羽仁進「午前中の時間割り」
阿佐ヶ谷にて。「旅する映画 映画の旅」特集。72年、羽仁プロ=ATG。
うわっ、なに、これ。
いや、ぼくも、何十年も、ふつーの人より映画は、それなりに見てるつもりだが。いや、だからといって、映画について、いっぱしの感性など、持ち合わせていないのだが。
ひどい。ひどすぎる。なに、これ。ごみ?
つまり、映画的才能も、一般的センスも、根っから、生まれつき、持ち合わせていない、自称羽仁進なる人物が、自称映画作家として、おのれのカンセーに忠実に作って、ごみ?映画の完成。
こんなくずに、金払って、見たぼくも、ごみ? こんなくずを公開したATGも、ごみ?
まあ、こんなごみでさえ、資料的価値を考えると、ラピュタには罪はないのだが。ごみでも、傑作でも、等価に上映することこそが、映画館の使命なのだ。
ふたりの女子高生が、夏休み、8ミリカメラを持って、きままな二人旅に出る。
いかにも、70年代ライクな、ディスカバー・ジャパンな。で、その途中で奇妙な男と出合って、いろいろありまして、ヒロインの一人は、旅の途中で、あえなく?さえなく?死んでしまう。
出会ったチャラ男が、自衛隊から脱走して、公安に狙われている、という発想は、やはり、頭の中にお花畑を抱え込む、左翼小児病なんだけどね。
残されたもう一人は、もともと8ミリ・カメラの所有者であるボーイフレンドと、残された映像を見て、死んだ少女を追悼すべく、映画?を完成させようとする。だが。
うわっ、なに、これ。
そのいちいちが、ぺらっぺらっ。スタッフ、キャスト全員が、お遍路さんするレヴェルだろ。
ヒロインの一人が、蕭淑美、個性的な顔立ちの子で、喜怒哀楽の表情の変化が、とても豊か。顔をくしゃくしゃにして、笑い、怒り、泣く。でも、8ミリカメラの前で、ポーズを決める、そのキメ方が、プロのモデル並み。いやいや、ナチュラルな映画であるべき、この青春映画で、いちいちキメのポーズを、プロフェッショナルに、決められても。
つい、思い出しました。いにしえのアメリカ映画の「プロフェッショナル・バージン」。
もうひとり、国木田アコ、和風の、ふつうの、少女。
いや、自称映画作家の、羽仁進の考えは、透けて見えるよね。
もはや、撮影所映画の時代では、ない。
その辺の、ネクスト・ドア・ガールたちを拾ってきて、ロード・ムーヴィーを作れば、ちゃらい、ちゃらい、みんな、だませるぜ、と。
◎追記◎下記コメント欄のスノーマンさんの指摘により、上記少女俳優の名前は逆とのことです。訂正いたします。
音楽は、いまどきはやりのフォークPOPをテキトーに流しとけ。でも、音楽費、ありませんぜ、カントク。なーに、俺の知り合いのレコード会社に、渡りをつけて、新人の曲を流してもらえばいいって。大丈夫、任せろよ。
かくして、ビクターだか、ポニー・キャニオンだかの、聞いたこともないような歌手・グループの、当時のはやりの、フォークPOPが、何曲も流れ、少女たちの旅を、甘く、彩る。でも、その曲は、ことごとく、今に残ってなくて、聞いたこともないような、イージー・リスニング。映画と同じで、時代と寝てはいるが、才能もセンスもないゆえ、なんら耳目を集めなかった、だめな曲たち。
繰り返しになるが、才能もセンスもないものたちが、時代相と寄り添って、テキトーなイージー・リスニングを作ることの、むなしさ。
なお、こんなくず映画でも、笑えるところがあって、ぼくのお気に入りは、無人の校舎の柱?に、いきなり、飛び蹴りする男子生徒。見事な着地のあと、柱にすりより、キックのあとを、マーキング。その後、また、飛び蹴り。見事な着地。そして、マーキング。
もくもくと、飛び蹴りの練習に励む男子。いやー、笑った。この数十秒のみが、この映画の、華。
◎追記◎
昭和47年ATG映画【午前中の時間割り】メイプル・リーフ
ね、主題歌からして「凡庸」でしょ。
映画「午前中の時間割り」OP主題歌 「草子の散文詩」
Maple Leaf - Sōshi no sanbunshi (The Morning Schedule Sountrack, 1972)
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by mukashinoeiga | 2010-07-26 00:19 | 珍品・怪作の谷 | Comments(18)
ATG史上、ビリから二番目の興行成績で、一番は田原総一朗・清水邦夫共同監督の『あらかじめ失われた恋人たちよ』だそうですが、すごい実験的な映画だったと思う。
ただ、全体に漂っている不思議なムード、これはホモ・セクシュアルな感じでしたが、そこが私には苦手でしたが。
羽仁進の少年愛が出ているのではないでしょうか。
ひとには、一つ一つ違ったセンサーがあると思います。ある人にとって不快なことが、別の人にはぜんぜん気にならない。逆もしかり。
映画も同じで、ある人にとって面白い映画が、ほかの人にとっては、イマイチだったり。だから、オレの好きな映画をけなす奴なんか、許さない、という方がたまにいますが、まったくの間違いです。ぼくの「午前中の時間割り」否定を、やんわり異論の、お言葉ですが さん、まったく、お言葉ですが、じゃありませんよ。
>ただ、全体に漂っている不思議なムード、これはホモ・セクシュアルな感じでしたが、そこが私には苦手でしたが。
羽仁進の少年愛が出ているのではないでしょうか。
少女二人が主演の映画にホモ・セクシュアルな感じですか。ここでいうホモ・セクシュアルな感じは、女性のそれでしょうか。それとも、少年愛ということは、男性同士の意味か? うーん、ぼくのセンサーには、感じられなかった(泣)。まだまだ修行?が足りません。
具体的にどういうところで、感じたのでしょうか。昔見ただけなのに、具体例もないもんですが、できれば、ご教示を。昔の映画
女性同士も同性愛的ですし、主人公の男の子の弱々しさにも不思議な感じがありますね。羽仁は『初恋地獄編』に見られるようにホモ・セクシュアル的な傾向があったと聞いています。非常に才能があった人だと思いますが。
なるほど、 思いもよらないご指摘なので、機会があったら、もう一度見てみましょう。 昔の映画
ホントウにすばらしい飛び蹴りでした。こんなバカ感想を読まれたとは、お恥ずかしい(笑)。
できれば、どんな経緯で、映画に参加されたのか、教えていただけば、うれしいです。あと、撮影の様子とかですね。 昔の映画
だいぶ昔に見たもので、本作のノーブラぶりは定かではありませんが、御趣旨には賛同いたします(笑)。
たぶん当時は、女権運動拡張中のこととて、ブラジャーが「拘束衣」めいて感じられたということはあるのでしょう。
今では「補正具」という側面が強いのかな。 昔の映画
何度もいってますが、いい大人なんだから、小学生みたいなピンポンダッシュは、やめましょうよ。馬鹿みたいですよ。
ぼくの感性が、どこがどう凡庸なのか「具体的に」指摘しない限り、お前は、テイノウな小学生、モンキリで凡庸なバカサヨクのままだぞ。
一生ピンポンダッシュを続けるつもりか、馬鹿者。 昔の映画
主題歌がそんなに凡庸ですか?
自分はこの時代まさにリアルタイムで生きていたので、主人公たちとはほぼ同世代。
懐かしい主題歌は初めて聞いて、昔のころにタイムスリップさせてくれました。
ついでに御文章の中の女の子2人の俳優名が逆ですので。
死んだ女の子の方が国木田アコ。
和風の女の子の方が蕭淑美。
まあ人それぞれに好きな映画を楽しめばいいので、このようなブログも自分が良かったと思った映画の紹介をした方がいいと思いますよ。
読んでいていい気持がしません。
>読んでいていい気持がしません。
不快感を与えてしまいました。大変申し訳ありません。そういうことにならないよう心掛けてはいるのですが、まだまだ修行が足りません。人間ができていないのですね。
>そんなにくだらないですか?
主題歌がそんなに凡庸ですか?
映画や歌は、「所詮」嗜好品ですから、漬物が嫌いな人もいます、タバコが嫌いな人もいます。ある人にとっては最高の美食も、ほかの人は食わず嫌いします。
人には、別々のセンサーがついてて、これは好き、これは嫌い、と、それぞれ感知していくわけです。
センサーは、それこそ千差万別なわけです。
センサーが自分と違うヤツの感想など、それこそ、ふふんと、鼻で笑っているのがよろしいでしょう。
>女の子2人の俳優名が逆ですので。
それは、実は承知しております。どうやら逆に書いたらしい、と。
しかし、具体的に、ここがこう違う、という指摘がなかったのと、まあ、ほとんど素人同然のアマチュア俳優の「個体識別」は、さしたる「問題」では、なかろう、とスルーしてきました。怠慢ですね。本文で、訂正しておきます。
>まあ人それぞれに好きな映画を楽しめばいいので、このようなブログも自分が良かったと思った映画の紹介をした方がいいと思いますよ。
相変わらず差し出がましいようですが(笑)「人それぞれに好きな映画を楽しめばいいので」と、「自分が良かったと思った映画の紹介をした方がいい」とは、ビミョーに矛盾していると思いますよ(笑)。
まあ、北朝鮮や中国やロシアの映画ブロガーなら、ありがちなアプローチかと、思いますが。
当ブログの方針(笑)は、いい映画と思ったら、全力で、ほめちぎる。つまらない、くだらない映画だと思ったら、全力でけなす。まあ、ぶっ壊れたセンサーのブログゆえ、勘違い、筋違いは、ビシバシご指導くださいまし。 昔の映画
音楽は荒木一郎監修で、主題歌の作曲も荒木一郎。メロディやアレンジは、たしかに四十数年前のコマーシャルソングなどに多用された、「当時好まれた雰囲気をすくいとって、つとめて凡庸を追及したプロの仕事」だなどと申し上げると、ホメ殺しということになるのかな? 死んだ方の女の子の国木田アコが国木田独歩の曾孫だというのは、今回はじめて知りました。
それにしても、シネマヴェーラの特集を見ると、岩波映画の記録映画にもっとも才気のほとばしりを感じさせるものがあり(助監督が羽田澄子、撮影のスタッフに土本典昭などがいる)、60年代いっぱいは、それなりに傑作と称しうる映画を何本か撮ったものの、ATGの「初恋・地獄篇」を撮った直後から、よく言えば「実験精神の追及」悪く言えば「ひとりよがり」の迷走をはじめたというのが、羽仁監督のフィルモグラフィへの公平な評価になりそうです。
>昭和の終わりころに、どこかの名画座の特集で見たときは「映画とはかなり自由な作り方ができるものだな」と感心した覚え
日本では大変長らく左翼思想が蔓延していたので「批評的視線から見たATG特集」が必要かも(笑)。
かつて共産党労組に支配された東宝が、ATGのバックにいたことの意味をもう少し考える必要があると思います。
そういえば姉妹ドンブリ(笑)の羽仁進が、まったくスキャンダル化していないのは、完全に不思議で。左翼マスコミの「忖度」ゆえの「報道しない自由」なんでしょうか。なんせ姉妹ドンブリの相手も「左」姉妹ですから(笑)。 昔の映画
これは労組の主張ガチガチのダメ映画と思いきや、村山新治の「旅路」や中村登の「塩狩峠」にも匹敵するしっかりとしたつくりの鉄道映画で、共産党系の映画は即座に否定する新左翼の松田政男ですら、ちゃんとホメているぐらいです。70年代以降の羽仁進作品よりも監督として立派な仕事になっているのではないか知らん。
「姉妹ドンブリ」の羽仁進のスキャンダルについては、少し大きな図書館で「大宅壮一文庫雑誌記事索引総目録」を探してみれば、記事名と掲載誌の発行日が分かるだけですが、当時それなりに大きく扱われたことが確認できるはずです。そのころには、羽仁五郎のメッキもすでにはがれて来ていたし、女性週刊誌にとっては格好のネタで、これを扱わないという法はない。
それから、羽仁進の浮気相手かつ再婚相手は「左」姓ではなくて本名の「額村」姓ですがな。
ウィキペディアに当たってみれば、
>離婚の原因は、羽仁が左幸子の実妹の額村喜美子と浮気したことである。喜美子は女優として多忙な幸子に代わり、娘の未央が生まれた頃からベビーシッターとして羽仁家に出入りし家事もこなしながら、羽仁のマネージャーを務めていた。羽仁のアフリカ長期撮影旅行に同行する中での出来事であった。羽仁は離婚4か月後に喜美子と再婚した。同じく左幸子の実妹で女優の左時枝と混同されることがあるが、喜美子は四女、時枝は五女であり、別人である。女優、タレント、エッセイストの羽仁未央(1964年 - 2014年)は、左幸子との間の一人娘。
おお、なんとぼくも再婚相手は左時枝と勘違いしていました(笑)。なんという凡庸な勘違い(笑)。親の因果が子に報い、か知りませんが羽仁未央は、影が薄かったですね。「遠い一本の道」は見逃しているので、ぜひ見たい。 昔の映画
映画は嗜好品ですので、一本の映画を、傑作だ駄作だ、というのはあっていいと思います。おっしゃる通り、いろいろな意見があることが大事です。
ぼくにはかなわなかったけれど、リアルタイムで見た衝撃は、いかばかりだったでしょう。うらやましい。 昔の映画