カテゴリ:佐分利信 サブリン人生劇場( 20 )

中村登「春を待つ人々」佐分利信有馬稲子佐田啓二岡田茉莉子・

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。59年、松竹大船。
 本来、この特集では、

木村恵吾「吹雪と共に消えゆきぬ」59年、松竹=歌舞伎座映画 <ぴあ映画生活HPより>
園村邦代は、全国各地に散らばっている昔の友だちを訪ねようと旅に出る。しかしそれぞれの友だちは皆、どこか悲しい影を背負っていて……。過去に郷愁を抱く一人の女性が、旧友たちの辿った各々の人生の断面をめぐっていく、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の名作「舞踏会の手帖」そのものの作品。

 を上映予定で、未見作ゆえ楽しみとしていたのだが、上映プリント劣化を理由にドタキャン差し替え。森雅之と佐分利信の共演映画なんて、あんまりなさそうなので、モリマ・サブリン両ファンとしては、超期待していたのに(泣)。

中村登「春を待つ人々」59年、松竹大船 <Movie WalkerHPより>
老政治家を中心に、人間は我欲や打算を取り去った時本来の姿に戻るということを描こうとしたドラマで、柳井隆雄・沢村勉のオリジナルシナリオを、「顔役(1958)」の中村登が監督、「彼岸花」の厚田雄春が撮影した。音楽は武満徹。出演者は、佐分利信・有馬稲子・佐田啓二・岡田茉莉子・高橋貞二・高千穂ひづる等々の豪華な顔ぶれ。

 既見作だが、やむを得ず(笑)再見。しかし、やはり面白い。
 仏頂面のサブリンが、隠し子発覚で子供たちに責められ、さらに仏頂面(笑)。
 愛人・沢村貞子に本妻に直してくれ、と責めさいなまれ仏頂面。
 隠し子の山本豊三少年に、いきなり訪問されて、仏頂面。
 さらに復帰を期した衆院選挙で落選して、超仏頂面。
 義息・佐田啓二に促され、京都のもと愛人・水戸光子宅を訪ね、長年完全放置していた娘・高千穂ひづるに、最初すげなくされて、またまた仏頂面。
 最初から最後まで仏頂面、仏頂声のサブリンがたのしいたのしい(笑)。
 自虐癖サブリンも、みんなに責めさいなまれて、さぞや歓喜だろう(笑)。

 娘・鳳八千代の夫・佐田啓二が、しなやかに、しかも頼もしく存在感を発揮する。これほど頼もしいサタケーも、珍しい&見物で。
 中村登の安定感ある演出も、グッド。
 ま、それにしても「吹雪と共に消えゆきぬ」、見たかった。
◎追記◎数年前に読んだ新聞記事では、サブリンのことを何も知らない学生たちが、サブリンは田中角栄に似ている、と評したと言う。
 本作のサブリンは、きわめて角栄に似た顔の政治家であり、サブリンファンとしては、納得しがたいが(笑)、確かに知らない人が見たらサブリンとカクエイは、似ているかも。
 ちょっと陰気な角栄と言うイメージか。もちろんファンとしては、承服しかねるが。

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by mukashinoeiga | 2014-11-18 23:43 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(0)

島津保次郎「朱と緑 朱の巻/緑の巻」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。37年、松竹大船。
 戦前島津保次郎にしては、いささか鈍なメロドラマ。その総集編か。
 サブリンは、重要なちょい役。
 主演は上原謙で、彼をめぐる三人の女の葛藤メロ。

朱と緑 朱の巻/緑の巻(16mm)公開:1937年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:島津保次郎
主演:高杉早苗、上原謙、高峰三枝子、佐分利信、岡村文子、奈良真養、東日出子、河村黎吉、水島亮太郎、武田秀雄、藤野秀夫
松沢家に侵入者があり、令嬢の千晶が襲われたのではと噂が広がる。ウンザリした千晶は、かねてから好意を持っていた戸山を大阪に訪ねるが、そこには戸山を愛する雪江がいて…。朱色と緑色のように決して混ざり合わない男女の仲を、東京と大阪を舞台に描く辛口のメロドラマ。佐分利は、侵入犯の清三を演じている。

 戦後は、すっかり蓮っ葉な女専門となったが、高杉早苗、愛らしい令嬢はお手の物。
 で、モンダイは残りのふたり。
 ちょっと面白いキャラだ。東日出子、声はちょいと栗島すみ子似の、しわがれ声。小太りのオバサン。年下の上原謙に色目を使う、実は高杉早苗の父・奈良真養の愛人。
 上原に脈がないと悟ると、愛人の娘・高杉と上原の結婚を画策。奈良の財産の漁夫の利狙いか。
 戦前松竹メロ、ふだんは河村黎吉当たりの悪い男がヒロインを不幸に陥れるのだが、本作ではその女ヴァージョンを狙ったのか。面白い狙いだ。

 なお東日出子を検索すると、

1927年 宝塚少女歌劇レビュー初演(『モン・パリ』) 9月9日 - 秋収起義起こる 9月13日 - 日本ビクター設立 9月21日 - 三越で日本初のファッションショー開催(水谷八重子・東日出子らがモデル)

 本作出演10年前は、モデルもする、しかも日本初の。モダンガアルだったのね。

湯浅憲明 1933年9月28日 - 2004年6月14日)は、映画監督。 東京世田谷区赤堤に生まれる。 祖母は初期の新派劇女優で、映画にも出演した東日出子、父は松竹蒲田、日活、大映と移り、戦後は東横映画、大映で活躍した俳優の星ひかるという演劇一家に育った。

 祖母は東日出子、その息子は星ひかる、駄洒落みたいなネーミングは、宍戸、宍戸親子に匹敵か。で孫・憲明には、二人の日・星に共通する「明」をネーミング、と。うーん。

 そしてモンダイのもう一人は、ざっくばらんの大阪令嬢・高峰三枝子、松竹伝統?の、ナンチャって大阪弁で、お嬢様(高杉の洋装お嬢様に対して)和装派令嬢なのに、上原謙に相手にされない欲求不満からか、なんと競馬狂い。競馬場に通いつめ、いと怪しげな河村黎吉の指導の下、馬券買いにいそしむ。うーむ、これぞ時代の先端を行く超モダンガアルか。
 料亭に連れ込まれて(というより、連れ込んだは三枝子のほうか)さしつさされつしながら、
河村黎吉「俺がもートウも若けりゃ、お前さんを口説くんだがな」
三枝子「あら、あたし、五十のおじさん、好きよ」
黎吉「おお、そうかいそうかい。なら、ここはひとつ・・・・」
三枝子「あら、ダメよ。あんた、五十に、ふたつ間があるじゃないの。それに、ちゃんとした職にもついてないし」
 などといいようにあしらい、あんた、ちゃんと職について、五十になる前までは、あたしの子分になりなさい、なんて、とても令嬢とは思えない、やんちゃぶり。
 これがラスト、上原謙へ失恋したばっかりに自殺を企てる純情娘とは思えず(笑)。
幕を引くための、無理やりの幕引きだろう。
 なお、高杉早苗の父・奈良真養が三枝子をモノにしようとするも、幕引きでは後悔。幕引きではいろいろな人が身の始末を付け、映画の後味をよくしようといそしむ。通俗メロドラマのお約束で。
 通俗戦前松竹メロすべての手口を繰り出すが、いかんせん「教科書の凡庸」の退屈からは、抜け出せない。

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by mukashinoeiga | 2014-11-12 00:43 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(2)

吉村公三郎「誘惑」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。48年、松竹。
 同時上映ゆえの再見。
 いやー、まさか、殿山泰司の学生服詰襟すがたを見るとは、思わなかった(笑)。
 これは、ヤバいっしょ(笑)。
 感想駄文済みの佐分利信「人生劇場 第一部 青春愛欲篇」でも、加東大介が詰襟学生服だったが、ぷりっぷりつやっつやのお肌で、ああこういう老けた学生アルアルだったけど、さすかに、くすんだお肌の殿山泰司では、まずいっしょ(笑)。
 いくら監督脚本が盟友、吉村&新藤コンビとはいえねー(笑)。
 まあ、この時期は、戦争帰りの、老けた学生、いわゆる帰り新参といっていいのか、そういう学生がいたのはある程度事実だろうが、いくらなんでも殿山泰司(笑)。
 なお、殿山の同級生・ハラセツは、上目遣いでニッコリの女子大生に、無理なく溶け込んでいるかに見える。究極のぶりっ子といえなくもないが、めったやたらと上目遣いで男を見上げ、この時期最強のアイドル女優の一人か(笑)。

『誘惑(16mm)』公開:1948年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:吉村公三郎
主演:原節子、佐分利信、杉村春子、山内明、芳村直美、河野祐一、殿山泰司
弁護士の矢島は、恩師の娘・孝子が苦学していることを知り援助を申し出る。やがて、道ならぬ恋と知りつつ二人は…。互いの情熱を抑えられなくなる孝子(原節子)と矢島(佐分利)の大人の恋の行方は!? 嫉妬に身もだえる病身の妻を演じた杉村春子の怖すぎる演技は必見。

 さて、妻・杉村春子が病弱なため長期入院中、サブリンは、フレッシュな女子大生、ハラセツに夢中。
 ハラセツも、幼い頃、父のもとに出入りしたサブリンに、まんざらでもないところ。
 こんな通俗的メロドラマだけでは飽き足らない新藤兼人脚本は、ハラセツの同級生・山内明が、アルバイトの闇商売で逮捕されたり、国会議員サブリンが、別の党から出馬する西村青児を応援して、党から不快がられるリベラルさ、などというコネタを、中途半端に展開。
 そんなのもどうでもよいよ、の二流メロドラマ。
 最後、まじめな山内明を、ふって、サブリンのもとに駆けつけるハラセツ。
 手袋のまま、窓をこんこん。サブリンが窓を開けると、
 両手でグーを作って、あごに当て、微笑むハラセツ。もちろん上目遣い。
「戻ってきちゃった。いけない?」雪。
「なんだ、寒いじゃないか」
 ハラセツを抱き上げ、窓から部屋に引っ張り込むサブリン。
 あまーい、ハッピーエンド。 
 吉村&新藤コンビで、この、あまーいハッピーエンドは、珍しくないかい。
 戦後としては、珍しく癖のない二枚目に徹するサブリンと、アイドル女優の美質のハラセツの、カップリング。

★原節子の世界★
 こちらは、ハラセツ愛に満ち溢れた、必見ブログ。
★原節子2第1部-PAGE1|日本映画写真のキネマ写真館★

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by mukashinoeiga | 2014-11-06 00:40 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(1)

佐分利信「心に花の咲く日まで」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。55年、文学座、配給・松竹。
 本作では、サブリンは出演せず、監督に専念。主演の三十代には若すぎ、かといって年配者らのなかに、重要な役もない、ということでの、監督専念か。あるいは文学座主体のユニット製作で、「ぼくが出なくても、役者は、そろっている」ということかな。
 自分の優柔不断から失業した夫・芥川比呂志と、づけづけいう妻・淡島千景の物語。
 強い妻と、柔わな夫の、物語。
 いかにも、自虐サブリンならでは、のメロドラマだ。

『心に花の咲く日まで(35mm)』(35mm) <渋谷シネマヴェーラHPより>
公開:1955年
監督:佐分利信
主演:淡島千景、芥川比呂志、丹阿弥谷津子、杉村春子、仲谷昇
都営住宅で暮らす三吉と妻・すず子と赤ん坊。失業した三吉の代わりにミシンで生活を支えるすず子だったが…。貧乏ゆえのケンカもするが、小さな楽しみと前向きな明るさで苦労を乗り越える夫婦の姿を、愛情込めて描いた一作。美青年と駆け落ちしたものの、情緒不安定で毎日愚痴をこぼしにやってくる森下さんを演じる杉村春子が笑えます

 上記青字には、疑問。笑えないよスギハル。こんなこと書いたやつは、頭おかしい、と思うレヴェル。
 むしろ、杉村春子を、その泣いてる姿を、美しい、とか、色っぽいと、芥川・淡島夫婦の、意見にドンビキ。
 役者仲間内でのウチワぼめ、というか、特定業界・特定団体文学座(笑)にのみ通じるローカルルール(笑)を、一般に押し付けているかのようで。そういうキャラを、スギハルにやらせる、というのも、ドンビキで(笑)。
「あなた森下さんが泣いていたのに、グッときたでしょう」「確かに、それは否定できないな」(大意)、には、わが耳を、疑うほど。盛りすぎだろ。
 逆にぼくは、美青年駆け落ち夫・仲谷昇のほうにこそ、心の中で爆笑。
「ぼくは天才だ」「ぼくは芸術家だ」と、何のテライもなく高らかに宣言。
 淡島千景にも、超クサい口説き文句で、粉をかけるのを、忘れない(笑)。
 さらには、「ぼくはいま、小説を書いています。長編だ。芥川賞に出すつもりだ。そうだ、あなたのご主人(芥川比呂志)にも、読んでもらいましょう」
 には、ひそかに心の中で大爆笑。でも、場内は、シーン。ここで、笑わなくて、どーする(笑)。
 ここがフィルムセンターならば、面白くもなんともないシーンで、鼻から抜けた間抜けな笑い声を出す御仁がいて、この御仁がいたら、脱力するような笑い声を、発するはずで、いつもは軽くイラッとするのだが、今回、この御仁には、いてほしかったぜ渋谷(笑)。
 別シーンでは、芥川比呂志のいる場で、芥川賞、芥川賞、連呼するんですぜ仲谷昇(笑)。
 ちなみに「芥川賞に出すつもりだ」って、アレは応募制の新人賞ではないでしょう(笑)。

 突如、スローモーションで踊りだす淡島千景。主婦らしくシャツをたたみつつダンス。まぢめなホームドラマに、突如挿入されるヴァラエティ。サブリン、こういうのを必ず挿入する。なんだろう。サーヴィスか。シリアスなドラマに突如風穴を開ける異次元。説明不能の意欲による鈴木清順ゼーション。
 いや、サブリンとしては、ふにゃふにゃした夫への、心理的抵抗ダンスと、いうべきだろうか。
 東宝、新東宝、東映、松竹で撮ったサブリンは、日活作品はないのか。同じく俳優出身の山村總監督「黒い潮」のチーフ助監督は、鈴木清太郎だった。ありえたかもしれない、サブリン/清順のコラボすら、夢想する。

 淡島の実姉・文野朋子の、「気持ち悪さ」。自分でさっさと、人の迷惑顧みず決めてしまう女。その快、ないしは不愉快。文野朋子って、円谷プロの怪獣そっくりの顔で、見るたびに、楽しい(笑)。ガラモン?
 淡島の実弟の、ガールフレンドに加藤治子。
 最初はボーイッシュな、職工風の男装。二度目は振袖。三度目は洋装か。まだ若い彼女の、年齢に不釣合いな「大人」志向。危うい(笑)。のちの加藤治子をセルフパロディにしたような、危うさ。
 この女優の資質を、さすがサブリン、見抜いてらっしゃる。
 しかし、こうしてみると、加藤治子、丹阿弥谷津子、賀原夏子と、文学座には、女優としても女としても、やや、ヘンな人しかいないかの印象で、スギハル以来の伝統か。第一主演女優に淡島千景を持ってくるあたり、スタア女優不足は明らか。

 傑作とかそういうレヴェルではないが、気楽に見られる娯楽作。というか、わざわざ文学座の、いわばアルバイトなんだから、なぜ、もっと「意欲作」にしなかったのか、そこは疑問。

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by mukashinoeiga | 2014-10-29 07:34 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(2)

佐分利信「人生劇場 第二部 残侠風雲篇」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。53年、東映東京。
 感想駄文済みの★佐分利信「人生劇場 第一部 青春愛欲篇」★★続・佐分利信「人生劇場 第一部 青春愛欲篇」★の、続編。
 なお、本作のフィルム上のタイトルは、「人生劇場 第二部」という。決して「残侠風雲篇」というのは、ありませんでした。
 そして本作は、まさに史上最強最多のすれ違い&袖(そで)振り合いメロドラマだ。
 「袖振り合うも多生の縁」とばかり、あらゆる登場人物たちが、すれ違い、すり違い、そでを振り合うように邂逅する。
 主人公・青成瓢吉の、歴代彼女、高峰三枝子、島崎雪子、 轟夕起子が、そうとは知らず、互いに出会いあう。
 瓢吉の、中学時代の恩師・笠智衆は、そうとは知らず、瓢吉のあらゆる知り合いと、街で互いに出会いあう。
 飛車角・片岡千恵蔵も、そうとは知らず、瓢吉のあらゆる知り合いと、互いに出会いあう。
 すべての関係者が、すべての偶然で、知り合う。
 まさに戦前松竹メロドラマ(サブリンの俳優的出自)の鉄則のごとき、出会いと別れとすれ違いとそで振り合いを繰り返す。これぞメロドラマ。
 これぞ人生劇場。
 と佐分利信は、嘯くのだ。本作こそ、まさしく、キング・オブ・メロドラマ!
 すべてのメロドラマは、本作に、ひざまずくべき(笑)なのだ。

『人生劇場 第二部 残侠風雲篇(35mm)』公開:1953年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:佐分利信 主演:舟橋元、佐分利信、北林谷栄、高峰三枝子、月形龍之介、片岡千恵蔵、島崎雪子、内田良平、笠智衆
大学を飛び出し作家になった瓢吉、入獄した飛車角、芸者になったおりん、兵士とともに大陸へ向かうお袖、そして吉良常の死。戦争の足音が聞こえる動乱の日本で、瓢吉と彼をめぐる人々の運命もまた翻弄されていく。人々の流転の人生を佐分利が見事に演出し、名作の呼び声高い文芸巨篇第二部。フィルムセンター所蔵作品。

 で、あまりに偶然の出会いがありすぎ、あまりに偶然のすれ違いがありすぎるために、ほとんどギャグの様相を呈し、コント状態、もう笑うしかないのだが。
 まるで、巨大水槽の中でうごめく魚たちが、接触したり離れたりを繰り返す、あるいは原子や素子などの接触反発の繰り返しのように、出会いと別れを繰り返す人間たち。
 さよならだけが人生だ。しかり。
 偶然の邂逅とすれ違いこそ人生だ。しかり。
 なんという、楽しい、悲しい、タッチ&ゴー。
 今で言う左翼、無産党から選挙に立候補した加東大介の立会い演説会に、ヤクザ侠客・片岡千恵蔵が、応援弁士に立つ!(しかも、同じく任侠道一筋の吉良常・月形龍之介の代読という形で! 龍之介の選挙演説というのも、激しく(笑)聞きたかった!)
 古風な侠客・月形の危篤の枕頭に、左翼の加東も、侠客仲間の片岡千恵蔵も、等しく、皆々はせ参じる。
 これこそ、満映帰りの製作マキノ光雄の、「いい映画(=ヒットする映画)に、右も左もない」という理想郷そのものの図では、なかろうか。
 佐分利信監督作品を、総合的に論評した、数少ない貴重な講演録★木全公彦講演「佐分利信を再見する――第3回 アナクロニズムの会」★(必読)によれば、赤軍監督(笑)足立正生は、佐分利信監督は、ぼくたちの政治的アイドルで、新左翼だ、と語ったという(大意)。後年、まさに右翼の大物ばかり演じたサブリンは、右からも左からも愛された形か。

 その意味では、おそらく、なんらかのソ連映画を参照したのだろうか。主人公・青成瓢吉(舟橋元)と、その幼なじみ・高峰三枝子との海岸での逢瀬が、常に石ころの河原や樹木と二重写しの、長々トリッキーさ。これだけ長いと、通常の東映娯楽映画の矩を、やすやすと越えている。
 そして、これもたぶんソ連映画由来かと邪推する、笠智衆が公園で酔余の乱痴気騒ぎを銅像(西郷さん?)が笑うクレイ・アニメーションがインサート。
 いったい、この映画製作当時のスクエアな文芸映画製作状況の下、まぢめな?人生ドラマに、粘土アニメの挿入などという酔狂は、サブリン以外になしえるか(笑)。
 あの仏頂面で、この酔狂。
 おそらく原作に「(笠智衆の)酔態に、銅像も苦笑いしたかのようだった」というような一文があったとして(原作未読のまま推測)普通は映画からは削除されよう描写を、クレイアニメを繰り出してまでの、再現。
 サブリン、やるなあ(笑)。
 これは、感想駄文済みの前年作、同じく佐分利信「慟哭」の一シーンで、文字が画面を乱舞する、まるでCG使用ばりの、1950年代の日本映画では見たことのないようなショットを混ぜ込ませていたサブリンの「意志」を感じる場面だ。その意味でサブリンは、おそらくは、数十年かは早すぎた演出センスの持ち主なのだ。
 さらに、吉良常・月形龍之介の、葬列が、笠智衆をはじめとして、ことごとくスローモーションの葬列というのも、おそらく、日本映画の時代の最先端というべき。
 橋の上を笠智衆ら葬列が通る。スローモーション。
 その橋の下の道を、出征兵士を送る「祝賀」行列が通る。スローモーション。
 二つの長い、練り歩く行列が、上下で交差する。スローモーション。
 この描写も、1950年代の日本映画では見たことのないような斬新さがある。
 70年代以降の「斬新な映画」では、当たり前のクリシェとなった技法では、あるが。
 さらにいえば、盧溝橋事件を知らせる号外を、街行く人々が次々受け取っていく場面で、一人の不機嫌そうな男(エキストラか)が、もらったとたん、不機嫌そうに破り捨てて、去っていく。
 こんな描写も、何らかの前例はあるのかもしれないが、昔の日本映画では、見た記憶がない。
 また冒頭の三流紙「極楽新聞」(編集長が杉狂児で、主人公の同窓生・内田良平らが記者)のくだりで、おそらく当時としては、一般観客にはフクザツな、時制戻しがあり、このいまではまったく当たり前な手法で、そっけない編集でつなげているのも、当時としては、斬新だったはずだ。同様な手法を佐分利信「愛情の決算」では、全篇にわたって採用している。
 常に、紋切型の描写を廃したい、サブリン監督の意思と、見る。

 この映画の、一番の欠点は、主演・青成瓢吉の舟橋元に、まったくスタアオーラがない点か。
 歴代彼女につらく当たるシーンの数々は、まったくのドン引き。見ていて、まったく快では、ない。
 おそらく不機嫌顔でもサマになる俳優サブリンが、演じたら、こういうドン引きには、まったく、ならなかったろう。1930年代の青年サブリンだったら、女につらく当たるシーンでも、にこにこ楽しく見られただろう(笑)。
 感想駄文済みの佐分利信「広場の孤独」の菅佐原英一もそうだが、サブリン映画の不幸は、主演に、青年サブリンを得ることの出来なかった不幸であることに、ほかならない。
 サブリンもまた、自分と同じタイプの武骨青年を、新人で次々試して、失敗している。やはり、女に愛想がない究極のツンデレ青年を演じて、サブリンの右に出るものはいない、そもそも女に冷酷無愛想な青年を演じて、なおかつ愛嬌がある、という資質が、きわめてサブリンのみに突出した美点ということに、ついぞ気づかなかったのは、本人ゆえの不幸か。

 なお、舟橋元は、自分の女には、しゃれにならないくらいつらく当たり、故郷の母親・北林谷栄には、長年のご無沙汰だが、親友たち、侠客・月形や片岡には極めて、愛想がよい、にこにこ顔。
 頑固オヤジ・サブリン由来の血か、父親、月形ら、年上の男性には弱いのか、ホモソーシャルな、ブラザーフッド世界では、猫をかぶりつつ、自分の女には超強気な典型的内弁慶タイプか。
 いずれにせよ、舟橋元では、見ていて、楽しくは、ない。 

 そしてこの映画の数ある美点のひとつは、主人公の歴代彼女を演じた女優の素晴らしさ。
 前作同様の島崎雪子の愛らしさ。自分のほほをつつくことによって、タバコの煙を調節する愛らしさ。
 現カノ・轟夕起子と、元カノの島崎が、一緒に露天風呂。もっと裸体を見たかった(笑)。
 そして、轟夕起子がインテリ女流小説家。このエピソード、舟橋元とでは、なく、役者サブリンとのコラボが、見たかった。監督サブリン、青年サブリン主演であれば、これは大傑作になっていたこと、まちがいないのだ!(垂涎)
 島崎雪子が、あらゆる登場人物と「偶然の出会いと別れ」を繰り返す、ほとんどコント状態なのだが、彼女の圧倒的愛らしさが、その偶然を、必然に変える。素晴らしい。
 おどけ者の笠智衆も、またあらゆる登場人物と、街場での偶然の出会いと別れを演じる。戯れのピエロの愛らしさ。
 なお、自身は一切酒が飲めない彼が、すべてのシーンで、酔いどれていて、だれかれなしに酒をたかる、愛らしさ(笑)。島崎雪子も、舟橋元へ、このお金渡してね、と笠に金を託すなんて、まさしく、猫にまたたびだろうが、ああ、なんて、愛らしい間抜けさ。
 第一部が、木下恵介「女の園」と拮抗する、まさしくサブリン版「男の園」で、あった。第二部は、まさしくサブリン版「天井桟敷の人々」。第一部ほどではないが、第二部でも、登場人物たちは、歌いに歌う「歌う映画」でもある。
 とっちらかったコメディ志向が、おそらく一般には(第一部より)不評かもしれないが、ナニ、ぼくは、大満足だ(笑)。
 なお、ワンシーンのみの出演に、三橋達也、杉狂児、沼崎勲、山形勲、相変わらず豪華。
 伊丹十三、田中絹代など、当時の著名俳優が監督した映画は、公開当時は必要以上にマスコミをにぎやかすが、その反動か、本人の死去に伴い、急速に忘れ去られていく。
 上記ふたりの映画は、まあ、当時はもてはやされすぎであり、付加価値がなくなって、忘れ去られるのは、納得できなくもないが、サブリン映画は、違うと思いたい。
 多彩な登場人物が交差するかのように乱舞する群像ドラマを見事に演出し、すべての俳優に見せ場を用意する俳優愛。今後、サブリン監督作は、その出演俳優の特集が、名画座である場合、マストアイテムの一本であるべき(断言)。

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by mukashinoeiga | 2014-10-27 03:00 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(1)

続・佐分利信「広場の孤独(廣場の孤獨)」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。53年、新東宝。
 先の★佐分利信「広場の孤独(廣場の孤獨)」感想駄文★の続き。
 本作は、この映画製作当時の「世界の中の日本」に関する、ドキュメンタルな世情・心情レポートを、娯楽映画の範囲内で描こうとした、意欲作である。
 しかし、娯楽映画というものが、斬った張った、惚れた腫れた、泣いた笑った、の「小説」的世界を、通常は描くとすれば、本作は「一国の運命」「一民族の行く末」を、描く「大説」的世界、実に野心的な試みであり、それは、かなり成功していて、非常に緊密な、ドキュメンタルなドラマと、なったと思う。
以下、ネタバレ。

『広場の孤独(デジタル)』公開:1953年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:佐分利信
主演:佐分利信、津島恵子、菅佐原英一、高杉早苗、千田是也、津島恵子
スターリン死去の報に沸く冷戦下の日本に、動乱利権屋のティルピッツが入国し、右翼と左翼の衝突を画策。その暗躍に、日産新報外信部副部長の原口(佐分利)と妻が巻き込まれ…。原作者の堀田善衛、武田泰淳、片山哲(社会党書記長)など、多くの政治家、文化人も出演し、佐分利の監督としての格を見せつけた社会派大作。冒頭15分ほど画面と音声の乱れが続きますことをご了承の上、ご覧ください。

 主舞台となる新聞社、日産新報、映画に登場する新聞としては「毎朝新聞」が定番か。その中で「産」の字は、珍しい。
 サブリンの妻・高杉早苗は戦前の上海の生まれ、育ち。島国日本のスケールを逸脱している彼女は、しみったれた、ビンボーくさい日本が大嫌い。呪詛するがごとく日本の現状をのろい、夫サブリンの無能をあざけり、そう、本作では、サブリンは、日本そのものの象徴と化して(笑)いるのだ。
 サブリンの自虐趣味と、日本人一億の自虐が、奇妙にシンクロする(笑)。
 「日本を呪詛し、国を売る」日本人は、現在でも左翼に多く見られる。現代にも通じる話だ。
 その高杉がオーストリー人「動乱利権屋」の手先となっている。
 「動乱利権屋」とは、なんぞや。他国の内乱、動乱を煽り立て、世情不安を原資にダーティーマネーをいただこうという寸法か。
 その高杉の行為を、裏で指図しているのがサブリンだという誤解から、部下・菅佐原英一は「国を売るとは何事か」と、サブリンを鉄拳制裁。
 まず、妻の悪事は夫の指揮下にあるのだ、という誤解。サブリンは、ホントウは妻を制御不能、という実態を知らぬゆえ(笑)の誤解だ。
 にしても「売国奴」に鉄拳をふるう新聞記者、というのも珍事だ。現在でも、朝日、毎日の諸君は、率先して、「ニュースを売る」イコール「国を売る」と、「意図的勘違い」をしているわけだからなあ。

 おそらく原作由来の「広場の孤独」とは、何か。
 暗い広場のなかに、強烈なスポット・ライトが二つ。この二つの強い光にさらされて、自分たちは、うろちょろあがいている。二つの強い光とは、文字通り米ソの冷戦をさし、それにホンロウされる「小国の悲哀」ということだろう。
 外国勢力の「草刈場」と、なっている「悲哀」。
 で、高杉の発想には、米ソ冷戦の渦から、逃れえている国としても、アルゼンチンが想定されている模様。当時のアルゼンチンが、米ソから自立した大国ないし中堅国として認識されている。誤解なのだが。
 しかし、それはある意味、影響ある大都市から、遠く離れている「田舎町」の利点であって、それは、やがて、没落するもととなるだろう。

 当時の日本の「小国の悲哀」は、やがて減殺されることになるだろう。日本自身が小「大国」にのし上がり、ソ連のパワーは衰退した。そのDNAは、現在もクリミア半島で発揮されたが、かつての勢いはない。
 日本は「あいまいな中州」から、アメリカの「安定した子分」の位置に落ち着き、しかし、強い自己主張をしないがために、依然として、国連など外交の場では「小国の悲哀」を味わっている。
 現在、今度は米中の二大国にはさまれて、「小国の悲哀」を味わっているのは、韓国だろうか。ただ、歴史を通じて、一貫して支離滅裂なこの国は、自ら求めて、その失策ゆえに、大国間でホンロウされているように見える。
 支米滅裂

 で、強烈な個性の高過ぎ、もとい高杉早苗の陰に隠れて、印象が薄くなっているヒロイン津島恵子が、侮れない(笑)。アメリカ系商社?の事務員だったが、日本人女性社員のみの健康診断をする、あたしたちまじめな女性を、パンパンと同一視している、ということで嫌気がさし、退職。
 次に、モンダイのオーストリー人「動乱利権屋」が、隠れ蓑にしている花屋に就職。
 でも、オーナーの裏稼業を敏感に感じ取り、今度は日航のスッチーに。
 ちゃらちゃらと、立場を変えていく、しなやかな(笑)津島恵子。日本のある側面でもある、自由自在な「転向」傾向を表わして、きわめて軽快である(笑)。ある意味では、兄・田島義文(日産新報の左翼的組合委員長)以上の転向を繰り返して、なおかつ兄の転向は、平気でなじる(笑)。
 この津島の「変転・流浪する運命」は、まさに戦前松竹メロドラマのヒロインそのまま。このヒロインの変転でドラマを転がす、サブリンのメロドラマ監督としての腕もグッド。やるぅ。

 面白いのは、大磯の高級花屋の津島が、わざわざ羽田空港に日参する。来日する外国人がバラの花束を持っていると、その花束を譲り受け、日本にはない品種を育てるため。なるほどな、と思う。今からは予想もつかない花屋事情。
 そうして空港に日参するうちに、スッチーへの憧れを持つ。原作由来だろうが、ナイスな展開だ。
 珍奇な外国産品種への、あこがれ。

 サブリン、スサリン(笑)菅佐原英一共通の知人である、アメリカ人従軍ジャーナリストは、言う。
「もう朝鮮(戦争)は、卒業だ。今度は、ホーチミンの仏印に行く。次が、日本にならないことを、祈っているよ」
 うなづく菅佐原。そういう時代だったのだ。
 サブリンのジャーナリスティックなセンス、ドラマのセンスは、きわめてバツグン。あの仏頂面の影で(笑)。
 なお、多数のインテリ面の新劇人が、新聞社記者として、出演。この贅沢な多量出演こそ、俳優出身監督にして、リベラリストが多い新劇人からサブリンが信頼されていた証。その中で、インテリ面ではない小沢昭一が、屋台のラーメン屋として数秒出演しているのは、シモケンさんのご指摘どおり。

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by mukashinoeiga | 2014-10-23 11:11 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(0)

佐分利信「広場の孤独(廣場の孤獨)」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。53年、俳優座、配給・新東宝。
 うーん、きわめて劣悪なデジタル画面ながら、きわめて面白い。
 多彩な人物が右往左往する群像劇を、多彩な俳優たちが、生き生きと演じる、集団ドラマが、サブリンは、ホントウにうまい。
 ふつう社会派映画監督というと、今井正、家城巳代治、山本薩夫など名が挙がるが、本作のサブリンは、彼らを軽く凌駕した、極めつけの社会派映画作家といえる。
 本作のサブリンを見てしまうと、彼ら、今井、家城、山本などは、社会派「風味」監督、似非社会派「通俗」監督に、思えてしまうほど。
 こんな、骨太かつアップツゥデートな、問題作は、彼ら代々木系の三監督は、作ったことは、あるまい、というほどだ。しいて類似作を挙げるとすれば、黒沢明「ある生き物の記録」くらいか
 恋愛メロでなければ、豪快アクションでもない、文芸メロでもなければ、キワモノ猟奇エログロでもない、こんな「商売にならない」映画を、良くぞ「商売第一」の新東宝は作らせた。まあ、なんかのどさくさにまぎれて、勝手に作られたのかもしれないが、許す。
 それに比べて、新東宝の遺産を引き継いだ国際放映は、一部の小津や成瀬などの要注目作のみ35ミリで保存しつつも、無名の諸作は、名画座にもホームヴィデオ並み(本作は以下だが)の劣悪なデジタル素材のみ提供する。
 本作など、劣化した16ミリ・ポジの流しこみデジタル化、画面は揺れるし、音声は最悪。
 もしいまも、この16ミリポジが存在するなら(国際放映のことだからデジタル化と同時に廃棄というのは、十分ありうるのだが)フィルムセンターも、くだらないごみフィルムを「発掘」する代わりに、本作のコマ撮りデジタル・リマスター化をすべきであろう。それくらい、歴史証言的にも、映画的にも、貴重なフィルムなのだ。
 本作は、戦後社会派ドラマの、最重要トップテンの、上位に入るべき映画なのだから。

『広場の孤独(デジタル)』公開:1953年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:佐分利信
主演:佐分利信、津島恵子、菅佐原英一、高杉早苗、千田是也、津島恵子
スターリン死去の報に沸く冷戦下の日本に、動乱利権屋のティルピッツが入国し、右翼と左翼の衝突を画策。その暗躍に、日産新報外信部副部長の原口(佐分利)と妻が巻き込まれ…。原作者の堀田善衛、武田泰淳、片山哲(社会党書記長)など、多くの政治家、文化人も出演し、佐分利の監督としての格を見せつけた社会派大作。冒頭15分ほど画面と音声の乱れが続きますことをご了承の上、ご覧ください。

 本作の特徴は二つ。
 まず、簡単なほう(笑)からいうと、サブリンの自虐趣味。
 ヌーボーとした「鈍感さん」な夫に対して、その妻・高杉早苗は、夫とは比較にならない肉食系、夫をいつもコテンパンにののしり、夫よりも生活能力旺盛。新聞社勤務のサラリーマン夫に対して、外車ディーラー(当時の花形職業)、外人専門の脱法カジノでの荒稼ぎ、外人スパイの手先を率先として、引き受け、ドルの獲得に奔走する、ある意味での、スーパーレディだ。
 妻にガンガン責められる夫という、しかも稼ぎは妻が上、そんなことは辞めろよ、というサブリンに対し、「あなたの月給が十万超えたら、家でおとなしくしてる妻になるわ」と、毒舌絶好調。
 イヤー、サブリンの自虐趣味、満開やね(笑)。
 この「強い女」高杉早苗が、絶対の魅力。責められているサブリンは、絶対興奮してるはず(笑)。
 しかも、部下の青年・菅佐原英一(サブリンにスカウトされて、本作でデヴュー)に、公衆の面前たる路上で、鉄拳制裁されて、殴られまくり、泥まみれとなる。
 自分がスカウトした新人に殴られまくる、という、いまならやおい的展開というべきか(笑)。

 さて、では、高杉早苗は、なぜハイリスクハイリターンな、ドル稼ぎに奔走したかというと、上海生まれ上海育ちの彼女は、
「こんな、しみったれた東京、しみったれた日本は、大嫌い」と、日本を嫌悪、アルゼンチンへ「逃げ出す」ために、高額な海外渡航費用をためているわけだ。
 これまた、当時の映画、前述黒沢明「ある生き物の記録」や、日活無国籍アクションにも共通する、日本忌避、嫌悪、日本否定、海外雄飛の、当時の<時代的気分>だ。
 もっとも、<ここでない、どこか>に対する嗜好/志向は、ある程度、いつの時代にも、あるわけだが。

 では、なぜ、アルゼンチン、なのか。黒沢、日活も、みんな、ブラジルなど南米を目指す。
 ここで興味深いコラムを、最近読んだ。ぼくはペーパーで読んだが、同記事はネットでも読める。
★【日本の解き方】世界を知らぬエセ論者には社会&経済問題の解決は困難だ (1/2ページ) - 政治・社会 - ZAKZAK★
 かつて筆者が米プリンストン大学で学んでいたとき、ポール・クルーグマン教授が面白い話をしてくれた。
 「研究対象としては、日本とアルゼンチンが興味深いね。(経済学者の)サイモン・クズネッツが言っていたが、世界には『先進国』『途上国』『日本』『アルゼンチン』の4種類の国しかない。先進国と途上国は固定メンバーだ。例外として、日本は途上国から先進国に上がったが、アルゼンチンは逆に先進国から途上国に下がった。日本もアルゼンチンも“病理学的見地”から他に類を見ない面白い例なんだ」(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

 同氏は同様の別コラムでも、
『母をたずねて三千里』というアニメをご存じだろう。130年前、イタリアからアルゼンチンに出稼ぎに出た母を訪れる物語だ。今ではアルゼンチンを先進国と思う人はいないだろうが、当時は出稼ぎを受け入れる立派な先進国だった。

 と、のべている。
 当時としては、「ここでないどこか」「米ソ二大大国にホンロウされる小国・日本」に対比される存在感が、あった国だったのだろう。日本的「脳内お花畑」の幻想として。
 そのアルゼンチンは、なぜ、没落したのか。
 そして、サブリンが、本作に仕掛けた「意趣」とは?
 長くなったので、本作の感想駄文は、続く(笑)。続きは、★続・佐分利信「広場の孤独(廣場の孤獨)」★にて。

◎追記◎
★日本人は資本主義が嫌い?★
 日本人は先進国の中でもっとも自由市場を支持しておらず、一方で中国人は米国人以上に自由市場を支持している。こんな実態が米国の調査機関によって明らかにされました。(中略)
 一方、世界でもっとも自由市場に対する支持率が低かったのはアルゼンチンで、33%の人しか支持していません。アルゼンチンは、戦前は非常に豊かな先進国でしたが、戦後は産業構造の変革に失敗し、先進国の座から転落してしまいました。何度もハイパーインフレを繰り返し、軍事政権が誕生するなど政情不安定な状態が続いてきましたから、自由市場に対する信頼が低いのは当然かもしれません。一部の識者からは、産業構造の変化を嫌い、豊かな先進国としての立場を失いつつある日本は、当時のアルゼンチンとよく似ていると指摘する声もあがっています。(後略)

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by mukashinoeiga | 2014-10-22 00:28 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(2)

五所平之助「猟銃」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。61年、猟銃プロ、配給・松竹。
 サブリンが年若い妻・岡田茉莉子には、「食指」を動かさず、茉莉子のいとこ・山本富士子とは、愛欲不倫の日々。
 茉莉子のどこがよくなくて、富士子のどこがいいのか、映画は一向に明らかにしないので、いまいち、ノレない映画。茉莉子が、いつものように、女としては、ぎすぎすしていて、富士子が、いつものように、愛らしいせいだろうか。
 それなら、まったくサブリンと同意だが、そういう「女優の質」だけに頼るのも、なんだか映画としては、情けない。
以下、ネタバレ。

e0178641_22592863.jpg猟銃(35mm)公開:1961年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:五所平之助
主演:山本富士子、鰐淵晴子、岡田茉莉子、佐田啓二、乙羽信子、柳永二郎、田浦正巳、佐分利信
離婚後も元夫の愛人が生んだ娘・薔子を育てながら、従妹の夫・礼一郎と不倫関係を続ける彩子は…。愛憎渦巻く大人たちの穢い世界を、薔子の視点から描いたメロドラマ。礼一郎役の佐分利が男の色気を醸し出す。山本富士子と岡田茉利子の演技合戦も見もの。

 自虐的にダメ男を演じたがるサブリン監督作のサブリンを、この特集で見慣れていると、本作における異様なモテモテぶり、茉莉子と富士子を両手の花のサブリンも、また、面白い。
 ただサブリン監督作の、揺れと風格の絶妙な配合、俳優の配置の素晴らしい俳優愛、それらを見たあとで、この五所平映画を見ると。
 男女の心の葛藤と揺れを描きつつ、映画が一向に「揺らがない」のが、俳優たちの演技が一向に「弾まない」のが、歯がゆく見えてくる。
 「堂々とした文芸映画」の、その「堂々」が、紋切り型過ぎて、物足りない。
 「巨匠の王道映画」の凡庸と、食い足りなさを、感じてしまう。
 たいへん愛らしい可憐な鰐淵晴子を、本作で見ていても、一向に、輝いて見えない、という俳優愛のなさも。
 すっかり監督作のサブリン菌に毒されているのかもしれない。

 そして、唐突にあらわれる、あっと驚く落ち。
 山本富士子は、離婚後、長いあいだ独身だった前夫・佐田啓二が、ようやく再婚したときくや、さっさと自害。
 遺書によれば、佐田啓二は「分かれても好きな人」で、サブリンのことは大して好きでもなくて、単なる心と体の飢えを満たすための、佐田啓二の「代用品」だった、と!
 その遺書を、ボー然と読むサブリン。
 いい年こいた大人が、好きな人が再婚したから、自殺というのもトートツだが、これまでの愛欲描写を、通り一遍に裏切る落ちも、なんだかなあ。
 まあ、それほど好きでもない相手と、ずるずる付き合うというのは、ありがちかもしれんが、じゃあ、それまでの愛欲描写を、別の視点から、再構成する作業が、必要だろう、というのは、現代のだらだらした、どんでん返し&再構成描写を見慣れてしまった、現代の映画ファンの不幸かしらん。

 本特集でも上映済みの、感想駄文済みの島耕二「渇き」58年では、同年公開の小津「彼岸花」で、サブリンの娘の友人役・山本富士子を、サブリンの妻役とした。
 その三年後の本作では、その山本が愛人、前年60年の小津「秋日和」で、サブリンらをやり込めていたハツラツお嬢さん・岡田茉莉子を、サブリンの妻に。
 まるで、「女性にウブ」で、なおかつ「すっかり女に枯れ果てた」小津映画の「お子様ぶり」を「揶揄する」かのような、島耕二と、五所平なのであった(笑)。

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by mukashinoeiga | 2014-10-19 05:36 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(12)

佐分利信「叛乱」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。54年、新東宝。あと1回の上映。
 ほとんど記憶にない再見作。ただし、思っていたより、面白い。佳作。
 こういう話には、いたって弱いので、ほぼ涙ぐみつつ全篇を鑑賞。

叛乱(デジタル)公開:1954年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:佐分利信
主演:細川俊夫、清水将夫、山形勲、安部徹、鶴田浩二、菅佐原英一、島田正吾、辰巳柳太郎、木暮実千代、津島恵子、香川京子、藤田進
二・二六事件が起こるに至った社会情勢や陸軍内部の状況、そして青年将校たちの心理を克明に描いた一作。逆賊の汚名を被せられ処刑を待つ青年将校役の細川俊夫、丹波哲郎、鶴田浩二らの演技が素晴らしい。撮影中に病に倒れた佐分利の後を阿部豊監督が引き継ぎ製作された、二・二六事件映画の決定版!

e0178641_202255.jpg 佐分利信監督作品を、総合的に論評した、数少ない貴重な講演録★木全公彦講演「佐分利信を再見する――第3回 アナクロニズムの会」★(必読)によれば、本作は、

 実は佐分利信はほとんど監督していません。撮影の3分の1が終わったとき、佐分利信がややこしい病気に倒れて、危篤状態になったんです。佐分利信は当時、ベストテン入りの監督として高く評価されていたので、この『叛乱』は、製作は東京プロというところですけれど、新東宝の正月映画として制作されていました。それで11月になって、正月まであと一ヶ月強しかないというところで、阿部豊が代打監督に招かれます。佐分利信は監督であると同時に主演でしたから、彼の出演シーンを撮り直さなければならない。タイトルクレジットは、佐分利信が監督、阿部豊は応援監督となっています。
 しかし、阿部豊だけでも撮りきれないので、さらに阿部の助監督であった松林宗恵と内川清一郎も招集されて、A、B、Cの三班体制で撮っています。つまり、この作品は四人の監督で撮っているんです。佐分利信の役は佐々木孝丸ですべて撮り直しましたから、佐分利信が演出したのは四日分しか残っていないそうです。代表作のプリントがほとんど残っておらず、比較的見ることができる『叛乱』もそのような事情があるので、今、佐分利信の作家性を語ることは非常に危険です。(引用終わり)

 「佐分利信の役は佐々木孝丸ですべて撮り直し」たので、結果的にサブリン出演シーンは、ゼロ。だから、本作をサブリン監督&出演作とした、シネマヴェーラのくくりは、まちがい。さらに「佐分利信が演出したのは四日分しか残っていない」ゆえ、本作を、単純に佐分利信監督作品と、言っていいのか。
 ただし企画段階の監督はサブリンなのだから、彼を筆頭にするのは、正しい。
 より正確には、佐分利信・阿部豊監督、応援演出・松林宗恵、内川清一郎と、すべきだったろう。

 しかし、結果的に作品を見ると、四人の演出家がよってたかって監督した割には、本作の出来は、きわめてまとまったトーンで統一されているように、見える。真っ当に、一本の作品として、つながっている。
 ぼくには、十分に佳作以上に、思える。
 おそらく、時に、つながらない編集で、映画を活性化させるサブリンが最初から最後まで監督した以上に、一本の映画として、ちゃんと首尾一貫しているはず(笑)。
 応援監督に「脱線する余裕」が許されないことを奇貨として、サブリン単独監督作より、「まとも」には、なったはず。

 ただ惜しむらくは、鈴木清順のはるかな、奇矯演出のセンパイとして、「北一輝」の扱いを、サブリンは、どうしていたのかが、知りたい。もちろん鈴木清順「けんかえれじい」の北一輝と、サブリン版北一輝を、比較したい、という欲望は、永遠にかなわないのだ(泣)。
 なお、サブリン自身は、北一輝の盟友的参謀格というか盟友的秘書というか、そういう立場的に極めて「怪しい」役を演じているのだが、その代役に、力強い演技だが、あいまいなニュアンスに欠ける佐々木孝丸というのも、サブリン・ファンとしては、かなしい。
 後年に、右翼の大立て者などを演じるサブリンの、はるかな前駆としても、見てみたかった。
 なお左翼系インテリとして、かの国際労働歌「インターナショナル」の日本語訳者でもある佐々木孝丸が、迫力ある顔立ちから、延々と右翼の大物を演じる、そのココロと当たり役との「性同一性障害」を、どう思っていたのかにも、興味は、あるのだが。
 なお、右翼の大物は、悪役顔の役者で、という左翼思想が映画界に充満しているわけだが、結果的に、右翼より、左翼のほうが、よっぽど悪い奴だった、という現時点の「時代的事実」(ヒトラーもスターリンもチャウシェスクも、ポル・ポトも毛沢東も金日成も社会主義者という現実)が、左翼の捏造を暴いている。

 シネマヴェーラのチラシの本作スチールでは、和服の男・佐分利信と、軍服の男が、テーブルを挟んで対峙している。
 この軍服の男は、顔が暗くて、確信はないが、坂本武のように思える。
 実際に完成した映画では、佐々木孝丸と、清水将夫将校が、飲食店で、会っている。
 阿部豊が、将校役に坂本武は、合わないと判断したのか、再撮影時に、坂本は別の撮影が入っていたのか。前者の「判断」が、実情かとも、思う。
 坂本武では、青年将校の兄貴格で、後付ではあるが226事件に立会い、青年将校たちと処刑されてしまう「憂国の士」には、合わないと、誰でも、考えることだろう。
 サブリンを除いては(笑)。
 この戦前松竹以来の役者仲間で、サブリンとは一味違った無骨モノの庶民を得意役とする坂本武を「青年将校のアニキ格」に「抜擢」(だろう)した、サブリンの真意は。
 結果代役の清水将夫では、都会育ちのインテリの匂い。坂本武なら、226の青年将校が同情した、東北の農民の、二、三男坊のイメージが、出る。
 冷徹・清水将夫であれば、226の青年将校に「なぜ、利用され同調したか」が、シカとは、わからない。しかし、坂本武なら、東北農民擁護を旗印にする青年将校に、「心ならず?も利用され、引きずり込まれた、そして最後には一緒に処刑される」無骨者に、ふさわしいのではないか、とサブリンは、考えたのではないか(推測)。

 ああ、サブリン出演・監督作として、本作を見たかった。
 もっと、つまらない映画の出演のときに、病気になって、ほしかった(笑)。

 と、死んだ子の齢を数える感想になってしまったが、出来上がった映画も、佳作である。
 いかにも無謀な、結果オーライを目指した精神主義の作戦、戦略にもロジスティックにも欠けた、出たとこ勝負の、一生懸命で命を掛けりゃあ、何とかなるだろう、金がないやつぁオレんとこ来い、俺もないけど何とかなるだろう的な、「情緒的作戦」が、当然のごとく失敗し、結果アウト。のちの日本軍の戦略、ロジスティックそのものである。
 そういう「敗者の情」に、弱いんだなあ、日本人は(笑)。真っ先にぼくもなんだけど(笑)。

 中心になった安藤大尉・細川俊夫、代表作の輝き。
 北一輝・鶴丸睦彦、腹の据わった、世間知に長けた、好々爺ぶり。彼と、サブリンのコラボ、見てみたかった。
 その他の出演者たちも、グッド。
 なお下記Movie Walkerによれば、西田税(佐分利信→佐々木孝丸)の妻役に、三宅邦子がクレジットされているが、確認できず。あるいは、サブリンとともに、消えたのか。鈴木侍従長夫人役・木暮実千代も、確認できず。

◎追記◎叛乱 香川京子

 
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◎追記◎とはいえ、野次馬役の、小倉繁、小川虎之助、高島忠夫は、ノンクレジット。高島など、青年将校の選にも漏れたのか。のんき顔だからなあ(笑)。

◎おまけ◎あばれ行燈〈映画)鶴田浩二 香川京子

1956年/新東宝映画 原作:子母沢寛 脚本/監督:渡辺邦男
出演:鶴田浩二、香川京子、田崎潤、花柳小菊、小堀明男、田中邦衛

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by mukashinoeiga | 2014-10-16 23:35 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(4)

佐分利信「あゝ青春」

 渋谷にて。「日本のオジサマⅡ 佐分利信の世界」特集。51年、松竹。あと2回の上映。
 佐分利信監督作品としては、いささかビミョーだが、そのビミョーさも含めて、見所は数多い
 なぜ、ビミョーか。
 俳優としての出身母体である松竹メロドラマを意識しすぎた結果だと思う。
 戦前松竹メロドラマの、主軸俳優の一人であったサブリンが、熟知しすぎた松竹メロのセオリーに沿った映画を作ろうとして、しかし、それは、監督としてのサブリンの個性とは、完全に水と油。
 以後、松竹メソッドより、よりクールでイケる独立プロ、東宝、東映の諸作品で、その美質を開花させていく。
 いかに監督サブリンが、松竹メロと合わないか、そのズレ具合が、いやあるいは、戦後、漸進的に、時代からズレて、取り残されていく松竹メソッドへの、意図せざる「挽歌」のひとつとして、たいへんに、味わい深い。
 そして失敗作にこそその美質、本質は、露呈する。下手な傑作より、失敗作のほうが、実は美味だったりする、その典型では、ないかと。
 監督サブリンの、あるいはまた、松竹メロの、美質と異質が、微妙に、はたまた絶妙に、交差する。
 映画ファンは、舌なめずりの幸福な時間を得られる作品だろう。繰り返すが、見所は数限りなく、ある。
 珍味にして、それゆえに美味。
 特に島津保次郎「兄とその妹」が好きな人なら、必見だ!(笑)。
 同映画の佐分利信&三宅邦子の夫婦愛が再現され、とても好ましい。
以下ネタバレ。

あゝ青春(35mm)公開:1951年 <渋谷シネマヴェーラHPより>
監督:佐分利信
主演:佐分利信、高峰三枝子、若原雅夫、三宅邦子、東山千栄子、南川直、水原真知子
母子家庭の長女で女子学生の峰子は、ダンサーのアルバイトで生活を支えていた。ある夜、尊敬する佐竹教授が店に現れ…。戦後の生活苦の中でもがく学生たちの姿を描き、キネマ旬報8位となった傑作。佐竹教授役で出演した佐分利が渋い魅力を発揮している。フィルムセンター所蔵作品。

 まず、本作の美点1。
 サブリンらしい、当時の青春像の活写。
 感想駄文済みの佐分利信「人生劇場 第一部 青春愛欲篇」の、戦前青春群像の野放図さ、闊達さに比べると、敗戦後の苦学生は痛々しいが、やはりサブリン流群像劇の楽しさ。
 特に、若原雅夫の下宿の一室に転がり込んだ高峰三枝子、遅れてやってきたナンパ学生・三橋達也との絡みは、最高に楽しい。

 本作の美点2。
 その若さと対比される大人たち。教授サブリンと、その妻三宅邦子。これが島津保次郎「兄とその妹」が、そっくりそのまま再現され、しかも同作以上に美化されたスーパー美夫婦!
 そもそもサブリンは、戦前松竹女性映画で、散々日本的美丈夫、ある理想的な男性像を演じて、人気のあった俳優であるが、それを戦後に、完璧に再現(笑)。
 しかも自監督作で、ぬけぬけと「完璧にいい夫像」を、演じ倒す(笑)。
 理想的美夫婦を、イヤミにならず演じて見せる。これこそが、戦前松竹の一側面でもあった、松竹家庭劇の美化モード。しかも、それは戦前松竹よりも、さらに強化されての、サブリン的再現だ。

 この美夫婦宅に、学生たちが、遊びに来る。
三宅「皆さんに、記念にバラを一輪ずつ、差し上げるわ。ヤギのお乳も、飲んでいただきたいわ」
三橋「じゃ、ぼくがヤギのお乳、搾りましょう」
三宅「あら、あなた、ヤギのお乳、搾れるの」
三橋「大丈夫ですよ。ぼくに任してください」
 その後、温室で優雅にバラを摘む三宅邦子のところにやってきた、三橋達也。
三宅「あら、お乳搾れまして?」
三橋「いやあ、駄目でした」
三宅「あら、あんなに自信満々でしたのに」
三橋「人間のおっぱいなら得意なんですがね。ハハハ」
三宅「まあ」
 そして「奥さん」と、セマるナンパ学生・三橋達也。
 温室から逃げてきた三宅を、佐分利、高峰が迎える。

 後日、佐分利信は、高峰三枝子に、
佐分利「うちの奥さんは手を握られたんだそうだ」
高峰「あら、そんなことまでお話になるの」

 これ以外にも、理想的夫婦像を演じるふたり。そのスチールが、本特集チラシの見開き左上にあるとおり。 

 そして、突っ込みどころ1。
 本特集でも上映の島津保次郎「婚約三羽烏」で、サブリンら松竹三羽烏から、熱い視線を浴びる令嬢に、高峰三枝子。その37年作から、約15年を経ての、本作での高峰三枝子の女子大生役は、あまりに無茶すぎる(笑)。
 おそらく真相(笑)は、こうでは、ないか(妄想モード)。
 松竹から、サブリンは監督作を撮るように打診される。条件は、この場合、高峰三枝子主演。
 当然、男性側主人公にサブリンが期待される。監督と主役が同一人物なら、それぞれに払うギャラも、割引して、監督・主演まとめて、どうだ、と言いがちなのが日本の映画会社で(笑)。
 いわれたサブリンもギャラの割引より、監督が出来るのが魅力的だ。引き受ける。
 しかし、他監督作で、さんざん恋人役を演じてきた高峰であるが、自らの監督作では、女にさんざんに馬鹿にされるダメ男を演じたい(笑)サブリンと、しては、これは、困ると(笑)。
 そこで思いついた妙手(笑)は、高峰と佐分利を、恋人・愛人関係にしない作戦。要するに、高峰の役を若くして、高峰の相手役も若手に演じてもらおう、と。
 ほのかにお互い関心を持ちつつも、教授と女子学生と「年の壁」を作り、「恋愛ドラマ」の男側、松竹的二枚目になるのを、たくみに?回避。
 しかし松竹映画では、主人公は、松竹的二枚目を演じなければ、ならない。そこだけは、松竹の伝統なんだから、守って、くれよ、と釘をさされるサブリン。
 そこで参照されたのが、自らの俳優歴でも代表作の一本、島津保次郎「兄とその妹」。アレを、さらに強化したスーパー美夫婦を、三宅邦子とともに、再現する。これなら、松竹ホームドラマ的にも、モンダイではなかろうと。
 もとより、理想的な松竹二枚目男性像は、お手の物のサブリンだ。
 あまりに理想的な松竹二枚目男性像を演じすぎたために、自らの監督作では、堂々と、そのアンチなダメ男を演じてみたいサブリンなのだが、ここは、ひとつ、それは、封印、と。しかし、その結果、

 そして、突っ込みどころ2。
 主演カップルを、学生側、大人側に分けたために、「青春映画」としては、「対比される大人の側」の比重が高まり、バランスが悪い「青春映画」に。
 サブリン&三宅が、あまりに理想的夫婦を演じたために、映画本来の主題的にはメインのはずの、学生ドラマが、相対的に貧弱に見えてしまう迷走化。
 これじゃあ高峰三枝子踏んだりけったり。

 突っ込みどころ3。
 いつもの穏やかな慈母演技の東山千栄子。しかし、愛する娘が、夜の社交酒場の、酔客相手のダンサーであることに、何の抵抗もなくサポート。これ、ちょっとおかしすぎない? 地方出の一人暮らしの女子大生でよかったのでは?

★Movie Walker★および★所蔵映画フィルム検索システム★のタイトル検索で、詳細な作品情報あり。ただし、簡単な作品解説、あらすじ紹介(企画書レヴェルの初期情報の孫引きゆえ、しばしば実際とは違うが)は、前者のみ。後者はスタッフ・キャストが超詳細。

 なお、前者Movie Walkerでは、倉持一郎役を倉持達也と表記。これは三橋達也の誤り。検索したらMovie Walkerだけでなく、映画ナビというサイトの本作紹介でも同様に倉持達也表記。このサイトには、キネマ旬報のバナーが貼り付けられており、大本のキネ旬の単純ミスを代々孫引きしている模様。
 後者は、そもそも三橋達也の名前さえなく、きわめてずさんなものだ。

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by mukashinoeiga | 2014-10-16 09:03 | 佐分利信 サブリン人生劇場 | Trackback | Comments(0)