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三隅研次「かげろう笠」

 神保町にて。「娯楽の王様・時代劇黄金週間」特集。59年・大映京都。
 わぁい、未見の三隅だあ、と喜んだのもつかの間、最初から既視感あり(泣)。でも、既見ながら、楽しい楽しい。後期三隅のかっとんだショットはないながら、娯楽のつぼを押さえた、プログラム・ピクチャアの、さりげないゴージャスが、幾度も現われ、安定したエンターティンメントを堪能す。
 安い流れ者・長谷川一夫、しかしながら、腐っても鯛の、一本芯を通したオトコギ、ふとしたことで、江戸へ向かう途中の、盲目の姫・香川京子を助ける羽目に。オトコギの長谷川、助けるといったら、とことん助ける。
 このヒーローが長谷川ではなく、もっと若い男なら、香川と恋仲になるだろう、しかし長谷川は当時かなりのおっさん。ということで盲目の香川との関係は、かのチャップリンのそれを模倣していく。ひょうきんな、かるみのある長谷川も、また楽しい。
 劇中、唐突に髪結い・新珠三千代が<出現>し、二人に親切。これだけ、かくも濃密な映画なのに、上映時間は88分、サブ・キャラの<いきなり唐突出現>もやむをえないか。長時間大作には許される<贅沢な時間>は、プログラム・ピクチャアの大映、そして三隅には、許されざるもの。
 そして、中盤、これまた唐突に、夢見る香川の妄想ショー。妄想の中での香川は目が見え、夢のような美しいシチュで<恋人>長谷川に、にっこり。ただし香川は、実際の長谷川は見たことがないので、シーンごとに長谷川のシチュエーション・コスプレが変化する。ああ、夢見るお姫様。
 というエクスキューズで、長谷川の早変わりコスプレ。地味で薄汚い三度笠ものの映画で、これじゃあ長谷川先生、あまりに地味すぎる、と取り巻きから文句でも出たか。やっぱり長谷川ファンは、こういう華麗な、ショーアップされた長谷川先生が見たいのよ、とか。
 そういう無茶なリクエストも難なくクリアして、水準的な娯楽映画の一丁上がり。そもそも、初々しいアイドル・香川京子と、御大・長谷川一夫の無茶な組み合わせすら、難なくこなしてしまうのだ。
 平常運転の三隅も、また素晴らしい。それを支える、大映美術陣も相変わらずの職人芸。

◎追記◎
かげろう笠(87分・35mm・カラー) <フィルムセンターHPより>
1959(大映京都)(監)三隅研次(脚)犬塚稔(撮)今井ひろし(美)太田誠一(音)斎藤一郎(出)長谷川一夫、香川京子、新珠三千代、中村鴈治郎、香川良介、荒木忍、清水元、杉山昌三九、田崎潤、舟木洋一、光岡竜三郎、伊達三郎、上田寛、羅門光三郎
盲目の菊姫(香川)を奸臣の襲撃から救った風来坊の弥太郎(長谷川)。2人は互いの身分を知らないまま江戸へと向かい、弥太郎は菊姫の眼の治療代を稼ぐため博打をやめ、心を入れ替えて働き始める。『街の灯』や『ローマの休日』を思わせる、身分差のある男女が織りなす股旅ロマンス。

★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。

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by mukashinoeiga | 2010-04-30 23:41 | 三隅剣児女なみだ川と大魔剣 | Trackback | Comments(0)

三隅研次「銭形平次捕物控 美人鮫」

 神保町にて。「娯楽の王様・時代劇黄金週間」特集。62年・大映京都。
 スーパー・パワフルにして、ウルトラ・センシィディヴな(笑)全盛期の三隅映画に比べるまでもなく、初期三隅映画は、薄味でイマイチ。文字通りの習作の気配。しかし、これは初期三隅にしては、なかなか、いい。
 江戸時代の江戸。深夜。後ろ手を縛られた町娘が、ふらふら逃げ惑い、しかし何者かに殺される。
 そこへ、夜鳴きそばの親父。簡易屋台をおろし、営業準備。客も「寒いねえ」と寄ってくる。そこへ、ヤク中の男(もちろん、ここは当然伊達三郎ですな)が現われ、屋台をぶち倒す。屋台から火の手があがる。ひぇー、あわてた客たちが、火の手を消そうと、手近の天水桶をあけると、水の中に、娘の死体。
 ここまでの、冒頭の短いショットの積み重ねが、素晴らしい。スーパーではないが、繊細かつ大胆な編集の素晴らしさ。
 長谷川一夫の銭形平次が出てくると、ふつうの水準的娯楽映画の水準になるのだけれど。おかしいのは、平時の子分・八五郎。なんと船越。ひょうきんなお調子者に、船越、似合わないぞ。船越、よく言えばひょうきん役には大物感が漂い、悪く言えば、重く、ドンくさい。いつもは名演技の船越の、わざとらしいひょうきんな小物役。見ているほうがむずむずするような、決まりの悪さ。
 長谷川一夫の平次は。まあねえ。この時期の長谷川一夫は、カンロクはあるんだけど、まあ、何やっても、カンロクだけはあるんだけど(笑)。
 そのなかで、初期三隅は、精一杯のサーヴィス。たのしい。
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by mukashinoeiga | 2010-04-29 22:36 | 三隅剣児女なみだ川と大魔剣 | Trackback | Comments(0)

林海象「THE CODE 暗号」

 別ブログ「今、そこにある映画」で感想書きました。
 かなりの快作。いや、ブログの感想でなく、映画が。
 特に、市川雷蔵ファンは必見かと。いや、ブログの感想でなく、映画が。
 オススメします。
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by mukashinoeiga | 2010-04-28 23:24 | 業務連絡 | Trackback | Comments(0)

島耕二「猫は知っていた」

 京橋にて。「映画の中の日本文学 Part3」特集。58年、大映。
 なんだか、島耕二って、わりとコンスタントに上映していて、こちらもコンスタントに見ているなあ。出来は、まあ、いつも、大して・・・・。今回の仁木悦子原作は、ン十年前に確実に読んでいるはずだが、内容はまったく記憶にない。映画を見ていて、ああ、こういう話なのか、と。まあ、地味なミステリで、覚えていないのも無理はないか。
 地味な話に、誰一人として華がない地味な俳優陣。こういう映画を取らせたら、大映はきらりと光るのだが、いかんせん主人公は、女子大生。青春が似合わないのもまた大映なので、そして小味なミステリというのは、さらに思っている以上に地味にみえるもので、映画を見ている間、気分はまったく、盛り上がらず。
 ヒロイン仁木多鶴子(あまりに地味な新人、ちょっと若尾文子に似た顔立ち)は、飼い猫、学生の兄とともに、ある私立病院の一家に下宿する。幼い娘の住み込みピアノ教師としてでもあるのだが、与えられた部屋が、なんと入院患者用の入院室。この病院、入院患者が少ないのか。入院病棟で、健康な兄妹がふつうに生活している、というのは、いろいろとまずいんじゃないの。
 その病院で事件が起こる。祖母(浦辺粂子)が殺され、入院患者(高松英郎)も、黒猫も行方不明。まあ、どうでもいい話が、地味目に展開。どうでもよく進行し、どうでもよく解決する。せいぜいいだく感想としては、まあ、黒猫がおとなしいなあ、と。誰に抱かれても、じぃっとおとなしくしている。ま、どうでも(笑)。
 なお、地味な大映役者陣のなかでも、地味な品川隆二が、面白い。後年、焼津の半次などで三枚目になってしまった品川が、まだクールなキャラだった頃。
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by mukashinoeiga | 2010-04-25 08:25 | 島耕二と行くメロドラ航路 | Trackback | Comments(0)

井上梅次「踊りたい夜」水谷良重倍賞千恵子鰐淵晴子有島一郎

 神保町にて。「ニッポン・ミュージカル時代」特集。63年・松竹大船。
e0178641_2056111.jpg 今回の特集21本の中で、おそらく唯一の未見作。先ごろ亡くなった井上梅次お得意のミュージカルもの。思ったよりもソング&ダンスが多くて、うれしくなる。ただ、テーマソング的なピンク・タイツの歌が、ちょとつまらなくて、何度も聞く曲じゃないよな(笑)。
 主演は、ショーダンサー三姉妹。セクシー・キュートな長女・水谷良重、けなげキュートな次女・倍賞千恵子、キャリア最高の美貌・三女鰐淵晴子。歌って、踊れて、可愛くて。最高のキャスティングではないかしらん。日本映画史上、あとにも先にも、これを超える、トリオのミュージカル女優はありえないだろうという、贅沢さ。
 この三人を、さりげなく、派手にならずに、しかもきらびやかに平常運転演出の井上梅次。スーパーでもエクセレントでもないけれど、すばらしい。のちに香港に渡って、この映画を「香港ノクターン」としてセルフ・リメイクし、それは前にフィルムセンターで見たが、色調も演出も俳優もダサくて、しかもどんなお話かイマイチよくわからないという。
e0178641_20571057.jpg 鈴木清順が小林信彦に、「清順さんの映画はつじつまの合わないところがあるが?」と問われて、「つじつまを合わせるのは、役者の仕事です。つじつまが合わないのは、役者が下手だからです」と、天下の名言?を吐いたことを記憶しているが、そう、どんなに理不尽なストーリーでも、俳優の絶対的魅力があれば、それはらくらくクリアできるのだ! 「香港ノクターン」には???だったぼくも、「踊りたい夜」の、いい加減なメロドラマには、感服いたしました(笑)。
 娘たちの才能と美貌を食い物にする父・有島一郎とけんかして(ヌード劇場でヌードになれ、と言われて反発して、泣く。後年、鰐淵はヌード写真集やあがた森魚の映画で脱ぐのだが・・・・)、泣きながら夜の家出の鰐淵晴子。ショーダンサーをしていても、亡き母の夢でもある、クラシック・バレリーナへの夢やみがたく、その家出の道行きに、ふと目に留まった看板「バレェ研究所」。その看板のそばに「住み込み女中募集」。
 鰐淵は、研究生になりたいと、管理人夫婦(妻は桜むつ子)に頼むが、「夜で担当がいないから明日おいで」と言われ、今夜の宿もなく「住み込みの女中にさせてください」と、頼み込む。出ました、典型的大映メロドラマ調。
 同世代の娘たちがレッスンする中、ひたすらモップで掃除の美少女。
 そして、非常勤の<伝説のコーチ>がやってくる。本人ももとバレェ・ダンサーだったはずなのに、今は杖をついて足が不自由、鰐淵のレッスンを見て、その杖で床をどんどん、「ダメだ、全然なっていない!」、ついにはその杖で鰐淵をバシバシ叩くスパルタな鬼コーチ、涙流しつつ、そのスパルタ教育に耐える鰐淵。
 この鬼コーチに、自身も、確か、ダンサー出身の、根上淳(大映)。ぼくが見た根上淳史上で、もっともシャープな、美中年。しかも足が悪く、杖をついて、その杖で美少女をビシバシと。愛のムチ。う~ん、絵に描いたような少女漫画、または、大映映画、または大映TVドラマ、あまりにベタなのだが、先ほどの清順の言葉ではないが、根上淳があまりにスーパーすぎて、ベタなのに、つじつまが合ってしまう! エクセレント! 
 鰐淵は、結局、根上に失恋する形で。水谷良重も、ニヒルなバンド・マスター佐田啓二(これまたニヒルな美中年を好演)に失恋し、倍賞千恵子も夫・吉田輝男を失う。みんなそれぞれの失意の中で、それでもなおかつショー・マスト・ゴーオン! まあ、安いメロドラマなんだけど、イージー・リスニングなソング&ダンスには、合っている。
 当然ベストテンとかのレヴェルの話題には絶対残らないんだけど、で、ぼくも、これが今年のベストワンだ!とは言わないんだけど、水谷良重、倍賞千恵子、鰐淵晴子、このコラボ、最強。
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by mukashinoeiga | 2010-04-22 22:16 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(2)

稲垣浩「佐々木小次郎」

 京橋にて。「映画の中の日本文学 Part3」特集。67年、東宝。
 佐々木小次郎、<所詮は武蔵に負けた男>である。実際の佐々木小次郎がどうであったのかはともかく、少なくとも日本映画においては<最強の負け犬キャラ><最高の脇役キャラ>。それを主役にして、映画にする。無謀だ。
 負けるべくして負ける企画ではないのか。しかも151分のオールスタアキャストの大作だ。プログラム・ピクチャアとして、ちょろちょろっと作るのとは、何割がたか予算も違うだろう。東宝創立35周年創立記念作。
 しかもこれだけ長い映画にもかかわらず、なんだか大河ドラマの総集編みたいに、マキが入っているようにも感じられるところも。いきなり登場して、主人公と濡れ場の遊女・大空真弓。いきなりすぎる登場だ。
 それもそのはず、どうやら同じ監督が50-51年に作った三部作の、セルフ・リメイクらしい。一本90分だとしても、三部作なら4時間半。その脚本を、そのまま二時間減らして、作ったような。
 娯楽映画で<最後は、負けてしまう男>を主人公にするなら、それは、やはり、<青春映画>にするしかないでしょう。と、いうことで、尾上菊之助の小次郎は、あくまでもさわやかな好青年。あまりに好青年すぎて、とても<剣の修行中>に見えない(笑)。大体、主家の娘・星由里子、琉球の皇女・司葉子、遊女・大空真弓、出雲の阿国の一番弟子・沢井桂子と、つぎつぎにアバンチュール(笑)、やりまくり、って、いったいどこで修行しているんだ、というくらいで。これでは、剣の道まっしぐら、修行に次ぐ修行の武蔵(仲代達矢)に、勝てるわけ、おまへん。
 一応武者修行のため諸国行脚の小次郎、影に日に寄り添うのは、忍者仕様の義賊・長門勇。主人公が都合の悪いシチュになると、必ず現われ、アシストする。娯楽時代小説お決まりのパターンを踏襲。いささかわけありの関係の友人・中丸忠雄も、最初はふつうの侍だったのに、なぜか、隠密として各地を転々として、各地で偶然(あるいは必然的に)主人公と遭遇する。
 ふてぶてしいまでに、娯楽の王道を歩む・・・・のだが、主人公は、負け犬。う~ん、ここら辺がやはり、弱い。
 明朗な好青年ヒーロー、でも主人公は、負け犬。
 う~ん。例の巌流島のシーンに近づくほど、映画は退屈になってしまう。ここで、退屈にさせないとすれば、それは、マキノしか出来ない不動の泣かせか、ヌーヴェルヴァーグ以降の<現代的センス>でしか、ない。
 しかし、本作は雑駁な稲垣浩。とても、むり。
 ただし、チャームがある菊之助は、いいなあ。
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by mukashinoeiga | 2010-04-20 00:24 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

五所平之助「愛と死の谷間」

 京橋にて。「映画の中の日本文学 Part3」特集。54年、日活。
 椎名麟三原作脚本、監督五所コンビの作は「煙突の見える場所」は、それなりの佳作だが、ほめられすぎ、言及されすぎ。「鶏はふたたび鳴く」は、かなりの佳作ながら、無視されすぎ。で、本作は。
 実は、この映画、見るのは二度目。ただ、前回は途中かなり爆睡してしまって、最初と最後のシーンのみ記憶あり。今回は、ばっちり目覚めていて、ちゃんと見れました。めでたしめでたし。
 主人公は、川崎の下町の私立診療所に勤める、女医・津島恵子。経営者・宇野重吉に結婚を申し込まれている。 ところが、この宇野がひどい奴、資産家の娘らしい高杉早苗をロウラクして、土地を巻き上げ建てた診療所、しかし高杉を本妻にしようとせず、看護婦・乙羽信子を愛人にしたうえで、津島に結婚を申し込む、とんでもない奴。しかし、この役に朴訥な宇野でいいのか。あくどさのひとかけらもない宇野で。
 高杉は、なぜか乙羽はスルーして、津島に悪意を抱き、その身元調査を私立探偵に依頼する。その、頼りない、探偵が芥川比呂志、この、やる気ない、いい加減な探偵の芥川がよいといえば、よい。
 津島は、この探偵にしょっちゅうつけられているので、ノイローゼ気味。尾行する、といえば、警察か公安か、ということで、津島は、所轄署にも、公安にも、「なぜ、あたしを尾行するのか」と、抗議に行く(!)。なんでも再軍備・戦争反対の署名をしたことが、警察や公安の注意を引いたのではないか、という強迫観念めいた被害妄想ゆえ。この時代は、再軍備や核戦争に対する脅威が声高に論じられていた時代、そういう被害妄想が社会全体に蔓延していたのだ。そういう、時代の気分を描いた、社会派なのだろう。
 しかし、その社会派の部分だけでは、メロドラマ全盛時代でもあった映画としては、まずい、と五所的に判断されて、<帝国主義的な女性観>の宇野の、無茶ぶりということだろうか。さまになっては、いないのだが。
 津島が貧しい町の中を歩いていく。そのあとをつける、芥川。そして、その芥川を、さらに追跡する中村是好。高杉は、一向に津島の悪事を暴けない芥川に業を煮やして、芥川が本当に尾行しているのか確かめるために、さらに中村是好を雇ったのだ! これが、ぬるいメロドラマ作家の五所でなければ、あるいは斬新なドラマとなった可能性も。惜しい。
 追われるもの・津島と、追う芥川は、やがて顔見知りとなり、追跡がデートに変容して、愛し合うものたちへと変化する。
 ああ、これが60年代以降のヌーヴェルヴァーグ的感性で撮られていたら。あまりに、もったいない、と思うのは、ハイ、後出しじゃんけんですね。
 なお、舞台となる診療所は、川崎の、広大な国鉄引込み線の保線区ぞいにあり、この鉄道風景というのも、また見もので。もと国鉄マンで、戦争で体をやられ、絶えず自殺を考えている青年に、木村功。作業員に、五所や高杉・飯田蝶子とは戦前松竹以来の大山健二。大山健二の日活映画、というのも、はじめて見たような。
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by mukashinoeiga | 2010-04-17 22:08 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

山本薩夫「真空地帯」

 京橋にて。「映画の中の日本文学 Part3」特集。52年、新星映画。
 冒頭、<新星映画>とともに、<北星映画>のロゴもクレジット。名前が似ているので、実質同一組織かしらん。
 そして、続くクレジット部分のバックには、髭のロシア人系軍人らしき銅像が映される。ソ連映画でよく見たような、タイトル映像で、まるで、ソ連映画みたい。左翼はわかりやすいなあ。心の宗主国、丸わかり。この映画もコミンテルンの指導に基いて作った映画か。まだ、共産党ソ連が光り輝いていた頃だからねー。
 そして、ヤマサツ演出は、もちろん後年のスーパーさを獲得する以前。大勢の登場人物が入り乱れ、それをまた、大勢の新劇系野郎役者たちが演じ(女性出演者は、日本人娼婦・利根はる恵一人のみ。かつてこの種の映画のヒロインが利根はる恵という時代がありました)、見事なアンサンブルではありつつ、まだ、後年のスーパー・ヤマサツ演出には、及ばない、未完成系。
 大阪城が見える兵舎群の中の濃密な人間関係。
 主人公は、二年三ヶ月服役の軍刑務所を出所した四年兵・木村功。戻ってきた原隊では、同期兵はみな大陸に送られ、ほとんどが戦死。かえって、自分の過去がばれずに、好都合か。
 今は、二・三年兵が初年兵をいじめる日々。いろいろ慣れない初年兵のミスを、ひとりが犯せば、初年兵全体の連帯責任、全員を罵倒、びんた、いじめの極地。いやあ、役者・スタッフ含め左翼諸君は、こういう日本軍の恥部を、生き生きと躍動的に描くなあ(笑)。自国の恥部を生き生き躍動的に描く心根というのも、まあ、左翼諸君お得意、ソ連譲りのものか(笑)。
 さて、木村功、軍刑務所帰りということで、訓練もせず、ただ兵舎でのんびり何もしない毎日。刑務所帰りこそ、ビシバシ鍛えるのが<悪い>日本軍にふさわしいのでは・・・・。ところが、なぜか、軍の仕事から一切免除される、モラトリアム状態。鬼班長・西村晃も木村功には、ミョーに優しい。
 腫れ物に触るような、異分子排除状態で。ここら辺説明が一切ないが、裏返して言えば日本軍は、犯罪更正者には、杓子定規なほど、気を使っていた、ということなのか。
 しかし、そういう建前はともかく、いや建前が、更生者に<配慮>すればするほど、回りのみんなは反感を持つのは世の常というもので。ムショ帰りなのに、何であいつばかりが、きつい訓練を免除されるのか、と。鬼班長西村も、木村功に対するときだけ、ミョーに猫なで声で。
 だから、木村に対しては、直接のアレはないものの、二・三年兵は反感持つわなあ。で、木村功も、そういう状況にわれ関せず、みなと溶け込む気もない。で、どんどん、マグマがたまり。
 木村を罵倒する歌をみんなが歌う。
 ここからが、意外な展開。普段は、帝国軍人にあるまじき、本当に蚊の泣くような声の木村功が、突如、キレる。
 オレは、お前らより上の四年兵やぞ!
 刑務所帰りは、もう怖いもんは何もないんだ! 
 お前ら、みんな並べ!
 威圧された、三・二・初年兵は、日ごろの習性か、そう言われれば、並んで、びんたを受ける。ことに目立つ二年兵は半殺しの目に。初年兵をいじめている二年兵も、かわいそうな初年兵も、日ごろ何くれとなく木村の面倒を見る三年兵・下元勉も、みんな、びんた、びんた、逆切れならぬ、正切れ?の木村功。

 ヤマサツ版「キャリー」か。
 左翼映画作家ヤマサツの不思議なところは、国際コミンテルンや、日共のテーゼどおり、おとなしく教条的左翼映画を作っていればいいところを、突如として、<映画の側>に<表がえる>ことにある。ここで、主人公・木村功が<場を支配>してしまったら、<旧日本軍の組織的悪の構造>の、強固さなど、たちまち崩壊してしまうではないか。相対的な悪に堕落してしまうではないか。

 木村功がキレた、その次のシークエンスでは、殴られたはずの下元勉が、優しく木村に進言し、木村逮捕・服役のからくりを教える。エ、ひょっとして、巻の掛け違い?と疑うほどの、対立のあとの滑らかさ。ま、ここが下元勉の強さか。インテリの下っ端兵を演じて、下元勉のベスト・アクト。いいなあ。

 スーパーではないものの、教条主義とは無縁な、左翼作家・山本薩夫の、佳作。ニコニコ顔(でも、やはり、切れるときは切れる)高原駿男、神田隆、三島雅夫、ら多数の俳優人の好アシストを受けて、好調。
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by mukashinoeiga | 2010-04-13 23:21 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(0)

青柳信雄「大江戸千両祭」

 阿佐ヶ谷にて。「昭和の銀幕に輝くヒロイン52・八千草薫」モーニング特集。58年・東宝。
 この八千草特集、前々週の「蝶々夫人」を見たかったのだが、見れず。
 本作も、柳家金語楼主演の、安そうな時代劇コメディーなので、どうせつまらないだろうと思って見に行ったら、意外と拾い物で。やはりコメディー部分では笑えないものの、人情モノ部分でもらい泣き。寄る年波で泪目なせいだと思いたい。
 そもそも柳家金語楼、どんなひょっとこ面をしようと、あの細い目が怖い。何か、いつも、目だけは笑っていない。いや、コメディアンだからして、ニコニコ笑うシーンも多いのだが、あの細い目の怖さは、消えない。いわゆるギャグも、ぼくには、笑えないものばかり。大して期待はしていなかったのだが。

 冒頭のクレジット、柳家金語楼に、芸能生活五十周年記念、と角書きがつく。ほお。
 そのせいだろう、出演者がやたら豪華。エノケン、ロッパ、徳川夢声、トニー谷、ミヤコ蝶々夫妻、アチャコ、三木のり平、有島一郎、森川信、きれいどころに娘・八千草、中田康子、安西郷子、その他。
 ラスト、あれやこれやがあって八千草と、太刀川寛の婚儀の席に、まあロッパ以外は、たいてい居並ぶ。
 紋付の大工きんべい、こと金語楼が、ご挨拶。
「娘もようやく、花嫁姿で。これでもう安心、いつ死んでもかまわないというところで」
 そうするとエノケンはじめ、みんなが応援メッセージ。
「まだまだ、これからだよ」
「年寄りくさいこと言わずに、もっと若々しく、がんばらなきゃ」
「そうだよ、50周年なんだし」!!!
「子供の頃から舞台に出てたからね、まだ若々しいよ」!!!! 
 八千草結婚の祝言の場が、その父役・金語楼の50周年と化して、これがホントの金婚式?、金語楼も機嫌よく、これからも精進して芸能活動邁進みたいな宣言して、幕。

 エノケンの長屋の隣に、ひっそりと住まう若い浪人者。小泉博。彼に、文盲の金語楼、字を教えて欲しい、と懇願する。
 小泉博浪人は何度も何度も断る。「拙者は、面倒くさいことは一切嫌いだ。また、おぬしは、ことに物覚えが悪い。読み書きが出来るようになるまで、どのくらいかかるか、見当もつかぬ。それに拙者は、いつ、ここから立ち退くか、いや、近いうちに、必ず、ここを去る。だから、おぬしに読み書きを教えるわけには参らぬ」
 とうとう根負けして、逆に熱心に読み書きの師匠となり、三か月。金語楼も、良くその師に応え、ここも泣かせどころなのだが、さらに。小泉博はみそか月の雪振る晩に、身辺きれいにして、長屋から姿を消す。同時に、森川信が、小泉の書状を披露し、差出人、元赤穂藩浪人誰々、とさりげなく、告げる。
 誰でも知っているグレート・ストーリーを、さりげなく、滑り込ませる、鮮やかさ。
 で、また、この小泉博がいいんだよね。現代劇では、いつも、ちょっと頼りない、ひ弱な二枚目が多いのだが、珍しい時代劇では、きっぱりさっぱり腕も立つ、凛とした侍を好演する。時代劇役者であったら、もっと大成したかも、と思わせるる。
 友人、大高源吾に、高島忠夫。こちらは、いつものC調で。イェーイ。
 ああ、娘役の八千草薫。いつもどおり、楚々として美人、いつもどおり、映画をかき回すこともなく、控えめにたたずむ。
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by mukashinoeiga | 2010-04-08 22:10 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

佐伯幸三「傷だらけの人生」

 三原橋にて。「プレイバック!~今よみがえる、あの日の2本立て~特集」。73年・東映。
 「温泉みみず芸者」との、公開当時と同じカップリングを<再現>。
 鶴田浩二主演で、その熱血兄弟分に若山富三郎、若富のこぶんに待田京介、後ろ盾の大親分に石山健二郎。こっちがいいほう。
 で、悪いほうが、もちろん当然、天津敏、その後ろ盾の大親分が遠藤太津朗。
 なんという磐石の安定感。
 悪いほうの奴らが、いい野郎どもをいびりにいびる不条理、じっと耐える鶴田、東映仁侠映画毎度毎度おなじみのワンパターンに、不覚にも、やはり泪目になってしまう。寄る年波でただでさえ泪目になることが多いので、やむをえないか。泣くまいと思っても、泪目。泪目銀座や。
 「温泉みみず芸者」の方はきれいなニュープリで、こっちのほうはフィルムも傷だらけで飛びまくり。傷だらけのプリントは、ヒット作の証しでもあり。で、実は監督クレジットも飛んでいるので、佐伯幸三監督作という確信はないのだが(笑)、まあそんなものだろう。まさか山下耕作と言うことはあるまいなあ(笑)。この種のプログラム・ピクチャアで、監督の差異はほとんどないに等しい。調べてもいいのだが、佐伯幸三であってもなくても、もはや、どうでもいいことなのだ(笑)。
 ただ、わたしは、この映画で、泣かされました。ああ、鶴田浩二はいいなあ。若富はいいなあ。石山健二郎はいいなあ。天津敏も、遠藤太津朗もいい。鶴田浩二は、遠藤太津朗との談判のワン・シークエンスのみ、目の白目のところがただれているのだが(ものもらい?)そうであってさえ、男前。異形でありつつ男前なのは、より美しいと思うぞ。
 天津敏の有象無象の子分のひとりに、川谷拓三。もちろん同時上映の「温泉みみず芸者」で、ヒロインに「おっぱい吸うのは三千円よ」とぼったくられるチンピラ役で出演しているのはいうまでもない。
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by mukashinoeiga | 2010-04-05 21:27 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)