カテゴリ:篠田心中岩の下志麻( 17 )

スコセッシ「沈黙」に大期待

 マーティン・スコセッシ「沈黙」の公開を控え、篠田正浩「沈黙」(感想駄文済み)への検索アクセスが、当ブログでも増えています。
 当ブログでも、篠田作品との比較という意味で、興味大で。

映画『沈黙-サイレンス-』本予告

映画『沈黙-サイレンス-』アメリカ版予告編

映画『沈黙-サイレンス-』特別映像

2017-01-17 構想から28年「沈黙」を映画化 巨匠スコセッシ監督×浅野忠信

2017-01-18 映画「沈黙」ジャパンプレミア 窪塚洋介 スコセッシ監督に感謝

2017-01-13 映画「沈黙」アカデミー賞に期待 イッセー尾形(64)に称賛の声 窪塚洋介 浅野忠信

窪塚洋介、英語でのあいさつで会場沸かす 浅野忠信&イッセー尾形と会見 映画「沈黙-サイレンス-」会見1

 英語では、本当にタイトル通り、あいさつ程度で、あとは日本語で通す、うーん国際俳優の道は遠しか。

こころの時代 「母なる神への旅~遠藤周作“沈黙”から50年~」  ※著作権音楽削除済


e0178641_0221844.jpg★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。

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by mukashinoeiga | 2017-01-23 00:22 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「夕陽に赤い俺の顔」

 京橋にて。「特集・逝ける映画人を偲んで 2013-2014」特集。撮影・小杉正雄の追悼による上映。
 ひどい(笑)。ひどすぎる(笑)。
 最初の1分で駄作を確信し、それは揺らぐことなく、終始一貫駄作ぶりを維持し、最後まで続く。
 一瞬たりとも、輝くシーン、輝くセリフも、ない。
 いくら生涯駄作率9割強の篠田映画とはいえ、これは篠田映画史上最凶の駄作振りではないか(笑)。
 脚本寺山としても、これは黒歴史というべき、汚点だろう(笑)。ちっとも面白くもセンスもないんだもの。

e0178641_23192327.jpg夕陽に赤い俺の顔(82分, 35mm, カラー) <フィルムセンターHPより>
1961 (松竹大船) (撮)小杉正雄 (監)篠田正浩 (脚)寺山修司 (美)梅田千代夫 (音)山本直純 (出)炎加代子、岩下志麻、川津祐介、渡辺文雄、小坂一也、三井弘次、諸角啓二郎、内田良平、水島弘、平尾昌章、菅井一郎、柏木優子、神山繁、西村晃
建設業界の黒幕が、自らの不正の秘密を握る女性記者を襲うため8人の殺し屋を雇うが、そこへ1人のガンマニアの青年が現れる。篠田正浩=寺山修司のコンビによるパロディ精神にあふれたアクション・コメディ。1940年に松竹大船に入社した小杉正雄は、篠田の松竹時代の作品をすべて手がけ、本作では篠田自ら「日本映画のポップアートのはしり」と呼ぶ画面を実現した。

 ポスターもイモだねー(笑)。
 実際の川津は映画では、もっとカッコイイのだが、まるでダサい。
 おそらく、本作の発想の原点は、先輩同僚助監督・鈴木清順らが日活に行き、その日活アクションの活躍ぶりを見て、いや、もちろんインテリ篠田としては、監督になったからには、いろいろ映画をお勉強しただろう。
 古臭いメロドラマを引きずる松竹も、日活みたいに、若者に受けねばいかん、と日活アクション風を、目指したのだろうが。
 そもそもタイトルからクルットル(笑)。
 日活無国籍アクションのパロディを目指し、「夕陽に赤い」まではともかく、「俺の顔」って、なんだ、「俺の顔」って(笑)。
 「無意識過剰」の日活アクションを、インテリ篠田がパロディ化、しかし「夕陽に赤い俺の顔」とは、三等インテリの自意識過剰が露呈してませんかい、えー篠田のダンナ(笑)。
 つまり当時は、そのかっこよさが、アンちゃんたちに受けていた日活無国籍アクションを、パロディ化するとしたら、ダサい映画にしなければなるまい、なんてフクザツなことはもちろん考えていなかっただろうから、日活風を松竹が真似っ子したから、ダサくなった、清順風を篠田がカーボンコピー(死語なのに、いまだにロートルの政治記事に出てくるのは、解せない)したから、ダサくなった、ということかな。
 殺し屋は、人を殺していればいいのであって、延々殺しの美学?を語り続ける、その非アクション性、三等インテリの語るに落ちるダサさは、まるで翌年作大島渚「天草四郎時貞」(感想駄文済み)の一年前のパロディみたいだ。松竹ヌーベルバーグの、非映画性も、ここにきわまれりか。清順フォロワー第一号?のダメさ、というところかしらん。
 ただまあ、センスのよい無駄話であるならば、タランティーノに、受け継がれて入るのだけれども。

 俳優はみんないいのに、映画はダメダメ。美術もそこそここいいのに、映画はダメダメ。
 殺し屋では、三井弘次、古典的殺し屋衣装・諸角啓二郎、ドクター水島弘、センチ平尾昌章がグッド。女優も炎加代子、岩下志麻、ダンサー兼殺し屋兼西村晃愛人の柏木優子、みんないい。でも柏木優子、西村晃の口や胸にキスなんて、うーん(笑)。
 諸角啓二郎の出ずっぱりなんて、のも、珍しい。
 個人的には、殺し屋コーディネーター神山繁の、ニヤケ顔が生理的レヴェルで不快で不快で仕方なかったのだが、意味不明にも殺されて、以後登場せず。本作の数少ない美点で(笑)。
 唯一笑ったのは、女殺し屋がナギサという役名で、「どうした、ナギサ」「がんばれ、ナギサ」「裏切ったな、ナギサ」と罵倒されるところか。ちなみに演じた炎加代子は、大島渚映画にも、出ている。
 こういう日本映画が誇る(笑)ダメ監督が、のちに大学教授になって、学生に映画を教えるなんてえのも、信じられないが、まあ現役選手時代には芽が出なかったものが、指導者になって、勝利監督になるというのも、スポーツ界では、ありがちか。

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by mukashinoeiga | 2015-08-05 23:20 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(2)

篠田心中岩の下志麻

 「心中天網島(しんじゅうてんのあみしま)」などで知られる、篠田正浩監督作品を、フィルムセンターで、ある程度まとめて見たので、過去ログをまとめてみました。
 篠田作品は、協同する女優・岩下志麻の存在が欠かせなく、というか、むしろ、岩下志麻がいなければ、夫婦でなければ、毎度毎度、凡庸でつまらない映画を撮り続ける篠田が、映画をこれほど撮りえたとは思えません。
 しかし、岩下志麻と篠田正浩の資質は、まるで水と油、俗に言えば、肉食系女優が、草食系監督の映画に、出続けた、という不幸。そういう意味で、心中という言葉を、タイトルに含みました。
 ただし、篠田正浩は、ジャーナリスティックなセンス、プロデューサーとしての嗅覚は、わりと抜群だったりするので、なかなか、マスコミ受けする企画を立てられるのですね。結果としてつまらないにしても、マスコミをにぎわせて、ヒットさせてしまう。そこら辺は、やはり監督としてはぐだぐだながら、企画だけはよい、林海象、ジョージ・ルーカスと共通するものがあり。こういう人たちは、監督業はさっさとあきらめて、プロデュースに徹すれば、かなり快作を乱打できるはずなんだよねえ。残念。
 詳しくは、各作品の感想をごらんいただくとして、面白い篠田映画は、初期作品の数作に、限る。
 というわけで、佳作は、ここでは、下のほうに書いてある初期作に集中しております。

1「美しさと哀しみと」

2「涙を、獅子のたて髪に」

3「卑弥呼」

4「桜の森の満開の下」

5「化石の森」

6「暗殺」

7「あかね雲」

8「沈黙」

9「心中天網島」

10「処刑の島」

11「異聞猿飛佐助」

12「私たちの結婚」

13「三味線とオートバイ」

14「わが恋の旅路」


 なお、1980年代以降の諸作に、関しては、リアルタイムで見ていますが、再見する気も起こらないぐだぐだの映画ばかり。よって、おそらく、もう二度と見ないと思いますので、割斉させていただきます。



●近日公開予定●
川島あり川島雄三映画の正体
おゲイさん乾杯木下恵介映画の正体
愛と清順の駄目出し鈴木清順映画の正体
彼と彼女と取りマキ~ノたちマキノ雅弘映画の正体
大魔剣三隅研次映画の正体
危険な英夫鈴木英夫映画の正体
ますますムラムラのまんぢ増村保造映画の正体
妄想の器橋本忍映画の正体
Vシネの花道90年代最強伝説三池崇史映画の正体
しぃみず学園清水宏映画の正体
溝口賛歌(けんじぃ)溝口健二映画の正体


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by mukashinoeiga | 2010-06-05 22:59 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(4)

篠田正浩「美しさと哀しみと」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。65年、松竹大船。
 「涙を、獅子のたて髪に」の、次の上映だったので、ついで見。というのも、過去に見ているのだが、そのときも、なんだかぼんやりした映画だなあ、と思ったもので。今回改めて見て、やはり凡匠・篠田正浩の数ある凡作のひとつであることを再確認。
 確かに八千草薫と加賀まりこのダブルヒロインは美しい。彼女たちの和服も美しい。
 だから、この映画には確実に「美しさ」はある。しかし「哀しみ」は、どこをどう振っても、ない。
 美しい女流画家・八千草薫と、その内弟子・加賀まりこは、同性愛の関係にある。
 八千草の役名は「音子(おとこ)」。何かのギャグか。
 八千草は、16歳の女学生のとき、妻子ある山村總の子を成し、しかしその赤ん坊が生まれてすぐ死んでしまったので、自殺を図った。未遂だったが、精神的にもその後遺症は残り、画家になっても画材は、嬰児ばかりという。
 で、たまたま山村總は小説家だったので、このてんまつを「十六七の娘」として小説化。多分この小説を読んでか、美しい八千草お姉さまの過去に憤った加賀まりこは、復讐を誓う。
 で、この復讐が、ヘン。山村に近づき、ホテルで寝る。そのあと山村の一人息子・山本圭をも誘惑。レズビアンが男の親子丼をして、家庭を破壊しようとするのだが、それがどう復讐なのか。しかも自分の肉体を<大嫌いな男>に提供してまで。完全に男の発想でげしょう。
 父・山村が胸をまさぐると、「左はだめっ!」と加賀。
 息子・山本が胸をまさぐっても、「右はだめっ!」
 山村は「左はダメって、左は音子のものなのかっ!」って、笑うところ? 八千草専用乳房。
 うぶな山本は、なぜ右がダメなのか、聞けもしないが。右は父・山村専用の乳なのか。
 加賀まりこ、こだわりの女。
 単に、ツンデレ女が好きな篠田の、<ベッドで命令する女>好みなのか?
 「十六七の娘」として小説化した山村。その清書を、元和文タイピストだった妻・渡辺美佐子にしてもらう。最近、例のガチャガチャと活字をタイプする機械を良く見るなあ。自分の夫と小娘の情事のてんまつをガチャンガチャンと清書する渡辺美佐子。当然、頭おかしくなりますわなあ、渡辺美佐子なんだから。
 妻「あなた、音子さんのことばかり、よく書いてるわ」
 夫「小説のヒロインなんだからね。美化してるさ」
 妻「音子さんのことを良く書くのはいいの。いやなのは、妻である私がほとんど出てこないことよ」
 
 なんか、全部の話が破綻しているなあ。いや、人間関係の破綻を描く前に、ね。

 日本史専攻の学生・山本圭は、父に、最近皇女和宮の墓が発掘調査されたと話題を振る。
 父「和宮といえば、高々百年ほど前の人だろう。古墳の発掘とは違うんじゃないか」
 確かに、千年のときを閲した古墳の調査とは、違う。生々しさゆえに、発掘というよりは、盗掘という感覚に近いだろう。皇女ではあるが、徳川家に降嫁した和宮の墓だから、発掘できるのだろう。孝明天皇ならできるのか、という問題だ。
 そして、白骨化した和宮がガラス版とともにあったという。もちろん当時の写真版で、うっすらと烏帽子姿の男が映っていたという。
 山村・山本・渡辺の親子は、その写真の男は、将軍家光の夫だったのか、別の意中の男だったのか、静かに話し合う。
 百年前の墓を<暴いて>その女性の白骨と、その想いまでのぞき見る。その、生々しさこそ、この映画の話の比喩とも思える。
 しかし、篠田に、その生々しさを描ききる才能はなく。表層をなめらかに滑降する風俗作家としての力もなく。
 そして、美人ではあるが、これほどまでエロスから程遠い女優・八千草と、復讐なんて骨太な発想がこんりんざい似合わない加賀と、色悪なんてまったく似合わない山村の、何の化学変化も期待できない組み合わせ。元祖草食系・山本圭のダメさ加減だけが、唯一のノン・ミスキャスト。
 結論。渡辺美佐子出演映画に傑作なし、は、裕木奈江、じゃない、ゆるぎなし。
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by mukashinoeiga | 2010-03-21 08:04 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(2)

篠田正浩「涙を、獅子のたて髪に」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。62年、松竹大船。
 藤木孝という、当時の人気ロカビリー歌手を主演にした青春映画。歌は、かなりうまい。演技も、良い。それなりの逸材で、やんちゃな不良ではあるが、甘さがあり、悲しげに上目遣い、なんて、いわゆるジェームズ・ディーン・タイプ。彼が、戦災孤児という境遇から、企業やくざの南原宏治に拾われ、その悪の使いっぱしりになるしかなかった、悲しみを歌う映画。
 共同脚本に寺山修司。主人公が、女の子に、俺の話は全部作り話なんだぜ、と嘯くところが、いかにも、らしい。
 もっとも、彼がほぼ初対面の加賀まりこに言う、
「女の子と空き瓶は似ている。
 空き瓶は、中身を入れてから、ふたをする。
 女の子は、ふたをしてから、中身を入れる」。
 なんだ、下ネタじゃね。初対面の子にいう話じゃないよね。加賀まりこはぴんと来ないが、これも加賀まりこらしくもないな。とはいっても、本作が映画デヴューらしい加賀まりこも、なかなかうまい。かわいい。最初から中身が入ってるね。
 清純娘の加賀と対比的に出てくるのが、有閑マダム・岸田今日子。インポテンツらしい年上夫・山村總の妻だが、その部下である南原、さらにその手下である藤木とも寝る、淫乱マダム。
 岸田今日子という女優は不思議な女優で、性的でもないシーンで絶妙なお色気を発揮するのに、いざそれらしいシーンになると、まるで不感症のような冷淡さになる。本作も同様。ふつうの会話では、天然なのか人工甘味料なのかちょっと判断がつかないお色気エロキューションで男をその気にさせて、いざベッドでは完全に、冷凍マグロ。やらずぶったくりとは、このことか。ちがうか。
 もっとも、篠田映画的には、デレ抜きツンデレの岸田今日子は、究極のデレ抜きツンデレ女優・岩下志麻の祖形であるのか。ただし、不思議ちゃんな岸田今日子と、岩下の怖さはまったくの別物で。
 多分、清純加賀と、倦怠岸田と、主人公の三角関係メロドラマだったら、篠田映画的にもそれなりの小品佳作になったと思うが、いかんせん藤木が知らずに加賀の父・永田靖を殺す羽目になる。そんな、大それた(つまり、篠田にとって)<問題作>は、やはり、篠田の手に、余る。篠田、とことん、<小銭の人>やな。
 なお本作クレジットの<止め>は、<丹波哲郎(特別出演)>。これが出てきて30秒で、ハケてしまう! バーでデートの岸田と藤木、フト酔いから目覚めた丹波が「いよー、久しぶり、信子さん、オレだよ俺」。でも礼子(岸田)は、「あたし信子じゃないわ。あなた誰?」。デートの藤木と岸田のフンイキを読んだ、一夜のみの火遊びの丹波、空気を呼んですばやく退散。この呼吸はいいなあ。
 まるで「君も出世が出来る」の植木等みたい。東宝サラリーマン喜劇などのお気楽喜劇の丹波も見てみたいと、思わせるものがある。
 音楽は出色。藤木の歌もいいが、加賀に片思いの早川保や、老人が別々に歌う、吉原の娼婦の歌など、使い方のセンスもいい。ただ、篠田映画的には、佳作抜きの小品佳作、というべきか。
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by mukashinoeiga | 2010-03-19 21:39 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「卑弥呼」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。74年、表現社=ATG。
 卑弥呼はもちろん岩下志麻。この篠田特集、いつもいつも必ず岩下志麻。監督とスタア女優が夫婦、なのだが、この選択肢は良かったのか悪かったのか。もちろん、スタア女優の出演を確保することによって、篠田は映画を撮れる確率が格段に上がったことと思う。
 しかし、篠田の本来の資質は、なんの野心もない、小さな規模のプログラム・ピクチャアで、慎ましやかなサスペンスを静かに奏でることによってその美質が発揮される、ことにあると思うのだが、日本映画史上最強のツンデレ女優(時にはデレ抜き)岩下志麻という、たいへん強度の強い(強の字を二度使いましたよ)女優をフィーチャーすることは、その慎ましやかな資質とは正反対なのではないだろうか。
 一方の岩下志麻も、たとえば増村などとのコラボが最強の相性だと思う。今はやりの言葉でいえば、肉食系女優が、草食系監督の映画に出続けることの、バッド・タイミング。岩下志麻本来の美質である、ある種の強度を最高に発揮する機会を、篠田の映画を優先することによって、延々と阻害されていたのではないか。
 たとえば「卑弥呼」。最強女優を想定して、<強い女>を主演にした映画を考えると、古代社会の巫女的女王の物語にたどり着く、のは、わかるのだが、それはあまりにも篠田の資質とかけ離れたものだろう。篠田は、繰り返すが、せいぜい半径十メートル程度の範囲の中の、サスペンスを得意とする映画作家なのだ。国家の行方を左右する<王家の娘>など、てんから描けるタマではないのだ。いや、これは篠田を蔑視しているのではない。資質の問題なのだ。

 で、「卑弥呼」。まあ、相変わらず、ダイナミックに描くところが、ダイナミックではない。戦闘場面など、せいぜい幼稚園の運動会レヴェル。笑えるといえば笑えるが。しかし、その笑いは、もちろんうそ寒いもので。
 きわめて簡素化、抽象化された、邪馬台国の宮殿、絶対リアルじゃない極度に抽象化された美術セットが、まあ、お話にならないくらい、センスがない。たとえば、抽象化セットの極北、キムタケ美術に比べれば、まるで幼稚園以下の、お子様ランチ。これじゃあ、幼稚園にも入学できないレヴェルの美術(粟津潔)だろ。
 キムタケといえば。岩下卑弥呼が失脚した後。小さな女の子が、<神のお告げを伝える巫女的王女>を、演じるのが「ピストルオペラ」っぽい。篠田、清順のダメ版か。
 なお、岩下志麻のいとこらしい、河原崎長一郎、河原崎健三が、岩下の兄役で登場する。鼻の感じが似ているよね。
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by mukashinoeiga | 2010-03-13 23:38 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「桜の森の満開の下」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。75年、芸苑社。
 「羅生門」の三船みたいな若山富三郎が、人里離れた山路で夫婦者を襲う。女(もちろん、当然、岩下志麻)のあまりの美しさに、その夫を斬り殺し、「オレの女房になれ」と、女をかっさらう。女は女で、目をきらりと光らせ、こんな山道歩けやしないよ、おぶっておくれよ、と早速高ビー。
 若富のアジトに着くと、小汚い女たちがわらわら十人ばかり出てくる。
「こいつらはなんなんだい?」
「・・・・みんな、俺の女房だ」
「おーや、みんな汚いなりだねえ。こんなのが、お前の女房なのかい」
「えへへ、お前みたいなきれいな女がこの世にいるとは思わなかったからなー」
「えーい、見苦しい。こんなのがいたら、あたしはあんたの女房には、ならないわよ。みんな殺しておしまいっ」
と、言うわけで、岩下志麻の美貌にトチ狂った若富、逃げる女たちを虐殺しまくる。最後に残った、足の悪い伊佐山ひろ子をも、たたっ斬ろうとすると、
「みんな殺しちまったら、あたしの世話をする下女がいなくなるじゃないか」

 すばらしい。最強ツンデレ美女・岩下志麻。ホントにきれい。毒々しくも、まがまがしくも、色っぽい。
 以後、「オレは強い男」と自称する若富も、美女志麻の男奴隷と化す。これを監督するのが、言わずもがなの、岩下の夫・篠田正浩。こんなプレイ、観客は金出して見るのよ。志麻と念願かなってセックスする若富、もだえる志麻、その悶える志麻の顔に、まさに芽から花が開花する桜の超高速度撮影がインサートされる。
 いや、志麻、美しいよ。確かに。でも、夫婦で、これ見せ付けるの、何。興奮するのか、篠田。いや、あくまで、これはお芸術だから、冷静にお芸術しているつもりなのか。
 その是非は問わない。
 いや、頭の隅に、ちらりと。
 ますますムラムラな増村と、若尾だったら、紛れもなく、熱気をはらんだ傑作になっていただろう、と。
 あるいは、みすみす三隅と、若尾なら、傑作コメディになっていただろうと。
 いや、岩下は悪くない。増村と岩下、三隅と岩下のコンビ作なら、どんな値を払っても、見てみたい。本格的に、全盛期の大映映画に出演しなかった/出来なかった岩下志麻を、つくづく、惜しいと思う。
 ああ、この映画、監督が篠田でなかったら。

 タイトル「桜の森の満開の志麻」もとい、「桜の森の満開の下」といいながら、桜は3・4分ほど、葉桜が見える。満開じゃないじゃん。満開の桜を撮らなきゃダメじゃん。この時点で、桜映画としてアウト。もちろん葉桜には葉桜の良さはあるのだが、満開の桜の狂気は、これでは、表現できまへん。かつて、映画の公開中、改めて当の映画の桜ショットの追加撮影に行った鈴木清順の馬鹿さ加減(笑)を聞くものとしては、士道不覚悟、ならぬ篠田不覚悟。
 後半、都びとの首を若富に斬らせに斬らせ、その首たちでおままごとプレイの岩下、その首がもろに作り物で、しらけさせるのだが、この辺のセンスのなさが致命的。
 監督が篠田でさえなければ。より良い映画作家は、十人は下るまい。これがホントの志麻憶測か。無念。
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by mukashinoeiga | 2010-03-13 01:34 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「化石の森」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。73年、東京映画。
 わっ、これはなかなかの小品佳作ではないですか。
 篠田全作品を見ていないので、推定ですが、およそ篠田映画に傑作というのは存在しない、多分。だから、小品佳作というのは、篠田映画にあっては、最高のほめ言葉。
 なんせ、今日一日京橋で篠田漬け。一本目も二本目も、ひどかった(笑)。三本目で、やっと(笑)。
 大学病院インターン・萩原健一のちんけな犯罪と、女たちとの右往左往を、青春+サスペンスで描いて、まったく次の展開が読めない、この緊張感(原作石原慎太郎、脚本山田信夫)。
 篠田が、初期を除いて、中期後期で好んで取り上げた時代劇、大作、大問題を扱った問題作は、ほとんど死屍累々。いや、全作見ていないので、あくまで推定含むのですが。ほとんどプログラム・ピクチャア・レヴェルの、なんの野心もない、本作のような小品のみが、素晴らしい。
 篠田、野心、持っちゃいけない人なんだけど。持っちゃうんだよねえ、大作志向、問題作志向。
 ショーケン、その青春の苦悩の素晴らしき具現化。偶然再会した中学時代の幼なじみ(二宮さよ子)を抑圧虐待する田中明夫の殺害計画。この、二宮さよ子がどんどんショーケンの生活に入り込んでくる。とうとう共犯から押しかけ女房状態へ。ウザい。ウザすぎる。ショーケンの苦悩が深まるばかり。さらに、七年前のある出来事から絶縁状態の老母・杉村春子も、「やっぱりお前と住みたいのよ。母さん、寂しいのよ」と、これまた押しかけお袋状態。
 これに、指導教授・浜田寅彦の医師としての不誠実さ(現在なら充分医療過誤と呼べるレヴェル)の犠牲となった少年の母親(八木昌子がグッド)と、そのアル中夫・日下武史が、絡みに絡み、まったく先の展開が読めないサスペンス。二宮も八木もバンバン脱ぎまくるのが、さすが70年代の女優は覚悟が違う。いまどきの女優にも、見習って欲しいのだが(笑)。
 篠田映画のミューズ(笑)岩下志麻が<嫁いで疎遠になった姉>として、ワン・シークエンスしか出ないのも、素晴らしい。同じワン・シークエンスといえば、浦安教会なる新興宗教の、黒尽くめの和風?牧師(衣装は西洋牧師風だが、頭はちゃんと本当に丸めている)岸田森も素晴らしい。「私もかつては医師だった。君の体に滲んだホルマリンの匂い、君も医師だね」と、宗教家なのに、まるでメフィストフェレスのように、<宗教の魔窟>たる教会に誘い込む、岸田の素晴らしさ。冗談抜きに岸田のベスト・悪徒アクトではないか。とにかく、役者はみんないいよね。あんなこともこんなこともする杉村春子が、一番下手に見えるくらいだ(笑)。
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by mukashinoeiga | 2010-03-12 00:29 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「暗殺」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。64年、松竹京都。
 多分読んだはずだが、まったく印象にない短編、司馬遼太郎「奇妙なり八郎」の映画化。
 清川八郎という、①バリバリの尊王倒幕派が、②佐幕派となり、幕府の意を体した浪士隊を率いて京に上り、今度は実は偽装佐幕派でした、と③勅状をおし抱く尊王討幕派に再変化する、という<幕末変節漢>というか、陰謀の人を描く。
 のだが。
 実は意外と直情の人、丹波哲郎がまずミス・キャスト。転向といっていいのか、変節といっていいのか、それともはなから偽装して、真の目的を達成する人なのか、とにかくそんな複雑なキャラを演じきれるほど、心がヤワ?じゃないのが丹波哲郎。悪なら悪一本やり、善なら善一本やり、の剛直さというか、不器用さというか、それが丹哲の真価で。
 篠田自身も、この逆転の変節というか、裏切りの転変というか、を描けるタマではなく。そして、おそらく司馬原作が印象に残らないのも、司馬遼自身、こういう、秋山兄弟とも坂本竜馬とも真逆な、<転向者>が資質に合わないからと思われる。裏切る人、裏切られる人の、それぞれがまったく心に残らない。
 ドラマチックな話なのに、退屈感ばかりが残るのはなぜ。
 屈折した物語を描くには、原作者、監督、主演者とも、ミスキャスト。うーむ。
 なお、監督篠田、ヒロイン女優岩下志麻で、岩下が官憲の拷問に悶絶するシーン。本作、「沈黙」で印象に残る。プレイか。あと、本作や「あかね雲」「沈黙」でのセックスシーンは、必ず岩下の表情のアップで。しかも、<入れられた瞬間>で、必ず岩下の苦悶する顔のストップ・モーションて。う~む。
 ハメ撮り感覚か(笑)。
 でも、まあ、篠田・岩下のコラボは、いつも全然セクシーじゃないんだよね。
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by mukashinoeiga | 2010-03-11 01:45 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)

篠田正浩「あかね雲」

 京橋にて。「映画監督 篠田正浩」特集。67年、表現社(配給松竹=冒頭松竹マーク)。
 水上勉原作の、越前輪島とか能登とか金沢とかの北陸モノ。貧しいがゆえに、身を落とす女。時には女衒の真似事をしつつ、警察や憲兵に追われる男。
 岩下志麻の<女のメロドラマ>と、山崎勉の<男のサスペンス社会派>が、交差したのか、すれ違ったのか。あまりに<水準的な凡庸さ>であるために、挨拶に困る作品。
 岩下志麻はいまだ可憐で、いつもたいていどこがいいのかわからない山崎努がなかなか精悍で、好演。岩下を妹のように可愛がる芸者・小川真由美も、珍しく演技を抑えていて、好感が。って、演技を多少抑えたくらいで、好感度アップの小川真由美、ドンだけ普段はくさい芝居ばっかりなんだか(笑)。といいつつ、押さえても、ふつうの女優俳優だったら、充分くさいレヴェルなのが、さすが小川真由美。
 しょうもないのは映画のほう。戦時中の北陸の話だし、独立プロの制作費圧縮のためか、映画は白黒。しかし、肝心の、夕焼けに染められたあかね雲は、白黒では表現不能。ということで、主役の男女が何回も何回も見上げるあかね雲のシーンだけ、パート・カラー。ふつう、白黒映画にインサートされるパート・カラーは、特に意図的に挿入されるため(特に「私が・棄てた・女」とかの、鮮やかなインサートは、まさにパッと明るくなる、パット・カラーだった!)、映画作家は工夫に工夫を重ねるもので。しかしこの映画のパート・カラーは、まさしく、あかね雲だから、と、なんの工夫もなくパート・カラー。篠田、あまりに芸がない。曲が、ない。
 もっともこの頃は、芸がないといっても、まだいいほうで、80年代以降の「瀬戸内少年野球団」「鑓の権三」「舞姫」「少年時代」「写楽」「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」「梟の城」「スパイ・ゾルゲ」の、死屍累々たるや。
 憲兵・佐藤慶(いつもながら、冷徹な小役人がグッド)とともに、山崎・岩下らを追い詰める刑事に、岩下実父の野々村潔。娘に似合わずね気の弱そうな顔。所轄の人情派刑事にぴったり。
 なお、この映画で、この種の、あいまいな温泉旅館での、女中と仲居に違いがあることをはじめて知る。仲居とは、芸者同様に白塗りおしろいで化粧し、芸者同様の華美な和服を着て、お酌をし、時には客に所望され、寝る。芸者同様の掛かりが必要とされ、見入りは芸者より少ない。客も、あまり、選べないという。まだ、いやな客を断る自由は芸者の方があるという。女中さんは、もちろん白塗りにはしないし、服も地味なもの。
 仲居さんて、女中さんの別名程度に思っていたら、違うのですね。
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by mukashinoeiga | 2010-03-09 22:47 | 篠田心中岩の下志麻 | Trackback | Comments(0)