カテゴリ:山本薩夫傷だらけの左傾山河( 12 )

山本薩夫:傷だらけの左傾山河を追加

 「山本薩夫:傷だらけの左傾山河」を、右柱下のカテゴリに追加しました。主要な代表作は、過去に見ているため、まあ、ずさんな特集ですが、これから随時追加していく予定。
 8月下旬から、レトロスペクティヴと、次のドキュメンタリ新作が新宿K's cinemaで上映されることを、受けてのものです。

『薩チャン 正ちゃん~戦後民主的独立プロ奮闘記~』特報動画

e0178641_20382034.jpg1950年代から60年代にかけて、大手映画会社に属さない独立プロの監督たちが、次­々と名作を世に送り出した「独立プロ映画黄金時代」がありました。その全盛期に活躍し­た山本薩夫監督と今井正監督を中心に、いち時代を築いた監督とスタッフたちの軌跡を、­当時を知る関係者にインタビューし、その中に登場する映画の一部シーンや、写真、資料­映像などを織り(引用終わり)

 なお、映画作家としてのヤマサツは大肯定しますが(とにかく面白い!)、文化を抹殺する共産党党員としてのヤマサツは、批判する、というのが当ブログの立場です。詳しくは、当カテゴリ内の「ディア・ハンター」VS山本薩夫を、ご覧ください。

★Movie Walker★に、タイトル検索で詳細な作品情報あり。簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)。
 
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by mukashinoeiga | 2015-06-05 20:40 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(0)

山本薩夫「傷だらけの山河」

 渋谷にて。「日本のオジサマ 山村總」特集。64年、大映。
 2本立て同時上映ゆえの、おそらく三度目の再見。
 152分間、まったく飽きさせず、ダレさせず、映画も主演・山村總も、全力爆走する、スーパーパワフルな大快作ジェットコースター映画。
 西武(山村)と東急(東野英治郎)の、結果としての西武新宿線敷設戦争をめぐる泥臭い企業対決を背景に、企業経営にも絶倫、愛人たちとの愛欲にも絶倫な、超肉食系カリスマ企業経営者・山村總と、彼をめぐるおびただしい男女を描いて152分間の、まさにアッパレなザ・ヤマサツ・ワールド
 妻・村瀬幸子は、義父の財産目当てだから好みはこのさい問題外だったろうが、愛人たち、坪内美詠子、丹阿弥谷津子、若尾文子、滝瑛子という選択はどうなのか(笑)。いいといえばいいし、来るものこばまずの微妙感も漂う。
 もちろん若尾も含め、肉食系のB級グルメ感がただよう、というのは、身のほど知らずの暴論か(笑)。時代が下るにしたがって、しっとり和風系の坪内、丹阿弥から、サバサバ現代風系?の若尾、滝へ。
 もちろん、若尾はしっとりねちねちも、サバサバクールも変幻自在お手の物なのだが。
 大学生の息子がいる坪内、丹阿弥との愛欲シーンはない、若尾、滝とのいちゃいちゃシーンはある。この辺の「節度」がいかにも時代だが、現代のR18程度のレヴェルで見たかった気もするぞ(笑)。もう、そうなれば200分越えは確実か。肉食系のヤマサツ、ヤマムラのコンビなら、充分やってくれそうなのが、残念といえば残念。

 肉食系暴君のオヤジの、息子たちは、肉食系にあらず、という典型。
 長男・北原義郎は、社長として山村の完全イエスマン。あまりに完璧なイエスマン振りがグッド。北原の代表作か。
二男・高橋幸治は、オヤジの肉食ぶりについていけず発狂。娘婿・船越英二は、ちんけな欲望から勘当。カリスマの息子たちは、駄目になる典型か。
 部下たちの中では、用地部長の高松英郎が、印象的。
 しかし、左翼のヤマサツ、新藤兼人たちは、この「悪徳資本家」を、糾弾したいのだろうが、その映画表現能力の高さゆえに、ヤマムラのカリスマ的魅力が描かれ、カリスマ種は、本当に貴重な存在なので、描けば描くほど、その魅力に、われら凡庸人種は、魅了されていく。
 うっとりと、山村總の魅力に染まっていく凡庸なわれら(笑)。ヤマサツ、左翼としての逡巡は、ないのか(笑)。
 左翼であるということは、映画作家であることの二の次なのか、ヤマサツ。
 それとも、左翼こそ、カリスマを必要とするのは、ソ連/現ロシア、中国、北朝鮮、キューバ、その他一切の例外なしに明らかであることを思えば、庶民など歯牙にもかけないカリスマこそ、左翼の望むところなのだろう。
 安倍晋三程度を強権独裁者、ヒトラーまがいと連日非難する日刊ゲンダイが支持する、小沢一郎こそが、安倍以上の独裁タイプなのを思うと、左翼の独裁志向は、骨がらみなのだろう。
 自分たちが独裁志向だから、対立する安倍も独裁だと勘違い。
 自分たちが民族虐待するから、対立する日本軍も南京大虐殺と勘違い。
 自分たちが売春婦・慰安婦最大利用だから、対立する日本も慰安婦大活用と勘違い。
 自分たちがしている「悪弊」は、対立相手(日本)も「自分たち以上に」している、と、「自然」に「勘違い」してしまうものなのだ、人間は。

 なお、若尾・川崎敬三が、すき焼きなべをつつくシーンで、爆笑した。
 若尾が取り皿からしらたきをすすり、川崎もしらたきをすすり、なおも若尾しらたきをすする。貧乏カップルが、若尾が山村からもらった金で、めったにない贅沢なのに、肉も野菜も食わず、しらたきばかり(笑)。
 つまり、食いつつ、同時に大量のせりふを言わなければならず、肉や野菜では、せりふが出ない。だから、しらたきのみをつるつるしながら、せりふを言う。これ、リアリズム、チャいますやろ(笑)。
 152分長時間映画なのに、中身ぎっしり。だから、肉や野菜を食べ、余裕を持ってせりふを言う、間合いのある映画の「贅沢」は、ゆるされない、ことから来る、苦肉、ならぬ苦しらたきの策で。

★傷だらけの山河|Movie Walker★
 ただしこのあらすじは、相当「荒い」。たとえば「光子とも縁を切った勝平」というのは「光子に勝手に逃げられた勝平」であり、意味合いがまったく異なる。また勝平の妻役「成瀬幸子」は「村瀬幸子」のケアレスミス。
 推測すれば、Movie Walker転写オペレーター(あるいはキネ旬へのアウトソーシングか)が「村瀬」を「成瀬」と誤記するような、「高度」な映画的ケアレスミスをするはずもなく、これはネタもとのキネマ旬報の、当時の印刷所の活字工が、キネ旬ゆえに頻発する「成瀬」を、つい拾っちゃったということでしょうね。 

★【映画】傷だらけの山河 - いくらおにぎりブログ★
 相変わらず、ストーリー(的確な感想・評価付)を書かせたら、クイクイ読ませる絶好調なブログです。ただ、ここでも
「成瀬幸子」と孫引き。これも山本薩夫が成瀬の専属助監督だった因縁か(馬鹿)。
 なお「おとなげない」というブログには、「それと、この作品、当初は吉村公三郎監督の予定だったのが脳卒中で倒れたために、山本薩夫に変更になったそうです。吉村監督だと妾たちがメインになりそうで、これはこれで見てみたかったです。」という記述。まったく同意。
 なお吉村の常連脚本家・新藤兼人が、本作の脚本担当。軟派ハムさんでも、硬派ヤマサツでも、どっちでも、受けますぜ、という新藤の職人芸!

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by mukashinoeiga | 2014-03-14 07:44 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(0)

山本薩夫「お嬢さん」

 京橋にて。「よみがえる日本映画-映画保存のための特別事業費によるvol.6東宝篇」特集。37年、P・C・L。
 ぐぬぬぬぬ、ナンじゃこりゃあ。
 凡作。というか、不出来な珍品。
 東京の山の手のハイカラ金持ちお嬢さん(霧立のぼる)が、母親(清川玉枝)から、やいのやいのとの、見合い結婚の催促、これはたまらんと、「女の自立」を目指して、叔父さん(嵯峨善兵)の紹介もあり、九州の南端のど田舎の離れ小島の、実科(実業高校という意味か)女学校の英語教師として、赴任する。
 といっても、戦前の離れ小島に、小学校ならともかく、高等教育に相当する女学校がありえたのか、というところがそもそもの疑問の、ファンタジーなのだが。九州南端の離れ小島って、まさか沖縄のことか(笑)。
 とうとう映画では、その地名が語られることはないのだが。謎の九州南端なのである(おそらく九州ロケなんかしていないだろう)。
 という本作の、プログラム・ピクチャアとしての、目指す地点は、ナンなのかすら、意味不明なのだ(笑)。
 通常なら「坊ちゃん」女性版の、学園モノか、都会のインテリ女性の地方探訪(赴任)モノか、はたまた「女の自立」モノか。
 本作は、そのいずれとも違う、きわめて変則版で。なんとも珍しい。プログラム・ピクチャアの癖に(笑)いかなるジャンル映画の、規範からも、逸脱している、というか、いかなる要素も中途半端というか。
 学園モノとしても、「女の自立」モノとしても、中途半端。謎の女の子(笑)として、画面をうろちょろする高峰秀子がらみの、人間ドラマ?も、中途半端。
 72分の尺に、いろいろな要素を詰め込みすぎた構成の失敗かもしれぬ。おそらく山本薩夫の師匠である、成瀬巳喜男が作ったら、スラスラ流れるように、流麗に処理したのだろうが、骨太な社会派は得意でも、こういうナンパなジャンルは、トコトン苦手そうな山本薩夫なのだろう。
 まあ、完璧に苦手そうなジャンル、かつ監督デヴュー作ですからね。不出来なのも当然か。
 松竹メロも苦手ゆえか、師匠の成瀬のお供をして、松竹からP・C・Lについてきた山本だが、一体成瀬とは相性がよかったのか悪かったのか、不思議(笑)。
 そして、本作をさらに混乱させ、完全にジャンル分けすら不能に追いやったのは、隣り合わせの部屋に下宿する先輩女教師との、奇妙な同棲?生活を、長々と描写したサイド・ストーリーが、あまりに奇妙かつ微妙過ぎる。
 学園モノとも、女の自立モノとも、まったく相性の悪い描写が、学園モノ、女の自立モノのジャンルである(べき?)メイン・ストーリー?を、津波のように押し流しているのが、本作の出来をさらに「悪化」しているとしか、思われぬ。
 しかし、本作の原作が吉屋信子と知れるや、氷解。
 (精神的)女子同性愛の本家本元、吉屋信子なら、むしろこの女性同士の同棲こそ、サイドじゃない、メイン・ストーリーでは、ないか(笑)。
 心ならず、ならぬ、自ら望んで(笑)本来の自分とはまったく異質な環境に流れてきた霧立のぼるという貴種流離譚と、貧しく苦しい恋に悩む沢蘭子との、異種組み合わせの、女の友情密着ライフ。
 妙に下でに出るセンパイ女教師、コウハイなのに妙にタカビー(死語失礼)で、タバコすぱすぱな、霧立。このふたりの、女の友情メロという、究極の軟派な話を、無骨政治ドラマメロに才を発揮するヤマサツが、到底処理しきれるとは、思えない(笑)。師匠の成瀬でも、当時としては、ムリだったのではないか。
 思春期の女学生同士のエス関係なら、まだ世間も納得できよう。同時代東宝の最強ガールズ・ムーヴィー石田民三映画がそれを証明している。
 しかし、れっきとした大人、女学校の女教師たちの(精神的)女子同性愛など、当時としては受け入れられるはずもなく、また、こんなセンサイな感性など、たとえ成瀬の助監督だったにしろ、ヤマサツには、到底無理難題だった。
 うーん、当時としては、石田民三なら、かろうじて可能だったか。
 ヤマサツ、男勝りの山崎豊子原作映画ならお手の物だが、吉屋信子は、ちと、きつすぎたなあ(笑)。
 なお、本作のモンダイは、もうひとつあるのだが(出演者クレジットのミスプリ問題)長くなったので、また後日。 

◎おまけ◎ 本作のストーリーを、例によって、完璧に、流麗に紹介する以下のブログの素晴らしさ。ストーリーを紹介しつつ、同時に批評する、流麗なユーモアも最高な名人芸の素晴らしさ。かないません。
 その批評には、まったく同意いたします。
★【映画】お嬢さん - いくらおにぎりブログ★
 なお、ぼくもいくらおぎにりさんも、まったく無視しているのは、偶然か必然か。
 嵯峨善兵の友人にして、とっても愛らしい霧立に思いを寄せるのが、スマートな「青年実業家」北沢彪。
 かっこよく、「ぼくたち、たまたま金のある家に生まれたものは、もっとスマートに、お金で事態を解決しませんか?」が、おそらくヤマサツとしては、ブルジョア批判の嫌がらせとして出したのだろうが、北沢彪、あまりに天然過ぎて、こっちが勝って、かっこよすぎるぞ(笑)。ヤマサツ、ブルジョワに負けてるぞ(笑)。
 北沢彪、かっこいいぞ(笑)。

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by mukashinoeiga | 2013-11-20 00:01 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(4)

吉村・今井・山本「愛すればこそ」

 京橋にて。「映画女優 香川京子」特集。55年、独立映画。
 近代映画協会などの、当時の独立プロダクションが結集しての、三部作オムニバス。
 で、当時の独立プロは、左翼のソウクツ。左翼は、理想を語る。というのは、タテマエというか、文字通り、理想であって、82分で三話のエピソードというと、とうぜん、うわすべりした、紋切り型のタテマエしか、語られることはない。まるきり、面白くない。典型的<主人持ちの映画>。コクもなく、キレもない。
 第1話・吉村公三郎「花賣り娘」
 首になった、銀座のバーの雇われマダム・乙羽信子と、幼い花売り娘・町田よし子の、貧しい者どうしの交流。特にどうということのない掌編。銀座のバーの雇われマダムが、佃の渡しの先の、しもた屋の二階に仮住まい、という成瀬巳喜男「女が階段を上る時」の設定と同じ、まあ、そこだけは、いいんだけどね。
 なお、このエピでも、勝鬨橋が開くところがチラッと映る。勝鬨橋の開閉は、あまり意味がなくなったが、意味がなくなったからといって、開閉をやめたとたん、この地域は、ランドマークを失い、没落した。再び、この地域は新ランドマーク、東京スカイツリーを得たが、それは、勝鬨橋に変わりえるだろうか。
 役に立たない、邪魔だから、という理由でランドマークを消滅させることの不幸を、勝鬨橋は示している。
 第2話・今井正「とびこんだ花嫁」
 川崎の貧しいアパートに住む工員・内藤武敏のところに、田舎から、いきなり、花嫁・香川京子が、送り込まれる。困惑する内藤青年は、同宿の同僚、高原駿雄や井出忠彦らに相談、何とか、追い返そうとする。
 いくら、いきなり送り込まれたとはいえ、超可愛い、しかも性格の良さそうな香川京子を、追い出すことしか考えないという<左翼原理主義>に、失笑。
 第3話・山本薩夫「愛すればこそ」
 母・山田五十鈴、長男の東大生・田口計、長女・誰かしら、次女・中原早苗。長男が左翼運動で逮捕される。残された家族は、偏見のなか、生活が困窮する。長女は結婚できず、次女は、進学をあきらめる。
 家族のことも考えず、理想主義に走る左翼青年。
 いやあ、ここで、笑っちゃうのは、<語るに落ちる>とはこのことか。ちがうか。
 理想に燃える、さわやか左翼青年役の田口計。中年以降は、胸に一物、腹黒い悪徳官僚・悪徳弁護士、時代劇では悪代官などを、得意とする。理想に燃えた左翼青年も、年をへると、より、いっそう悪い体制側に組み込まれるという、ルーピー、菅、野ダメら現在の民主党政権の現実を見るような(笑)。
 田口計の思想的ガールフレンドに、久我美子。いいとこのお嬢さんで、左翼思想に、お遊びで染まるという、木下恵介「女の園」と同様の役回り。こういうのが、いちばん、始末に悪いんだよなあ。いや、現代の民主党、社民党の女性政治家で、いっぱいいるタイプ。

 吉村公三郎、今井正、山本薩夫という、面白い映画を作る映画作家たちが、短い短編だと、語るに落ちる、タテマエしか、表現し得ないという、左翼の病。
 ああ、つまらない。凡作。
 しかし、香川京子ら、出演者全員は、素晴らしい。楽しめる。 監督たちだけが、ダメなのだ。


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by mukashinoeiga | 2011-11-14 23:59 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(2)

山本薩夫「母の曲[総集篇]」

 京橋にて。「よみがえる日本映画~映画保存のための特別事業費による」特集。37年、東宝東京。
 昔、DVDだかヴィデオで見たときは気付かなかったが、改めて大画面で見ると、原節子の美少女ぶりが、際立つ。大変に、かわいらしい。戦前のセーラー服のなので、多少もっさりしているものの、セーラー服姿の、原節子が美しい。すでに完成された美貌のなかに幼さが垣間見えて、最強美少女ですね。
 原作は吉屋信子。
 ということで、原節子と、美少女の同級生との「おねえさまっ」「節子様こそわたしの妹ね」、美しいエス的女子同性愛の世界を期待する向きには、がっかり。意地悪なクラスメートたちは出てくるが、その気配もなし。
 むしろ、父(岡譲二!)の、若いころの恋人で美貌の人気ピアニスト(入江たか子)と、ハラセツの母(英百合子)の、大人の女同士の関係こそ、濃密なシスターフッド。
 岡譲二のこってり感、入江たか子の濃密感、英百合子の重量感、無論精神的な関係なのだが、後の山本薩夫「華麗なる一族」の、佐分利信、京マチ子、月丘夢路の、へヴィーな3P関係を思わせる(笑)。
 後半は、出世した夫、美しい娘のハラセツにも似合わない、無教養な母が追い詰められていく、母ものの世界に突入する。そのメロ部分が中途半端で。
 原節子、岡譲二、入江たか子の、濃密ワールドと、英百合子の乖離が、まあそれが主題の映画とはいえ、ちと、もったいない。
 ハラセツと母との別れを決定付ける、でしゃばりなおじさんに、三島雅夫。のち小津安「晩春」でも、しきりに、「おじ様、不潔よ」とハラセツに罵倒されていた、三島雅夫とハラセツの因縁が、ここにも。
 三島雅夫も「晩春」より若い本作でのほうが、髪の毛がはげているのは、不思議(笑)。役作りで、髪をそった、ハゲ作りか。ちなみに、滝沢修も、戦前の若いころのほうが、はげていた。演技力で髪を伸ばした、新劇人の演技力、素晴らしい。
 戦後の、男騒ぎの集団劇で鳴らした山本薩夫も、戦前のシスターフッド映画をらくらく作る。やはり器用な人で。もっとも戦後の「白い巨塔」「華麗なる一族」も、女性作家・山崎豊子の原作だ。

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by mukashinoeiga | 2011-04-08 10:41 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(0)

「ディア・ハンター」VS山本薩夫

 産経新聞の週一連載に「昭和正論座」というのがある。過去の同紙に書かれた、評論の再掲載、いわば「評論の名画座」というべきものだ。名画座好きとしては、気になる企画なのだ。
 「新聞」なのに、昔の評論記事の再録とは、「旧聞」だろう、というなかれ。これが驚くべきことに、特に政治家、いわゆる文化人諸氏の発想、行動が、今も昔も、ほとんど変わっていないゆえ、<ダメな政治家、文化人>への批判が、今でも、まるっと通じてしまうから、あら不思議。昭和の評論が、今でもまったく、変わりなく、通じてしまうのだ。
 で、2/5掲載の早大客員教授・武藤光朗による、昭和54年4月6日掲載<「ディア・ハンター」映画とベトナムの真実>が、特に映画の話なので、このブログに以下、若干の引用を。

 ベトナム戦争に従軍した三人のアメリカ青年の悲劇を描いたアメリカ映画「ディア・ハンター」がさる三月十七日からロードショー公開されているが、日本映画復興会議実行委員会(山本薩夫議長)は十六日、同映画が「ベトナム戦争の真実をゆがめ、ベトナム人民への敵意をむき出しにした反動的な作品」だとして、その公開に対する抗議声明を発表したそうである(東京新聞、3月17日付夕刊による)。

 マイケル・チミノ監督はその制作意図をこう説明している。-「私はこのドラマでベトナム戦争を描こうとか、政治的メッセージを出そうなどとは毛頭考えなかった。ごく平凡に生きてきた若者たちが、降りかかった“戦争”という危機にどう対処したか、“戦争”がどのようにして彼らの人生の一部になってしまったかを、描きたかったのだ」。

 そんな作品に対して、山本薩夫氏のような日本の高名な映画監督を議長とするグループが、なぜその公開に抗議し、日本人観客にこれを見せまいとしたのだろうか。

 そういう北ベトナム・解放戦線側の戦争中の残虐行為を映画に描いたからといって、山本薩夫氏らのように、これを「ベトナム戦争の真実を歪める」と称して非難し、その作品を日本人観客の眼から隠してしまおうとするのは、かえって「ベトナム戦争の真実を歪める」ことになりはしないか。

 もっとも、さる二月末に西ベルリンで開かれた国際映画祭では、この「ディア・ハンター」は、国際映画祭規約中の「他民族への憎悪をあおりたてる映画の上映禁止」条項に該当するとして、“社会主義国”が上映撤回を申し入れたことがある、と前掲新聞記事は伝えている。山本氏らもそれと同じ国際政治的立場から公開に抗議したのかもしれない。しかし、アメリカ人のベトナム戦争体験を深く掘りさげて描こうとした「ディア・ハンター」のような映画の公開にまで、政治的圧力を加えようとするその立場が問題だといわなければならない。

 すでにベトナム人民軍参謀総長バン・チェン・ズン将軍の回顧録によって、いわゆる“南の解放”は“解放戦線”を傀儡(かいらい)とする北の武力による共産主義支配の強制だったことが証言された。ベトナム難民によってその苛酷な人権抑圧を告発されているこのベトナムの共産主義者は、人口の一割余を粛清したといわれるカンボジアの共産主義者と凄惨(せいさん)な内ゲバをくりひろげている。その内ゲバには、かつて日本の雑誌『世界』によった“進歩的知識人”のグループ「平和問題談話会」が、“平和勢力”であることを期待した、中国とソ連の共産主義者も加わっている。

 ベトナム現共産政権の血まみれの過去に触れたからといって、「ディア・ハンター」のような映画を「反動的」として政治的に封印してしまおうとするような日本人こそ、自分にとってベトナム戦争とは何だったかを、今改めて深く考えるべきである。(むとう みつろう)

 【視点】1979年のアカデミー賞受賞作品「ディア・ハンター」は、ベトナム戦争で米兵捕虜がロシアンルーレットを強いられるなど、民族解放戦線側の残虐行為をも描いた作品である。東側諸国に評判が悪く、日本でも、山本薩夫監督らのグループが「ベトナム戦争の真実を歪める」として、映画の公開に抗議した。
 武藤氏は、作品を日本人の眼から隠すことこそ、ベトナム戦争の真実を歪め、「ベトナム共産政権の血まみれの過去」にベールをかけようとしているとして、東側に同調した山本氏らの行動を強く批判した。自分たちに都合の悪い作品には、表現の自由を認めようとしない日本の文化人の欺瞞をついた正論である。(石)

 えー、山本薩夫は、映画としては、すごく面白い娯楽映画を作るのに、こと共産党員としては、画一的な言論弾圧をするわけですね。作品に対する批評と、公開に対する批判は、まったく別物なのですがねー。
 今のグルーポン民主党政権もまったくそうなんですが、世界中の歴代全ての左翼政権国家は、ひとつの例外もなく、言論弾圧、人権抑圧、民主主義否定の軍事独裁化、内ゲバで内部粛清、に邁進する。
 ついさっき亡くなった、連合赤軍の永田洋子たちもそうでした。チャウシェスクのルーマニア、スターリンのロシア、金王朝の北朝鮮、毛沢東創業の中共王朝、政権を弟に譲ったカストロ王朝、もちろんヴェトナムもそう。
 自称リベラルの方(左翼と正式に名乗るのが、恥ずかしいんでしょ)は、オレはリベラルだぜぇ、ひとより人権意識や、言論の自由、民主主義は大切にしてるぜー、という方が多いと思いますが、左翼・リベラルであればあるほど、実は左翼・リベラルな政権の誕生を期待したり、アシストしたり、投票したりすることが、間違いなんだと、気付いてほしいですねー。 
 なぜなら、あらゆる左翼リベラル政権は、言論弾圧、人権否定、民主主義否定、独裁化、軍事政権化、するんですから。一国の例外もなく。特に内ゲバ、路線の違いによる同胞グループの抹殺は、左翼のルールみたいなもの。小沢一郎一味が、菅直人一味に、今、そうされてますよね。友愛、友愛言いながら、民主党の友愛路線は対外国のものだけで、国内では、同士殲滅こそ、国内制圧の手段なんですね。

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by mukashinoeiga | 2011-02-06 20:16 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(0)

山本薩夫「天狗党」

 神保町にて。「幕末映画血風録・第五回江戸文化歴史検定開催記念特集」。69年・大映京都。
e0178641_494059.jpg 幕末尊皇攘夷の、実質的な先陣を切ったのは、水戸藩の、若者たちである。しかし、それは、時期早尚であり、無謀な、少数派の<謀反>の、扱いをされた。私見だが、水戸藩は、倒すべき江戸幕府と地理的にも、あまりに近く、頼るべき京都と、あまりに遠かった。地政学的に無謀だった。そのうえ時期早尚、さらに、あまりに先鋭化していたための、先覚者の悲劇であった。水戸天狗党は、その典型であった。
 さて、山本薩夫映画の中でも、この「天狗党」は、あまり、上映されない。なぜか。
 理由は簡単。

1 典型的大映プログラム・ピクチャアである。要は、娯楽時代劇である。内容的にもさほど傑出はしていないし、天狗党自体が地味。しかも、仲代達矢が主演、大映としても傍流であろう。
2 天狗党は、時の権力にはむかう、高々数千~数百の、私的戦闘集団である。であるゆえに、その実態は、内ゲバ、疑心暗鬼による同士討ちの連続であった。
 これは、明らかに左翼~日本赤軍~新左翼の、内ゲバ闘争の暗黒史と見事にダブり、まるで、左翼武闘派の末路を比喩しているかのよう。
 共産党・山本薩夫の映画を、熱烈支持している左翼諸君にとって、わが身の醜悪さを鏡を見ているようで、脂汗たらーり、忌避しても当然ではないか。

 かくて、あまり上映されないし、話題にも上らない、というわけ。
 ヒロイン格でダブル・クレジットの、若尾文子、十朱幸代は、要所要所にしか出てこなく、まさに顔見世。
 主演・仲代は、例によって、クサいけど、味のない、棒演技。この人と、緒方拳、山崎努は、世間では名優扱いだが、どこがうまいのか、ぼく的には、棒俳優の一人。
 たらればの話になるが、雷蔵が生きていて、監督が三隅だったら、あるいは傑作になったのかもしれない。
 しかし、左翼とは思えないほど、山本薩夫は、天狗党を介して、左翼的醜悪さを、えぐるように、描くなあ。
 弱い立場の民百姓の味方のふりをして、最終的には、弱い者たちをどんどん裏切り、虐殺していく。左翼的権力の末路。
 しかし、こりゃ、天狗党は、完全にダシ、扱いだ、ね。
 加藤剛が、天狗党の、ナンバー3か4格の、幹部。あるときは、その直属上司たる神山繁の側につき、冷酷に下の者を切っていく。あるときは、下のものの側に立ち、苦悩する。そういう複雑な男なのだが、名前の通り演技も剛直な加藤剛のこと、そんな複雑かつ繊細な役回りは表現しきれないのが、見ていて、笑える。棒優

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by mukashinoeiga | 2010-09-23 23:33 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(9)

山本薩夫「にっぽん泥棒物語」

 神保町にて。「喜劇映画パラダイス」特集。65年・東映東京。
 破蔵師、つまり土蔵破りの泥棒集団を束ねる、三国連太郎。当時のことだから、米俵やら、着物やらを盗みまくる。その三国が、土蔵破りに失敗した、その深夜、漆黒の闇の鉄道線路を歩いていく九人の男たちを目撃する。 
 そして、翌未明、列車が脱線、死者がでる。線路の軌道レールが剥がされていて、脱線したのだ。当時流行りの国鉄テロ。しかし、逮捕されたのは三人の小柄な男たちと、連動する組合員たち(相も変わらず、ザ・良心派リベラル野郎に鈴木瑞穂ら)。もっと大柄な九人の、訛りのない非・地元民だから、この三人と、その仲間たちは、冤罪だ、と、三国には、わかる。しかし、それを公にくちにすると、同時に土蔵破りの悪事がばれて、やっと手に入れた、いまは平和な、佐久間良子とその子との家庭が崩壊してしまう。佐久間良子は、やっぱり、めちゃくちゃ可愛いので、この気持ちは、当然ね。 
 しかし、盗人にも五分の良心、三国は、真実を裁判の場で弁護側証人として明らかにする。加藤嘉、千葉真一!ら、良心派弁護士、室田日出男!ら、良心派新聞記者に、詰め寄られた結果だ。
 たいへん面白いが、はたしてこれは喜劇か。堅苦しい裁判の場で、ざっくばらんな、あけすけな、本音の証言をすることで、場内(映画の中での裁判所でも、映画の外でのわれわれ観客も)の笑いを誘う。卑怯ちゃ卑怯だし、さすがヤマサツ、とも思う。三国、快調。
 スーパー扇情監督ヤマサツの、イージー・リスニングな小快作。
 深刻な社会問題を扱って、骨太なエンターティンメントにしてしまう、ヤマサツ・メソッドは、その後の日本映画、世界映画には、現われていないということ。
 共産党左翼のヤマサツなのに、左翼、または左翼シンパの連中を描くと、とたんに、うすっぺらい人物ばかり、というところも相変わらず。まあ、左翼の皆さんは、本当に、ぺらい方々ばかりなので、これは、まあ、リアリズムなんでしょうが。
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by mukashinoeiga | 2010-06-11 23:21 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(0)

山本薩夫「真空地帯」

 京橋にて。「映画の中の日本文学 Part3」特集。52年、新星映画。
 冒頭、<新星映画>とともに、<北星映画>のロゴもクレジット。名前が似ているので、実質同一組織かしらん。
 そして、続くクレジット部分のバックには、髭のロシア人系軍人らしき銅像が映される。ソ連映画でよく見たような、タイトル映像で、まるで、ソ連映画みたい。左翼はわかりやすいなあ。心の宗主国、丸わかり。この映画もコミンテルンの指導に基いて作った映画か。まだ、共産党ソ連が光り輝いていた頃だからねー。
 そして、ヤマサツ演出は、もちろん後年のスーパーさを獲得する以前。大勢の登場人物が入り乱れ、それをまた、大勢の新劇系野郎役者たちが演じ(女性出演者は、日本人娼婦・利根はる恵一人のみ。かつてこの種の映画のヒロインが利根はる恵という時代がありました)、見事なアンサンブルではありつつ、まだ、後年のスーパー・ヤマサツ演出には、及ばない、未完成系。
 大阪城が見える兵舎群の中の濃密な人間関係。
 主人公は、二年三ヶ月服役の軍刑務所を出所した四年兵・木村功。戻ってきた原隊では、同期兵はみな大陸に送られ、ほとんどが戦死。かえって、自分の過去がばれずに、好都合か。
 今は、二・三年兵が初年兵をいじめる日々。いろいろ慣れない初年兵のミスを、ひとりが犯せば、初年兵全体の連帯責任、全員を罵倒、びんた、いじめの極地。いやあ、役者・スタッフ含め左翼諸君は、こういう日本軍の恥部を、生き生きと躍動的に描くなあ(笑)。自国の恥部を生き生き躍動的に描く心根というのも、まあ、左翼諸君お得意、ソ連譲りのものか(笑)。
 さて、木村功、軍刑務所帰りということで、訓練もせず、ただ兵舎でのんびり何もしない毎日。刑務所帰りこそ、ビシバシ鍛えるのが<悪い>日本軍にふさわしいのでは・・・・。ところが、なぜか、軍の仕事から一切免除される、モラトリアム状態。鬼班長・西村晃も木村功には、ミョーに優しい。
 腫れ物に触るような、異分子排除状態で。ここら辺説明が一切ないが、裏返して言えば日本軍は、犯罪更正者には、杓子定規なほど、気を使っていた、ということなのか。
 しかし、そういう建前はともかく、いや建前が、更生者に<配慮>すればするほど、回りのみんなは反感を持つのは世の常というもので。ムショ帰りなのに、何であいつばかりが、きつい訓練を免除されるのか、と。鬼班長西村も、木村功に対するときだけ、ミョーに猫なで声で。
 だから、木村に対しては、直接のアレはないものの、二・三年兵は反感持つわなあ。で、木村功も、そういう状況にわれ関せず、みなと溶け込む気もない。で、どんどん、マグマがたまり。
 木村を罵倒する歌をみんなが歌う。
 ここからが、意外な展開。普段は、帝国軍人にあるまじき、本当に蚊の泣くような声の木村功が、突如、キレる。
 オレは、お前らより上の四年兵やぞ!
 刑務所帰りは、もう怖いもんは何もないんだ! 
 お前ら、みんな並べ!
 威圧された、三・二・初年兵は、日ごろの習性か、そう言われれば、並んで、びんたを受ける。ことに目立つ二年兵は半殺しの目に。初年兵をいじめている二年兵も、かわいそうな初年兵も、日ごろ何くれとなく木村の面倒を見る三年兵・下元勉も、みんな、びんた、びんた、逆切れならぬ、正切れ?の木村功。

 ヤマサツ版「キャリー」か。
 左翼映画作家ヤマサツの不思議なところは、国際コミンテルンや、日共のテーゼどおり、おとなしく教条的左翼映画を作っていればいいところを、突如として、<映画の側>に<表がえる>ことにある。ここで、主人公・木村功が<場を支配>してしまったら、<旧日本軍の組織的悪の構造>の、強固さなど、たちまち崩壊してしまうではないか。相対的な悪に堕落してしまうではないか。

 木村功がキレた、その次のシークエンスでは、殴られたはずの下元勉が、優しく木村に進言し、木村逮捕・服役のからくりを教える。エ、ひょっとして、巻の掛け違い?と疑うほどの、対立のあとの滑らかさ。ま、ここが下元勉の強さか。インテリの下っ端兵を演じて、下元勉のベスト・アクト。いいなあ。

 スーパーではないものの、教条主義とは無縁な、左翼作家・山本薩夫の、佳作。ニコニコ顔(でも、やはり、切れるときは切れる)高原駿男、神田隆、三島雅夫、ら多数の俳優人の好アシストを受けて、好調。
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by mukashinoeiga | 2010-04-13 23:21 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(0)

山本薩夫「赤い水」

 三原橋にて。「生誕100年・社会派の巨匠 山本薩夫監督特集」にて。63年・大映東京。
 銀座シネパトスの今回の山本特集、「にっぽん泥棒物語」と本作のみが未見。
 というわけで実に久しぶりの銀パトである。かつて旧作レイトをしていた頃はたびたび行っていたが、それも昔の話、しばらく旧作上映はやめていたようで、昨年、改めて名画座宣言。銀座のど真ん中(からは、少々外れてはいるが)にしては、場末感漂う小屋の造りからして、もはや新作は二番館でも苦しいからだろう。いっそ経営的には映画館などやめて、きれいに再開発して、こぎれいなショップ街を作るべきなのだろうが、あまりに狭いほぼ地下通路同然の区画なので、金をかけるだけ無駄な空間なのだろう。生かさず、殺さず、現状維持(たぶん普通は埋め立てる川を、埋め立てずに再利用している、珍しい例なのかもしれない)それゆえの名画座宣言か。 
 しかし、そのせいかどうか、最近の映画館にしては珍しく、途中から入れるのだ。いまどき文化遺産並みに貴重や。もちろん座席指定なんて野暮はしない。
 二本立てのもう一本「浮草日記」は既見なので、終わり30分ほど見る。東野英治郎座長・娘は津島恵子・若手二枚目は菅原謙二の、どさ周りの三流田舎歌舞伎と、仲代達矢ら炭鉱町の労働組合の、美しき友情物語。純朴。甘い、甘すぎるぞ、薩夫。
 さて「赤い水」。典型的?田舎町のツバメ町。近在には、カラス町やらスズメ町やらあるらしいが、ツバメ町は開発の点で遅れているらしい。で、エロ坊主の伊藤雄之助(珍演!)の寺の敷地から赤い水が出る、これは温泉じゃあるまいかのう、温泉が湧いたら一大観光地になる、そうだそうだ、と思惑が肥大先行して、早速みんな周辺地の土地買占めにまい進する。その有様が、わっせわっせとどたばた調で描かれるのだが。これに絡む町議会の面々が、こゆくて、笑わせられる。
 町長に織田政雄! 老け作りの議長に船越! 町会議員に、若山富三郎、大辻志郎、潮万太郎、などなど。いずれも乗りに乗った快演を見せる。素晴らしい。
 濃厚なドタバタ喜劇。これに、地域の実力者・山茶花究、飲んでクダまくだけの左翼教師・宇野重吉、そして何よりうどん屋「うどんリキ」こと、お調子者にして、土地買占めの走狗となる、八波むと志の素晴らしさ、息のよさ! 若くして事故死した、このコメディアンの代表作じゃあるまいか。
 ヒロイン(なのか?)の滝瑛子、八波の嫁・森光、お色気芸者・中田康子も、さすがに上記コユい面子には負けてるぞ。
 山本薩夫の映画で一番POPでキッチュな映画になるのではないか。町の発展のため、山茶花への人身御供となる滝瑛子、壁に貼った映画グラビアの切り抜き・本郷功次郎・叶順子に妄想して、自分がその場面の叶順子に成り代わり、本郷とメロドラマ、エロ坊主雄之助の妄想では、日活無国籍アクションばりの黒衣の神父!に変身して、妄想のなかでガン・ファイト! 後年の重厚・山薩からは創造もつかない暴走ぶり。まあ、板についてはいませんけどね。
 ラストは、あまりにまじめすぎて紹介できなかった、正義の新聞記者・川崎敬三、恋仲・滝瑛子が同じ列車内にいて、互いに気づかない、というヤマサツ師匠・成瀬の「乱れる」ばりのメロドラマを予感させて、「終」。
 あれよあれよの暴走ぶり、必ずしも大成功というわけではないが、各役者陣の珍演快演は楽しい。なんせ、いつも必ずねちっこい課長・多々良純が、さっぱり味に見えるほどだ。
 「浮草日記」のスタンダード上映はやはり小さく(縦に細長い銀パトの後ろで見たら、かなり小さかろう)、「赤い水」のシネスコは、ピントが、やや甘い。銀座の場末・銀パトらしいといえばらしいか。見終わって出てきたら、正面にあるのが、名のみ聞くフリー・カフェ。某おかき屋のアンテナ・ショップで、ドリンク、おかきともに¥0の。ああ、アレってここだったのね。この次に来たときにいってみよう。
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by mukashinoeiga | 2010-02-16 00:56 | 山本薩夫傷だらけの左傾山河 | Trackback | Comments(0)