。このエピソード、舟橋元とでは、なく、役者サブリンとのコラボが、見たかった。監督サブリン、青年サブリン主演であれば、これは大傑作になっていたこと、まちがいないのだ!(垂涎)
 島崎雪子が、あらゆる登場人物と「偶然の出会いと別れ」を繰り返す、ほとんどコント状態なのだが、彼女の圧倒的愛らしさが、その偶然を、必然に変える。素晴らしい。
 おどけ者の笠智衆も、またあらゆる登場人物と、街場での偶然の出会いと別れを演じる。戯れのピエロの愛らしさ。
 なお、自身は一切酒が飲めない彼が、すべてのシーンで、酔いどれていて、だれかれなしに酒をたかる、愛らしさ(笑)。島崎雪子も、舟橋元へ、このお金渡してね、と笠に金を託すなんて、まさしく、猫にまたたびだろうが、ああ、なんて、愛らしい間抜けさ。
 第一部が、木下恵介「女の園」と拮抗する、まさしくサブリン版「男の園」で、あった。第二部は、まさしくサブリン版「天井桟敷の人々」。第一部ほどではないが、第二部でも、登場人物たちは、歌いに歌う「歌う映画」でもある。
 とっちらかったコメディ志向が、おそらく一般には(第一部より)不評かもしれないが、ナニ、ぼくは、大満足だ(笑)。
 なお、ワンシーンのみの出演に、三橋達也、杉狂児、沼崎勲、山形勲、相変わらず豪華。
 伊丹十三、田中絹代など、当時の著名俳優が監督した映画は、公開当時は必要以上にマスコミをにぎやかすが、その反動か、本人の死去に伴い、急速に忘れ去られていく。
 上記ふたりの映画は、まあ、当時はもてはやされすぎであり、付加価値がなくなって、忘れ去られるのは、納得できなくもないが、サブリン映画は、違うと思いたい。
 多彩な登場人物が交差するかのように乱舞する群像ドラマを見事に演出し、すべての俳優に見せ場を用意する俳優愛。今後、サブリン監督作は、その出演俳優の特集が、名画座である場合、マストアイテムの一本であるべき(断言)。

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by mukashinoeiga | 2014-10-27 03:00 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(1)

村山三男「犯罪6号地」

 阿佐ヶ谷にて。「ミステリ劇場へ、ようこそ。【2014】」特集。60年、大映東京。
 感想駄文済みの同年作阿部毅「襲われた手術室」とは逆に、高松英郎が主役で、友田輝がサブ。
 高松が所轄のたたきあげデカ長で、友田が本庁のキャリア。友田が勘に頼る所轄デカを、古いタイプだとバカにしたことから、意地の張り合い。昔から、こうなんですね。
 大映らしい、小ぶりなサスペンス。水準作だが、見ているあいだは楽しい。
 安心の職人技が光る、いつもの定食屋の、日替わりB定食。って、こればっかや。
以下ネタバレあり。

『犯罪6号地』1960年(S35)/大映東京/白黒/79分 <ラピュタ阿佐ヶ谷HPより>
■監督:村山三男/脚本:阿部桂一/撮影:村井博/美術:高橋康一/音楽:浜口庫之助
■出演:高松英郎、仁木多鶴子、友田輝、野口啓二、若松和子、市田ひろみ、吉野妙子、見明凡太朗、石井竜一、早川雄三
埋立地の石炭山で起きた射殺事件。判定された新型消音銃から、密輸関係の聞込み捜査が始まった。しかし当局の動きをあざ笑うかのように、第二、第三の犠牲者が──。三つの惨死体を追って暗黒街に挑む刑事魂を描いた活劇篇。

 音楽:浜口庫之助が、ジャズ、流行り歌、といっても、聞いた覚えのない曲だが(笑)、クラシックと、遊びに遊んでいるのが、にやりとさせられる。
 冒頭、男が射殺されるシーンには、サスペンス映画の定番、ジャズ、それが女性歌手の、いかにもなモンキリな流行り歌に変わり、そして殺されるシーンには、かの、ヴェートーベンの、ジャジャジャジャーン!
 小サスペンスに、大げさな、と失笑しかけると、場面は変わって、アパートの一室で、浴衣姿の男が、レコードを聞いている、その音だったのね。高松英郎がくつろいでレコード鑑賞としゃれ込んでいると、ドアにノックの音。
 最寄りの交番巡査が、「お休み中のところ申し訳ありませんが、殺人事件が発生したとのことで、至急現場に向かうようにとの、ことです」。
 当時は、独身警官の家などに電話がないから、最寄り交番の巡査が連絡係りに借り出される、定番ながら快調な出だしだ。
 この時期の大映で、悪役か刑事役のどっちかしかない高松英郎は、悪役では、いつも中途半端だが、刑事役では能吏。職能に徹した演技が、刑事役では映える。
 もとコールガールの若松和子(この時期大映のお色気お姉さん)が、第二の犠牲者として、殺されるが、壁に自分の血でダイイング・メッセージ「シ6」。この謎に高松はさんざん悩むが、やっとわかってみれば、なんと「芝浦6号台場」、そこに組織のアジトがある、という。ダイイング・メッセージのためのダイイング・メッセージ。こんなダイイング・メッセージ書くバカあるか(笑)。
 第一の犠牲者の立ち寄り先の、クラシック喫茶に行く高松。証言者の清楚な、クラシック好きのウェイトレス・仁木多鶴子に、好かれてしまう。武骨一本やりの高松に好意を持つという、普通はありえない(笑)展開。落ちは案の定だが。
 刑事役、ヤクザ・チンピラ役の、大勢の大映脇役陣の安心の演技が、ココロ和む(笑)。

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by mukashinoeiga | 2014-10-26 04:48 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

阿部毅「襲われた手術室」

 阿佐ヶ谷にて。「ミステリ劇場へ、ようこそ。【2014】」特集。60年、大映東京。
 無名の監督、65分というビミョーなランニング・タイム、いま現在から見て、ほぼノンスタア、かろうじて名前が残っているのは高松英郎くらいか。
 こういう超ジミ映画を混ぜてくれるラピュタは、ホントウにありがたい。

『襲われた手術室』1960年(S35)/大映東京/白黒/65分 <ラピュタ阿佐ヶ谷HPより>
■監督:阿部毅/原案:竜井謙太/脚本:下飯坂菊馬、田坂啓/撮影:宗川信夫/美術:山口煕/音楽:池野成
■出演:友田輝、浜田ゆう子、倉田マユミ、三保まりこ、高松英郎、藤山浩一、土方孝哉、町田博子
とある外科医院に逃亡中の強盗三人組が逃げこんだ。そこへ急病の少年が──。深夜の手術室、凶悪ギャングの拳銃を背に、幼い命は救えるか?!緊張と恐怖の極限に追いこまれた青年医師とその恋人の奮闘を描く異色篇。

 大映らしい、小ぶりなサスペンス。水準作だが、見ているあいだは楽しい。
 安心の職人技が光る、安心の定食屋の、日替わりB定食
 見明凡太朗院長(ちょっとしか出てこない)が留守の小医院の、若い先生カップル(スタアオーラのまったくない友田輝、浜田ゆう子)が、高松英郎ら三人の殺人強盗の、逃げ場に利用される。
 かの、存在そのものが不審者女優・倉田マユミが、今回は有能な婦長で、職業に徹した役で、頼もしい。
 もっとも事件が解決した後の、全員笑顔で、彼女の笑顔のみ、やや不自然(笑)。
 この時期の大映で、悪役か刑事役のどっちかしかない高松英郎は、刑事役では能吏だが、悪役では、いつも中途半端。本作でも、妙に観念しちゃって、仲間の藤山浩一を、裏切ってしまう。
 悪役なのに、悪に徹しきれない生ぬるさが、いつもの高松英郎。
 いつもチャらい、にやけ顔の藤山浩一が、あごひげを生やしてワイルドに。いい。
 医院に固定電話が一本で2台。受付と手術室に切り替えスイッチあり。この時代めいた小道具による、小サスペンスが楽しい。

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by mukashinoeiga | 2014-10-25 02:22 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(2)

続・佐分利信「広場の孤独(廣場の孤獨)」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。53年、新東宝。
 先の★佐分利信「広場の孤独(廣場の孤獨)」感想駄文★の続き。
 本作は、この映画製作当時の「世界の中の日本」に関する、ドキュメンタルな世情・心情レポートを、娯楽映画の範囲内で描こうとした、意欲作である。
 しかし、娯楽映画というものが、斬った張った、惚れた腫れた、泣いた笑った、の「小説」的世界を、通常は描くとすれば、本作は「一国の運命」「一民族の行く末」を、描く「大説」的世界、実に野心的な試みであり、それは、かなり成功していて、非常に緊密な、ドキュメンタルなドラマと、なったと思う。
以下、ネタバレ。

『広場の孤独(デジタル)』公開:1953年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:佐分利信
主演:佐分利信、津島恵子、菅佐原英一、高杉早苗、千田是也、津島恵子
スターリン死去の報に沸く冷戦下の日本に、動乱利権屋のティルピッツが入国し、右翼と左翼の衝突を画策。その暗躍に、日産新報外信部副部長の原口(佐分利)と妻が巻き込まれ…。原作者の堀田善衛、武田泰淳、片山哲(社会党書記長)など、多くの政治家、文化人も出演し、佐分利の監督としての格を見せつけた社会派大作。冒頭15分ほど画面と音声の乱れが続きますことをご了承の上、ご覧ください。

 主舞台となる新聞社、日産新報、映画に登場する新聞としては「毎朝新聞」が定番か。その中で「産」の字は、珍しい。
 サブリンの妻・高杉早苗は戦前の上海の生まれ、育ち。島国日本のスケールを逸脱している彼女は、しみったれた、ビンボーくさい日本が大嫌い。呪詛するがごとく日本の現状をのろい、夫サブリンの無能をあざけり、そう、本作では、サブリンは、日本そのものの象徴と化して(笑)いるのだ。
 サブリンの自虐趣味と、日本人一億の自虐が、奇妙にシンクロする(笑)。
 「日本を呪詛し、国を売る」日本人は、現在でも左翼に多く見られる。現代にも通じる話だ。
 その高杉がオーストリー人「動乱利権屋」の手先となっている。
 「動乱利権屋」とは、なんぞや。他国の内乱、動乱を煽り立て、世情不安を原資にダーティーマネーをいただこうという寸法か。
 その高杉の行為を、裏で指図しているのがサブリンだという誤解から、部下・菅佐原英一は「国を売るとは何事か」と、サブリンを鉄拳制裁。
 まず、妻の悪事は夫の指揮下にあるのだ、という誤解。サブリンは、ホントウは妻を制御不能、という実態を知らぬゆえ(笑)の誤解だ。
 にしても「売国奴」に鉄拳をふるう新聞記者、というのも珍事だ。現在でも、朝日、毎日の諸君は、率先して、「ニュースを売る」イコール「国を売る」と、「意図的勘違い」をしているわけだからなあ。

 おそらく原作由来の「広場の孤独」とは、何か。
 暗い広場のなかに、強烈なスポット・ライトが二つ。この二つの強い光にさらされて、自分たちは、うろちょろあがいている。二つの強い光とは、文字通り米ソの冷戦をさし、それにホンロウされる「小国の悲哀」ということだろう。
 外国勢力の「草刈場」と、なっている「悲哀」。
 で、高杉の発想には、米ソ冷戦の渦から、逃れえている国としても、アルゼンチンが想定されている模様。当時のアルゼンチンが、米ソから自立した大国ないし中堅国として認識されている。誤解なのだが。
 しかし、それはある意味、影響ある大都市から、遠く離れている「田舎町」の利点であって、それは、やがて、没落するもととなるだろう。

 当時の日本の「小国の悲哀」は、やがて減殺されることになるだろう。日本自身が小「大国」にのし上がり、ソ連のパワーは衰退した。そのDNAは、現在もクリミア半島で発揮されたが、かつての勢いはない。
 日本は「あいまいな中州」から、アメリカの「安定した子分」の位置に落ち着き、しかし、強い自己主張をしないがために、依然として、国連など外交の場では「小国の悲哀」を味わっている。
 現在、今度は米中の二大国にはさまれて、「小国の悲哀」を味わっているのは、韓国だろうか。ただ、歴史を通じて、一貫して支離滅裂なこの国は、自ら求めて、その失策ゆえに、大国間でホンロウされているように見える。
 支米滅裂

 で、強烈な個性の高過ぎ、もとい高杉早苗の陰に隠れて、印象が薄くなっているヒロイン津島恵子が、侮れない(笑)。アメリカ系商社?の事務員だったが、日本人女性社員のみの健康診断をする、あたしたちまじめな女性を、パンパンと同一視している、ということで嫌気がさし、退職。
 次に、モンダイのオーストリー人「動乱利権屋」が、隠れ蓑にしている花屋に就職。
 でも、オーナーの裏稼業を敏感に感じ取り、今度は日航のスッチーに。
 ちゃらちゃらと、立場を変えていく、しなやかな(笑)津島恵子。日本のある側面でもある、自由自在な「転向」傾向を表わして、きわめて軽快である(笑)。ある意味では、兄・田島義文(日産新報の左翼的組合委員長)以上の転向を繰り返して、なおかつ兄の転向は、平気でなじる(笑)。
 この津島の「変転・流浪する運命」は、まさに戦前松竹メロドラマのヒロインそのまま。このヒロインの変転でドラマを転がす、サブリンのメロドラマ監督としての腕もグッド。やるぅ。

 面白いのは、大磯の高級花屋の津島が、わざわざ羽田空港に日参する。来日する外国人がバラの花束を持っていると、その花束を譲り受け、日本にはない品種を育てるため。なるほどな、と思う。今からは予想もつかない花屋事情。
 そうして空港に日参するうちに、スッチーへの憧れを持つ。原作由来だろうが、ナイスな展開だ。
 珍奇な外国産品種への、あこがれ。

 サブリン、スサリン(笑)菅佐原英一共通の知人である、アメリカ人従軍ジャーナリストは、言う。
「もう朝鮮(戦争)は、卒業だ。今度は、ホーチミンの仏印に行く。次が、日本にならないことを、祈っているよ」
 うなづく菅佐原。そういう時代だったのだ。
 サブリンのジャーナリスティックなセンス、ドラマのセンスは、きわめてバツグン。あの仏頂面の影で(笑)。
 なお、多数のインテリ面の新劇人が、新聞社記者として、出演。この贅沢な多量出演こそ、俳優出身監督にして、リベラリストが多い新劇人からサブリンが信頼されていた証。その中で、インテリ面ではない小沢昭一が、屋台のラーメン屋として数秒出演しているのは、シモケンさんのご指摘どおり。

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by mukashinoeiga | 2014-10-23 11:11 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(0)

低脳おバカなシネマヴェーラ映写技師

 渋谷シネマヴェーラに、「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集の、佐分利信「広場の孤独(廣場の孤獨)」吉村公三郎「誘惑」の2本立てを見に行った。
 「誘惑」は、既見作なので、時間の都合上、途中から入って、「誘惑」後半→「広場の孤独」→「誘惑」前半と、見ようと思う。
 ということで、「誘惑」後半に入ったら、なんだか、やたらと、音量が、でかい。サブリンもハラセツも怒鳴るように、しゃべっている、しっとりとしたメロドラマなのに。しかも昔のサントラなので、ノイズがガーガーうるさい。
 これは、恋愛ドラマとしては、つや消しだあな、と見ていた(いや、聞いていた)。
 で、「広場の孤独」のあと、「誘惑」前半が始まるや、なんだか、音声が異常に小さい
 すべてのせりふが、かろうじて聞き取れるほどの、ささやき声。
 伴奏音楽も、喫茶店のイージーリスニングのBGMより、小さい。
 いや、これより小音なら、せりふが聞き取れず、外に出て、抗議にしにいくレヴェル。
 しかし、耳を澄まして、聞き取れるレヴェル。
 ははあ、これは、前回の「爆音」を、客に抗議されて、低くしたな。
 しかし、ノイズ消去を目的にしたため、異常な微音に。過剰反応。
 バカだろ、シネマヴェーラ。
 爆音の次は超微音。「適切」という言葉は、シネマヴェーラの辞書には、ないのか。
 本作は、おそらくエリア一本のデンシティと呼ばれる旧世代サウンドトラック。並行した二本の、比較的細い線の帯のギザギザで音声を取り込んだものではなく、その前世代にあたる一本の太いサントラの「濃淡」で、音声を記録したものと思われる。
 デンシティのローテク・サントラなら、摩滅したフィルムなら、ノイズは、つねに、確実に「拾う」。
 だから、「適切な音量」は、聞き取りやすい音量であると同時に、いかに、よりノイズを低く聞かせるかの、せめぎあいであり、つまり、プリント一本一本の最適音量は、すべて、違う、と思わなければならない。
 シネマヴェーラは、おそらく、事前に、プリントの点検をして、その「画像」の劣悪を把握しているかと、思う。ならば、同時に、それぞれのプリントの、最適音量も、把握すべきである。これは、画像点検より、簡単であろう(ただし、技術的失敗から、いわゆるリールごとに違う可能性も、否定できないし、完璧なノイズ除去は、おそらく今回のように、超微音にするしかないのだが)。
 しかし、この極端に走った音量差は、観客には、完全に迷惑であろう。ほとんどの観客は、その一回の上映しか見ないのだから、一期一会の上映不適切は、個々の観客に、相当のダメージだろう。ぼくは、たまたま途中入場ゆえに、その極端なブレに気づいた。

 とは、いうものの、映画好きであるだけでなく、映画館好きでもあるぼくは、その上映ミスですら、楽しい(笑)ヘンタイでございます。
 正常かつ適切に上映された場合「だけではなく」、その「ズレ」「揺れ」「漏れ」「ボケ」も、ヴァリアントのひとつとして、楽しい(笑)。
 超微音で、すべてのせりふが、そこはかとないささやき声になるなか、ボーヨーとしたサブリンののほほん声が、かすかに聞こえ、ハラセツの愛らしいささやき声がほのかに聞こえる。
 微音映画祭として、個人的には、楽しんだ。
 にしても、シネマヴェーラ、ホントウにバカ(笑)。

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by mukashinoeiga | 2014-10-22 23:34 | うわごと | Trackback | Comments(0)

佐分利信「広場の孤独(廣場の孤獨)」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。53年、俳優座、配給・新東宝。
 うーん、きわめて劣悪なデジタル画面ながら、きわめて面白い。
 多彩な人物が右往左往する群像劇を、多彩な俳優たちが、生き生きと演じる、集団ドラマが、サブリンは、ホントウにうまい。
 ふつう社会派映画監督というと、今井正、家城巳代治、山本薩夫など名が挙がるが、本作のサブリンは、彼らを軽く凌駕した、極めつけの社会派映画作家といえる。
 本作のサブリンを見てしまうと、彼ら、今井、家城、山本などは、社会派「風味」監督、似非社会派「通俗」監督に、思えてしまうほど。
 こんな、骨太かつアップツゥデートな、問題作は、彼ら代々木系の三監督は、作ったことは、あるまい、というほどだ。しいて類似作を挙げるとすれば、黒沢明「ある生き物の記録」くらいか
 恋愛メロでなければ、豪快アクションでもない、文芸メロでもなければ、キワモノ猟奇エログロでもない、こんな「商売にならない」映画を、良くぞ「商売第一」の新東宝は作らせた。まあ、なんかのどさくさにまぎれて、勝手に作られたのかもしれないが、許す。
 それに比べて、新東宝の遺産を引き継いだ国際放映は、一部の小津や成瀬などの要注目作のみ35ミリで保存しつつも、無名の諸作は、名画座にもホームヴィデオ並み(本作は以下だが)の劣悪なデジタル素材のみ提供する。
 本作など、劣化した16ミリ・ポジの流しこみデジタル化、画面は揺れるし、音声は最悪。
 もしいまも、この16ミリポジが存在するなら(国際放映のことだからデジタル化と同時に廃棄というのは、十分ありうるのだが)フィルムセンターも、くだらないごみフィルムを「発掘」する代わりに、本作のコマ撮りデジタル・リマスター化をすべきであろう。それくらい、歴史証言的にも、映画的にも、貴重なフィルムなのだ。
 本作は、戦後社会派ドラマの、最重要トップテンの、上位に入るべき映画なのだから。

『広場の孤独(デジタル)』公開:1953年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:佐分利信
主演:佐分利信、津島恵子、菅佐原英一、高杉早苗、千田是也、津島恵子
スターリン死去の報に沸く冷戦下の日本に、動乱利権屋のティルピッツが入国し、右翼と左翼の衝突を画策。その暗躍に、日産新報外信部副部長の原口(佐分利)と妻が巻き込まれ…。原作者の堀田善衛、武田泰淳、片山哲(社会党書記長)など、多くの政治家、文化人も出演し、佐分利の監督としての格を見せつけた社会派大作。冒頭15分ほど画面と音声の乱れが続きますことをご了承の上、ご覧ください。

 本作の特徴は二つ。
 まず、簡単なほう(笑)からいうと、サブリンの自虐趣味。
 ヌーボーとした「鈍感さん」な夫に対して、その妻・高杉早苗は、夫とは比較にならない肉食系、夫をいつもコテンパンにののしり、夫よりも生活能力旺盛。新聞社勤務のサラリーマン夫に対して、外車ディーラー(当時の花形職業)、外人専門の脱法カジノでの荒稼ぎ、外人スパイの手先を率先として、引き受け、ドルの獲得に奔走する、ある意味での、スーパーレディだ。
 妻にガンガン責められる夫という、しかも稼ぎは妻が上、そんなことは辞めろよ、というサブリンに対し、「あなたの月給が十万超えたら、家でおとなしくしてる妻になるわ」と、毒舌絶好調。
 イヤー、サブリンの自虐趣味、満開やね(笑)。
 この「強い女」高杉早苗が、絶対の魅力。責められているサブリンは、絶対興奮してるはず(笑)。
 しかも、部下の青年・菅佐原英一(サブリンにスカウトされて、本作でデヴュー)に、公衆の面前たる路上で、鉄拳制裁されて、殴られまくり、泥まみれとなる。
 自分がスカウトした新人に殴られまくる、という、いまならやおい的展開というべきか(笑)。

 さて、では、高杉早苗は、なぜハイリスクハイリターンな、ドル稼ぎに奔走したかというと、上海生まれ上海育ちの彼女は、
「こんな、しみったれた東京、しみったれた日本は、大嫌い」と、日本を嫌悪、アルゼンチンへ「逃げ出す」ために、高額な海外渡航費用をためているわけだ。
 これまた、当時の映画、前述黒沢明「ある生き物の記録」や、日活無国籍アクションにも共通する、日本忌避、嫌悪、日本否定、海外雄飛の、当時の<時代的気分>だ。
 もっとも、<ここでない、どこか>に対する嗜好/志向は、ある程度、いつの時代にも、あるわけだが。

 では、なぜ、アルゼンチン、なのか。黒沢、日活も、みんな、ブラジルなど南米を目指す。
 ここで興味深いコラムを、最近読んだ。ぼくはペーパーで読んだが、同記事はネットでも読める。
★【日本の解き方】世界を知らぬエセ論者には社会&経済問題の解決は困難だ (1/2ページ) - 政治・社会 - ZAKZAK★
 かつて筆者が米プリンストン大学で学んでいたとき、ポール・クルーグマン教授が面白い話をしてくれた。
 「研究対象としては、日本とアルゼンチンが興味深いね。(経済学者の)サイモン・クズネッツが言っていたが、世界には『先進国』『途上国』『日本』『アルゼンチン』の4種類の国しかない。先進国と途上国は固定メンバーだ。例外として、日本は途上国から先進国に上がったが、アルゼンチンは逆に先進国から途上国に下がった。日本もアルゼンチンも“病理学的見地”から他に類を見ない面白い例なんだ」(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

 同氏は同様の別コラムでも、
『母をたずねて三千里』というアニメをご存じだろう。130年前、イタリアからアルゼンチンに出稼ぎに出た母を訪れる物語だ。今ではアルゼンチンを先進国と思う人はいないだろうが、当時は出稼ぎを受け入れる立派な先進国だった。

 と、のべている。
 当時としては、「ここでないどこか」「米ソ二大大国にホンロウされる小国・日本」に対比される存在感が、あった国だったのだろう。日本的「脳内お花畑」の幻想として。
 そのアルゼンチンは、なぜ、没落したのか。
 そして、サブリンが、本作に仕掛けた「意趣」とは?
 長くなったので、本作の感想駄文は、続く(笑)。続きは、★続・佐分利信「広場の孤独(廣場の孤獨)」★にて。

◎追記◎
★日本人は資本主義が嫌い?★
 日本人は先進国の中でもっとも自由市場を支持しておらず、一方で中国人は米国人以上に自由市場を支持している。こんな実態が米国の調査機関によって明らかにされました。(中略)
 一方、世界でもっとも自由市場に対する支持率が低かったのはアルゼンチンで、33%の人しか支持していません。アルゼンチンは、戦前は非常に豊かな先進国でしたが、戦後は産業構造の変革に失敗し、先進国の座から転落してしまいました。何度もハイパーインフレを繰り返し、軍事政権が誕生するなど政情不安定な状態が続いてきましたから、自由市場に対する信頼が低いのは当然かもしれません。一部の識者からは、産業構造の変化を嫌い、豊かな先進国としての立場を失いつつある日本は、当時のアルゼンチンとよく似ていると指摘する声もあがっています。(後略)

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by mukashinoeiga | 2014-10-22 00:28 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(2)

小渕優子&松島みどり辞任

 小渕優子の首を取った週刊新潮は、大殊勲だが、
ウチワごときで松島みどりを追い詰めた、民主党&レンホーは、ホントーに、バカ(笑)。
 まあ、朝日新聞出身の松島が、首になるのは、いいことだろうが、これ、首を取ったこと自体が、ホントーにお間抜けな、民主党(笑)。

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by mukashinoeiga | 2014-10-20 22:41 | うわごと | Trackback | Comments(0)

五所平之助「猟銃」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。61年、猟銃プロ、配給・松竹。
 サブリンが年若い妻・岡田茉莉子には、「食指」を動かさず、茉莉子のいとこ・山本富士子とは、愛欲不倫の日々。
 茉莉子のどこがよくなくて、富士子のどこがいいのか、映画は一向に明らかにしないので、いまいち、ノレない映画。茉莉子が、いつものように、女としては、ぎすぎすしていて、富士子が、いつものように、愛らしいせいだろうか。
 それなら、まったくサブリンと同意だが、そういう「女優の質」だけに頼るのも、なんだか映画としては、情けない。
以下、ネタバレ。

e0178641_22592863.jpg猟銃(35mm)公開:1961年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:五所平之助
主演:山本富士子、鰐淵晴子、岡田茉莉子、佐田啓二、乙羽信子、柳永二郎、田浦正巳、佐分利信
離婚後も元夫の愛人が生んだ娘・薔子を育てながら、従妹の夫・礼一郎と不倫関係を続ける彩子は…。愛憎渦巻く大人たちの穢い世界を、薔子の視点から描いたメロドラマ。礼一郎役の佐分利が男の色気を醸し出す。山本富士子と岡田茉利子の演技合戦も見もの。

 自虐的にダメ男を演じたがるサブリン監督作のサブリンを、この特集で見慣れていると、本作における異様なモテモテぶり、茉莉子と富士子を両手の花のサブリンも、また、面白い。
 ただサブリン監督作の、揺れと風格の絶妙な配合、俳優の配置の素晴らしい俳優愛、それらを見たあとで、この五所平映画を見ると。
 男女の心の葛藤と揺れを描きつつ、映画が一向に「揺らがない」のが、俳優たちの演技が一向に「弾まない」のが、歯がゆく見えてくる。
 「堂々とした文芸映画」の、その「堂々」が、紋切り型過ぎて、物足りない。
 「巨匠の王道映画」の凡庸と、食い足りなさを、感じてしまう。
 たいへん愛らしい可憐な鰐淵晴子を、本作で見ていても、一向に、輝いて見えない、という俳優愛のなさも。
 すっかり監督作のサブリン菌に毒されているのかもしれない。

 そして、唐突にあらわれる、あっと驚く落ち。
 山本富士子は、離婚後、長いあいだ独身だった前夫・佐田啓二が、ようやく再婚したときくや、さっさと自害。
 遺書によれば、佐田啓二は「分かれても好きな人」で、サブリンのことは大して好きでもなくて、単なる心と体の飢えを満たすための、佐田啓二の「代用品」だった、と!
 その遺書を、ボー然と読むサブリン。
 いい年こいた大人が、好きな人が再婚したから、自殺というのもトートツだが、これまでの愛欲描写を、通り一遍に裏切る落ちも、なんだかなあ。
 まあ、それほど好きでもない相手と、ずるずる付き合うというのは、ありがちかもしれんが、じゃあ、それまでの愛欲描写を、別の視点から、再構成する作業が、必要だろう、というのは、現代のだらだらした、どんでん返し&再構成描写を見慣れてしまった、現代の映画ファンの不幸かしらん。

 本特集でも上映済みの、感想駄文済みの島耕二「渇き」58年では、同年公開の小津「彼岸花」で、サブリンの娘の友人役・山本富士子を、サブリンの妻役とした。
 その三年後の本作では、その山本が愛人、前年60年の小津「秋日和」で、サブリンらをやり込めていたハツラツお嬢さん・岡田茉莉子を、サブリンの妻に。
 まるで、「女性にウブ」で、なおかつ「すっかり女に枯れ果てた」小津映画の「お子様ぶり」を「揶揄する」かのような、島耕二と、五所平なのであった(笑)。

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by mukashinoeiga | 2014-10-19 05:36 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(12)