<   2011年 12月 ( 16 )   > この月の画像一覧

田中重雄「夜の配当」

 阿佐ヶ谷にて。「現代文学栄華館-昭和の流行作家たち」特集。63年、大映東京。
 田宮二郎のクールな男前ぶり、さっそうとした一匹狼ぶり、そのかっこよさを前面に押し出した、ピカレスク・ロマン。
 この映画を見るもの全員が、田宮二郎に、ああ、ほれぼれ。
 というのは、田宮二郎出演の大映東京作品に共通する。本作もまたその一編。男の盛りの、スタアの絶頂期の、田宮二郎の美質にのみ、奉仕する、大映東京その職人技。プログラム・ピクチャアの幸福なる一点豪華主義。その、一点二郎主義の魅力の面白さ。
 田宮二郎は大手衣料メーカーのサラリーマンだった。自分を退社に追い込み、その裏でのうのうと会社の金を横領して、愛人の角梨枝子に料亭の女将までやらせている、悪徳専務に復讐する。原作は梶山季之。
 トラブル・コンサルタントと称して、会社の内情を探らせ、新商品の商品名をいち早く商品登録したり、新工場予定地の一部を先に買い占めたり、つまりあとで高額に買い戻させるために。
 田宮の、そのいちいちの行動、物言いに、われわれ観客は喝采を送る。
 いっぽう、冷酷なる悪徳専務が、結局、おろおろ田宮の言いなりになる、その悪徳専務の専横ぶりが、これまた絶品の山茶花究。冷酷な悪党をやらせたら、山茶花の右に出るものもなし。このひとが、ヴォードビリアン出身というのだから、世の中はどこでどう間違えるか、わからないもので。
 何かで読んだのだが、山茶花は色紙に座右の銘を書くときは「非情」と書いたとか。いいなあ。
 専務の軽薄なる腰ぎんちゃくの文書課長に、早川雄三。これまた、どんぴしゃり。その他、高松英郎、見明凡太郎、伊藤光一、大山健二、中村隆などなどの、有名無名の大映東京専属脇役俳優たちが、要所要所をしめ、見事な大映東京プログラム・ピクチャアが構築されていく。
 お約束の流れ作業、いつものルーティン・ワークが、いつもながら、かくも魅力的な、一点二郎主義の映画を作っていく。素晴らしい。
●追記●億単位の宣伝費をかける新商品繊維ポリレン(今は、もう聞かれなくなった<夢の新繊維>ってやつで)の、商標登録が、発売5日前って。
 当時は、そんなにのんびりだったのか。だから、田宮二郎も先を越せたわけで。映画(または原作)の創作なのか。当時はそうだったのか。もちろん、今では、そんな商品発売するのか、おそらくしないだろうというのも含めて、ばんばん商標登録されている現状に。

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by mukashinoeiga | 2011-12-31 01:24 | 旧作外国映画感想文 | Trackback | Comments(0)

本多猪四郎「モスラ」円谷英二特撮

 京橋にて。「映画女優 香川京子」特集。61年、東宝。
 村山英治「日本の美術工芸 その手わざと美」が短編ゆえの、同時上映。ついで見だが、てっきり再見だと思っていたら、初見だった。いつもと逆パターン。たぶんリメイクのほうの印象ゆえだろう。
 特技監督は、もちろん円谷英二。
 原作(未読)は、中村真一郎・福永武彦・堀田善衛の、純文トリオとは、ちと、大げさな。
 謎の孤島を探検、<珍獣>捕獲、見世物興行、見せ場の高層建築との「からみ」(エンパイア・ステートビルが東京タワーに)など、あからさまに、メリアン・C・クーパー他「キングコング」(1933)の、パクリやないかい。
 「キングコング」の、<醜い野獣>の、美女への執着という<変態性(欲)>暗喩が、<双子の小美人>に変奏される。手のひらサイズの小美人というのが、何がしかの変態性を垣間見せる。
 アメリカお得意の大きいモノ志向から、日本の縮み志向への変奏という、わかり易さ?
 もちろん、キングコングの手の中のフェイ・レイが、そのイメージの原点だろう。
 まあ、ザ・ピーナッツが、美人、というのは、多少無理があるのだが(笑)、ちっちゃくて、ふるふるおびえていて、しかもうりふたつ双子というのが、小美人それらしさ?を偽装する。あえていえば、ジョン・ウォーターズ清潔?版の、フリークス性を感じますな。
 「モスラ」の「モスラ」たるゆえんは、いささか不細工な毛虫のお化けにあるのではなく、ふるふるふるえている、双子の小美人のヴァルネラビリティ(被攻撃誘発性、思い切り平たく言えば、いじめられっ子体質か)、愛らしく、可愛らしく、しかし、ふるふる震えている、妖精のような、小動物のような。
 ただ、ただ、モスラが、助けに来てくれるのを、確信を持って、まっている。
 男性性のキングコングから、女性性のモスラ/小美人へ。

 と、ここまで書いて、かなり有名な映画の感想を書くのに、怪獣映画にはあまり詳しくないぼくは、ひょっとして、怪獣マニアから見たら、頓珍漢な感想を書くのではないかと危惧して(笑)、「モスラ 感想」で検索(笑)。
 そうすると、リメイクや、のちのシリーズもの(の感想)ばかりがヒットして、なかなかオリジナル(の感想)にたどり着けない。オリジナルを大切にしない国だからなあ、と、ぶつぶついいつつ、ふと、ヘンなサイトを発見。
 なにがヘンかというと、映画のブログではなくて、セクシャリティに関するブログの掲示板らしい。どうやら、30代のヴァージンがどうたら、という、男性におくてな女性のブログの掲示板らしいモノに、ヒットしたようだ。
 で、男におくてで、かつ耳年増の女性が、男性の性的突起物を、初めて、実際に、目にした瞬間に、感じるのは、「意外と可愛い」(笑)というもので、どうやら耳年増な女性は、男のそれを、かなりグロテスクな外観のものと、妄想しているのが、いざ実物を見たら、「意外と可愛い」というような?ページらしい(たぶん、この掲示板の方が見たら、きわめて不適切な説明)。
 で、掲示板のある発言者が、男性の性的突起物を、「モスラ」と愛称にしたことから、ぼくの「モスラ 感想」検索にヒットしたようなのだ。男性のおちんちんの呼び方を、モスラにたとえ、意外にその掲示板で受けて、みんなが、「男のアレ」を「モスラ」と、呼び合うようになった、と。
 モスラの姿には、二種類ある。幼虫時代の芋虫状態と、成虫後の、羽ばさばさの巨大蛾。
 男性器の愛称となったのは、もちろん幼虫期の芋虫状態のほうで、成虫後は、わりと女性的な蛾の姿になる。
 ・…おお、そうか。「モスラ」という怪獣は、前期男性性、後期女性性の生きものだったのだ。つまり、この映画は、MTF怪獣モスラを主役とした、トランスセクシャル怪獣映画なのではないか(笑)。
 特に、のちのカラー・リメイク版では、成虫後モスラは、まるで、ドラァグ・クイーンのように、デヴァインのように、マツコ・デラックスのように、毒々しいまでのカラー怪獣に変貌するわけだ。
 ロリシカ国に属する孤島インファント(乳幼児の意味)島から、島の守り神である妖精姉妹ザ・ピーナッツが、日本に拉致された。もっとも、拉致したのは日本人ではなくて、ロリシカ人の悪漢・ジェリー伊藤である。
 インファント島の原住民の、妖精姉妹を助けてほしいという要請ダンスを受けて(原住民ダンス担当は日劇ダンシング・チーム)、巨大卵の殻を破って、巨大芋虫誕生。
 <母なる海>を、さながら男性器のように、ずんずん突き進んで日本へ。
 日本へ到達するも、東京タワー(これまた男性器を思わせる突起物)のところで、この東京タワーを中折れして、ここに繭を作る。東京タワーを半分に折る行為は、男性性の否定であり、繭化は、女性化の証であろう。
 と、頭の悪い(笑)通俗心理学モロダシの流れ。
 男性器そのものの似姿である幼虫モスラは、妖精姉妹の小美人に到達しようと志向して、湿潤な<母なる海>にひたりつつ、男性性を否定して、女性化していく。
 そして、日本では、巨大ダムの水中から出現することに、注目したい(笑)。 巨大ダムというのは、人工的に作られた、人工湖。男性が、人工的な<加工>ののちに、オネエになることの、暗喩なのではないか(バカ)。このダムのシーンでは、フランキー堺が、赤ん坊を危機から救う。
 人工湖のダムでの、新しい生命の蘇生こそが、女性化した新しい生命の暗喩でなくて、なんだろう(バカ)。
 通常の怪獣映画における怪獣とは、破壊神であり、男性性の象徴であるわけだろうが、本作は、珍しい、トランス・セクシャルな怪獣映画であるわけだ。

 コロムビア映画との日米合作であったようで、東宝怪獣モノとしては珍しく、クライマックスは、非日本。白人国ロリシカ国の首都ニューカーク市が舞台。白人国では、大八車で逃げ惑う庶民の姿も撮れず、本多猪四郎としても、切歯扼腕か(笑)。円谷采配の、西洋風の景観ミニチュアも、やっつけ仕事、手抜きが感じられた(ネットで調べたら、急きょ短期間で撮り直しした結果らしい。やはり)。
 と、アメリカを模したニューカーク市が舞台(日本部分でも、横田基地が出てくる)なので、ふと気付いたが、東宝怪獣映画では、なぜ、怪獣に、自衛隊とか、海上保安庁しか、対応しないのだろう。<圧倒的な日本の危機>に、なぜ在日米軍も、出てこないのか。本作なら、特にロリシカ人の悪漢も絡んで、モスラの破壊が進んでいく。ここは、当然、在日ロリシカ軍も、出張って当然の状況ではないか。
 というのも、ロリシカ人悪漢追跡には、日本の警官にMPが帯同している(あるいは、MPに日本の制服警官が帯同、か)。
 モスラが横田基地(周辺か)通過なら、当然在日ロリシカ軍は応戦すべきだろう。在日米軍がいるのは、まことに不都合な状況(自国防衛が自前では出来ないという不幸)だが、その現実を無視して、自衛隊しか、出さない東宝映画も、また、不都合だろう。
 ところで、これを見たのは、香川京子特集。最後にふれるが(笑)、人間側主演が、新聞記者・フランキー堺。その同僚カメラ記者が香川。
 美人女優なら誰でもいい、という扱いだが、香川の怪獣映画への出演は珍しく、海外での展開を考えて、黒沢・溝口など巨匠たち(国際映画祭の花形たち)に、出演した女優というプレミアム感ゆえの出演か。
 見せ場的には平凡で、特にどうこうする演技でもない。
 むしろ、生フィギュア感濃厚な小美人ザ・ピーナッツの、おたく趣味の始祖みたいな、<異様感>が、際立つようなのは、後出しじゃんけんか。
●追記●ネット検索によれば、原作のロシリカ国表記が映画版ではロリシカ国に変更されたという。
 ロシリカは、ロシア+アメリカの合成語。日米合作のアメリカ側としては、ロシアと一緒にするない、という不快感があってのことと推測するが、であるならば、後出しじゃんけん的に言えば、ロリシカは、ロリータ+ナウシカか。ナウシカの巨大芋虫?オウムは、モスラ芋虫が、発想の原点か、ともネットにかかれている。ロリータ+ナウシカ。うーん、なんとなく「モスラ」に似つかわしいネーミングで(笑)。

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by mukashinoeiga | 2011-12-28 05:09 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

川崎徹広「豚と金魚」若林映子上原謙トニー谷飯田蝶子藤木孝

 阿佐ヶ谷にて。「現代文学栄華館-昭和の流行作家たち」特集。62年、東宝。
e0178641_08249.jpg 傑作というわけではないが、見ていて、とても楽しい、明るくて、ほのぼのとする映画。年末年始にこんな映画を見られることの幸福。1月3日まで、上映中。絶対の映画ではないが、ぼく的には、絶対のオススメ(笑)。

 お楽しみその1。ヒロイン・若林映子が、大半のシーンで、バスト上部を露出している(笑)。明るく健康的なお色気の楽しさ(笑)。いや、これ、バカにしちゃ、いけませんぞ(笑)。
 この当時の、1960年代初期の、東宝メジャー映画で、当時の日本(および世界でも)の一般映画で、東宝専属女優が、こんなに胸チラを、しかも、1シーンのみならず、かなりエンエンと胸の谷間を見せるのは、異例中の異例なんだから。明らかに、女優本人、および監督が意図的に<共犯>しなければ、ありえべからざる事態なのだ(笑)。
 若林映子自体が、もともと、はつらつとした、あっけらかんな、健康なお色気が自然とにじみ出る天然キャラ、本作でもはじけまくっていて、すばらしい。それに加えて、この胸チラ大盤振る舞い(笑)。
 ありがたや、ありがたや(笑)。うつくしいカラー・ニュープリントで、これを拝める。眼福。

e0178641_7103233.jpg お楽しみその2。脚本が松木ひろし。松木ひろしといえば、のちの「おひかえあそばせ」「雑居時代」「気になる嫁さん」「水もれ甲介」など、日本テレビでの<石立鉄男コメディ・シリーズ>で、絶対のコメディドラマを主導したシナリオ・ライター。本作でも、のちのクドカン、三谷幸喜など及びもつかぬ、コメディ・センスを披露。いや、監督の演出がナニなので、若干損しているが、細かいギャグの台詞とか、トニー谷のラーメン屋で、いつもはラーメン50円なのに、意地を張って150円のスペシャル・ラーメンを注文する飯田蝶子、その<150円のスペシャル・ラーメン>にも、大爆笑。これが、スペシャルって(笑)。

 お楽しみその3。原作が梅崎春生。梅崎春生といえば、大快作「つむじ風」を、昔は何度も何度も読みました。その映画化で、風来坊の主人公を、渥美清とは、これまた、ベスト。楽しい楽しいコメディ。本作も、だから、ニコニコものの、映画に、なりました。

 お楽しみその4。その梅崎春生自身が、モデルだろう、三流小説家に、上原謙。実は、本作は、この当時としては、珍しい、実質・上原謙の主演作。この上原の、コミカル演技が、またまた、いいんだよね。最近は、なぜか「アツカマ氏とオヤカマ氏」など、上原のコメディ演技に当たることが多いが、本作も、なかなか。上原謙を、大根といったヤツは、誰だ。戦前二枚目もいいが、戦後の三枚目、ないし二枚目半も、素晴らしい。

 お楽しみその5。上原謙の隣家・飯田蝶子おばあちゃんの家に下宿する、画家の卵にして、歌も歌うノーテンキなんでも屋に、好青年・藤木孝。もちろん、当時の人気歌手なのだが、そのC調青年ぶりが、ああ、いいなあ。明るい、軽い、いい加減、楽しい。これ、偶然にも、<真のお正月映画>なのではないか(笑)。

e0178641_794228.jpg お楽しみその6。ひっじょーに、味わい深い、悪役に、ニヒルでコミカルな、絶品気持ち悪さの、絶品おかしい、トニー谷。全盛期より素晴らしい、楽しい<やなヤツ>。ああ、素晴らしい。
 元祖・高田純次とも言うべき、渡辺篤の、養豚場主人、元祖あつかましおばさんの、若水ヤエ子。定番ながら、いいなあ。

なお、多摩川ベリでのオールロケ。その、いまでは失われた風景の数々を、ていねいにロケ。好ましい。
 そして、川べりで、自転車の若林映子、ふいの大風に、スカートまるめくり、白いパンツ丸見え、このアクシデントの素晴らしさ(笑)。奇跡のワンショット(笑)。
●追記●いや、アクシデントと書いたが、あまりに若林映子の堂々ぶり。これは、意図的な、パンチラか。いや、パンチラというのは無理なほどの、パンモロなのは、これは、マリリン・モンローへのオマージュか。ちなみに、本作公開半年後に、マリリンは、亡くなっている。
くしき因縁か。


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by mukashinoeiga | 2011-12-26 23:41 | 傑作・快作の森 | Trackback | Comments(0)

せんぼんよしこ「赤い鯨と白い蛇」

 京橋にて。「映画女優 香川京子」特集。06年、クリーク・アンド・リバー社=東北新社。
 作られた時代が時代だから、あんまり期待しないで見たら、なかなか面白かった。
 いままで、OLD映画ファンとして、香川京子を、ずうっと、後追いして、見てきた(いや、彼女だけを、というのでは、もちろん、ないのですが>笑)。それでも、今回の特集ではじめて見た、初期の超絶美少女ぶりは、オドロキだった。こんなに初々しい香川京子の美しさは、見たことがなかったのだ。
 そして、本作は、「おばあちゃん」と呼ばれる香川京子。ぷっくらとした、ほほはこけ、目は落ち窪み、生来の鼻の大きさが目立ち、昔日の面影は、微妙。しかも、いかにもマジメそうなキャラは変わらず、ぶっ飛びキャラ・樹木希林の、無手勝流に比べると、印象は薄い。
 いやあ鈴木清順「ツィゴイネルワイゼン」の頃は(それ以前も)ほかの出演者に比べて、あまりの演技の下手さに辟易したものだが、そういやぁ、盟友とも言うべきなのか、吉永小百合の映画に助演したときも、どうなのよ、という生煮えな演技。
 悠木千帆/樹木希林は、香川京子と逆に、年取ってからは、うまくなったなあ。開ききったというか、開き直りきったというか。
 千葉県館山オールロケ。ヴィデオ撮りの白っ茶けた画面ながら、映像の密度は濃い。
 浅田美代子、宮地真緒、坂野真理(浅田の小学生の子供役か)、主要キャラ5人の女性ばかりの配役だが、みな、なかなか、柄に合っている好演。
 戦時中から戦後にかけて少女・香川が、そのあとのあとくらいに樹木が、そのあとに現在、浅田・坂野親子が、同じひとつの木造家屋に暮らした。三代にわたって、同じ家に暮らした女性たちが、その家の立て壊しを前にして、その家に集う。
 香川も、孫娘・宮地も、樹木も、浅田も、みな、それぞれの悩みを抱えつつ、というのは、定番だが、一種の、ミニ・グランドホテル形式。ミニでグランドというのが、いかにも、つつましやかな映画にふさわしいのだが。
 しかし、香川京子、卑怯なまでにあざとうまい絶品・樹木希林で損をしているが、それを差し引いても、おばあちゃんになっても、生硬な優等生イメージで、凝り固まり、味がない。若いときの、優等生は優等生でも、時にいろいろ暴発していたおもかげもなく、さびしい。
 なお、制作トップに、昔なつかし、奥山和由の名が。チームオクヤマとして、再起を図っていた時期の作か。彼にしては地味な映画で。こんな地味な映画で、再起は、難しかったろう。

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by mukashinoeiga | 2011-12-22 03:01 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

村山英治「日本の美術工芸 その手わざと美」

 京橋にて。「映画女優 香川京子」特集。63年、桜映画社。
 フィルムセンターのスケジュール表にいわく、<『天国と地獄』公開の同年に、日本の美術工芸を海外に紹介する目的で作られた外務省企画の文化映画。浜田庄司(陶器)、富本憲吉(磁器)、森口華弘(友禅)、松田権六(蒔絵)、田辺竹雲斎(竹工芸)、棟方志功(版画)、前田青邨(日本画)の手わざを記録。>。
 それぞれの名人の創作風景、インタヴューのさわりを並べ立てた、28分の、ありきたりな、凡庸な、おざなりな、文化(紹介)映画。

 疑問その1。冒頭に字幕で、本作がさまざまの賞を受賞しているというクレジット。二行目以下は、目で終えなかったが、一行めの、
<日本海外紹介映画コンクール金賞受賞>には、衝撃。
 こんな、凡庸な映画が、コンクールで金賞って。しかも、日本紹介映画コンクールって。そういうコンクールがあったのか。しかも本作は、<外務省企画>、つまり、税金で作られた映画か。おそらく、外務省が企画して、外務省の外郭団体(当然天下りもありか)が主催しただろうコンクールで、受賞。典型的税金無駄遣いのマッチポンプやないか、と、推測するが。 
 しかも、ドキュメンタリー部分ではなく、イメージ・シーン用に、香川京子、三宅邦子を投入。お茶のシーンなどで、愛想を振りまく、のだが、正確な所作を意識しすぎて、香川京子は、なんとなく、ぎこちない(笑)。三宅邦子は、この種のロボット的所作?は、正確なので安定して、見ていられる。
 こんな、見ていて、興奮を誘わないような映画は、単なる税金の無駄遣いだろう。官と民のコラボの、ほとんどゆいいつの成功例である市川崑「東京オリンピック」の、唯一無二性が、光り輝く所以で。

 疑問その2。ナレーションにいわく、「日本も戦後十年たってようやく伝統文化に、再び目を向けるようになった」、って、発想が(当時としても)10年遅れていないか。よく、わからん。
 香川京子、三宅邦子を贅沢に使って、しかし、映画は、ちっとも、贅沢ではない。
 税金の無駄遣いというだけの、映画か。

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by mukashinoeiga | 2011-12-21 00:13 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

石井輝男「霧と影」

 阿佐ヶ谷にて。「現代文学栄華館-昭和の流行作家たち」特集。61年、ニュー東映東京。
 面白い。石井輝男は、初期から、すばらしい映画センスでかっ飛ばす。
明日12/20まで上映中。おすすめの軽快作。
 新聞記者・丹波哲郎。旧友の学校教師が謎の死を遂げたことから、北陸・金沢の地に、やってくる。実は旧友だけのことではなく、その旧友に、妻として取られちゃった、かつて片思いのひと・鳳八千代が、不幸になる事態に、胸を痛める。
 過失の事故と片付けられた旧友の死、その真相を探る。協力するのは、地元通信員の青年・梅宮辰夫だ。精悍な若手・丹波、まだまださわやか青年の梅宮、ともに好感度は高い。
 崖から海に落ちて、死体となる。その後TV2時間ドラマにまで、引き継がれる、日本型ミステリ・ドラマの王道。
 山間の僻地に残る、本家と分家の「北陸」の旧家。土蔵に精神病の息子が閉じ込められる。息子の嫁と睦み会う義父。横溝的因習旧家ドラマと、のちの石井輝男「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」をも、思わせるイメージの乱舞にニヤリ。証拠のひとつに、線香花火の小箱があるなど、思わずニヤリ。
 ちなみに、この北陸の因習を描く映画の原作は、もちろん水上勉だ。
 しかし、東京で売られた花火小箱が、メーカー、販売店を経て、<たった一人の購買者>が、突き止められるとは、当時であっても、無理ではないか(笑)。
 小味なモダン・ジャズの、繊細な挿入(何でも屋の木下忠司)も、好ましい。
 ときおりの静謐な描写に、清水宏、成瀬巳喜男の助監督だった石井らしさ、というのはほめすぎか。
 坂と路地の隘路での、追っかけ追跡。現実の路地を、カスバの迷路に見立てた、ロケーションの追跡行に、石井のカスバ志向が伺える。追っかけの攻守の、巧手の興趣、わくわくするよね。
 石井輝男、ヘンタイ外道な映画だけでなく、こんな小味なサスペンスも、素晴らしい。

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by mukashinoeiga | 2011-12-20 00:44 | テリー石井 恐怖奇形番外地帯 | Trackback | Comments(0)

弓削太郎「男の銘柄」

 阿佐ヶ谷にて。「現代文学栄華館-昭和の流行作家たち」特集。61年、大映東京。
 <日活の肉体派女優筑波久子の大映移籍第一回作品>とのこと。12/24(土)まで、上映中。おすすめ。
 いやあ、筑波久子、絶対の魅力! 浮気する人妻を、さわやか(笑)かつキュートに演じる。
 夫・大瀬康一は教師。元教え子の渋沢詩子と、週末浮気旅行。妻・筑波久子も、これに対抗して、若い男、ヘンタイ中年男・根上淳、根上が雇ったチンピラと、次々、浮気。夫の相手は一人なのに、妻は、次々エスカレート。
 こんな若妻を、さわやかに、キュートに、汚れなく、演じるのだから、たいしたもの。、筑波久子の、絶対的な魅力。素晴らしい。
 筑波久子といえば、鈴木清順の超珍作「らぶれたあ」はじめ、日活映画に多数出演、ぼくも何本か見ているが、これが、ちっとも、印象に残らない凡演。何の魅力も感じられず。その後の、東宝、東映の助演でも、印象に残らず。
 「ヘイ・ベイビー THE SEX LIFE」(1971年、筑波コーポレーション、監督・ナレーション・主演、激しく、見てみたい) をへて、渡米して、かのB級珍作ジョー・ダンテ「ピラニア」のプロデューサーに(最近、3Dとしてリメイク、これにも、プロデューサーとして名を連ねる。3Dは未見)。
 ということしか知らなかった。それが、筑波久子、この魅力。これをすばらしいといわずして、ナニをすばらしいというのか。
 もちろん、50年前のメジャー・スタジオ映画だから、女優もほとんど、肌は、見せない。その上で、エロティック・コメディーを展開する無理は承知しつつ、それでも、このスマートなセクシーさ&ピュアさ。
 映画も、その魅力を余すことなく伝え、快作の部類に。
 なお、夫役の大瀬康一、数年後に「隠密剣士」(ほぼ未見)でTVヒーロー としてブレイク。その数年前に、このしょぼい役か。さらに、筑波久子に男を世話する、証券会社社員に左幸子。日活時代は、筑波など歯牙にもかけないヒロイン女優だったのに、この役割逆転は、結構衝撃。

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by mukashinoeiga | 2011-12-19 00:55 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

大曽根辰保「獄門帳」

 京橋にて。「映画女優 香川京子」特集。55年、松竹京都。
 この、同じ特集で見た大曽根辰保「流轉(るてん)」の感想駄文で、大曽根を凡匠扱いしたばかりだが、なんと本作は、オドロキの大快作。
 ぼくも、本と映画のミステリが好きで、かなり読んでいるし、見ているほうだと思うが、映画のミステリで、あっとオドロキ、快哉を叫んだミステリは、数少ない。たいてい、なにかの変奏だったり、パクリだったり、うやむやに映像テクでごまかす体のミステリが、映画では大半だったりする(その事情は、英米ミステリ映画でも、あまり、変わらない)。
 それが本作では、オリジナリティーあふれる、オドロキの展開。いや、ぼくが中途半端なミステリ好きで、実は、ぼくの知らない前例があったりするかもしれないが。 
 原作・沙羅双樹。知らねーな。脚本は井手雅人。沙羅双樹というへんちくりんなネーミングからすると、戦後無数にあったカストリ雑誌か、探偵小説専門誌に、数作発表したマイナー作家か。
 本作、鶴田浩二・香川京子の主演クレジットだが、実質は笠智衆の主演作。笠の時代劇は珍しいが、その台詞回しは、ほとんど普段の現代劇と変わらない(笑)。耳に快い台詞回しの快。小津映画に勝るとも劣らない(笑)笠智衆の代表作や。

 笠は、小伝馬町牢屋敷の牢奉行。重い風邪で、久しぶりに出勤すれば、その間に入った新入り死刑囚(当時のことだから、市中引き回しの上、打ち首獄門、というヤツだ)鶴田浩二が、目に留まる。
 ここで、何千人も罪人を見てきた、牢奉行・笠は、「こいつは無実だ」と、直感する。そして、牢奉行(つまり、刑務所の管理官だから、再捜査なんて権限外)ながら、再捜査。ストーカーのように、ツルコウに、付きまとい、真実を話せ、と迫りまくる。この笠の快感演技が、ミステリ好きとしては、楽しい。
 ツルコウは、仕える主の旗本・岡田英次に、奥方・香川京子の間男と疑われ、激昂した岡田に斬りつけられ、逆にこれを殺すシチュエーションになり、そののち奥方・香川と心中した(ツルコウは生き残り、香川は死ぬ展開に)、当時は心中(相対死に)は、重罪であった。あるじ殺し、あるじの妻女との心中、ダブルの重罪で死刑に。

 笠智衆が、名探偵役という、予想外の快。まことに、さまになっておる。口調は、現代ものと変わりないけど(笑)。
 ツルコウは、これが迷惑。「誰か」をかばって、自分が「犯人」なんだから、早く死刑にせいと、けしかける。ま、「誰」をかばっているのかは、この際、丸わかりなのだけれど。鶴田浩二の、そのピュアさが、美しい。
 笠は、自分の直感(こいつは無罪だ)を、信じて、権限外の再捜査に夢中。部下も南町奉行・近衛十四郎も、老副官・香川良介(例によって抜群の安定感)も、そして、当の死刑囚ツルコウも、いささか困惑するほど。

 そして、夜を徹しての笠の再捜査、刻々迫る翌早朝開始のシチュー掻き回し、もとい、市中引き回しの時間、そして、ここで、あっと驚く新展開。
 猫。
 いるはずのないところに猫がいる。
 ここで笠は自分の推理に確信を持つ。猫だけが知っている(笑)。あっと驚く展開確信のきっかけが、猫一匹。おしゃれにして、ナイス。
 でも、まあ、監督が大曽根辰保じゃない、もっとセンスのある人だったら、もっと、面白く、傑作になっていたろう。それが、快作どまりなのは、大曽根辰保が凡匠の凡匠たるゆえんか。

 岡田英次とツルコウの木刀対決。すばらしい。
 ツルコウの市中引き回しと、江戸大火事が重なるスペクタクルな展開。この大火事を、迫力ある映像にまとめた、松竹京都のスタッフワーク。素晴らしい。
 小伝馬町牢屋敷に迫る大火。「俺たちを焼き殺す気か」とパニくる囚人たち。
 当時のシステムなのか、この映画のフィクションなのか、牢のカギは南町奉行所にあり、小伝馬町牢屋敷にはない。「焼き殺す気か」VS「カギはない/罪人たちを解き放す権限はない」の板ばさみに悩みつつ、笠智衆牢奉行が下した決断は、「牢を大ヅチで打ち破れ、責任はわしが持つ」の、牢奉行自らの「牢破り」(笑)。すばらしい。
 解き放たれた、ツルコウが、突き止めた真相。そう、「罪をかぶった」はずのツルコウも知らなかった真実があるのだ。ここら辺の二段構え三段構えのミステリ仕立てが、素晴らしい。
 そして、香川京子の、とんでも勘違い。場内爆笑の珍展開さえ、素晴らしいミステリで。
 最後の、笠の粋な計らいも含めて、素晴らしい。
 まあ、監督が、大曽根辰保じゃない、もっとセンスのある人だったら、もっと、面白く、傑作になっていたろう。二度くり返しましたが、そうであっても、面白い。
 香川京子も、美しい。しかし、くり返すが、監督が、大曽根辰保じゃない、もっとセンスのある人だったら、もっと、異常なまでに、かわいく、美しく、撮られていただろう。
 快作だが、快作「どまり」な欠点も。
 しかし、ミステリ展開は、実に、オリジナル。脚本は、そのうまいトリッキーさを、必ずしも、うまく取り入れてはいないけど。
 つまり、あまりに、贅沢な素材過ぎて、下ごしらえが、料理人の腕が、味付けが、問われてしまうわけだ。こういうのを、贅沢な悩みというのか。違うか。

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by mukashinoeiga | 2011-12-17 01:59 | 傑作・快作の森 | Trackback | Comments(0)

内川清一郎「女侠一代」

 阿佐ヶ谷にて。「現代文学栄華館-昭和の流行作家たち」特集。58年、松竹京都。
 初見作なのに、既視感ありあり。原作・火野葦平の映画では、おなじみのキャラ・女親分の島村ギンを、清川虹子が主演する。快作。面白い。
 清川の主演作は清水宏「母情」(50年、新東宝)と、本作しか、見たことがない。
 どちらも面白いのは、たぶん、コミカル専門の脇役女優を「あえて」主演にすること自体が、すでに、映画会社・映画監督にとって冒険だからだろう。清川虹子主演では、おそらくヒットしまい、しないだろうけど、作ろうという。ハイリスク・ロウリターン。それを保証するため、ワン・シークエンスのみ出演の山田五十鈴、近衛十四郎、サガミチ、助演の三国連太郎、モリシゲ。さらに、美術などのスタッフ・ワークも、力強い、素晴らしさ。
 明治半ば、九州小倉で、鉄道建設が進む。しかし、それまで川舟で石炭を運んでいた船頭連中が黙っていない。鉄道が出来たら死活問題だ。かくして、<川筋のもの>たちの、鉄道建設妨害。
 これを、女だてらに、男以上の豪快さで納めたのが、島村ギン。清川虹子ベスト・パフォーマンス。清川の<完全に尻にしかれた亭主>に、これ以上ないだろう、田中春夫、ああ、最強や。尻に敷かれ、妻・清川を思い、そして、まったく省みられない(笑)。
 清川虹子は、三国連太郎を見ては、「(いい男やなあ)あんた年いくつ?」「二十四や」、森美樹を見ては、「(いい男やなあ)あんた年いくつ?」「二十六や」、女のロリコンか。
 ついには<糟糠の夫>田中春夫を捨てて、森美樹の元へ。ガハハ系豪快女親分が、実は、ずうっーと、強い男に、ぐいぐい引っ張ってほしかった、だって女の子なんだもん、と、衝撃のどんでん返し告白。しかも、その<あたしを引っ張ってってくれる強い男>が、ふたりとも、男感ギトギトの年下イケメン男。なに、この、どんでん返し。哀れというもおろかな、田中春夫。

 島村ギンは、火野葦平「花と龍」サーガではおなじみの、北九州・小倉一円を差配する、女親分。
 舛田利雄「花と竜」(1962日活)、マキノ雅弘「日本侠客伝 花と龍」 (1969東映)で高橋とよが二度演じ、山下耕作「日本侠客伝 昇り龍 」(1970東映) で荒木道子が演じ、加藤泰「花と龍 青雲編・愛憎編・怒涛編」(1973松竹)では任田順好が演じた。
 それぞれ主人公・玉井金五郎(愛称がタマキン(笑)、火野の父親がモデル、ちなみにその妻は玉井マン)を、石原裕次郎、高倉健(東映で二度)、渡哲也 が演じ、そのタマキン・マンの夫婦にからむ(という言い方もナニですが)豪快な女親分だった。
 現在、暴対法などで、社会的に締め付けられている暴力団も、明治の時代、ある時期においては、<庶民の味方>でも、あった、という側面が、あったのだ。

 goo映画で調べた限りは、清川が、本作のほかに島村ギンを演じたようすはない、ようだ。不思議であり、残念。ぴったりのキャスティングなのに。ただ、舞台では、清川、島村ギンをたびたび演じ、当たり役だったようで。
 なおgoo映画によれば、島村ギンを表彰する福岡県知事役は火野葦平とのこと。オドロキだ。知らずに見ていました。
 もっともgoo映画には、千石規子、北上弥太朗、須賀不二男、渡辺文雄、戸上城太郎、藤間紫も出演しているとのことだが、ぼくには記憶になし。それとも、ぼくの顔面認知力が低いのか?(笑)
●追記● 須賀不二男、渡辺文雄については、Heroさんの指摘で、鮮やかに(笑)思い出しました。須賀不二男は、ちいさな組のオヤブン、コレラでやられた田中春夫・清川の組を、助ける。渡辺文雄は、清川虹子が、熱血のあまり、投獄された際、隣の獄で、清川をサポートした好漢革命家。なお、渡辺文雄も、若いのに、おでぶちゃん、イケメンでないので、清川虹子、萌えず(笑)。

 なお、さらにしつこく。本作で三国連太郎が助演した、九州一の大親分・吉田磯吉も、火野葦平サーガでは、おなじみ。
 マキノ雅弘「玄海遊侠伝 破れかぶれ」(1970大映)で勝新太郎が主演したほか、前記「花と竜」で芦田伸介、「日本侠客伝 花と龍」で若山富三郎、「日本侠客伝 昇り龍 」で片岡千恵蔵、がそれぞれ助演した。
 以上の、火野葦平原作の小倉炭鉱サーガ、その映画化作品は、みな、それぞれ、面白い。鉄板の娯楽映画。

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by mukashinoeiga | 2011-12-16 02:05 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

久松静児「神坂四郎の犯罪」

 阿佐ヶ谷にて。「現代文学栄華館-昭和の流行作家たち」特集。56年、日活。
 かなり知名度が高い、つまり<名作と誉れが高い>映画なので、昔から、見たいと思っていたものの一つ。
 雑誌編集長の森繁久弥が、会社の金200万円の横領と、文学少女・左幸子への「心中」偽装殺人の罪で、起訴される。ほとんどのシーンが裁判劇となる、日本映画では、珍しい構成。各証人の証言にあわせて、回想シーンが、それぞれ挿入される。
 事務員・高田敏江、雑誌社顧問の評論家・滝沢修、妻・アラタマ、などが証人に立つが、みな、勝手に自分に有利な証言をする。左幸子は死んでいるので、残された日記が朗読される。
 果たして、モリシゲは、本当に横領犯人で、愛人を心中に見せかけて、殺したのだろうか。それとも、モリシゲが主張するように、雑誌社社長・清水将夫や、顧問・滝沢修の謀略によるものか。
 この当時の日本映画には珍しい、裁判劇。たぶんに、このジャンルお得意のアメリカ映画に影響されたものか(原作・石川達三)。
 しかし、この裁判劇、かなり、甘甘。法と論理と証拠に基き展開するはずの裁判劇が、情念と、くだぐだあいまいな私怨のやり取りに終始し、論理も法理もまったくなし。当時の名作○○選では必ず登場する本作だが、どこがいいんだか、優れているんだか、まったくわからない。凡作が、ある種の<当時の状況>により、<問題作>にフレーム・アップされる典型のひとつかと。
 本作のモリシゲの演技が評価されている。しかし、白か黒か、あいまいな二重性を演じ切れてはいない。モリシゲは、いつも<奥がない><下心丸わかり>のナイス・キャラを演じるには長けているのだが、<悪人か、冤罪なのか>あいまいな、二重性のキャラを、まったく演じられない。<思わずにじみ出るスケベ心>を、演じて絶品なのに、スケベなのか、スケベでないのか、人によって評価が、違う、なるキャラを演じうる演技力ではないのは、明白なのに。
 しかも、モリシゲが「社長に、はめられた」と証言するたびに、傍聴席の社長は、あきらかにたじろぐ。清水将夫、そんなに、たびたび、たじろいでいたら、自分がモリシゲをはめたこと、丸わかりだろ。都合が悪くなると、よよよ、と泣き崩れる後輩女優・高田敏江を見習えよ(笑)。まあ、清水将夫に<繊細な演技設計>を求めるほうが無理なんだけども。
 そういう意味では、やはりモリシゲに暴露される滝沢修は、清水将夫どうよう、たじろぐのだが、まだ滝沢のほうが、暴露されてうろたえているのか、思いもよらぬ誹謗におろおろしているのか、まだ、判別しがたい演技で、さすが、清水将夫より、演技に一日の長がある(笑)。
 当時の日本映画としては珍しい裁判劇だが、展開がずさんすぎる。残念。
 そして、こんな映画を<問題作>、モリシゲの演技をほめるのは、明らかに<時代的過失>。モリシゲ演技の美質は、こんなところにはない。

 なお、蛇足だが、本作上映の後半に、たびたび、音声が途切れる。ついには、かなり長時間の音声なし(映像はふつうに流れる)。とうとう上映中断、スタッフが「16ミリ映写機の故障です。このまま音声不完全な映写を続けますが、途中退場でも、最後まで見られても、招待券、または返金対応する」とアナウンス。ぼくを含めた大部分の客は最後まで見て、終了後、招待券を受け取る。途中退場は数名。
 再開後、意外と、持ちこたえる音声。でも、裁判劇で、台詞が聞こえないのは、論外で、かなりの台詞を聞き逃したことになる。
 映写機には、フィルムの映像面に当てて、映像をスクリーンに投影拡大する、光源ランプとは別に、サウンドトラックに光を当てて、光学録音を再生する、音声用ランプがあり、この音声用ランプが、電灯ランプ同様「いつかは切れる」わけで。完全に切れる前の、明滅状態による、音が出たり出なかったり状態、と思われる。しかし、経験上(ぼくは35ミリ映写機しか経験がないが)この光学音声再生用ランプが、切れるのは、珍しい。しょうがないといえば、しょうがないトラブル。ラピュタ阿佐ヶ谷の対応も、ほぼベストで。
 なお、故障したのは16ミリ映写機なので、このあとの35ミリ「新しい背広」「女侠一代」は支障なく上映されるようだが、16ミリ「一刀斎は背番号6」は上映中止。本作「神坂四郎の犯罪」「女侠一代」「一刀斎は背番号6」と、珍しくラピュタを固め見しようとしたのに、残念。

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by mukashinoeiga | 2011-12-13 23:54 | 面白メロドラマ日記 久松静児 | Trackback | Comments(0)