成瀬る8 『娘・妻・母』の非・松竹メロ性

 東宝オールスタアによるホームドラマ(1960・脚本・井手俊郎・松山善三)。まあ成瀬としては思い切り肩の力を抜いた企画品だが、オールスタアの出入りをさばく交通整理はさすがで、型どおりの話で見せきってしまう。凡庸な監督がオールスタア映画を手がけると、スタアの交通整理にていっぱいで、肝心の映画がなおざりになることが多いなか、さすがは交通整理の名人・成瀬だ。やはりこの映画を見るのは何度目かだが、それでも楽しめてしまう。もはや、名人の落語みたいなものですな。
 主役は原節子で、当時はそのキスシーンが売りといえば売りだったのだろう。伊豆への慰安旅行のバスが横転して、夫に死なれた原節子は(交通事故が多い成瀬でも、思い切り派手なのがおかしい)仲代達矢とのつかの間の逢瀬のあと、母・三益愛子も込みで引き受けてもらうという実利のため、上原謙のもとに再婚する。このメインの話が、ああ、つくづく成瀬は戦前松竹メロがいやなんだなあ、と苦笑させられる。というより、まるきり合わないのね夢物語は。
 戦前松竹メロドラマの基本は、「いろいろな男がヒロインを狙うけど、でも私(ヒロイン)は純情一筋よ」というもの。実利狙いで玉の輿に乗る原節はいかにも非・松竹メロドラマで。明確に自分の意志で仲代をあきらめ上原との再婚を決めるのは原節子自身である。
 戦前松竹メロドラマは、基本的に、さまざまな苦難を乗り越えてヒロインが純情を貫くというもので、それは松竹史上最大のシリーズ『男はつらいよ』にまで通底している。あのシリーズのマドンナたちは、<フラれる側の男>から見た松竹メロドラマの残滓で、男をヒロインが選ぶ基準が純愛であることは一貫していたのだ。
 成瀬ヒロインは苦難を乗り越えるのをさっぱりとあきらめる。女の側のほうがあきらめるのが、成瀬。あきらめるとはいえ、主体は女性の側にある。そうして、半ば実利で原節が嫁ぐ相手が、戦前松竹メロを代表する上原謙、ミスター・松竹メロその人というキャスティングが、いかにも皮肉で、成瀬らしい。成瀬も上原も大好きなぼくとしては、もうニヤニヤしてしまう。
 逆に、男に振られる形で、主体が女の側にない形で松竹メロを裏切るのが小津。『晩春』『秋刀魚の味』のヒロインは消極的な失恋をしたあと、お見合いで結婚する。『東京暮色』の有馬稲子は男に捨てられて、半ば自殺のような踏み切り事故で命を落とす。『風の中の牝鶏』の虐待される田中絹代。こういうことは成瀬では決して起こらないだろう。同様にリアリズムで松竹メロを拒否しても、男目線の小津、女目線の成瀬というくらいは、違うふたりだ。
 ところで、小津版『エデンの東』の『東京暮色』は『浮雲』の森雅之のパロディみたいな田浦正巳が笑わせ、『早春』は妻と愛人に挟まれた池部良という、まさしく成瀬そのものの設定だし、小津は何かと成瀬を意識している。
 では、かつて「小津はふたり要らない」といわれたという成瀬は小津を意識している映画があるのかというと、続『晩春』とも言うべき『山の音』とともに、まさに本作『娘・妻・母』がそれなのでは。冒頭クレジットのバックは例の荒い麻布?模様だし、『麦秋』の原節のように、同じく原節が買ってきて、夜遅く大人だけで食べる高価なイチゴのケーキとか(その高価なケーキも『麦秋』より安そうなのが成瀬らしい)、『生まれてはみたけれど』同様の8ミリ上映会がさざなみを起し、兄弟からたらいまわしにされかかる老母三益に一番親身になるのが実娘の原節というのは、あからさまに『東京物語』だし、『東京物語』で親を邪険にした杉村春子が今度は子供たちに邪険にされる側に回り、と小津意識大会であると邪推することも可能だ(笑)。ラストカットは、ほとんど唐突に笠智衆だし。そもそも、この映画のメインの話は、兄(一家の家長)森雅之と、その妻・高峰秀子も心配する、原節子の再婚先。原節の結婚話なのだ。小津と違って、みもふたもない成瀬は、ちゃんと原節を再婚させる。しかもいささか実利めいた落ち着き先として。さらに、その相手は、小津が苦手とする?上原謙だ。あからさまな小津への挑発ではないか(妄想モード)。
 ちなみに、今回見たDVDのおまけの予告編、原節、デコちゃんの予告編用のくさいナレーションに爆笑。成瀬の管轄を外れると、とたんにクサくなるのだ(普通、当時の日本映画で予告を作るのは助監督の仕事)。またこのDVDには通常のモノラル音声のほか、<パースペクタ・ステレオフォニック・サウンド>版も選択できるようになっている。これは東宝スコープ用の立体音響として採用された<3チャンネル擬似ステレオ方式>とのこと。どうりでこの映画には、成瀬らしからぬクサいBGMが全編をおおっていたのか、納得。そういうところはちゃんと期待にこたえる成瀬なのだ。
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by mukashinoeiga | 2009-07-19 11:21 | 成瀬巳喜男映画の正体成瀬る | Trackback | Comments(2)

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Commented by PineWood at 2016-04-23 09:15 x
昨日、杉村春子特集の最終日に神保町シネマで本編を観賞した。確かに小津安二郎監督作品との共通性や相互の意識的な関連という見方が成り立つのかも知れない…。普段も高峰秀子と原節子は仲が佳かったというから、その信頼感が画面の基調色として滲みでていたような気もする。この間シネマベーラ渋谷で千葉泰樹監督の東宝映画を観て来たせいかオールスターキャストの捌きの手腕では共通する妙があったー。シリアスな溝口監督の芸道ものタッチの(流れる)に比して、ゆとりのある、松竹大船調のパロデイ精神が垣間見られる。それにしても原節子と草笛光子の似た者姉妹が性格は違うものの美しい♪ゴールデン・カップルの高峰秀子と森雅之の夫婦の息のあった処も見処かー。
Commented by mukashinoeiga at 2016-04-23 10:11
成瀬『娘・妻・母』へのコメント、PineWoodさん、ども。
 贅沢すぎるオールスタアですよね。千葉も成瀬も、その交通整理の妙に、わくわく。

>原節子と草笛光子の似た者姉妹が性格は違うものの美しい♪

 あのふたりの大対決映画(笑)って、他にありませんかね。見たいなあ。

>ゴールデン・カップルの高峰秀子と森雅之

 手馴れたふたりの、「浮」いてないほうの「雲」ゆきは、楽しい(笑)。   昔の映画
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