降旗康男「居酒屋兆治」高倉健大原麗子伊丹十三

 神保町にて。「太田和彦編・映画と酒場と男と女」特集。83年・田中プロモーション、配給東宝。
 初公開時以来の再見。
 ほぼ、30年のときを隔てて、再見しても、だめな映画は、やはりだめ
e0178641_1102362.png この監督のメロドラマの、メロドラマともいえない、薄っぺらさ。
 撮影監督・木村大作は、なにやら現在では、自他共に認める名匠になりあがったかのようだが、この30年間変わらぬ、ぺらっぺらっの映像は、あいも変わらず。どの映画を見ても、絶景を撮れば、おきまりの観光絵葉書写真、なにやら映像にこったようだな、と思えば、TVコマーシャルのうすっぺらさ。
 この降旗・木村コンビの、ぺらっぺらっ映像に主演するのは、これまた、若き日の威勢といなせを摩滅させた、高倉健。
 とにかく、健さん、ある年代以降の表情はワンパターン。
 上唇を、下唇でむっと、への字に噛み締めて、ごうつくばりの顔で、あんた、それじゃ、小沢一郎よ。
 とても、メロドラマの主人公にふさわしいさわやかさはおろか、色気も艶も粋もないのね。若い頃の健さんには、うらやましいくらい、あったのに。オーラを失って、なお映画を主演することの不幸。
 しかも、監督も撮影監督も、まったく、映画のオーラの欠片もないと、来ている。
 では、なぜ、この映画を再見したか。
 だめな映画のだめっぷりは、ちゃんと覚えている。
 一種の悪役で、ことごとく健さんに突っかかる、伊丹十三の、これまたオーラのない、学芸会レヴェルの無残なシロウト演技も、ちゃんと覚えていたのに。まったく、見所がない映画なのに。
 そう、ヒロインが大原麗子なのだ。
 大好きな女優なのに、本作の大原麗子を、まったく記憶していないのだ。
 なぜに。

 この映画の大原麗子は、ほとんどノーメイクに近いと思えるが(いや、メイクに詳しい人が見れば、ノーメイク風のバッチリメイクなのだろうが)、本当に美しい。いかにも、メロドラマのヒロインにふさわしい、美貌。
 さすがのCM映像の木村大作も、大原麗子だけは、きれいに撮っているな。もっとも、この時期の彼女なら、誰が撮っても美しいのだろう。全盛期の健さんは、誰が撮っても、いなせで、光り輝く、粋なおにいちゃんだったように。
 この、美しい大原麗子を、なぜ覚えていない。
 一言で言えば、映画が馬鹿だからだ。
 かつて、健さんと大原麗子は、愛し合っていた。
 しかし今では、健さんは函館の居酒屋の主となり、妻子がいる。妻は、加藤登紀子。
 大原麗子は、函館の山奥の牧場主・左とん平との間に、二人の子がある。
 しかし、大原麗子は、今でも健さんが、忘れられない。ただただ、健さんを思いつめ、精神に異常をきたしているのではないか、と周囲から、見られている。
 とうとう、夫や子を捨て、家出、すすき野のキャバレー「ロンドンすすき野店」のホステスとして、すさんだ日々を送る。居酒屋兆児の客として、健さんを知っているという童貞サラリーマン・平田満と成り行きのセックスをしたり、時々公衆電話から、兆治の店に無言電話をしたり。
 酒をむちゃ飲みして、からだをこわす。当然、ウィスキーはサントリー・オールド一本やり。「少し愛して、長く愛して」のサントリー・レッド/オールドのCMタレントとして、絶大な人気を誇る彼女が、この映画では、サントリー・オールドを飲みまくって、血反吐を吐いて、死ぬ。良くぞ、許したな、サントリー。
 というか、なぜか、日本では、特定のビール・ウィスキーメーカーのCMに出演すると、契約でそうなっているのか、そのCMと全然関係のない映画に出るときも、その銘柄しか飲めない、決まりになっている。だから<酒で身を持ち崩して、血反吐を吐き、死ぬ>役割でも、大原麗子はサントリーオールドを飲み続けるしかないのだ。
 だから、健さんとその幼馴染の田中邦衛が休日に、山の渓谷に釣りに行くときも、お供は、サントリー・ビール。
 二人が、四駆を駆って、渓流を走る。快晴の渓流に、車は<まるでCM映像のように>渓流の水を、光り輝く、水しぶきとして蹴散らかす。もちろん、そのショットは、<まるでCM映像のように>スローモーション気味だ。
 渓流ぎわで、釣った川魚を、小枝に刺して野焼き、ビールを飲む、健さんと邦衛。
 ここに、いかにも、
健さん「男は」
邦衛「つるんで」
健さん「サントリー・ビール」
 そして、サントリーのサウンド・ロゴ。入ってきそうな映像で。
 さすがは木村大作。映画的ショットは撮らないが、CM風の、ちゃらいショットは、お得意なだけはある。まんま、CM映像だった。
 大原麗子は、すさんだ酒びたりの生活で、夫をはじめいろいろな男にからだを許し、しかしこころは、発狂するほど健さん一筋、キャバレー・ロンドンすすき野店の木造アパート寮で、血を吐いて、孤独死。後の、本人の境遇を予告するかのような役柄。一足違いで、探し当てた健さんが、ひしと大原麗子のなきがらを抱き寄せる。慟哭(気味)の、健さん。
 このシーンでも、大原麗子は、美しい。
 しかし、何も、心は打たれない。
 このシーンで、感動をある程度担保するのは、何らかの回想シーンだろうが、つまりふたりの男女の、遅すぎためぐり合わせの感動を、担保する何物も、この映画は、持ち合わせてはいない。
 主人公・高倉健と、ヒロイン大原麗子は、実はこの映画では、ほとんど顔をあわせていない。

1 二人がカメラに向かってほほ笑む、かつての写真一枚(これを除いて、回想シーンすら、ない)
2 家出前の大原麗子が、準備中の兆治の店を訪ねるシーン
3 探し当てたアパートで、麗子のなきがらをかきいだくシーン

 彼と彼女は、たった三回しか、会っていないのだ!
 なんという<効率的>な映画。
 いや、こんな効率的な映画回しで、なおかつ客を感動させる映画作家は、たぶん、存在するよ。
 でも、残念ながら、降旗康男は、そうじゃない。まともなメロドラマをすら、構築するような繊細さと大胆さは、かけらも、ない。若い頃の高倉健なら、それが可能な映画作家には、事欠かなかっただろうし、自らにオーラも、あった。
 かくて、全盛期の大原麗子は、メロドラマ女優として無残な一人相撲を撮らなければいけないのだ。
 何の、輝きもない、無残なメロドラマで。
 盛りを過ぎてオーラをなくした主演俳優と、そもそも映画的オーラのかけらもない監督・撮影監督に、付き合って。
 メロドラマながら、ヒロインと、健さんは、ほとんど顔を、あわせない。
 そもそも、メロドラマを撮るべき気もなかったのだろう。健さんたちは。
 なお、ヘンなのは、伊丹十三だけではない。健さんの恩師・大滝秀治元校長は、元教え子石野真子と、再婚する。この脇エピソードは、いったい何なの。何の効果があるの。高倉健と大原麗子の年齢差のカヴァー?
 酒呑みとして、いいたいのは、こんなオヤジ、こんな常連客の、店には、行きたくないということですな「居酒屋兆治」。それが、結論。
 そもそも無口寡黙な健さんが居酒屋をやるとして、店名に自分の名前を付けるか(笑)。まあ原作がそうだから仕方がない部分もあるが、これが全盛期のマキノなら、絶対に変更していただろう。
 自分の下の名前を店名にするのは、高倉健の美学に反するという理由で。
 ちなみに、健さんの居酒屋の師匠として、数シーンに出ている東野英治郎、老いて弱っているのか、こんな演技でオーケーしちゃまずいだろう、というレヴェル。

◎追記◎〝居酒屋兆冶〟高倉健 Part2-1〝時代おくれの酒場〟

↓なんじゃあ、こりゃあー!
 当ブログに載ったからには、即刻削除されるだろ(笑)。
映画 : 居酒屋兆治 (1983年、東宝)


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by mukashinoeiga | 2010-09-03 23:27 | 旧作日本映画感想文 | Trackback | Comments(4)

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Commented by 東映映画宣伝部長 at 2015-03-09 10:10 x
降旗さん、いっつもやらかしてますね。これを傑作なんて言う人、イタいです。乱にでる予定が、コレですから…
Commented by mukashinoeiga at 2015-03-09 21:01
降旗康男「居酒屋兆治」へのコメント、東映映画宣伝部長さん、ども。
東映映画宣伝部長ともあろう方が(笑)近年の東映の稼ぎ頭の降旗さんを、おちょくってどうするんですか(笑)。ま、駄作凡作スカスカ作の監督なんですが(笑)。
 高倉健と吉永小百合の、この数十年は駄作凡作の山。本当に不思議ですな。でも「乱」に出ても、結局駄作でしたからねー(笑)。  昔の映画
Commented by at 2017-08-21 03:58 x
良い映画でしたけどね。見る者の想像力の欠如じゃないですか。
なんでもかんでも批判はみっともないですよ。
Commented by mukashinoeiga at 2017-08-21 23:19
降旗康男「居酒屋兆治」へのコメント、あさん、ども。
 何度も言っていますが、映画は「所詮」嗜好品です。漬け物が嫌いな人も好きな人もいます。コーラが好きな人も嫌いな人もいます。

>良い映画でしたけどね。

 映画にいい映画、悪い映画というのは、そもそもありません。ひとにはそれぞれ別のセンサーがついていて、それこそ千差万別な好みの判断を、しています。
 あさんにとって良い映画は、ぼくにとっては「悪い」映画である場合も、あるいはあるかもしれません。
 上から目線で「見る者の想像力の欠如」「良い映画でしたけどね」などと安直に思い込んで許されるのは、せいぜい中学生まででしょう。
 
>なんでもかんでも批判はみっともないですよ。

 これまた思い切りの上から目線で(笑)。なんでもかんでもって(笑)。ちなみに当ブログのカテゴリ「傑作・快作の森」には102作品が登録されていますが、これで
「なんでもかんでも批判」と「みっともない」といわれましても(笑)。
 あさんこそ、それこそぼくのことを「なんでもかんでも批判」しているのではありませんか。みっともないですよ(笑)。  昔の映画
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