カテゴリ:マスマス増村保造ムラムラ( 13 )

増村保造「氾濫」佐分利信若尾文子沢村貞子左幸子叶順子中村伸郎船越英二伊藤雄之助

強度の強い絶品群像劇。ついで見の再見だが、何度見ても楽しめる大傑作。
 京橋にて「特集・逝ける映画人を偲んで 2015-2016」。59年、大映東京。
e0178641_5272317.jpg この濃密な傑作が100分以内に収まるという奇跡の職人技! 
 マスマスムラムラや脚本白坂依志夫や音楽塚原晢ほか大映スタッフの、奇跡かつ平常運転の絶品!
 これが70年代~現在の邦画だったら、一本立て指向もあり、二時間越えは必然であり、このシマリはなくなっていただろう。

 登場する男ども、ほぼ全員ゲスの極み。
 それに対応して、女たちも、ほぼほぼゲスい。あるいはそれなりに誠実な若尾文子も叶順子も沢村貞子も、ゲスな男に対応して、穢れていく。
 その中で、主人公サブリンの、昔から変わらぬ茫洋たる朴訥たるたたずまいが屹立している。とはいえ佐分利も、妻子に隠れて左幸子と不倫、ゲスさからは、逃れてはいない。このゲスさが、人間の本質なのだ、とマスマスムラムラは、グイグイえぐり出していくのが小気味いい。
  しかしこの熱気ある映画、ぼくはてっきり夏の映画と認識していたのだが川崎などコートを着ている。季節は秋冬なのか。
 秋冬でも夏の熱気の映画、さすがマスマスムラムラ、素晴らしい!

8氾濫(98分・35mm・カラー) (フィルムセンターHPより)
1959(大映東京)(脚)白坂依志夫(出)川崎敬三(種村恭助)、三角八郎(荒田助手)、目黒幸子(邦子)(監)増村保造(原)伊藤整(撮)村井博(美)渡辺竹三郎(音)塚原晢夫(出)佐分利信、若尾文子、沢村貞子、左幸子、叶順子、中村伸郎、金田一敦子、船越英二、伊藤雄之助、多々良純、倉田マユミ
新製品を開発して重役となった技術者一家が崩壊していくさまが、日本の化学工業界の現状を背景に描かれる。出世欲のために女を食い物にする貧しい化学者の役を演じた川崎敬三は、1954年大映ニューフェイス合格から二枚目として売り出されたが、次第に人間の弱さや卑劣さを巧みに表現する性格俳優へと変貌し、大映映画に不可欠な名バイプレーヤーとなった。(文字変色が追悼対象の方)

e0178641_527532.jpg やはり絶品のサブリンの重厚でありつつの軽妙さのすばらしさ。最後、重役を退き、ボロい研究棟で、多々良純研究員に向ける微妙かつ快活な笑顔が素晴らしい。
 さわやかでありつつ絶品卑劣な川崎敬三。
 絶品気持ち悪い笑顔がそれだけで気持ち悪い倉田マユミ(中村伸郎の妻)はその笑顔がすでにホラーだ。左幸子の、ぬめっとした顏も絶の品。三角八郎は、いつもながらの、愛嬌が、ゲスさを救っている。
 という、濃ゆいメンバーの中で、幸薄い目黒幸子が、どこに出ていたのが、思い出せない(笑)。
 幸子の幸はどこにある(笑)。

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by mukashinoeiga | 2017-08-13 05:28 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback | Comments(4)

増村保造「大地の子守歌」原田美枝子岡田英次佐藤佑介梶芽衣子田中絹代

 京橋にて。「映画監督 増村保造」特集。76年、行動社=木村プロ。
 うーん、この手があったか(笑)。
 つまり、いままで、一貫して、「アグレッシブでパッショネート」な女性像を描いてきた増村保造が、あまりに一本調子に一本調子であったため、いささかマンネリ気味であった。
 で、本作では、山育ちの天然野生児、まったくアウト・オブ・コントロールな、豪速球少女を繰り出しての、新機軸。
 原田美枝子のフルスロットル演技もあって、後期の最傑作になった。
 原田美枝子は、成人後オトナシメの女性を演じることの多い印象なので、まるで別人のはじけっぷりが、新鮮だ。

e0178641_22251988.jpg大地の子守歌 (111分・35mm・カラー) <フィルムセンターHPより>
行動社の第2回作品。13歳で瀬戸内海の小島の売春宿に売られ盲目となった少女りん(原田)の、苦難に満ちた人生を力強く描いた傑作。デビュー3年目の原田美枝子が主役に抜擢されて見事に期待に応え、この年の主演女優賞を総なめした。西欧型の自主独立の「個人」を追求し続けた増村が、西日本に住む女性たちのたくましさを発見したという意味でも重要作である。
'76(行動社=木村プロ)(監)(脚)増村保造(原)素九鬼子(脚)白坂依志夫(撮)中川芳久(美)間野重雄(音)竹村次郎(出)原田美枝子、岡田英次、佐藤佑介、梶芽衣子、田中絹代、賀原夏子、灰地順、堀井永子、中川三穂子、千葉裕子、渡部真美子

 少女で、野生児で、自らの欲望と衝動のみに忠実。確かに、マスマスムラムラとしても、この手があったのだ、というくらいの、手ごたえだったろう。
 そういう意味では、いかにもな、増村的傑作には「なりおおせた」、が。
 これが、一般的な意味での傑作か、というと。うーん。

 この映画は、やや成長したヒロインが、四国でお遍路をしているシーンから始まり、そこから過去に飛ぶ。
 より若い時代の爆走人生(ただし人買いに売られて、小さな港町の売笑宿の住み込みであるから、土地には縛られている)が描かれるのだが、時々アクセント代わりとでもいうのか、お遍路姿も、インサートされる。
 で、このとって付けたようなお遍路シーンの、意味がわからない。わからないというよりか、意味があるとは思えない。
 ホントウに映画のアクセント代わりなのか、それとも、あの野生児も、こうして、おとなしく成長しています、という後日談的エピソードなのか。
 むしろ、都会派の増村がガラにもなく、原作・素九鬼子( 「旅の重さ」 )の、(仮に)「四国的情念」に侵食された結果なのでは、なかろうか?
 四国八十八箇所巡りのお遍路という「解決方法」、一心に祈り巡る祈りの旅、という「戸惑いの人生一発解決」?の「掟ヤブり」こそ、おそらく、増村的合理主義から、一番遠い「手」なのではなかろうか。

 間違いなのかもしれないが、ぼくの理解するところの増村像を、一言で言うと「理詰めの情念派」というところだろうか。ちんぷんかんぷんなまとめ方で申し訳ない(笑)。
 そして、これまた間違いかもしれないが、ぼくの理解するところのお遍路めぐりとは、その「理詰め」も「情念」も、一切合財「放擲」する行為なのではなかろうか。
 そういう意味でも、この映画のお遍路シーンは、まるきり説得力が感じられないと思う。
 そして、原田は、村人から、売春宿を差配するヤクザモノたちから、「凄惨なリンチ」を受け、たびたび血まみれとなる。
 この血まみれの血が、もろに安っぽい赤ペンキだから、しらけること、おびただしい。
 体が売り物の女郎を、からだじゅう血まみれにするのは、コスト・パフォーマンス上、よろしくないのではないか(笑)。この辺の安手のスプラッタ志向は、イタリア譲りの血なのか?三流っぽい増村のプログラム・ピクチャア体質で。

 原田美枝子は、この映画のなかで、山家育ちの野生児から、娼婦に、そしてお遍路へと、転生していく。
 金など要らない、山からの恵みですべてまかなう自給自足から、資本の論理のみによって動く「あいまい宿」の、金をもらうことに嬉々となる娼婦に、そしてすべてを「放棄」したお遍路へ、転生していく。
 この辺の「変化」が、なんとなくあいまいで、なんとなく居心地が悪いのは、気のせいだろうか。
 というのも増村映画にあっては、こういう成長するキャラは、珍しいせいだろう。少なくとも大映時代の増村は、一本調子なまでに、最初から「強い」キャラばかり、描写していたのだから。

 彼女を娼婦の苦境から救い出す牧師・岡田英次のあいまいさが、気にかかる。
 彼は、失明した彼女の夢見た「白馬の王子様」、幻影だったのか。この時点で失明したはずの彼女は、お遍路時代には、目が見えるようだが、それも、また、幻影なのだろうか。お遍路の野宿の夜、過去を夢に見る彼女は、本当は過去の彼女が見た夢ではないのか。
 もちろんそうした「幻想」部分(の可能性)は、「理詰めの情念派」増村にとっては「迷走」「失走」以外の何者でもない可能性はあり、なんだかあいまいで。

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by mukashinoeiga | 2014-09-14 03:31 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback | Comments(4)

増村保造「原色の蝶は見ていた」

 京橋にて。「映画監督 増村保造」特集。78年、大映映像、俳優座映画放送、ANB。
 後年、多数のTVドラマを監督・監修した増村保造のTVドラマを、本特集では、一作のみチョイス。
 増村保造らしさは、あちこちで垣間見れるものの、まあ、TVサイズの凡作。

原色のは見ていた (72分・16mm・カラー)<フィルムセンターHPより>
1977年にテレビ朝日系列で始まり、長時間テレビドラマの先駆けとなった「土曜ワイド劇場」で放映された作品。原作は西村寿行のミステリー「原色の」。若い女をひき逃げしてしまった夫婦が、見知らぬ男から脅迫を受け、言われるがままに金を払ってしまう…。
'78(大映テレビ室)(監)増村保造(原)西村寿行(脚)山浦弘靖(撮)中川芳久(美)今井高司(音)山内正(出)由美かおる、大和田伸也、竹内亨、中村たつ、前川哲男、望月太郎、木村四郎、鈴木正幸、後藤緑、香川えり子、火野正平、財津一郎

原色の蝶は見ていた 死の匂い <テレビドラマデータベースHPより>
交通事故で女性を死なせてしまった夫婦が現場を目撃した男から脅迫され、金をせびられる。【データ協力:たかし】
キー局 ANB 放送曜日 土 放送期間 1978/08/19
放送時間 21:00-22:24 放送回数 1 回 連続/単発 単発
番組名 土曜ワイド劇場
主な出演 由美かおる、大和田伸也、財津 一郎、火野 正平、竹内  亨
主な脚本 山浦 弘靖
主な演出 (監督・増村 保造)
原作 西村 寿行「原色の蛾」
局系列 ANN 制作会社 大映映像、俳優座映画放送、ANB
音楽 山内  正
 このサブタイトルは、今回のプリントには、なかった。
 当時は2時間ドラマでは、なかったのか?

 ここで、やはり注目したいのは、由美かおるか。たいへん、きれい。
 ただし、やはりマスマスムラムラらしく切迫感あるしゃべり方。絶えず顔面蒼白な立場に置かれるので、白塗りのドーラン(笑)。
 しかしその、マスムラ式一本調子のしゃべり方は、由美かおるのように演技に難があると、かなり、見ていて、つらいことになる。彼女の演技の難というのは、いわゆるアイドル演技から一歩も外に出ていないので、やはり大人の演技は、無理があるという。
 甘い甘いしゃべり方も、サスペンスの悲劇には、不向きで。
 だから、冒頭、海岸で、水着で、サイレントで、最高の笑顔で、もとカレと抱き合い、キスするシーンの、なんと美しく光り輝いていることか。こういう役柄で最後まで行けば、由美かおるのアイドル演技も生きるというもの。
 彼女に、苦悩する人妻の役は、徹底して、似合わない。
 ましてや、マスムラ式演技では、その苦悩っぷり(笑)も、当社比130パーセントの濃厚さに跳ね上がるのだから、似合わなさは、おびただしいばかり。

 しかし、どうして、こうも、マスムラドラマの女性たちの演技は、一本調子なまでに一本調子なのであろうか。
 これが演技的相性バツグンの最高演技女優・若尾文子なら、その最高の演技を引き出すのだが、江波杏子から由美かおるまで、演技が硬すぎる新人女優だと、総崩れの、痛ましいお人形芝居に、なってしまう。
 映画留学した、イタリア式の、アグレッシブ演技の応用なのか。それが消化できる女優と、出来ない女優がいる、ということにも、お構いなしのマスムラメソッド。
 ただし、甘い声でせりふを言わないときの、無言のときの、由美かおるの<切迫した蒼白な顔のふるえ>には、捨てがたいものがある。このときの、無言の彼女は、確かに、増村保造的演技を、生きている。

 そして、大和田伸也、財津一郎、火野正平ら、由美以外の演技は、平常どおりの、フツウの演技。
 この落差は、なんだろう。男の演技には、興味が、ない、ということか。まあ、男の演技も、マスムラ式にいじっちゃうと増村保造「曽根崎心中」の、主演男優の醜態にまで、いたってしまうのだが。
 ドラマ自体も、増村保造らしい<小振りさ>、いかにも増村保造な<小銭なドラマ>。

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by mukashinoeiga | 2014-09-07 04:27 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback(2) | Comments(0)

増村保造「音楽」

 京橋にて。「映画監督 増村保造」特集。72年、行動社=ATG。あと1回の上映。
 再見だが、例によってぼんくらなぼくの記憶力は、ほとんど機能していない初見状態(笑)。
 しかし、うーん、こ、コレは・・・・(笑)。
 これは、ある意味、感想駄文済みの増村保造「千羽鶴」の、真逆にある映画か。
 「千羽鶴」若尾文子は、絶えず発情欲情していて、すべてのシーンにおいて、悶えまくりハアハアしている。
 いっぽう本作の黒沢のり子は、不感症である。
 おそらく「千羽鶴」と「音楽」は一対の、好対照の映画として語られるべきものかもしれない。

音楽 (103分・35mm・カラー)<フィルムセンターHPより>
大映の倒産後、増村が長年のパートナーである藤井浩明(製作)、白坂依志夫(脚本)と設立した行動社の第1回作品。音楽だけが聞こえないという女の意外な過去が精神分析治療によって明かされる。原作は、増村が大映時代にも映画化を企画した三島由紀夫の小説。自由連想を描くシュールな映像が注目を集めた。
'72(行動社=ATG)(監)(脚)増村保造(原)三島由紀夫(撮)小林節雄(美)間野重雄(音)林光(出)黒沢のり子、細川俊之、高橋長英、森次浩司、藤田みどり、森秋子、三谷昇、松川勉、夏木章、松村若代、千月のり子、伊藤千明

 なお、本作のストーリー、及び原作の三島と増村の関係性をきわめてヴィヴィッドに捉えた★フツーに生きてるGAYの日常 増村保造「音楽」●MOVIEレビュー(ATG)★は、当ブログ以上に必読、的確明晰、ぜひお読みいただきたい。と、他ブログに頼りきりの当ブログなのであります(笑)。

 黒沢のり子は、不感症と告白できない。羞恥心と自尊心による。その代わり、「音楽が聞こえない」と、当初、表現していた。
 本作は、患者の彼女と、精神科医・細川俊之の二人の、精神分析バトルを描いた、いかにもマスマスムラムラな、ストーリー。おおむね、二人の言葉のやり取り、対決を描く、増村保造ならではの、ストロングスタイル。黒沢のり子も、細川俊之も、増村的責めのせりふで相手にぶつかっていくのだ。

 ただ、問題は(笑)。いかにもマスマスムラムラらしく、「色情狂」を責めのスタイルで描くのはともかくとして、「不感症」もまた、責めのスタイルで描く。
 黒沢のり子は、姿勢としても絶えず前のめりになり、マスマスムラムラ的としか言いようのない、攻めのスタイルで、ガンガンぶつかって行く。
 精神的(かつ肉体的?)ポジティヴ?の「色情狂」と、精神的(かつ肉体的?)ネガティヴ?の「不感症」の、それぞれの描写が、ベクトルは正反対?なのに、同じ「強度」で描いていいのか?
 どうなんだ、増村。という違和感は、否定できない(笑)。

 そして、後期増村でいつも思うのは、またしても、
 黒沢のり子が若尾文子であれば、ついでに細川俊之が田宮二郎であれば、という喪失感である。
 鈴木清順が、「あなたの映画はつじつまが合わない」といわれて、
「つじつまが合わない(と、感じる)のは、(主演)俳優のせい」と、開き直った(笑)迷言ないし名言を、想起させる。
 ぼくたちは、増村と若尾のベスト・マッチングを見すぎてしまった。三船と別離した黒沢映画がまったく失速したように、若尾と身二つになった増村映画の、コクとキレの喪失。冗談ではなく、福島第一の電源喪失に匹敵する悲劇だ。後期増村を見るたびに、ああ、若尾文子がいさえすれば、とないものねだり。
 若尾文子なら、「色情狂」も「不感症」も、エブリシングオーケーなのだ!
 死んだ子の年を数えるのが、増村ファンの、かなしいサガ。

 なお、鈴木清順といえば、彼と増村の映画的「親近性」にたびたび言及せざるを得ないが、京橋HPが言及する「自由連想を描くシュールな映像が注目を集め」、そのシュールな映像は、鈴木清順を、改めて連想させる。冒頭のはさみの開閉は、鈴木清順「ツィゴイネルワイゼン」冒頭のカニさんに近似。着物を繰り広げるシーンもどうよう。
 ただし、超合理主義・増村の「シュール」さは、鈴木清順のシュールパワーとは、比較にならない。「音楽」の「シュール」描写は、「ツィゴイネルワイゼン」の、制作時期は逆だが、下手な模倣、出来損ないである。

三島由紀夫 音楽

 画質は、悪い。

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by mukashinoeiga | 2014-08-27 05:11 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback | Comments(2)

増村保造「千羽鶴」

 京橋にて。「映画監督 増村保造」特集。69年、大映東京。あと1回の上映。
 やはり奇ッ怪な傑作/怪作でありますね。
 ある意味デヴィッド・リンチであり鈴木清順。
 再見だが、その細部はほとんど忘れているのには、自分でも驚く(笑)。ナンセ、京マチの、アノでかい胸のあざ?まで、忘れているとは(笑)。
e0178641_2543772.jpg 覚えていたのは、大怪獣・若尾文子の演技のみ(笑)とは。
 それだけ、本作の彼女の演技のすばらしさと、特異さ(笑)。

 なんてったって、登場シーンすべての演技とせりふで、若尾は、ハアハアもだえて、あえいで、くねくねして、よろめいているのだから。そのせりふのすべてが、あえいでいる。
 この映画の若尾の演技の特異な点は、濡れ場だけではなく、ふつうのシーンでも、ハアハアあえいでいる点だ。それでギャグにならず、絶えずぬめぬめ、くねくね。
 こんな剛速球演技を全編にわたって、いや、超変化球演技か、やってのける女優は、世界広しといえども、若尾文子以外だれがいるだろう。
 おそらく、増村保造の要求する水準を軽く超えて、鬼気迫る演技。この映画を見たら、世界中の女優が嫉妬するか。まああまりにレヴェルが違うので、嫉妬しようもないだろうか。
 女は情動、妄執のまま、生きる。男は迷走する。まさしく、マスマスムラムラな映画だ。
 そして「ご婦人は理不尽」そのものを体現する若尾文子。あまりに素晴らしすぎる。

e0178641_256434.jpg千羽鶴 (96分・35mm・カラー) <フィルムセンターHPより>
川端康成のノーベル文学賞受賞記念映画。元々市川雷蔵による企画だが、雷蔵の体調不良により平幹二朗が起用された。増村と若尾文子の最後のコンビ作であり、若尾は終始、荒い息づかいと熱に浮かされたようなたたずまいで、かつて愛した男の息子を同様に愛してしまう女性を演じている。
'69(大映東京)(監)増村保造(原)川端康成(脚)新藤兼人(撮)小林節雄(美)渡辺竹三郎(音)林光(出)京マチ子、若尾文子、平幹二朗、梓英子、南美川洋子、船越英二、新宮信子、北林谷栄、目黒幸子、松村若代、福原真理子、三笠すみれ

 完璧なストーリー紹介は★【映画】千羽鶴 - いくらおにぎりブログ★を参照されたい。テキトーな駄文しかかけないぼくには、このブログの「苦行」はムリ(笑)。

 さて、若尾の演技は神がかっているが、京マチもまた、凄い。若尾があまりに凄いので、見劣りのするハナからの負け戦だが、「中婆」役に徹して、負け戦は負け戦なりに善戦している。
 考えてみれば、若尾を筆頭に、大映のスタア男女優は、かなりの演技巧者だ。ガラだけの日活、タイプキャストの東映、アイドル演技の東宝、何の冒険もしない松竹などにあって、チャレンジャーな大映・若尾・増村。

 市川雷蔵の代役が、平幹二朗ということだが、このヒラミキの演技から逆算して、雷蔵の演技を思い浮かべることが、ぼくにはできない。
 メロドラマ役者としてヒラミキは、ある意味完璧。しかしかくも完璧なメロドラマ「相手役」演技が、雷蔵に、出来るのか。雷蔵は「相手役」に徹することが出来るのか。
 逆に言えば、相手役が雷蔵だったら、若尾文子は、これほど振り切った、フルスロットルの演技が、出来たのだろうか。ある意味「格下」のヒラミキだから、かくも吹っ切れたのでは、ないかな。
 大映京都の大御所プリンス雷蔵に、あんな卑怯(笑)な演技をエンエンしかけられるのか。
 いや、仮に仕掛けられたとしても、雷蔵の演技は?(笑) ヒラミキは、無表情?に徹して、「やり過ごした」が?
 やはり雷蔵としても、無表情?に徹して、「やり過ごす」だろうが、なんとなくヒラミキより、「雑味」?が、あるような気がする(笑)。
 それとも「卑怯」な演技の若尾に、これまた「卑怯」な演技で対抗しただろうか、雷蔵は(笑)。いや、雷蔵は、そもそも「卑怯」な演技の引き出しは、もっていはいまい。
「ちょっと、卑怯すぎるよ若尾ちゃん。マスさん、とめてぇな」とか、弱音を吐きそう(笑)。
 いっぽう、まだ若手のヒラミキは、むっつり、つっころばしに徹して、卑怯な若尾攻撃に、ただただ耐える、と。結果、それが幸いしてか、若尾の卑怯攻撃に、ヨレることのないヒラミキなのであった(笑)。
 ヒラミキもまた、負け戦に「ほとんど勝っている」あるいは「ほとんど、負けていない」のでは、ないか。いや、負け戦は負け戦なのだが。ここまでやれば、勝ったも同然、といういいわけも成り立つレヴェルだ。

 そして、もうひとり「負け戦」を意外に「善戦」したのが若尾の娘役・梓英子。たいていは、ガチャガチャしたチンピラ姉ちゃんを得意とした彼女が、打って変わって和服姿のメロドラマに参戦。
 もともと若尾に勝てるわけがなく、特に本作の若尾にはなおさらだが、その範囲で「意外な善戦」だと思う。梓英子、その風情がケナゲで、はかなげで(巨人・若尾との対比で)、ちょっと惚れた(笑)。
 うーン、いつになく上から目線だなあ(笑)。
 あまりに破壊神か若尾と、それに耐え切った競演陣、といったところか。
 実は、破壊神・若尾に、唯一「勝った」女優がいる。ヒラミキの老女中・北林谷榮。猫背で超ウロン顔の老女。出たとたん爆笑を誘う。まあ「勝った」というより「独自の戦い」と申すべきか。

 しかしぼくなら(笑)本作の若尾や京マチは、ウザ過ぎる(笑)。最終的にヒラミキが選んだように、梓英子かな(笑)。
◎追記◎いや、こういうどろどろを危うくのところで回避した、ヒラミキの見合い相手、かわいい南美川洋子という手もある(笑)。
 ところで、若尾は父(船越)子(ヒラミキ)を、ともに愛と欲の対象にする親子丼。
 ヒラミキは母(若尾)娘(梓)ともに愛と欲の対象にする親子丼。
 ダブル親子丼という、川端の妄執も、またご立派(笑)。

 感想駄文済みの増村保造「赤い天使」で、鈴木清順との近質性を感じたが、本作でも、鈴木清順「ツィゴイネルワイゼン」との「近質性」を感じるのは、これも妄想の類だろうか。
 切通しを通って鎌倉の自宅に帰るヒラミキ・・・・同じく原田芳雄
 貸した茶碗を返してください、と迫る梓英子・・・・同じく大谷直子
 二人の男を同一視する若尾・・・・一人二役の大谷直子
 なんだか下世話な京マチ・・・・同じく大楠道代
 清順、さては、パクったな(笑)。

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by mukashinoeiga | 2014-08-25 05:42 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback | Comments(0)

増村保造「この子の七つのお祝いに」岩下志麻畑中葉子中原ひとみ芦田伸介岸田今日子

 京橋にて。「映画監督 増村保造」特集。82年、松竹=角川春樹事務所。
 ロードショー公開時以来の再見。当時は、ダルダルの凡作と断じたが、たぶん、いや絶対に、マスマスムラムラのことなど無知の頃で。
 では、マスマスムラムラについては、大体見当がついてるはず(笑)の現在では、見方が変わるかどうか(笑)。という意味での再見でおます。

e0178641_14173626.jpgこの子の七つのお祝いに (111分・35mm・カラー)<フィルムセンターHPより>
角川春樹の製作で斉藤澪の第1回横溝正史賞受賞作を映画化。これが増村の遺作となった。夫への復讐の念を娘に託し自らの命を絶った母。時は流れ、政界を操る女占い師の周辺で起こる連続殺人。血塗られた2つの事件に、戦後日本の深い傷跡が浮かび上がる。真相が明かされるラストの夕日が観客の脳裏に焼き付く。
'82(松竹=角川春樹事務所)(監)(脚)増村保造(原)斉藤澪(脚)松木ひろし(撮)小林節雄(美)間野重雄(音)大野雄二(出)岩下志麻、杉浦直樹、根津甚八、辺見マリ、畑中葉子、中原ひとみ、室田日出男、名古屋章、神山繁、村井国夫、芦田伸介、岸田今日子

 そもそもは角川春樹が大鉱脈を掘り当てた市川崑「犬神家の一族」以来の過去の因縁が現代に惨事を引き起こす「おどろおどろしい土着的怨念ミステリ」その何匹目かのドジョウである本作。
 それが増村に依頼されたのは、なにゆえか。
 そもそも、市川崑は、増村の映画論(最近文庫になった。ちびちび読んでいる)では、溝口、黒沢に並ぶ重大監督扱い。ただ、実際は市川の大映作品を、ほぼ、ぼろぼろにくさし、またその「偏狭」な性格も証言しているのが、たいへん楽しい読み物だ。
e0178641_14203018.jpg 独善的な天才肌、とも言う。人格に問題のある(笑)独裁者は、人民に必ず嫌われるという典型のような人物だったらしい、市川崑は。清水宏の小型版のような、嫌われ者だったよう。
 映画ファンとしては、よく見ている監督のゴシップは、大変に好物だ(笑)。

 ちなみにぼくの好きなマスマスムラムラのゴシップは、地方ロケに行くと、夜は旅館の大広間での夕食になり、各お膳(宴会仕様)に、お銚子が一本つく。まあ、スタアさんがいるかどうかは別にして、スタッフも大所帯だから、一見宴会風の夕食。
 酒飲みのスタッフは、あてがいぶちの夕食はそそくさと済ませ、夜の巷に繰り出す。まあ、監督が増村で、いちおう上座だろうから、そんな宴会に、長く居たいとは、誰も思わないだろう(笑)。
 で、当然お銚子には手をつけない、下戸もいるだろう。
 宴たけなわの頃になると(実際は打ち上げではない、日々の夕食なのだが)増村は、下戸の手付かずの銚子、いなくなった酒飲みの飲み残しの銚子を集めて、酒盃を重ねたという。
 さすが、超合理主義にして、地味地味な増村らしい(笑)。
 カツシンや裕次郎、監督でも川島などの豪遊伝説は数あれど、こんなしみったれた(笑)映画全盛期の監督も珍しい。
 確かに銚子には誰も口を付けてはいないのだから、合理主義者の酒飲みにしてみれば、もったいないし、しかし監督としてはみっともない。合理で地味な増村らしいエピソードで、ぼくは好きだな(笑)。

 何の話だっけ。そうそう「この子の七つのお祝いに」の話だった。
 結論から先に言うと、土井たかこ。「駄目なものは駄目」。
 まず、111分の上映時間が長過ぎ。
 全盛期マスマスムラムラなら、確実に90分は切っていただろうタイトな物語に、半時間の「贅肉」。「贅沢」なランニングタイムの使用などではない、単なる「贅肉」な映像の数々。
 体脂肪をほぼ絞りに絞った大映時代の、「90分の男」に比べて、この「贅肉」過剰が、この映画からサスペンスを奪った要因のひとつだ。
 しかしこの映画のストーリーは、111分の上映時間をかけるようなタマでは、ない。その結果、増村は、どうしたか。
 杉浦直樹、根津甚八のふたりは、ルポ・ライターと新聞記者で、二人は事件の真相を探るべく、多彩ないろいろなところに取材に出かける。そのたびに、すべての場所で、看板なり表札なりエンエン映す。律儀に固定ショットで、各五秒ほど? 杉浦のマンションの看板など何度も映す。
 こんな律儀かつ凡庸な映画って、たぶん、はじめて見たよ。まあ、この種のわかりやすい場所説明は、大映プログラム・ピクチャアの基本であったのかもしれないが。しかしそれにしても過剰。
 贅肉その2。本作の象徴の童謡「通りゃんせ」を。岸田今日子が二度も、そして岩下志麻も歌う。しかも、すべてフルヴァージョン(笑)。
 そのほか、すべて描写において「余裕」。ゆったりした描写なんて、マスマスムラムラには、これほど似つかわしくないものはない。合理主義がなくってもんだぜ。

 次に、本作が駄目な理由その二。あるいは、コレはぼくの個人的理由だけかもしれないが。
 ぼくは、根津甚八が駄目。どの映画どの映画を見ても、彼のよさがわからない。主演作が多いということは人気があるんだろうが、ぼくにとって根津甚八は、砂。彼の出番は、毎度砂をかむような思い。根津甚八不感症(笑)。
 次に杉浦直樹も微妙。このひと、若いころは一応二の線。でも、妙なゆるさが、二枚目になりきれず。
年をとったら、味のある人情派?に転換するも、今度は、そのゆるさを、妙な硬さが、ジャマをする。
 どう対応していいのかわからない、ハンパ感といいますか。
 このひと、はしゃいでいるときはカラ元気にしか見えなくて、しょんぼりしているときは、仮病感(笑)が、漂うのよ。なんだ、単なる大根か。
 そしてヒロイン岩下志麻。究極の不感症女優。ごく若いころの時期をのぞいて、この人の出番を楽しめたことが一度としてない。演技も下手だし。クライマックス「通りゃんせ」をフルで歌う演技の稚拙さったら、目を覆う。ま、罰ゲームだから、目を覆ったら負けだから、実際は、覆ってないけどね。
 つまりこの映画、砂、微妙、罰ゲームが主演トリオだから、ぼく的には、うんざりキャストで。

 大映全盛期マスマスムラムラで、確実に90分は切っていて、岩下が若尾あややで、根津が川口浩、杉浦が船越英二、だったら、あるいは本作は傑作になっていたかもしれない。
 本作でも、キーパーソンのふたりに増村保造「卍」岸田今日子、増村保造「赤い天使」芦田伸介を使っているが、こちらはグッド。なので大映全盛期マスマスムラムラ版でも、オーケー。
 とくに岸田今日子は、出色。彼女以外に、この役は、考えられない。

 次に、本作が駄目な理由その三。ホラー寄りのサスペンス描写が、徹底して下手。増村保造は、人間関係サスペンス?や情痴サスペンスは得意でも、ホラー劣等生?であることが、わかる。ホラー描写では、安っぽいTV2時間ドラマの域で。映画なのに、TVドラマに、毒されすぎだぞ、増村。
◎追記◎感想駄文済みの増村保造「恋にいのちを」江波杏子どうよう、本作の岩下もベッドシーンで機械的に仰向けに倒れる。さすがに新人・江波ほど機械的ではないが、いかにも増村保造的な、味も素っ気もない「合理的」な、倒れ方。
 おそらく増村とは「演技的」相性が良かった若尾なら、きわめて官能的にふわふわと倒れるところを、新人江波、不感症岩下には、単なる器械体操だったのだろう。今回まだ再見していない増村保造「セックス・チェック 第二の性」安田道代も、また、機械的にベッドに倒れるのだろうか。

余談1 って本駄文のすべてが余談そのものだが。ネットで見ると、本作をTV放映で見た当時の小学生たちが、トラウマになるほどの恐怖を味わったという。増村ホラー演出はヘタ以外の何者でもないが、たぶん、
 タイトルがタイトルなので子供向けと誤解されて、多くの子供が見た→コドモには初体験なホラーモノにショック→暗い和室の市松人形の、恐怖→岸田今日子のふるふる震える声にやられ→ヤキゴテでの児童虐待や、赤ん坊の拉致、ねずみに食い殺された赤ん坊、朝起きたら母親が血まみれで死んでいる、母親に裏切られた、などなど、大人よりもむしろ子供にとっての恐怖感満載な展開。
 タイトルが子供向け風でなければ、ここまでのトラウマには、そもそもならなかったであろう。

e0178641_14404248.jpg余談2 コレもネットで話題は「岩下志麻セーラー服写真」の異様(笑)。髪型もアフロ風で異様だし、コスプレ感満載。若い時期の岩下セーラー服なんて、松竹の過去スチール探せば、いっぱいあるはずなのに、そういうスチール写真では、増村は、満足できなかったのだろう。「過剰さ」が足りない!ということか。
 なお、岩下のセーラー服は写真の衝撃度で話題になるが、まったく無視されているのが、中原ひとみの、洋裁学校時代回想シーンでのカーディガン姿か。もちろんはたちとしては、ありえない老け顔なのだが、童顔だからぎりぎりオーケー(では、ないが、かろうじて、問題?とはならない)。
 しかしなぜ野添でなく中原なのか。たまには、違うひとみを使ってみようということか。もっとも、中原ひとみ好きとしては、この年でもかわいい中原を、コスプレ付きで見られて、オーケー(笑)。

余談3 書いているうちに思い出したが、ロードショー時は深作欣二「蒲田行進曲」との2本立て。このときぼくは、地方の映画館に勤めていたのだが、当初は「この子」のほうがA面だったはず。
 ところが、幕をあけてみたら、「蒲田」の大圧勝。爆笑に次ぐ爆笑。エンエン長期上映化し、最後の頃はさすがに客席もまばらになるのだが、「蒲田」のすごいところは、空席のほうが多い末期になっても、場内は爆笑の渦となること。いっぽう「この子」上映時は、セキとして声なし。
 上映中は、映画館従業員は暇になるので、「蒲田」上映時はたびたび館内で入り浸っておりました。映画の勢いもさることながら、必ずそして常に場内大爆笑の連波というのは、映画好きにして映画館好きの小生には応えられないものでしたので。
 いっぽうの「この子」のほうは、一回見たっきりかな(笑)。ホラーモノとしては、特に初期の特報、暗がりの市松人形はよかったのですがね。アノ特報は何回も見ました(笑)。たぶん下のとは違うほう。
しかし2本立てなら、最初から上映時間短くして、増村本来の味を出せばよかったのに。残念。人はないものねだりするものか。

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この子の七つのお祝いに(昭和57)メイン・テーマ

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by mukashinoeiga | 2014-08-23 15:21 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback | Comments(12)

増村保造「赤い天使」

 京橋にて。「映画監督 増村保造」特集。66年、大映東京。
 阿佐ヶ谷の小百合モーニングと、夜のロッテ西武戦の間に小時間が空く。再見だが、本作を見ることによって、マリンフィールド球場には、ちょうどよい時間に着けるであろう、というのが再見した理由であるが、やはり正解であった。あらためて、傑作である。
 感想駄文済みの増村保造「爛(ただれ)」の、文言を、また、繰り返さざるを得まい。

 
 再見だが、何度見ても素晴らしい。若尾文子のいちいちの表情、いちいちの演技、まさに絶品。

 このフレーズは、マスマスムラムラな若尾文子主演作に、何度も、繰り返さざるをえない(笑)。

赤い天使(95分・35mm・白黒) <フィルムセンターHPより>
『兵隊やくざ』に続き有馬頼義の小説を映画化。日中戦争で大陸の野戦病院に配属された従軍看護婦が、絶望と向き合う最前線で、一人の軍医への愛を貫く。戦争の残酷さをリアルに追求した描写とともに、ヒロインの壮絶な美しさが観る者を圧倒する。フランスで高い評価を受けた作品としても知られる。
'66(大映東京)(監)増村保造(原)有馬賴義(脚)笠原良三(撮)小林節雄(美)下河原友雄(音)池野成(出)若尾文子、芦田伸介、川津祐介、千波丈太郎、赤木欄子、小山内淳、井上大吾、仲村隆、谷謙一、飛田喜佐夫、河島尚真、池上綾子

 この映画は、いちおう反戦映画、というくくりになるだろうか。現に京橋8/9上映の翌日は、池袋の毎夏恒例反戦企画特集の一発目に、これまた傑作鈴木清順「春婦伝」'65と2本立て上映される。
 いや、この2本立ても、へヴィーやな(笑)。暗い静かな女の情念の「青い」炎の若尾文子と、高らかにより情動的な女の情念の「赤い」炎の野川由美子と。

 しかしこの2本は、左翼お花畑連中がくくりたがる「反戦映画」の枠組みを越えている、というのが、クールなマスマスムラムラと、クールな鈴木清順の、「ホンネ」ではあるまいか。
 とにかく極限の非常事態、「戦場の軍隊」という、「個人の情念」よりも「大状況の危機」が優先される中で、さらに当時「完璧に男祭り」「究極のマッチョ主義」の時代に、「ちっぽけな女の情念」なんて余地のない時代精神の中で、「個人の思い」は、いかに叩き潰されていったか、という時代に、
 時代反動的な女の情念を、いかに際立たせていくか、戦場という極限状況は、あくまで「女の情動」を、より、際立たせるための、体のいいシチュエーション設定だ、とは、いささか、いいすぎだろうか。

 「女の情動」をフルスロットルで演じうる稀有な女優・若尾文子を得て、では、彼女を最大限に生かすシチュは、と考えて、マスマスムラムラは、戦場という究極の「女性性抑圧シチュ」を設定する。
 「女の情動」をフルスロットルで演じうる稀有な女優・野川由美子を得て、では、彼女を最大限に生かすシチュは、と考えて、鈴木清順は、戦場という究極の「女性性抑圧シチュ」を設定する。
 もちろんともにプログラム・ピクチャア監督であるふたりは、会社からコレをやれ、アレをやれ、と命令されて、映画を作るわけだ。
 その社命とは、まさに「扇情的な戦場映画を作れ」ということだろうが、その結果、戦争映画では例外的な「女の情念」映画を作り上げた。一年違いの共時性とは、ちとオーヴァーか。
 成瀬・川島の共同監督作があるなら、このふたりのコラボも、見てみたかった。まあ、贅沢すぎる夢か(笑)。

 看護婦姿のあややは最強だし、軍服姿のコスプレもあり~の、若尾文子最強の一本。
 赤木欄子絶品の看護婦長、まるでロボットみたい、現状を露とも疑わない官僚ロボットのごとき、無表情ぶりは、助演女優賞モノ。
 また、なぜか増村の「理想的セルフイメージ」(笑)に近づきつつあるインテリ医・芦田伸介など、語りたいことはいっぱいあるので(増村の妻は歯科医、らしい。歯科医よりは、外科医、というマスマスムラムラの「妻より強い自分」願望の現れか(笑))、感想駄文パート2が、ある予定(笑)。

Akai tenshi 1966 - Trailer

 しかしこの予告では、マスマスムラムラの、若尾あややの、情念は、まったく伝わらない!

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by mukashinoeiga | 2014-08-10 11:31 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback | Comments(2)

増村保造「爛(ただれ)」

 京橋にて。「映画監督 増村保造」特集。62年、大映東京。
e0178641_21124966.jpg 再見だが、何度見ても素晴らしい。若尾文子のいちいちの表情、いちいちの演技、まさに絶品。
 再見した理由は実に単純。大映東京が誇る二大怪獣・若尾(ガメラ)文子VS田宮(大魔神)二郎の、激突バトルを、見たかったからだ(笑)。絶好の消夏法ではないか(笑)。
 いや、若尾のほうが菩薩と夜叉の二面を持つ大魔神のほうか。そう考えれば、びゅんびゅん飛ぶ田宮のほうがガメラか。

 終映直後、ぼくの隣の客が一言、「重い・・・・」。完全にグロッキーな、感じであった。もうこの人は、二度とこの増村特集には、来ないかもしれない。
 いやー、ぼくの映画の見方のほうがおかしいのかもしれないですけどね(笑)、成功したマスマスムラムラ映画は、ことごとく怪獣映画なんだ、と(笑)。
 マスマスムラムラ映画では、若尾も、川口浩も野添ひとみも、高松英郎(増村「巨人と玩具」)も、ことごとく怪獣と化す。
 増村映画とは、いわば怪獣プロレス、その人間ドラマ版なんだ、と。「男と女の衝突・慟哭」を、装う、怪獣バトルなのだ、と。激闘の怪獣王ゴジラこそが、若尾あややなのだ、と。じゃあ、野添ひとみは、モスラか(笑)。川口浩はミニラか(笑)。
 以下、ネタバレあり。

e0178641_21134946.jpg爛ただれ (88分・35mm・白黒) <フィルムセンターHPより>
徳田秋声の小説を新藤兼人が現代に置き換えて脚色。愛人の増子(若尾)と愛欲の日々を送る花形セールスマンの浅井(田宮)は、嫉妬に狂う妻(藤原)との離婚に成功するが、2人の新しい生活も、増子の姪(水谷)が田舎から上京してきたのを機に狂い始める。若尾文子と田宮二郎演じる男と女の爛れた関係が息詰まるほどの執拗さで描かれる。
'62(大映東京)(監)増村保造(原)徳田秋声(脚)新藤兼人(撮)小林節雄(美)下河原友雄(音)池野成(出)若尾文子、田宮二郎、水谷良重、船越英二、弓恵子、藤原礼子、丹阿弥谷津子、倉田マユミ、殿山泰司、浜村純、永田靖、十朱久雄、宮川和子

 田宮二郎。 
 羽振りのいいカー・ディーラー、というより当時の言葉で言えばブローカーか、もちろん扱うのはアメ車の中古。
 考えてみれば、国産車がハバを利かせられない時代、外国産中古が華やかだった時代というのは、今では信じられないかもしれない。まあ、今でも、アメリカ由来の軍事技術に発する、IT産業が時代の花形なんだから、ぼくたちも、この時代のことを笑えないのかもね。
 さて、この田宮、「恩人の娘」をゼヒにもと嫁にもらいながら、キャバレーのホステス・あややを愛人にし、さらには田舎から上京してきた若尾の姪・水谷良重にも、ちょっかいを出す。
 びゅんびゅん飛ぶ、ならぬ、ピュッピュッ飛ばすガメラなり(笑)。
 これを「女の直感」で知った若尾、菩薩から夜叉へ「大魔神」のごとく変身して、田宮ガメラを、攻め立てる。
 いや、その前段と、して。
 田宮の本妻・藤原礼子への、増村の演出がすごい。喘息持ちでゼエゼエいいながら、果敢に田宮に挑み続ける藤原礼子演出こそ、まさに怪獣描写そのもの。特技監督(笑)マスマスムラムラの本領発揮の名バトルシーン。田宮も、ただただタジタジ。
 続く、蔵の座敷牢(笑)に閉じ込められた藤原礼子が、実母に襲い掛かり、助けに来た兄・殿山泰司に抵抗していくさなか、絶命するところも、まさに怪獣の最後というような様相を呈す。

 そして怪獣王(笑)あやや。いや、もう、アヤラと呼ぼう(笑)。
 アヤラ(笑)が、冷徹に(対藤原礼子比180パーセント)田宮や良江を追い詰めていくサマの、その表情、その演技の絶品さ。
 鬼のような形相でありつつ、同時にスタア女優としてのセクシーさも十分兼ね備えている、というまさに「国宝級」というか「重要無形文化財」というべきか、どこかひとつバランスが狂ってもすべて台無しの、タイトロープ上の絶妙さ(笑)。その絶対バランス。
 これがもし新劇女優だったり、非スタア女優であったりすれば、「鬼の形相」をそのまま体現して、文字通り観客をドン引きにするのだが、アヤラは、違う。
 スタア女優として欠かせない、ある甘さを残すのだ。もちろん、甘い演技ではない、ある甘さを。

 蛇足だが、若尾の友人たち、丹阿弥谷津子(もとキャバレー同僚、船越の妻)、倉田マユミ(増村映画ではいつもいい、愛人アパートの人)もいいのだが、超年上元大将の愛人・弓恵子がキュート。
 なお、元大将が永田靖とは、気づかず。いつもと演技が違うもの。
 いつもはクールな田宮も、アヤラの凄みを前にして、いささかたじたじの体。ただ、田宮、マスマスムラムラなメロドラマに、もっと、出てほしかった。

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 なお前者で「水谷良重」を「二代目水谷八重子」と表記するのは、いかがなものか。過去消去の「上書き」のみは、共産主義者特有の悪弊であろう(笑)。

★若尾文子、増村保造監督とは「以心伝心」 三島由紀夫主演作の秘話も明かす : 映画ニュース - 映画.com★

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by mukashinoeiga | 2014-08-05 09:49 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback | Comments(6)

増村保造「最高殊勲夫人」若尾文子川口浩船越英二丹阿彌谷津子

 京橋にて。「映画監督 増村保造」特集。59年、大映東京。
 行きがけの駄賃的再々見。やはり傑作。すばらしい。
 プログラム・ピクチャアの範囲内での、最高のパフォーマンス。
 川口浩、若尾文子ともに最強のチャーミング。

e0178641_21463559.jpg最高殊勲夫人 (95分・35mm・カラー)<フィルムセンターHPより>
三原家と野々宮家には、それぞれ3人の兄弟と姉妹がおり、長男と長女、次男と次女は夫婦である。周囲は当然三男と三女の結婚を期待し…。他愛もない物語を、スピード感いっぱいに描いた喜劇。物語内容より語り方そのもので楽しませる、ジャズのような作品だとの評が残されている。
'59(大映東京)(監)増村保造(原)源氏鷄太(脚)白坂依志夫(撮)村井博(美)下河原友雄(音)塚原晢夫(出)若尾文子、川口浩、船越英二、近藤美惠子、金田一敦子、野口啓二、小林勝彦、北原義郎、丹阿彌谷津子、八潮悠子、宮口精二、潮万太郎、柳澤眞一、滝花久子、東山千栄子

 そう、まさに、源氏鷄太ライクな、他愛もないラヴコメを、快調に流していく、娯楽映画の王道。
 同年の同監督「氾濫」は、きわめて重厚な大傑作、その同じ年に軽快な本作と、マスマスムラムラ絶好調。

 三原商事の営業部長(社長長男の船越、現社長)と社長秘書・丹阿彌谷津子、続いて現営業部長の二男・北原義郎と、丹阿彌の妹の現社長秘書・近藤美惠子が、ゴールイン。
 となると期待される?のは、船越北原兄弟の末っ子・川口浩と、丹阿彌近藤姉妹の末っ子・若尾文子の、三度目の結婚だ?
 しかし、若い二人は、兄たち姉たちの「二の舞」は踏みたくない・・・・。というところで、すでに、ハッピイなエンドは容易に予想される・・・・という娯楽篇。
 お互いがお互いを決して好きになるまいと、誓い合いつつ、結婚への同調圧力を、共同で拒否していこうと「共同戦線」を張る、まあミイラ取りがミイラの、典型王道で。
 「やんちゃなお坊っちゃん」を演じて日本一の川口浩と、活発な張り切りムスメも最高にマッチするあややの、ベストカップルを得て、マスマスムラムラ絶好調。終映後、多くの拍手あり、さりなん。
 この「やんちゃなお坊っちゃん」最高パフォーマンスの川口が、実業家転進のため、俳優業を廃業したのは、正しかったのか、惜しかったのか、よくわからない。
 若いときだけの輝きであり、年を経ては、その輝きが減するタイプだったのか、否か、若いときの輝きがあまりに素晴らしかったゆえに、それは、わからない。
 この映画の相方であるあややが、若い明朗張り切り娘も良し、妖艶なメロメロ年増オンナも良し、というオールラウンド・プレイヤーなのに対して、やはり川口は「若いとき」限定だったのか。年取った川口浩も見てみたかった気もするが。
 ただ本作の欠点は、大勢が右往左往する多人数コメディで、一言二言のせりふのみの、若手俳優が、これまた多数出てくるのだが、プログラム・ピクチャアの悲しさ、その一言二言のせりふが、ことごとく、稚拙で、ろれつさえ回っていないのね。このパターン、本作にホントに多くて、頻出してくる若手大部屋俳優への統括が、ホントに出来ていない。こんなに顕著な欠陥が、こんなに散見する映画も、珍しい。
 マスムラ、手を抜きすぎ。あるいは、一言二言のみの俳優は、助監督マターだったのか、だとしても助監督への統括が出来ていないことは、増村保造の責任だろう。ここに、プログラム・ピクチャアの欠点が、マスマスムラムラと露呈している。
 あるいはマスムラとしても、あまりに多人数の一言二言俳優を多用せざるを得ない事態に、ずっこけたのか。同年の、やはり多人数が出てくる「氾濫」の、しかし凄腕ばかりの出演者の、絶対的安定感とは、エライ違いだ。

★Movie Walker★および★所蔵映画フィルム検索システム★のタイトル検索で、詳細な作品情報あり。ただし、簡単な作品解説、あらすじ紹介(初期情報ゆえ、しばしば実際とは違うが)は、前者のみ。後者はスタッフ・キャストが超詳細。
 なお、後者では、テレビ・フロア・マネージャー役は、藤巻潤こと藤巻公義。本名か。

◎追記◎最高殊勲夫人(1959) 増村保造監督 冒頭部分


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by mukashinoeiga | 2014-07-24 00:22 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback | Comments(0)

増村保造「恋にいのちを」感想2

 京橋にて。「映画監督 増村保造」特集。58年、大映東京。あと2回の上映。
 うーん、ビミョー(笑)。終映後、観客の「いらいらするほど、つまらない」「大根」「主題歌が・・・・」などの声が、聞こえてきた。確かに。
 しかし、真性増村中毒のぼくは、実はこの「つまらなさ」が、最高に面白かった(笑)。
 「真の失敗作は、下手な傑作に、勝る」そのものの映画なのだ。

 という★増村保造「恋にいのちを」★感想駄文に続くパート2でおます。
 以下、完全ネタバレ。

 まず、冒頭クレジットに流れる主題歌(ラストにも、流れる)にアッと驚く。
 原作脚本の川内康範による作詞、松尾和子歌唱(with和田弘とマヒナ・スターズ)の、ずぶずぶのムード歌謡。
 こうした湿度100パーの、情緒性歌謡曲ほど、増村保造と無縁な曲もないというくらいのもの。
 いや、何も増村保造でなくたって、そもそも比較的クールな大映映画では、50年代の凡作メロドラマを除いて、こんなずぶずぶ高多湿な曲を主題歌には、しまい。
 アッ、まさに本作も、「50年代の凡作メロドラマ」そのものか(笑)。うーむ。

 主人公・藤巻潤の父・大山健二は、五ヶ月間行方不明の果て、不意に息子の前に姿を現すと、ほんの十秒で、瞬殺される。
 戦前松竹の常連三枚目快優・大山健二(時には準主役の活躍)は、戦後大映でちょい役専門ほぼ大部屋俳優となる。その恰幅を生かして、会社重役、裁判官、などなど。その三枚目さは健在なので、もっと出番の多い役でもイケたのに、残念な扱い。
 本作では珍しくキーマンの役だが、やはり20秒で瞬殺。戦後は某三流スポーツ紙の社長の由、社長の余技とすれば、立派なものか。
 その大山を殺したヤク中・浜村純は、この時期破れかぶれのジャンキーを演じさせたら日本一。
 野村芳太郎「最後の切札」(あ、まだ感想書いていなかった=その後感想駄文済み)ほか、記憶には残っていないが、何作かでジャンキー兼殺し屋を、顔面をゆがめて、快演。ヤク中なら浜村純。
 その浜村の娘が、江波杏子。顔が爬虫類系で、あどけない娘の演技が、まったく似合わない。むしろ、気持ち悪いくらい。
 本作の江波杏子を若尾文子、冨士真奈美を野添ひとみが、演じていたら、あるいは、マスマスムラムラ的傑作になったかもしれない。冨士真奈美も、濃い顔、濃い演技で、そのどちらも、むちむち肉感的、これで清純派的立ち位置といわれても、やや、違和感。しかも冨士真奈美、まったく非マスムラ的な、ねちねち湿度感。
 では、ありつつ、きりっと、自己主張する面もありーの、その辺の混合が、マスムラ本来の美質からは、ありえない混乱振り。
 
 いや、ぼく、好きですよ、冨士真奈美。
 なんか、若いときの清純派から、その肉感的なイメージからか、いきなり、三枚目に走った、という、イメージがあって、かなり、損して?はいるイメージか。
 いわば野添ひとみから、若尾文子への、移行期?の失敗過程か?
 野添ひとみと若尾文子の、いいとこ取りを目指して、しかし、いいとこ取りはたいてい失敗に終わり、結局悪いとこ取りに終わるのが、世の常。そういう落ちか。
 ハイブリッドならぬローブリッド・マスムラか。

雑居時代 (第1回) 石立鉄男 大原麗子 冨士真奈美 

雑居時代 (名場面) 石立鉄男 大原麗子

 美人なのに、結局は三枚目に落ち着く、という珍。あるいは、三枚目美人という独特キャラ。

 ところで、本作のもっとも凡なところは、主人公・藤巻潤が、父の失踪・殺害の真相を究明せんとて、奔走するも、まったく役立たず。主人公としての、働きを、ほとんどせず。ここら辺が、しまらないこと、おびただしい。
 黒沢明「悪い奴ほどよく眠る」60(感想駄文済み)ばりに、というか先行しているのだが、父親の悪事を暴くために、その娘と、まずは結婚(ここでは婚約)する、というプロット。これ、何かもともとモトネタがあるのかしら。
 特に根拠はないが、シェイクスピアとか、古代ローマのドラマ辺りに典拠が、ありそう。
 この父親の悪事暴露のために、犠牲にされた結婚を強いられる娘、というプロットは、何かしら興味を引かれるものがある。
 しかし凡は凡。
 ただ、そうは言いながら、本作にも、マスマスムラムラの快楽は、あふれている。
 もし、マスムラが好きだというなら、本作は、必見だ! マスムラの、マストアイテムだ。
◎追記◎マスマスムラムラといえば、早口とも言うべき台詞回し、テンポのよい展開の快楽で知られるが(特に初期)、本作の藤巻潤らは、あまりにもっさりした台詞回し、展開ももっさり気味で、とてもマスマスムラムラ映画とは思われないほど。
 中期・若尾文子時代では、スピードを減じても、のたくったような声とせりふ、しかしきわめて意思的な、あややが、快楽。
 しかし、同じく、本作の、トロい藤巻潤は、若尾レヴェルではないので、あるいは、マスムラの演出力が、若尾時代ほど、完成されていないので、単に、ドンくさい。
 結果的に、マスムラに多用されなかった、藤巻、江波、冨士などの、非マスマスムラムラな主演ばかりだったせいで、マスムラとしても調子が狂ってしまったのか(もちろん、駄目な、非マスムラ的脚本とのあわせ技で)。
 鈴木清順の名言?「映画のつじつまが合わない(と、感じる)のは主演俳優が駄目なせいだ」そのままで。
 これが、江波杏子を若尾文子、冨士真奈美を野添ひとみが、そして藤巻潤を川口浩が、演じていたら「映画のつじつま」は見事合って、傑作になっていたかもしれぬ。
 初期マスムラとしては、珍しく、テンポが、悪い。
 中期マスムラとしては、珍しく、コクがない。
 よって、マスムラ史上としては、珍しく、緊張感が、ない。
 この珍しさゆえに、本作は、初期マスマスムラムラと、中期マスマスムラムラをつなぐ、ありえたかもしれないミッシング・リンクなのだ、と。
 鈴木清順「東京流れ者」と違って、川内康範ずぶずぶメロドラマの毒にあたってしまった、感じか(笑)。
◎再追記◎ちなみに。最近見た下記映画は、設定があまりにむちゃくちゃで、つじつまがまったく合っていないのだが、トム・クルーズの主演オーラで、強引につじつまを合わせてしまう(笑)。映画とは、そうしたものなのだ。
映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』IMAX予告編

◎再追記◎しつこい(笑)。
 江波杏子が若いゆえに、あるいは爬虫類顔ゆえに色気不足なせいか、そのしぐさというか、立ち居振る舞いというか、なんだかきわめて機械的。
 互いが相思相愛なのを確認した瞬間、江波、いきなり体を後ろに倒し、藤巻にもたれかかる。そのまま、顔を仰向けにして、キス。
 あまりに唐突、かつマシーナリー(笑)な、むつみあいというより、組体操めいて、思わず失笑。
 このしぐさを若尾がやれば、しどけない色っぽさだろうが、若く、からだも堅い、演技も堅い、顔も堅い(笑)江波にはムリ(笑)。
 この種の、オンナオンナした立ち居振る舞いの完成系のマキノは、マスムラを、どう見ていたのか、まあ、見ていないだろうが。
 逆に、増村保造は、マキノをどう見ていたのか。
 日本的情緒、纏綿(てんめん)というヤツですね、そのもののマキノと、水と油のマスムラ、ああ、このふたりの互いの映画感想合戦を、見てみたかった(笑)。

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by mukashinoeiga | 2014-07-07 22:56 | マスマス増村保造ムラムラ | Trackback | Comments(2)