<   2010年 02月 ( 18 )   > この月の画像一覧

篠田正浩「沈黙」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。71年、表現社=マコ・インターナショナル。
e0178641_022442.jpg 来日したポルトガル人神父たちが全員英語をしゃべるとか、そのポルトガル人の一人が丹波哲郎だとか、突っ込みどころは満載ながら、まあ、なかなかの力作。
 先の大島特集で見た「天草四郎時貞」と同じく、長崎のキリシタン弾圧を描く。かつての民衆抑圧・宗教弾圧・外国人排斥の典型的事件?に、共通したナニカを見出す松竹ヌーヴェルバーグ上がりたち。脳内お花畑連中の考えることは、60・70年代から、今の民主党政権に至るまで、ちっとも変わらないなあ。
 頭の中にお花畑のある連中には、長崎のキリシタン弾圧は、ナニカとてつもない魅力があるのだろう。
 つまり、思うに、このキリシタン弾圧には、あまりにインパクト大にして、魅惑のアイテムがあるからだろう。
 もちろん<踏み絵>だ。アイコンを踏めば(クリック)、それは転びバテレンとして無罪放免、踏まねばご禁制のキリシタン認定、即処刑、あまりにわかりやすく、ヴィジュアル的にも演劇的にも一発オーケーの魅力的弾圧システム。この板っ切れ一枚への一歩があるかないかで、<現世天国・心は地獄>か<現世地獄・心は晴れ晴れ?>か、あまりに複雑な心理描写が、即決まってしまうんだから。
 踏み絵を前にして、転ぶか、キリシタンとして己れの節を守るのか、解放か死か、たかが一歩足を踏み出すかとどまるか、その<小さな一歩>がことごとく<大きな一歩>になってしまう、必要最小限、簡にして単な必殺アイテム。
 転向、つまりおのれの信念を裏切って社会的生命的平穏を得るか、おのれの節を守って自己を犠牲にするか、なんてなかなか哲学的な問題は、映画では凡才には簡単には描写できないのよ、ふつう。神への忠誠か、現世利益か、なんてこともなかなか描写としては、キマるようなもんじゃないのよ。
 それが、ちっぽけな、凹凸のある銅版一枚で、解決できて、なおかつ、わかりやすく、強烈。こんな最強アイテム、他の弾圧・抑圧・虐殺事件の数々で、そうめったにはないでしょう。たいていの弾圧システムってのは、大掛かりな装置・制度を必要とするゆえに、なにがしかの説明的描写が必要なのに。それが、踏み絵は、ヴィジュアル一発即理解。
 ああ、凡庸な映画作家なら、舌なめずりして、飛びつくに決まってるよねー。いや、別に篠田や大島や渋谷がそうだ、というわけではないんですけどね。
 本作でも、長崎奉行配下・戸浦六宏が「なあに、たいしたことないんだよ。軽くちょちょっと踏めば、すぐ家に帰れるんだよ」みたいなことを、笑顔で言うのね。あ、もちろん、ちょちょっと、なんて言わないけれど、真面目な映画だから。まるで宴会で、酒が飲めない人に、「まあ、最初の乾杯だけだから。杯にちょちょっと、気持ち、口をつければいいことだから」と同じで、「気持ち、踏むだけでいいから」と。この「気持ち。○○するだけでいいことだから」というのも不思議かつ便利な日本語で。厳密かつ厳正な西洋宗教とは、まったく相容れないことだろうし。
 ちょっと、笑ったのは。
 隠れキリシタンたちが、密入国してきたポルトガル人布教者たちに、長崎奉行所の宗教弾圧を報告する際、盛んに「異教徒たちは」こういう弾圧をする「異教徒たちは」こういう悪魔の振る舞いをする、と<同じ日本人>を冷静かつ客観的に説明する。彼らは同じ宗教であるがゆえに、同国人を切り離し、外国人たちの側に就いている。
 ああ、これって、今と同じ構図じゃないの。俺たちは<日本人>じゃない、<世界市民>なんだ、と。<世界と連帯して、邪悪な日本人を倒す>と。<邪悪な日本人>としては、まあ、弾圧するほかないわな、封建社会では。
 つっこみどころとしては、マコ岩松は、踏み絵を踏めといわれて踏み、踏み絵につばを吐けといわれてつばを吐き、転向して、放免される。しかし、キリシタンとしてはこれがトラウマになり、仲間を売って得た報奨金で、女郎屋に居続け。しかし苦悩の果てに、女郎・三田佳子に「俺の顔につばを吐いて!」と頼み込み、三田がぺぺっと顔面につばっ、てSM世界?に乱入。いや、絶対「俺の顔も踏んで」とも頼んだに違いないよ。東映エログロ時代劇で見たかった(笑)。リメイクするスコセッシには、ぜひ、描いてもらいたい(笑)。

◎追記◎キリスト教布教者を弾圧したせいで、そのあと、そろってついてくる、ビートたけしいうところのおしゃれ小鉢、西洋キリスト教国帝国主義者たちの侵略を日本が防いだ、という点では、このキリシタン弾圧は、もっと評価していい快挙という視点も、大事だろう。

◎追加◎Silence (Chinmoku) 1971 - Apostatize Sequance

Тишина (Молчание)/ Chinmoku / Silence

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by mukashinoeiga | 2010-02-28 08:07 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「心中天網志麻」もとい「心中天網島」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。69年、表現社=ATG。
 この年の映画賞を総なめにしたようだが、ぼくは生理的にダメ。
 この映画を評価した当時の映画批評家連中は、相当神経が図太いか、逆に無神経なのではないかと思う。評価するしない以前に生理的に耐えられたと思しいが、この映画に耐えられた、とするならば、そいつらにはある種の美意識が欠けているように思う。
 何がダメかといえば、もちろん主演の岩下志麻だ。
 甲高いキンキン声で、絶叫また絶叫、泣き叫び、泣き喚き、ヒステリックにたけり狂う。死ぬの生きるの、大仰に泣き叫び喚く。呻く。これだけで、もう、相当に、きつい。しかも女郎特有の白塗りで、さらに岩下志麻だ。志麻もなまじ演技力があるだけに、きつすぎる。
 もちろんそれは<演劇的に昇華>されているのだが、それはもう言い訳にならない(笑)。しかも、岩下志麻は、紙屋治平(中村吉右衛門)の妻・おさんと、愛人(女郎)小春の一人二役!  このふたりが、ともに泣き喚く(笑)。ダブル志麻のダブル絶叫!(笑) 阿鼻叫喚。志麻共喚。
 吉右衛門も、志麻には及びもつかないが、泣き喚くことに変わりはない。怒号し、怒泣し、怒張する(最後は、しないけどね)。まあ、もちろん生の叫びではなく、ある種の様式美のうちで、演技しているわけだが、それでもテンション一本調子で眠くなったり、生理的に不快だったり。
 この映画では、浄瑠璃の人形ぶりの表現として、黒子たちが黙々とふたりをサポートする。その沈黙が、たいへん好ましく、ちょこまか動く黒子たちも、可愛さひとしお。一服の清涼剤。目の保養。志麻の解毒剤。
 最後、やっとこふたりが心中してくれて、画面に静謐が(笑)。やれ、うれしやで、エンドマーク。
 この映画が評価された、様式美実験性は、鈴木清順の極め付きを見ている目には、ややキレが悪い。河原崎しず江、左時枝、滝田祐介、加藤嘉らの好演は好ましい。そう、岩下志麻の絶叫また絶叫がなければ、これはそんなに悪い映画では、ないのだが。
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by mukashinoeiga | 2010-02-27 21:59 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「処刑の志麻」もとい「処刑の島」岩下志麻三国連太郎信欣三

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。66年、日生劇場プロ。
e0178641_8452485.png 最初に大映マーク、委託配給したのだろう。篠田が松竹を離れた第一作。先の大島渚特集で見た日生劇場映画部製作「小さな冒険旅行」は原案石原慎太郎、本作も脚色慎太郎(原作武田泰淳)、日生は慎太郎のスポンサーか何かなのか。大映も「処刑の部屋」(本作は部屋から島に昇格?)など慎太郎がらみの映画も多いし。慎太郎自体も日活ヌーヴェルバーグ(という名前はなかったが)の一味といっていいし「狂った果実」がフランスのヌーヴェルバーグを産んだという伝説もあることだし、慎太郎、松竹離脱ヌーヴェルバーグ組の兄貴分か。
 何か顔全体を縦につぶした感じのソース顔二枚目・新田昌が、<三宅島近く>の小島に復讐にやってくる。戦時中の、ローティーンの頃、三国連太郎の牧場で牛馬のごとく酷使され、殺されかかったことに対するものだが・・・・。
 しかし、なんだかビミョーな出来で。
 篠田が、完全に松竹メロに毒されきっているのは、なんと三国は、主人公を虐待・殺人未遂にしただけではなく、実はこの島に流れ着く前に、アナーキストだった主人公の父、母、兄を殺したテロリストでもあったのだ! 孤児になった新田昌は、そのせいで不良になり、感化院を転々とし、やはり偶然この島に流れ着いて、三国に人間扱いされずこき使われ、挙句に海に投げ込まれてしまうのだ! 因果は回る糸車、って、話が古すぎないか。いや、原作がそうなのかもしれないが、その原作を選ぶ篠田の頭はいったい十何世紀の頭なんだ。そして、新田はどこからそのネタ(一家惨殺の件)を聞き込んできたんだ!
e0178641_8463177.png 三国の娘に、例によって岩下志麻。きれいだ。<デレ抜きのツンデレ>を柄に合って好演。美しい。これこそ岩下志麻本来の魅力なのだが、<微温的ホームドラマの松竹>ではどうしても発揮できなかった役柄で。いっそ大映にいればよかった? まあ、大映では柄に合いすぎて、かえって地味地味だったかもしれないが。
 飲んだくれの、何も出来ない・何もしない、新田の苦痛も見て見ぬふりの、今の民主党政権みたいな島の左翼教師に、信欣三。似合い過ぎ。その妻に、珍しくフィーチャーされた感ありの木村俊恵。少年時代の新田を身を挺して、かばう。
 この映画は、まだ、88分。プログラム・ピクチャアのサイズと、だいぶ希薄になった緊張感を残しつつ(その、緊張感の99パーセントは、岩下志麻の顔に依拠している)ああ、<後期とは言わないが、充分中期な駄目篠田>感あり。
 こうして、<若い時はヌーヴェルバーグ>は駄目になっていくのね。つくづく<生涯一ヌーヴェルバーグ>ロメールは、例外なのだ。
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by mukashinoeiga | 2010-02-27 00:53 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「異聞猿飛佐助」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。65年、松竹大船。
 篠田映画は、おおまかに二つに分類できるようだ。
 <初期の小味な佳作>と<後期の大味な駄作>だ。この、戦国動乱の世の、徳川方にも豊臣方にも両方狙われる形の(厳密に言うと少し違うのだが)架空の伝説的忍者・猿飛を主人公にした本作が、早くも<篠田後期>なのだろうか。
 とにかく、まだ多少の緊張感を残しつつ、まるきり面白くない。時代劇として、本当の後期、というか、末期の「写楽」や「梟の城」よりは面白い、というのは全然ほめ言葉にならないだろう。
 思うに、身の丈等身大の日常サスペンスが良かった初期に比べると、小状況から、大状況のドラマに移って失敗続きなのだから、身分違いの<大作>など、作らないほうが良い、いわゆる小津・成瀬タイプの資質の映画作家なのではないか。
 猿飛役の主演・高橋幸治もまたビミョー。この、お子様向けのおとぎ話のヒーローにリアル感を与えるつもりか、篠田と高橋が猿飛に付与した属性が<ハードボイルド>。もともと硬質な演技の高橋が、自社比50パーセント増しで硬質なハードボイルド演技を追求した結果、単に台詞回しが下手なだけということが露呈してしまうのだ。真相解決と称して、なんの工夫もない映像の中、延々と説明台詞をしゃべる硬質高橋幸治。イタ過ぎる。
 女優はふたり。出てきてすぐ殺されてしまう渡辺美佐子が、結構いい(笑)。ショートな時代劇的髪型のせいか、撮り方のせいか(笑)それとも出番が少ないせいか(笑)、こんなチャーミングな渡辺美佐子は初めて見た気がする(笑)。もっとも、最新作「ウルトラミラクル・ラブストーリー」ももちろん含めて(笑)<渡辺美佐子出演映画に傑作なし>をくつがえすことはまったくないのだが、そうか、時代劇ということで、<現代劇の渡辺美佐子は、なぜか、いい女、裏がある美人の悪女を演じることが多い>のだが、実は渡辺美佐子は、もろに生活感がにじみ出てしまう<庶民派>なんですね。庶民派が、生活感を感じさせてはいけない、いい女とか、美人悪女を演じることに無理があったのだ。現実感が希薄な様式美の時代劇が渡辺美佐子には優位に働いたのか、篠田とは逆に? よく、わからんが。何、たわごと言ってるんだ、俺。
 もうひとり吉村実子が、現代劇のガハハ系演技とは違って、妙に時代劇風おしとやか演技で、意外と可愛らしい(笑)。でも、だんだん馬脚を現してくるのがおかしい。
 あと、大島映画などでもいつもセットで出てくる佐藤慶・戸浦六宏、接点を感じなかったご両人なのだが、本作の佐藤はなんと<若侍風>、リップも塗っちゃって、あの侍のポニーティルはなんて言うのかな、そういうポニーティルにしているせいか、なんと戸浦と見まがう表情。この、ふたり、結構唇とか、似てたんだ! まあ、くだらない話ですね。
 あと、クレジットに麗々しく、特別出演・石原慎太郎て。ラストに数十秒ニヤニヤしているだけの、霧隠才蔵役! なんともしまらない。この人の突如出現が、ダメな落ちになって、さらに映画の価値を下げた。
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by mukashinoeiga | 2010-02-25 00:20 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

徳川夢声の小説と漫談

 書店で、あまりに珍妙なタイトルを見て即買いした本デス。
『徳川夢声の小説と漫談これ一冊で』(清流出版)
 タイトルというより、まるでキャッチ・コピーみたいな、ハンパ感が目を引いたので。しかも『これ一冊で』のあとを省略している無責任さ。これ一冊で、全てわかる、と続くのか。でも、これ一冊で夢声の全てじゃないだろ、という突っ込みも、いや、これ一冊で十分の意味で、などと逃げることもできる。

 帯にいわく、

●絶頂期の傑作漫談を収録した、豪華64分CD付!
●元祖マルチ・タレントの 空前絶後の ユーモア小説!
●異色の原爆ユーモア小説「連鎖反応」、
 直木賞候補作「九字を切る」、「幽霊大歓迎」など、
 いまや古書店でも入手困難な 傑作ばかりを収録!

 戦中戦後の映画の名脇役であり、座談の名手、まだCDは聞いていないが、元ネタはSP盤。活動写真弁士・片岡一郎氏所蔵SP盤コレクションからのもの。小説も、まだ数十ページしか読んでいないが、小説というよりは、短いコント集のおもむき。なかなか面白い。
 なかでも、企業タイアップ小説、というのが馬鹿馬鹿しくて、良い。当時の人気商品が実名で登場、残された大量の遺留品から事件を推理したり、その商品(薬が多い)を使って、事件を解決したり。
 たとえば、犯人を捕まえた探偵氏、加害者を被害者に面通しさせたところ、「こいつは犯人じゃない」と否定される。大病を患った犯人は事件当時に比べ激ヤセしていたからだ。そこで探偵氏、当時の栄養剤を犯人に飲ませると、一晩で激ヤセ解消、元通り、改めて面通しして、「やっぱり、こいつでした」の証言を得る。って、あなた、栄養剤ってっても、ただの肝油ですよ、肝油。下田式肝油、って商品名。どんだけのませりゃ、一晩で本復するんだよ。まさに誇大広告の最たるものだが、まあユーモア小説ですからね。
 出てくる商品も、明治チョコレートとかカルピスとかは、読んでいて面白くない。長瀬商会「花王パート」とか、玉置合名会社「スマイル」とか鈴木日本製薬「ベルツ丸」とか、「煙出し片脳油」とか、どんなものなんだろう、と想像しながら読むのが楽しい。この、企業タイアップ小説、雑誌に載るときは広告も同時掲載されたのだろうか。
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by mukashinoeiga | 2010-02-23 22:34 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「私たちの結婚」倍賞千恵子牧紀子三上真一郎東野英治郎沢村貞子

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。62年、松竹大船。
e0178641_3581917.jpg 松山善三との共同脚本による、青春ドラマの、佳作。
 80年代以降、作る映画作る映画が全部、コクもキレもない凡庸な映画ばかりで、ひそかに凡匠と名づけている篠田が、こんなにキレのある映画を撮りうるとは、にわかに信じられない。
 最近、こればっかだな。
 終映後、駅に向かって歩き出したときに、時間を見た。18時12分。アレ、おかしいな。時計機能、狂ったかな、と。しばし考え、歩きながらフィルムセンターのスケジュール表を確認する。
 なんと。「私たちの結婚」66分。
 えー。
 たいへんヴォリュームのある映画で満足満足、と、ぼくの体内時計では平均的なプログラム・ピクチャアの上映時間90分前後を体感していのだ。それが66分とは。
 もちろん、退屈な映画で66分の映画が90分に感じられたわけではない。まったく逆だ。内容が充実しているので、いわばおなか満腹状態、でもメニューを確認してみれば、お子様サイズの小盛りだった、と、そんな感じ。やるなあ、篠田。
 いすゞ自動車の川崎工場が舞台。よどんで、くすんだ工場街。牧紀子はこぎれいな事務棟の経理部、その妹・倍賞千恵子は、工場の現場事務所のBG、ふたりがなんとなく気にしている三上真一郎は、エンジン担当の「職工」だ。現場の三上、事務棟の牧は、最初のなんとなくいやな出会いから敬遠しあうが、妹・倍賞を媒介に、仲良くなり、恋人同士といえる仲になる。しかし、結婚しても「職工」の給料では一生貧乏暮らしだ(こんな設定をオーケーしたいすゞも、すごいが、昔の企業は自社イメージ考えずに、映画撮影に協力していたので。まあ、映画の題材になることに、魅力を感じていたのでしょうが。鉄道会社は平気で自社路線で脱線事故が起きるロケを容認していたし)。そこに、むかし闇屋と馬鹿にしていた木村功が突然やってきて、今は羽振りの良いサラリーマン。牧紀子の心はぐらつく。
e0178641_358412.jpg 牧紀子が可愛らしい。いつ見ても、堅すぎ定型美人・愛想もコソもない感じが、この映画では大変かわいらしい。そして、注目すべきなのが倍賞千恵子。いつも、けなげで明るい下町娘の彼女の、ダークサイドがうかがわれるのは、山田洋次「霧の旗」以上かも。
 妹・倍賞千恵子ははしゃぐ。姉妹の両親は東野英治郎・沢村貞子。「あたしたち(姉妹は)親に似なくて良かったね」→「あたしたち、美人姉妹だから」。そして、最後には→「あたし、お姉ちゃんみたいに美人じゃないから」。とことん暗くなったときのダークサイドの表現が、倍賞千恵子、素晴らしい(笑)。
 居酒屋の女将・清川虹子も好アシスト。
 うーん、<初期>篠田正浩は、あなどれない。
 なお、終映後、時間の不思議に???状態のとき、近くを歩いていたご老人ふたりの会話。
「牧紀子を王さんは好きだったらしい。手紙も出したんだよ」
「エー、ホントかい」
「まあ、実らぬ憧れだったようだけどね」
「ああ、ファンの淡い恋、みたいなものか」
「いや、彼女が映画スタアになる前の話だよ」
「ホントかい」
 確かに、牧紀子、中華系美人だよね。しかし、王さんて。ホントかい。

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by mukashinoeiga | 2010-02-22 22:34 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「三味線とオートバイ」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。61年、松竹大船。
 川口松太郎の原作を映画化した、戦前からの松竹ホームドラマの伝統に連なる、佳作。
 80年代以降、作る映画作る映画が全部、コクもキレもない凡庸な映画ばかりで、ひそかに凡匠と名づけている篠田が、こんなにキレのある映画を撮りうるとは、にわかに信じられない。
 「わが恋の旅路」では、和田誠のタイトルデザインが、よく言えばミニマリズム風というか、ありていに言えば手抜き風で、あまりに単純簡素な記号的模様を画面にパラパラまぶしているだけだったのが、今回は真鍋博、簡易アニメと実写を交えた、楽しいタイトルデザインの冒頭から、わくわくさせる。
 大学生のボーイフレンド川津祐介の単車に相乗りする現代娘・桑野みゆきと、三味線が大事な商売道具、神楽坂の小唄の師匠・月丘夢路の母娘の物語(月丘は、前作「わが恋の旅路」でも、川津を若いツバメとする金持ちの奥様を好演)。
 みゆきが単車事故に巻き込まれて骨折、担ぎ込まれた横浜の病院の外科医・森雅之は、実は月丘と生き別れになった元恋人で、みゆきの生物学上の父だったのだ! 出ました、戦前からの松竹メロの王道、偶然知り合った人物は過去に必ず因縁がある。20年くらいの<タイムラグ>があるふたりは、実は親子、の可能性が高いだろうという。
 月丘はモリマと駆け落ちで妊娠、実家に連れ戻され、森雅之は戦争に行き、別れ別れに。娘を抱えたコブツキ月丘は、心優しい男と結婚、幸せに暮らした。娘のみゆきはこの男を心底父と信じている。その父も亡くなり、母は娘の事故の担当医としてモリマに運命の再会。ベタなくらい戦前松竹メロそのままやないかい。いや、モリマは外科医。
 松竹ヌーヴェルバーグの一人とも言われた篠田正浩、実はこういうベッタベタの松竹メロの佳作を撮っていたのだ。
 なお、モリマの勤務先の横浜の病院、日活好きなsongsf4s.exblog.jpが分析した日活映画に多用される病院の外観と一致しているかも。「わが恋の旅路」も舞台は横浜。松竹でも、モダンといえば日活風か。
 ぼうーとした、月丘がたたずむ。そのシーンで緊張感を与える、篠田の鋭さ。そして、家庭描写は、松竹の誰よりも小津風なところも感じさせる。古い皮袋に新しい酒を盛る、篠田の俊英ぶり。好ましい。
●追記●確認してみたら、美術は小津安常連の浜辰だ。この美術、小津映画以外でもっとも小津美術に近いと見た。浜辰なりの小津追悼か。「わが恋の旅路」でヒロインの象徴として語られるのみの、緑色の服、本作でもヒロインは緑色の服が印象的。この時期の大島渚映画で印象的な富永ユキ、バイク仲間として登場、は、わかったが、菅原文太、田中晋二もクレジット、こちらも多分バイク仲間か。顔もアップにならず、全然の見落とし。なお、本作はかつて名画座で見ているのを承知で見に行った再見作。そのときはぼろぼろの松竹貸与プリント、感銘はイマイチ。今回のきれいなプリントでその真価を知る。やっぱ、きれいなプリントはいいなあ。桑野みゆき、川津祐介、月丘夢路、森雅之の、全ての好演を引き出した篠田演出は、ハイレヴェル。けっして、この時期の彼は凡匠では、なかった!
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by mukashinoeiga | 2010-02-21 22:58 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「わが恋の旅路」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。61年、松竹大船。
 曽野綾子の原作を、篠田と寺山修司が脚本化した、恋愛サスペンスの佳作。
 80年代以降、作る映画作る映画が全部、コクもキレもない凡庸な映画ばかりで、ひそかに凡匠と名づけている篠田が、こんなにキレのある映画を撮りうるとは、にわかに信じられない。
 タイトルの古色蒼然さも信じられないし、ヒロインが交通事故から、記憶喪失になるという手垢のついた物語も信じられないし、寺山がかかわってこんなオーソドックスなメロドラマというのも信じられないが、しかし、なおかつ、映画はすばらしい。
 フィルムセンターのチラシ解説によると、「松竹のメロドラマ路線復活を受けて」作られたというが、まさにずぶずぶのメロドラマ。ヒロイン岩下志麻がぼくが見た中で、最高にかわいい。そのヒロインの父が三井弘次で、仕事に行こうとすると決まって「おなかが痛く」なり競輪通いの駄目父。ついには娘が借り傘してきた傘まで質に入れる始末。てか、傘も質草になるなんて、時代を感じさせるなあ。この父が娘との交際を川津に断念させる理由が素晴らしい! 「(貧乏なあんたと結婚すれば)娘は生きていけるが、あたしは食っていけない!」ナイスだよ三井弘次。
 その後、岩下は雨の中堂々と濡れて映画館に「逢う時はいつも他人」を見に行く。途中で会った川津祐介に、「あたし、雨に濡れるのが好きなの」。川津は「じゃあ、送って行くよ。俺もカサないけど」。映画館の前で別れるふたり。「俺も付き合って見てもいいぜ」「いいわよ」「いつもひとりで映画を見るのかい」「ええ。言えば一緒に行ってくれる人はいるけど、一緒に見たくないの、その人とは」。川津祐介もいいんだよなあ。
 貧乏な彼女やその父に小遣いをくれる、その謎のパトロン、とは誰か。何者か。これが、映画の第二のサスペンス、いや、だから第一のサスペンスもあるんだけど、そこまでは教えない(笑)。まあ、この時期の松竹映画で、お金持ちのボンボンで、金やって自分に気のない貧乏娘を落とそうなんてヤローはひとりしかいないんだけどね(笑)。
 そして、交通事故のせいで記憶喪失になったヒロインは、かつての恋人川津祐介も思い出さない。何とか思い出したのが、<結婚した理想の夫>らしき人物。つまり、あまりに不幸な人生ゆえに、川津と理想的結婚をしたという現実逃避的妄想が産んだ架空の人物。愛し合っていた<現実の川津>は、思い出せないゆえ、<妄想の川津>を愛するあまり<現実の川津>を拒否するのだ! この、宙吊りの恋愛が第三のサスペンスを産む。以後ふたりの「逢う時はいつも他人」状態はいつ解消されるのかされないのか。

 とてもかわいい岩下志麻だが、こんなの初めて見た、時おりこめかみ付近に青筋?が立つ。別に怒っているシーンでもないのに。肌から血管が透けているのだろうが、ちょうど青筋立ちのように見える。何か不自然に髪でおおって隠したりする。やっぱり、かわいくても、怖そうな志麻姐さんなのでありました。
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by mukashinoeiga | 2010-02-21 22:56 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

島耕二「処女受胎」

 阿佐ヶ谷にて。「昭和の銀幕に輝くヒロイン51・若尾文子」モーニング特集。66年・大映東京。
 創作に行き詰った人気女流画家若尾文子が、そうだ、子供を産めば、このスランプから脱出できるはずだ(!)という奇妙な論理から出産を熱望する。かといって、夫に束縛される結婚はしたくない。そんなことをしたら、画業に差し支える。だったら、テキトーなオトコとテキトーに関係すればいいものを、いや、この際人工授精しかない、と嫌がる若山弦蔵医師の元に日参して、説得する。若山医師(口ひげのせいもあり、藤岡琢也そっくりの丸顔)は人工授精は有夫の既婚女性に限ると、最初のうち抵抗しているのだが、度重なる若尾の懇願に負けてしまう。
 その若尾が処女では、ないのにこのタイトル。現に流行作家・藤村有弘、画商の息子・山下洵一郎、美術雑誌編集者・片山明彦と、やりまくっているのである。若尾が人工授精の着床というんですか、それに成功すると、三人の男がそろって、「エ? オレの子かい?」と、聞くのね。でも、若尾は「あたしだけの子」がほしいから、人工授精。それ、単なる独占欲というか、マイ・チャイルドがほしいだけだろ。しかも、創作のための精力剤?として。
 これに精子提供者にして、若尾を崇拝するあまり、ひょんなことから若尾の絵のモデルになる医学部学生・伊藤孝雄、彼に恋する年上看護婦・中原早苗などが絡みに絡む、いかにも大映映画な<ゆるい大人の事情>もの。
 うーん、イマイチな出来だねー。大体、シーンごとに主演女優のファッションが全部違う、若尾ファッション・ショー。妖艶な若尾の着替えショーで、映画の出来云々は、吹っ飛んでいる。まあ誰もかも(監督もスタッフも)色っぽい若尾が撮れれば、それで良しとしている、そういう映画。でも、そんな映画で、いくら若尾が色っぽくても、心?には響かない。
 結局若尾の妊娠は、本来対面出来ないはずの精子提供者・伊藤と、激しい生セックスをしたおかげで、流産。なんじゃい、それ。映画の出来も、流産レヴェルで。
 なお、若尾のばあや役で、御年召された吉川満子が、顔を出す。若い頃からおばさん役の彼女の、おばあさん姿が、ちょと、うれしい。
●追記●書きもらしたが、山下洵一郎はともかくとして、愛人役に、藤村有弘、片山明彦というのが、あまり見慣れていないので、珍。こんな地味な配役は大映ならでは。まあ、結局若尾の振られ要員なわけですが。
 片山は確か監督の実の息子?  記憶があいまいだけど。藤村は、怪しげな外国語も使わなく、きわめて真面目に、ふつうのオトコの役。若尾だけでなく、他の若い女にも手を出す。まあ当時のことだから、雰囲気だけの描写で、実際に触りもしないのだけど。ベジタリアンの某女優が、エバラ焼肉のたれのCMシリーズに出ていたようなものか。
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by mukashinoeiga | 2010-02-18 05:17 | 島耕二と行くメロドラ航路 | Trackback | Comments(0)

丸山誠治「憎いもの」

 阿佐ヶ谷にて。「百万人の作家 石坂洋次郎の映画アルバム」特集。57年・東宝。
 前記「青い芽」のオマケとして、再見した61分の中篇。今は亡き浅草東宝のオールナイトで、「睡眼」モーローとしてみたので、特に藤原釜足がコトに及んでからは、まったく記憶になかった。何、眠くなくても同じだろ、って。
 てっきり、コトを犯して、ガガーン、と終わりという印象だったので、事後の解説/収束篇が長い長い。こういう小粒な映画は、思い切り短くしないと、すぐ蛇足が長いと思われてしまうな。東京でBGの娘(かなり演技が下手な安西郷子)の仕送りをためて、田舎から東京蔵前問屋街に仕入れに来た雑貨商・釜足が、娘の真の姿に遭遇して、衝撃を受ける。まあ、なんとなく<意外な展開>の予想がつく凡庸な仕上がり、って、それは前に見てるからだろ、と見ながらひとり突っ込み。
 よくある人間悲劇のシーンに、いちいち伊福部昭の、ゴジラばりの物々しい音楽。釜足がショックを受けるたびに、ががーン、ががーんと。
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by mukashinoeiga | 2010-02-17 23:44 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)