<   2010年 09月 ( 15 )   > この月の画像一覧

「豪勇ロイド」

 渋谷にて。「歴史上の名作4」特集。無声、23年、アメリカ。
 キートン、チャップリンの無声喜劇は、わりと見ているが、ハロルド・ロイドは、ほとんど、見ていない。
 見たら、愛嬌のある、お兄さんで。白塗りだけど。
 ぼくにとって、キートンは神、チャップリンは不世出の天才、なんだけど、ロイドは、まあ、ふつうのお兄さんかな。そこそこ面白いが、キートン、チャップリンみたいに、圧倒されることもない。
 ギャグも、小学生の男の子の、いたずら程度の可愛らしさ。まあ、くすぐりですな。
 おばあちゃん子の優しい好青年ロイド、好きな女の子とのデートも、肉食男子のライヴァルに、邪魔されてばかり。ま、アメリカは全員が肉食か。そこで、おじいちゃんのお守りだった、という怪しげな木彫りの人形を、おばあちゃんからもらい、ガ然「豪勇」になるという。
 おかしかったのは、デートに行くロイド、いっちょ前のスーツを、ライヴァルに水びたしにされ、今は亡きおじいちゃんの古臭い洋服を一着に及ぶ。靴墨がないので、おばあちゃん、なにやらガラス瓶の黒いもので、代用する。
 デート先の女の子のうちの、子猫が、このロイドの靴を舐め舐め。どうやら、黒いけど、ジャムとかだったらしい。
 ロイドは女の子に気づかれないよう、やんわり子猫を遠ざける。
 子猫退場。で、ギャグのお約束、今度は、四匹に増えた子猫が、ロイドの靴を舐め舐め。
 この四匹が、本当にかわいい。
 そして、たぶん、キートンやチャップリンなら、この子猫たち、相当邪険に扱われて、笑いを取らされるんだろうが、ロイドは、優雅かつやんわりとした足裁きで、猫たちを追い払う。
 悪漢が、ドアの影で、棒切れを構えている
 そこへ、恐る恐る入っていこうとするロイド。
 定番のギャグ。
 と、ロイドの足元を、ささっと、横切る、一匹の子猫。
 そのタイミングで、難を逃れるロイド。
 ロイドか、監督が、本当に、ネコ好きなことがわかる、ショットだった。監督はフレッド・ニューメイヤー。
 原題はGrandma's Boy、邦題は<使用後>の「豪勇ロイド」。その感覚の差。
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by mukashinoeiga | 2010-09-29 08:13 | 旧作外国映画感想文 | Trackback | Comments(0)

志村敏夫「死刑囚の勝利」

 阿佐ヶ谷にて。「昭和の銀幕に輝くヒロイン55・前田通子」モーニング特集。57年・新東宝。
 死刑囚・天城竜太郎が、脱走して、怪しげなキャバレー(今のと違い、ちゃんとダンス・フロアがあり、ダンサーが生バンドで踊る)のギャングともを、叩きのめし、無実を証明する。
 まあ、新東宝だし、志村敏夫だし、さえない映画では、ある。
 前田通子は、このキャバレーのナンヴァー1のダンサーで、主人公の元恋人、今では、ギャングのボスである支配人の女。取引相手の白人ラス・ボスにも、色目で迫る。つまり、自分においしい目を見せてくる男なら、次々乗り換える女を、生き生きと演じる。ま、歌は下手だけれども。
 新東宝のエロティック・ヒロインとして、三原葉子が生き残ったのは、石井輝男映画に多々出演、石井映画が今に残ったことや、また70年代の東映エロ路線でも、石井たちと一緒に活躍したことによる。
 前田通子は、公私共に志村敏夫で、この志村の映画が、また標準以下で、残らなかった。スキャンダルもあったのかと記憶するが、まあ、こんな詰まらん映画の、魅力に欠ける役ではねえ。
 主演の新東宝スタア・天城竜太郎は、クラシックなタイプの古典的二枚目。おんなじか。
 肉厚な顔に、きりりと濃過ぎる目鼻立ち。昔の中国やインドの映画に出てきそうな、二枚目、というか。中国やインドでは、はやるのかもしれないが、日本では、受けないよねえ。こういう顔は、若いころは二枚目待遇でも、どんどん悪役の側にいってしまうタイプ。面白味もないし、セクシーでもないモン。
 で、天城竜太郎は、あとで知ったのだけれど、後に、若杉英二と改名するんである!
 そう、このあいだ駄文感想を書いた、あの石井輝男「異常性愛記録 ハレンチ」69年、東映の、「ぼく、さびしいんだよーん」の、ヘンタイオヤジ!
「ぼく、愛しているんだよーん」といえば、どんなドメバイでも許されると、勘違いしている、ド変態さん。
 肉厚キリリの、印象に残らない二枚目から、見たら、一生忘れられないだろう、顔もからだも、精神も、シマリなくユルユルな、ド変態へ。
 ひとは、十年で、かくも、変わるわけだすな。天城越え。
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by mukashinoeiga | 2010-09-26 21:24 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

山本薩夫「天狗党」

 神保町にて。「幕末映画血風録・第五回江戸文化歴史検定開催記念特集」。69年・大映京都。
 幕末尊皇攘夷の、実質的な先陣を切ったのは、水戸藩の、若者たちである。しかし、それは、時期早尚であり、無謀な、少数派の<謀反>の、扱いをされた。私見だが、水戸藩は、倒すべき江戸幕府と地理的にも、あまりに近く、頼るべき京都と、あまりに遠かった。地政学的に無謀だった。そのうえ時期早尚、さらに、あまりに先鋭化していたための、先覚者の悲劇であった。水戸天狗党は、その典型であった。
 さて、山本薩夫映画の中でも、この「天狗党」は、あまり、上映されない。なぜか。
 理由は簡単。

1 典型的大映プログラム・ピクチャアである。要は、娯楽時代劇である。内容的にもさほど傑出はしていないし、天狗党自体が地味。しかも、仲代達矢が主演、大映としても傍流であろう。
2 天狗党は、時の権力にはむかう、高々数千~数百の、私的戦闘集団である。であるゆえに、その実態は、内ゲバ、疑心暗鬼による同士討ちの連続であった。
 これは、明らかに左翼~日本赤軍~新左翼の、内ゲバ闘争の暗黒史と見事にダブり、まるで、左翼武闘派の末路を比喩しているかのよう。
 共産党・山本薩夫の映画を、熱烈支持している左翼諸君にとって、わが身の醜悪さを鏡を見ているようで、脂汗たらーり、忌避しても当然ではないか。

 かくて、あまり上映されないし、話題にも上らない、というわけ。
 ヒロイン格でダブル・クレジットの、若尾文子、十朱幸代は、要所要所にしか出てこなく、まさに顔見世。
 主演・仲代は、例によって、クサいけど、味のない、棒演技。この人と、緒方拳、山崎努は、世間では名優扱いだが、どこがうまいのか、ぼく的には、棒俳優の一人。
 しかし、左翼とは思えないほど、山本薩夫は、天狗党を介して、左翼的醜悪さを、えぐるように、描くなあ。
 弱い立場の民百姓の味方のふりをして、最終的には、弱い者たちをどんどん裏切り、虐殺していく。左翼的権力の末路。
 しかし、こりゃ、天狗党は、完全にダシ、扱いだ、ね。
 加藤剛が、天狗党の、ナンバー3か4格の、幹部。あるときは、その直属上司たる神山繁の側につき、冷酷に下の者を切っていく。あるときは、下のものの側に立ち、苦悩する。そういう複雑な男なのだが、名前の通り演技も剛直な加藤剛のこと、そんな複雑かつ繊細な役回りは表現しきれないのが、見ていて、笑える。棒優。

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by mukashinoeiga | 2010-09-23 23:33 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(9)

谷口千吉「ジャコ萬と鉄」

 池袋にて。「月形龍之介没後四〇年 月形哲之介没後一年・上映会」特集。49年、東宝=49年プロダクション。
 と、書いてきて、割と使われる表記だが、「四〇年」は、改めて不思議だ。漢数字の「四」と、欧文数字の「〇」との合体。「四十」か「40」か、どっちかに、せいという感じ。これも、同じゼロを表わすのに、いわば○と×というのも、面白いが。
 もっともゼロを発見したのは、古のインドゆえ、昔からの表記か。よく、わからん。
e0178641_23274511.jpg さて、「ジャコ萬と鉄」である。わりとよく名画座では上映されている、人気作ではあるのだが、これまで何回も個人的にスルーしてきた映画なのだ。
 なぜかタイトルの「ジャコ萬と鉄」が、食欲をなくさせているらしい。「萬」「と」「鉄」は、ふつうにあるから、どうやら「ジャコ」の、語感が、いけ好かないのか。よく、わかりません。
 今回、ようやく、見てみたら。
 冒頭、編集のリズムのせいか、もともと撮ってきた素材のゆえか、映画の流れが、ぶつぶつぶつ、切れて、いや、プリントがずたずたというわけではなく、話の流れやら、観客の情感やらが、数十秒ごとに寸断される感じの、編集というか、ドラマというか、要するにドラマ部分とニシン漁ドキュメント部分がうまく融合していないせいだと思うが、まあ谷口千吉は、やっぱり、へただなあ
 流れ者「ジャコ萬」こと、月形龍之介が登場すると、俄然面白くなり、安定してくる。ま、次に「鉄」こと三船敏郎が登場してくると、ふつうの<東宝男性アクション>並盛りに、落ち着くのだが。
 やはり、月形龍之介のすばらしさに尽きる映画。年齢不詳の感がある、この俳優の、男盛りの魅力に満ちている。時代劇専門俳優月形の、数少ない現代劇だが、もっと現代劇の龍之介を見たかったなあ、と強く思う。時代劇の古武士そのものの、立ち居振る舞い、その台詞回しの素晴らしさは、言うを待たないが、現代劇でも、これほど魅力的とは。
 月形の声がいいんだよね。聞いているだけでうっとりする(笑)。いや、別に性的な意味ではないのだが(笑)、阪妻とか月形の声、台詞回しは、ぼくにとって<スタアの快楽>そのものなのだ。千恵蔵まで行くと、似たようなだみ声ではあるが、なんだか、知的?で(あざとすぎる台詞回しといいましょうか)観客であるぼくを素に帰らせるものがある。
 いま、龍之介の声をだみ声と書いたが、正しくは、渋い声というべきか。
 阪妻、月形、大原麗子、声が、聞いているだけでいいのよ。あと、上田吉二郎ね。
 アイヌ娘・浜田百合子が、月形に、猛烈アタック。すげない月形に、振られても、ぶたれても、臆することなく月形に、求婚し続ける。婚活アクションか。しかし、浜田の熱演にもかかわらず、下手な谷口千吉では、熱演も、ちと空回り。
 いっぽうの三船は、教会のオルガン弾きの少女・久我美子にあこがれるばかり。
 ミサでの様子を、ただ、黙って見つめるばかり。あこがれの君だから、久我美子は、ほとんどせりふがない。三船が演じるから、さわやかな好青年だが、キモイ男が演じたら、少し、ストーカーっぽい。同じ行為でも、好青年と、そうでないものとの違いは、紙一重か。三船は、あくまで、さわやかだ。
 片目黒眼帯の月形が、にやりにやりするのも、いい。でも、最後に、泣かせちゃあいけないな。そこが、谷口千吉のだめなところ。
 もっとも、泣いている月形は、超貴重映像(笑)かもしれん。
 超貴重映像といえば、今回次の二作を見逃したことが、悔やまれる。
●「水戸黄門 海を見る娘」昭和39年・松田定次監督・東伸テレビ映画・30分
●「水戸黄門 地獄の一族」昭和39年・松田定次監督・東伸テレビ映画・30分

 月形龍之介の当たり役「水戸黄門」(もちろん、東野英治郎より、断然月形の水戸黄門のほうが、いいのだ)その、TV版だ。共演も、丘さとみ、東千代之介、近衛十四郎と、映画並み。
 ああ、見たかった。文芸坐は、一日しか、上映しないからなあ。

★【映画】ジャコ萬と鉄 - いくらおにぎりブログ★
 両作を比較して、面白い。
 
★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。

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by mukashinoeiga | 2010-09-19 07:58 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

荻野茂二「百年後の或る日」

 京橋にて。「フィルム・コレクションに見るNFCの40年」特集。32年、荻野茂二、無声、16ftp。
 <個人映画作家のパイオニア・荻野茂二の遺族から寄贈された作品のひとつ。原版は9.5mm>。
 11分の短編。<1942年に戦死した荻野茂二の霊が2032年の未来に招かれるというSF的な作品>。戦前に流行った、50年後の世界はどうなる、100年後の未来はどうなる、の、未来予測。これは、面白いのでは、ないか、と、いうことで、見に行きました。
 まさに未来の機器、TV受信機が映り、そこに実写の荻野茂二が登場し、アニメの未来都市も映る。これは、先ほど書いた<○○年後の世界で実現するだろうモノ>の、定番ではあるのだが、やはり、その革新性は明らかだ。だが・・・・。
 いかんせん、面白くない。SFを決定付ける、センス・オブ・ワンダーを、決定的に欠いている。
 その映像的風合いは、充分センスのあるものだが、惜しいの一語。
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by mukashinoeiga | 2010-09-16 23:29 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

溝口健二「瀧の白糸」

 京橋にて。「フィルム・コレクションに見るNFCの40年」特集。33年、入江ぷろだくしょん、無声、24ftp。
 同時上映ゆえの再見。
 てんめんたるヒロイン・入江たか子が素晴らしい。が、あとのキャラは、どうということも。
 肝心の、クライマックスになるべき、裁判シーンが、短いし、弱い。
 乏しい財布の中から、借金をしてまで、学資を送り続けた、相手の苦学生が、やっと学業を終えて、検事補として、この地方に赴任してくる。最初に手がける裁判は、自分に学資を送り続けてくれた、大恩人入江が被告となる、殺人事件の審理。ここで、押さなくて、どうする、というシーン。
 学がないことにコンプレックスがあったらしい溝口ゆえか、論理とか法理とか、とにかく裁判は苦手だったのだろうか。 てんめんたる情緒で押していけばいいものを。
 なお、このプリントは<1999年、国内に現存する複数のヴァージョンのフイルムから作成した最長版101分。一部にデジタル復元を施している>もの。
 ヒロインがぐるぐる移動するところを捉えた、移動ショットあり。
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by mukashinoeiga | 2010-09-15 07:01 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

五所平之助「新雪」

 京橋にて。「フィルム・コレクションに見るNFCの40年」特集。42年、大映。
e0178641_2102360.jpg 六甲山のふもとの小学校の話。といっても、戦時体制化の「小学校」は、小国民を育てる「国民学校」に、名前が変わっている。名前だけでなく、内実も変わらなければ、と「訓導」(当時の小学校教師に対する呼称)水島道太郎は、考える。
 そう戦後日活アクションなどで、ふてぶてしい中年男になって、悪役を主に演じた、水島道太郎が、好青年をさわやかに演じる。いがぐり頭の青年教師、見ているだけで、素朴で、直情で、理想に燃えていて、でも悩みもひそかにあって、ああ、これこそ、ザ・青年、いいなあ。
 当時は、隣組という、一種の町内親睦会があって、「常会」と称してたびたび隣近所が集まっていた。そういえば温泉地でも、常会やりましょう、というのが、清水宏「簪」にあったなあ。
 そういう、小学校を介したつながりと、隣組を介したつながりの、地域の、好ましい「しがらみ」のなかで、映画はつづられていく。
 恩師の娘・美鳩まりも、女医・月丘夢路も、そういう隣組の関係だし、なおかつ彼女らの弟たちが水島の生徒だし、そういう中で、教育に悩む青年訓導や、彼を慕う娘たちの青春メロドラマが、転がっていく。
 言いわすれたが、このプリントは<ゴスフィルモフォンドで発見された日本映画のひとつ>で、オリジナル124分中84分のみ現存している、短縮版。ほぼ2/3だが、エピソードは飛びつつ、ほぼ全容はわかる仕組みになっている。
 五所平之助も、松竹をやめて(一説には、清水宏の讒言により、松竹を追われて?)大映入社の第一回ということだが、手堅くまとめている。
 水島道太郎の、明朗さが、いい。


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by mukashinoeiga | 2010-09-13 22:21 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

バカ殿菅VS悪家老小沢

 この<お家騒動>どっちが勝っても、領民は、塗炭の苦しみなのに。
 確信犯的悪意で、この国を貶める男と、無知無能ゆえに、この国を貶める男の、選挙。
 新宿・梅田での公開演説会、あからさまな小沢サポーターの、小沢コールをTVニュースで見ていると、<まったく間違った>ええじゃないか、のノリを感じましたね。
 なお、ぼくが汗かきだから、言うのだが、この炎天下に、ぴっちりスーツを着ている小沢が、ぼくは、信用ならない(笑)。
 汗かきとしては、汗をかかないやつを、ぼくは、信用しない。悪い奴ほど、汗をかかない。
 ええじゃないか、といえば、時代劇。この人たちのノリは、とても現代のものとは、思えないところがある。
 そこで、この人たちを、時代劇に置き換えると、なんとなく、わかりやすくなる。ぼくは昔の映画が好きだから、どうしてもOLD映画寄りになるけど。

●悪家老小沢●安倍徹
●バカ殿菅●川崎敬三


 小沢ともども、ほんの数ヶ月前に退陣したはずの、初代バカ殿・ルーピー鳩山が、キング・メーカーを目指したような、身の程知らずな行動。本人はキング・メーカー気取りかもしれないが、はたから見たら、出来損ないのトリック・スタァだよ。

●お調子者の先代バカ殿鳩山●藤村<ドン・ガバチョ>有弘

 鳩山も、小沢も、菅も、何回でも、トップに戻るよね、民主党の人たちは。 
 左翼の人ってのは、基本的に、引退しないのね。ソ連の人たちも、中国の人たちもみんな、歴代左翼政権の頂点に立つ人は、引退、なんて、てんで考えないよね。日本共産党の宮本顕冶も、キューバのカストロも、もうこれ以上は、年齢的には無理、というときまで、いやでも続ける。ルーマニアのチャウシェスクは、殺されるまで国家元首だった。北朝鮮の人たちも、言わずものがな。 
 つまり、左翼の権力者というのは、すぱっと、やめる、という潔さが、ない。まるきり、ない。
 逆に、小沢や、鳩山、菅らには、<人気の絶頂>で、すぱっと、何の未練もなく第一線から退いた、小泉純一郎や、退陣してから数年たってからでも、<正論を言うだけで>お前が言うな呼ばわりをされる、安倍晋三なんて、信じられないだろう。三ヶ月で、権力者面で、のこのこ舞い戻り、うろちょろしている鳩山に、安倍の神経を5・6本ほど、分けてあげたいほどだ。
 いろいろありまして、ほんの数ヶ月前にやめた人間が、何の反省もなく、ちゃらちゃらと、<最前線>に、戻ってくる。これは、左翼的厚顔無恥、としか、言いようがない。
 つまり、日本的情緒としては、悪事が露見したら、まったく反省しないわけには行かない。それぞれお遍路したり、退陣したり、<一回お休み>して、普通左翼じゃない人は、<一回お休み>したら、本当に未練なく、すぱっとやめちゃうわけだが、左翼の人たちは世界的に、<一回お休み>は、ほんとに<一回お休み>に過ぎなくて、性懲りもなく、また、出てくるわけだ。中国の人やソ連の人や北朝鮮の人たちは、休みなしで権力に恋着するけれど、民主党の人たちは、数ヶ月<一回お休み>すれば、もう第一線に恥知らずに戻ってくる。
 馬鹿と左翼は、死ななきゃ、直らない、のだ。

●悪家老腹心輿石●西村晃
●前原●待田京介
●岡田●天津敏


 もう、民主党のほうが、悪役率高くなっちゃったなあ。
 一方、自民党・谷垣も、だらしない。時代劇なら、このひとはもう、たとえば、悪家老・悪代官の元に、庶民救済の申し入れをしに行って、半殺しの目にあい、戸板に乗って帰ってくるタイプか。

●弱々しい庄屋・谷垣●織田政雄

 織田政雄は、<貧乏ゆえ女中奉公したり、安女郎として売られていった貧乏娘に、さらに金を借りに来るダメ親父>を、得意とした。まあ、谷垣自身は、悪代官に抗議しに行くタマですらないか。せいぜい自転車こいでいるだけか。

(回想シーン)
●悪小沢の師・角栄●金子信雄
●悪小沢の師・金丸●上田吉二郎
●若き田中真紀子●横山道代
●若き小沢●谷啓(追悼がわりに、載せました)
●若き菅●藤木悠
●市川房枝●原泉


 つまり、政治から金を生むシステムを作り、いかに私腹を肥やすか、という一派と。
 ちまちまちくちくと、文句をつけることにのみ腐心し、木を見て森を見ない。国際的地政学より、身の回り半径50メートル内にしか、関心がない、左翼市民運動家上がりの一派の、対決なわけで。
 市民も国民もはなから視野に入らない男と、市民は視野に入るけど、国民にはとんと気づかない男の、あきれかえった<借り物競争>。


 バカ殿「おぬしも悪よのう」
 悪家老「いやいや、殿様こそ」
 バカ殿「ほっほっほっ」
 悪家老「ぶぁっはっはっはっ・・・・なんだ輿石」
 悪臣「ハッ。支那の国から、生口(奴隷)300人の催促が」
 悪家老「おお、それは早速手配せねば」
 バカ殿「生口とは、なんじゃ」
 悪家老「ムっ」
 悪臣「殿、わが国が、毎年支那に送ると、ほれ、先ごろ取り決めた、朝貢の品でござります」
 バカ殿「ああ、そうか、よきに計らえ」
 悪家老「ぶぁっはっはっはっ」
 バカ殿「ほっほっほっ」
 悪臣「いっひっひっひ」

 この時代劇に足りないのは、映画の定番、ふらりと現われる風来坊くらいか。
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by mukashinoeiga | 2010-09-12 07:33 | 架空映画妄想キャスティング | Trackback | Comments(0)

千葉泰樹「嬉しい娘」

 京橋にて。「フィルム・コレクションに見るNFCの40年」特集。34年、日活京都、無声、24ftp。
 <1996-97年にロシアのゴスフィルモフォンドで調査を行い現存が確認された>もので、<17歳にしてすでに日活時代劇部のトップ女優となっていた山田五十鈴の、数少ない現代劇の1本であり、現存する最初期のもの>とか。
 簡易保険局の<被保険者保険思想の涵養>のための、短編映画(42分)、つまり、簡易保険の積み立てをしてると、病気になったとき、こんなに助かりますよ、の官製PRのための、ひも付き映画だが、映画はそんな臭みを感じさせないほど、楽しい。
 なんてったって、前にも感想書いた(題名失念の快作2本)千葉泰樹監督・杉狂児主演コンビの、戦前快作コメディーの一本なのだ。
 バカ息子役の杉狂児の体技が、面白く、彼が一目ぼれして、半ばストーカーみたいにまとわりつく、娘・山田五十鈴も、愛らしい。ほのぼのと楽しいのだが、杉一家が、そろって、なぜかベランダでラジオ体操に興じるシーンまでいって、思い出した。前に、京橋で見ていたもの。いやあ、記憶力がだめだから、同じ映画で二度楽しめました(笑)。
 杉狂児の妹に、若いのに、娘オーラがない、若いときから地味なのね、の村田知栄子。これも、千葉・杉コンビ映画の常連で。戦後は、優しいおばさん、意地悪なおばさんを好演した方で、やはり人によっては、娘時代より、おばさん時代の方が、柄に合う方もおるのですね。
 杉と、山田五十鈴の父とのドタバタも楽しく、宵越しの銭はもたねえ・江戸っ子の父は大の保険嫌い。ところが、息子が、腹痛で入院騒ぎ。事の成り行きは、こうだ。

1 杉狂児は、山田五十鈴の歓心を買いたい
2 「女の子はなにが好きなの?」と、妹に聞く
3 村田知栄子は、にこにこ「チョコレートとバナナとお薩」と応える。そりゃ、自分の好物や
4 杉は待ち伏せして、山田に「チョコレートとバナナと焼き芋」をプレゼント
5 そのプレゼントを、山田の弟の小学生が、バカバカ食って、食あたり
6 父「だめだ。金がねえ。医者にかかれねえ。とっつあんは悪い父親だ、勘弁してくれい」
7 娘の五十鈴、決心して「おじさん、車を呼んで」
8 近所のおじさん「霊柩車かい」 食あたりで霊柩車は、早いやね
9 五十鈴「保険嫌いのお父さんには悪いけど、弟と私は、実は、こっそり簡易保険に入っていたの」
10 弟を車で簡易保険局の診療所に連れ込むと、早速診察してくれる
11 医者「早く連れてきて助かった。夜には、帰れるよ」
12 父「治療代はどうするんだ。俺、払えねえよ」
13 五十鈴「お父さん、大丈夫よ。簡易保険に入っているから、治療は無料なのよ」
14 父「本当かい。保険てなあ、えれえもんだなあ」

 若い娘の好物が、チョコレートはともかく、「バナナとお薩」というのも時代だが、というか、スイーツだけ、というのも素朴だが。ぼくも、字幕で(無声だから)「お薩」と出てきたときにゃあ、はて、「お薩」とは、なに。判断に、数秒、かかりました。「お薩」なんて、ここ数十年聞いたことないもんなあ(笑)。まだ、わからない若い衆(このブログにそういう人が来ているのか、という疑問は、おいといて)にいえば、「お薩」とは「サツマイモ」のことですな。
 さらにいえば、杉狂児が「焼き芋」というのは、「お薩」が女の子言葉だから。
 ぼんくら息子は改心(いちおうね)して、父の後をついで、二代目社長となる。その会社の事務員に、なぜか、山田五十鈴がいるのは、メロドラマの鉄則で。本作のタイトルを「私の社長」とする文献も多い、という。
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by mukashinoeiga | 2010-09-10 22:14 | 千葉泰樹 ヤスキ節の愉しさ | Trackback | Comments(0)

キャプラ「陽気な踊り子」

 京橋にて。「フィルム・コレクションに見るNFCの40年」特集。28年、コロンビア・ピクチャーズ、無声、24ftp。
 フランク・キャプラ監督第7作に当たる。後年のスーパーさはないが、なかなかの快作。
 今回の上映は、澤登翠活弁、湯浅ジョウイチ・ギター、鈴木真紀子フルートによる、鳴り物入りの上映。
 上映プリントは<アメリカ映画芸術科学アカデミーとソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントがライブアクションの長編映画としては世界で始めてデジタル復元を試みたもの>とのこと。
 気づいたことが二つ。

1 ぼくにとっては既見作だった。DVDとかで、見たようだ。
2 数ヶ月前にここに書いた小田基義「極楽大一座・アチャラカ誕生」(56年・東宝)の、元ネタが本作だったようで、メインのステージ・ショー「最後の伝令」が、設定、舞台セット、登場人物、ストーリー、ギャグが、瓜二つ。
 エノケン一座が、パクったもののようだ。もともと、話が南北戦争ものだし、アメリカの話のパクリであるのは道理で。
 どうも、見たような舞台セット、見たような話だな、と「極楽大一座・アチャラカ誕生」を見たときに思ったものだが、そうか、「陽気な踊り子」をDVDで、見ていたからなのね。

 >やはり女形のトニー谷が、楽屋用のぞろっぺいな浴衣を着て、いきなり上演中に登場。くわえタバコで舞 台上の雪(に、擬した、無数の白い紙片)を、ほうきでかき集め始める。「なんだよ?」というエノケンに、「降らせる、雪が、たんなくなったのヨぉ」
 >これまで、映画で見た、エノケンの、トニー谷の、のり平の、ぼく的ベスト・パフォーマンス。

 そっくり同じギャグが「陽気な踊り子」にもある。ま、元ネタだから、当たり前だが、トニー谷のぞろっぺえな態度もあって、こちらのほうが笑えた。だけど、当然、のり平の、なよなよ女形姿は、オリジナルには、ないわな。
 そのかわしといってはなんだが、元ねたキャプラ版の、主人公(演じるのは、ジョニー・ウォーカー!)は、その当時の流行りの、ミンストレル・ショーの花形であります。ミンストレル・ショーとは、白人芸人が、顔と手首から先を黒塗りにして、黒人芸人のふりをして、歌って踊るもの。
 なら、本物の黒人芸人をつかやぁいいじゃないと思うが、当時のブロードウェイ観客は白人オンリー、観客より一段高いステージに、ナマの黒人を立てるには、抵抗があったようなのだ。
 ま、そうしてだんだん、アメリカの観客も慣れていって、ついには本物黒人も違和感なく登場していく、と。
 この点、女形演技が、様式美の極致として、今も生きているほうが、面白い。
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by mukashinoeiga | 2010-09-08 22:17 | 旧作外国映画感想文 | Trackback | Comments(0)