カテゴリ:面白メロドラマ日記 久松静児( 6 )

大快作「丼池(どぶいけ)」で渋谷に駆けつけよ!

 あけおめ、ことよろ。
 実態は、あひあひ、よろよろの、当ブログでございます。
 渋谷シネマヴェーラで、1月下旬の二週間「名脇役列伝1 浪花千栄子でございます」特集あり。名作快作注目作目白押しなれど、当ブログでは、比較的無名ながら、
e0178641_3285100.jpg久松静児「丼池(どぶいけ)」
 を、絶対のおススメ(笑)。63年、宝塚映画、配給東宝。感想駄文済み。

 そのおススメのあまり、見てはいるが、感想駄文も比較的少ない久松静児を、単独カテゴリにしちまいましたぜ。題して「面白メロドラマ日記:久松静児」とは、いささか芸がないが。
 久松といえば、代表作は「警察日記」でしょうかね。
 比較的地味な職人監督というイメージでしょうが、なんのなんの、実は快作大快作も充実の、プログラムピクチャアの職人で。

 特にこの「丼池(どぶいけ)」は、製作当時よりも、現在の50年後こそ光り輝く、まさにお宝映画。
 大学卒業後すぐに、司葉子は、なんと元同級生の同卒の男子大学生たちを部下にして、社長としていわゆるベンチャー企業を立ち上げ、大阪経済界に乗り出すわけですね。
 で、司に対立するは、海千山千の旧勢力、三益愛子、新珠三千代、浪花千栄子、森光子などなど。
 この女の対決が、すこぶる面白い
 圧倒的エンタメパワー
 これを見たら、久松の代表作は「警察日記」? いやいやとんでもハップン、歩いて十分。「丼池(どぶいけ)」こそ、久松の代表作じゃあ、ございませんか、ってなもんで。

 クールビューティー司葉子としても、陰の魅力が大傑作鈴木英夫「その場所に女ありて」なら、やや陽?の魅力が本作で。

『丼池(35mm)』1963年 (渋谷シネマヴェーラHPより)
監督:久松静児
出演:司葉子、三益愛子、新珠三千代、森光子、佐田啓二、中村鴈治郎
昭和27年、大阪の丼池。老舗問屋の乗っ取りを巡って、女たちの意地と情のバトルが勃発する。大卒論理派金貸し・司葉子と老練の高利貸し・三益愛子、色仕掛けで店を狙う新珠三千代の三つ巴の騙し合いに加え、空売り、買占め、インサイダー等の頭脳戦も手に汗握る面白さ! 浪花千栄子は行商のおばちゃんとして登場し、森光子との軽妙なやり取りで笑いを取る。

 本当に面白い日本映画を見たいなら、「丼池(どぶいけ)」で渋谷に駆けつけよ!、でございますわよ。

★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。

★新・今、そこにある映画★日本映画・外国映画の、新作感想兄弟ブログ。なお、現在は当ブログに吸収合併。過去ログは残してあります。
★映画流れ者★当ブログへのメモ帳、その他諸々

★人気ブログランキング・日本映画★
にほんブログ村 映画ブログ 名作・なつかし映画へ
★にほんブログ村・名作なつかし映画★

★にほんブログ村日本映画(邦画)★
[PR]

by mukashinoeiga | 2017-01-04 03:28 | 面白メロドラマ日記 久松静児 | Trackback | Comments(0)

久松静児「裸の町」

 阿佐ヶ谷にて。「風のように 映画俳優・池部良」特集。57年、東宝。
 本特集の数少ない未見作と、わざわざ阿佐ヶ谷へ。でも、既視感ありあり(笑)。しかし、それでも新作同様に楽しめる、ぼくのボンクラ脳。って、何度同じハメに(笑)。
 そもそもこんなことをしない防止策として、このブログを書いているのに、まったく役に立たない(笑)。

 お人好しで、ボンクラ、すぐ人にだまされてしまう危機管理能力のなさ、ザ・日本人な、池部良は、そういう役。まるでぼくみたいだが、ぼくみたいな半端モノではなく、池部の役は、徹頭徹尾の男の柳腰
 あんな男はダメだ、という親の反対を押し切って、駆け落ち結婚の淡島千景、結婚してみれば、親の言うとおりのダメンズ。
 後悔先に立たず。さっさと別れたい、とは思うものの、土砂降りの雨のなかに濡れっぱなしの子犬のような風情の池部に、なかなか決断も出来ず。

 このふたりを徹底的にむしゃぶりつくす大高利貸しに志村喬、中高利貸しにモリシゲ、小高利貸しに田中春男などなど。
 騙されつくす者たちと、だまし尽くす者たち。
 この構図はいつの時代にもあり、現代でも、息を吐くように嘘をつくだまし討ちの名人・韓国と、何度だまされても、まだまだ騙されるお人よしのボンクラ・日本の、対立など、まさにそのとおりの展開。

e0178641_1130234.jpg裸の町 1957年(S32)/東京映画/白黒/113分 <ラピュタ阿佐ヶ谷HPより>
■監督:久松静児/原作:真船豊/脚本:八住利雄/撮影:玉井正夫/美術:小島基司/音楽:池野成
■出演:淡島千景、森繁久彌、杉村春子、志村喬、浪花千栄子、淡路恵子、山茶花究、左卜全
お人好しのレコード店の主人(池部)が狡猾な高利貸(森繁)に騙されてしまう。だが、その高利貸もまた…。お金をめぐる庶民の狂騒を赤裸々に描いた作品で、池部良は浮世離れした優男を演じる。夫に翻弄される妻たちのドラマも興を添える一篇。

 なぜ、志村やモリシゲや韓国は、人を騙すか。真っ当に物を作って、ささやかに日銭を稼ぐより、金や物件のやり取り(それは、地道な生産活動のまどろっこしさが、まったくない)でボロイ金儲けが出来るとわかっており、それが体質に合うからである。
 こういうナチュラルボーン詐欺師にかかっては、池部や日本は、まるで、歯がたたない。

 この池部の、あまりのボンクラ、お人よしぶりにドンビキして、とうとう別れ話の淡島。しかし55年、豊田四郎「夫婦善哉」も、こちらはダメンズがモリシゲ、その腐れ縁を淡島はなかなか断ち切れない、それと同様なことが本作でも再演される。

 おなじことは、モリシゲと、その妻・杉村春子のあいだにも、言える。杉村も、兄・織田政雄のアドヴァイスに従ったあまり、全財産を失う。日本映画最強(つまりは、最弱な)ダメンズ・織田政雄の、言うことなど、聞くべきではなかった(笑)。

 ほかの役者が池部の役を演じたら、あまりのボンクラぶりに、スクリーンに向かって、モノを投げつけるような不快感があったかもしれないが、池部のさわやかさと天然ぶりで、かろうじて成立している。
 モリシゲも、いけ好かない小悪党をコミカルに演じているが、中途半端。これが久松ではなく、モリシゲと相性がいい?トヨシロだったら、あるいは、傑作または怪作になっていたかもしれない。
 まじめな久松にしては、これが精一杯、というところか。

★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。

★新・今、そこにある映画★日本映画・外国映画の、新作感想兄弟ブログ。
★映画流れ者★当ブログへの感想・質問・指導・いちゃ問はこちらへ

★人気ブログランキング・日本映画★
にほんブログ村 映画ブログ 名作・なつかし映画へ
★にほんブログ村・名作なつかし映画★
[PR]

by mukashinoeiga | 2015-07-07 11:30 | 面白メロドラマ日記 久松静児 | Trackback | Comments(0)

久松静児「怒りの孤島」

 新橋東京シネセンターTCC試写室にて。「シネマ△トライアングル上映会」。58年、日映、配給松竹。16ミリ上映。
 少年俳優たちの最高度のパフォーマンスと、緊密な構成・演出が素晴らしい傑作。
 少年ながら遠藤憲一似の、いや遠藤以上の怪=快なるマスクの鈴木一夫、対するに甘いマスクの少年、金網の箱に閉じ込められて餓死する少年、耳の遠い少年、皆々素晴らしく、これらの素人少年に、これだけの演技をさせたのは、久松静児一代の傑作と言っても、いい足りないほど。
 そしてもちろん久松静児「警察日記」で注目された、幼女俳優・二木てるみ。あの年で、立派に<主演女優>のオーラ。素晴らしすぎる。
 ただし彼女の場合、はたちを超えると、そのオーラは消えてしまうのだが。

e0178641_215379.jpg1958年 日映株式会社製作 松竹配給 <シネマ△トライアングルHPより>
カラー 日映スコープ (16mm上映)
製作:曽我正史 監督:久松静児 原作/脚本:水木洋子 撮影:木塚誠一
音楽:芥川也寸志 美術:平川透徹 録音:安恵重遠 照明:平田光治
出演:鈴木和夫/手塚茂夫/土屋靖雄/佐藤紘/織田正雄/岸旗江/二木てるみ/中村栄二/稲葉義男/岸輝子/御橋公/左卜全/原保美
瀬戸内海に浮かぶ孤島「愛島」、この島は鯛の一本釣りをする漁師の親方によって支配されている。漁の折り、船の操舵を担うのは舵子といわれる少年たちで、彼らは過酷な労働と虐待に暗い日々を送っていた。少年たちは、激しい労働に耐えられずついに島を脱出しようと計画する....。
 戦後間もない頃、瀬戸内の孤島で実際に起きた事件に材を採ったこの作品は、封切り当時には大きな反響を呼び、文部省推薦作として各地の学校でも上映され、多くの人に感銘を与えながらも、製作した日映が僅か二作品を製作しただけで解散してしまうなど諸事情でその後劇場で再映されることもなく今日に至り、また、今後ソフト化等も望めない作品として、幻の映画となっていたもの。
 シネマ△トライアングルでは4年半前、2010年4月に脚本家水木洋子生誕百年記念としてこの作品を発掘上映、お陰様で大変な好評を頂き、また、上映終了後も多数の方々から再上映を望むリクエストを頂きました。
シネマ△トライアングルとしましても早々にリクエストにお応えすべく再上映の企画を予定しておりましたが、フィルムレンタル会社が前回の上映の後、プリントを処分してしまったという驚くべき事実が判明、やむなく再上映を断念せざるを得ませんでした。
しかし、その後も探求を続けていたところ、今回遂に別の16mmプリントの所在が突き止めました。
今回のプリントも前回同様経年のため退色が進んでおり、傷みもかなりありますが、原版の所在も不明な貴重な作品、是非この機会をお見逃しなく!(引用終わり)

 かくもパワフルなパフォーマンスが、製作会社が弱小、かつ消滅してしまったことで、歴史の闇に消えていく。まことに残念。
 なお、今回上映のプリントは、16ミリ・フィルムレンタル会社から、廃棄寸前のものを、文字通り捨て値で買った、渋谷シネマヴェーラが、修復作業をおこなったものだという。しかし、いくら修復しても限度があり、おそらくシネマヴェーラ自体での有料上映は断念、その上でシネマ△トライアングルの上映会に提供したものだと思う。
 一私企業の、こういう貢献をうれしく思う。ありがたい。
 なおシネマ△トライアングルには、日映のもう一作、佐分利信「悪徳」も、ぜひ発掘してほしいものだ。伏してお願いするね、シモケンさん!

 とはいえ、今回上映プリントは劣悪の一語(笑)。退色したカラー映画ほど、目に悪いものはない(笑)。しかも今回のプリントは、その最悪クラス。カラー退色し、赤色一色になっている。確実に目に悪いプリントで(笑)。
 しかし、欠落は、おそらく、ほとんどない。大切に上映され、しかもある時期以降ほとんど需要がないゆえ残ったものかと。

 さて、ここでようやく映画の中身に言及せねばならない(笑)。
 まず、本作は実話の映画化とされる。
 貧しい愛島の漁民たちは、広島の漁民に搾取されている。広島漁民は、愛島沖に出張ってきて、ダイナマイトでドカンドカン、魚を大量に瞬殺して収穫する。文字通りのブロックバスター級。
 これには、愛島漁民の、一本釣りシステムは、まるで無力。超ローテク。
 で、愛島漁民は「徳川以来三百年の伝統」で、人買いから3000円(で10年間無給)の「舵子」少年たちを買って、酷使、虐待、奴隷として、搾取する。
 流れが急な愛島沖で、一箇所にとどまる一本釣り。少年たちは「船を進める」ためではなく、「船を流されないよう一箇所にとどまる」ために、朝から晩まで舟をこぐ。
 まさに「賽の河原の石積み」クラスの、哲学的苦行というべきか。

 貧しいものがさらに貧しいものを奴隷として扱う。漁民の子らは、こうして買われた奴隷である少年たちに、石を投げて罵倒しつつ、小学校に通う。
 島全体の悪事が、ばれて、警察や役人が乗り込んでくる。
 虐待、殺人、違法労働強制のゆえに、島民が裁かれていく。
 貧しいがゆえの違法行為を、本土の上から目線の役人たちが、裁いていく。労働基準局・原保美の、つるりとした顔のご清潔感が、貧しい漁民たちを、「善導」しようとする。

 島から逃げ帰ってきた少年を、これまた貧しい「おじさん」(血縁でもなんでもない)左卜全は、諭す。一所懸命がんばるのだ、いくらきつい仕事だからといって、逃げてくるような軟弱者ではイカン。
 あまりにひどい奴隷労働を強いられているとは気づかない、それなりにいい「おじさん」なのだが、島に帰してしまう。善意ゆえに、少年に、犠牲を強いる。
 行き場のない少年は島に戻り、一所懸命やりますから、また、いさせてくださいと頭を下げるのだが、警察役所に乗り込まれて、全漁民取調べの最中、「舵子」には、もうこりごりだ。
「帰れ、出て行け」と罵倒されても、その間の事情に疎い少年は、ただただ土下座して置いてください、と言うしかない。
 事情が急激に変化している(しかも、本土にこの島の惨状が知られたのは、自分たちが脱走したため)、その情報に疎いために、迷走する悲劇。
 本土の役人たちは、「これからは、お前たちも小学校、中学校に通いつつ、月給も得て、労働できるのだ」と言うが、貧しい漁民に、そんなことが出来るはずもなく、だいいち小学校はあるのだが(赴任してきた良心派インテリ教師に織田政雄、グッド)こんな貧島に中学があるのか。
 本土や別の大きな隣島にしかないのではないか。そこに通学してまで、島で労働が出来るのか。
 だいいち、漁民の子ですら、中学に進学するものが幾人いると言うのだ。
 何とかハッピーエンドに持っていくための苦し紛れの戯言としか、思えない。

 確かに漁民たちの行為は、虐待、殺人、違法労働強制以外の何者でもない。
 しかし、この島には、電気もラジオもなく、満足に白い米も食べられない僻地だ。
 それを水木洋子は、NHKラジオでドラマ化。その「好評」を受け、当時最大の情報産業でもあった映画に。
 日本の片隅で、このような違法行為がある、それでいいのか、と世に知らしめることは確かに、必要であり、大切ではあろう。しかし、三日に一度の郵便船が、「メディア」のすべてであるこの島に、当時最大のメディア、ラジオ、映画、新聞が、一斉に襲い掛かってきた、一種の「メディア・スクラム」であったのも、紛れもない事実では、あろう。しかも、役所、警察、労働基準局とともに、いっせいに。
 シネマ△トライアングルHPには、この件で島民が逆差別を受ける事態にもなった、と書いてあるが、それはそうだろう。

 と、60年以上経った平和なこんにち、メディアにも島民にも、ともに上から目線で「感想駄文」するぼくも、いったい何様(笑)。
 ついでだから、何様の「感想駄文」を続ける。
 当駄文冒頭で、本作を傑作と、書いた。緊密な脚本と演出が、多彩な人間たちと事件を、重層的に描いていく。
 まぎれもなくそうなのだが、同時に、緊密であればあるほど、重層的であればあるほど、映画はだんだん知的に、なって行くのね(笑)。
 観客(ぼく)は、多重的多層的な「人間ドラマ」の「キャラクターの出し入れ」に「酩酊」して、画面を、見つめていくようになる。あの最悪の上映プリントの赤一色を(笑)目薬差しつつ見つめていく(笑)。
 確かにドラマは極上。しかし、願わくは、そういう状態は、純粋なフィクションで、やっていただきたかった、と罪悪感にも、かられる。
 漁民たちは加害者であり、被害者でもある。貧しさゆえの、どうにも行き場のない犯罪実話の映画化を、極上のエンターティンメントにしていいのか、と言う罪悪感。
 そして水木洋子は、久松静児は、ある意味しかたがないことだが、「上から目線の知的ドラマ」にすら、いくつかの「お涙頂戴」の別れの場面を入れる。「知的ドラマ」に「痴」(=情)を輸血しても、泣けないんだよね、こりゃ。「涙を流して浄化する」には、逆に、重層的ドラマが、邪魔になった。そういうことだ。

★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。

★新・今、そこにある映画★日本映画・外国映画の、新作感想兄弟ブログ。
★映画流れ者★当ブログへの感想・質問・指導・いちゃ問はこちらへ

★人気ブログランキング・日本映画★
にほんブログ村 映画ブログ 名作・なつかし映画へ
★にほんブログ村・名作なつかし映画★
[PR]

by mukashinoeiga | 2014-11-25 06:11 | 面白メロドラマ日記 久松静児 | Trackback | Comments(0)

久松静児「神坂四郎の犯罪」

 阿佐ヶ谷にて。「現代文学栄華館-昭和の流行作家たち」特集。56年、日活。
 かなり知名度が高い、つまり<名作と誉れが高い>映画なので、昔から、見たいと思っていたものの一つ。
 雑誌編集長の森繁久弥が、会社の金200万円の横領と、文学少女・左幸子への「心中」偽装殺人の罪で、起訴される。ほとんどのシーンが裁判劇となる、日本映画では、珍しい構成。各証人の証言にあわせて、回想シーンが、それぞれ挿入される。
 事務員・高田敏江、雑誌社顧問の評論家・滝沢修、妻・アラタマ、などが証人に立つが、みな、勝手に自分に有利な証言をする。左幸子は死んでいるので、残された日記が朗読される。
 果たして、モリシゲは、本当に横領犯人で、愛人を心中に見せかけて、殺したのだろうか。それとも、モリシゲが主張するように、雑誌社社長・清水将夫や、顧問・滝沢修の謀略によるものか。
 この当時の日本映画には珍しい、裁判劇。たぶんに、このジャンルお得意のアメリカ映画に影響されたものか(原作・石川達三)。
 しかし、この裁判劇、かなり、甘甘。法と論理と証拠に基き展開するはずの裁判劇が、情念と、くだぐだあいまいな私怨のやり取りに終始し、論理も法理もまったくなし。当時の名作○○選では必ず登場する本作だが、どこがいいんだか、優れているんだか、まったくわからない。凡作が、ある種の<当時の状況>により、<問題作>にフレーム・アップされる典型のひとつかと。
 本作のモリシゲの演技が評価されている。しかし、白か黒か、あいまいな二重性を演じ切れてはいない。モリシゲは、いつも<奥がない><下心丸わかり>のナイス・キャラを演じるには長けているのだが、<悪人か、冤罪なのか>あいまいな、二重性のキャラを、まったく演じられない。<思わずにじみ出るスケベ心>を、演じて絶品なのに、スケベなのか、スケベでないのか、人によって評価が、違う、なるキャラを演じうる演技力ではないのは、明白なのに。
 しかも、モリシゲが「社長に、はめられた」と証言するたびに、傍聴席の社長は、あきらかにたじろぐ。清水将夫、そんなに、たびたび、たじろいでいたら、自分がモリシゲをはめたこと、丸わかりだろ。都合が悪くなると、よよよ、と泣き崩れる後輩女優・高田敏江を見習えよ(笑)。まあ、清水将夫に<繊細な演技設計>を求めるほうが無理なんだけども。
 そういう意味では、やはりモリシゲに暴露される滝沢修は、清水将夫どうよう、たじろぐのだが、まだ滝沢のほうが、暴露されてうろたえているのか、思いもよらぬ誹謗におろおろしているのか、まだ、判別しがたい演技で、さすが、清水将夫より、演技に一日の長がある(笑)。
 当時の日本映画としては珍しい裁判劇だが、展開がずさんすぎる。残念。
 そして、こんな映画を<問題作>、モリシゲの演技をほめるのは、明らかに<時代的過失>。モリシゲ演技の美質は、こんなところにはない。

 なお、蛇足だが、本作上映の後半に、たびたび、音声が途切れる。ついには、かなり長時間の音声なし(映像はふつうに流れる)。とうとう上映中断、スタッフが「16ミリ映写機の故障です。このまま音声不完全な映写を続けますが、途中退場でも、最後まで見られても、招待券、または返金対応する」とアナウンス。ぼくを含めた大部分の客は最後まで見て、終了後、招待券を受け取る。途中退場は数名。
 再開後、意外と、持ちこたえる音声。でも、裁判劇で、台詞が聞こえないのは、論外で、かなりの台詞を聞き逃したことになる。
 映写機には、フィルムの映像面に当てて、映像をスクリーンに投影拡大する、光源ランプとは別に、サウンドトラックに光を当てて、光学録音を再生する、音声用ランプがあり、この音声用ランプが、電灯ランプ同様「いつかは切れる」わけで。完全に切れる前の、明滅状態による、音が出たり出なかったり状態、と思われる。しかし、経験上(ぼくは35ミリ映写機しか経験がないが)この光学音声再生用ランプが、切れるのは、珍しい。しょうがないといえば、しょうがないトラブル。ラピュタ阿佐ヶ谷の対応も、ほぼベストで。
 なお、故障したのは16ミリ映写機なので、このあとの35ミリ「新しい背広」「女侠一代」は支障なく上映されるようだが、16ミリ「一刀斎は背番号6」は上映中止。本作「神坂四郎の犯罪」「女侠一代」「一刀斎は背番号6」と、珍しくラピュタを固め見しようとしたのに、残念。

★新・今、そこにある映画★
あらたに開設しました。
★映画流れ者★
当ブログへの感想・質問・指導・いちゃ問はこちらへ


人気ブログランキング・日本映画
↑↓クリックしていただければ、ランクが上がります(笑)。
にほんブログ村 映画ブログ 名作・なつかし映画へ
にほんブログ村
[PR]

by mukashinoeiga | 2011-12-13 23:54 | 面白メロドラマ日記 久松静児 | Trackback | Comments(0)

久松静児「沙羅の門」

 神保町にて。「昭和の庶民史・久松静児の世界」特集。64年・宝塚映画。
 団令子・草笛光子W主演という地味なキャスティング、こういう映画は絶対東宝本流では作りませんな、傍系の宝塚映画だ。
 しかし、特に団令子がよくて、この不遇な女優の代表作といっていいだろう。しかし、ま、特に、言うことも。団の子供時代の子役がかわいらしかった(笑)。
[PR]

by mukashinoeiga | 2009-07-15 00:07 | 面白メロドラマ日記 久松静児 | Trackback | Comments(0)

久松静児「丼池(どぶいけ)」司葉子三益愛子新珠三千代森光子佐田啓二中村鴈治郎

 神保町にて。「昭和の庶民史・久松静児の世界」特集。63年・宝塚映画。
 女子大生上がりの高利貸し司葉子が、大阪丼池界隈でエネルギッシュに成り上がるさまを描く、菊田一夫戯曲原作のパワフル快作。猥雑な掃き溜めの中の鶴を、司葉子が快演するが、この時期の東宝で、経済もの(つまり、東宝にあっての経済系映画とは、株で一攫千金系か、会社乗っ取り系の二つなんだが)というと、なぜか女優は決まって司葉子という印象があるのだけれど。そのクールビューティーぶりが、ハードボイルドな映画に合うということか。

e0178641_2431390.jpg『丼池(35mm)』1963年 (渋谷シネマヴェーラHPより)
監督:久松静児
出演:司葉子、三益愛子、新珠三千代、森光子、佐田啓二、中村鴈治郎
昭和27年、大阪の丼池。老舗問屋の乗っ取りを巡って、女たちの意地と情のバトルが勃発する。大卒論理派金貸し・司葉子と老練の高利貸し・三益愛子、色仕掛けで店を狙う新珠三千代の三つ巴の騙し合いに加え、空売り、買占め、インサイダー等の頭脳戦も手に汗握る面白さ! 浪花千栄子は行商のおばちゃんとして登場し、森光子との軽妙なやり取りで笑いを取る。

 大学の同好会乗りで、同級の男子大学生たちを部下に従え(江原達怡とか西條康彦とかの、頼りない系東宝若手やさ男陣たちだ)、司葉子は颯爽と高利貸しの道を邁進する。彼女に手を貸したり裏切ったりの海千山千狸婆あに、この人、三益愛子。いつもの調子でへらへら笑いながら、儲かってんだか、損してんだかの狐女浪花千栄子。若いながらも涼しい顔で中村雁治郎を手玉に取る新珠。いずれ狸か狐か、の怪女たち。の、中で、ぎゃーぎゃー無駄に騒ぎながら、あたりをうろつき回っている<残念な空騒ぎ女>が、森光子。安直に、常に強いほうに付く、しかも大騒ぎして加担する、コバンザメ女を柄に合って快演する。映画ではとうとうチンピラ女優のままだったが、TVで成功し、舞台で<日本の女優で初の国民栄誉賞>に輝く。長生きも芸のうちなのか、究極の出世魚なのか。まあ、国民栄誉賞自体が、デタトコまかせで極めて安直に選ばれているというのもあるのだが。
 経済系司葉子は実に面白い。ところが、続けて見たのが、同じ久松の「新・女大学」(60年・東宝)。つまらない映画だが、それ以上に、司葉子が甘えん坊の新婚妻で、夫が無断外泊するや、たちまちすねて、へそを曲げて実家に里帰りする、というあまりのぶりっ子ぶりに、快作「丼池」のあとだけに、体が受け付けまへんわ。
[PR]

by mukashinoeiga | 2009-07-15 00:06 | 面白メロドラマ日記 久松静児 | Trackback | Comments(0)