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家城巳代治「みんなわが子」

 神保町にて。「夏休み特別企画・昭和の子供たち」特集。63年・全国農村映画協会=ATG。
 <原作>は「学童疎開の記録」。
 昭和20年夏、敗戦直前の、田舎の疎開児童たちを描く。引率教師に、きりりとした中原ひとみら。
 白黒シネスコ・サイズというのは、いかにも、60年代の映画なのだが(実際は16ミリ版上映)、古色蒼然と古びた現存プリントは、さながら戦前作を見るような、古びた風合いのあるプリントで。今回、このプリントの古び具合のリアルさ?は、奇跡的に、映画内状況と、ジャスト・マッチング。
 リアル。偽りのリアル。
 当時のフィルムというメディア(媒体)の、風合いが、いい具合に劣化したゆえに、描写対象と同一化(したような、偽りの合致)を、感じてしまう、という。
 家城監督としても、力のこもった、リアルな、ドキュメント・ドラマとして、成功している。
 学童疎開とは、ぼくの理解するところでは、アメリカ軍の本格的な本土空襲を迎えるにあたって、次世代国民たる小学生の、安全を確保するために、<比較的安全>な田舎に学校単位で集団疎開する制度である。
 ここで、まずだいいちに、アメリカ軍の大規模な空襲というのは、軍事基地・軍人などより、一般人を狙った、完全な<戦争犯罪>である。民間人の殺傷を目的としたといっていいもので、いわゆる<A級戦犯>が死刑であるなら、この空襲を指揮したアメリカ軍幹部も、死刑の対象になるべき、戦争犯罪というべきである。
 この国の<自称人権派>が、なぜ、この問題を、追及しないのか、ぼくには、よく、わからない。
 そして、学童疎開という、制度。
 どうやら、家族単位で、地方に疎開できる家族は、この制度の対象外らしい。この映画でも、真面目な少年の母親が、学童疎開先にやってきて、一家で父親の田舎に疎開することになったから、お前も、一緒に行こう、と息子を迎えに来る。 
 しかし、少年は、仲間と行動をともにしたい、と母から、逃げる。逃げた、山の上から、ぽつねんとする母親に「さよなら」という少年。泣かせどころですな。
 逆に言えば、自力で疎開できない家の子供たちを救済する措置が、学童疎開、ということか。
 しかし、そこは、常に、禁欲的な制度を、作ってしまう日本人官僚たち。
 親の面会は、くじ引きで月に数件? くじに外れれば、親も面会できない。自由に面会させたら、貧富の差から、面会の多寡が、児童には、不平等ということか。秩序が保てないということか。
 くじに外れた親が、それでもわが子に会いにくる。校長?(桑山正一)は、悩んだ末、子供たちが雑魚寝で眠る宿舎(戦争中で休業している割烹旅館)に母親を案内。「寝ているお子さんを見てやってください。寝ている子供とは、面会になりませんからな。起こしちゃ、だめですよ」。
 苦渋の選択といいますか、とんちといいますか、
 わが子を起こさないように、語りかけ、愛撫する母親。
 くじ引きをしなければ、親子が会えない、こんな非人間的な制度こそ、問題にすべきなのに、とんちで、しのいで、くだらない制度を延命させる愚。ああ、いかにも、ザ・官僚体質だなあ。そして、あるいは、そのとんちすら、いやあ、良心的だなあ、と、自分で自分を、ほめているのかもしれない。
 桑山校長?は、地域会議?から、帰ってきて、「いや、大変なことになった」と。他校の女子生徒が、花柳病に集団でかかっていたことが、判明したという。小学生女子が花柳病? 生徒が集団利用している銭湯で感染したという。
「その銭湯なら、うちの生徒も使っているわ」
 かくて、中原ひとみ教師は、女子生徒を集め、
「みんな、いい? 湯船に入るとき、またいで入るでしょ。そのとき、足を高く上げて、入るのよ。けっして、ふちに(あそこを)つけて、入らないでね」
 足を高く上げて、またぐ練習をする先生と小学生。
「洗い場ですわるときは、べたっとすわらないで。片足を(こういうふうに)立てひざにして、もう片足は曲げて、お尻の下にしくのよ」
 男だからか、いま、パソコンの前で、その姿態にしたら、いてーよ(笑)。からだを洗っている間、この姿勢だったら、足がいてーよ。子供なら、オーケーなのか。
 要するに、女子のあそこを、不衛生な湯船のふちや、洗い場にじかに、密着させないよーに、という中原ひとみの実技指導なのだが、お湯自体はいいのか。そんな不衛生な銭湯なら、直ちに営業停止にしなくていいのか。よく、わからん。
 しかし、先生も生徒も、きわめて、真面目なのだ。まあ、生徒は花柳病なんて、知っているとは、思わないが。
 そもそも、自分たちの幼い娘が、そういう破廉恥な病気に集団感染したことを、はたして、親には、知らせたのだろうか。はなはだ疑問だ。
 空襲が地方都市にも、広がる。さらに、山奥に再疎開する。その際、病弱な男女各一名を、元疎開先の割烹旅館に残す。その地方都市へ、空襲。残された生徒二人は、死ぬ。
 葬式で、「何で、うちの子も連れて行ってくれなかったのよー」と号泣する母・北林谷栄。
 死んだ姉と、再疎開して残った妹。なかなか美人姉妹だ。
 その他、子供たちのエピソード多数。
 中原ひとみも、いつもながら、いい。
 家城巳代治としても、甘さを排した、ハードボイルド?な快作だ。
 疎開先の村長に「新事件記者」大森義夫、子供嫌いの住職に富田仲次郎。
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by mukashinoeiga | 2010-07-29 23:56 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

羽仁進「午前中の時間割り」

 阿佐ヶ谷にて。「旅する映画 映画の旅」特集。72年、羽仁プロ=ATG。
 うわっ、なに、これ。
e0178641_22562051.jpg いや、ぼくも、何十年も、ふつーの人より映画は、それなりに見てるつもりだが。いや、だからといって、映画について、いっぱしの感性など、持ち合わせていないのだが。
 ひどい。ひどすぎる。なに、これ。ごみ?  
 つまり、映画的才能も、一般的センスも、根っから、生まれつき、持ち合わせていない、自称羽仁進なる人物が、自称映画作家として、おのれのカンセーに忠実に作って、ごみ?映画の完成。
 こんなくずに、金払って、見たぼくも、ごみ? こんなくずを公開したATGも、ごみ?
 まあ、こんなごみでさえ、資料的価値を考えると、ラピュタには罪はないのだが。ごみでも、傑作でも、等価に上映することこそが、映画館の使命なのだ。
 ふたりの女子高生が、夏休み、8ミリカメラを持って、きままな二人旅に出る。
 いかにも、70年代ライクな、ディスカバー・ジャパンな。で、その途中で奇妙な男と出合って、いろいろありまして、ヒロインの一人は、旅の途中で、あえなく?さえなく?死んでしまう。
 出会ったチャラ男が、自衛隊から脱走して、公安に狙われている、という発想は、やはり、頭の中にお花畑を抱え込む、左翼小児病なんだけどね。
 残されたもう一人は、もともと8ミリ・カメラの所有者であるボーイフレンドと、残された映像を見て、死んだ少女を追悼すべく、映画?を完成させようとする。だが。
 うわっ、なに、これ。
 そのいちいちが、ぺらっぺらっ。スタッフ、キャスト全員が、お遍路さんするレヴェルだろ。
 ヒロインの一人が、蕭淑美、個性的な顔立ちの子で、喜怒哀楽の表情の変化が、とても豊か。顔をくしゃくしゃにして、笑い、怒り、泣く。でも、8ミリカメラの前で、ポーズを決める、そのキメ方が、プロのモデル並み。いやいや、ナチュラルな映画であるべき、この青春映画で、いちいちキメのポーズを、プロフェッショナルに、決められても。
 つい、思い出しました。いにしえのアメリカ映画の「プロフェッショナル・バージン」。
 もうひとり、国木田アコ、和風の、ふつうの、少女。
 いや、自称映画作家の、羽仁進の考えは、透けて見えるよね。
 もはや、撮影所映画の時代では、ない。
 その辺の、ネクスト・ドア・ガールたちを拾ってきて、ロード・ムーヴィーを作れば、ちゃらい、ちゃらい、みんな、だませるぜ、と。
◎追記◎下記コメント欄のスノーマンさんの指摘により、上記少女俳優の名前は逆とのことです。訂正いたします。

 音楽は、いまどきはやりのフォークPOPをテキトーに流しとけ。でも、音楽費、ありませんぜ、カントク。なーに、俺の知り合いのレコード会社に、渡りをつけて、新人の曲を流してもらえばいいって。大丈夫、任せろよ。
 かくして、ビクターだか、ポニー・キャニオンだかの、聞いたこともないような歌手・グループの、当時のはやりの、フォークPOPが、何曲も流れ、少女たちの旅を、甘く、彩る。でも、その曲は、ことごとく、今に残ってなくて、聞いたこともないような、イージー・リスニング。映画と同じで、時代と寝てはいるが、才能もセンスもないゆえ、なんら耳目を集めなかった、だめな曲たち。
 繰り返しになるが、才能もセンスもないものたちが、時代相と寄り添って、テキトーなイージー・リスニングを作ることの、むなしさ。
 なお、こんなくず映画でも、笑えるところがあって、ぼくのお気に入りは、無人の校舎の柱?に、いきなり、飛び蹴りする男子生徒。見事な着地のあと、柱にすりより、キックのあとを、マーキング。その後、また、飛び蹴り。見事な着地。そして、マーキング。
 もくもくと、飛び蹴りの練習に励む男子。いやー、笑った。この数十秒のみが、この映画の、華。
◎追記◎
昭和47年ATG映画【午前中の時間割り】メイプル・リーフ

 ね、主題歌からして「凡庸」でしょ。

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by mukashinoeiga | 2010-07-26 00:19 | 珍品・怪作の谷 | Trackback | Comments(12)

江崎実生「愛しながらの別れ」

 阿佐ヶ谷にて。「昭和の銀幕に輝くヒロイン54・和泉雅子」モーニング特集。65年・日活。
 本特集、もう何回も何回も見ている鈴木清順の傑作「悪太郎」は、今回パス。
 本作もなかなか、よい。この特集、ヒット率高し。
 バーテン稼業の浜田光夫。バーのオーナーは裏稼業の安倍徹。その愛人でもある、雇われマダムとの<ただれた関係>。
 そんなすさんだ環境に嫌気がさし、まっとうな仕事を探し回る。小さな家具屋を紹介され、ついでに近くのおんぼろアパートに。地味な格好で洗濯していた女に、「おばさん、部屋、空いてますか」。振り返った顔は、和泉雅子。
 あとで、「このあいだはごめん。おばさんなんて、言って」
 「ううん、あたし、いつもかあさんのお下がりの地味な服ばっかり着てるから」
 アパートの二階に住まい、やがて、なさぬ仲の母にいじめられている、不幸な娘と、若者の交流がはじまる。
 不幸で、ささやかながら、若者を通して、芽生え始めた、娘の希望。
 しかし、タイトルの「愛しながらの別れ」が、頭の隅にちらつく。
 それは、ありがちな、死別ではなく、かすかに、ほんのかすかに希望もある、<生き別れ>では、あったのだが。
 ぐれて家を飛び出し、愚連隊仲間とつるむ、和泉の兄・山内賢がシャープ。血のつながらない妹に、肉親以上の感情をいだき、その危険を避けるため、ぐれた、妹思いの兄。妹に近づく浜田に「妹に手を出したら、殺す」と、付きまとう。
 和泉雅子は、不幸の陰りを見せて、素晴らしい。鬼母・恵美子(本名は結婚して恵美子)、祖母・原泉も、よい。
 しかし何よりも、すばらしいのは、俯瞰・仰瞰と、いろいろ工夫を凝らした画面を、白黒シネスコ・サイズいっぱいに展開する、撮影・永塚一栄の、力のこもった画面作り。15年後、日活退職、引退していたのを、鈴木清順に引っ張り出され「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」の、色気ある撮影をしたのは、ご存知の通り。本作当時は、すでに大ヴェテランだったはずだが、見事に若々しい画面で。王道的なメロドラマにも、緊張感を与えた。
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by mukashinoeiga | 2010-07-25 08:17 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(2)

井上和男「新・事件記者 大都会の罠」

 神保町にて。「映画少年の夢」特集。66年・東宝。
 当時の人気TVドラマの、映画化第1弾。上映順が逆だったので、先に見た、映画化第2弾の井上和男「新・事件記者 殺意の丘」がよかったので、期待して見たら、つまらない凡作でした。
 清涼飲料、その名も「Qポン」の、宣伝ショーで配られた見本品に、毒が入れられ、集団食中毒。さらに、より毒の強いQポンで死亡事件も。死んだ娘の妹に、大空真弓。取材に通ううちに、親身に相談に乗る、三上真一郎記者。
 まあ、Qポンの会社の社長が、金子信雄なので、おのずと、犯人は、わかってしまうのが、痛いところ。後半は、いささか、荒唐無稽な追跡劇になり、<リアリズム>は消えて、つまらない映画に、なっていく。
 なお、本シリーズ音楽は、TV以来のスタッフで、渡辺岳夫。先ごろ亡くなったナベタケ音楽は、ジャズを基調にした、軽快なBGM。脇役辞典的には、隣家の若水ヤエ子が、いつもながら、グッド。

●追記●おお、そうだ。毎度毎度テキトーに書き流しているので、いつも、肝心なことを書き逃す。この凡作の、唯一のキモも、書き逃すとこでした。
 事件解決後、警視庁記者クラブに、大空真弓が、お世話になりました、とお土産の菓子持参でやってくる。いや、記者の皆さんが、被害者遺族にお世話したかどうかは、はなはだ疑わしいが、たぶん、大空としては、その記者のなかの三上青年に、ピンポイントだろう。残りの記者連は口実で。
 ちなみに三上真一郎、その立ち位置の感じからして、TV版のレギュラーではなく、映画化に際して、恋愛要員として、追加されたのではないか、という、オリジナルTVドラマを知らぬ身で、推測。しかし、この頃のTVドラマは、もう、永久に、見れないのだろうか。
 東宝映画ながら、監督も三上も松竹がらみ。その他レギュラーも含め、映画会社的には、各社混合の脇役たち。この脇役中心の混成部隊が、TVドラマに成功をもたらしたのだろう。
 そうそう、この映画のキモ。大空は記者たちに取り囲まれ、ちやほや。ところが、各社に次々入電。新たな事件の発生。
 みんな、急いで、出て行く。肝心の三上も、率先して取材に。
 無人の記者クラブで、大空真弓は微妙にほほ笑み、やがて、去っていく。そこで、エンド。
 ああ、この、ビターなエンドが、決まらない。決まらないところが、凡庸な井上バンの限界なのだろう。これが、たとえば、鈴木英夫ならね。

◎追記◎
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by mukashinoeiga | 2010-07-22 21:29 | 映画版「事件記者」シリーズ | Trackback | Comments(0)

井上和男「新・事件記者 殺意の丘」

 神保町にて。「映画少年の夢」特集。66年・東宝。
 当時の人気TVドラマの、映画化第2弾。これが意外といい。
 小味な小佳作。松竹出身の、井上和男としても、ぼくが見た中で、一番の出来か。
 冒頭、漫才のWけんじが、ペンキ屋にふんし、だべりながら、一軒家の別荘の屋根にペンキを塗る、というか、単に、だべってる(笑)、この家のよからぬ評判の主人のことなど。しかし、ペンキ屋の知らないことは、この家の中で、主人を含め、三組六人のカップルが、謎のガス中毒死を遂げているのだ。事故か、事件か。
 いまや悪評しかない、記者クラブ制度、警視庁の記者クラブでは、A社の永井智雄キャップに電話。他社も聞き耳を立てる。
永井キャップ「いやあ、田舎から急に親戚が六人上京してね、家内には、とりあえずビールを買っておけ、と言っておいたよ」 しかしA社のスタッフには、急がず騒がず、暇話。
 続いてB社のキャップにも電話。「イヤー、うちにも六人の親戚が来てねー」と、いやみ。
 残る他社は、うちには何で電話がないんだ、とざわつき始める。
 やがて、A社B社は、社旗はためく専用車で現場に急行。残る他社は、おろおろしながら、「あの車を追え」。
 かくて、別荘での六人殺し?事故?の、取材合戦が、始まる。
 現地に通信員がいる社は、早速地元旅館に、現地本部兼宿舎を立ち上げる。通信員がいない社は、旅館を確保できず、連れ込み旅館で、男の記者が一緒のベッドとなる。
 元は、本社づとめ、かの226事件のスクープもある、わけあり記者・芦田伸介が、いまは、しがない地元通信員。すばやく、町のバーから、別荘に例の六人を運んだ、タクシー運転手二人を確保。重要証人として、警察が探し回っているのに、独占取材をしたいがために、旅館にかくまう。いや、これ厳密に言えば、公務執行妨害だろう? しかし、シブかっこいい芦田伸介の、さまになっていることよ。
 取材記者に、原保美、滝田祐介、園井啓介、昔好きでした朴訥山田吾一、それに、必ず「~じゃよ」という老人・大森義夫、刑事に藤岡重慶、など。みんな、当時のTVでおなじみの面々。それ以外の、今は、見当もつかない、脇役役者も、なにげに、いい。
 ちょっとしか出てこない、記者たちが常連の居酒屋女将・坪内美詠子、喫茶店マスター清水元も、TVのレギュラーか。記者モノに出てくる喫茶店マスターは、モチロン、元記者であるのは、お約束(刑事モノに出てくる、喫茶店マスターは、必ず、元デカだ)。清水元は、いつも少ししか出てこないが、出てくれば、必ず、うれしい。いや、この映画には、そういう人たちばっかりが、出てくるのよ。
  先ほどの運転手たち二人が、やはり、怪しい、ということになる。富田仲次郎と、福田豊士だ。いやあ、このふたりも、見てるだけで、いいのよ。とくに富田仲次郎が、こんなにフィーチャーされてる、それだけで、うれしくなる。山本薩夫などの左翼映画で、無実系の善人役をやることも多い福田豊士が、しっかり怪しい(笑)のが、楽しい。
 福田の妻に、井上バン監督も、松竹以来の、瞳麗子。おそらく、彼女の代表作。
 つまり、結局、これはガス栓を操作した殺人なのだが、その被害者のうち、不明だった一人をA社が特定する。新聞の見出しに、でかでかと、「不明者は三国人の保険外交員」と、出る。その娘・松尾嘉代(おそらくはたち前)が、「新聞に母親が三国人と書かれて、あたしたち姉妹は、就職を断られた」と抗議。「確かに、母は三国人でした。でも、新聞に、大きく書かれて、あたしたちの人生は」。
 自分の記事のせいで人生が狂った。悩む原保美記者。そこに、不意に響く、チンドン屋の音楽。井上バン監督としても、小津の宣伝マンである彼が、実は成瀬ライクである?という、すぐれたシーンで。
 わけあり芦田の娘に、大空真弓。なかなかいいんだよね。やはり、彼女は、松竹に行ったほうがいい女優だったよね。
 このほか、警察署長永田靖、刑事・梅津栄、稲葉義夫、松本克平、殺された伊沢一郎、その妻三戸部スエ、保険会社・浜田寅彦、人質になる菅井きん教師、まるで脇役事典みたいな映画だ。
しかし、記者クラブの面々、自分では取材もせず、将棋囲碁で暇をつぶしながら、ひたすら電話待ち、って、暇な記者さんよなあ。

◎追記◎
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by mukashinoeiga | 2010-07-21 23:38 | 映画版「事件記者」シリーズ | Trackback | Comments(0)

谷口千吉「33号車応答なし」

 阿佐ヶ谷にて。「東宝娯楽アクションの雄 谷口千吉監督の仕事」特集。55年、東宝。題名の「応」は旧字体。
 池部良、志村喬の、警官コンビは、クリスマスの夜を費やして、パトロール・カーで街の警邏に出る。
 しかし、かかわる事件は、酔っ払い女・塩沢ときの収監だったり、ぼったくりバーの処理だったり。しかし、スピードの出しすぎで注意した、タクシー・ドライヴァーが、殺されて。逃亡する凶悪犯の追跡にかかわるハメに。
 この凶悪犯が、タニセン映画毎度おなじみの平田明彦。谷口千吉「吹けよ春風」の、おねえ言葉のタクシー強盗・三国連太郎どうよう、やさしい言葉遣いの、凶悪犯。
 しかし、タニセン映画は、毎度毎度、簡単なプロットを紹介すると、あとは、もう、特記事項が、ない(笑)。
 どこまでも、標準仕様。
 伊藤雄之助の実兄・沢村宗之助が、珍しく、孤児を引き取り面倒を見ている町工場主、しかして実態は、犯罪のパシリに使ったり、ヤクを売りつけて中毒にさせたり、と、お里が知れる。
 池部の新婚妻は、この時期当然のように司葉子、その司の姉に、キャバレーづとめの中北千枝子。夫婦喧嘩した妹を、夜の遊びに誘い出し、悪知恵を仕込むのだが。この時期の司は、やはり当然、夫の元に帰るわけだ。
 まあ、何のとりえもないようだけど、クライマックスの、千葉の海沿い、夜の工場でのアクションは、ちょっと、いい。
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by mukashinoeiga | 2010-07-21 23:33 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

谷口千吉「遥かなる男」

 阿佐ヶ谷にて。「東宝娯楽アクションの雄 谷口千吉監督の仕事」特集。57年、東宝。
 池部良が、親分の女を寝取ったとして、付けねらわれるヤクザを演じる。
 その彼が、養蜂家・田崎潤の移動する馬車に紛れ込んで、人里はなれた牧場に、やってくる。
 まるで、日活アクションみたいな展開が、微笑ましい。原案は、日活でも脚本多数の池田一郎。
 池部に何かと因縁をつける、悪い牧童頭に、堺左千夫。代表作ともいえる、堺の生き生きとした演技も楽しい。
 牧場主・上田吉二郎の娘、ツンデレのアラタマを、池部に取られるのが、悔しくてならない堺。
 池部を付けねらうヤクザたちに、平田明彦ら。蓮っ葉な第二ヒロインに、中田康子。
 おなじみの話を、おなじみの役者が演じる。劇版音楽は、これまた、どこかで聞いたような、ウェスタン調。
 毎度おなじみのB級アクションを、何の野心もなく、淡々と撮るタニセン。人里はなれた山の中の、孤立した地帯に、ヤクザが紛れ込む話は、デヴュー作「銀嶺の果て」の二番煎じでもある。だから、助監督も、当然、岡本喜八。
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by mukashinoeiga | 2010-07-18 07:17 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

森永健次郎「交換日記」

 阿佐ヶ谷にて。「昭和の銀幕に輝くヒロイン54・和泉雅子」モーニング特集。63年・日活。
 「非行少女」「川っ風野郎たち」と、同年の和泉雅子主演作ながら、あの2作の中学生役から、より実年齢に近いはずの高校三年役。ただし、シリアス風の路線から、いきなり、日活青春ドラマの、定食的定番へ。
 和泉雅子も、きゃぴきゃぴした女子高生。何か、中学生のときの彼女より、幼さが、強まった感じなのが、おかしい。娯楽映画のヒロインだものなあ。
 しかし、和泉雅子の個性というか、やはり暗い横顔というのもあり。交換日記の相手、同級生の山内賢も、一応青春の悩みを抱えるのだが、まあノー天気な山内の悩みより、憂いを帯びた和泉雅子のほうが、<深い>よね(笑)。
 山内も友達とウィスキーがぶ飲み、和泉もビールで大人の世界。でも、「オレ、タバコだけは、絶対吸わないんだ」「タバコ吸うなんて、不良だわ」この差は、なに。
 和泉の母に初井言栄、山内の親に、小夜福子&清水将夫。ふたりの同級生の親に、東美恵子、そのパトロンに嵯峨善兵。お堅い教師に奈良岡朋子。周りを取り囲む大人たちに、安定した力量の役者たち。
 この安定感。この磐石の感じは、いまの映画の脇役陣には、求められないもの。
 映画自体は、まあ、森永健次郎だもの、傑出したものはなし。
 ただ、一箇所、和泉が自室で山内に日記を書いていると、その窓の外に、いきなり山内の部屋が接して、あり、山内が、その和泉の日記を机で読んでいる。ふたりの部屋は、もともと、離れており、この連結場面のセットに、面白さを感じる。
 ただし、それが、映像的快感をあおることも、違和感を出すこともなく、凡庸に、おわる。
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by mukashinoeiga | 2010-07-15 09:56 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

山崎藤江「風雲城史」

 京橋にて。「フィルム・コレクションに見るNFCの40年」特集。28年、衣笠映画連盟=松竹下加茂、無声、20ftp。
 林長二郎(長谷川一夫)の、デヴュー翌年作。このプリントは、<1977年にベルギー王立シネマテークで発見、復元された>もの。
 江戸から帰藩した若侍、帰ってみれば、いいなずけは藩主の愛妾になっていた。しかも、藩主殺害未遂の罪を着せられ、代わりに病床の兄が、「これで弟を許してやってくれ」と、代理切腹。
 とことんの不運。
 しかし藩主毒殺の危機を救い、名誉回復。だが、器の小さい藩主の不興を買い、藩をはなれる。それを知った、元いいなずけは、青年に殉じて、自害。その遺髪を胸に、旅立つのであった。
 特に、特徴は見出せない、平均的時代劇。長谷川一夫も、魅力はあまり感じられず。
 殿の愛妾の身でありながら、「今でも、あの方はこの心の中に、おります」と、青年への愛を口にしたばかりに、座敷牢に入れられるいいなずけ。
 これが戦後の東映娯楽時代劇であれば、主人公は牢にいいなづけを奪いに行っているだろう。
 凡庸な戦前作に、良く見られる、中途半端な情感の娯楽もの。

●追記●本作の撮影監督は、後の特撮監督である円谷「英一」。クリアかつシャープな映像であり、それがきれいなプリントで残っている、幸福。
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by mukashinoeiga | 2010-07-11 22:50 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

伊丹万作「国士無双」

 京橋にて。「フィルム・コレクションに見るNFCの40年」特集。32年、千恵プロ=日活、無声、18ftp。
 長編だが、現在見ることができるのは、21分の短縮版(デジタル復元版)。チラシによれば、<2005年に、現存するパテベビー版(9.5mm)全2巻の前半と、後半に対応する梶田章氏寄贈の日活グラフ版(16mm)を合わせてデジタル復元を行った>ものだそうだ。
 製作当時は35mmであったものの、それぞれ小型版(ヴィデオやDVDがない時代に、家庭向きに市販された断片集)しか現存しないために、それらを改めて35mmに、ブローアップしたものだ。
 ふー、ややこしい。
 短縮版といわれると、ストーリーをダイジェストしたもの、というイメージだが、実際の映画を見ると、個々のエピソードのシークエンスが、いくつか残っているに過ぎない。実際は「断片」というべきか。
 で、内容だが。
 断片だけでも、わかる、この、ほのぼのとしたコメディー。
 若くて二枚目の、片岡千恵蔵が、にこにこモノの快演。
 時代劇なのに、スポークン・タイトルの字幕に「メンタル・テスト」と、でる。軽快なる万作演出の、センス。
 通して、全編、見たかった。
 なお、タイトルの「国」は旧字体。
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by mukashinoeiga | 2010-07-11 07:25 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)