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井田探「拳銃野郎」

 阿佐ヶ谷にて。「世紀の大怪優 FANTASTIC伊藤雄之助」特集。65年、日活。
 同じ日に、高橋英樹と伊藤雄之助が、ムショから出所する。行き場のない二人が、いわば成り行きで、行動を共にする。とりあえず、金もないので、チンピラたちを、やっつけて、カツ上げするしかない。
 というわけで、快調に転がっていけば、それなりに面白い映画になるのだろうが。
 残念ながら、そういうわけには、いかなかった。
 なんていうか、日活アクションのクールさと、松竹人情喜劇の(ここでは)生温かさが、まるで水と油のように交じり合わず、どっちつかず。
 さらに、時々挿入される、若い工員男女の昼休みの、横浜だろうか、工場近くの、浜辺での会話。メインの話とまったくかかわりを持たないような、この時々の挿入シーンは、まるでヌーヴェルヴァーグの、ノリ。
 このふたりも、最後には、本筋の話と合流するのだが、かっとんだ映画では<異化効果>といえるものが、この生ぬるい娯楽映画では<イカタコ効果>とでもいおうか、残念な結果に。
 脚本に斎藤耕一(+中野顕彰)、日活スチールマンから、松竹に移って監督多数の斎藤が、この日活+松竹味の珍味を、主導したのか。松竹で監督した斎藤映画には、あんまり人情喜劇味は、感じないのだが。
 悪役・滝沢修が、当時のトルコ風呂の、スチーム・ボックス(と、いうのか?)というのに入っている、絵姿も珍。
 なお、高橋英樹の別の日活仁侠映画(タイトル失念)でも、似合わない悪役、まったく迫力のないやくざのボスを演じた、名古屋章が、本作でも、やくざ組織の幹部クラスの殺し屋役。ひとかけらの迫力もない殺し屋を、例の人情オヤジ味120パーで、演じている。何、考えてるのだ、日活および名古屋章は。


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by mukashinoeiga | 2011-10-30 22:32 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

吉村公三郎「自由学校」

 京橋にて。「(再映)生誕百年 映画監督・吉村公三郎」特集。51年、大映東京。
 今では信じられないけれど、同じ獅子文六のヒット新聞小説を競作映画化、同じ年の5月5日(こどもの日!)に、松竹版、大映版が、同時公開! 松竹版・渋谷実「自由学校」は何度か見ているが、大映版は、今回はじめて。
 サラリーマンの松竹版・佐分利信、大映版・小野文春が、自由を求めて会社を辞め、松竹版・高峰三枝子、大映版・小暮実千代の妻の、逆鱗に触れ、家出。
 松竹版・淡島千景&佐田啓二、大映版・京マチ&大泉滉の、アプレ・コンビもからむ。
 実は、こうして見比べてみると、松竹版は、渋谷実だけあって、イマイチと、わかる。
 佐分利信はノホホン系として適役に見えるが、小野文春の素人芸のキョーレツさには、負ける。
 小野文春は、その名の通り、文芸春秋社のサラリーマンで、演技は素人らしいが、そこそこの演技にしては、いや、むしろ、素人演技の危うさが、この、自分の体をどうしていいか、もてあます役に、はまった。 子供の日公開の、(当時としては、ありえべかざる)<大人なのに、大人の義務を放棄した、子供みたいな男>、そのボンクラさが、素人演技の、いささか雑味ある小野に、はまったのだ。
 素人ゆえのビギナーズ・ラック。なお、こういうボンクラな大人は、今の日本には、ぼくを含め、大勢いる事態になってしまった(笑)。
 松竹版・高峰三枝子もいいのだが、大映版・小暮実千代の妻の、かるみの演技に、びっくり。コメディ系もやれば出来る実千代姉さんの素晴らしさ。実千代姉さんといえば、ねっとりお色気系の役を振られることが多いのだが、こんなコメディ演技も出来たのか。ああ、もったいない。
 若手アプレ・コンビを比較すると、大映版・京マチ&大泉滉のキョーレツさが、アプレにしては、いささかお上品な、松竹版・淡島千景&佐田啓二を、軽くリョーガ。
 まだ、幼さが残る顔のお口をとがらせ言いたい放題、軽やかでアーパーな身振り、京マチ、絶品アプレガール。明らかにアタマのねじがゆるんでいるような、ぼんくらボーイを最高に演じる大泉滉の、これが代表作か。まさに、最高の<とんでもハップン>カップル。
 これに、にやけ顔で木暮に色目を使う、ニヤケ紳士に、まだ、やせていて、顔に怪しさの漂う、山村總。後年の山村にはまったく見出せない、ヘンな雑味を感じさせる顔で、「~でやんすね」と下卑た口調を連発するでやんす。山村の、アメリカかぶれの友人、斎藤達雄も、その軽薄さは絶好調。
 つまり、どんな地味な場面も、ちょっとしたセンスでどハデに変えてしまう、まさに<偽れる盛装>男・吉村公三郎の勝ち、というところか。
 時に、やる気のない、おざなりさを感じる、渋谷実は、カンロク負けというところで。
 なお松竹と競作するに当たり、松竹を追い出された?(清水宏が上層部にチクったんだっけ?)吉村を起用、木暮、斎藤、岡村文子など、松竹からフリーになった役者も使い、音楽にたびたび「旅の夜風」(松竹の往年の大ヒット作「愛染かつら」の名主題歌)の有名なメロディーをパクリ(というかオマージュか)、という大映/吉村のセンスもうれしい。
●追記●夫が家出した、美人妻・木暮には、男が群がる。大泉、山村、そして、木暮が「現代の姿三四郎だわ」と、感嘆する、柔道男・藤田進(笑)。木暮の家に入った空き巣ドロを撃退。しかし木暮の美しさに横恋慕、木暮が拒否するや、いかり狂って家屋を半壊させる、アナクロ暴力男に変貌する。
 ここで、木暮の夫批判が、生きて?くる。「みんなが自由、自由といわなくなった頃に、自由を求めるなんて、時代錯誤だわ」
 そう、戦後民主主義の熱?が冷めて、警察予備隊結成などの<逆コース>の時代に対する、軽いおちょくりなのだろう。とすれば、家出夫が知り合う、元帝国軍人にして、極右主義の殿山泰司の存在も、アナクロ暴力男どうようの、カリカチュアなのだろう。
 木暮に熱を上げる、アプレ現代青年、大泉と、ドライな現代娘・京マチ、欧米崇拝のチャラ男・山村、その友のアメリカかぶれ・斎藤、図式的なまでの配置なのだ。まあ、くすぐり程度なのだが。


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by mukashinoeiga | 2011-10-30 09:46 | 傑作・快作の森 | Trackback | Comments(0)

今井正「多甚古村」

 京橋にて。「(再映)よみがえる日本映画~映画保存のための特別事業費による」特集。40年、東宝京都。
 ある田舎の村の、駐在さんと村人の交流を描く、地味~な映画。都会では、事件扱いすらされないような、ちょっとした揉め事を裁く駐在さんの話だ。
 なんせ、主演の「若い巡査」に、戦後は、地味~な<大部屋俳優>的なチョイ役ばかりの、清川荘司で。
主演俳優のオーラなし。地味な役を地味に演じている。かっちりしたプロの映像でなければ、ドキュメンタリーと、おっつかっつな存在感。若さ、華やかさ、まるでなし。
 描かれるエピソードも、華やかさ、なし。
 今井正の監督三作目、今井作品としても、ことさら平凡か。原作井伏鱒二、脚本は「麗春花」の八田尚之。赤木蘭子、小沢栄、 三島雅夫、滝沢修、竹久千恵子、月田一郎、原泉子など、当時はともかく、いま見たら、豪華出演陣で。でも、当時なら、やっぱり地味なキャスティングなんだろうなあ。
 宇野重吉ら当時の若手新劇人も、多数出ているのだが、たぶん浜辺で集団の学校対抗のけんかをする、旧制中学生たちなのだろう。
 あまりに地味すぎて、途中、寝てしまいました。


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by mukashinoeiga | 2011-10-28 22:16 | 今井正 青い左傾山脈 | Trackback | Comments(0)

バカはどこにでもいる(笑)

 本日「昔の映画」で検索してみたら、たちまち、バカ発見(笑)。

>昔の映画(3:4)のフルの画面で表示が出来ず困っております。
プラズマテレビ > パナソニック > 3D VIERA TH-P46RT2B [46インチ]

こちらにトラブル・相談などをしてよろしいのか不安なのですが、いまとても困っていることがありこうして初めて投稿をさせていただきました。(もしも不適切な書き込みでしたら申し訳ございません。)

先日、我が家に大きなパナソニックさんの「3D VIERA TH-P46RT2B」の46インチが入りました。
最初は液晶でも良いかなと思ったのですが、わたしを含め家族が大の映画好きなのでプラズマの迫力のあるこのテレビを違う部屋へと購入することになりました。ですが、実は観る映画というのが昔の映画(ヨーロッパ映画や日本映画)などが圧倒的に多く、祖母も私も小津安二郎監督などが大好きでよく観ております。
早速本日小津監督の映画を再生してみたのですが、実は画面がサイドカット(というのでしょうか)画面いっぱいのフルにならず、左右に大きく隙間が空いてしまいとても困っております。もともと昔の映画は4:3の正方形の形ではあるのですが、いままでは画面一杯のフルサイズで観てきた為に、サイドに隙間が空いてしまう正方形形ですと46インチにもかかわらず画面が小さく感じてしまい、映画に集中が出来ない状況です。まだ慣れていないということもあるのですが、どうすれば画面一杯に映像を映すことが可能になるのでしょうか。

家にはテレビが2台あり、今までずっと観てきたものがパナソニックの「TH-37PX600」の37インチ、2006年製造で、こちらは今から5年ほど前に知り合いの電気屋さんから購入いたしました。こちらのテレビは色が濃く、アメリカのテクニカラー社のように、色彩が(とくに黄色などの色が)"どぎつい"ほど強くはっきりとメリハリがついており、大変気に入っております。
こちらでは画面のサイズが「ジャスト」「フル」などの調節ができるのですが、「TH-P46RT2B」では画面のヘルプの操作方法に従っても、上手く調整することができません。現代映画は非常に画面も美しく、画面一杯に映像が表示されるのですが、やはり昔の映画もフルで楽しみたいというのが本当の気持ちです。もしも昔の映画の画面をフルに表示できる方法をご存知の方がおられましたら、どうか教えていただけますと幸いです。明日、早速パナソニックさんのほうにはお問い合わせをしてみる予定ではありますが、早く知りたい気持ちもあり、こちらでお尋ねさせていただきました。何卒よろしくお願い申し上げます。
2011/02/06 22:45 [12616887]

クリスタルサイバーさん  画面モードの設定でフルやスムーズなどにすれば、ワイドブラウン管時代のようにフル画面で見れると思いますが・・・
この設定を変えてもダメってことでしょうか?

ただ、横に伸びるので個人的には4:3のまま見たほうが良いと思いますけどね。。
2011/02/07 12:05 [12618615]

こんにちは。
この度はご返答をいただきまして有り難うございました。実は先ほどパナソニックさんのほうへお尋ねしたところ、やはりこのテレビ本体で再生をした場合ではサイドカットをすることができないというお返事をいただきました。でもひとつの案として、ディーガなどのレコーダーでDVDを再生すると色々な設定「ノーマル」「フル」「ジャスト」などの変更が利き、映画の画面もフルで表示が出来るとのことでしたので、とても悲しいのですが、近日ディーガのほうも購入できたらよいなと思っております。

画面モードも一体型ですと変更が出来ないそうです。
ですので、「フル」や「ズーム」などにも対応することができないのです。もう少しきちんと色々なことを調べてから商品を購入するべきだったかなととても後悔しておりますが、幸いこの度はディーガを挿入することにより画面の表示の選択技が増えるとのことで良かったです。

この度はご返答をいただき有り難うございました。
2011/02/07 12:26 [12618690]

なるほど、なにげにそんな仕様があったのですね!

致命的な欠点だとは思われませんが、何かそんな仕組みって不自然な感じがしますよね。
実は、年寄りにはオールインワンが便利だろうと実家への購入を決めて、あとは届くのを待つば
かり(本日午後の予定!)だったので、正直ぃちごみるくさんのご質問を見てちょっと驚いています。
教えていただいて感謝です。あらかじめ知っているのと知らないのとでは随分受け止め方にちがいが
ありますからね。

ただ、個人的な嗜好に対して物言うことなので申し訳ないのですが、上の方もおっしゃっている
ように映画は作られたサイズでご覧になるのが一番かと。特に小津安二郎など、画面上全てに
神経を使った監督の作品を観るには。ぜひぜひそのままのサイズでお楽しみください。
昔のテレビ放送やビデオソフト黎明期の驚くほど無神経な画面トリミングに何度も泣かされた覚え
があるので、老婆心ながら蛇足です。
2011/02/12 14:26 [12644192]

じんぎすまんさん 昔の映画の左右に黒いパネルを付けて映すことをピラーボックスまたはサイドパネル
と呼びます。ゴジラや黒沢作品などシネスコサイズの映画の上下に黒帯をつけて映す
ことはレターボックスと呼びます。制作者の意図通りの映像を楽しむための仕様です。

ちなみにサイドカットとは画面全体に映すためにシネスコサイズやビスタサイズの
映画の左右を切り取って真ん中だけテレビに映す行為ですが、スレ主さんが監督の
意図する映像を正しく観るにはおススメしません。また、左右に伸ばすモードも
大相撲中継ならともかく、昭和の美人女優がおデブちゃんになるのでおススメ
できません。
2011/02/13 01:11 [12647491]

クリスタルサイバーさん  >画面モードも一体型ですと変更が出来ないそうです。
そうだったんですか・・・それはちょっと不便ですね。。
ちょっと勉強になりました。。
2011/02/14 14:47 [12654614]

 う~ん。
 ぼくなんかは、ちょっとでも画面が左右にゆがんで(上下に圧縮されて)きれいな女優さんがおでぶちゃんに写っているのをみると、とたんに悲しくなりますけどねー。家電屋さんのTV売り場で、そういう<ゆがんだ映像>のTV画面ばかりの店は、こいつらなんて<映像センス>ない店なんだと思いますが、あー、こういうバカに対応しているのか、と、納得したしだいで。
 ぼくと違って、回答される方の、バカに対しても節度ある、回答態度にも感服。いやー、大人だなー。
●追記●回答の<大相撲中継ならともかく、昭和の美人女優がおデブちゃんになるのでおススメできません。>というのは、なにげに、大人の皮肉だったんですね。
 いま思い至ったのですが、質問者の家族が全員おでぶなら・・・・バカ呼ばわりは・・・・・お詫びする。



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by mukashinoeiga | 2011-10-26 19:54 | うわごと | Trackback | Comments(0)

「ニダ」総理

 「韓」直人から二代続けて、国会という公の場で、不思議な水の飲み方を披露した「ニダ」総理。
知る人によれば、それは朝鮮式の水の飲み方だという。
 「韓」「ニダ」両政権が、震災被災民はさておき、妙に韓国・北朝鮮にやさしいことの説明が、それでついた。
 お土産の古文書をわざわざ持参して、韓国でスワップ(笑)するのも、朝鮮学校無償化指示も、外国人献金問題も、説明がつくというものだ。
 「ニダ」政権は、朝鮮関連これくらいしか、仕事してないんじゃないの。
 震災復興も、TPP問題も、普天間も、電力問題も、選挙制度改革も、公務員改革も、全て先送り気味で、やる気が見られない。
 そもそも、派閥均衡人事での内閣結成なんて、<平時の発想>であり、震災復興という非常時命題への、解決の方向すら見えないものだった。そもそもが、「ニダ」内閣は、のんきな内閣だったのだ。
 あらゆることを先送りしつつ、震災増税だけは、「この負担を次世代に先送りせず、現世代だけで解決する」と、勇ましい。
 なぜ「この負担」だけ、先送りしないのか。ほかは全て先送りしているのに。
莫大な震災規模なんだから、そして何年も、何十年もかかる復興なんだから、この負担こそ、先送りも可、と考えるほうが、ふつうなんじゃないの。
 朝霞の公務員住宅も、「五年間凍結」って、復興増税は、十年とか十五年なんでしょ。これだけ、なぜ五年というレンジなの。いや、そもそも五年凍結ということは、五年間もその土地をあそばせているということでしょ。この金がない非常時に、それって「無駄遣い」そのものじゃないの。
 「ルーピー」「韓」「ニダ」三政権は、ほんとっに、やるべきことをやらないで、やらなくてもいいことばかりやってるよね。


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by mukashinoeiga | 2011-10-26 08:27 | うわごと | Trackback | Comments(0)

原研吉「母を讃へる歌」

 京橋にて。「(再映)よみがえる日本映画~映画保存のための特別事業費による」特集。39年、松竹大船。
 父・斎藤達雄が、不慮の事故死、残された母・吉川満子が、子供たちを、女一人で、保険の外交員をしつつ育てる、その苦労譚。
 子供たちに、三宅邦子、三井秀男(のち弘次)、三浦光子など。
 戦前松竹の母親役を、葛城文子と二分した、吉川満子の抜群の安定感。鉄壁ですよね。葛城文子と違って、まだ女の生々しさを残しつつ(って、実際はかなり若かったはず)この安定感。
 まあ、監督が、ザ・凡庸な原研吉だから、映画的興趣はないのだが、そのやる気のない、ぬるま湯のような、いい加減な演出のなかに、戦前松竹ホームドラマのエッセンスが、透け出る、それも楽しい。脚本・野田高梧、撮影・厚田雄冶が、なんとなく、もったいない。
 娘役という、あまり似合わない三宅邦子の新鮮さ。なぜか妙にさわやかな三井弘次など、楽しい。ああ、若い頃の三井弘次は、アイドルだったんだなあと、実感出来、わかる。
 戦前松竹ホームドラマ/メロドラマの良さは、かえって、こういう凡庸なドラマからも、再確認できる。


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by mukashinoeiga | 2011-10-25 21:59 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

島耕二「麗春花」

 京橋にて。「(再映)よみがえる日本映画~映画保存のための特別事業費による」特集。51年、新東宝=銀座ぷろだくしょん。
 たいへん可愛らしい島崎雪子が、ファザコンで。ファザコンのあまり、恋人?(で、あるような、ないような)伊豆肇との結婚もためらう。
 ところが、この父親は、愛人・三宅邦子の間に、男の子を作り、別家庭がある。
 父親だけでなく、母・花井蘭子も大好きな娘は、でも、その父親の「不倫」を肯定する。
 父親と愛人がデートしているのを見ると、ニコニコして、駆け寄ろうとして、伊豆肇に「ふたりを邪魔しちゃいけないよ」なんて、注意されたりする。
 ここら辺の、若い娘の心情描写が、かなりいい加減。ナンだろ、って言うくらいヘンなのだ。

 そして、どんでん返しに継ぐどんでん返し、出生の秘密の暴露が、なんとダブルで、妊娠堕胎の不思議など、どんでん返しのためのどんでん返しが、あまりにウザ過ぎて、もー、これは、感情逆なでしまくり。
当時としては、まぢめに?作っているのかもしれないが、今見ると、完全に、バカ映画といっていい。
 映画の描写は、それなりに好感触なのに、このでたらめきわまる書き飛ばし?の脚本(八田尚之)はなんなんだ。撮影の小原譲治もすばらしい。三宅と花井が対面で和室に座っているとき、三宅はふつうに写っているのに、花井の姿は完全シャドーで真っ黒。照明のマジック。素晴らしいセンス。
 なお、フィルムセンターのチラシには、島耕二は監督・出演とクレジット。島耕二はもともとと日本映画俳優学校第一期卒業生の俳優出身だ。どこに出ているのだろう。
 というのも、島崎雪子の父親役がなかなかいいのだが、誰だかわからない。でも、監督が父親役だと、ほぼ主演といっていい、気になる。こういうところも教えてくれないのは、フィルムセンターのイヤミなところ。
●追記●気になって確認したところ、春の本上映の際の案内には、「島が久々の主演で父親役」とありました。 早とちりでした。すいません。


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by mukashinoeiga | 2011-10-24 22:19 | 島耕二と行くメロドラマ航路 | Trackback | Comments(0)

伊丹万作「故郷」

 京橋にて。「(再映)よみがえる日本映画~映画保存のための特別事業費による」特集。37年、JO。JOはPCLと、合体して、後の東宝。
 死後、急速に忘れ去られた息子の伊丹十三、復活上映会やDVD再発もあり、復活の兆しの「いた十」、その父の「いた万」監督作品。親子そろって料亭の名前みたいだけれども。
 東京の女子大をそろって卒業した、ふたりの娘が、地元の山あいの村に帰ってくる。冬はスキーの名所となるようなところ。
 そのうちのひとりは、金持ちの娘で、村の家は別荘。大学には、東京の本家から通っていた。
 もうひとりは、村の雑貨屋の娘で、奨学金で女子大に。帰郷の際は、家財道具や布団の大荷物を持ち帰った。金持ち娘は、家財は東京の本家に置きっぱなしだから、手ぶらで。
 ここら辺の冒頭の対比からして、面白い。おそらく、雑貨屋の娘は、金持ち娘の実家に寄宿していた、と見るが。
 主人公は、この雑貨屋の娘。演じるは、戦後映画で、数々の母親役、祖母役などの夏川静江。OLD映画ファンには、戦前松竹二枚目スタア、夏川大二郎の実姉としても、知られる。
 この夏川静江、まあ、美人というわけでもなく、演技もそこそこうまいが、主演のオーラが、欠片もない。
 顔も地味なら、フンイキに華もなく、いわば、この当時としては珍しい<世間の無理解に苦悩するインテリ女性>を演じるために、わざわざ地味で不細工な女優を選んだかのよう。
 この親も子も、主演女優の選択の趣味が悪いのは、遺伝か。
 いや、不美人な女優を使うのは一向に、問題ない。ないんだけど、主演女優とか、主演男優とかには、たとえ美形でなくても、華があったり、オーラがあったり、愛敬があったり、味があったりと、何でもいいのよ。要するに、1時間30分なり2時間なり、観客は<そいつ>を見てなきゃならない。見続けなきゃならない。だから、オーラや味がない主演者は、見ていて、正直、つらい。
 地味な、味のない演技者を主演にするなら、それはそれでいいよ。いいけど、映画自体が、面白くなきゃ。観客は、体温下がりっぱなしだよ。いかにぼくが暑がりでも。

 夏川静江といい、宮本信子といい、本来は脇でこそ光る女優を、主演にすることの悲劇。本人と、観客双方への悲劇。
 宮本信子という、主演には地味な女優を主演にし続けて、「いた十」は、オヤジとは違って、徹底的に面白い映画を作るしかない、と腹をくくったはず。だから、誰が見ても「あざとさ」満載の映画を「いた十」は、作り続けた。最近もキネ旬に書かれていたが、「いた十」映画は、誰が見ても、あざとい。出世作「お葬式」から、すでに、ぼくには、「アザト」かった。それは、キネ旬に書かれている通り。
 なぜアザトさを感じるかというと、ぼくたち観客は、そのティストに、人工甘味料のザラツキを、充分すぎるほど、舌に感じたからだ。ようするに、「いた十」映画のざわめきに、「天然」が感じられなかったのだ。
 「いた十」その自殺の理由は、たぶんいくつかあるだろうけれど、「ああ、俺は、これからも、宮本信子以外は、主演に使えないのか!!」という<自己呪縛>の苦悩?も、あったかもしれない(笑)。
 いっぽうの宮本信子も、「いた十」の呪縛から解放されて、近作「阪急電車 片道15分の奇跡」で、のびのびとした好演。本来<野心的>な映画には似合わないキャラなのだ。
 伊丹十三監督=宮本信子主演、という<映画的カップリング>は、まさに、不幸の一語に尽きた。

 閑話休題。オヤジの「いた万」のほうだった。
 インテリ娘夏川静江は、自分の故郷の村の旧弊、特に雑貨屋店主の家長である兄の、無理解に苦しむ。よよ、と泣き崩れて親友の金持ち娘に愚痴ったりする・・・・のだけど、ぼくたちの現代の公平な目から見ると、家長たる兄の言っていることには、まったく<無理難題>には、思えない。当たり前の主張に思える。
 むしろ、夏川静江のほうが<インテリの衣を借りた、単なるわがまま娘>に思えてしまう。
 店の留守番を頼まれたら、常連・藤原釜足に「ちょっと、いっぱい」といわれて、「おじさんのほうが詳しいんだから、勝手にやってよ」って。
 いや、これが愛敬がある娘が言うなら、まだ、いいよ。釜足おじさんも、「おお、インテリさんに酒つがさしちゃあ悪いよなー」とニコニコ顔だろ、むしろ。
 でも、木で鼻をくくったような、愛想もこそもない、わがままインテリ娘・しかも地味・オーラなしの、どんより夏川静江がやったら、客商売舐めとんのかー、と兄に怒られるのも、仕方なし。
 ここで、よよと泣かれても、ウザさが倍増するだけ。
 ホントに「いた万」親子は、女の趣味が、悪いやね。遺伝かね。
 こういう<誤った、ウザい女の主張>こそ、女性の自立を、むしろ遅らせた。
 マーティン・ルーサー・キングのような、オーラのある人物の主張というのは、伝わり易い。
 しかし、田島陽子だとか、小宮山洋子とか、中ピ連とか、日本の女性運動家は、みんな<勉強が出来るインテリ>かも知れないが、みんなオーラがなかった。日本の左翼には、みんなオーラがなかった。
 オーラがない奴らが、勉強に走り、改革運動に走った。だから、その主張は、ぼくらに届かない。ただの、ウザいキャラで、終わってしまう。そういうこと。


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by mukashinoeiga | 2011-10-23 22:09 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

成瀬巳喜男「なつかしの顔」

 京橋にて。「(再映)よみがえる日本映画~映画保存のための特別事業費による」特集。41年、東宝京都。
 たった34分の快作短編。
 後年は、脚本は専門家に任せることの多かった成瀬(でも相当手を入れた添削をしたらしい)が、自らのオリジナル脚本を監督した。
 で、短編ということは、ワン・アィディア・ストーリーにならざるを得ない。
 あまり枝葉は広げられないわけで、そうなると、成瀬の<手>が、透けて見えるのではないか。

 お話はこうだ。
 ある田舎町のある一家。母(馬野都留子)、長男とその嫁(花井蘭子)、小学生の二男(小高たかし)、長男夫婦には、赤ん坊がある。
 長男は、いま戦地にいる。銃後を守って、母と嫁が畑を耕す。
 近在の町に住む伯父さんが、一報をもたらす。きのう、町の映画館に行ったら、戦地ニュース映画に、一家の長男が写っていると言う。一家で、今夜にも、見に行ったらいい、と勧める。
 ここで、一家がそろって、映画を見に行ったら、めでたしめでたし、それで終わってしまう、いかにも曲がない、と成瀬は、考えるだろう。
 いかに、この一家に、映画を見せないか、成瀬はそう考える。
 そう、この映画は、ある一家にいかに映画を見せないか、映画を忌避させるかを描いた映画なのだ!
 まず、小学生の二男が足に怪我、町に行けない。この子を看病するために、母と嫁も同時に家を留守に出来ない。
 で、まず、母が町に映画を見に行く。バス代を節約して、歩く。知り合いの馬車に乗せてもらう。木造のしもた屋の雑貨屋で、店先の飛行機おもちゃに眼をやる。二男へのお土産にと考えるが、値段を聞いてやめる。映画館に入り、いくつかの短編ニュース映画が何本も何本も上映される。期待感で、母は、息子の映像を見るはるか前から、涙ぐみ、荷物から涙をぬぐう手ぬぐいを取り出そうと、うつむく。
 結果的に、このうつむいた瞬間、母は息子の写ったショットを、見逃してしまう。
 母は、息子が写っていると言う映画を、遠い町にわざわざ見に行って、画面から目をそらした瞬間に、見逃してしまう。果たして彼女は、この映画を見たことになるのか。
 翌日は、嫁の花井蘭子が映画を町に見に行く。母が見たおもちゃ屋も見る。映画館の前に行く。迷った末、彼女は映画館にすら、入らない。結局、義理の弟のために、飛行機のおもちゃを、買って帰る。
 母も義理の姉も、小高たかしには、「映画見たよ。兄さん、写ってたよ」と、嘘をつく。
 嫁が映画をスルーした理由は、義弟に対して語られるが、まあ、いいわけみたいなものだ。その裏に、幼い弟に理解しがたい<女の情念>があることを、かろうじて示唆することで、成瀬もスルーしてしまう。察してくれよ、の<サッスペンス>こそが、成瀬で。(子供にはワカラナイだろうから、テキトーな言い訳を語るのだが、おそらくダブル・ミーニングで、緊張した戦時下の言論統制の中で、本音を言っちゃあ、官憲に睨まれるよ、という部分もあったのかもしれない)

 ショットを見逃した母と、
 映画そのものをスルーした嫁。
 すぐれて、映画(観客論)そのものに言及した映画ではないか(バカ)。
 そもそも成瀬映画の登場人物が映画を見に行くと、観客は不意打ちに会う。「おかあさん」でのいきなりのエンドマーク、「あらくれ」でのフィルム・トラブル、映画館でなく家庭での8ミリ上映だが「娘・妻・母」での、素朴なフィルム編集の魔術で露呈する、ハラセツと仲代の恋模様。
 キメのショットを見逃したり、スルーしたりの、映画評論家の、あやふやな感想文に怒りを感じた職業映画作家が、怒りの表明か。いやいや、そんなセコいことではあるまい。いやいやいや、あんがい、セコいことなのかもしれない(笑)。<ついに映画を見ない>映画の観客に対しての?

 そして、最後には、あっけなく、一家は映画を見ることになるだろう。
 村の青年が、誉れの出征、その様子が一瞬とはいえニュース映画に写っている、これこそ村民こぞって見るべきではないか、ということで、町の映画館と交渉、村にフィルムを借りてきて、上映会、というところで、期待に満ちた描写で、エンドマーク。
 言わずもがなのことだが、プリントを貸した出張上映も、配給会社には内緒の映画館のアルバイトだろうが、当時としては。いや、配給会社の地方周り営業に何がしかの接待すれば、オーケーだろう。
 ほんの数十年前ですら、地方回りの営業が、当時は映画館から現金で貰ったフィルム料金を、旅先で「紛失」すると、次の営業先の館主さんたちが、よってたかって「寄付」したという類のエピソードは、映画全盛期には、数限りなくある世界だからのう。
 しかし、見方によっては、映画を見ることの期待に満ちて終わるということは、映画のなかでは、ついに一家は、いまだ映画を見ていないということではないか。
 映画から遠ざけられた映画の登場人物たち。いやー、深い(笑)。いや、そんなおバカな見方をしなくても、いつもの成瀬映画、お気楽に楽しいんだけれども。
 しかしなかなか可愛くて好演の花井蘭子、以後の成瀬映画に出ている記憶がないんだけど、なぜなんだ、惜しいぞ。
 戦前戦後を通して活躍する脇役女優・馬野都留子。クレジットではよく見るが、顔と名前が一致していなかった。やっと、本作で確認。やはり、よく見ていた顔でした。
●追記●やはり夫の出征姿を確認しない「理由の説明」は、とってつけたようで、ちと、苦しい。<成瀬巳喜男映画の正体>で書いたように、成瀬は<男同士の暴力は徹底的に忌避する>から、そのヒロインも、母の証言によれば戦闘中の夫(実際は母は息子のショットを見ていないので、でたらめ)ゆえ、そういう夫の姿は見たくないのだ、という成瀬ヒロイン・スピリット?をつらぬいたのだろうか。

★成瀬巳喜男映画の正体★


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by mukashinoeiga | 2011-10-23 00:44 | 成瀬巳喜男映画の正体成瀬る | Trackback | Comments(0)

吉村公三郎「戦火の果て」

 京橋にて。「(再映)生誕百年 映画監督・吉村公三郎」特集。50年、近代映画協会=大映京都。
 ドラマティック吉村の面目躍如、快作愛憎ドラマ。
 若く、精悍な森雅之との相性も抜群で。森雅之、やはり、圧倒的に、男前。全盛期のみに許される、直球勝負の素晴らしさ。何も足さない、何も引かない、それでいて、素晴らしい。コンビ作「安城家の舞踏会」以上か。

 五年前までは軍港だった。
 アメリカ軍の空襲で壊滅、今は漁港として生まれ変わろうとしている。
 もと海軍軍人仲間が、四年かけて、空襲で廃船同様の旧軍小船艇を、遠洋かつお漁船「白鯨号」に改造再生して、処女出航は、あさって早朝と、決まった。
 その「白鯨号」の名前の由来は、この港にある、彼らの溜まり場「白鯨亭」なる、船員相手の定食屋。
 この港はどこなのだろう。引込み線の貨物列車が前を通るところなど、蔵原惟繕「俺は待ってるぜ」の横浜を思わせるが。まあ、港の構造はどこも似たり寄ったりだが、東山千栄子が切り盛りするこの定食屋が、しばらくすると、石原裕次郎のこじゃれたレストランになる、というのも、面白いなあ。
 ただ、港の感じが、横浜というには、ちと、田舎くさいさびれ方ではあるが。どうなのだろう。
 
 あさっての朝は「白鯨号」出航(船長に二本柳寛、船員に殿山泰司ら)、さらに明日の夜は、「白鯨亭」の二階に住まう女・水戸光子と「白鯨号」機関長・森雅之、「白鯨号」船員の<青年>宇野重吉と関千恵子の、ダブル結婚式が「白鯨亭」で、ある。
 この時期の関千恵子は可愛いし(後年はヒロインをいぢめる役などになったりして)、宇野重吉は絵に描いたような好青年で。
 今カレ・森雅之との結婚を明日に控えた、その<運命の日の前日>に、水戸光子の元カレの、元海軍大佐・滝沢修が、帰ってくる。復員してくる。
 滝沢は、森雅之、二本柳寛らの、戦時の上官でも、あった。
 で、水戸光子は、元カレと今カレどちらを選ぶのか、という三角関係ドラマ。
 でも、づるいよなあ。
 滝沢修と森雅之、どっちを選べといわれたら、考える余地すらないじゃないの(笑)。
 しかも吉村と脚本・新藤兼人は、滝沢に旧軍人の悪をしょわせる手際で。一種の色悪に。
 昭和二十年六月、最後の死の出航した彼ら、「そのときは、ぼくもみんなも、お国のためと、高揚していたじゃないか」と、みんなの前で、かつての仲間意識をとうとうと語る滝沢修。
 朗々と語る滝沢修。大物政治家とか大物実業家を得意とする滝沢修。
 対して、<演説>の柄じゃないが、密室で、女に、ささやくのが大得意の森雅之。
 滝沢は、女に愛をささやくときも、朗々としているんじゃないかな。
 いやあ、もう勝負はハナから、ついてるだろう。しかも全盛期、精悍なモリマだし。

 そういうわかりやすい、堂々のメロドラマを、最小限のロケとセツトで作りこむ、吉村=新藤コンビの、ココロ憎さ。映画的趣向の盛り上がりも、さえている。水戸光子も、いい。
 関千恵子の父親に藤原釜足、刑事に菅井一郎、これら豪華強力メンバーに伍して、若手船員に伊達三郎というのがうれしいやね。


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by mukashinoeiga | 2011-10-22 00:29 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)