70年代女優はなぜ脱ぎまくる:今の女優は脱ぎ惜しみ

渡辺邦彦「阿寒に果つ」を何個か前の感想駄文したが、そこでの五十嵐じゅんの、堂々とした脱ぎに、改めて思った。
 なぜ70年代女優は、バンバン脱ぎまくり、現代の女優は、綾瀬はるかも石原さとみも長沢まさみも、なぜ脱ぎ惜しむのか(笑)。

e0178641_1524370.jpg ぼくなりに時系列で検証したい(笑)。

1 1960年代前期まで
 明治時代以降の禁欲的な時代風潮のせいで、公的な性的表現は、かなり抑圧されていた。明治以前の、日本の性的志向は、かなりあからさまだったと思うが、目指せ西洋文明で、抑制されたと思う。
 女優の脱ぎは、かなり抑制されていた。というか、ほとんど不可。
 例外的に、豊田四郎「雁」53年で浦辺粂子が、山村總「沙羅の花の峠」55年で東山千栄子が、成澤昌茂「裸体」62年で浪花千栄子が、バストトップまでさらけ出したが、失礼ながら、明らかに意味が違うだろう。
 
2 1960年代後半
 そうしたそれまでの倫理観が崩壊して、五社体制もぐだぐだになり、いわゆるひとつのヌーヴェルヴァーグ、アヴァンギャルド映画、ヨーロッパ映画などの影響もあって、脱ぐことが、先端的で、かっこいいんだ、という風潮を生んでいく。


e0178641_1922407.jpg3 1970年代
 ピンク映画、日活ロマンポルノ、東映ポルノ、ATG映画、各種アヴァンギャルド映画、そして何よりTVの11PMなどのピンク番組、週刊プレイボーイなどの青年誌グラビアの大流行などで、脱ぐことが、ますますかっこよくなっていく。
 映画業界的には、没落の一途の中、低予算映画の必要性が高まり、そうなると若い新人男女優を主演にした、低予算青春映画が人気を博すことになる。
 そういう低予算映画の青春映画では、新人女優のヌードが唯一の売りとなっていく。
 ここで、秋吉久美子、桃井かおり、芹明香などの、先端的な「とんがった」女優が、クローズアップされていく。、
 脱ぐことが、トレンドと、なった。
 ジュスト・ジャカン「エマニエル夫人」74年の大ヒットも、忘れてはいけない。ヌードがファッション化した。
 70年代は、発情していたのだ。

4 1980年代
 1940年代~現代にいたるまでで、カルチャー的には、もっともダメな年代だと思う。経済的には、バブルの時代。ふはふはして、軽佻浮薄で、結果は、そんなに、残せなかった、と思う。
 時代はさらに発情していく。
 いわゆるアダルトビデオが勃興し、脱ぐ人脱がない人の、「壁」が顕在化していく。
 それに加えて、五月みどり、畑中葉子や天地真理など落ち目の女優、アイドルの起死回生策という、街金ローン感が、漂って、脱ぐことが、やはりあんまりかっこよくなくなった。
◎追記◎そういえば、80年代の終わりの数年間に、TVのヴァラエティー番組で引っ張りだこだったのが、現役国立大学の女子大学生というのが売りの、AV女優、黒木香。
 完全にヴァラエティー向きの、お笑い芸人として、一世を風靡した。
 もし彼女が二枚目的に人気を博したのなら、また違っただろうが、完全なお笑い汚れキャラに徹したため、脱ぐ人に対する評価は、低下したと思う。完全にお笑いのオンナ芸人を、本人は得意げに演じたのかもしれないが、ぎこちなく(結果的に浮き上がっているという意味で)演じた。
 結果的に「脱ぐこと」の三枚目感、ダサさを、強調することになる。また、その相方、村西とおる監督の、ダサさも、女性をげんなりさせたかもしれない。
 さらに言えば、同じく一世を風靡した代々木忠も、その名前から察せられるとおりの、日本共産党的冷徹さ(笑)が、女性受けの悪さゆえ、ダメージだったかもしれない。ここは、まあ、指田さん的ホラに近いかもしれませんが(笑)。

黒木香

 オトコ受けはしているかもしれませんが、女性出演者は、ドン引きだよね(笑)。この空気感が、脱ぐことのカッコ悪さに、つながっていく?
◎追記◎哲学的対談 「黒木香(当時22歳)vsキダ・タロー」 1987年6月

 この程度を哲学的って(笑)。全ベクトルで規範を追及したら(あらゆる逸脱を禁欲的に否定)、いわゆる八方美人にならざるを得ず、まあ人格は崩壊するわなあ。

5 1990年代
 現在の「脱がない女優たち」を決定化した時代かと、思う。
 アダルトビデオの大流行が、脱ぐ女優は「本番女優」なのだと、「差別化」していく。
 そして二つの「事件」が決定的な役割を果たしたと、思うのは、ぼくだけか。
 宮沢りえ。写真集『Santa Fe』91年(篠山紀信撮影)は人気絶頂時のヌード写真集で大ヒットし、150万部のベストセラーとなる。
 これがあまりにヒットしたため、次にだれが脱いでも、これを超えるインパクトは、期待できなくなった。いわば、脱ぎ損な訳で、脱いだら負け感が、あるのではないか。
 りえ前、りえ後だ。

「サンタフェの未公開写真」


 もう一つは、高岡早紀。
 深作欣二「忠臣蔵外伝 四谷怪談」94年で、脱いだのはいいが、あまりの巨乳が唐突に映されたショットの超絶衝撃。
 あまりに唐突過ぎて、映画のすべてをぶち壊す衝撃。わざわざ脱いだのに、嘲笑の的になってしまった。この衝撃は、大きいと思うよ。
 結果的に脱ぐことが、ダサくなってしまい、アダルトビデオ女優と「一般」女優が「一線を画す」こととあいまり、脱ぐことが人気女優のトレンドと、外れてしまったのだと思う。

6 2000年代 
 映画に出ることより、TVに出ることの方が、女優たちのステータスに、完全になってしまった時代。
 特に、短時間撮影で稼げるTVCMこそが、女優の事務所にとっては、最優先。でCM契約にあたっては、スキャンダルはご法度。
 ヌードになるのは、お茶の間(そんなの、今あるのか、実態も不明だが)の女性層(同上)の不興を買うレヴェルに。
 さらに映画的に言えば、製作委員会方式が、主流に。
 十社(以上)の会社が、それぞれ少額の投資をして、堅実なノーリスクローリターンなのか、あわよくば高配当を狙う。
 しかしいずれも映画の素人で、ベストセラーの原作で、人気アイドルを使い、土地で儲けるより映画なんてはるかに文化の香り、わが社の知名度向上にも最適、なんて、出来る映画は、とにかく無難な造り、とにかくいかなるところからもクレームが来ないような(詰まらねー、とか駄作とか、というような「映画批評」は、クレームのうちには、入らない)無難な無難な、まるでコンビニ弁当みたいな映画を作って、まあ一定程度の投資回収ができれば、御の字、みたいな。

 そう、映画は柳川慶子の時代に、なってしまったのだ。
 鈴木英夫の傑作「その場所に女ありて」で、ヒロイン司葉子の後輩を演じた柳川慶子は、同僚の男性社員どもに、少額の金を融資し、その利息で稼いでいる。
「われわれ貸金をサイドビジネスにする者」に、日本映画は、半ば乗っ取られてしまっているのだ。
 映画をサイドビジネスにする奴らが、映画について真剣に考えるはずもなかろう。
 そういう映画で、女優のヌード、なんて、まず最初の選択肢には、入りませんね。どこそこの女性団体(的なところ?)から、理不尽なクレームが来るかわからないし、第一お子さん向けの映画じゃなくなってしまうじゃないですか。 

 かくて映画で脱ぐ女優は、単館映画の、独立プロの、新人女優に、限られるような事態に。
 まあ、元に戻ったわけですな。
 ぼくとしては、映画女優として、綾瀬はるかも石原さとみも長沢まさみも、脱いでほしいが、まあ、かなわぬ夢かしら(笑)。

 ああ、一番大事なことを書き漏らしていました(笑)。
 70年代までは、明らかに文化的にも、男性優位社会でした。
 しかし、80年代以降、日本でも世界でも、「女性の視点」が、徐々に重要視されるように。
 70年代こそ、文化的には最後の「男の楽園」だったのかもしれませんな。

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by mukashinoeiga | 2016-12-10 01:55 | うわごと | Trackback | Comments(3)

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Commented by お邪魔ビンラディン at 2016-12-11 01:07 x
御説拝見していて、Santa Fe 発売直後に稲垣浩の「ふんどし医者」のリメイクを妄想したことを思い出しました。配役の対比は以下のごとし。
      オリジナル   リメイク
医者    森繁久彌   勝新太郎
妻     原節子    中村玉緒
弟子    夏木陽介   本木雅弘
その恋人  江利チエミ  宮沢りえ
カツシンは「パンツをはかない」宣言をしたことが記憶に新しく、本木雅弘も宮沢りえも、ふんどしをはいて出たCMが話題になっていたんですね。
この企画が通って、当時、TVドラマの演出で現役であった旧大映の池広一夫か田中徳三あたりが監督を担当したとすれば、水準以上の作品にはなっていたと思います。
Commented by mukashinoeiga at 2016-12-11 09:45
70年代女優はなぜ脱ぎまくる:今の女優は脱ぎ惜しみ記事へのコメント、お邪魔ビンラディンさん、ども。
 Santa Feと「ふんどし医者」のつながりが、???だったのですが、そうですか、ふんどしつながりだったのですね。で、あれば貴乃花も特別出演きぼんぬ(死語)
 ふんどしをはいていたかは失念しましたが、キョンキョンの「友情出演」もありかな(笑)。 昔の映画
Commented by mukashinoeiga at 2016-12-11 23:21
70年代女優はなぜ脱ぎまくる:今の女優は脱ぎ惜しみ記事へのセルフコメントです。

2 1960年代後半 について、自分で見ても、文の量が少ないかなあ、と。
 自分的に捕捉すると、日本メジャー映画の企業内監督の中で、定食映画に飽き足らない異色監督たちを、見てみたい。

 大映の増村保造らは、若尾文子などの映画を撮る際、当然本人のヌードは撮れないので、スタンドインとあからさまにわかるヌードで、代用した。
 それほどまでにヌードへの欲求があって、ついに若尾文子では、その欲求は、満たされなかった。

 日活の鈴木清順は、日本映画で「初めて」「前張り」を使用した監督と、されている。
 ではそれまで独立プロのピンク映画は、モロダシだったのか。
 低予算映画では、そこまでやってられない、ということなのか、それともメジャー映画で初めて前張りしたのが、清順なのか。よくわからない。
 しかし清順が日活を首になったのは、必ずしも、わけのわからない映画を撮るとか、黒字映画が少ないとか、幹部連への愛想がないとか、そういう理由だけでなく、前張り使用などという、メジャー映画にあるまじきはしたなさ、という忌避感も、あったのでは、ないか。
 自分たちがエロ映画を発注しておいて。前張りという「工夫」に、切れたのかもしれない、と指田さん並みの妄想でした(笑)。
 いずれにしろ60年代後半のおっかなびっくりの試行錯誤が、70年代に花開く、というところか。 昔の映画



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