<   2011年 04月 ( 15 )   > この月の画像一覧

いろいろ

●精神障害のルーピー鳩山が、人格障害のスーピー菅を批判しているのを見ると、なんと、鳩山がまともなやつに見えてしまうという不思議。こういうのを、菅の、<現役の強み>というのだろうか(笑)。
野党時代の民主党のころは、そういうことがわからなかったので、鳩山らが自民党を批判しても、それはそれなりに、もっともなことだと、みんなは、思ったんだよね。
●ところが、ダメガキ自民党総裁が菅を批判しても、いっこうにダメガキが、よく見えない。弱い犬ほど良く吠える、というが、ダメガキ、吠えてすらいないからなあ。迫力障害。
●菅民主党が、選挙で負けても、震災対策に不手際でも、一向に反省しないし(むしろよくやっていると、自画自賛)一向に辞めない。
これは、世界の左翼政権のセオリーからすれば当たり前。左翼政権は絶対に責任は取らない。左翼政権に、潔さを求めては、ならない。左翼政権に羞恥心は、ない。責任はむしろ下のものに押し付けて<粛清>し、トップは誤謬を絶対に認めず自画自賛、情報閉鎖して、軍事独裁、長期政権を目指す。ソ連しかり、中国しかり、キューバしかり、北朝鮮しかり、チャウシェスクのルーマニアしかり、その末席に菅民主党も、連なっている。
そういう左翼政権の絶対的欠陥から逃れられる左翼政権はないので(少なくとも歴史上、存在しない)、<人権、民主、情報公開>を求める、左翼リベラル諸君は、むしろ、けっして左翼政権を支持してはいけないのだが。左翼リベラル諸君は、頭の中にお花畑があるから、求めるんだよねえ、最悪の選択を、左翼政権を。
●だから、大幹部・小沢を道連れにして、総理の座を潔く(当時はそう思わなかった。不明を恥じる)退いたルーピーは、当時はそう思わなかったけれど、けっして左翼ではなかったのだろう。
左翼も、ルーピー鳩山も、頭の中には、お花畑が、あった。それで、ルーピーを左翼と思い込んでいた。いまさらだけど、左翼扱いしてごめんね、ルーピー。単なる精神障害に過ぎなかったんだよね。
●石原慎太郎が、電力問題で、自販機のバッコを批判。自販機が売っているのは、菅ガンス、もとい缶ジュースだからね。冗談だよ、左翼諸君。
●現代日本の、便利さ最優先の象徴として、自販機に目をつけた石原の嗅覚は鋭い。ひょっとすると、自販機と同等の非難を受けていたかもしれないコンビニは、なんせコンビニエンスという名前が便利さ最優先の名前だし、しかし、コンビニは、ライフライン最前線に立っているんだ、という覚悟を、今回も、見せた。被災地でも、首都圏でも、存在感を示した。
●石原は菅ジュースだけではなく、パチンコ業界も、不要と。これ、15年ほど前の三池崇史なら、さっそく<朝鮮・韓国系の、パチンコ業界闇の裏組織が、都知事暗殺に動き出す>なんてVシネを作っていたことだろう。
石原は、これを言ったらヤバイんじゃないか、下手したら奴らに暗殺されるんじゃないか、ということを平気で言いかねない。<日本の公人>としては、ほとんど稀有な御仁。そういうことが、石原を批判する左翼諸君には、わからない。
 そういえば、三池の「ゼブラーマン2」では、ガダルカナルタカが、都知事の役だった。あの映画で、そのまんまは、都知事立候補を思いついたのかな(笑)。
●都知事暗殺といえば、いま上映中の「名探偵コナン」も、それを扱ったものらしい。アメリカ映画なら、大統領暗殺を扱ったものはいくつもあるが、単なる知事暗殺なんて聞いたことない。日本では、それだけ都知事のほうが、総理よりインパクト大なのか。これは、ひとえに石原のカリスマ効果か。
●しかし、四選後の石原「暴言」(自販機、パチンコ)を、左翼諸君はなぜ「暴言」と批判しないのか。少なくともパチンコに関しては、れっきとした「民族差別」???だろうに。
●その石原は、東京都知事選、圧勝で四選。しかし、よく数字を見てみると、2位・そのまんま、3位・ワタミの得票を足すと、1位・石原にほぼ等しい。であるならば、石原が出馬宣言した時点で、ワタミが<我欲>を捨てて、都知事選出馬辞退、<そのまんま都知事選立候補、ワタミは副知事予定>というタッグを組めば、あるいは石原に勝てたかもしれない。惜しいことをした。
●もっとも、ある分析によれば、青島都知事当選得票≒レンホー参院選最高得票≒今回のそのまんま得票、とほぼニアイコールなので、それなりの知名度があるタレント候補が出馬すれば、東京では170万票くらいは取れるんだ、というシニカルな見方が、面白い。そのまんまの、実力ではなかった、という。
●ただし、仮にレンホーが都知事選に出たとしても、
 <価値紊乱者>としての<やんちゃなガキ大将>VS<体制側>の<くそマジメな学級委員長>
という、おなじみの構図の再現だから、絶対にレンホーは、勝てなかっただろう。
そのまんまも、昔のたけし軍団時代は<価値紊乱者としてのやんちゃなガキ>だったが、最近では<そつのない官僚風答弁>だものなあ。
●それにしても、左翼諸君、民主党諸君は、何でみんな、<愛嬌>がないんだろう。
●総理、閣僚、国会議員、知事、すべからく行政、立法のトップに立つものは、政策能力だけではなく、天性の愛嬌というか、カリスマ性というか、少なくとも選挙で選ばれる以上、<人間的な魅力>、この人にだったら、ついていきたい、そう思わせるチャームが必要なのだ。民主主義ではね。
なぜ、アホなタレント議員が、大量得票するか、みんな、ほとんど、その理由を考えてないよね。有権者が、付和雷同の、ちゃらちゃらしたいい加減な政治意識しかないから、知名度の高い、バカなタレントに、人気投票みたいに、ふわふわと投票すると思っている。
違うの。
ぼくたち、アホな有権者が、議員、知事、総理に求めているのは、
1)政策遂行能力
2)この人になら、ついていきたい、と思う人間的魅力
この2点。
人気のあるタレントは、1は未知数かもしれないけれど、2については、抜群に、持っている。だから、タレント候補は、バカバカ当選する。
●菅。鳩山。小沢。仙谷。岡田。枝野。前原。レンホー。みんな、愛嬌、ないよね。なぜ、左翼は、民主党は、人間的なチャームが、ないの。ついていきたい、とは思わないよね。
この人たちも、いっときは<愛嬌>あるように見えたりするんだけど、残念ながら、それは<天性><天然>のものじゃ、ない。付け焼刃。
<目は、笑ってない>。襟は、立ってる。
襟が立ってるレンホーと、寝癖の髪が立ってる亀井静香、人間的に信用できるのは、どっち?
いざとなったら、みんな、仲間を裏切るような人たちでないの。粛清とか、総括とか。左翼特有の病理。
日本国民という<仲間>を裏切り続ける人たち。
●でも、ま、あの顔で、寝癖の髪が立っていて、静香、そりゃ、ないわな。すき、ありすぎ。天然過ぎる。
●まだ、いいたいことはあるんだけど、長くなったので、また後日。

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by mukashinoeiga | 2011-04-30 08:43 | うわごと | Trackback | Comments(0)

井上梅次「裏階段」

 神保町にて。「華麗なるダメ男たち~色男、金と力はなかりけり~」特集。65年、大映東京。
 田宮二郎は、女好きの私立探偵、ではなくて、今回は、失意のピアニスト。
 今回のヒロインは、司葉子。東宝専属イメージの強い彼女だが(松竹出演はある)大映で、田宮二郎の相手役というのは、実に新鮮で、大人な大映テイストにぴったりフィット。東宝では絶対に演じさせてくれない<悪女>を、演じる。
 監督は、日活イメージの強い梅次だが、なにげに大映でも多数演出している。ヤングな日活でも良かったが、大人な大映でも、渋い快作を連発。本作も、B級プログラム・ピクチャアの佳作で、なかなか面白い。明日、あと一回のみの上映だが、オススメ。
 特に梅次映画ゆえ、音楽重視、なんと珍しくも、田宮の歌がたっぷり聞ける。まあ、あんまり声量のないシロウト歌唱(でも、二郎さん、がんばってます)なので、聞いてるこちらが少々息苦しくなる、不安定な唄だが、超貴重。
 いつもいつも、にやけている安倍徹(彼の代表作とも言うべき快演)の、怪しげな儲け話(妹の司葉子の婚約者を一ヶ月だけ、演じてくれ)から、話は、転がっていく。この、いかにも怪しげで、裏のある話に、司葉子に一目ぼれの田宮が、のめりこんでいく。
 その仲間、一目見ただけで怪しい成田三樹夫、もともと成田はマンガみたいに個性的な顔立ちなのに、これまたマンガみたいに目立つアゴヒゲ(どう見ても、付け髭)なので、どう見ても、生けるアニメキャラ。成田が出てくるたびに、脱力して、笑える。すごい、マンガ顔。
 ラスト、タイトルにもなった「裏階段」での、アクションは、なかなか出色で。司葉子も、東宝では絶対にしないような、アクションに挑戦。東宝じゃ、お姫様だからね。
 タイトルから連想するに、梅次、ヒッチコックに挑戦したんじゃないかな。「裏窓」じゃなくて、「めまい」かな。

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by mukashinoeiga | 2011-04-27 23:37 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

吉村公三郎「銀座の女」轟夕起子乙羽信子藤間紫南寿美子殿山泰司安倍徹

 京橋にて。「生誕百年 映画監督・吉村公三郎」特集。55年、日活。
e0178641_1848413.jpg いそいそと見に行ったら、既見作だった(笑)。しかも、二度目なのに、結構、面白いのだ(泣)。  
 相変わらず、記憶力がバカ(脱力)。
 しかし、これは、これで、かなり、面白いのだ、が。
 轟夕起子を女将、いや、当人たちの言葉でいえば「おかあさん」、そのお母さんを中心とした芸者の置き屋。
 華やかな乙羽信子、子供を田舎に預けて、銀座に単身の、例によって、ちゃきちゃき快調な藤間紫、ツンデレな南寿美子、それに下世話な世話役おばさんならこの人・田中筆子、田舎娘の下働き・島田文子(とはいえ、十代後半になれば、芸者の卵になる運命)などなどの、女性世界。
 轟夕起子、乙羽信子も、ぼくたちが多く見ているおばさん演技ではなく、まだ女の色香を漂わせていて、いいのだ。美しい。
e0178641_18492833.jpg この映画だけを見ているだけなら、かなりの快作。でも、成瀬巳喜男「流れる」を前に置くと、とたんに色あせる。「流れる」のバッタ物にしか、見えなくなる。そう、吉村は、いつも、そうかも。
 吉村映画は、いつも、かなりいい線、いってる。そう、吉村映画だけ、見ていれば。
 まさに吉村映画は「偽れる盛装」なのだ。「夜明け前」の「わが生涯のかがやける日」を、あらかじめ追想する、「足摺」り岬状態。所詮は「一粒の麦」なりの「四十八歳の抵抗」で。
 なお、本作は、前半の女性世界描写から、後半は、映画が一変する異色作。
 轟の置屋から出火、半焼してしまうところから、まず轟が放火の疑いで警察に引っ張られ、次に乙羽信子も出頭して自白、下働きの少女も、出頭して、なんと、三人とも放火の「自白」。警察署長・殿山泰司をホームズ役、部下の刑事・安倍徹をワトソン役?とする、ミステリ風コメディに変色する。
 自身もミステリ・ファンの殿山が、公務中に、「Xの悲劇」「Yの悲劇」を、続けて読書しているのが、珍で。殿山泰司は、多分、エラリィ・クイーンなんかに、クイクイいかないとは思うが。かつてエラリィ信者で在りしわたくしが、このシーン、この映画を失念していたとは。ま、エラリィ・クイーンに無縁なものにはまったく意味不明だし、知っているぼくの心にも残らないのだから、ギャグにもならないギャグ、だよね。
 この映画、勝鬨橋の開閉が、たっぷり映される。可動中の勝鬨橋は、いつ見ても、楽しい。その勝鬨橋が窓から見える、粗末な診療所の医師・金子信雄が証人として、警察にやって来る。アリバイの証拠の子猫を抱いて。おどおどとして猫を抱くネコさんこと金子信雄、その子猫を抱くやるせない姿、なんと、おどおどとサマになっていることか。

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by mukashinoeiga | 2011-04-24 09:46 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

ヤウ・ナイホイ「天使の眼、野獣の街」

 渋谷にて。「ジョニー・トーとゆかいな仲間たち~香港映画傑作選」特集。07年、香港。
 「柔道龍虎房」の同時上映。「柔道龍虎房」などのジョニー・トー作品の、常連脚本家の、初監督作品。
 スタイリッシュな、犯罪&捜査物語を、シンプルに、見事に、描く。
 今、おそらく、都会派ミステリを描くのに、この香港、かの韓国が、世界屈指の素晴らしさなのではないか。
 かつてはアメリカだったし、その次には、多少不出来ながら、日本だった。ヨーロッパ? ありゃ、カントリー。イギリス? 19世紀ロンドンには、多少は都会派ミステリーはあったが、まあ、田園派との野合もありーの。
 冒頭数十分の、追跡・尾行劇の素晴らしさ。見事に、緊張感、見事に、はぐらかし。この、緊密さは、いかにも脚本出身の、緊張感。してやったりの、ビミョーな構成・演技の、素晴らしさ。
 香港映画おなじみの顔(主役刑事や、例のデブのやくざ)の、タイプ・キャストの素晴らしさ。中国大陸という、メインベースがあった上での、辺境者、本土から逃げて来た者たち、という食い詰め感、やくざ感、が根っから、しみこんだ、その体質。大陸の、カントリー感を断ち切って、狭い土地にうごめく、そのシティー感覚。
 見事/美事の一言。
 しかし、香港映画って、見事に<俗情との結託>=「タイプ・キャスト」に、はまりすぎて、むしろ<雑味>がないことが、ふしぎ。
 カンフー・アクションの<段取り>の、素晴らしさ。あまりに手際の良い段取りなので、逆にニュアンスが、ふっ飛んでいる。
 <俗情との結託>でありつつ、<雑味>たっぷりの韓国映画に比べれば、シンプルすぎる、という言い方もあろう。韓国映画には、土着の雑味、ホンネがあふれまくっているのに、香港映画には、スタイリッシュに、過ぎて、ホンネを隠蔽しようという姿勢を感じる。まあ、その、シャイな感じは、韓国よりは、都会派なのかも知れないが。

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by mukashinoeiga | 2011-04-21 20:59 | 旧作外国映画感想文 | Trackback | Comments(0)

ジョニー・トー「柔道龍虎房」

 渋谷にて。「ジョニー・トーとゆかいな仲間たち~香港映画傑作選」特集。04年、香港。
 聞きしにまさるおバカ映画であり、同時に、爽快、かっこいい、という奇跡の映画。
 登場人物のほぼ全員が、柔道をたしなむヤローども。香港なのに。
 あちらこちらで、巴投げ、寝技の花が咲く。特に主人公の一人、ちょっとでも強そうだな、というやつを見つけると(それが、強そうなやつがあちらこちらにいるのよ)嬉々として、戦いを挑んでいく。まるで性欲盛んな中・高生が、猿のようにオナニーするさまに似た?爽快感?といいますか。
 要するに、いっそ、潔い。
 そういえば、一時期の香港映画は、出てくる登場人物全員が、カンフーをたしなんでいるものばかり。そういうのりで、柔道が扱われる。カンフーでは違和感なく、柔道なら違和感(おいおい香港なのに)、でもやってることは同じなんだよね。
 ラストに<黒澤明にこの映画を捧ぐ>とクレジットされるが、天国か地獄の黒沢先生も、さぞかし苦笑しているだろう。
 黒沢映画とは似て非なる本作だが、唯一の共通点は<B級映画をA級映画の精神で撮る>点だろうか。ついに、とうとう、A級映画の資質に欠けた黒沢が<A級映画をA級映画の精神で撮る>ようになった晩年の諸作が、ことごとく失敗したのは、ジョニー・トーさんには、真似しないで貰いたいところ。
 たぶん香港の人が歌っている、ヘンな日本語の歌が珍。

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by mukashinoeiga | 2011-04-19 07:31 | 旧作外国映画感想文 | Trackback | Comments(0)

中村登「惜春」

 神保町にて。「女優とモード 美の競演」特集。67年、松竹大船。
e0178641_2462266.jpg 90パーセント以上の確率で絶対過去に見ているに決まっているが(たぶん三百人劇場か)、なお数パーの未見の確率があり(笑)、たまたま、見に行ける、日と時に上映されている。この、わずかな可能性に、賭けた(笑)。
 で、やはり、見ていた(笑)。
 で、ほとんど記憶にないので、楽しめた(笑)。これは、お得なの、損なの(笑)。
 何度も体験していることだが、いくらボンクラなぼくでも、よほどの傑作、よほどの駄作は、見たことを記憶している。ほどほどの面白さ、あるいはほどほどの詰らなさのものは、記憶に残らない。
 特に、大映とか松竹のプログラム・ピクチャアは。さらにこの「惜春」とか、柳の下のドジョウを狙った、凡庸な、二番煎じ三番煎じ、あるいはシリーズもののサブタイトルが、まったくぼくには判別不可能。自己主張する気のない、なにか過去のヒット作のタイトルを擬態しようという、便乗商法タイトルが、まったく覚えられないし、名画座の案内チラシの数行程度の解説にも、<既見信号>を、察知できない。
 これは、見たい映画を選択する、映画の好みは、変わらないのに、記憶に残らない映画が出てくると、やっぱり、また同じ映画を選んでしまうのだ。
 ということで。
 それなりに面白いのだが、これはやはり三隅研次の大傑作「女系家族」の、はるかに及ばない、バッタもの。記憶に残らないのには、ちゃんとわけが、あるのだ。
 組みひもの老舗「糸屋新堂」の、物語。組みひもというのは、和服というのがあります、その和服のサブジャンルである帯、その帯を締めるのが組みひも、和服のサブジャンルのさらにサブジャンルが組みひも。うーん、マイナーな。で、これも、今はたいてい機械織りになっていると思いますが、いちいち手作りで織っていく、そういう老舗の、組みひも作り、店の運営ともに熱心な長女が、アラタマ。
 次女・無気力な白痴美を好演する香山美子、三女・スッチーのちゃらちゃら娘加賀まり子、このふたりはまるきり組みひもにも稼業にも関心もないのに、亡父の遺言は、「三人の娘のうち、もっとも後継者にふさわしい男を夫に迎えたものに、店と全財産の過半数を相続させる」。
 長女新珠の特性・努力を無視し、あたら醜い争いを誘発させるもの。それなのに、「醜い遺産争いはしないように」、って、お前が、誘発してるんだよ、親父の遺言が。
 メロドラマのための、メロドラマ。
 実は次女・三女は、めかけ・森光子の子。俄然、色気を出して、いや、金っ気というのか、新珠の恋を邪魔し、自分の娘に、老舗を継がせようとする。まあ、それなりの好演なのだが、「女系家族」の浪花千栄子の至演に、はるかに及ばず。
 しかし、アラタマも、森光も、キモとなる女優を東宝から借りて、かつての女優王国、他社への主役級・脇役級俳優の供給元であった、松竹も、見る影なし。二枚目陣も、平幹、横内正と新劇系だし。
 戦前以来のメロドラマで売った松竹も、こういうぬるいメロを作ってた場合では、ないぞと。 
でも、そんな映画でも、そこそこ楽しめてしまうのであった。オレも、ぬるいな(笑)。
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by mukashinoeiga | 2011-04-18 22:34 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(2)

森崎東「喜劇 女は男のふるさとョ」

 神保町にて。「華麗なるダメ男たち~色男、金と力はなかりけり~」特集。71年、松竹大船。
 新宿の裏通りに、「新宿芸能社」なる、お座敷ストリッパーの、斡旋業。中村メイ子のお母さん、モリシゲのおトーさん、このふたりの元に、倍賞美津子、園佳也子などが在籍す。
 モリシゲはいうまでもなく、中村メイ子が、これほどすごいとは。
 子役時代も、親友・美空ひばりの思い出を語る際も、常にちゃらちゃら感がぬぐえず、まあ、「にぎやかしタレント」だなあと、思っていたら。この映画では、下町人情・やるときゃヤルおばさんが、なかなか良いのだ。かえって、モリシゲ、アオラレ気味。
 田舎出のストリッパー・緑魔子も、やはり、いい。ちょい知恵遅れ、その思いっきしのブスぶりがリッパ。ブスメイクなのか、すっぴんなのか、演技力なのか。その三位一体の、ブスっぷりが素晴らしく、お約束で、話が進むに連れ、だんだんきれいになる展開。
 ストリッパー役の魔子は、バストトップ以外を見せるが、倍賞美津子は、ちらりとも、見せず。しかし、そのド迫力、野太い声も快調で、ときおり見せる美貌。
 この三女優をフィーチャーした脚本(山田洋次、森崎東ら)ゆえ、モリシゲの影も薄い。快作。
 若さゆえか、時代ゆえか、山田洋次や松竹が持っていた、お下品パワーが、その後の松竹や日本映画から失われてしまったのは、残念。
 なお、藤原審爾の原作「わが国おんな三割安」は、名タイトル。でも、映画のタイトルにはね(笑)。

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by mukashinoeiga | 2011-04-17 18:25 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

村山三男「悪魔からの勲章」

 神保町にて。「華麗なるダメ男たち~色男、金と力はなかりけり~」特集。67年、大映東京。
 田宮二郎は、女好きの私立探偵。妹分の女の子・梓英子と、たまたま遭遇した交通事故。その被害者を病院に運んだところ、二組のギャングに狙われるハメに。被害者が、何か、持っていたのか。
 軽口を叩きつつ、その軽口ゆえにギャングに痛めつけられても、なお、軽口を辞めない、いかにも二郎さんな快演。こういうコミカルにしてハードボイルドな役をやらせたら、さすがの二郎さん。いいなあ。
 しかし女好きの二郎さんが、ふと知り合った妹分の女の子(無論本当の妹ではない)に、下心抜きで世話を焼く。つまり、もー、死亡フラグの立ちまくりで、フラグ立ちっぱなしの彼女が、ああなるのも、何とかならないか。
 ホントに、大映は、ハンパないな。
 紋切り型オンパレードとはいえ、どう見ても怪しい、裏切り者が正体をさらすクライマックスがないのは、なんといっても81分のタイトな上映時間ゆえか。北原義郎ふんする警部は、どう見ても、タレコミ屋なのに、でもそんなサブ・エピまで拾っていたら、とうてい81分には、収まらないというところで。
 しかし81分でも、大映プログラム・ピクチャアの濃密さは、健在。
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by mukashinoeiga | 2011-04-17 18:23 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

あ、鈴木清順映画だ

 桜も、満開。
 フィルムセンターに行った帰りは、八重洲桜通り。街路樹の桜並木が、満開。
 神保町シアターの帰りは、九段下まで歩いて、千鳥が淵をぶらぶら。北の丸公園の入り口の、和風作りの大門越しに見る、桜の重ね咲きは、やはりいつ見ても、美しい。
 ただ、ここは見物客が多過ぎで。映画を見る前には、あまりに多くて、挫折。見終わった夕方にも回ったら、やや減ったが、それでも落ち着かない。
 もう、行かなくなってだいぶ経つが、黄金町のジャック&ベティ、あの小汚い町が年に一度だけ輝く、川沿いの桜並木。そのほか、阿佐ヶ谷、今は亡き中野武蔵野館の中野、名画座のある町には、桜が良く似合う、か?
 地元でも。
 船橋市の真ん中を貫く、海老川。二級河川ということで、川幅はせいぜい2メートル程度。
 両岸が高い土手と遊歩道になっていて、その両岸がえんえん桜並木。
 昼間ももちろんいいのだが、おすすめは夜ですかね。
 遠くの高層マンションや、店屋のビルの照明と、飛び飛びにある遊歩道の常夜灯だけの中、ほの暗い夜桜。
 もちろんライトアップはされていない。
 川面に反射した灯りですら、ここでは大照明だ。そういう桜並木、時には、桜トンネルの中を、えんえん、そぞろ歩き。おや、気がつくと、右手には、麦とホップのロング缶が。なぜ(笑)。
 薄暗い桜の花、花の向こうに、強烈なライトあり。
 そぞろ近づくと、海老川の遊歩道の真ん中あたりに集まって、十軒くらいの屋台、出店。自家発の強烈な屋台照明。焼そば、クレープ、カキ氷、じゃがバターにフライドチキン。
 花冷えの夜に、カキ氷は、まだだろ。でも、最近のカキ氷事情が進化?しているのは、あとで向こう岸を歩くと、わかった。十種類くらいのセルフ・シロップ・サーヴァーが並んでいて、「シロップは好きなだけ、かけてね」とのこと。ふーん。
 あたりが真っ暗なだけに、こっち岸の桜、あっち岸の桜、その向こうに、花越しに垣間見える。強烈な光ながら、何かかすんで、潤んで見える屋台。
 店の照明の中の売り手の明るさ、その外の買い手の後姿の暗さ、その人影の、ひっそりとした感じの、まるで映画のセットみたいな、よく出来たミニチュアみたいな、なんとなく現実離れしたノスタルジー。
 ここは、今は。明治か、大正か、昭和か。
「あんず飴」っていうのも、あるよ。日本て、変わらないとこは、変わっていないよね。 
 もちろん、昭和初期までの、屋台の照明なんて、せいぜいランプかぐらいか、盗電?した引き込み電球くらいか、あ、クセノン・ランプもありか。ここまで明るくはなかろうが、無数の夜桜と、小川と、暗闇のマジックで、屋台の灯りがうるみを帯びて、ああ、朧ろ月。その半月。
 まるで、映画みたい。なんて、通俗な、月並みな感想しか出てこない。あれ、月並み、って言うのは、太陽ほど輝いていない、月並みクラス、って言うことかしら。でも、月も充分に輝いているのがわかるのが、こういう暗闇の中でこそ。
 やがて、こちら岸にも屋台が。自家発の音が大きく、無作法。月並みねえ。
 でも、靖国神社でも、例年の屋台、出店の類はなく、菅さんとしていた。もとい、閑散としていた。テキヤの皆さんも、だいぶ収入が減っていることだろう。気の毒だ。
 しかし靖国神社の桜というのは、なぜか後景であるので、あまり華々しい存在ではない。座って宴会出来る、という一点のみで、にぎわっていたのが、今回丸わかり。隣の千鳥が淵では、宴会出来ないからねえ。
 ある意味、靖国神社と千鳥が淵は、桜の点でも、英霊慰霊の点でも、絶妙のコンビネーションだったのね、と、今年は、その裸の姿が露呈したのかもしれない。
 いや、ナニ、言ってんだかの、麦とホップ2本目で。
 ところどころの、遊歩道街灯が、ユニークかつ、なんとなくクラシカルな、縦型ロング缶。
 たいていは白色灯だが、なかにほのかな青色灯が混じり、そこでは桜の花の色が変化する。
 まるで清順映画そのもの。美しい。
 そういえば、この海老川、向こう岸の桜の花と花の影に、教会が見える。屋根の十字架が、赤い電飾で輝くのがナニだが、なにそれだって、なんでもありの清順が撮れば、リアル「けんかえれじい」ではあるまいか。
 こっち岸の彼方には、東武野田線の高架線があり、夜目には、明るい車窓の列が光り輝く。
 屋台の非現実性も含めて、なにから何まで、そのまま、清順に撮って貰いたかった、と妄想は膨らむ。
 もっとも、桜と清順が結びついたのは「けんかえれじい」、イースター祭の教会帰りの夜の、土手の桜並木。
 しかも、あれはリアル桜ではなく、花は紙で作った造花の、ニセモノ。美術・キムタケの勝利。
 桜も数本しか作る予算がなかったから、えんえん使い回しで、土手の桜並木を作った。
 白黒映像の、夜桜の、ニセモノで、あまりに美しい、場面を、作った。
 そこで、桜といえば清順、清順といえば桜ということになった。
 ところが「悲愁物語」~「ツィゴイネルワイゼン」~「桜ジャパネスク」~「オペレッタ狸御殿」にいたる、後期清順映画の桜は、カラーで、昼間で、実写の桜。なんとなく、ずれてはいないか。
 いや、ずれ、こそは、清順映画のキモだが、ぼくたち映画ファンが、「けんかえれじい」の、桜の圧倒的な素晴らしさに感動したのは、<白黒映像の、夜桜の、ニセモノ>だったからではないか。枝を番長が杖で叩けば、ジャストのタイミングで、これまたそれ以外ありえない適量の花片が、はらはら散っていく。
 つまり撮影所のシステムが効率的に働いていれば、紙で作った造花の桜、その咲きほころんだ花の造花の量は、膨大なもの、それを何本も作る手間、何とはなしに出来てしまったのだ。
 そのシステムが崩壊してしまったら。
「何も、一コ一コの花びら、作る手間ひまいらなくね、無駄なんじゃね。実写で桜撮ったら、一発じゃね」
 そりゃ、そのほうが、安上がりだわな。
 だから<白黒映像の、夜桜の、ニセモノの桜>で評判をとった後、なぜか<カラーで、昼間で、実写の桜>に<窯変>してしまう。安上がりだから。
 でも、それ、あまり、きれいでも、目覚しくもない、なんだか現実に薄汚れた<実写の桜>で。
 どうしたって、きっぱりはっきりくっきりの、<白黒映像の、夜桜の、ニセモノの桜>に、及ばないのだ、実写の桜は。
 日活以後の、鈴木清順の不幸。撮影所のスタジオ映画で真価を発揮した彼の、低予算弱小プロダクションで撮らざるをえなかった不幸。しかし、にもかかわらず、「悲愁物語」~「ツィゴイネルワイゼン」以降の諸作を、見られたことの、幸運。特に「ツィゴイネルワイゼン」「オペレッタ狸御殿」の奇跡。
 現実の、八重洲桜通りの、千鳥が淵の、海老川遊歩道の、桜たちは、あいまいで、ほのかで、美しく、うるんでいる。清順映画ほどには、きっぱり、はっきりしないのだが、それこそ現実の、桜。
 ここで、それ以後の清順映画の桜も、あいまいだぜ、なんてことは、言いたくてもいえないよね(笑)。

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by mukashinoeiga | 2011-04-13 23:09 | 清順の光と影すべって狂ってる | Trackback | Comments(0)

吉村公三郎「春雪」

 京橋にて。「生誕百年 映画監督・吉村公三郎」特集。50年、松竹大船。
 本作の感想の前に一言。
 フィルムセンターは、本特集のある4月いっぱいは、3回目の上映を全て中止するとのこと。
 へたれにも、ほどがある。さすがの、お役所仕事。いや、フィルムセンターの、上映実務は、一時期ピントぼけぼけの時期もあったけど、今は、ほぼ完璧といえる。言えるんだけど、青くさいこといっていいですか。
 フィルムセンターに決定的に欠けているのは、映画を見せる喜び、というか。一回でも多く、映画を上映する、その喜びが、ない。まるで、菅民主党みたいだ。
 フィルムセンターのチラシで<興行的には「森の石松」「真昼の円舞曲」に続く不入りとなり、このことが近代映画協会の設立につながった>、要するに松竹と切れた、と。
 そりゃー、そうだよね。
 映画は、戦前松竹メロ以来の、三角関係メロドラマ。なのに、吉村は、この夢物語の松竹メロに、現実路線を導入する。
 貧しい労働者カップルは、結婚さえままならず、寒さに震えている、そんな登場人物たちで、三角関係メロドラマを作ろうと。
 バカですか、吉村公三郎。
 戦前松竹の三羽烏スタアの佐野周二が、背中を丸めて、薄ら寒い海辺を、猫背でうろつく。あまりにリアルで、これで<夢物語>で一本撮ろうなんて、太すぎるぞ。ヒロイン・藤田泰子も、華がない。
 新しい酒(戦後のリアル)を、古い器(ある種理想化された戦前松竹メロ・スタイル)に。
 無理があった。戦後のリアルが、寒々しいだけ、余計に。
 ヒロイン・藤田泰子と、父・志村喬は、一緒に、中目黒駅から、東急線で、渋谷に通勤。藤田は改札を抜けると、すぐの駅長室に。そう、藤田は東急渋谷駅の駅員。改札で、昔懐かしい切符用ハサミをカチャカチャカチャ。佐野と話しながら、窓口で、切符も売る。渋谷駅ビルの屋上で、お弁当。まだまだ駅ビルといっても、低層階で、地面の電車が、近い。
 東急電鉄と東急労組も、ともに協力とクレジット。東急渋谷駅内は、セットだと思うが(それとも夜中にロケ・セットという可能性も高い)当時の駅風俗を見ているだけで、楽しい。
 中目黒駅(所在無げな改札係りは、磯野秋雄! 戦前松竹以来のおなじみの顔が出てくるだけで、うれしい)も、渋谷駅内も、木造で、薄暗い。少なくとも、中目黒駅は、深夜に実景で撮影したのだろう。
 この暗さが、震災後の現在、再びお馴染みなものになっていて、今現在の、駅の暗さ、繁華街の暗さ、通りの暗さ、みな不安の元だろうが、OLD映画を見慣れているぼくには、妙に懐かしい風景だ(笑)。
 本当は、電力需要ピーク時を過ぎた、特に深夜などは、節電などする必要はないらしく(電気は蓄電できないので、宵越しの電気は、ありえないらしい)しかし、慣れてみれば、この暗さというのも、ぼくなどには、落ち着けるものかも。
 ヒロインが一時、心を移す、お金持ちのぼんぼん(これまた華のない竜崎一郎)その邸宅にいる両親が、東山千栄子、青山杉作。この時期の金持ち家庭のインテリ親父は、必ず青山杉作で、ソファに座って英字新聞など読んでいる、青山杉作は、まさに豪邸に一個、必須の置物然としている。とても、生きている人間とは思えない、存在感が、おかしい。
 ドラマティックな音楽にあわせ、バーンと、佐野周二。
 東急電車の運転席の佐野に、ズームアップ。その、メロ・テクも、この地味な流れに、そぐわず。
 地味な時代には、吉村、似合わなかったか。

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by mukashinoeiga | 2011-04-13 08:51 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)