<   2012年 08月 ( 17 )   > この月の画像一覧

2ちゃんのコピペ

 には、時々秀逸なものがある。

115 :名無しさん@13周年:2012/08/29(水) 13:29:33.61 ID:6tkd5/0i0
民主党政権になってマスコミが使わなくなった言葉

・埋蔵金  ・消えた年金 ・後期医療 ・党利党略 ・セーフティーネット
・説明責任 ・任命責任 ・総理のリーダーシップ ・監督官庁 
・二大政党制 ・バラマキ ・マニフェスト ・庶民感覚  
・格差社会 ・漢字の読めない ・ブレ ・閣内不一致 ・人気取り ・選挙目当て ・強行採決 
・総理としての自覚  ・国民が大変なこの時期に ・料亭 ・国民目線
・コップの中の嵐 ・国民そっちのけ ・引き際 ・政治空白
・直近の民意 ・民意を問う ・国民の審判 ・解散総選挙 
・お友達人事 ・軍靴の音が聞こえる ・政冷経熱 ・単なる儀礼的会談 
・実感なき景気回復 ・派閥 ・派遣村 ・新卒
・大企業優遇、庶民いじめの大増税
・民主党公認候補 ・民主党推薦候補
・閣僚の更迭

民主党政権になってマスコミが使うようになった言葉

・総理は休日返上で ・激務 ・静養 
・日本料理屋 ・飲食店 ・都内の料理屋
・野党責任/責任野党 ・責任分担 ・推定無罪 ・冤罪
・勝者はいない
・税の見直しによる増収 ・税の抜本改革による増収
・閣僚の交替

 引用終わり。なかには、若干、ビミョーなものもあるが、おおむね、納得。ほとんどのマスコミが、ダブル・スタンダードを平気で、押し付けてくる。それを忘れないで、マスコミ情報に、接するべきだ。

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by mukashinoeiga | 2012-08-29 21:59 | うわごと | Trackback | Comments(0)

今井正「仇討」

 京橋にて。「生誕百年 映画監督 今井正」特集。64年、東映京都。脚本・橋本忍。
 下級武士・中村錦之助が、些細な口論から、すこし上級侍・神山繁と対立し、果たし状をもらい、これを討ち果たす。
 さらに、神山の弟・丹波哲郎も、その仇討ちを挑んで、錦之助に返り討ち。
 なあなあで、丸く、かつ抑圧的に、納めようとした、家老・三津田健、その部下たち藩官僚、三島雅夫、田中春夫、は、これでは、顔が立たない。かくて、「正式な作法」に、のっとった「仇討ち」を「演出」する。
 討たれるのは、もちろん錦之助、「討つ」のは、兄ふたりを錦之助に殺された、三男・石立鉄男。後年のずうずうしい石立とは別人のように、錦之助は兄と慕う友達だし、陰惨な仇討ちにもメソメソと泣く、弱い、年少の男の子を好演。
 錦之助は、兄・河原崎長一郎の、家としての体面と、面目を保つため、石立鉄男に、討たれようとする。先祖伝来の名刀を、石でワル研ぎして、歯をぼろぼろにして、仇討ちで、殺されようとする。
 しかし、石立少年には、山本麟一ら、六人の助っ人(この一人に蜷川幸雄がいるらしいが、例によって役者としては、地味なヤツなので、判別できず)。卑怯なり、相手が石立鉄男少年のみなら、おとなしく討たれてやったものを。かくて、助っ人や石立、そして、藩重役に対する大立ち回り。体制派官僚の、ことを丸く納めて、穏便に治めよう、と言う思惑が、主人公を狂わせていく。
 「ことを丸く治めようとする」日本的政治配慮が、すべて裏目に廻り、陰惨な惨事へとなっていく。まるで、今の尖閣、竹島問題を見ているようではないか。
 ぼくは、若い頃の錦之助の、ナチュラルな魅力が好きだ。さわやかで、つつましくて、低温で、クールで、まるで、若い、子猫のような。
 年をとり、クサい芝居の、(名前改め)ヨロキンは、もうダメ。萬屋錦之助、変化ありすぎやで。
 本作では、後年の、クサくて、あざとい演技のヘンリンが、かな~り出ている。どす黒い顔のメイクからして、もう、錦之助ではない、ヨロキンの兆候。
 しかし今井正の、反体制映画の数々を見て、いつも思うのは、同じ共産党作家、山本薩夫が撮っていれば、いかに、映画的豊穣さに満ちた快作が、生まれていたか、ということ。
 明朗快活な青春讃歌「青い山脈」系をのぞいて、すべてを山本薩夫が、撮っていれば。どれほど豊饒な左翼娯楽映画になっていたか、と。
 やはり、正しいだけじゃ、ダメなのよ、

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by mukashinoeiga | 2012-08-29 00:06 | 今井正 青い左傾山脈 | Trackback | Comments(0)

G・プレイクストン「頓珍漢スパイ騒動」日本ロケ斎藤達雄ら日本俳優出演アメリカ映画

 渋谷にて。「映画史上の名作7」特集。52年、アメリカ。16ミリによる上映。東西映画提供、松竹配給。
 占領期の東京ロケ、斎藤達雄、大川平八郎、沢村いき雄などが英語のせりふ。あと1回の上映。レア度満点、急げ(笑)。作品としては詰まらんが、貴重度満点。
 監督ジョージ・P・プレイクストン、C・レイ・スタール、こんなマイナーな映画が共同監督とは、どういうことだ。別タイトル「間諜(スパイ)777」。どう見ても、バッタもの、の予感。
 映画は、残念ながら、つまらない。せこいギャグ、オーラのないアメリカ人主演俳優たち。しかし、レア度は満点。オキュパイド・ジャパン(占領下日本)の風俗がたっぷり。そのなかで、斎藤達雄はともかく、沢村いき雄まで、英語の台詞(笑)。あまりに意外すぎて、ウケるー。
 朝鮮戦争当時、朝鮮で1年の兵役後、東京休暇を経由して、アメリカに帰る、二枚目・三枚目の米兵コンビ。その東京での経過の映画。斎藤達雄ら、悪の一味との対決&ギャグ。

 号外を売る新聞少年、「号外~号外~」を「ごんがい」と発音。アテレコは、朝鮮人か中国人か。そういうレヴェルから、斎藤達雄、沢村いき雄まで。大変美人だが、映画的オーラのないC級アメリカ人ヒロインや、Z級アメリカ人スタアやら、さえない役者が右往左往する。ギャグも凡庸。
 東京は銀座あたりを東京観光と称して右往左往する、アメリカ軍兵士の主人公たち。あちこちの店に、「連合国兵士お断り」「オフリミット」の看板がある。ここも、あそこも、俺たち出入り禁止の店ばかりだぜ、と嘆く主人公たち。えー、オキュパイド・ジャパンでは、アメリカ人は、日本人問答無用の「神様」でなかったのか。それが、あちこちの喫茶店、バーに「オフリミット」の英語パネル。つまり、MP+日本警察が一体となって、アメリカ人兵士を、一般の日本の飲食店に、入れない施策をとっていたらしい。これは、初めて、知った。本当なのか。
 占領下日本で、アメリカ人差別が、あったのか。これは、不思議な描写で、信じがたいが?
 怪しげな店に兵士を入れないだけでは、ない。一般の喫茶店、飲食店でも、そういう看板パネルがあるという、設定。
 たまりかねた主人公は、アメリカ軍の軍服を、貸衣装屋でスーツに交換する。この貸衣装屋が、MPの襲撃を受ける怪しげな店。斎藤達雄とともに地下室にいるのは「007ゴールドフィンガー」の俳優、プロレスラーのハロルド坂田。

 余談。渋谷シネマヴェーラの場内は、この時期にもかかわらず、ノー冷房。暑い暑いと呪詛のように呟くひと、終始センスをパタパタのひと、ぼくのようにあまりの暑さに上映中思わず失神するひと、多数。例によって受付ロビーには冷房、受付スタッフにはやさしく、観客には悪逆の限りの渋谷シネマヴェーラなのであった。上映前の陰気かつ悪意に満ちたアナウンスも健在。
◎追記◎原題はGaisha Garl。いかにもな。

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by mukashinoeiga | 2012-08-27 01:12 | 珍品・怪作の谷 | Trackback | Comments(0)

今井正「婉という女」

 京橋にて。「生誕百年 映画監督 今井正」特集。71年、ほるぷ映画。
e0178641_22221764.jpg 岩下志麻が、凛とした女を演じる。江戸時代の土佐藩。
 前の家老が非情に有能かつ、謹厳な藩政を行った。灌漑事業などが成功し、藩財政は豊かになったが、反対派や、その有能ゆえの妬みも多かった。
 その家老の死後、遺族は、その反対派たちによって、人里離れた山中の、一つ屋に、一家全員が軟禁、幽閉されて、40年。家老未亡人、家老の妾、このふたりと家老の間に生まれた男女の子供たちは、八人か。
 ここら辺がほとんど説明紹介もなく、ドラマが展開して、ちょっと人物関係がつかみにくい。若い男女にかんしては、家老の遺児だとわかるのだが、年配の女性は、本妻なんだか、妾なんだか、下女なんだか、早い展開についていけず、だれだかよくわからないまま、ドラマに目を凝らすしかない。
 また、子供たちも、本妻の子なんだか、妾の子なんだか、ほぼ同等の描写なので、区別がつかず。これに輪をかけて、母娘もお互い相手を「~様」と敬語で呼び合い、姉妹も同様。言葉使いでの区別も出来ない。
 不親切なんだろうが、市川崑の横溝ミステリなら、だれが誰だか紹介する必要はあろうが、まあ、人間ドラマとしては、仕方ないことか。今井正演出は、人物整理が下手、ないしは、関心がない。

e0178641_22231750.jpg というのも、ドラマの中心は、だんだん、三女・岩下志麻に、絞られていくからだ。
 不当にも、40年間幽閉された一家のドラマなのではない。まだ幼児のときに家族とともに囚われ、四十女として、初めて、世に出て行く女のドラマに、収束していく。

 40年間の幽閉。考えるまでもなく、これはアウンサン・スーチーの場合より、ひどい。というのも、申し訳ない話だが。しかし、若い男女は、家から一歩も出られず、青年期になると、性欲の旺盛な時期になるも、対象は、目の前の、兄と妹、あるいは生みの母しか、いないことになる。
 長女は、婚家から、引き連れだされ、夫や乳飲み子と生き別れのまま、幽閉され、数年で自害。ある兄(河原崎長一郎)は、次女・楠侑子や、妾だった母・佐々木すみ江にまで、手を出す。他人がいない、出合えないのだから、仕方がないといえば仕方がない。しかし、まさか、犯されて、身悶える佐々木すみ江を見るとは、思わなかった(笑)。
 妹・志麻に迫られて、それでも、堅く操を守る兄に、緒方拳(笑)って。のちの鬼畜系俳優・緒方なら、真っ先に美形の妹に喰らいつくだろうに。ま、あだしごとはさておき。

 岩下志麻は、たいへん、美しい。上から目線で、もと家老の娘として、はした侍を一喝する、凛とした役には最適。
 ただ、緒方拳や、まだ若さでギンギンの北大路欣也などを想って、妄想夢にふけるシーン。身もだえ、あえぎ顔になるのだが、木で鼻をくくったような、義務感?丸出しのあえぎ顔とでも言いますか。エロいシーンに挑戦しても、で岩下はそういうシーンによく挑戦しがちなのだが、いつもコントみたいなあえぎ顔なんだよねー。あえぎ顔、下手すぎや。

 余談。今回ぼくの見た席から、同列で数席はなれたところに、サラリーマン風の男。上映開始ぎりぎりに、その男の隣に、ばあちゃんが駆け込み着席。するととたんに、ばあちゃん、男を罵倒し始める。
「あんた、あんたのとなりだったのね」「やめてよ、あんたのせいで、映画の気が散るんだから」「やめてね。ホントに」と、しつこく罵倒する。男は反論せず、静かに、耐えるのみ。
 特にうるさいようには、見えないが?
 結局、さんざん男を罵倒したあげく、ばあちゃんは、一つ後ろの列に移動。後ろの列の隣客には、ぎりぎりの移動をわびている。
 で、上映が始まったら、男はちいさなメモ帳を取り出し、筆記にかかる。ああ、ばあちゃんの言ってたのは、これかあ! 上映中のメモがき、ペンの音、ページをめくる音、ノートの白い光沢、となりでこれをやられたら、そりゃあー、映画には集中できないわナー。
 フイルムセンターでは飲食禁止。上映前にペットボトルを飲んでいたら、警備員に注意された。前に、やはり今井正の映画を見る前に、ペットボトルを飲んでいたら、いかにも左翼臭の強そうな(笑)観客から注意された。
 上映前の水分補給に、何の問題があるのか、ぼくにはよく理解できない。
 であるならば、上映中のメモ行為は、もっと、いかんだろう。数は少ないけど、タマにいる。目障り、耳障りだ。
 なに? フィルムセンターには、研究者も来る? 研究者なら、頭に叩き込め。ま、いまどきの映画研究者は、DVDで見て、映画館には、来ないらしいが。
 男は、メモがきは最初だけで、後は放棄の模様。そりゃ、そうだろう。暗闇で、映画の展開を目や耳で追いつつメモなんて、プロの速記者じゃなきゃ無理。今まで見たメモ書き野郎も、大体、途中放棄が多かった。
 「ふつうの字」しか書けない野郎には、はなから無理。そもそも普通に見ているだけでも、前述のように、情報量が多くて、追いつけないのを、それを速記文字でなくメモする、しかも暗闇でなんて、完全に無理、シロウトには。

 さらに余談。結局メモ書き男は、途中放棄いたって、静か。その男を罵倒して、席替えババアは、映画の後半は、手に持っていたビニール買い物袋をがさがさ、ごそごそ、てめえのほうが、五月蝿いだろ(笑)。コントや。
 おまけに、きれいなプリントなのだが、フィルムセンターの上映ピントが、最初と最後に、甘い。その甘さに、フィルムセンター映写技師は、気付かず。いや、ピント自体は合っているのだが、フィルムに潤滑油を過剰塗布なのか、あるいはレンズに曇りか。
 こういうときは、受付スタッフにいちばん近い席の客が注意しに行くしかないのだが(フィルムセンターの場合は最後列)誰も行かない。みんな、ボケてるなあ、と思って、黙って、見ている。
◎追記◎2015年にも、レンズ焼けと思われるピンボケ映写が多発した。フィルムセンターは、レンズ劣化にまったく無痛覚なのだろうか。

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by mukashinoeiga | 2012-08-26 10:49 | 今井正 青い左傾山脈 | Trackback | Comments(0)

松尾昭典「三匹の悪党」

 神保町にて。「"にっぽん"のアツい男たち」特集。68年、日活。
e0178641_19222137.jpg どうせ、詰まんない通常作だろうと、フンフン鼻歌で見に行ったところ、なんと、オドロキの快作。8/24(金)まで上映中。
 小林旭、高橋英樹、そしてお笑い担当田中邦衛が、明治だか大正の「三匹の悪党」に。主題歌(ちょっと、へん)以外、冒頭15分ほど、肝心の旭が出てこないのが、いささか不安だが、いざ、出て来たら、その演技のいちいちが、スタアの快!
 今は失われてしまった、かつての日本の近世のヤクザ口調、久保田万太郎とか、川口松太郎以後、トコトン失われてしまった、かつてのヤクザたちの時代がかったヤクザ言葉を、これほど、小林旭がカンペキに再現しえたとは。
 悪ぶった男の、ヤクザ者の、快なる演技。スタアを見ること、その声を聞くことの、快!
 バンツマ、カツシンに匹敵する、圧倒的な口跡の優れたスタアたちの声を聞く、カイカン。圧倒的に、素晴らしい。
 で、アクションも、いい。この映画のアクションは、なかなか、いいのだ。
 片目を切られたという設定なので、コントみたいに、片目にタテキズが入って見えないのだが、残る目や、眉の動きも、ナイス。歌もうまいし、ほんとに多彩なエンターティナーだと、改めて、スーパースター小林旭の魅力に、打たれる。

 で、もうひとり、日活アクション出演は珍しいのは、田中邦衛の母親役、貧農おばあちゃんの、浪花千栄子
 大阪弁、名古屋弁、京都弁を駆使して、圧倒的な快をぼくたちに与えてくれた浪花千栄子。
 この三つのお国言葉を映画によって、使い分け、唖然とするほどの快感演技をぼくたちに見せたくれた、唯一無二の快優だ。その彼女としては、珍しいことに、非関西弁での演技。しかし、最後まで、笑らかしてくれる、演技の快は、変わらず。
 豪快な大笑いが、大泣きに変わるグラディーションをワンショットで演じるなんて、飯田蝶子はじめ、ほかの「婆優」(byのむみちさん)には、出来ない、浪花千栄子ならではの、「豪演」だろう。
 この映画は、小林旭、浪花千栄子の快を、見るべきだが、脚本(星川清司)の、工夫の数々も、グッド。素晴らしい。
 
 ヒーローは、ヒロインにキスもしない、手も握らないという禁欲性を貫くのが、日活アクションの常だが、さすがに、68年ともなれば、準ヒロイン・町田祥子が温泉でおっぱいをさらすという非・日活アクション的展開。もちろん、見え見えのボディ・ダブル。しかし、その後も、抑制された演出ながら、彼女の服を脱がせまくる、女の胸に顔をうずめる小林旭。全盛期純情ピュアピュア日活アクションでは、ありえべかざる展開だ。
 かくて、全面ビュア、手さえ握らない、キスさえしない、という日活アクションが、ある日、いきなり、日活ロマンポルノ路線に急変する、その変貌の予兆(のひとつ)であったのか。
 小林旭は、ワルといいつつ、結局「正義の側」に「表がえる」のだが、純粋悪役・深江章喜の殺しのシーンでは、血のりドバドバ。小林旭や英樹が、いかに悪党の役でも当時刺激的な、血のりドバドバ殺陣は、チンピラ役者の深江あたりに任せとき、って所か。
 たぶん、まだ、十代の松尾嘉代も、いい。彼女の「裏切り」も、ナイスな、脚本趣向だ。

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by mukashinoeiga | 2012-08-22 22:06 | 傑作・快作の森 | Trackback | Comments(0)

新藤兼人「讃歌」

 渋谷にて。「武智映画100年 孤高の表現者とそのむすめ」特集。72年、近代映画協会=配給・ATG。
 谷崎潤一郎「春琴抄」の映画化。武智鉄二は、ヒロインの父親として、脇役出演。なかなか重厚演技でいいが、いささか素人くささも。まあ、素人の余技レヴェルで。
e0178641_058451.jpg 京都の大店のいとはん・春琴は、目が見えない。しかし、琴にその才能を見出し、家元師匠となる。もともとは、生家の大店の丁稚だった河原崎次郎を「専属奴隷」とし、自らの欲望を、種々満たす。春琴をあがめるあまりか、自らのM志向にはまったためか、河原崎次郎は、「奴隷」としての喜びに、そして苦悩に、満ちている。SMな主従関係に同定された、男女の愛欲の日々。
 当時は、その大店の女中であり、今は近代的な老人ホームで余生を送る乙羽信子(老け作り、しかし、シワひとつない、ぷっくら丸顔なので、とても老女には、見えない)が、取材に訪れた、ノンフィクション作家(新藤兼人本人)に、その、垣間見た主家の娘と、丁稚の愛欲生活を語る、回想をするという構成。
 いとはんと丁稚の「不正常な関係」の真相を語ることを、迫る新藤、それにイヤイヤ、あるいは内心?楽しそうに?応える乙羽老女。
 で、この映画の一番のモンダイは(笑)たいへん美人な春琴で、そのあまりプレイボーイの原田大二郎などに懸想される、そういう美人に、渡辺督子。この女優さん、はっきり言って、かなりのブス。
 日活ロマンポルノでも、脱げる女優として、多々出てきたが(芸名は渡辺とく子に改名)、はっきり、いいわけエクスキューズなしのブス。しかも、マグロ。さらに、女優オーラ皆無。見たら、必ず、どんより。
 神代辰巳「壇の浦夜枕合戦記」で、高貴な皇室女性で出てきたときは、なんていう冗談かと。おそらく、クマシロ、「高貴な女性」にブスな女優、「庶民的」な渡辺とく子に、高貴な女性の役あてがうことに、いろいろな意味で、快感、だろ(笑)クマシロ。ウーン、カイカンなのか。ヘンタイだなあー。よくわからん。
 本作の新藤兼人も、ブスな渡辺督子に、美人の役回り。超ブスなのに、男たちがあこがれるおんな、そういう「プレイ」を楽しまれる方たちなのかと、新藤、クマシロ。 
 こんなマゾ女優?に、それぞれ、ドSな役を振る、新藤、クマシロ。鬼畜や(笑)。あるいは、プレイやろ。ちなみに、金持ちとはいえ、戦前一般女性なのに、脱いで見たら、わきの下が、すっきりきれい、腋毛絶無、って、おかしいやろ、新藤兼人。
 レポーター役の新藤兼人は、声の濃淡は多彩だが、顔は、一本調子。出演者としては、どん臭い。ということで、顔技の不足を、唐突に、顔に血のりを塗って、笑いを取ろうとするが、全く不発。新藤兼人、笑い、全くとれず。
◎追記◎あるいは、この、いささか鈴木清順的でないでもない、唐突な挿入ショットは、新藤脚本を、徹底的に「レイプ」しまくって、異形な傑作となった鈴木清順「けんかえれじい」からの、新藤なりの触発なのか。

 なお、渡辺督子の「美しさ」に目がくらんだ、金持ちのボンボン・原田大二郎がひらく、自宅のプール開きのシーンに、谷崎潤一郎製作関与の無声映画の、感触を見る。素晴らしい。
◎追記◎こちとらは、水着すがたのモダンガアル女優たちを、スチール写真でしか見たことがないが、同時代人の新藤は、当然、谷崎潤一郎製作の映画を見て、その再現的演出なのだろう。うらやましい

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by mukashinoeiga | 2012-08-21 00:09 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

今井正/原功「太陽を射るもの」

 京橋にて。「生誕百年 映画監督 今井正」特集、参考上映。61年、現代ぷろだくしょん。
 最初は退屈だった。ほぼ無名な俳優たちの、地味な、ドキュメント調の映画(ドキュメント調なのは、漁のシーンのみ。ドラマ部分は、ふつうの感じ)。しかし、おそらく全登場俳優でいちばん顔が知られている、多々良純がチョイ役で出てきたあたりから、俄然面白くなる。結果快作。素晴らしい。あと1回の上映。16ミリ。

 本作の監督は原功。今井正は監修。単なる名前貸しなのか、それともある程度のサポートを、若い監督に与えたのか。同じ海洋&青春ものの、快作今井正「あれが港の灯だ」に通じる、パワー演出。
 伊東の漁港・温泉歓楽街、焼津の遠洋漁業基地の港が舞台。そして、海洋でのリアルな描写が、素晴らしい。じっちゃん操縦士が、オープンカーみたいに、操縦室の天窓から、半身からだを出して、足でからから操縦ハンドルを回すショットなんて、いいなあ。いかにも職人、いかにもプロフェッショナル。このじいちゃんも、主人公の老父役も、高杉祐三子の父親実業家役の、無名俳優たちも素晴らしい。なんという豊穣な無名俳優たち。
 主人公塚本信夫、その弟・平田大三郎もグッド。のちに日活で、地味な活躍の平田と、多々良純くらいしか、知っている俳優がいないというのも、すさまじい?が、みんな、いいんだよね。
 そして、若きヒロインたち、柏木優子、高杉祐三子も、チャーミング。特に素晴らしい柏木優子は、検索してみたら、つい最近見た板谷紀之「女子大学生 私は勝負する」で「露口の妹役も、きわめて現代的な愛らしさ。だれだ。」と、書いた女優さんらしい。両作とも、グッド。
 あらゆる意味で、今後再映される可能性は少ない。万難を排しても(笑)、見るべきだ。あるいは、フィルムセンター、恒例のアンコール上映すべきか。しかし、フィルムセンターのアンコール特集は、無名作には、厳しいからナー。特に、本作は、単なる参考上映だし。

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by mukashinoeiga | 2012-08-20 22:50 | 今井正 青い左傾山脈 | Trackback | Comments(0)

続「真昼の決闘」:本当に名作なのか

 渋谷にて。「映画史上の名作7」特集。52年、アメリカ。16ミリによる上映。
 製作スタンリー・クレイマー、監督フレッド・ジンネマン。昔から、なぜか、名作ということになっておるのだが。

 2コまえに書いた前段の駄文で、「真昼の決闘」が、従来の勧善懲悪の西部劇ではなく、「苦い現実」を織り込み、お定まりの、旧来の作劇パターンを崩してしまった、という当時の評価のもとと思われる「斬新さ」「同時代性」について、列記した。それゆえ、当時、評価されたのだろう、と。
 しかし60年たってみれば、その「リアルタイムの斬新さ」「同時代性」が消えうせ、あらゆる年代の映画を「等価に見る」ことが出来る(少なくとも、そういう可能性が高まる)ようになると、「斬新さ」「同時代性」ではなく、その「映画ほんらいの強度」が露呈してしまうのでは、ないか、と。
 早い話が、映画史は、東映仁侠映画は、そのワンパターンと、「時代の気分」に合わなくなった「古臭さ」ゆえに衰退し、代わりに東映実録ヤクザ路線が取って代わった、と伝えている。
 しかし、今のぼくたち映画ファンは、そんな映画史の変遷などにお構いなく、東映仁侠映画も東映実録ヤクザ映画も、等価のものとして楽しんでいる。時代を経た映画は、同時代の「共感」あるいは「同時代性」「同調圧力」?を、はぎとられて、その「真実の実力」をさらけ出す。OLD映画を見る、楽しみの一つだ。

 ところで、おそらく、当時いちばん受けた点を、前段駄文では、実は書きのこしていた。
 本作は、映画の上映時間が、そのままドラマの時間と一致した試み、とされている。午前11時から、12時半くらいまでを、83分の上映時間に納めている。なかなかナイスな発想、かつなんとなく小賢しい(笑)。こういうのを、最初にやったら、そりゃー受けるよね。という。
 しかし、冒頭、そのゲームのルールがまだ頭に入っていない頃、三人の悪党たちが馬に乗って、丘から、町を見下ろしている。次の瞬間、町に降りている、というのは、ちと、ないんじゃないのか(笑)。馬で丘を降りるには、少なくとも数分以上は、要するのではないか。ま、それは、どうでも、いい些事だが。

 本作のいちばんの欠点は、午前11時から、1時間、12時着の汽車で着く、グループの主犯を、仲間の悪党三人が、駅でのんべんだらりと、待っている点にある。待つことによる緊張、じりじり感を、ねらったと思う。その間、クーパーも、反クーパー派町民も、親クーパー派町民も、いろいろと動く。
 しかし、これ、今リメイクされたとすれば、この1時間の間、三人そろって、あるいは、単独で、町のあちこちに顔を出し、クーパーや町の住民に、因縁を付け回る構成になると思う。それ以外、ありえない。
 現代の視点から見ての、緊張感の欠如。
 来るべき惨事を忌避して、クーパーの元カノ(酒場女)、今カノ(新妻のグレース・ケリー)が、ともに手をたずさえて?町を出る。その、悲惨さ?を、あまり生かした描写が、ない。あまい。今の視点で見て?
 そのふたりのヒロインが、町を出る手段が、12時着の汽車。同時に、その汽車で、悪党の親分が、町に着く。
 いなか町の狭い、一本のホームに、悪党とその三人の先回りの手下、酒場女(悪党とも、クーパー保安官とも、ロイド・ブリッジス保安官助手とも、三人とも「関係」がある凄腕?)、クーパーの新妻と、6人の関係者が、そろう。
 それで、互いに、「相手を認識しあう」だけで済むのは、ドラマとして、どうなんだ。何らかのトラヴルが、おこるべきではないか。この「抑制された相手無視」が、当時は、サスペンスだったのか。にしても、下手すぎるだろう。

 そもそも、ゲーリー・クーパーは、保安官職を辞して、次の職が、決まっているのか。あるいは、この町を出て、新婚旅行に行って、これで引退か。「引退する老人」と、「二十代半ば」のグレース・ケリーの新妻と、おかしくないか。
 いや、当時は40~50才のスタアと、若い新人女優の組み合わせは全くありふれていたのだろうが(ワイルダー「麗しのサブリナ」の、ハンフリー・ボガードとオードリー・ヘップバーンなどなど)、しかし、引退/町からの逃避と、新婚旅行が並存することについての、何らかのエクスキューズが、ないのは、おかしいとは思う。
 むしろ、それは「古い正義」への、左翼リベラル派からの、「弔歌」「批判」として、あえて、いれているのかもしれない。結果的には、「娯楽映画」のゆえに「古い正義」は勝つが、「町民の論理」とは乖離して(例:中国や韓国なんか批判していないで、その経済的恩恵に預かり、すがるべきだという、朝日新聞、毎日新聞的、フジテレビ的論理)、ヒーロー夫婦は、町から遁走せざるを得ないのだというような。
 「正義」は遂行したが、「中国化された明治」な、闇経済の魅力を粉砕したゲーリー・クーパーは、町から、にげださるざるをえない、という。クーパーが、「中国化」した町から、逃げざるをえないという、皮肉。
 これは、アメリカが、中国やロシアに、負けた、という暗喩なのだろうか。左翼言語空間に支配された日本やアメリカが、それを支持したのは、きわめて興味深い。

 映画自体は、B級西部劇として、そこそこ見られた。しかし、評価は、されすぎ。せいぜいベストテンの下位クラスというレヴェルだろう。面白いんだけどね。
◎追記◎まあ、ぼくのイチャモンどおりに、描写を丁寧にしていったら、とても83分に収まらず、タイトな快作にはならなかったろうし、ということか。しかし、むしろ、そういういうていねいさ?を無視して、ナニが何でもタイトにまとめるんだ、というのは、この作品から、厚味を奪っていると思う。後出しじゃんけん的に、まあ通常快作と判断したい。
 普遍的な正義なんて存在しないんだ、という左翼リベラル臭が、当時としては、過大に評価されたと、見るべきか。

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by mukashinoeiga | 2012-08-15 00:04 | 旧作外国映画感想文 | Trackback | Comments(0)

憲法9条おお、そうなのか(笑)

>1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
>2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 たとえば自衛隊が、武力攻撃を受けて、困っている人たちを、たまたま目撃するとする。日本人かもしれないし、同盟国の人たちかもしれない。あるいは、敵対国の国民だって、困っていれば、助けるべきだろう。その対象は、民間人かもしれないし、同盟国の軍隊かもしれない。あるいは、敵対国の軍隊であっても?
 その、眼の前で武力攻撃を受けて、困っている人たち、数人~数十人~数百人~数千人、目の前の人たちを、助けたいと思うのは、人間として、自然の感情では、ないか。
 目の前で困っている数人~数十人~数百人~数千人の人たちを助けようとする行為は、はたして「国際紛争を解決する手段」なのだろうか。
 だって、「たかが」数人~数十人~数百人~数千人の人たちを助けたって、「国際紛争」は、まったく、解決しないだろう。それが、現実というものだ。
 で、あるならば、<国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する>という、その対象に、武力攻撃を受けて、眼の前で困っている人たち、団体を助けることは、全く、問題ないのでは、ないか。
 その<戦闘>自体が、「国際紛争を解決する手段」として、全く関係がない、あるいは、役に立たない、ならば。
 そうでは、ありませんか。
 実際、「単なる一戦闘」が「国際紛争を解決」したことは、人類史上一度として、ないのでは、ないか。

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by mukashinoeiga | 2012-08-13 23:00 | うわごと | Trackback | Comments(0)

「真昼の決闘」:本当に名作なのか

 渋谷にて。「映画史上の名作7」特集。52年、アメリカ。16ミリによる上映。
 製作スタンリー・クレイマー、監督フレッド・ジンネマン。昔から、なぜか、名作ということになっておるのだが。

 子供の頃、TVなどで見たものの、再見作。今回しみじみ見て、ただの、凡庸な、B級西部劇に過ぎないのではないか、と。
 従来の勧善懲悪の西部劇ではなく、「苦い現実」を織り込み、お定まりの、旧来の作劇パターンを崩してしまった、という当時の評価も、60年たってみれば、「リアルタイムの斬新さ」が消えうせ、その「映画ほんらいの強度」が露呈してしまったということか。

 (たぶん)日曜日の午前11時。今日付けでもって、町の保安官職を辞任するゲーリー・クーパーが、グレース・ケリーと結婚式。しかしこの式が、町の教会ではなく、町の公民館的スペースで行われているというところに注意。教会の会派と別の会派に属する新婦ゆえの、配慮。ここに最初の「現実的ほころび」が描写されている。当時の「リアル描写の斬新さ」のひとつか。
 マイナーな宗派に属するグレース・ケリーへの「配慮」、社会的少数派への「配慮」、もちろん人権派が、大喜びするところの「新風俗」描写だろう。
 教会は教会で、ミサの最中。同時に、町の酒場では、朝から酔っ払いどもで大盛況。町は、いくつかの階層に、割れている。ここも、当時の「リアル描写の斬新さ」か。
 「一般的」な西部劇のイメージでは、西部の人々は、日曜の朝は、家族そろって、教会へ、というところだろう。現在の「24時間眠らない街」では、朝から営業の酒場はありうるが、今から、約150~200年前の、アメリカ西部の田舎町でも、酒場の午前中営業は、ありえたのか。ぼくには、よく、わからない。
 それは「なんだか、昔にしては、サーヴィス業発達のし過ぎでは、ないか」と、思わなくもない。昔のサーヴィス業は、営業時間が、ずいぶん「そっけなかった」印象だから。

 しかし。西部時代のアメリカに、現実に、朝から営業の酒場があったかどうかは、どうでもよい。ひょっとしたら製作当時の1952年の「現代」アメリカの大都市にそういう酒場が存在していて、脚本家なりが、その「現実」を映画に挿入したのかもしれない。
 いずれにせよ、町の保安官の結婚式、離任式に、小さな町の全員が押しかけない、というのがミソだ。日本の時代劇でも、アメリカの西部劇でも、「ヒーロー、ヒロインの結婚式」は、「町中のみんなが祝福する」というのが、従来のパターンだ。町の中は、信者で満席の教会、むくつけき野郎どもでいっぱいの荒くれ酒場、に二分化していて、主人公の結婚式に参集するほうが、むしろ町の少数派だったりする。繰り返しになるが、当時の「リアル描写の斬新さ」のひとつ。

 そのいっぽう、町外れの小高い丘から、馬に乗って、街を見下ろす荒くれ男三人。丘を降り、駅に行き、1時間後の列車でやってくる、仲間を待つ。この待たれていた男というのが、ゲーリー・クーパー保安官が数年前に逮捕した悪党。その悪事から当然縛り首になるはずのところ、なぜか数年のオツトメで出所、娑婆に戻ってくる。
 先乗りした仲間三人と、クーパー保安官に「お礼参り」をしようという算段。このうわさは、町じゅうに、たちまち、広がる。
 前の逮捕当時は、臨時保安官助手として、逮捕に協力してくれた「町の正義派」は、今回は、ひとりしか、保安官オフィスに、やってこない。クーパーの助手保安官(若き日の、ロイド・ブリッジス!)に、いたっては、胸の星バッジ(保安官のアカシ)を、地面にたたきつけて、保安官オフィスを出る始末。
 事情は、こうだ。辞任する保安官クーパーは、後任を町の外から呼んでいる。後任保安官は、明日町に着く予定。保安官助手ブリッジスは、なぜ後任に助手の自分を推薦して、正保安官に昇格させないんだ、と不満がある。ブリッジスの今の彼女は、エキゾチックな酒場女、実はこの彼女、クーパーの元カノだったらしい。そのこだわりから、自分を、推薦してくれなかったんだ、とクーパーにうらみコツズイ。現に、クーパーの結婚式にも、出席していない、ふてくされぶり。

 荒くれ酒場のバーテンは、やってくる悪党の再逮捕に協力してくれ、というクーパーの頼みをせせら笑う。
 バーテンの言い分は、こうだ。あの悪党は、暴力をふるい町を荒らしたが、同時にヤミ商売で町の経済を活性化させてきた。酒場や、酒場の常連の荒くれ男たちは、それで結構潤っていた。それをクーパーが逮捕したとたん、町は静かになったが、ヤミ経済は、枯渇した。クーパーのせいで、町のヤミ経済は、ボロイ儲けがなくなったと、クーパーの「正義」には、これまた恨みコツズイなのだ。
 酒場の荒くれ男たちも、同意見。駅に行く前に、やってきた悪党仲間の三人に対しても、酒場を上げての、友達扱いだった。
 でました(笑)。当ブログでたびたび言及している★與那覇潤「中国化する日本/日中「文明の衝突」一千年史」★
暴力的だが、ヤミ経済で実力を働かす「中国化された明治」の悪党たち、「正義漢」そのもので「時代遅れ」の「江戸時代化」された主人公たち、そう「真昼の決闘」は、マキノ雅弘ら東映任侠時代劇そのものの、では、ないか。耐えに耐える主人公ゲーリー・クーパーに、高倉健の祖形を見る思い。では、グレース・ケリーは、藤純子か。

 そう、悪党たちにも、五分の利がある。悪党たちを歓迎し、主人公の「正義」を、疎んじる層が、町には、一定数、いる。荒くれ男たちも、敬虔なキリスト教主流派層も、主人公の結婚式には、やってこない。自分の、たった一人の助手すら、結婚式をシカト。たった一人の助手の心すら、つかめない。
 なんだ、クーパー、四面楚歌というより単なる町の嫌われ者(笑)じゃないか。

 長くなったので、この続きは、また。
★続「真昼の決闘」:本当に名作なのか ★


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by mukashinoeiga | 2012-08-12 10:11 | 旧作外国映画感想文 | Trackback | Comments(0)