吉村公三郎「銀座の女」轟夕起子乙羽信子藤間紫南寿美子殿山泰司安倍徹

 京橋にて。「生誕百年 映画監督・吉村公三郎」特集。55年、日活。
e0178641_1848413.jpg いそいそと見に行ったら、既見作だった(笑)。しかも、二度目なのに、結構、面白いのだ(泣)。  
 相変わらず、記憶力がバカ(脱力)。
 しかし、これは、これで、かなり、面白いのだ、が。
 轟夕起子を女将、いや、当人たちの言葉でいえば「おかあさん」、そのお母さんを中心とした芸者の置き屋。
 華やかな乙羽信子、子供を田舎に預けて、銀座に単身の、例によって、ちゃきちゃき快調な藤間紫、ツンデレな南寿美子、それに下世話な世話役おばさんならこの人・田中筆子、田舎娘の下働き・島田文子(とはいえ、十代後半になれば、芸者の卵になる運命)などなどの、女性世界。
 轟夕起子、乙羽信子も、ぼくたちが多く見ているおばさん演技ではなく、まだ女の色香を漂わせていて、いいのだ。美しい。
e0178641_18492833.jpg この映画だけを見ているだけなら、かなりの快作。でも、成瀬巳喜男「流れる」を前に置くと、とたんに色あせる。「流れる」のバッタ物にしか、見えなくなる。そう、吉村は、いつも、そうかも。
 吉村映画は、いつも、かなりいい線、いってる。そう、吉村映画だけ、見ていれば。
 まさに吉村映画は「偽れる盛装」なのだ。「夜明け前」の「わが生涯のかがやける日」を、あらかじめ追想する、「足摺」り岬状態。所詮は「一粒の麦」なりの「四十八歳の抵抗」で。
 なお、本作は、前半の女性世界描写から、後半は、映画が一変する異色作。
 轟の置屋から出火、半焼してしまうところから、まず轟が放火の疑いで警察に引っ張られ、次に乙羽信子も出頭して自白、下働きの少女も、出頭して、なんと、三人とも放火の「自白」。警察署長・殿山泰司をホームズ役、部下の刑事・安倍徹をワトソン役?とする、ミステリ風コメディに変色する。
 自身もミステリ・ファンの殿山が、公務中に、「Xの悲劇」「Yの悲劇」を、続けて読書しているのが、珍で。殿山泰司は、多分、エラリィ・クイーンなんかに、クイクイいかないとは思うが。かつてエラリィ信者で在りしわたくしが、このシーン、この映画を失念していたとは。ま、エラリィ・クイーンに無縁なものにはまったく意味不明だし、知っているぼくの心にも残らないのだから、ギャグにもならないギャグ、だよね。
 この映画、勝鬨橋の開閉が、たっぷり映される。可動中の勝鬨橋は、いつ見ても、楽しい。その勝鬨橋が窓から見える、粗末な診療所の医師・金子信雄が証人として、警察にやって来る。アリバイの証拠の子猫を抱いて。おどおどとして猫を抱くネコさんこと金子信雄、その子猫を抱くやるせない姿、なんと、おどおどとサマになっていることか。

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by mukashinoeiga | 2011-04-24 09:46 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(0)

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