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今井正「怒りの海」

 京橋にて。「生誕百年 映画監督 今井正」特集。44年、東宝。あと2回の上映。
 戦後は共産党映画監督として名高い、今井正の、戦時中の国策映画。
 ワシントン軍縮会議などで、大正・昭和の二度にわたって、海軍の軍艦の軍縮を強制される。日本は英米の6割。具体的には、建造中の軍艦は、建造中止。既製艦は、出来たばかりの新艦も含めて、自軍による爆撃・魚雷で、海底に沈める(特撮は、もちろん円谷英二か。グッド。クレジットを見落とした)。
 その、自分たちの作った新艦を沈めなければならない、海軍軍人たちの切なさが、泣かせる。見ているこちらも、泪目。泣かせどころをきちんと作る、今井演出の、たしかさ。
 そういう状況にもかかわらず、海軍の軍艦を設計するセクションでは、5000トン級の艦が規制されるなら、3000トン級の艦に、5000トン級の能力を持たせればいいのだ、と戦後にも続く、日本の技術者の発想なのが、これも泣かせる。
 とにかく小さく作って、安定感と戦闘能力は保持・ないし増強する。その代わり、艦員の居住快適性は、無視される方向に。ありがちなことだろう。

 その設計局の長・平賀譲中将を、大河内伝次郎が主演。その半生の設計屋生活を、はまり役な好演。素晴らしい。仕事上は一徹な技術屋、家庭では滋味ある頑固オヤジ。娘に原節子、母に村田知英子。
 時代劇でのクセのあるエロキューションを押さえて、バンツマもそうだが、時代劇プロパーのスタアが、たまにやる現代劇の演技、いいんだよなあ。
 まあ、技術屋の話だから、地味なことは地味なのだが、その範囲内でエンターティンメントへの目配りもあり、見せる。 
 しかし戦後左翼作家であり、ファンに左翼諸君も多い(今井正を語り継ぐ会の、ぼくが知っている関係者は、共産党員さん、いい人なんですけどね)、今井正としては、封印したい戦中映画か。
 まるで、自国軍艦を次々海に沈めるかのように(笑)封印された過去作というわけでもあるまいが。しかし、封印されるには惜しい良作で。
 ちなみに與那覇潤によれば、戦時軍国主義の統制経済、国家総動員体制は、社会主義そのものということだから、共産党諸君も、戦時時局映画にも、もっと暖かい仲間意識(!?)を、持ってもらいたいところだ(笑)。この特集でも、語り継ぐ会の皆さんたちや、今井ファンが、戦前映画を、オフリミットしないことを望む(ペコリ)。映画として、面白いのだから。

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# by mukashinoeiga | 2012-05-14 23:07 | 旧作日本映画感想文

「マスコミ辞令」としての「橋下総理」

 このところ、週刊誌や、月刊誌が、<来るべき橋下総理・橋下内閣>記事を連発している。
 どう考えても、早すぎるだろ。本人たちは、国政への(実際的な)第一歩さえ、踏み出していないというのに。なんだろ、このフライング報道合戦は。
 もちろん、意図的、かつ集団的なフライングには、ちゃんとした理由があるというべきだろう。

 本来なら、今の時期、マスコミは、現在の民主党政権の体たらくを、全力で非難していなければならない。それくらいひどい政権なのだから。
 いや、民主政権への批判なら、ちゃんとしている、とマスコミはいうかもしれないが、自民党政権時代での政権批判は、こんなものじゃ、なかったはずだ。自民政権への批判が<批判の大合唱>だとすれば、今の民主政権の批判は、せいぜい<輪唱>程度だろう。
 なぜマスコミが民主党に甘いかは、考えなくても、わかる。左翼同士のお友達、かつて声をひとつにして<政権交代>を先導したマスコミとしては、民主党批判など<天に唾する行為>そのものだからだ。民主党を批判するなら、その前に、その民主党の政権交代を誘導した報道が、誤報、捏造、でっちあげであったことを、認めなければならない。
 そんなことは、口がクサっても、マスコミには、できまい。ましてや、左翼同士の連帯という面もある。

 月刊V誌は、表紙に大々的に橋下待望論的な見出しをつけ、しかし、本文では、ほとんどの論者が橋下を批判している。まるで香具師の、いんちき口上そのものか。
 月刊B誌は、「橋下への公開質問状」特集。「公開質問状」というのは、公開して質問するんだから、お前には、それに応える義務があるのだ、ということだろう。で、12氏に「公開質問状」を、書かせている。いっぺんに12通もの「公開質問状」を出して、いちいち質問に答えよ、というのだ。馬鹿じゃないのか。「公開質問状」と「お気楽な感想エッセイ」を、混同しすぎているんじゃないのか。

 つまり、マスコミの考えていることは、
1 橋下は、「おれたちの仲間」日教組、労組、君が代・日の丸批判派の、つまり「おれたちマスコミ」の反日勢力の、敵である。
  批判したい。批判したい批判したい批判したい。
2 誌面の一定のページは、政治の話題で埋めるのが、俺たち、天下国家を論じる大マスコミの責務である。しかし、今の民主党政権への批判は、<天に唾する、仲間攻撃である>から、最小に押さえたい。
 だが、政権批判を最小に抑えると、当然誌面に穴が開く。それを埋める話題を、見つけねば。
3 1プラス2の結果が、やたらと目障りな橋下記事で穴を埋めようという結論に、たどり着く。
4 しかし、橋下は、俺たち左翼には理解できないことだが「なぜか」カリスマ的人気がある。
5 橋下批判をあまりにストレートにすれば、売り上げの点が問題だ。
6 そうだ、橋下内閣、橋下総理、実現か、と、持ち上げたフリで、橋下人気に便乗しよう。
7 どうせ、今、持ち上げたって、橋下が、現実に総理になるかならないかなんて、だいぶ先だろう。第一、まだ、公式に、国政への第一歩すら、踏み出してないのだから。
8 それに、次の選挙ヤったら、「おれたちの反日仲間」民主党は、あまり票を取れないだろう。しかし、自民党政権にだけは、戻したくない。自民に戻したくなくても、この民主党の体たらく。なら、民主党に変わって、自民の票数を抑えられる可能性のあるのは、橋下維新の会か。
 とりあえず、今のうちは、橋下を期待するフリでもして(内実は批判したい批判したい批判したい)<反自民票としての、橋下>を、持ち上げておこう。でも、実際は、批判したいんだけどね。じゃあ、見出しで橋下総理実現か?、と持ち上げといて、実際は橋下批判の本文で、ごまかしちゃえ。
9 どうせ、今「持ち上げたって」実際の選挙が迫れば、また、スキャンダルでも、でっちあげよう、ということも、できるからな。

 左翼諸君は<数の暴力>で、世論を誤誘導することは出来ても、なんせ、センスがない。「ハシズム」なる、ハシにもボウにもかからない、センスのない言葉をしきりに使うも、一般人には見向きもされない。
 1、2回使って、だれもぴくんともしなかったら、さっさとひっひめればよいものを、エンエン使い続ける。センスが、ないからねー。

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# by mukashinoeiga | 2012-05-14 00:08 | うわごと

地獄 vs 盲獣 vs 一寸法師

 ああ、そういえば、フィルムセンターの大映特集で、すっかり忘れていたけど、銀座シネパトで、見たなー、と、早くも、過去モード。未見作の二本立ては、うれしい。
 三原橋にて。「石井輝男ワールド×江戸川乱歩」特集。

石井輝男「地獄」99年、石井プロ。
 幼女連続殺人事件や、地下鉄サリン事件の、犯人たちを地獄に突き落とし地獄の責め。ついでに<悪魔の代理人>である、自称人権弁護士の、舌を抜くという責め苦を、マンガみたいに描く。何だか、コント仕立てみたいに描くせいで、彼らがコミカルに見えてすらくる。
 なんとも、バランスが、悪い。なんだか、変質者が、まともな正論を言うことの、間の悪さといいますか
 かつての石井映画ゆかりの前田通子が、女性閻魔大王。
 石井輝男「異常性愛記録 ハレンチ」の、超トラウマ演技、「だヨ~ン」のおじさんこと、若杉英二が、元二枚目という柄を生かした、きりりとしたスーツ姿で、「検察官の若杉英二です」と、自己紹介。ギャグか。
 石井輝男が楽しそうに地獄の責め苦を描けば、描くほど、遊園地の安っぽい地獄ショーを見ているようになってきて、どんどん盛り下がる。

石井輝男「盲獣 vs 一寸法師」01年、石井プロ。
 かつての石井ワールドは、モダニズムと泥臭さの融合という、まあ、日本映画ではわりとありがちな、二面性の美質があった。この両作には、もはや泥臭さのみが残り、何もいうべきものがない。
 そう、かつての石井ヘンタイ映画には、一見水と油かと思える、超キマジメ二枚目・吉田輝雄がいて、奇妙な中和作用といいますか、どんなヘンタイさんが出てきても、一服の清涼剤といいますか、そういう吉田輝雄がいた。
 吉田輝男の出ない石井映画は、三船敏郎の出ない黒沢映画みたい?で、<付き物>の吉田や三船が出ないことによって、石井映画や黒沢映画から<憑き物>が落ちるように、面白さが、零れ落ちていく。
 そのせいでもあるまいが、<復活後の石井輝男> では、ぼくには、吉田輝男がゆいいつ出た「無頼平野」以外は、全く面白くない。
 「地獄」でも「盲獣 vs 一寸法師」でも、一番最後に丹波哲郎が登場。まるで、大トリ見参というべき登場の仕方だが、しまらない出落ちの落ちにも、見えてしまう。丹波哲郎は、吉田輝男ではないということか。ましてや、リリー・フランキーでも格不足。乱歩映画としても、乱歩度が不足している。

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# by mukashinoeiga | 2012-05-13 10:26 | 旧作日本映画感想文

三隅研次「編笠権八」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。56年、大映京都。
 市川雷蔵が、岡山某藩の若侍たちの私怨のため、襲撃を受ける。余裕であしらっていた雷蔵も、その藩のいいほうの家老が、止めに入り、若侍に押し出されているときに、思わず斬ってしまう。
 かくて一時、身を隠すため江戸から逐電。東海道を西へ。
 以下、ネタバレあり。


 家老の敵討ちとばかり、江戸から追う若侍たち(なかに伊達三郎がいることからも、こちらが悪いことが、だれにでもわかる)。
 いっぽう、岡山からは、家老の父の仇と、美人姉妹が仇討ちを目指して、江戸へ。
 妹(近藤美恵子)のほうが足を痛めて、旅館にひとり、そこで、互いに、仇とは知らず雷蔵と知り合う。仇討ちの娘に、自分がその対象とは知らず、仇討ちのすべを伝授する雷蔵。
「そんなことでは、仇など、討てませんぞ」。特訓につぐ特訓。 ふたりの間に芽生える、感情。
 やがて、二人は、互いを敵同士と、知る。
「私は、あなたに、討たれる。敵討ちで死ぬのではない、恋のために死ぬのだ」。
 その、雷蔵ならではの、せりふ。

 原作は川口松太郎(http://matsutaro.com/ presented by 川口恒)。
それにしても、この、濃密な、充実した映画が、たったの65分。何たる三隅マジック。2時間かけても、2時間半かけても、うすっぺらい映画しか作れない、凡監に、見せてあげたいくらいだ。

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# by mukashinoeiga | 2012-05-12 00:30 | 旧作日本映画感想文

加戸敏「月よりの使者」ほか

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。49年、大映京都。
 山奥のサナトリウムで、長期療養の上原謙と、看護婦・花柳小菊のメロドラマ。そこに上原の婚約者・のちの妻の、喜多川千鶴が絡む、三角関係メロ。

 フィルムセンターの大映特集で、多くの作品の感想駄文を書き残したまま、フィルムセンターは、今井正特集に突入。これでは、いかん、ということで、まとめて、感想駄文。 いや、別に、見た旧作映画のすべての感想を駄文する、義務も何にもないのだが(笑)。

 ということで「月よりの使者」
 オリジナル・入江たか子主演の同名作(34年)も、見ているはずだが、まったく記憶になし。そもそも、こんなつまらないリメイクから見ると、わざわざリメイクする必要はないんじゃないの。さらに、駄目押しで、山本富士子でもリメイクされたという。これも、見ているかもしれんが、記憶なし(笑)。
 混乱メロのすべての原因は、療養先の看護婦・花柳と、そもそもの婚約者に同時にプロポーズした上原の、優柔不断さが、悪い。最近も、何か二流タレントが二股プロポーズというゴシップ(よく知らんが)が、あるらしいが、ま、人間の普遍性とはいえ、それをこんなボンクラなメロドラマに作ることもない。メロドラマのための、メロドラマ。かなり、いい加減な、三流メロ。
 そもそも約束の時間に、花柳が駅へ来なかった、だから、花柳はないものとあきらめ、もともとの婚約者に再プロポーズ。ケータイの時代にはありうべからざる設定だが、当時としても、花柳が速達のはがき一本でも、書けば済む話じゃないの。
 なお、この時期の大映らしく、主演花柳小菊に、主演女優のオーラなし。ちなみに花柳がなぜ約束の時間に遅れたかというと、患者の伊達三郎が死線をさまよっていたため。この伊達三郎、医師にして詩人という、のちの伊達三郎には絶対ありえない、セレブな役で(笑)思わず小笑い。

落合吉人「風説の春」43年、大映東京。
 丸山定夫、宇佐美淳主演の、ジミーな、「蚕糸業統制」国策映画。まったく娯楽性を無視した、地味で淡々な、退屈さ。限りなく、気を失った。検閲官にさえ受ければ、どんな詰まらん映画も作れたのだろう。観客のほうを向いていない、典型的<主人持ち>映画。

田中重雄「彼と彼女は行く」46年、大映東京。
 金儲け主義で、看護婦など、単なる使用人に過ぎないという、横暴な私立病院院長に、見明凡太郎。その下で働きながら、改革派の医者・宇佐美淳。宇佐美に思いを寄せる、よろめき院長夫人・逢初夢子。同じく、宇佐美に思いを寄せる純な看護婦に折原啓子。まあ、おもいっきし、ありがちなメロドラマ。
 戦前島津保次郎「隣の八重ちゃん」の、可憐な女学生逢初夢子も、戦後はすっかり化けの皮がはがれて、柄にあった妖艶人妻など。折原啓子は、この時代の大映の可憐な女優さん。

田中重雄「雷雨」46年、大映東京。
 満州から命からがら帰国した技師・若原雅夫は、自分の帰還を待っているはずの恋人・折原啓子が、すでに別の男の妻となっていることを知る。長期的な戦争の果てに、よくある不都合だが(若原が死んだ、という偽りの通知があったゆえ)。
 この四画関係メロ(若原が、ふとしたきっかけで知り合った丸山修の妹・鈴木美智子のほのかな思いも含めて)、ふつうなら若原と折原のドロドロメロドロマとなるところが、折原の夫・小柴幹冶の、きわめて理知的な交通整理により、無事?解決。いや、理知的な解決は、ふつうなら、とてもすばらしいことだが、それなら、わざわざメロドラマ、作る必要なくね? 理知で解決できぬ不条理こそが、メロドロマだろう?
 戦後すぐの焼け跡闇市の描写が、この時期のこの特集の大映映画らしく、興味深い。なお、丸山修は、のちの大映東京、成瀬巳喜男「稲妻」にも、高峰秀子の、気弱な兄役で出演。雷づいておるなあ。ダメ兄には、丸山修で。

小石栄一「母紅梅」49年、大映東京。
 サーカス団の人気ブランコ乗り・三益愛子は、夫・岡譲二が、実はお金持ちの御曹司であるため、横浜のセレブな一家の主婦に、直る。娘・三条美紀はすぐに、堅気の生活になじみ、女学生生活を満喫するが、下世話な世界にズブズブの三益は、どうもセレブな生活になじめない。
 娘のクラスメイトや、ママ友にも陰で笑われ、バカにされ。58年の大映東京、清水宏「母の旅路」と、全く同じ話で。母・三益愛子も同じだし、goo映画で調べたら、二代目サーカス団団長・伊沢一郎(三益と語り合って、娘をだます)も、同じようだ。原作は、もちろん三益の夫、大映取締役の劇作家・川口松太郎。
 先輩・清水が、後輩・小石のリメイクというのも、アレだが、それでも、清水映画のほうが面白いのは、さすがか。しかし、三益の下世話さでは、小石版のほうに軍配か。
 三条美紀、可愛い。三條の、意地悪な同級生に、キツネ顔キリリの、関千恵子。最後は、和解する。
 小石栄一「母の曲」(55年、大映東京)とも、共通する、<下世話な母=三益=江戸時代のオンナ>と、<近代西洋教育を享受する、中国化された明治の子=女学生の娘>の対比の大映母物、こちらもまた、與那覇潤は参照すべきだったのでは。つくづく付け焼刃な與那覇潤なのであった(毎度バカの一つ覚え)。

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# by mukashinoeiga | 2012-05-09 21:16 | 旧作日本映画感想文

小石栄一「べらんめぇ芸者」

 神保町にて。「ひばり・チエミ・いづみ 春爛漫!おてんば娘祭り」特集。59年、東映東京。
 美空ひばりが、ちゃきちゃきの江戸っ子芸者になる、てっきり時代劇かと思ったら(制作当時の)現代劇。「べらんめぇ芸者」シリーズの第1作だという。
 粋でいなせで、喧嘩好きな、男嫌いの芸者を、美空ひばりが快演。
 この芸者というのが、なかなか、映画的には、あなどれないキャラ。
 夜の仕事時には和服、昼のプライヴェートでは洋装。
 芸能者だから、歌は、歌い放題。どんなシチュエーションでも、たちまち、ステージになる。そして、芸者に付き物の、性的要素も、「男嫌いだから」の一言で、回避。
 家に帰れば、昔かたぎの大工・志村喬との父娘、その親子喧嘩もうれしくて、くろうとと、素人娘の往還という一面も。
 「江戸時代」と「中国化された明治=近代日本」を、自由に往還する、めちゃくちゃ使い勝手のいいキャラ。こういうキャラを、日本一、生き生きと演じうるキャラが、美空ひばりなのだから、小石栄一の凡庸な演出でも、安心して楽しめる。
 文字通りの弟分(笑)小野透やら、年下の男・江原真二郎など、相手は若い男のみ、後輩芸者にも、華のない新人女優ばかり、というのも、お嬢=女王様ワンウーマン映画の、ひばりの無茶ぶり配置で、笑える。
 若い男たちとの、頑固オヤジとの、けんかも、お約束の定番で、ニコニコ。
 でも、姉の七光り、小野透の歌、下手すぎ。脚本・笠原良三&笠原和夫、ってのも、笑うところか、の、異種格闘技?
 なお、志村の昔馴染みで、江原の父・殿山泰司が、意外と?頑固親父役を好演。殿山、いつも毎度毎度ウロンな親父を、ビビリつつ、ビミョーに演技。てっきり柄だけの役者で、演技は、毎度毎度ヘタ、というか、ウロンな演技ばかりなので。そう思っていたら、本作で、なんとフツーの演技も、ちゃんとできるんじゃん、と(笑)。意外と、演技うまいじゃんと(笑)。初めて、見直した(笑)。 

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# by mukashinoeiga | 2012-05-08 23:10 | 旧作日本映画感想文

マキノ雅弘「此村大吉」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。54年、大映京都。
 同じ年に、「美しき鷹」大映東京と、本作を大映京都にて。忙しいことよのう。しかし「美しき鷹」以上に、本作は<通常マキノ>では、ない。
 映画の流れがごつごつして、最初のうちは、シーンごとに登場人物たちが次々入れ替わり、多層的な展開。脚本・マキノとしては、映画娯楽職人として、いつものシンプルな、ひとりのヒーローの時代劇、あるいはひとつの集団の時代劇とは違う、ものを目指したのだろうか。いつもの、娯楽映画的単純さを、かなり意図して、欠いている。
 貧乏旗本・鶴田浩二が主役だが、登場は、かなり、遅い。「ヒーロー」の意図的な遅延。
 そして、ツルコウ、河津清三郎、田中春夫らの貧乏旗本グループは、幕府の老朽化・劣化した施策を批判する老思索家(おそらく陽明学者)の、支援者。ここにも、「江戸時代」と、来るべき「中国化した明治」の対立がある(バカの一つ覚え)。
 ここで、ツルコウは、黒味がちな和傘を水平に、半ば開いて、半ばつぼめながら、突進する。
 これを当時の女歌舞伎役者・中村時蔵(南悠子(宝塚))がまねをして「仮名手本忠臣蔵」の五段目、悪党の定九郎にりクリエイトした演技で、評判をとる。いたんだねえ、昔は。女歌舞伎役者。
 この和傘を前方水平につぼめつつ開いた突進は、つい最近神保町で見た、小石栄一「ひばりのべらんめえ芸者」でも、舞踊で美空ひばりが再現。また、歌舞いたアクションで知られる鈴木清順「刺青一代」でも、高橋英樹が継承している。歌舞伎由来の、きわめて日本的アクションなのだ。
 その、起源となるオリジナル、ツルコウ→それを舞台で再現した女歌舞伎役者、その舞台が人気を呼ぶと、ツルコウの仇の金持ち旗本・徳大寺伸が、ツルコウの人気をねたんで、その舞台を中止させようとする。 すると、それに逆らって、なんと、オリジナルのツルコウが、舞台で自身の元になったアクションを再現して、対抗する。なんという、メタ・フィクションの連鎖か。
 しかし、その、メタ・フィクションの連鎖を、処理し切れなかったのか、処理したくなかったのか、本作におけるマキノの演出・編集は、明らかに、滑らかさを欠き、無骨なまでに、繋がらない。奇妙なまでの実験性と思われる、ゆえんで。
 久慈あさみが、ほのかにツルコウに想いを寄せる「将軍の娘」を演じて、よい。この宝塚出身の女優さん、実は、あんまり好きではなかったのだが(何で人気があるのか、ヨクワカラナイ不思議な女優さん)、この「将軍の娘」として、周りを威圧するS的キャラがぴったり。さすが宝塚男役出身だけあって、S的キャラが似合う似合う。美しい。
 ちなみに、宝塚娘役・轟夕紀子を、一時は妻にし(この二人の息子が、安室奈美恵から満島ひかりまでの数多くの女性タレントを輩出した沖縄アクターズ・スクールの主催者)、宝塚男役の久慈あさみや越路吹雪を重用したことを思えば、マキノ映画の、少女趣味への親近性は、明らかではあるまいか。そう、仲間由起恵など沖縄出身女優が、全く色気のイの字も感じさせないほどの、共通性が、感じられるほどの、きわめて奇妙な類似性。あるいは、男騒ぎの映画といわれもする、マキノ映画の、実は少女趣味への、親近性。
 またもや、妄想か(笑)。
◎追記◎藤純子の名付け親にしにしては、彼女の代表作「緋牡丹博徒」シリーズを、あれは、女のアクションとしては、違うから、 と、当然参加してもよいシリーズを袖にした、マキノの、心性・嗜好も興味深い。

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# by mukashinoeiga | 2012-05-07 00:23 | 旧作日本映画感想文

マキノ雅弘「美しき鷹」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。54年、大映東京。
 今回の特集で、マキノ映画は、本作と「此村大吉」の2本上映。この2本とも、通常マキノといえば思い浮かぶ、時代劇・任侠モノとは、いささか趣向が変わっている。不思議なマキノ映画な2本だ。
 通常は、娯楽に徹した人情劇の、時代物だったり、任侠モノだったりの、職人芸に徹するのだが。「美しき鷹」も「此村大吉」も、妙に実験性が感じられる異色のもの。あきらかに<通常のマキノ>から逸脱しているのが、逆に面白い。
 2作とも、脚本はマキノ雅弘単独表記(本作原案は小国英雄)。ということは、通常のマキノ娯楽映画の常として、既成の脚本を、マキノ自身が徹底的にいじり倒して、自家薬籠のものにする改ざん作業が、ないわけだろう。つまり、逆にいえば、こちらのほうに、<映画職人>に徹していない、<ナマのマキノ>が、あるのかもしれない? 奇妙な実験性?は、そこから来ているのか。<通常業務>でない、マキノ。

 明治半ばの函館。その港町に、青函連絡船がやってくる。船長は、若原雅夫。戦中戦後の、大映二枚目スタアの彼だが、この映画では(松竹)と、クレジット。移籍してのち、古巣への里帰り出演というところか。この函館の、真ん中に流れるどぶ川の両側に並ぶ娼館、商店街が、スタジオ内のセットに再現されている。連絡船、港周り、それに続くどぶ側沿いの商店、このセットを見ているだけで楽しい。
 別のマキノ映画(題名失念)のセットでも、中央に川があり、橋が架かり、川の周りに家があり、そこで展開するアクションという、楽しいセット的趣向があったが、本作もそれに匹敵する。しかも大映美術陣のセット造形は、例によって、楽しい。完璧なスモール・ワールドの統一感。

 明治半ばの函館。<中国化された明治>は、究極の自己責任・自由経済主義社会。何らのセーフティネットもないので、貧しい男は鉱山に叩き売られ、貧しい女は、その男どもの性欲処理装置として女郎に、ともにタコ部屋暮らし。
 逃げ出す自由すらなく、男も女も仕事が出来なくなれば、即ホームレス。與那覇潤(当ブログ最近のバカの一つ覚え)によれば「明治日本の状況を知りたければ、現代中国を見よ。現代中国の有様を知りたければ、明治日本を思え」とのことだが。
 若原雅夫船長は、ボースン(甲板長、水夫長の意)森健二ら船員たちとともに、あえやかな因縁の、娼婦たか子(越路吹雪)の<足抜け>をたくらむ。この男たちが、娼館を目指して無言でマチを歩くさまは、まるでジョニー・トーの香港アクションみたいなクールさ。素晴らしい。
 そして、この男たちの移動っぷりのクールさこそ、<通常マキノ>には、ありえざるもの。<通常マキノ>では、わっしょいわっしょいと、お祭り騒ぎで、その他群集を巻き込んでの移動となる。
 <通常マキノ>のお祭り騒ぎというのも、きわめて映画的で好きなのだが、ぼくが食わず嫌いの「次郎長三国志」シリーズの、お祭り騒ぎがなぜ、好かないのか、クールな本作を見て、すとんと、わかった。
 腑に落ちました。
 だってだってだって「次郎長三国志」のお祭りは、男騒ぎのお祭りじゃないんだもんー(笑)。なんかぁ、妙にべたべたしていてー、おトイレ、一緒に行きましょうのー、女の子騒ぎのねちっこさ、感じるんだもーン「次郎長三国志」わぁ(笑)。
 かつての左翼諸君の至言「連帯を求めて孤立を恐れず」。これなのよ、これ。ふつうのマキノ映画、及び本作「美しき鷹」、さらにはジョニー・トー映画は、そうなのよ。ところが「次郎長三国志」シリーズのべたべたは、「孤立を恐れて連帯を求める」の感があって、気色悪かったのだなー。「次郎長三国志」シリーズの次郎長一家は、実は女の子集団なのであった。まるで宝塚歌劇団の、男騒ぎ。そりゃあ、違和感ありまくりだあね。
 <通常マキノ>をお好みではない方(たとえば、キネマ洋装店店主)は、おそらく同時に<日本人の最大公約数的好み>?である<江戸時代>が、好きでない可能性がある? あるいは、マキノ雅弘「次郎長三国志」シリーズを傑作だという方(たとえば、渋谷シネマヴェーラ)は、宝塚ファンの可能性がある?
 うーん、すでに酔眼的愚考か。すいがんせん。

 港町商店街セットを使い倒した作劇、不思議ちゃん・越路吹雪の、歌を何曲か、その使い方は、越路の歌のうまさとは別に、なんだか、うまく繋がらない感じがあるが、ここら辺がマキノらしい、<娯楽映画としての俗情との結託>なのか、あるいは<異化効果>なのか、そのあいまいな融合なのか、ヨクワカラナイ。
 しかし、肝心の越路が、<足抜き>を拒否して、若い津島恵子に、脱出を、譲る。別に譲らなくてもいいシチュなのに。脳内お花畑な展開も、歌で補強。ヨクワカラナイが、さすがな感もあり(?)。
 しかし、この、イマイチ、娯楽映画として決まらないラストも、マキノとしてはちと異色。ああ「仇討崇禅寺馬場」という後味の悪い映画も、ありました。
 なお、本作の真のラストは、船上の若原に「俺はこれから、主義者として逮捕されるんだ」と宣言する、地元新聞記者・田崎潤。今と違って、新聞記者は「正義の人」というイメージの時代がありました。

 この町を取り仕切る河津清三郎の、せりふなき子分に、後に日活の名物脇役となった、榎木兵衛の顔があり。
◎追記◎タコ部屋ぐらしの女郎はタコ女郎と呼ばれ、同じく鉱夫はタコ人足、彼ら彼女らが働けなくなると、即ホームレスでタコ崩れと称される。エグ過ぎるネーミング。そのタコ崩れの一人が、ホームレス仲間に、有り金全部を配り、「皆さん、お世話になりました」と、無一文で女郎屋に登楼。つまり人生最後の花というのか、無銭淫食としゃれ込んだのか。このタコ崩れを、しかし陰惨になることなく演じた田中春夫の顔の、なんと、すばらしいことか。普段はお調子者や三枚目を演じることの多い田中春夫の、顔に、惚れ惚れ。

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# by mukashinoeiga | 2012-05-04 23:13 | 旧作日本映画感想文

千葉泰樹「へうたんから駒」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。46年、大映東京。
 この特集で、千葉泰樹監督作は4本上映。「花咲く家族」「美しき豹」はなかなかの良作。やはり良作そうな「青空交響楽」は、とうとう見れなかった(泣)。で、本作は・・・・。

 本作は、なんと、見明凡太郎&潮万太郎の、ダブル太郎のダブル主演だ。このご両人、のちの50~60年代の大映東京専属の、名物脇役。かりに大映東京の現代劇3本を見れば、そのうち2本には、必ず顔を出しているかの印象だ。当然、3本とも出演している可能性もアリ、そういう出ずっぱりの名脇役。
 大映専属で、おそらく、ほぼ大映にしか出ていないので、なかなか一般的には評価されないが、あじがある、ふたりなのだ。
 ぼくが大映東京ビギナーであった頃は、似たような名前で区別がつきにくかったが、見明凡太郎ことアケボンは、低音迫力の声、重厚な演技、大企業の重役役が多い。潮万太郎ことウシマンは、いささか軽い上ずった声、明るい演技、下町の工場主や、商店主、が多いか。
 アケボンは、あまりに重厚すぎて、オンナっけゼロ。ウシマンは明るいスケベオヤジで。アケボンの部下をウシマンが演じることはあっても、アケボンが、ウシマンの部下になることは、絶対にない。
 アケボンは、部下が敬遠する、若い者受けのしないタイプの上司、ウシマンは上司におべんちゃらやら、宴会部長な中間管理職。ま、そういう、一般受けはしないような、サラリーマンなどを、そういうキャラいるいる、そういうヤツあるある、で、演じ続け、現実のそういうキャラはあんまりお近づきになりたくないが、映画であるならば、大いにウケる、そういう役者たち。
 噛み締めれば、かみしめるほど味が滲むスルメかな。

 そんな将来の名脇役が、しかし、主役となると、というと、うーむ、ビミョーだ。
 戦後焼け跡に、急遽作られた掘っ立て小屋。掘っ立て小屋仲間の、母娘。母は寝たきり、娘は、若いアケボン&ウシマンのアイドル(これまた、当時の大映らしい、華のない女優が演じる)。娘の歓心買いたさに、その母親のために食料を買出し。かくて田舎の農家に闇野菜・闇ゴメ・闇タマゴの買い物ショッピング。
(注1)ふつうの食料品が闇取引とせざるを得ないのは、戦時中からの統制経済(つまり、軍国主義とは社会主義そのものの計画経済であった)ゆえ、日本的社会主義の計画経済から逸脱した食料物資は、すべて闇とならざるを得なかった。したがって、戦時日本の軍国主義を無自覚的に批判する、戦後左翼・リベラル諸君は、自分の足を食っているタコのようなものか。
(注2)公的福祉のない当時は、掘っ立て小屋も、廃材を利用して、自力で建てていた。今、仮設住宅は、国や自治体が、建設業者を使って、立てている。いや、だから、どうというわけではないが。これは進歩というべきか、退歩というべきか。

 ということで、ダブル太郎のドタバタが、繰り広げられるのだが。
 作品的には、うーん。ハズレの少ない千葉泰樹としては、ハズレの部類か。
 敗戦後、人々は食料だけではなく、娯楽に飢えていた。当時としては数少ない娯楽のひとつである映画では、喜劇が、求められていた。かくて(それまでの戦前日本では、あんまりなかった)ドタバタコメディが、戦後多く作られたという印象がある。
 しかし、それは、あんまり、成功していなかったのね(現在からの視点での、ぼくの感想)。
 私見によれば、敗戦後、スタジオや人員は、荒廃している。しかし、手っ取り早く、映画を作らねば、ならない(映画館に掛ける新作映画が著しく少ないため)。そこで、日本映画人たちは、安易に考えた。明るくて、安直に出来る、しかも、大掛かりなセットも時間もかけずに、役者の肉体演技だけで出来るもの。そりゃ、スラップスティック・コメディでしょ。というわけで、戦後の一時期、ドタバタコメディが、ほかの時期に比べ、多く見られた、という印象。
 しかし、スラップスティックをバカにしちゃあ、いかん。ドタバタコメディは、一夜にしてならず。ドタバタは、低予算、役者の肉体演技だけが最低資本、というような、安直な発想では、うまく行かなくて当たり前なのに。
 出来の悪いどたばたは、体感温度がどんどん冷えていく。残念。うーん、千葉泰樹にも、水準以下の映画もあるのだなあ。

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# by mukashinoeiga | 2012-05-03 23:04 | 旧作日本映画感想文

橋下維新の会 vs 明治維新

 日本の歴代の、改革を目指した政治的ムーヴメント、つまり、明治維新、昭和維新、全共闘運動、小泉構造改革ブーム、民主党政権交代ブーム、そして橋下大阪維新の会ブームには、ある共通した動きがあるという。

 與那覇潤「中国化する日本/日中「文明の衝突」一千年史」という本が、なかなか刺激的な本であり、なおかつバカ本であるというお話その4
 與那覇潤は、本書で特に明治維新を取り上げています。昭和維新ほかは、単なる明治維新の亜流ですね。日本では、政治改革を目指すと、必ず維新の志士を気取る。橋下維新の会など、その典型ですな。
以下、同書の要約という形で紹介します。

 徳川末期のアナーキーな雰囲気の火付け役となった大塩平八郎は陽明学者、幕末に尊皇攘夷思想の旗振り役となった吉田松陰は、陽明学に心酔。
 がちがちの社会構造のなかで窒息しかけていた不平分子の憂さ晴らし的爆発から、明治維新は始まったのですが、その起爆剤となったのが、中国由来の儒教、特に陽明学。しかし、大方の人間は陽明学の研究者や心酔者でもない。「気分としての陽明学」が「時代のエートス(気分、気風)」と、なった結果だというのです。
 つまり「気分としての陽明学」とは、平たく言えば「動機オーライ主義」。「終わりよければすべてよし」の「結果オーライ」の反対で、「はじめよければあとはどうなってもよし」が「動機オーライ主義」。
 純粋にピュアな気持ちで考えて「今の世の中は間違っている! オレ様の考えが正しいのだ!」と、既存の概念、法、社会構造をすべて否定し、一切を考慮することなく突っ走り、動機がピュアなんだから、オレ様の思いは、必ず実現するはずだ、いや、実現しなければならない、と。
 結果を一切考慮することなく、突っ走り、結果は必ずついてくるはずだ、と根拠なく確信する。もし万が一、結果が出なくても、それはこのオレ様の魂の叫びに反応しない、社会の奴らの不純さ、鈍感さのせいであって、オレのせいではないのだ! と。
 つまり「気分としての陽明学」とは、平たく言えば「パンクロッカーの魂からの叫び」。 こういう人たちは、結果ではなく、動機重視で突き進むから、一切の妥協なしにどこまでも突き進む。また、「志半ばで倒れた同志」への心情的連帯感。坂本龍馬しかり、尾崎豊しかり。

 そういう、幕末の維新の志士的パンクロッカーたち、純心ピュアな動機オーライ主義、金のないやつぁ俺ンとこへ来い、俺もないけど心配するな、見ろよ、青いそら、白い雲、みたいな。
 といったような、坂本龍馬やら、そのミニチュア版の小泉純一郎、橋下徹らに、庶民は、喝采を送り、じゃあ、ぼくたち庶民はそれに対して、どう対応するかというと。
 そう、庶民は「ええじゃないか」を踊るのです。 それが<選ばれし志士たち>と、庶民たちの役割分担。
 映画好きらしい與那覇潤の、本書の説にもっともふさわしいマキノ雅弘を、付け焼刃の、お勉強でしか映画を見ない與那覇潤は、なぜか、まったく言及しないのですが、「江戸時代化」した高倉健や、バンツマや、藤純子や、鶴田浩二のために、「ええじゃないか」を踊る「取り巻きたち」というのが、庶民の役割なのです。

 そして、與那覇潤が、本書でネグっているのは、ここをネグっていては、お里が知れるだろうというのは、「結果オーライ主義」、つまり「どんな薄汚れた手を使っても、金を握り、一族として生き延びてやるぞ」という「中国化」の、対極にあるのが「動機オーライ主義」。
この「動機オーライ主義」の幕末の志士たちが、結果として成功し、明治維新という「結果オーライ」の「中国化された明治」を作り上げたという皮肉。
 動機がピュアであるからには、結果(金とか地位とか)なんて、考えに入っちゃいねーぜ、という人たちをこそ、限りなく愛惜する人たち。いっぽう、どんなに汚い手を使っても、金や地位をもぎ取るぜ、という「中国化された」人たち。ここの対立をネグっている点に、與那覇潤の、詰めの甘さがあるというのは、ひがめか。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-29 23:08 | うわごと

安達伸生「火山脈」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。50年、大映京都。
 チャラ男な森雅之主演の野口英世偉人伝というから、そのデキを危惧?しだが、あんがいまともな扱いで、これはこれで快作ではないか。
 映像の一部に、奇妙な遊びというべき斬新さ(森雅之がドイツ語を暗誦しながら逍遥する、その森を写したキャメラが不思議に上下する、この当時の映画ではあまりお目にかかれないような)もあり、それ以外の全体の撮影も躍動感あり。制作年度を少々逸脱したかのような、フレッシュな青春映画としても、素晴らしい。
 野口英世の伝記としても、ぼくたちが教えられた偉人伝・野口と、違和感がない。あるいは、劇作家の北條秀司の原作・脚色ということだが、逆にこの原作こそが、野口英世の偉人伝的パブリック・イメージを作り上げたものかも知れない?
 ある人物の伝記が、世間公認のパプリック・イメージを持つためには、どの時点かで、だれかが年表的事実とゴシップの類を<編集>(いわゆる、講談師、見てきたような嘘をいい、だ)しなければならない。それが成功すると、<誰もが知っている人物の、誰もが知っているエピソードの連なり>が、公認される。野口英世のそれが、北條の戯曲なのか、本映画なのか、それとも別のものなのか。面白い。

 子役が演じる、少年時代の野口は、きりりと目力あふれる、向上心・向学心に燃えた、明るい好少年(?)。ところが、思春期/青年期とて、森雅之が演じるようになると、とたんに軽佻浮薄な若者に変貌(笑)。女学生を見ては、ニヤニヤ、明治の描写といえば定番の、牛ナベ屋での馬鹿騒ぎ。で。もちろん明治期の女学生は「ハイカラさんが通る」のようなはかまスタイル。
 いつも、憂いを秘めた後期青年やら、哀愁の中年を演じることの多いモリマが、かくはしゃぎまわる好青年を演じているのは、珍しい。そして、その若さゆえのはしゃぎっぷりにも違和感なく、いかにも、ナウな明治期ヤングを好演する。すばらしい。
 もっとも、モリマの親友書生が、当時のベストセラー、坪内逍遥「当世書生気質」を愛読する、宇野重吉とは。ウノジュウ、どう見ても書生さんには、見えんぞ。
 ちなみに好青年とはいうが、好少年、好中年、好老年という言葉は、ない。いかにも、恋愛対象期が青年期に限られるかの、言葉の選択というべきか。
 さして裕福でもないのに、トコトン野口英世を金銭的にも精神的にも援助する、血脇守之助夫妻を誠実に演じた、笠智衆&小夜福子も、絶品。青年期の森、そして笠&小夜の、代表作とも、いうべきで。このふたりの誠実さ演技の、素晴らしさ。
 後半のアメリカでの研究生活は、いささか、はしょり気味の駆け足だが(まあ、現地ロケもできないせいだろうが)全体はグッド。
 ただし、<母もの映画>で鳴らした大映としては、最後にはオハコの泣かせで盛り上げたかったろうが、母・田村秋子も、子・森雅之も、演出も、いまいちクールで、三益愛子とは行かなかった。

 なお、最後の京都旅行シークエンスになると、ピントが甘くなり、画面がぼけて、最後まで修正されず。一時期のフィルムセンターは、映写技師の質が悪く、ピント甘甘の時代があった、それは改善され、ここしばらくは、ぼくが見ている限り、悪質映写はなかった。今回はニュープリということで油断したのか、原版自体がぼけていたのか、いや、映写が、ニュープリということで、つい油断したんだと思うが。
 とにかく、はしゃぐ青年モリマが新鮮。新しい面を見た感じで。実際は、かなり年がいってたはずだが、さすが。この映画の森、笠、小夜、田村秋子、河野秋武、みんないい。
◎追記◎アメリカ留学に際して、血脇(笠)は忠告する。「野口君、君には大いなる才能がある。しかし、欠点も多い。君はずうずうしい。他人に(金銭面で)甘えすぎる。このクセは、アメリカに行ったら、直さねばいかん」
 しかし、ずうずうしさは、アメリカに行けば、ふつうである。だから、野口は、アメリカで成功し、アメリカ人の妻・同僚ともうまくやっている。アメリカや中国の、これがグローバル・スタンダードである。
 またもや(笑)與那覇潤「中国化する日本/日中「文明の衝突」一千年史」を引用すれば、分をわきまえよ、出る杭になるなという笠は「江戸時代化」された発想しかできず、一方どんな手を使っても(自己責任の自由経済)とにかく出世してやるんだという野口は、「西洋化(実は中国化でもある)された明治」の象徴である。
 江戸時代であってみれば、貧農小作人の子は生涯小作人、そこを努力と才能と天性の借金能力で、ノーベル賞候補にまで上り詰めるのは、「中国化された明治」、中国・宋の地代に開発され、やがて西洋にも普及した、グローバル・スタンダード(脱身分制の、自己責任の自由競争社会)の申し子・野口英世。
 野口(森)は、女学校出身で、女医を目指すみね子(日高澄子)に恋している。日高は、「あなたは世界に羽ばたく、大きいお方。わたしがあなたと結婚すれば、あなたの邪魔になるでしょう。わたしは、わたしにふさわしい、平凡な男と結婚を決めました」と、森をフる。
 分をわきまえる、身分相応という発想。まさしく江戸時代的発想。「江戸時代化」された日高が「中国化された明治」森を、フッタのである。
 そして、野口のアメリカ留学のために、高利貸しから500円もの大金を借金し(何せ明治時代の500円だから、今の時価にしたら?)、毎月返財しなければならない血脇(笠)、本人は野口を好きでやっているのだが、いわば赤の他人(精神的養子? 同胞?)に莫大な金を貸し(返ってくる見込みは、ない)、しかもそれは高利貸しからの借金である。
 「江戸時代化」された心性しか持たぬ笠は、「中国化された明治」=グローバル・スタンダードの野口に、多少の苦言と、大いなる微笑みをもって、自己犠牲的大金を払う。
 まるで、中国やアメリカにいいように金をむしりとられ続けている日本みたいではないか(笑)。「江戸時代化」された日本=笠は、「中国化/西洋化された明治」野口に、いいように金を吸い取られ、しかも、それが、とってもうれしいことなのだ。中国様にヘコヘコしながらの、小沢一郎の満面の笑み(笑)と、同じとは、笠のアルカイック・スマイルに、対していうべきではないのかもしれんが(笑)。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-28 23:39 | 旧作日本映画感想文

千葉泰樹「美しき豹」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。48年、大映東京。
 本作の前年作千葉泰樹「花咲く家族」で、きわめてまっとうなホームドラマを作った千葉が、やや毛色の変わったホームドラマを作った、それが本作。「花咲く家族」で「姑のお気に入りの嫁候補」を、ジミ~に、華もなく演じた相馬千恵子が、うって変わって、魅力的なあばずれ娘を演じるのも、面白い。
 老父・見明凡太郎と二人暮しの娘・相馬千恵子は、ちょっと気は強いが、いたってふつうの娘。とはいうものの、いったん仕事に出れば、河津清三郎社長の商事会社の社長秘書。この会社、闇物資を右から左に流して、利ざやを稼ぐ、いわゆる闇ブローカーの会社。相馬、社長秘書の枠に収まらず、自ら積極的に闇屋商売に才能を発揮する。
 男勝りに、裏ビジネスに精通し、肉食系クーガー女。海千山千の河津も舌を巻くくらいの、闇商売クイーン。父親や、子連れで出戻りの姉・花井蘭子も、あたしが、軽く、養ってあげるからさあ、とドヤ顔で。男性社員をあごで使い、昼日中から、酒色三昧、朝から会社でウィスキー、常に高額の現金を手元で管理している。
 家に帰れば、それなりに殊勝な、ふつうの娘、会社では、とても堅気には、見えない。この二面性を、相馬千恵子は、生き生きと演じて、「花咲く家族」の、鈍な「姑のお気に入りの、地味娘」と、同一人物とは、とうてい思えない華やかさ。素晴らしい。家庭では高い声、会社で部下の男性を叱咤するときは、低い声。この使い分け。いや、使い分けをしなければいけないというのは、まだまだ、女性が地位を確立していないということだろう。
 この時期の大映女優らしく、スタアオーラはないながら、主役オーラは、ちゃんとある。「花咲く家族」と違って、顔さえ、華やか。
 見明・相馬父娘の隣組・岡譲二(よい)の、娘役の女優が、これまた女優オーラのない、ほとんど一般人の風貌・オーラで、ここが当時の大映女優クオリティか。そのなかでは、相馬千恵子や花井蘭子の女優オーラさえもが、引き立って見えていく。

 ここで、あらためていっておきたいのは、父・見明凡太郎や、岡譲二の娘の婚約者・船越英二らの、素晴らしさ。いや、本作での船越は、特に見せ場はないのだが、見明や潮万太郎は、大映プロパーで、どんな大映プログラム・ピクチャアにも、必ず出ていて、どんなちいさな役でもこなすもんだから、有り難味が感じられなくて、演技賞でも、完全に対象外な感じなのだが、もしフリーであったら、ときに助演男優賞の対象になるべきだった名優なのだとおもう。主演スタアがさえなかった時代でも、大映は助演俳優は充実していたのだった。

 なお、蛇足だが、與那覇潤「中国化する日本/日中「文明の衝突」一千年史」が示唆するように、麻薬や武器など非合法商品が闇取引されるならともかく、本作のように、砂糖や、反物など、日用品が横流し、闇取引されて、それらを闇屋、ブローカーが扱うというのは、たしかに非合法なのだが、戦時中は軍(日本的社会主義)が、戦後はGHQ指揮下の日本傀儡政権の擬似社会主義政権が、再江戸時代化=社会主義化の、統制経済、食糧配給制を維持するため、自由主義経済下なら、当然合法的である民間取引すら、規制してしまったため、その法の範囲から、はずれてしまい、自由主義経済なら、当然の合法商法も、闇屋、ブローカー化してしまったのだという。
 つまり、現在の左翼・リベラル諸君が批判する戦中軍国主義および敗戦下の食糧不足、それら戦時統制経済が、彼らリベラル左翼諸君が信奉する社会主義そのものだったという、皮肉。まあ、それは別の話で。
(戦時国民総力戦体制とか、食糧配給制とかは、国家が国民の生活を全て面倒を見るという点において、究極の計画経済、つまり社会主義的そのものなのだという。つまり、左翼諸君が忌み嫌う軍国主義は、実は、左翼社会主義そのものだったのだ。なんと)

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# by mukashinoeiga | 2012-04-27 00:33 | 旧作日本映画感想文

千葉泰樹「花咲く家族」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。47年、大映東京。あと1回の上映。
 老母・瀧花久子は、長男・若原雅夫が、折原啓子と恋愛結婚なのが、気にいらない。いちいち、さりげなく、嫁いじめ。耐える折原啓子。けなげ(笑)。
 本当は遠縁の娘・相馬千恵子がお気に入りで、相馬を長男と結婚させたかったのだ。なので、今度は、次男・小林桂樹の嫁に、相馬を画策。
 恋愛結婚をしたい桂樹は、この母の案に大反発。妹・三条美紀や兄・若原の応援を得て、<わざと相馬千恵子に嫌われるような、デリカシーのない男>を演じるのだが・…。
 お定まりの娯楽ホームドラマのパターンだが、千葉演出もよく、登場するキャラも、みんなたいへん、ほほえましい。なので、気持ちよく見られる快作に。
 ホームドラマの快楽。
 ただし、母の大推薦する<安心して、嫁にできる、親戚の娘>が、そのさんざんのあおり文句の果てに登場する、相馬千恵子が、なんてことない、平凡娘で、がっかり。ほんと、(この当時の)大映は、女優に、華、ないよなあ。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-26 00:10 | 旧作日本映画感想文

吉村廉「看護婦の日記」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。47年、大映東京。
 太宰治の明朗青春小説「パンドラの匣」から、明朗青春度を若干削除、淡彩画のようなさわやかさを加味、戦後このあとの吉村廉からは想像出来ないような、好印象な小品佳作。
 かつて、サナトリウム文学というか、療養所文化というか、そういうものに対する、憧れみたいなものがありました。青春のサナトリウム≒モラトリアム。
 マイナスからの出発。原作では、8・15昭和天皇のラジオ放送で、はっきり目覚め、結核療養のため、山奥の健康道場に住み着く、敗戦と病弱からの、青年のマイナスからの出発。それを天性の明るさで描く太宰、それをこんなさわやかにに映画化して、まあ、原作ファンとしては、多少不満もあるけれど、満足満足。これと比べれば、2009年版リメイクは、それなりにいい映画なのではあるが、欠点も目立ち、ちと分が悪いぞ。 

 原作の設定は、
ひばり  20歳男子。結核としては軽いほう、ちゃんと養生すれば半年後退院予定。
マア坊  18歳の看護婦。くるくる変わる気分屋。ひばりは、いいように振り回される。
竹さん  20台半ばの看護婦。美人で気立てのよい働きもの。実はひばりに・・・・
●ひばりの同室患者
越後獅子  なにやら大物らしい、年配患者
つくし   まじめな妻子持ち・・・・しかし後にマア坊にラヴレター 
かっぽれ  美男子にして激情家のアンちゃん 何かと感激、興奮、泣いたり怒ったり
固パン   助手たちに人気の学生 
●助手・他
くじゃく  やたらと厚化粧ゆえこのあだ名の助手
キントト  他に助手として、うるめ、ハイチャイ、となかい、こおろぎ、カクラン、など    
場  長  この健康道場を独自の治療法で運営する院長
ひばり友  ひばりの文通相手。道場にひばりを見舞う好青年
ひばり父
ひばり母
越後~娘  越後獅子を頻繁に見舞いに来る
隣室患者  ひばりたちと、対抗する、にぎやかし集団

 本作は、
●ひばりの同室患者
ひばり   小林桂樹 ○さわやかだが、ちょっと、この役には、大人臭いな
越後獅子  徳川夢声 ○ちょと軽いけど、ベスト
つくし   
かっぽれ  杉狂児 ◎絶品代表作にして、助演男優賞クラス
固パン ○なかなか   
●助手・他
マア坊   関千恵子 ○後年の彼女はキツネ顔、それとまるきり違う丸顔のぶりっ子、別人みたい
竹さん   折原啓子 ◎原作のぶっきらぼうとは違う、愛されタイプが、愛らしい
くじゃく ○
場  長  見明凡太郎 ○ぴったり
ひばり友  (登場せず)
ひばり父  (登場せず)
ひばり母  平井岐代子 ○水準。登場しない、ひばり友の役割も果たす
越後~娘  (登場せず)
隣室患者 ○無名役者たちだが、なかなかクセがあり、いい

 小林桂樹は、若いときでも大人の気配が濃厚に漂い、それは原作のひばりには合わないし、だいいち、ひばりなんていうあだ名が徹底的に、似合わない。ではあるが、さわやかさだけはキープ。そもそも、若さが似合わない大映に、ひばりを演じうるスタア俳優は、のちの川口浩のデヴューを、またなければならない。
 後年キツネ顔になってからは、ヒロインのいじめ役なんかにその位置を見出した関千恵子も、ぶりっ子は、徹底的に似合わず。ゆえに、ぴくちゃあ氏にも、演技がヘタといわれてしまうが、これはこれで、異常な?までの思春期ぶとりが、なんだか、微笑ましい?
 終始、ニコニコ微笑む折原啓子が、癒し度最高の看護婦を具現。この折原啓子なら、見送られても、悔いなし(笑)。それは、原作の竹さんとは、ちょと、ちがうんだけど、その笑顔、まあ絶品だあね。
 ときに繊細な演出もあり、太宰ファンとしても、満足。素晴らしい、さわやか高原の実写(どこでのロケ、信州か)の圧倒的素晴らしさ、そこに佇む小林と関千恵子、ああ、素朴、カンペキ。
 固パンの姉・奈良光枝が、なぜか登場し、原作にない歌唱シーンすら、許せてしまう(笑)。
 絶対の映画ではないが、これもありかな、と。それにしても、小林桂樹、若い頃から、けっこう主役張ってるなあ。究極の愛されキャラ。

◎架空映画感想駄文◎
川島雄三「パンドラの匣」
木下恵介「パンドラの匣」
成瀬巳喜男「パンドラの匣」
鈴木清順「パンドラの匣」
増村保造「パンドラの匣」

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# by mukashinoeiga | 2012-04-23 23:14 | 旧作日本映画感想文

清水宏「踊子」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。57年、大映東京。
 あと2回の上映だが、初回はほぼ満席。本特集ずいいちの人気作で、要注意か。
 清水宏人気と、大映全盛期のスタア女優、京マチの本特集ゆいいつの登場、先ごろ亡くなったアワチカとのダブル主演と、華やかなゆえか。永井荷風原作を、田中澄江脚本と、戦後清水映画としては、磐石の体制で、自作脚本で、いきなり唐突に温泉場に行く(清水宏「の花の咲く下で」)などという、すっとぼけもない(笑)。
 冒頭最初のショットが、俯瞰気味に浅草を左に緩やかに横移動、次に緩やかに右移動、三番目派主人公たちのアパート廊下を奥に向かって縦移動、ああ、清水宏映画の移動撮影の楽しさ。こののちも、緩やかな横移動が散見され、とても目にうれしい。
 浅草仲見世の人の込みようは、今もそうだが、浅草ロックの映画街の込みようは、今では考えられない。東京の盛り場は、この時期のあと、新宿、渋谷などに移動していく、おそらく繁華街としての浅草最後の輝きを捉えた実景部分の、緩やかな横移動撮影の美。東京スカイツリーが、この地域をフタタビ活性化させようとしているが、それは別のお話。
 その浅草のアパートで同棲しているのが、浅草十年選手のレヴューダンサー淡島千景と、楽士(ヴァイオリン)船越英二。淡島は自分でもワンサガールだと、認識している、芽が出ずじまいの二人。
 主役ではない、その他大勢のバックダンサーを、にぎやかしのワンサという語感は、いかにも当事者たちの隠語として、実感がこもったものだ。
 淡島は、基本的にへんな顔、ファニーフェイスなのに、時々はっとする美しさ。その淡島を頼って、田舎から出てくる京マチが、まだ初々しい、小悪魔。義兄のあたる船越、ダンス振付師・田中春夫(本作ゆいいつの三枚目、登場するたびに観客の笑いを取る取る)を、ホンロウ、ロウラクする。
 こういう天然コアクマにかかっては、スケベ心満載の年上の男たちは、まるで赤子の手をひねるように、コロコロ手のひらの上で転がされてしまう。
 スタア女優を使っての、三角、四画関係のメロドラマ、戦前松竹メロの巨匠・清水のお手の物で。もっとも、京マチ、小悪魔の度合いがすごすぎて、最後の頃は中悪魔か。
 最後、けっきょく京マチ騒動がダメを押す形で、二人は住みなれた浅草を去り、船越と幼稚園に勤める。お遊戯の時間に、校庭にすえたオルガンを弾く船越、取り囲む子供たち、その横移動で映画は終わる。 
 ちょっと木下が入っているようなラストが、戦前松竹から、連綿と続いた、古典的メロドラマの、最後の輝きのひとつかも。
 書きもらしたが、もちろん、船越も例によって素晴らしく、田中春夫もグッド。
 まあ、レヴューガールたちの脚の太さはご愛嬌だが。キャメラは大根足を強調するかのように、大根畑を横移動していく。淡島のダンスは、ワンサガール役として、キレの少ないダンスを披露。全盛期の淡島で見たかったと思わないでもない。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-22 08:47 | 傑作・快作の森

田中重雄「夜はいじわる」

 阿佐ヶ谷にて。「昭和の銀幕に輝くヒロイン63・山本富士子」モーニング特集。61年・大映東京。
 タイトルから想像される、セクシー・ピンク・コメディーではまったくなくて、和風ラヴコメ快作、なかなか面白い。4/21(土)までの上映。
 京橋で1940年代の田中重雄を見つつ、同時に阿佐ヶ谷モーニングで、60年前後の田中を見る、また楽しからずや。な~んてね。
 老舗鰹節屋の跡取り娘・山本富士子は、いい加減な父(現在の社長)中村鴈治郎の不渡り対策に追われる。鴈治郎は婿養子で、山本の祖母・北林谷栄会長に頭が上がらず、不渡りの責任を取らされて、会長に社長職を解任される。解任されても、娘よ、後は頼む、といい加減な鴈治郎。この鴈治郎が、なぜか、いつもの、関西弁では、ない。調子が狂ったのか、いつもの闊達さが鴈治郎に、ない。無理した?標準語の鴈治郎、不自然で、面白くともなんともないぞ。
 やはり田中重雄「東京おにぎり娘」では、なんと、関西弁の江戸っ子(幼い頃から長年、関西に丁稚奉公ゆえ)、本作でも、どうせ婿養子なんだから、東京の老舗の社長でも、関西弁でも、よかったのでは。とにかく、どんな映画に出ても、必ずザ・鴈治郎ワールドを展開する鴈治郎の、生彩が、ない。恐るべし、標準語効果?
 それはともかく、山本富士子VS船越英二VS川崎敬三の、和風ラヴコメの、素晴らしき可能性をかいま見させる快作ではある。コメディエンヌとしても、絶品の山本富士子。
 なお田中重雄「旅情」どうよう、山本富士子が挿入歌を熱唱するも、平凡な、かつ古臭い歌い方で、感興を殺ぐ。最後はあからさまにフランク・キャプラ「或る夜の出来事」のパクリ、というか、モロのいただきと言うか。芸がなくて、すいやせん、で。
 しかもドライなキャプラ版が、父親の一発の捨て台詞(「この結婚は、金で片がつく」とかの)で爆笑させたのに比べると、ウエットな日本映画では、エンエンつまらない説明シーンを連ねるという違いはあるが。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-21 01:33 | 旧作日本映画感想文

青柳信雄「花嫁会議」

 神保町にて。「ひばり・チエミ・いづみ 春爛漫!おてんば娘祭り」特集。56年、東宝。
 花嫁は、ダレも会議なんかしない。
 そもそも、ラストにばたばた、結婚が決まるので、未来の花嫁は多数いるのだが、現役?花嫁は、一人も、いないのだ(笑)。題名偽りありすぎ。
 それでも、本当にお気楽なラヴコメ、というよりホームコメディが楽しめる。4/20(金)までの上映。
 以下、ネタバレがあります。

 本作のいちばんの見所は、池部良の二枚目半。千秋実・司葉子の父娘の家に、押しかけ居候の池部、傍若無人の髭面ムサい男、池部のこういう役柄は珍しいが、とうとう床屋で蓬髪・無精ヒゲを剃るハメに。
「どんな風に?」という三木のり平理容師に、ヒゲ面の池部、「バサッとやってくれ。ああいう風に」と眼をやる先には、東宝スタア・池部のカレンダー写真が、という楽屋落ち。
 ははあ、これ小津安二郎「淑女と髭」まんまやないか。案の定、髭をそったら、出てきた顔は二枚目、司葉子もびっくり。
 と言うとこで、床屋ののり平の新妻が、岡田茉莉子、って組み合わせが無茶すぎだが、考えてみれば岡田茉莉子は「淑女と髭」の髭男・岡田時彦の娘ではないか! 岡田茉莉子がのり平の指導の下、池部の髪と髭を切る役。モロ、小津オマージュやないかぁ。
 でも、その岡田が、和服なのはともかく、丸髷の日本髪というのが、時代を考えると珍。この時代でも、丸髷していたのか、東京で。
 最後に、家族の集合写真を撮る。これも、小津オマージュか。
 その写真を撮る写真屋・太刀川洋一が、「上原君、真ん中のおじさん(柳家金語楼)のアタマ、光ってるから、どうにかして」。助手の「上原君」、金語楼の頭を拭き拭き。つまり、若造太刀川の助手役に、上原謙が、台詞なしのワンシーンのカメオ出演。なんか、すごい贅沢だが、よくよく考えてみれば小津安二郎「淑女は何を忘れたか」で、上原謙は「大船の上原」という役名で、台詞なしのワンシーン出演をしている。

 ラストには、兄・金語楼が浪花千栄子と結婚を約す。浪花千栄子は、別の映画でも言っていたが、「これでも、処女でおます」という、卑怯な笑いも。弟・千秋実は、お手伝いさんの相馬千恵子(千葉泰樹「花咲く家族」など)と結婚へ。千秋の娘・司葉子は小泉博と。金語楼・千秋の妹・久慈あさみは、池部と。
 金語楼の娘・雪村いづみ、その家の居候・越路吹雪の、ダブル雪は、ともに歌手。物語とは、一切関係なく歌を歌う、ヴァラエティー。越路が歌う、アジャパー、タイヤキなるいろいろ奇妙なワードを組み込んだ歌が、おしゃれ。気楽に楽しめる娯楽編。 

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# by mukashinoeiga | 2012-04-20 00:07 | 旧作日本映画感想文

田中重雄「犯罪者は誰か」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。45年、大映東京。あと2回の上映。
 タイトルから連想される、いわゆる犯罪ミステリーではなく、阪東妻三郎が戦時中から、軍国主義に反対した良心派代議士を、演じる。
 そのため、戦後、無事解放されたものの、戦時中は、拷問も受け、ずうっーと、留置されていた。家族とも一切面会出来ず、妻が空襲で亡くなっても、ただその戒名を記したメモのみを、渡されるだけ。

 戦後、いきなり良心派を映画化。はやっ。「日本映画情報システム」HPで調べてみると、45年12月27日、公開とのこと。変わり身、早すぎだろ、大映、田中重雄。しかもお正月映画か。
 ちなみに、「日本映画情報システム」HPでは、本作も含めて、「よみがえる日本映画vol.1~4」特集のすべての作品が、<フィルムセンター所蔵有無:無>と、表示されている。民間の変わり身の早さに比べるまでもなく(笑)、まったく更新しない役人仕事の遅さときたら(笑)。どうせ、ホームページの更新の予算は、ついてません、とかいうんだろ、バカ文化庁。

 変わり身は、早いが、映画自体は、あまり、面白くない。田中重雄は、山本薩夫でも今井正でも、なかったということか。そもそもGHQの時代劇禁止を受けて、バンツマを現代劇に出さねばならん、しかもGHQのOKを取りやすい企画を、というきわめて現実的かつ浅ましい?出自によるものか。
 バンツマ主演作としても、前半は、それなりの反戦演説で快調だが、後半、留置され、発言の機会を奪われると、あの独特のバンツマ節の快感をも封じられるので、盛り下がることおびただしい。やはり、声涙震わせて、ガンガン心情吐露する、バンツマ節がないと、バンツマ映画を見た気になりませぬ。ほんと、<男気演説>させたら、日本一、いやさ世界一だからさバンツマ。
 急造、有り合わせ料理の、しかも<主人持ち>のテーマだからなあ。まあ、その変わり身の速さを確認、賞味するには、最適かもしれん。

 まったく余談だが、バカ高い価格の割りに、まったく有り難味のないのが戒名というヤツで。最近はナシで済ませる例も多いと聞くが、戒名がちっとも重宝されていないのは、物故者、歴史上の人物の人名辞典で、その紹介があまり見られないというのでも、明らか。本作でも、刑務所役人の傲慢さ、小役人ぶりの冷淡さを表わす描写として、戒名メモのみのお下げ渡し、というのが効果的であることからも、故人の写真や遺品などと比べ物にならない、何の感情も誘発しないものの象徴として、登場している。
 それでも号泣するバンツマ。しかし、それは、戒名だから、というわけでは、まったくない。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-19 08:04 | 旧作日本映画感想文

田中重雄「別れも愉し」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。45年、大映。あと1回の上映。
 この特集の、本作を除く全作で、フィルムセンターは、大映の東京か京都か明示しているが、本作のみその明示なし。何か理由があるのだろうか。ふつうに考えれば、設定される最寄りターミナル・ステーションが上野なので、大映東京なのだが、あるいは東京ロケを含む、京都作品なのか。単なる、表記漏れなのか。

 また、本作は、歴史的資料として本当に貴重。ある時期の日本映画は(戦前、そして戦後の一時期?)は、冒頭に制作時期、または完成時期を明示していたのだが、本作は、昭和20年8月制作とクレジット。
 敗戦前に企画・クランクインし、敗戦後に完成したと、おぼしい。その実景ロケは、意外に廃墟感・焼け跡感がない。そういう地域を選んだのか、そもそも割りと空襲を受けなかった京都を、東京に見立てて、ロケしたのか。見る限り、実景は、東京にしか見えないが。
 ヒロインは、村田知英子、産科の医者である。夫は、この時期の大映二枚目・若原雅夫。若原の妹に、歌手の役・月丘夢路。♪楽しからずや我らの別れと、NHKラジオで、唄う、その歌が、とてもこの時期、敗戦前後とは思えない、軽快明朗な曲調。
 村田が帰宅する道すがら、村田は背中にヘルメット、いや、当時で言えば鉄兜?か。それを背負っている。目立つ戦前的描写は、これくらいか。これは、戦時中に撮っていて、かなり大規模な屋外移動撮影なので(エキストラも多数)戦後の撮り直しが見送られたのか。しかし、村田以外の群集は、鉄兜を背負っていない。
 というのも、これ以外に、戦時中を示す描写は、目に止まらない。かろうじて、セット撮影での、村田と若原の夜の道行き、暗い夜道の、街灯の、笠はあるが、電球はカラ、という描写くらいか。もっとも、これは敗戦直後としても通用する描写だろうし。この種の荒廃描写は、ほかの時期の日本映画では、まずありえないので、新鮮であった。

 夫・若原は遠洋航海船の船員、ニ年間の遠洋航海(というのが、戦争最末期の設定としては、不自然。何のための航海なんだ)の果てに、ようやく北海道に寄港、のち、船は神戸へと、旅立つ。その間を利用して、若原は鉄道で上野に、5~6時間の東京滞在ののち、神戸へ、という計画。
 二年ぶりに再会する夫と妻、妹。しかし、産婦人科の医者である妻に、難産の患者の出産が迫り、二年ぶりの再開も、おじゃんになる・…はたして、ふたりは、短い、つかの間の逢瀬を味わえるのか・…という、サスペンス?がテーマになるが、とにかくその描写が、かったるいかったるい。とにかく時間がない、という話なのに、のんびりしすぎ。もう時間がない時間がない、というのに、のんびりと会話してたり、いや、もう駅に行かなくちゃ、というのに、次には、うーん、もう40~50分は大丈夫、と。この映画の作者たちは、タイムリミット・サスペンスというものを、丸きり、わかっていない。ああ、歯がゆい(笑)。
 かくて<デッドリミット>は、漸進的に、延長されていく。
(まあ、もちろん、今から約70年前の人々が、現代のぼくたちと、時間の感覚が違うのは、当たり前のこと。それでも、少数の映画的天才たちは、何十年前だろうと、そのタイムラグをらくらくと<越境>しえたのだ。もちろん、それは例外中の例外ではあると、頭では、わかっては、いるのだが)

 月丘の回想に寄れば、若原は当初軍人として設定され、終戦とともに、軍人ではまずい、と無理やり遠洋航海士に設定変更されたという。このへん実に機を見るに敏(笑)ではあるが、その機敏性はストーリー進行には、まるきり生かされなかったようだ。
 この、ほんのつかの間の再開、というのは、戦時の軍人でこそ、生かされるのだろうが、しかし、それでも、ヘンやで。季節は八月、そのつかの間の家族への帰還、という物語は、あからさまに、<お盆に帰ってくる夫>その直喩だか暗喩だか、そのものではないか。
 これがよく、戦争末期の検閲に通ったと思うが、というのも小津安二郎「お茶漬の味」の元ネタが、出征軍人の門出にお茶漬けとは何か、という、無理無体な軍検閲のため、とおらなかった無念を考えると。それがもし実現していれば、桑野通子・佐分利信の、(たぶん)絶対の傑作を、ぼくたちは目にすることができていたのだ! ただ、ただ、無念。
 なお、この時期の大映には、ありがちなのか、ヒロイン・村田知英子に、主役に欠くべからざる主役オーラが、まったくない。ただただジミ、ただただどうでもいい、少しの間しか出ない脇役ならともかく(戦後の村田はそこに、収まった)、オーラの欠如した主役をエンエン見ざるをえない苦痛。別に美人でなくてもいい、主役には天性の主役オーラが必要なので、天然の愛嬌といっていいか、天性の魅力がない主役をエンエン見続ける苦痛たるや、まったく拷問に近いわけで(笑)。
 若原や月丘にはちゃんと備わっている、その天然の愛嬌を、村田は徹底して、欠いている。主役オーラ百点中0点。そういう村田が、主役をしている。監督・プロデューサー、何を、しとるんじゃ。
 しかし、その大映の<禁欲的女優起用>というマゾヒズムはさておいて、この<昭和20年8月制作>映画の、意外な明朗感(映画ゆえにショー・アップされた面もあろうが)は、戦中戦後へのイメージを、代えさせるものがある。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-18 01:11 | 旧作日本映画感想文

安田公義「虚無僧屋敷」

 京橋にて。「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集。50年、大映京都。
 安田公義だし、アラカンだし、あまり期待しないで見たら、なんとオドロキの快作で。
 このフィルムセンターの特集は、本日まで15本を上映、そのうち8本を見た計算になるが、なんとなく全体の印象では、映画的面白さに欠けるものが多かった。例外は千葉泰樹「花咲く家族」の絶対の安定感くらいで。
 だから、これまでアラカンの映画(晩年期はのぞく)、数少ない鑑賞のなかで、あまり面白い映画を見た記憶もなく、またアラカンの魅力を感じられもしなかったので、期待値が低く、しかし見たら、なんと、面白いではないですか。今のところ、今回の特集では、暫定1位だ。これだから、映画は実際に見てみなければわからない。
 上映後、複数の人が拍手。フィルムセンターでは、一、二の人たちがまばらに拍手する例は、それなりにあるが、今回はかなり、多くの人が。でも、わりとまとまっていたから、アラカン・ファンのグループかも。しかし、この拍手は納得。この特集では、あと1回のみの上映。

 京都幕末期。嵐寛寿郎は、もちろん「鞍馬天狗」どうよう維新の志士。黒装束の代わりに、虚無僧姿。
 しかし、普段は、「進学塾」の先生、すなわち寺子屋。ドジな、まぬけヤロウに、身をやつす。この辺の描写が、たいへん好ましい。アラカン、朴訥でコトバすくな、なドンくささが好感度大で。
 やなヤツの十手持ち野郎、近所の名物飯屋兼居酒屋の姉妹ふたりの看板娘その妹、愛敬ある三枚目浪人とか、主役以外もいい。
 ただ、この特集を一週間見てて、いちばん思ったのが、とにかくこの時期の大映は、主演女優に、徹底的に、華が、ないこと。主役にオーラがないと、映画を見ていて、きわめて、単純に、つらい。苦痛。
 本作でも、アラカンにほれているらしい姉娘のほうが、おぼこ娘の役なのに、大人びた顔立ち、しかも華がない。
 映画で、ヒロインを張れる女優じゃない。また、アラカンの同志・夏川大二郎の妻も、うわさではいい女のはずが、ドコが、どうして、というくらい超ジミ女優。そういう、かなり女優の趣味がへんてこりん、かつパンチに欠け過ぎのキャスティング、これが60年代になると、京マチ、山本富士子、若尾文子トリオ中心に、かなりの補強がされる。とにかく、今回8本見て、女優の地味さは、異常。大映、女優センスなしの時代か。
 紙風船が出てきて、その扱いの繊細さに、ああ、これは最後は「人情紙風船」やるな、と思っていたら、やっぱりやりやがった(笑)。京都時代劇スクール。しかし、それでも、その扱いは繊細であった。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-16 00:12 | 旧作日本映画感想文

民主党が日本に三年殺しを仕掛ける

 日本を貶める(落としめる)ことなら、なんでもする民主党が、とうとう、日本に対して「三年殺し」を、仕掛けた(苦笑)。 
 消費税増税案。
 2014年4月に8%に、そして2015年10月に10%に上げる案だ。
 本当に必要なら、さっさと上げるが、よろしい。なのに、ナニ、この、生殺しのような、モラトリアムは。しかも、日本経済の成長率が「ある程度」上向かない場合は、増税を、延期?すると言うエクスキューズも、入った。妥協の産物。しかし、これは、実は妥協案以上の意味を持つのでは、ないか。
 どんどん生産性を挙げて、収益を高めたい、と企業は、ふつう、そう考える。個人も、がんばって、仕事をして、給料上げて、生活のランクを上げたいかなー、と考える(かつての、高度成長期では、当たり前だった考え)。
 しかし、そういう、個々の企業努力、個人のがんばりで、生産性を上げたら、生活ランク上げる以前に、消費税が上がってしまう。 
 がんばればがんばるほど、負担が増えてしまう。
 努力したら、努力した分だけ、税が上がってしまう。
 じゃあ、努力するの、やめましょう、ということにならないか。
 少なくともこの、これからの三年前後は、努力したら、努力したブンだけ、負担が増える状況だ。じゃあ、止めた、と、モラルハザードということになるだろう?ふつうは。
 日本の力をそぐことに、ハンパない情熱を燃やすなあ、民主党。
 どうせ上がるものなら(その前に政治家・官僚・既得権益層・公務員の、いわゆる親方日の丸依存層の、メタボな贅肉体質を、絞ることが前提だが)モラトリアムを設けずに、すぐさま上げればよいものを。下手に先延ばしすることで、日本全体のモラルハザードを招くことは必定だろう。
 日本の国力を、如何に殺ぐか、が最大の目標であると思しい民主党諸君には、まさに渡りに舟だろうが・・・・。

 脱原発状況に伴う電力不足の果ての、日本社会不安定化。
 中国・北朝鮮・韓国・ロシアなどの、日本を取り囲む<遅れてきた帝国主義国>、このならず者国家らの、日本に対する圧は、今後ますます深まり、民主党は土下座外交ばかりを繰り返す。鳩山や菅など、顔からして<ネズミ男>そのものの、卑屈さ。その卑屈さを、友愛だ、と偽装する手合いばかりの、外交連戦連敗、が招く日本社会不安定化。
 その上に企業努力を否定するかのような、がんばればがんばるブンだけ増税しまっせ、という負のスパイラル。その日本社会不安定化。
 かつての民主党の選挙コピーは、「日本をあきらめない」。でも、これ誤植ね。 
 ほんとうは、「日本をあきらめな」、それが民主党だ。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-15 00:15 | うわごと

坂本龍馬 vs 伊藤博文

 與那覇潤「中国化する日本/日中「文明の衝突」一千年史」という本が、なかなか刺激的な本であり、なおかつバカ本であるというお話その3
 著者によれば、平安末期以降の日本人が、延々拒否してきた「近世中国」のシステムを、いや、これは「西洋近代」のグローバル・スタンダードですから、とごまかしごまかし、日本に導入したのが「明治維新」だと。
 だから、日本人は、<中国化>した、自由競争と自己責任の明治社会に疲れ果てて、実のところ明治維新という社会改革を、気持ちの底では、素直に喜んでいないのではないか、と。
 ここまでは、まあ、わかる。しかし、「日本人は本当は明治維新を嫌悪しているのだ」ということの、次に著者があげる例証があまりにバカすぎる(笑)。著者は言う。以下、引用。

 「維新の英雄」の一番人気が、戦前は西郷隆盛、戦後は坂本龍馬という、ともに「志半ばで倒れた人」であり、真に明治国家の中枢を担った伊藤博文や山縣有朋でないことは、まさに示唆的でしょう。
 こういう「本当は心のどこかで嫌いな明治維新」を、「でも、それは西洋化だから、中国人や朝鮮人にはできなかったすごいことだから」という「他人に対する見栄」だけで無理やり好きになろうと自己暗示をかけ続けるのは、危険な状態です。

 バカな與那覇潤は、どんどん妄想を広げていきます。まず、日本人は、そんなに明治維新が嫌いか。次に、どう見ても「明治維新への評価」にはさほど関係なさそうな、嫌中、嫌韓感情まで持ち出して、「他人に対する見栄」って、どういうことですか、まさか、日本人が中国人や韓国人に対して、見栄を張っているということですか。そういう文脈ですよね。かってに「日本人の心理」なんていうものを大雑把に妄想しておいて、あげくのはてに、それを「危険な状態」とまで言う。
 與那覇潤、お前は歴史学者か、香山リカ並みの精神科医か。

 そもそも、この話の前提となる、「日本人は実は明治維新が好きじゃないのは、伊藤、山縣より、龍馬、西郷が好きなことでも、わかるでしょ」というのが、あまりに頓珍漢すぎて(苦笑)。
 「志半ばで倒れた人」を「悲劇のヒーロー」として愛惜するのは、日本人の悲劇好み、判官びいきというもので、明治維新の功罪、好き嫌いとは、何の関係も、ない。
 だいいち、龍馬、西郷のキャラは、限りなく立っているが、伊藤、ましてや山縣、キャラ立ってないでしょ。かつての「人気のセ、実力のパ」じゃないけど、人気者と「実力者」が、必ず一致するわけではないので。
 龍馬、西郷らは、革命第一世代として、来るべき明治維新を、文字通り、命をかけて、準備し、その成功の果実をなんら手にしないまま(西郷は、ちょっとは、果実の匂いくらいは嗅いだかな)、まさに「志半ばで倒れた」。
 伊藤など、革命期(維新準備期)には、単なる下っ端、うるさ型の上の世代がほぼいなくなったあとに、維新後、高位高官の栄誉をいちばんに手にし、蓄「妾」の限りを尽くしたと、言われている。革命第二世代が、成功の果実を、俗っぽく言えば、龍馬、西郷らの葬式で、受付をしながら、こっそり香典泥棒したようなもの、とは、さすがに、ちと言い過ぎですがね。
 多くの無名草莽の維新志士とともに、亡くなった龍馬、そのあとを追ったかの、今の明治政府では、彼ら死んだ志士たちに申し訳ないという思いの西郷、これに対し、数多くの志士たちの犠牲の元に、栄耀栄華を極め(なんてったって初代日本国総理ですからね)繰り返しますが、数多くの蓄妾伝説の伊藤、どっちが「庶民人気」があるのか、わかりすぎるくらいの差、でしょう。

 でも、それと「明治維新の好き嫌い」とは、繰り返しますが、「何の関係もない」。
 もちろん著者の卓説どおり、「中国化された明治維新」が、嫌いで、自由競争社会の成功者、伊藤や山縣に対して、庶民が、嫌悪感を持つのは、当然ではありますけれどね。それは、われわれが、今の鳩山、菅、小沢が好きか嫌いか、と考えてみれば明らか。って、この三人を持ち出しては、伊藤らに失礼か(笑)。

 伊藤も結局、暗殺されたりして、まあ非業の死なのですが、龍馬と比べるべくもなく、あまり日本人の同情は、呼ばないのは、まあ、人気が、ないんでしょうね。
 いい目をたくさん見たあとの暗殺であり、よりによって、なんだかヨクワカラナイ朝鮮人テロリストもどきに、つい、思わず殺されちゃいました、というお間抜け感ともセットになって、初代日本国総理の暗殺なのに、なんだか「日韓史」の事項の扱い(つまり、日本史本誌ではない、ローカル史)、どうも他人事で、メインの「日本史」では、脚注扱い、と言う印象があるのですが。
 日本史いちばんの人気キャラ・龍馬と、暗殺されてもいっこうに同情されない不人気キャラ・伊藤を同列に論じること自体、與那覇潤の頓珍漢ではないか。
 ちなみに、この不人気キャラを「暗殺」した頓珍漢男が、韓国では「韓国史上一番人気」なのが、苦笑するところで。今で言えば、鳩山や菅が韓国に行って、通り魔に殺されるようなものか。その通り魔が、一夜で韓国マスコミ界でヒーローになる感じ? いや、相手が鳩山や菅なら、日本でもヒーロー扱いか(笑)。
 さらに蛇足だが、半島人たちは、この暗殺から程なくして、うるさ型の革命第一世代、およびその家族一族をも、ばんばん粛清しまくって、葬式さえ出さないまま、その香典を全部盗んでいった男を、「狩猟様」、もとい「首領様」と、呼ぶようになる。
 與那覇潤の、明治維新考察、目をムクような珍説もあるが、目からうろこの説もあり、続く、予定。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-12 07:54 | うわごと

エキサイト・ブログってヤツは(笑)

 田ひろみは医者のスズキさんと、キスした。
 オレはラーメンなんてきらいだ、とイカタコ八郎。
 サザエさんは、シチューカキ回しの上、打ち首獄門。

 エキサイトブロクで、ブログを書いていると、時々、勝手に字が赤くなってしまう。
 食材・食品に限って、勝手に赤くなり、たぶんそういう関係に、リンクしている。
しかし、キスと書いた場合、料理系、釣り系ブログでない限り、サカナの名前ではなく、ふつうは「接吻」の意味だろう?
 なんという見境い、ナシの発想か。バカじゃないの(笑)。そうまでして、リンクさせたいのか。
 ナシはなしなのね(笑)。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-10 21:52 | 業務連絡

鈴木英夫「大番頭小番頭」

 神保町にて。「ひばり・チエミ・いづみ 春爛漫!おてんば娘祭り」特集。55年、東宝。
 既見と承知の上の再見。青柳信雄「初恋チャッチャ娘」を見に神保町まで行くのだが、一本だけでは、ちとさびしい(?)、あるいは、もったいない(?)という、自分でも、ヨクワカラナイ、奇妙な心性による。
 人によっては、いやおそらく大部分の人にとっては、すでに見ている映画を、お金と時間をかけて、もう一度見る、というほうが、もったいないのかも知れぬ。
 本当は新文芸坐で、名作と伝えられる中村登「紀ノ川」とはしごしたかったのだが、「紀ノ川」を見ると、「初恋チャッチャ娘」に、間に合わない。世間公認の名作より、アイドル映画のプログラム・ピクチャアを選んじまう心性こそ、本当はもったいないのかもしれない。
 あだしごとはさておき。

 落語と同じで、いい話は何度、見ても、よい。鈴木英夫の抜群の安定感。4/13(金)までの上映。
 池部良の大学生が、当時の大学生は一応エリートの頃だから、一流企業に就職するところ、不況ゆえ、ちいさな老舗の下駄卸の個人商店に、就職する。といっても、その就職試験には、二十人ほどの詰襟の大学生が応募している。
 一応は近代西洋の知識にあふれている大学生が、老舗の下駄屋に。與那覇潤「中国化する日本/日中「文明の衝突」一千年史」風に言えば、中国化・西洋化された教育を施された、池部良が、江戸時代化の権化たる、老舗個人商店に乗り込む。
 そこには、権化の権化たる、大番頭・藤原釜足がいて、奉公して40年、先々代からのご主人様に、ひたすら仕える。しかし若主人・伊藤雄之助は、下駄屋なんていう古臭い商売がいやでいやで、<先端的でモダンな、かっこいい商売>に転業したいと、願っている。ここにも、<中国化>対<再江戸時代化>の戦いがあるのだなあ。
 伊藤雄之助は、言う。「出来れば、パチンコ、ダンスホール、イカした映画館なんかを、やりたい」。
 池部は、眉をひそめて、「ご主人、あなたがやりたい商売は、よりによって、危ない、ばくちみたいな、水商売ばかりです」。浮薄な<中国化>よりも、根っからの地道な<再江戸時代化>人なのだ、池部は。さすが、後年の東映仁侠映画の池部良は、この頃から準備されていたのだなあ。

 しかし、個人商店のつらさは、仕事をするだけでは済まない。軽佻浮薄な伊藤雄之助社長の素行を、監督するよう、大番頭からも、伊藤の兄嫁・若山セツ子からも、頼まれる。かくて、堅物新入社員が、ノーテンキ社長の素行を監督するという、ある意味のちの東宝社長シリーズにも、繋がる、れっきとしたサラリーマンもの系譜。
 そして若山セツ子(若くして、未亡人という、そそる(笑)役。しかし今井正「青い山脈」で超絶アイドルとしてデヴューしたのに、すぐに地味な人妻役に移行したのは、谷口千吉と結婚しちゃった呪い?か、あるいは、ほうれい線もくっきりな、ヤセ顔薄幸顔ゆえか)の妹として、九州から上京するのが、雪村いづみ。

 池部良に英語を家庭教師されているうちに、退屈で、突如歌い踊る雪村いづみ。ナイス。
 女子高生なりに、積極的に池部にモーションをかける(死語)。いづみに迫られても、唄いかけられても、ダンスにつき合わされても、顔をしかめ、嫌がるそぶり明らかな、池部。
 そうなのだ、この映画は、当時のイケメン・池部を主演にして、まったく恋愛的要素が、かけらも、ない。いづみのモーションを、池部はただひたすら煙たがり、兄嫁の未亡人・若山セツ子は、池部に関心などなく、亡夫の弟・だらしない伊藤をほのかに恋している。
 イケメン池部に、恋愛マターを、ふらない。これは、クールな鈴木英夫演出ならでは、ではないか。
 クレイジーな岩間鶴夫(さらに輪をかけてクレイジーな鈴木清順の師匠)が、美空ひばりが歌い踊るのを、居合わせた全員が、ドンヨリ下向いてうつむいて、陰惨にそのひばりの歌を聞く、という、ありえない演出をしたが、それに匹敵?する、明朗いづみの歌とダンスを、心底嫌っているようなシブ面の、池部。
 クールすぎるぜ鈴木英夫。抜群にすばらしい雪村いづみの歌唱・演技なのに(笑)。

 <再江戸時代化>の権化のような大番頭・藤原釜足も、すばらしいが、それに輪をかけて、さらにさらにさらにさらに素晴らしいのが、浪花千栄子! 若き日の釜足と、開運橋で別れた女、その数十年ぶりの再開。釜足の母・三好栄子に言いくるめられて、恋仲だった釜足と、無理に分かれたという。
 この浪花千栄子の、年増の水商売の女らしい、その、畳の部屋での、着物姿の、所作、顔の表情の、なんと、美しいことか。畳の上に繰り広げられる、つつましやかで流れるような身の動き、その流れるような動作、しぐさのいちいちが、これは、完璧な芸術で。重要無形文化財クラス。
圧倒されました。恐れ入りました。

 なお、蛇足。神保町シアターにおいてある配役表(およびそれの元ネタと思しいネットの、たとえばgoo映画でも)恩田清ニ郎が教授役でクレジットされているが、おそらく、カットされている模様。プリントは、キズ・かすかにコマ飛びはあるものの、それなりに良好なので、おそらく編集で、落とされたものか。さらに蛇足で、恩田清ニ郎は同じ鈴木は鈴木でも清順のほうの「けんかえれじい」高橋英樹の父親役が有名。
◎追記◎繰り返されるギャグのうんちくに、「靴は神代(かみよ)から、下駄は藤原時代、したがって、靴より下駄のほうが新しい」伊藤雄之助以外は、みんな、知っている。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-10 08:03 | 旧作日本映画感想文

名画座のスケジュール

 名画座好きの方なら、すでにご承知でしょうが。
 ネットで、名画座のスケジュールを確かめるのに、すばらしいのは、

◎魅惑の名画座 http://www.h2.dion.ne.jp/~mizurin/images/logo.gif

 このサイトの情報がすばらしいのは、名画座、二番館三番館、非特集型の名画座、アテネフランセなどの常設ホール、それとたまに映画をやる美術館系といいますか、文化ホール系の特集などを、全て網羅している点。協力者の方もおられるようですが、その目配り、アタマが下がります。愛用しております。
 で、この、何が何でも、わかる限りのスケジュールは、全部乗せちゃうぞ、の「魅惑の名画座」に対して、

◎meigazanow(G6主要名画座上映スケジュール) http://meigazanow.up.seesaa.net/image/A1_MeigazaNow_tommy02.jpg

 その名の通り、都内主要名画座に特化した、そう、まるで「名画座かんぺ」の、ネタ元?と言うべきなのが、これ。「魅惑の名画座」では、あまりに対象映画館が多すぎて書ききれない、上映時間も載ってて、便利便利。対象が絞られているので、比較対照もしやすい。今日はナニ見よか、というとき、わかりやすい。
 フィルムセンターの年間予定も、来年分まで書かれている。フィルムセンターのサイトの読みにくさ、わかりにくさに比べて、なんと、簡便な読みやすさか(笑)。
 のむみちさんのツィッターが、飯田蝶子がイメキャラなら、こちらは梅宮、勝新、左ト全、と男クサさ充満のイメキャラなのも、うれしい。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-10 06:14 | 業務連絡

青柳信雄「初恋チャッチャ娘」

 神保町にて。「ひばり・チエミ・いづみ 春爛漫!おてんば娘祭り」特集。56年、東宝。
 なんてことない、平常運転の歌謡アイドル映画だが、その、なんてことなさが、今から見たら、かなりの高水準で、プログラム・ピクチャアの平凡作が、水準作が、特別な輝きを帯びる。
 なんだか、そのいちいちの<平凡な描写>の、素晴らしさ。4/13(金)までの上映。

 三女・江利チエミは、歌がうまくて、ジャズ歌手になりたい女子高校生。同級生の江原達怡なんか、子分呼ばわりの女傑女高生。次女・司葉子の愛らしさ。長女・杉葉子は父母亡き後、自分を犠牲にして、二人の妹を育てる、ママ姉さん。この次女の恋人・小泉博、その弟・高島忠夫、この兄弟も、好ましい。兄弟の父・柳家金語楼も、この映画では、浮いておらず、なんと、ほんとに好ましい。
 そして<卑怯なコメディアン>アチャコも、レコード会社社長として、過不足なし。天性の愛嬌で、笑わせてくれる。ギャグをやらなくても、ギャグをやって滑っても、観客はアチャコを見ているだけで、幸福だ。
 こんな平凡なプログラム・ピクチャアの、信じられない繊細な輝き。江利チエミの、歌うたびに表情豊かな笑顔と、声の、エンターティナーぶり。見ているだけで、ただただ、幸福。
 喫茶店のチエミと忠夫。そこへ四人組の客は、なんとカメオ出演?のダークダックス。早速チエミと合唱ミュージカルへ。そこへ、なんと、高島忠夫も、加わる。チエミとダークダックス、その歌に参加するなんて、音程ハズレの高島忠夫なんぼなんでも、無謀すぎやで(笑)。

 映画のあと、そぞろ歩きで九段下、千鳥が淵の桜見物の雑踏をかわして、田安門。
 田安門を入って、見返ると、江戸時代そのものの門構えを、スクリーンの矩形として、一面に広がる花々。これは、ぼくが知る桜満開ベスト・ヴューのひとつ。ホントに、美しい。願わくば、大勢の桜見物の人影を消して、門構えと、桜だけを、見たいもの。
 その、無尽の桜、満開の田安門を、ひとりの若武者が、通り過ぎていく。
 それは雷蔵か、錦之助か、あるいは男装のひばりか。
 先に進む。大勢の観桜客が、ぞろぞろ列を成す。左に日本武道館を見て、北の丸公園をしばらく行き、右手の小高い丘を登ると、千鳥が淵の満開の桜、桜を見下ろせる、絶景ベスト・ヴュー。花々の向こうに、千鳥が淵のボート場の、漕ぎ手の思うままにたゆたうボートたち、対岸の大勢の桜見物の人たちが見える。
 対岸の見物人たちは鈴なりで、立ち止まらずに歩くままの見物も多い。いっぽうこちらは、満開のさくらさくらを見下ろす位置にある絶景なのだが、人はそれほど多くない。等間隔においてあるベンチも、いくつか空いているほどだ。下界の桜見物人たちは、せわしく歩きながらの、桜見物。いっぽう、千鳥が淵の桜を見下ろす、数少ない人々は、ゆっくりと桜を愛でることが出来る。
 実際、日本武道館脇を通り過ぎる群集は多いのに、その、右手の丘に登る人は、少ない。絶景の桜ヴュー・ポイントは、大勢の人に、スルーされていく。ベンチに座って、らくらくと絶景を見ることの出来るのに、そのベンチのいくつかは、がら空きなのだ!
 いやー、もったいない、そのベンチのひとつに座り、持参の缶ビールなど飲みながら、しばし、桜さくらさくらの絶景を「見下ろす」。
 田安門に向かう帰り道、カメラを持った爺さんに、この先に、いい桜が見えるところはありますか、と聞かれ、田安門は別にして、意外にしょぼい北の丸公園の桜にがっくりしているだろう彼に、あっちへ行って、右に登れば、すごい桜ですよ、と教えてあげる。ああ、そうですか、と飄々と行く爺さん、行ってみたら、きっと絶景にびっくりするだろう。そのさまが、目に見えるようだ。
 なお、余談だが、九段下駅に向かう交差点の、右側に、それなりに大きいビルディングが、半壊の姿をさらしている。まるでビルの断面図のように、数階建てのビルが、その無残な、しかしみようによっては美しい、崩壊の美をさらして、ビル解体は、おそらく日曜休みゆえに、クレーン車も止まったまま。
 廃墟ビルの、半分壊した、その断面図をさらした、コンクリート・ビル。無残なる廃墟美。
 大勢の観桜客の群れは、そのほとんどが、その廃墟ビルの生々しい断面図に、ちらとも視線を寄せるでもなく、通り過ぎていく。満開の桜も、廃墟ビルも、なんだか、ぼくには、美しかった。
 って、なんだか、安っぽいコラムの落ちみたいだな(笑)。 

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# by mukashinoeiga | 2012-04-09 00:20 | 旧作日本映画感想文

椿三十郎 vs 桑畑三十郎

 與那覇潤「中国化する日本/日中「文明の衝突」一千年史」という本が、なかなか刺激的な本であり、なおかつバカ本であるというお話その2
 本書によれば、中国の宋朝(紀元960年成立)が、世界に先駆けて作り上げた社会システム、自由競争、自己責任の、うまく行けば大金持ち、ダメなら没落か餓死、不安定だが活力ある社会、これで一貫して中国は動いてきた(もちろん例外もあり、明朝と、毛沢東の共産中国時代)。
 これを、本書では、仮に<中国化>と名づける。
 そして、この<中国化>は、のちにヨーロッパ、およびアメリカにも、及ぶ。
 西洋信仰の強い、なおかつ、中国など、遅れた後進国だと、長いあいだ馬鹿にしていた、日本人が<西洋的><欧米的><欧米が作った近代化>と思っている、新自由主義、個人主義、自己責任の競争化社会は、実は中国が最初に作り上げたシステムだから、たとえば<明治維新>は、日本が<西洋化>したのではなくて、実は<中国化>したというのが、事の真相だ、というのが、ここ数十年の<大学レベルのプロの日本史学者>のあいだでは、常識化しつつあること、なのだそうだ。

 つまり、中国と、中国フォロワーの欧米のほうが、グローバルな、世界基準の下で、この一千年間の歴史を共有してきたわけで。これに対して日本のみが<独自の戦い>、世界には通用しない、日本だけでのみ通用する<ガラパゴス・ケータイ>的社会システムを、発達させてきた、と。

 日本人は、平安末期以降、延々と、その<中国化>を、拒否してきた。そして、中国的社会システムとは真逆な、士農工商など極度に固定した身分社会(百姓の家に生まれたら、末代まで百姓、大名家に生まれたら、どんなボンクラでも、一応は大名に)。
 身分は生まれた時点で固定しているので、究極のアンチ<自由競争>社会。つまり、ほどほどに社会の掟に従っていれば、自由競争の末に勝ち組の大金持ちになるチャンスはない代わり、没落して負け組になる可能性は、ひくい。自由はないが、社会的には安定した、封建制身分社会。
 日本の社会主義の草分け・幸徳秋水が明治末に喝破した、「社会主義は江戸時代に似ている」。これが、正しかったのだ、と。これを<中国化>に対して、仮に<江戸時代化>と、呼ぶ。

 え?タイトルの「椿三十郎 vs 桑畑三十郎」の話は、いつ、出てくるのって?
 もう、しばらく、お待ちを。黒沢映画の話を、するには、まず明治維新とは、なんだったのか、というところから。
 著者によれば、平安末期以降の日本人が、延々拒否してきた「近世中国」のシステムを、いや、これは「西洋近代」のグローバル・スタンダードですから、とごまかしごまかし、日本に導入したのが「明治維新」だと。
 だから、日本人は、<中国化>した、自由競争と自己責任の明治社会に疲れ果てて、実のところ明治維新という社会改革を、気持ちの底では、素直に喜んでいないのではないか、と。
 著者言うところの「あの素晴らしい江戸時代をもう一度」という日本人の思いは、日本の近代の歴史に常に顕在しており、昭和中期の「軍国主義」≒「軍部による社会主義」≒「再江戸時代化」による「中国侵略」こそ、反<中国化>の、必然的表れなのかもしれない。

 というところで、著者は、黒沢映画を、持ち出してくる(笑)。
 黒沢明「用心棒」61年・東宝の、舞台となる宿場町は、規制緩和と自由競争によって始まった共食い同然の生き馬の目を抜くような社会の典型として、設定されている、と。たしかに。
 「用心棒」が、鉱山町の労使紛争を描くダシール・ハメット「血の収穫」の事実上の翻案であり、さらにマフィアの抗争や、頻発するストライキで名高い国イタリアで、セルジオ・レオーネ「荒野の用心棒」にリメイクされる。幕末以降に日本が巻き込まれるグローバリズムの暗部、実力競争社会がはらむ無機質さや残酷さこそが、「血の収穫」「用心棒」「荒野の用心棒」に共通する主題である、と。
 なお「用心棒」が、幕末期という設定は、敵役・仲代達矢の、首に巻いたイタリア製マフラーと、飛び道具のピストルでも、明らか、なのだそうで。
 いっぽう、「用心棒」のヒットを受けて作られた黒沢明「椿三十郎」62年・東宝の、江戸時代盛期の設定と思しい、お家騒動を描く。江戸末期「用心棒」の殺伐とした<中国化>社会とは正反対の、ほのぼのとしたユーモアあふれる<江戸時代化>社会が、そこには、ある。
 なるほど。
 で、「用心棒」=幕末=明治維新直前=殺伐、「椿三十郎」=江戸時代盛期=のほほん、の比較から、著者は、こう結論付ける。「日本人の中にある江戸への郷愁と明治への嫌悪は、一目瞭然のように思われます」! 馬鹿じゃないの。郷愁と嫌悪の例証が、黒沢明「映画」だなんて。

 殺伐とした映画も、のほほんとした映画も、どちらも、映画の一趣向なんであってさ。殺伐したフンイキ・社会を描いた映画が、もし嫌悪の対象であるということなら、そんな映画は一本もヒットしないはずだろう。事実「用心棒」をはじめとして、「殺伐」としたアクション映画は、何百本と、ヒットしている。
 「殺伐とした」現実社会は、たしかに嫌悪されるだろうが、「殺伐とした」アクション映画は、みんなから、大いに好かれている。現実と映画は、違うのよ。
 そもそも、幕末・明治維新を描いた映画は、日本人が大好きな映画ジャンルの、ひとつなんだから、「映画」から「明治への嫌悪」を読み取れるのは、いたって数が少ないはずなんだよ。今井正「ああ野麦峠」などの、限られた左翼映画くらいじゃないの。ましてや「用心棒」から「明治への嫌悪」を読み取るのは、かなり、無理スジで。
 むしろ、中国化された社会=明治維新の暗黒部を描いた映画は、マキノ雅弘に代表される、東映仁侠映画の明治モノ多数にこそ、顕著であろう。そこでは、政府の悪徳官僚・政治家とウラで結託した、近代やくざたち、たとえば天津敏(まさしく、中国由来の、芸名! 中国地名のテンシンが、アマツと日本化)が、実力競争社会の暴力で、「旧弊」で「江戸時代」的な高倉健たちを、苦しめる。そして最後は、必ず「江戸時代」が「中国化した明治」に、勝つ。
 これこそ、日本の庶民たちの「明治嫌悪」の徹底的な映画的「例証」ではないか。
 與那覇潤、詰めが甘いな(笑)。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-08 09:30 | うわごと

與那覇潤「中国化する日本/日中「文明の衝突」一千年史」

 ナドレックさんの<映画のブログ>というのが刺激的で面白く、時々のぞいているのだが、そこで数回にわたって紹介・批評されている本が面白そうで、読んでみた(文芸春秋刊)。
 著者の與那覇潤は、日本近現代史の学者で「帝国の残影 兵士・小津安二郎の昭和史」(未読)などの著作がある。

【<映画のブログ>では、以下の関連批評記事があります。】
『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 ジャパニメーションの起源は中国なの?
『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 どこにいる『風の谷のナウシカ』?
『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 半世紀遅れた『天空の城ラピュタ』?
『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 儒教vs『ナバロンの要塞』
『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 日米映画のアジェンダの違い

 これを見てわかるように、歴史学の入門書ではあるが、かなり映画にも言及している。ジョン・フォード「わが谷は緑なりき」、深作欣二「仁義なき戦い」、ジェームズ・キャメロン「アバター」、三池崇史「一命」まで、約40本の映画が参照されている、映画ファンにやさしい(笑)歴史学入門書なのだ。
 昨年11月に刊行され、ぼくが買い求めたのは、5刷り目、それなりに売れているようだ。

 著者は、ここ数十年間のプロの歴史学者の間では常識になっているが、一般の歴史ファンには知られていない、最新の学説を、わかり易く紹介している。やはりそういうものにうといぼくから見ると、目からうろこの説ばかりだ。
 たとえば、

◎世界で最初に「近世」に入った地域は、江戸時代の日本でも、ルネッサンス期のイタリアでもなく、宋朝の中国である。
◎宋朝は、唐までの王朝とまったく違ったシステムを導入した、「画期的」な王朝であり、その宋で導入された社会のシステムが、中国でも、そして(日本以外の)全世界でも、現在に至るまで続いている。
◎「明治維新」とは、日本の「西洋化」ではなくて、実は「中国化」であった。
◎オバマのアカデミー平和賞受賞は、アメリカや、ヨーロッパ社会が「中国化」した結果である。
◎日本の江戸時代まで続いた、封建制身分制度を、中国は600年前に廃止していた。
◎社会主義は江戸時代に似ている。
◎「戦前の暗い時代」とは、選挙結果を見れば一貫して社会主義政党が伸びていった時代である。
◎わかりやすく一言で言うと、大学レベルのプロの日本史では「軍部がやる社会主義」のことを「軍国主義」という。
◎「貧困は社会の責任」と主張する社会主義者は「進歩的」と思われがちだが、共産党などの例外を除くと、戦時中はこういう社会主義者が主に軍部と手を握って、江戸時代のような「反動的」な体制を作るのに貢献してしまった。
◎高校までのあらゆる教科書が教えているのとは逆に、明治維新は結局失敗して、昭和維新は成功した。もしくは、成功してしまった。
◎「あの戦争」を通じて、日本は世界に冠たる史上最高の社会主義国家を作った。
◎ここ30年ほどの日本近代史研究では、いわゆる、自由民権運動もまた、明治政府の自由競争政策への不満と、江戸時代の不自由だが安定した社会への回帰願望によって支えられていた。エトセトラエトセトラ。

 えっ、自由民権運動って、議会制民主主義など、西洋化近代化を目指した運動でなく、復古主義だったの?と、驚く。
 これだけ取り出すと、なんだかトンデモ学説のように聞こえますが、よく読めば、なかなか説得力があるのですね。
 著者は、ありとあらゆる歴史書を読み、パッチワークし、一般人の知らない「最近の学説」を紹介する。 それは、いいのですが、そこに「趣味の?映画鑑賞」が押し入り、歴史の裏づけを黒沢明映画、木下恵介映画、「三丁目の夕日」などを通して、検証する。これが、映画モノとしては、いただけない。ホンっトに、アナだらけ。映画、舐めんなよ(笑)。
 宮崎駿関係は、上記ナドレックさん<映画のブログ>に、詳しく、批評されているので、そちらをお読みください。
 では、ぼくはそれ以外の話から、進めよう。
 まず、著者は、黒沢明「用心棒」は<幕末以降に日本社会も巻き込まれることになったグローバリズムの暗部>を主題とし<明治への嫌悪>をあおり、同じく黒沢明「椿三十郎」は、<江戸への郷愁>を表わしているという。この、シリーズモノに、そんな違いがあるの?(笑)ということで、つづく。
 長くなったので、また、後日。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-07 01:19 | うわごと

田中重雄「旅情」

 阿佐ヶ谷にて。「昭和の銀幕に輝くヒロイン63・山本富士子」モーニング特集。59年・大映東京。
 当時としては珍しかっただろう、ハワイ・ロケのメロドラマ。
 ただ、ほぼ全シーンで既視感ありまくり。なのに、次の展開がまったく読めない(笑)弱いぼくのおつむが、情けない。シーンが映れば、そこで初めて、見たシーンだと、わかるという。
 昔見た丸根賛太郎「天狗飛脚」(今日も渋谷で上映の大傑作)の、志村喬与力の大爆笑の台詞「教えてもらえば、よくわかる」って、やつですな。
 生け花の新進家元・山本富士子は、ニューヨークでの生け花展の成功のあと、ハワイに立ち寄る。ハワイには特派員記者の川崎敬三がいて、何とか、会いたいと恋求める。やっと会えた川崎は、相当のいい加減な男で、山本に未練を残しつつ、日系三世の娘・野添ひとみと婚約している。
 かくて、泥沼の三角関係へ。ということだが、これを見た女性は、川崎の、あまりのいい加減さに怒りまくりなのではないか。ぼくは、行きつ戻りつ、進んだり戻ったりの、たるいメロドラマ描写には、まったく食いつけない。どうでもいい。
 山本富士子は、美しい。しかし、ザ・メロドラマな女優というべき<全盛期の月丘夢路の、切羽詰った美貌>には、及ばないけどね。
 ハワイロケも、名所絵葉書みたいな映像で、凡庸で、どうでもいい。
 ラストは、ハワイ空港の、山本がひとり帰るの帰らないの、川崎がぼくを置いてくのか詰問し、でもあなたは野添ひとみと幸せを築いてね、いやぼくはやっぱり君と、いけないわ野添ひとみがかわいそうだわ、そういいつつ抱擁とキス、また身を引き離して、やっぱりあたし、ひとりで日本に帰るわ、いや、帰さない、行かないでくれ、また抱擁とキス
 もーいい加減にしてよの、たるいメロ。この夜の空港のふたりに、少し、ぽつっと、水滴。少しずつ勢いを増して、やがて土砂降りに。
 その最初の頃の、水滴のいくつかが、山本の和服に当たり、水滴跡を残す。
 そのタイミングのいい雨降らしぶりが、なんとも好ましく、大映スタッフワークのよさ。
 いまどき、こんな繊細に雨を降らせる技術は、もうどこにも、ないだろう。というか、雨とか、火は、もう最初からCGじゃね、選択の余地もなく。でも、CGにゃあ、シズル感がないんだよね、風合いといいますか。
 野添の祖父母・北林谷栄と左ト全、日系一世、そのファミリーの家は、たぶん日本の大映東京撮影所だと思うし、ラストのハワイ空港もそうだろう。その作りこみの楽しさ。今回は16ミリフィルムでの上映だが、きれいなプリントで、見ているだけで、楽しい。

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# by mukashinoeiga | 2012-04-06 22:17 | 旧作日本映画感想文

日本映画史上最悪のミスキャストだろ?

 京橋フィルムセンターにて、4月より「よみがえる日本映画vol.4 大映篇-映画保存のための特別事業費による」特集が、ある。
 25本が上映されるが、千葉泰樹、田中重雄が各4本。なにげに、千葉が4本というのは、うれしい。<成瀬になれなかった監督>というイメージで軽く見られがちだが、ふと、気付いてみれば、本当に、なにげにすばらしい映画ばかり。東宝監督のイメージの千葉も、東映時代も素晴らしく、今回の大映時代作品(1943~47年)にも、期待は大。
 吉村廉「看護婦の日記」47年、は太宰治の傑作「パンドラの匣」の最初の映画化。ひばりに小林桂樹、竹さんに折原啓子、マア坊に関千恵子、というのは、いかにもらしいキャストだ。

 そして、この特集のいちばんの珍品?は、安達伸生「火山脈」50年か。
 主人公は野口英世。この偉人伝中の偉人伝ともいうべき人物を演じるのが、なんと、ダメな男をやらせたら日本一の、森雅之! 大丈夫か(笑)。どういうキャスティングだ。
 もっとも実際の野口は、借金の天才といわれ、婚約者(実際には結婚せずじまい)の家にも借金を無心し、放蕩もしたらしい。また、当時はノーベル賞候補三度と、注目された研究も、現在ではその成果を否定されているものも多いという。ここら辺には、野口とモリマの接点?はありそうだが、今から60年前の映画ではとても<神話破戒>は、期待できないだろう。モリマが、どう神妙に?偉人伝を演じきるかが、興味の核か?

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# by mukashinoeiga | 2012-03-31 05:05 | 旧作日本映画感想文

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