<   2011年 06月 ( 20 )   > この月の画像一覧

森一生「大阪町人」

 京橋にて。「生誕百年 映画監督・森一生」特集。69分、42年、大映京都。
 主人公・天野屋利兵衛を、羅門光三郎が好演する。
 天野屋利兵衛。なんとなく、記憶に残っている名前。でも、どういう人か、は、知らなかった。知らなくても、「天野屋利兵衛は男でござる」なんて<決め台詞>も、なぜか、ココロに染み付いている。
 今回、初めて、その<実態>が、わかった。
 大阪の豪商。大石内蔵助の依頼で、各種武器を調達。当時としては、武器の売買は違法(無届だし)ということで、天野屋は、捕縛され、依頼主は誰か、尋問されるが、彼は頑として口を割らず。
 依頼主の情報を漏らすことは、商人道に、もとる、と。
 手っ取り早く、稼ぐなら、早くゲロして、大阪町奉行所の覚えめでたく、また商売にせいが出せるのに。周囲や家族もそう思うのだが、何せ主人公、頑固一徹。
 そういう<男の美学>を淡々と描く。いかにもな、地味地味大映。
 戦後の大映は、ひとりふたりのスタアをのぞいては、地味地味・味のある脇役で、という体制だった。この戦前作は、主役すら地味地味。
 考えてみれば、かなり自己主張の強いストーリーを、淡々と語る、その大映DNA。うーん。

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by mukashinoeiga | 2011-06-30 01:01 | 大映京都学校 森一生佐 | Trackback | Comments(0)

森一生「祐天吉松[不完全]」

 京橋にて。「生誕百年 映画監督・森一生」特集。68分、37年、新興キネマ京都。
 なお、本作の前に、
森一生「鬼あざみ[部分]」14分、39年、新興キネマ京都。 
の、上映あり。戦後は東映で脇役専門になった、羅門光三郎主演作長編の断片。
 今の目で見ると、華がないおっさん主演者・羅門には、見ていてもスタアのオーラがない(いや、今見ると、単なる華のないおっさんだが、当時としては、もっと若いのかもしれないが)。なにげにメインの場面が残っているので、何か、こういうメインだけ残して、あとは捨てちゃってもいいか、という<A型な整理整頓>感を感じるのは、ぼくがB型なせいか。
 敵に捕らえられ拉致された、昔かたぎな(江戸時代としてもね)母親が、主義に殉じて、自害。さて、主人公は、というところで、フィルムは、唐突に、永遠に、途切れてしまう。

 というわけで、森一生「祐天吉松[不完全]」。
[不完全]の由来は、<現存するフィルムは全8巻のうち5巻目が欠落>ゆえ。でも、この5巻目が、かなり大事。起承転結の点にあたる部分だから。
4巻目>市川右太衛門がふつうに、豪商加賀屋の入り婿
6巻目>市川右太衛門が長旅で不在
4巻目>市川右太衛門がふつう?に、悪役浪人と比較的?いい関係
6巻目>市川右太衛門不在をいいことに、悪役浪人、加賀屋に切り込み、火を放つ

 というわけで、6年ぶりに江戸に戻った(なぜ江戸を離れた?)右太衛門が、加賀屋を訪ねると、見る影もなく、ほかの店が建っている。近所できくと、6年前に放火があり、一家は皆殺し、かろうじて、自分の妻子は生き残った、と。
 かくて江戸の街を、妻子求めて、ひたすら探し回る毎日。探して、探して、探して。
 で、ある日、ふと、なんとなく、見つけてしまう、ここら辺がご都合主義というか。てか、それなりに、面白い芸があるべきだろ。芸なくして奇跡を起こせるのは、映画的天才のみに、許されておるぞ(笑)。
 かくて仇討ち、ハッピーエンド。
 市川右太衛門はいいんだけど、でもスーパーではないんだよね、毎回。
 ぼくにとっては、戦前剣戟王は、
阪東妻三郎 ウルトラ・スーパー文句なし
片岡千恵蔵 今っぽさ・青春っぽさ・スーパー
アラカン なんか、いまいちっぽい
市川右太衛門 いつも、ちょっと、残念 なんだよね。

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by mukashinoeiga | 2011-06-28 23:10 | 大映京都学校 森一生佐 | Trackback | Comments(0)

森一生「旅籠屋騒動[『お伊勢詣り』改題]」

 京橋にて。「生誕百年 映画監督・森一生」特集。39年、新興キネマ京都。
 お伊勢参りの旅人たちを止める旅籠屋での一夜を描くヴァラエティー時代劇。 
 旅籠の主は、老け作りヨイヨイの伴淳。死にかかっているのにやたら元気な老人を珍演する。
 その愛娘に、若き日の森光子。当然美人でもないが、番茶も出花の愛らしさ。
 その兄に、小太りのボンクラ息子・玉松一郎。この旅籠の女中を怪演するのは、ミス・ワカナ。このふたりは、当時吉本の人気漫才コンビ<ワカナ・一郎>。ほかに<ラッキー・セブン>など、当時の人気漫才師たちが大挙出演する。現在も、70年前も、関西のお笑いといえば、吉本やったんやなあ。
 吉本興業創業者・吉本せいが、当時人気のメディアである映画に目をつけていたせいか。その吉本せいのDNAが、現代にもつながっていて、たまに吉本の芸人さんが映画を監督したりする。なお、その吉本せいをモデルにした映画が、もちろんアラタマ主演「花のれん」。監督はトヨシロだったか。
 で、大挙出演している、当時の人気芸人たちが、まったく面白くない。
もちろん、客の反応を見ながら、ライヴで芸を練り上げていく芸人たちが、当時新興のメディアであるトーキーに、戸惑っているというのも、あるだろう。キャクなし、の代わりに冷徹な?キャメラを目の前に芸を演じるというのも、当時としては、慣れない事だろうし、検閲も受けなけりゃいけない映画は、ライヴ演芸ではストレートに出来ることも、ためらわざるを得ないギャグもあったろう。
 彼らの漫才が面白くないのは、当時の世相・流行をテーマにした、退屈な話芸だから。
 ただひとりだけ、異彩を放っているのが、ミス・ワカナ。
 目をむき出したり、へんてこな目線をつけたり、異形の珍演。ドツキ漫才の<ドツカれる女のほう>タイプ。ただし、戦前のこととて、実際にドツカれるようなことはなく、自由に顔をくねらせ、体をくねらせ、酔いどれて、悪態をつく、珍芸を見せる。その異形の姿態が、楽しい。
 日本語・中国語ちゃんぽんの歌とか、タモリの先駆としても素晴らしい。そのドクサレ芸?は、妙に現代的だ。時に、その、よじれた顔は、愛らしくすらあるのが、凄い(笑)。
 森一生の演出は、旅籠内の集団歌謡シーンにマキノ「鴛鴦歌合戦」を思わせるものがあり、マキノよりちと上品な描写が微笑ましい。

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by mukashinoeiga | 2011-06-26 23:10 | 大映京都学校 森一生佐 | Trackback | Comments(0)

富本壮吉「真昼の罠」

 神保町にて。「美女と探偵~日本ミステリ映画の世界~」特集。62年、大映東京。
 わーい、未見の田宮二郎主演作だぁ、と喜びいさんで見に行ったら、微妙な既視感が。
 田宮が、映画館にアリバイ作りに行くシーンで、はっきり、これは見ていると(笑)。
 見ているにもかかわらず、次の展開、次の展開が、読めず(笑)、ミステリとして、まったく白紙の状態で楽しめる(笑)。
 見ている間はきっちり楽しませてくれる、大映プログラム・ピクチャアの精密巧緻。でも、そこは定食番組の悲しさ、見終わったら、きっちり、心に残らない。暇つぶしには、最適な、大映の底力。
 残るのは。田宮のジロさん、カッコええなあ。ダンディやなあ。男の色気抜群やなあ。
 叶順子、ええ女やなあ。
 でも、田宮二郎がかっこいい、叶順子がええ女、なのは、ほかの映画でも同じなので、やはりこの映画を記憶する助けには、ならない。
 この映画は89分。でも、今の映画屋さんが、この映画をリメイクしたら、どうしたって2時間は越えるだろう。それくらい濃密な時間が89分に凝縮しているのだ。それはほかの大映プログラム・ピクチャアも同じ。この濃密感が、とにかく見ている間は楽しい楽しい、大映プログラム・ピクチャアの高揚・昂進感。
 エリート・サラリーマン田宮が、女医・角梨枝子の殺人の容疑者に。これをきっかけに、社内での出世の道を絶たれる。
 真犯人を探さなきゃ。真犯人は、課長・村上不二夫か、同僚・友田輝か、部長・高松英郎か。真犯人を暴いて、出世コースに戻らなくちゃ。手抜きなしのミステリ(原作黒岩重吾)。この堅実さこそ、大映。
 女優も、叶、角、だけでなく、弓恵子、渋沢詩子と、充実。
 村上不二夫以下、大映脇役陣も、例によっていいなあ。刑事に中条静夫、夏木章(この人の、かすれた声がすきだ)、うーん、いい。

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by mukashinoeiga | 2011-06-23 23:16 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

この政権は長期化する?

 菅直人政権は長期化する。だんだんそんな気がしてきた。
 なぜなら、世界中の過去・現在の左翼政権の、ゆいいつの目的が、政権の長期化で、それには、どんなバカ左翼政権でも、おおむね成功しているからである。
 左翼政権は、国をよくしようだとか、国民を富ませようなんて、これっぽっちも、思わない。ただただ、自らの権力の、ひたすらの維持、ひたすらの延命しか、考えていない。したがって、左翼政権は、実は民主主義の敵である。かなりの左翼政権が、軍事独裁化、情報統制、新しい階級の固定化に、汲々とするようになるのは、そのためである。
 菅直人の、ここへ来ての<日本人離れした>粘り腰は、ひたすら迷走していた民主党政権が、左翼本来の自己目的、つまり政権長期化に、目的を一本に絞ったからである。
 これまで、利害の対立をあおってきた民主党(野党時代の左翼)に、ベクトルが180度違う、アメリカと沖縄の利害の調整など、出来るわけがなかった。
 これまで、資本の増大を批判してきた民主党(野党時代の左翼)に、経済成長、経済の活性化、など望むべくもなかった。
 これまで、体制の破壊を旨としてきた民主党(野党時代の左翼)に、震災復興など、もともと無理なのだ。
 そういう、民主党が不得意とした分野の、政策が、ことごとく無策、先送り、失敗してきたのは、もともと民主党の不得意科目だったからである。当たり前の話だ。
 ところが、最近、菅直人政権は、腹を、くくった。俺たち左翼お得意の、政権長期化、自己延命化、一本に絞ったら、なんと、菅直人政権、締まってきたのである(笑)。
 震災復興、日本経済の底上げ、みんな失敗したが、それは震災復興、日本経済の底上げを、目的としていたからである。自己保身、政権長期化を目的とした、震災復興、日本経済の底上げの政策・法案なら、ばんばん出せるようになるのだ(笑)。

 菅直人内閣の支持率が、約30パーセント。これは、もちろん、菅直人内閣の能力を評価しての数字では、ないはずだ。
 菅直人および現在の内閣は、無能で、どうしようもないだろうが、<しかし、自民党に政権が戻ったら、嫌だ>と、考える、民主党、社民党、国民新党、それぞれの支持者が、これだけはいる、ということだろう。反自民系・反創価系無党派層も含め、今の政権はどうしようもないが、これがコケたら、また自民党だ、という層が、一定数いるわけだ。
 これは強いよ。
 どんなに菅直人が失政を重ねても、自動的に民主党政権を支持する層だから。
 1パーセントの支持率でも、辞めないという、反民主主義の菅直人が、30パーの支持率を貰っている。 辞めたいと、思うわけが、ない。

    馬鹿は馬鹿なりに一途菅直人
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by mukashinoeiga | 2011-06-22 07:41 | うわごと | Trackback | Comments(0)

森一生「仇討膝栗毛[不完全]」

 京橋にて。「生誕百年 映画監督・森一生」特集。36年、新興キネマ京都。
 森一生監督デヴュー作。
 62分の中編程度ながら、2・4・5・8巻は、サントラが失われていて、無声で見ざるを得ない。のこる巻のみトーキーのまま。トーキーと、トーキー(ただしサントラなし)が交互に映される不思議、でも、そんなに複雑な話でなし、充分話についていける、娯楽編だ。
 そして、これは、いかにもデヴュー作らしい、清冽な時代劇コメディーだ。
 たぶん旗本のボンクラ息子、あまりに遊び道楽が過ぎて、親戚一同が親族会議を開くほど。知恵者の年長者が、ここはひとつ、父親が暴漢に殺されたことにして、仇討ちの旅をさせよう、そこで苦労して、ボンクラ息子も成長しようという段取り。早速、浪人ものを雇い、父親死んだフリ、雇った浪人のあとを追わせる、敵討ちのたび。
 このボンクラ息子に月田一郎。いかにも、ボンクラなツッコロバシの風情。確か月田一郎は、実生活で山田五十鈴に、サガミチを産ませたはず。サガミチとの面影は、あんまりないが、二枚目だ。
 死んだはずの親父さんが、やはりかわいい息子が心配で、あとをつけるも、たびたび息子たちに遭遇して、出た!幽霊だ!と、ガクガクブルブルされる定番のお約束。
 そして、もう一組の仇討ち旅。爺と二人で、女だてらに兄の敵を追う森静子。この彼女が、いいんだわ。実はへなちょこ月田より強くて、仇を追いかけて、びゅんびゅん走る、ちょっとしたブッシュなんてひらりと飛び越えて、仇を追う。ふてくされた蓮っ葉なしゃべりと、しおらしい乙女しゃべり、どちらも繰り出す。
 才気あふるる新人企業監督のデヴュー作は、こうでなくちゃ、の見本みたいな快作で。
 戦前のモダニズム時代劇は、男女問わず、走りに走るアクションで、現代と接する。と、男女問わず、と言いえることが、本作の真骨頂。戦前時代劇としては、例外的に、疾走する若い娘を、捕らえた。撮った。快作。

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by mukashinoeiga | 2011-06-22 00:37 | 大映京都学校 森一生佐 | Trackback | Comments(0)

石川義寛「南郷次郎探偵帳 影なき殺人者」

 神保町にて。「美女と探偵~日本ミステリ映画の世界~」特集。61年、新東宝。
 新東宝ゆえ、どーせ、また、つまらん超退屈作だろうと、鼻をふふんと鳴らして見に行ったら、恐れ入りました、なかなか小味なプログラム・ピクチャアの大快作で。もちろん、プログラム・ピクチャアなりの、ヘタレな部分はありつつ、おきまりのいつもの定食でありつつ、きらりと光る部分が楽しい楽しい。
 音楽が、渡辺宙明大明神。もちろんエキセントリックな宙明音楽も快なのだが、今回の、イージー・リスニングに徹したジャジーな劇伴が、途切れなく流れ、ノリノリの音楽が映画にぴったり寄り添って、音の快楽が映画を何割り増しにも、魅せていく。
 麻薬がらみ、会員制セックス・クラブがらみの、連続殺人事件に、自ら進んで絡んでいく、弁護士・天知茂。まあ、弁護士というより、フリーの私立探偵といったところ。弁護士らしさは、まるでありません。
 主役としての魅力があるのか、ないのか、まだまだビミョーな頃の天知だが、そして、お話は、対立する組の、いろいろのチンピラが出てきて、互いにつぶしあっているゆえ、だれがだれを殺したか、もうどうでもよくなってくる。
 悪の側のボスの情婦(事件のキーマンかつ天知とのロマンス担当)に、三原葉子というのも、いかにもビミョーな新東宝。主人公とツーカーの人情派デカ長・坂本武というのも、いかにも古臭い。ラスボス・細川俊夫というのも、カンロク不足で。
 しかしそれらを補って余りあるのは、映画の小気味よい動きであり、登場するチンピラたちの顔、顔、顔。いずれ、変質者か、犯罪者か、殺し屋しか、出来そうもないような、胡乱な顔ばかり。そういう新東宝の大部屋たちの、顔、演技。すばらしい。
 特にすばらしいのは、三原葉子の秘密クラブで、出てくる歌手。黒ずくめの殺し屋スタイルで、クールに歌うのだが、めちゃくちゃかっこいい。<映画のクラブやキャバレーに出てきて、登場人物のバックで、歌う歌手>史上、最高のかっこよさ。ひょっとして役者がふんしているのかもしれない。

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by mukashinoeiga | 2011-06-19 20:37 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

萩原遼「赤穂城」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.2 東映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。52年、東映京都。
 GHQの戦後占領政策が終了した、その月に公開された、戦後初の本格的忠臣蔵映画という。占領期の日本では、GHQの御意向で、復讐ものとチャンバラものは禁じられていたから、二重の意味での<解放>だったのだろう。<おきゅ~・じゃぱん>(正式にはoccupied JAPAN)として、お灸をすえられていた日本が、曲がりなりにも独立(半独立?)した成果であった。
 ただし、忠臣蔵そのものに、ぼくはまったく魅力を感じない。面白くないのだ。<正史>ではないにもかかわらず、<日本的心情のうちでは、これも正史>という扱い。その磐石の<段取り感>が、たまらなく窮屈。マキノ雅弘でさえ、太刀打ちできないつまらなさ。
 マキノ省三の昔から、<正史なきチャンバラ映画>のなかで、ゆいいつ<正史らしさ>を体現するのが(という言い方もヘンだが)「忠臣蔵」ものだったと思う。それゆえの退屈さ。
 ゆえに、本作への個別の感想は、さして、ない。ゆいいつ、言及しうるのは、本作の以後も、おそらく何度も、吉良上野介を演じたであろう、薄田研二の圧倒的すばらしさ、その憎々しげな顔技。まさにナチュラル・ボーン吉良上野介。こんな憎々しげな顔には、そうお目にかかれない。
 そして、東映チャンバラ時代劇お得意の手口、スタアの一人二役。
 ここでは、浅野内匠頭と、大石内蔵助を、片岡千恵蔵が一人二役。
 生き別れの双子の兄弟が、一人二役というのは、わかる。
 殺された姉の、復讐に立ち上がる妹が、一人二役というのも、わかる。
 不運に死んだ主君と、その敵を討つ地元家老が、一人二役とは、何。血のつながりもないのに、一人二役。<理不尽>では、ないか。
 しかも、浅野内匠頭と大石内蔵助の一人二役は、ぼくも「忠臣蔵」で何度も見ている、恒例に近いパターンなのだ。
 ウィキペディアの「忠臣蔵」の項によれば、

<登場人物が多彩なためオールスターキャストでの演出が可能な忠臣蔵は人気ジャンルとなり、戦前から戦後にかけて本伝ものだけで80本以上の作品が製作されている。
 また、演劇的視点で観客が映画を見ていたこともあってか、昭和30年代までは大石内蔵助と浅野内匠頭(もしくは他の配役も含めて)が同一キャストであったりする作品も珍しくない。
 2009年現在、ユニバーサル・ピクチャーズにてキアヌ・リーブス主演で「47 Ronin」のタイトルで映画化の企画が進められている。>

 演劇的視点。つまり、観客は「忠臣蔵」を、<リアルなドラマ>(という言い方も、ヘンなのだが)としてではなく、<オールスタア・キャストの顔見世興行>として、楽しんだということか。
 その演劇的視点の究極?が、キアヌ・リーブス参画のハリウッド映画ということで。
 しかし、オールスタア・キャストであるなら、何も、ふたりの中心人物を、わざわざ一人二役にしなくでも、という気がする。ふんだんにスタアが使えるオールスタア映画で、何もわざわざ、一人二役。
 演劇的視点というのは、後付けの知恵のような気がする。
 つまり、こういうことではないか。
 浅野内匠頭というキャラ、よくよく考えてみれば、悲劇の主君という美名に隠れている真実の姿は、吉良上野介に何度も何度もだまされて煮え湯を飲まされた、ボンクラ。あまりにだまされるので、とうとう切れて「ペテン師」と菅直人を呼んだ鳩山由紀夫のような、要するにバカ殿であると。
 松の廊下、切腹、いろいろ見せ場があるおいしい役回りでありつつ、「忠臣蔵」という物語の中では、ただひとりのボンクラで、あると。こんな鳩山由紀夫のようなボンクラ・バカ殿を、何でオレがやらなくちゃいかんのだ、と<御大>が言うとする。しかも浅野内匠頭は、最初で消えて、あとはえんえん大石内蔵助が主役である。
 どうみても大石内蔵助のほうが、かっこいいに決まっている。
 御大、切れた。ということで、じゃあ、御大には、一人二役で、大石内蔵助も、セットでつけましょう、という苦肉の策が、そもそもの最初なのでは、ないか。映画以前に、そもそも歌舞伎時代から、そうなのかもしれない。歌舞伎は一人二役お得意だろうから。
 その際、大いにこの<苦肉の策>の、後付けに役立ったのが、名前だろうか。
 浅野匠頭、大石蔵助。
 あさのたくみのかみ、おおいしくらのすけ、読み方にはまったく出てこない、内という一文字。この内の字が、ふたりを内定、内通、いんなあとりっぷは霊友会、させていたということだろうか。

なお、この特集では、萩原遼「続・赤穂城」、佐々木康「女間者秘聞 赤穂浪士」という第2・3作も上映されたが、そちらのほうは、未見。

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by mukashinoeiga | 2011-06-17 02:57 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

山本弘之「蜘蛛男」

 神保町にて。「美女と探偵~日本ミステリ映画の世界~」特集。58年、新映。
なおこの特集、本格ミステリ作家クラブ10周年記念企画、という、サブ・サブ・タイトルもつく。
 神保町シアターのチラシでは「蜘蛛男」というタイトルだが、実際に上映されたタイトルは「殺人鬼 蜘蛛男」と。さらに、意外に簡単にエンドマーク、で、次にまた「新映」の、カンパニー・ロゴ。そして「蜘蛛男の逆襲」とタイトル。なんと、一本の長編ではなく、二本の中編映画だったのだ。「蜘蛛男の逆襲」に「殺人鬼」という角書きがついているかどうかは、見逃した。あまりのサプライズだったもので。
 ま、この映画のサプライズは、これくらいで。内容は、当時なりのミステリもの。
 この種の映画の欠点は、原作・江戸川乱歩の変態性・変質性を映画化するには、当時の映画人はあまりに健全すぎるという一点に尽きる。しかし、この時代としては、がんばっているほうだと思う。
 戦前枚目スタアで、小津安郎の映画にも主演した、岡譲が、変態殺人魔・蜘蛛男を快演。素晴らしい。もちろん、松竹時代の枚目ブランドネーム岡譲ではなく、岡譲として。この辺のいきさつについては<小津安郎映画の正体>を参照されたい(笑)。
 岡譲司、一見紳士風だが、何度も何度も変装を繰り返し、ついには十仁病院で、整形手術まで。顔の変装にはコルが、低音の美声はそのまま。舟橋元に「あ、蜘蛛男の声だ!」と、バレバレ。何のための変装だか。
 舟橋元、整った顔立ちで二枚目として映画人生をスタートしたが、残念ながら小太り。メロドラマから、流れて、この変態魔映画へ。怪しの車の後部に張り付いて、運ばれていくさまこそ、蜘蛛男だよ。
 そもそも、岡譲司がなぜ蜘蛛男と命名されているのかが、不明。怪獣映画で、出てきたとたん、ゴジラとかモスラとか命名されて、みんなが一様にそう呼ぶのと同じ、お約束。
 名探偵明智小五郎に、藤田進。渓谷で、釣り男・藤田と、蜘蛛男・岡の変装合戦の素晴らしさ(笑)。まさに重量級だ。
 姉妹とも殺人鬼の餌食になる、美人姉妹の一人二役・八島恵子、凄い美人。殺人鬼の亡き妻と瓜二つで、殺人鬼の殺人欲を誘う、宮城千賀子の、この時代ではまれなるプロポーション。ちゃんと<凄いような、怖いような、美人>をそろえているのが、うれしい。いや、石井輝男の乱歩モノなんか、全然美人、いないんだもの(笑)。
 この宮城が映画スタアという設定で、当時の撮影風景、撮影所風景ががたっぷり出てくる。むしろ、これが、今から見た、見所か。スタッフに扮した、本物のスタッフたちか、エキストラか、そのリアル感がいい。
 撮影所シーンだけでなく、この映画、無名の脇役・チョイ役諸氏が、その無名性ゆえに、味わい深い。十仁病院の先生、渋すぎ。蜘蛛男の助手・風間繁美の、カリガリ博士の助手・眠り男まんまの、不健康そうな味わいも。無名時代の天津敏が、刑事Åとして、ちらちらそのマスクを見せている。
 なお、今回もそうだが、最近、神保町や京橋に行くと、見ながらメモをとるメモ男ばかりに遭遇する。いずれも別人だから、メモ男の数はかなりのものか。いずれ、ブログなどに(笑)あらすじをアップするような手合いか。あの、どうでもいいあらすじを延々書いている、詰まんないブログは、書いていて、楽しいのか。ま、ぼくもあんまり、大きいことは、いえないが(笑)。しかし、いちいちスクリーンから目をそらして、メモをとっていて、何が楽しいのだろうか。まあ、お勉強感覚なのか。よく、わからない。

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by mukashinoeiga | 2011-06-16 03:15 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

萩原遼「乱れ星荒神山」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.2 東映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。50年、東横映画。
 吉良の仁吉、という名前はよく出てくるし、知っていたが、こういう話だったのね。講談や浪曲でおなじみの話らしいが、ぼくの記憶にある♪吉良の仁吉は男でござる♪、浪曲出身の村田英雄の、遠い記憶の流行歌で。
 弟分・高田浩吉が、入牢している間に、高田のシマ・荒神山の宿場を、兄貴分の進藤英太郎に盗られてしまう。任侠の道にもとる、と加勢する吉良の仁吉(市川右太衛門)。その出入り。これだけなら、ローカルな揉め事なのだが、<たまたま、この地に来ている、清水次郎長一家グループ>も、義侠心から加勢しようとする。いや、これで、華やかになりました。
 モンダイは、仁吉の恋女房(という言葉が、昔はありましたな)山田五十鈴は、進藤英太郎の実の妹。
 兄と決着をつけるため、泣く泣く恋女房を離縁して、ことにのぞむ。
 納得できないのは五十鈴、争いはやめて、あたしはあなたの女房よ。
 仁侠映画の定番、義理と人情、その板ばさみですな。
 この争いに、講談師・杉狂児が、従軍記者。「いやあ、講談師見てきたような嘘をいい、といいまするが、実際にこの目で見て、リアルな話を語りたい」と。かくて講談「荒神山」の誕生とあいなる。
 もちろん、マキノ・山中に比べれば、はるかに凡匠な萩原遼だから、ストーリーをなぞるだけの凡作なのだが。これがマキノなら、涙腺崩壊になるべき題材で。
 特に山田五十鈴に、やくざの出入り、暴力沙汰を、しつこく批判させるのが、噴飯もの。日本映画に復讐暴力ものを禁じた、GHQの御意向そのままを忠実に映画化した、<おきゅ~・じゃぱん>(occupied JAPAN)そのもの。これを、マキノなら、いかに<回避>したのだろうか。
 最初と最後を締める、枯淡の古武士・月形龍之介の、いつもの味わい。
●追記●<義理の兄>と、出入りがある場合、<恋女房>の扱いは。
 これが現代であるならば、これこれこういう理不尽な、お前さんの実の兄と対決する。
 兄の側につく、もしくは中立の立場なら、離婚する。
 俺の側について、兄と決別するなら、夫婦の関係はこのまま。
 そういう風に持っていくだろう。ところが、昔の<あらまほしき人間関係>は、オール・オア・ナッシング。女房がどう思おうが、すっぱりさっぱりすっきりと、男伊達。いちいちゴタクなんぞ、抜かすない、というところか。男は、ゴタク=五択、じゃねえ、すっきりさっぱり、一択だぜえ、というところか。
 そこで、泣かすのが、マキノ。

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by mukashinoeiga | 2011-06-14 21:36 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)