成瀬る7 非・成瀬的?な傑作『鰯雲』

 昔、ぼろぼろのフィルムで見た時はさして印象に残っていななかった作品だが、改めて見たら、実にすばらしい。ぼく的には、成瀬ベストテンに入るクラス。この映画はすばらしい。成瀬映画の中でも、あまり評価されないのが不思議なくらいだ。それとも例によってぼくの映画の見方がおかしいのか。
e0178641_23112524.jpg 『鰯雲』 (1958・原作和田伝・脚色橋本忍)は、いくつかの意味で、いつもの成瀬映画とは違う。
 いつもの町場のごみごみした路地ではなく、田畑が広がる農村部を舞台としている。場所は違っても、やはりさくさくと進行していく快調成瀬ドラマ。
 ヒロイン淡島千景は、新聞記者・木村功の取材に自らの主張を堂々と述べる非成瀬ヒロイン。そして、映画早々からその新聞記者と情事を重ねる。これも成瀬パターンとしては珍しい、未亡人の恋。
 幾組かの男女の恋の成立、というのも成瀬としては異例ではないか。淡島・木村、小林桂樹・司葉子、太刀川寛・水野久美、新珠三千代・見明凡太郎、のそれそれの恋。元夫婦の杉村春子・中村鴈次郎の和解。かくも多くの恋が成就する、異色の成瀬映画。淡島を除いては、すべてハッピーエンド。
 家庭、路地、町内、と、ある意味「密室」ドラマの成瀬としては、珍しい「空間移動」ドラマだ。二つの田舎と街(小田原?)をめぐる三都?物語。田舎では不自由な暮らしを強いられている恋人たちも、都会では自由な独身同士の付き合いが享楽できるだろう。その享受された自由は、やがて田舎にもフィードバックされるだろう。成瀬としてはなんというハッピーエンド。
 脚色・橋本忍としては『コタンの口笛』同様、もっとも低刺激なお話だろうが、成瀬映画としては、なかなかあなどれない。ある意味、かなりモダンな展開となっている。
 この映画では、あまりに多くの登場人物が出て来るのだが、それを成瀬は天才的に裁いて、さくさくと流れるように進行させていく、呆然とするほど見事だ。いま、二時間程度の上映時間で、これだけの人物数・家族数の登場人物を、さばききれる映画作家は世界中探しても、あまりいないのではないか。
 その代わり、細かい登場人物は消える。たとえば、淡島千景のひとり息子は、物語の整合性を最低限保証するだけしか出てこないし、姑・飯田蝶子は途中で消えてしまう。この姑が消えたおかげで、登場人物は、ほぼ善人のみとなる。あるいは、小林桂樹の実母・杉村春子の二度目の夫は、出てこない。この辺の省略の仕方は本当に天才的だ。
 よく映画が長大な原作のダイジェスト版に過ぎなくて、単にあらすじを追うだけの味気ないもの、という批判があるが、成瀬や三隅剣次、違った、三隅研次などの真の映画的天才とも言うべき物語作家はどんなに長い複雑な話でも、すっきりさくさくと魅せ切ってしまうという好例だろう。無論、もうひとりの天才橋本忍の構成もあるだろうが。
 そうして描かれるのは、田舎では実現不可能な、カップル単位の自由な生き方が、都会では簡単に実現してしまう、という「戦後民主主義」の勝利だ。田舎では、みんなから非難される行為(年配の女性たちが若い女を注視して、「ありゃー(もう)男を知り尽くしているからだじゃー」と噂し合う)が、都会では、みんなから温かく見守られることになるだろう(いまみたいに、まるきり没交渉の都会になる、その前段階の街場的都会)。
 そこでは、大げさに言えば人情と友愛的モダニズムの、理想的な都市空間が称揚されている。戦前成瀬のモダニズムと違い、戦後成瀬のこの種のモダニズムは無理なくドラマに接ぎ木されていると思う。 『石中先生行状記』とともに、ここでの成瀬は、おおらかでコミカルな世界を楽しんでいる。
 唯一非成瀬的なヒロイン淡島千景を除いては。さすが意地悪ミッキーだけのことはある。

 以上、1~7と、小津とともに日本映画黄金期のONコンビともいえる成瀬について、くだらない感想を書いてきたが、成瀬に関しては、生誕100年の成瀬特集を京橋フィルムセンターで見た際に書いたもので、その特集で見た映画に限ったメモ書きである。未見作中心に見に行き、同日ならついでに既見作も見た。特集上映のすべてに行ける訳ではないので、見逃した作品、既見ゆえに見送った作品も当然あった。それらについては、書いていない。だから代表作ともいうべき『流れる』や『浮雲』がラインナップされていない、奇妙な成瀬感想文になってしまった。以下で若干の補足をしていきたい。
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by mukashinoeiga | 2009-07-19 11:23 | 成瀬巳喜男映画の正体成瀬る | Trackback | Comments(4)

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Commented by サセレシア at 2017-06-10 01:07 x
やっとこさこの作品を鑑賞出来ました。
楽しく拝見させていただきました。
確実に過ぎていく時間や変化してゆく時代を閉鎖的な農村の中に描いていてとても興味深く楽しかったですね。

淡島千景の時代に翻弄されながらも逞しく生きるヒロインの人生は大正生まれの女の図太さを感じさせました。

>これだけの登場人物をさばききれる映像作家はいない

横溝の「犬神家〜」をはじめとする家系が複雑に入り組んだ推理小説の映画化をこの人(成瀬)か千葉泰樹にやってほしかった。
千葉さんと横溝のミスマッチ感てどんなでしょう?
因習や暗い過去など全くないカラッと明るく都会的な雰囲気で描く「犬神家」や「八つ墓村」も観てみたいな。





Commented by mukashinoeiga at 2017-06-10 23:32
成瀬巳喜男「鰯雲」へのコメント、サセレシアさん、ども。
 成瀬や千葉には、横溝のおどろおどろしさ皆無ですもんね(笑)。
 成瀬なら。金田一は成瀬毎度おなじみデコちゃんで(笑)。名前は金田一耕美(笑)。
 加藤武警部はカトウつながりで加東大介か。いっそ森雅之で見たいもの。舞台は田園調布でお題は「猫神家の一族」。ここまでくれば共同監督は川島か(笑)。 昔の映画


Commented by お邪魔ビンラディン at 2017-06-11 01:40 x
猫神家といえば、坂上二郎さん主演のTVドラマ「夜明けの刑事」に「猫神家一族に何が起こったか?」というヤツがあったんですね。TVドラマデータベースのリンクは、ここにうまく貼れないみたいなので、念のため放映日を記すと1976年の12月8日です。
成瀬版の横溝正史ものなら、金田一耕助は中川信夫「吸血蛾」から横滑りさせて池部良、等々力警部は轟夕起子、もとい、千秋実あたり。千葉泰樹版の場合、金田一耕助は宝田明か小林桂樹、等々力警部は加東大介か河津清三郎あたりが最適解ではないかと愚考いたします。
Commented by mukashinoeiga at 2017-06-11 06:32
成瀬巳喜男「鰯雲」へのコメント、お邪魔ビンラディンさん、ども。
 「夜明けの刑事」監督は増村ら豪華ですな。どういう話かはいまいちTVドラマデータベースではわからず。
 いっそ金田一森雅之、警部上原謙では(笑)。 昔の映画
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